今回は、デスゲームをクリアした英雄夫婦の登場です。時間軸は、七十五層攻略、クリアした直後です。現実には戻れてません。
では、どうぞ!
第一話「謎の世界、最後の希望」
鬱蒼とした森の奥深く。光さえ満足に届かない、いかにもファンタジーの世界にありそうなフィールドに、意識のない一組の男女の姿があった。
「う、んん……」
先に意識を取り戻したのは男の方だった。黒いコートに身を包んだ彼の名はキリト。HP0=死という恐怖のデスゲーム、《ソードアート・オンライン》をクリア、生き残った6000人を超える人々を開放した英雄であった。
しかし、彼はそのことを知らない。なぜなら―――――
「…っ!?アスナ!!」
キリトは、自分の傍らに倒れている女性の名を呼んだ。白い服に赤いラインが映える彼女の名はアスナ。キリト同様に《ソードアート・オンライン》に囚われ、ギルド《
「う、んん……」
「アスナ!?アスナ!!」
「キ、リト君…?」
意識が覚醒しつつあるアスナに、キリトは思わず抱きついた。
「キ、キリト君…?」
「ごめん…アスナ、ごめん……約束、守れなくて……」
彼は、ゲームクリアの真実を知らない。なぜなら―――――ゲームクリアと引き換えに、キリトもまた最後の敵、ヒースクリフこと茅場晶彦の剣の前に、そのHPを全て失ったのだから。
「そっか……」
アスナは、キリトの背中を優しくさすりながら……
「私たち、死んじゃったんだね」
再び会えた。その最後の奇跡の温もりを、静かに感じていた。
「冷静に考えると、何処なんだろうな、此処……」
「もしかして、現実に戻れたのかな…」
視界に広がるのは一面の森。妥当ならば、死後の世界ということになるが、そもそも死後の世界を知らない二人の判断が及ぶところでは無い。
「…少なくとも、現実ではないよ」
キリトは、自分の姿を確認し、静かにそう言った。身に纏っている漆黒のコートの名は、『コートオブミッドナイト』。靴は『ブーツオブミッドナイト』、背中には愛用していた『エリュシデータ』と『ダークリバルサー』まである。これらは全て、紛う事なき《ソードアート・オンライン》のアイテムである。アスナもまた、愛用する細剣「ランベントライト」がその腰で存在感を放っていた。更に、ヒースクリフ戦でその寿命を終えた筈の『ダークリバルサー』は、まるであの戦いが嘘だったかのように傷一つない刀身をしていた。
「でも…それじゃあ、ここは何処なの?バグか何かでSAOマップのどこかに転移させられたとか…?」
「…いや、その可能性も無さそうだ」
そう言ってキリトがアスナに見せているのは、同じところで何度も空を切る右手だった。
「もしかして……!」
「ああ…メニュー画面が表示されない。おまけに、プレイヤーアイコンもHPバーも表示されていない」
そう言って、キリトは自分の頭上を指差した。SAOの中ならば必ず表示されていたプレイヤーアイコンやHPバーが表示されないという事実は、二人に一つの仮説を叩きつけた。
「もし…ここが天国や地獄じゃなくて、私たちが生きてるとしたら……」
「ここはSAOでも、まして現実でも無い……別の世界ってことだ…」
二人は重く震える口を開き、幸か不幸か、その現実を受け入れるしかなかった。
「それで、どうするの?キリト君」
数分の間、失意にのまれていた二人だったが、いつまでもこうしていても仕方がない、と行動を始め、今は森の中をただまっすぐ進んでいた。
「とりあえず、誰かいないか探そうと思ってる。この世界のことを知ってる奴がいるかもしれないし、もしかしたら他のSAOプレイヤーがいるかもしれないし」
正直な所、キリトが最も心配しているのがそれである。アスナは近くにいたからよかったが、他のプレイヤー、特に知り合いであるシリカやリズベット達がこの世界に来ているかもしれない……そう思うと、気が気ではない。
(シリカ…リズ…頼むから無事にログアウトしていてくれ……)
「―――ト君、キリト君!」
「ど、どうしたアス――――」
突如アスナに呼び止められ、やや驚きながらアスナへ向き直るキリト。すると、アスナは右手の人差し指を口に当てる。所謂、「黙って」のポーズである。
「…周り、囲まれてる」
「っ!?」
キリトが精神を研ぎ澄ますと、確かに索敵スキルに複数のモンスター反応がヒットした。どうやら、取得したスキルは問題なく使用できるようだ。
因みに、キリトはこの索敵スキルをコンプリートしている。にも関わらず、キリトがモンスターに気付けなかったのは、単にキリトの注意力が散漫になっていたというだけだ。
「…っく!」
キリトは自らの失態に顔を歪め、それを払拭するかのように背中の日本の剣を引き抜き、両の手に構えた。アスナも、腰の「ランベントライト」を引き抜き、構えをとった。すると、キリト達を囲むようにSAO時代の敵―――《ルイン・コボルド・センチネル》。数は…8体。
(考えるのは後だ!まずは、目の前の敵を倒す!!)
頭のスイッチを切り替えたキリトは、奇声をあげながら我先にと襲い掛かってきたコボルド・センチネルの懐に自ら飛び込み、己の代名詞、『二刀流』ソードスキル、‘エンド・リボルバー’を放つ。ソードスキル特有の青白い光を帯びた二本の剣を円形に振り払うと、その斬撃を受けた2体のコボルド・センチネルがポリゴン状の粒子となって弾けた。
(よし!ソードスキルは発動できる!)
アスナの方を見ると、細剣の高速突き技、‘リニア―’の連続で、既に2体のコボルド・センチネルがポリゴンとなって消えていた。
残りは4体。早くも4体を撃破され、残ったコボルド・センチネルは若干焦っているようにも見える。
「よし!このまま残りも――――」
ズゥン!と、突如台地が、空間が震え、凄まじい威圧感が噴き出してきた。
「キリト君、これって…」
「…ああ。多分、奴だ」
二人には、ある程度予想はついていた。なぜなら、二人が戦っていたモンスター、ルイン・コボルド・センチネルはSAOにおいてあるモンスターの守護モンスターであり、そのモンスターは、嘗て《浮遊城アインクラッド》第一層のボスモンスターにして、ディアベルという男を殺した―――――
「《イルファング・ザ・コボルドロード》……!」
当たりだ。木をへし折りながら現れた巨体は、二人の予想と寸分違わぬ姿をした猛獣、《イルファング・ザ・コボルドロード》そのものだった。
「…お前は―――――」
キリトは、ソードスキル‘レイジスパイク’のモーションを起こし、コボルドロードへと駆け出した。
「キ、キリト君!?」
「アスナ、雑魚は任せた!」
残りのコボルド・センチネルをアスナに任せ、キリトはコボルドロードへの攻撃態勢をとる。
(お前だけは、俺が…この手で!)
ディアベルを殺した、そして、キリトがビータ―と呼ばれるきっかけを作ったモンスター。一度はこの手で倒した相手に、キリトには勝算があった。
嘗ては、コボルドロードの技を‘レイジスパイク’で相殺、その後アスナが作った大きな「隙」を突き、片手剣スキル‘バーチカル・アーク’をぶつけて倒した。しかし、今はこの『二刀流』がある。いくらあの頃のコボルドロードより強かろうと、技のキャンセルととどめを一人でこなし、倒し切ることができる―――――それが、キリトの勝算だった。
「グアアァアアァァッ!!」
予想通り、前回と同じ上段からの斬撃が振り下ろされた。
(よし!こいつをソードスキルで相殺して、‘バーチカル・アーク’を―――――)
コボルドロードの刀にエリュシデータをぶつけ、ソードスキル‘レイジスパイク’を発動させる。青白く光る剣の一撃で、武器は甲高い音をたてて後方へと吹き飛んだ。
キリトの持つ、エリュシデータが。
「なっ…!」
―――――キリトは忘れていた。先程、認めた事実を。
ここは、SAOの中ではないということを。
SAOの常識は、何一つ通用しないということを。
「キリト君!前!!」
アスナの声で正気に戻ったキリトの目に映ったのは、コボルドロードの左手に宿る体術スキル、‘ストリング・ブロー’の輝きだった。
そして、次の瞬間、コボルドロードの一撃によってキリトは数メートル離れた木に叩きつけられた。
「キリト君っ!!」
キリトのもとへ行こうとするアスナだが、親玉が来たからだろうか。急に連携を取り始めたコボルド・センチネルがそれを許さない。再度放たれた‘リニアー’により、1体がポリゴンとなって消滅した。が、残る3体が行く手を阻む。
「くっ…邪魔、しないで!キリト君…キリト君!!」
キリトは、何とか意識を保つだけで精一杯だった。周りの景色さえぼやけ、コボルドロードの姿を何とか捉えているのみ。声は、まともに出てこない。
(痛ぅ…何で、こんなに痛みが…VRMMOは―――――)
覚束ない頭で考え、たどり着いた。《ソードアート・オンライン》の世界でないなら、ペイン・アブソーバーが働くはずが無い。つまり、|全ての痛みは直接全身を襲うということになる《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、ということだ。現に、キリトの手には赤い血がべっとりと付着している。全身からも力が抜け、思うように体が動かない。
(まずい…このままじゃ……)
やられる―――――死の感覚がキリトを焦らせる。何か、出来ることはないかと。
だが、コボルドロードの反応はキリトの予想とは相反するものだった。コボルドロードは虫の息のキリトには目もくれず、未だコボルド・センチネルと立ち回りをしているアスナを視界に捉えると、キリトとは逆方向のそちらに向かって歩き出した。
(おい、待てよ…そっちに行ったら……)
ふと、キリトの脳裏をとある光景がよぎった。それは、《浮遊城アインクラッド》の最後の敵―――――ヒースクリフこと茅場晶彦との戦い。その中で自分を庇い、その剣を受けて散った―――――最愛の妻、アスナの最後だった。
「さよなら」―――――彼女のその言葉を聞いた瞬間、キリトは全てを失った気がした。
―――――今まで生きてきた意味も。
―――――アスナと共に過ごしてきた日々も。
―――――未来を生きる、希望さえも。
だから、キリトは、
「…げろ…」
動かない体に残された全てを込めて、
「…に、げろ…」
「逃げろぉぉぉ!アスナアアアァァァァッ!!!」
「キリト君!!」
キリトの叫びは、アスナに届いた。
だが、少し遅かった。振り返るアスナの前で、既にコボルドロードは、刀を振り上げていたのだから。
―――――誰でもいい
(もう、あんな絶望は見たくない!)
―――――誰か
(奇跡でも何でもいい!だから―――――)
―――――俺の希望を、守ってくれ!!―――――
「まだ希望を捨てるな」
「え……」
ドドドドッ!!
突然銃声が鳴り響き、直後、コボルドロードの背中で爆発が起きた。
「グエアアアァァァ!?」
体勢を崩したコボルドロードの振り下ろした刀は軌道がずれ、アスナの隣にいたコボルド・センチネルに命中し、消滅した。更に、続けざまに放たれた2発の銃弾が残ったコボルド・センチネルを撃ち抜き、消滅させた。
「今、のは……」
呆然とするキリトの足元に、先程放たれた弾丸が転がってきた。魔方陣のような模様が描かれたそれは、未だ視界の霞むキリトにもよく見えるほど純粋な光を生む――――
「銀色の、弾丸……」
「間一髪、セーフだったな」
キリトが突然の声に顔を上げると、キリトの傍らに1人の男が立っていた。
「…あんた、は?」
「ん、俺か?」
赤いズボンに黒いコートを着た青年は、
「希望を守る、魔法使いだ」
あっけらかんと、そう言った。
その指には、ドラゴンを
次回はついに指輪のあの人が登場します。
次回、「共闘 魔法使いと黒閃の剣士」
「さあ、ショータイムだ!」