学院に戻ってからと言うもの。僕はとある授業に出席していた。その授業は風魔法の授業。担当は元軍人という経歴も持ちながら何故かこの学院で教師をしているギドーという男だ。元軍人という経歴とスクエアであるからかやや傲慢さが隠せず、風最強の持論を持つ困った教師だ。
確かに戦闘面、特に対人戦なら他の魔法よりも習得度の割に応用が効きかつ強力な魔法が多いし、軍人の中でも火あるいは風の魔法の使い手の割合は他の魔法の使い手よりも多い。特に烈風カリンという怪物が登場し、シャルル・オルレアンが12歳で風のスクエアとなってから風魔法の使い手が増えている。
だからと言って他の魔法が弱いという訳じゃない。例えばフーケことマチルダの作るゴーレムは僕単体じゃかなりキツイ、というか負けることを前提にして挑まなければならないけど火と土の魔法を使えばゴーレムをふっくらこんがり焼くことができる。
要するに風魔法は破壊には向いてない。ライトニング・クラウドですら雷を劣化させたようなものだし。その点ゲルマニアの軍隊を一人で薙ぎはらった烈風カリンは化け物としか言いようがない。
「ではミスタ・タバサ。ミス・ツェルプストーの攻撃を風魔法を用いて防ぐか反撃したまえ」
「えっ!?」
隣にいたキュルケが驚いた声を上げ、オロオロと僕を見る。
「キュルケ、僕は大丈夫だから思い切りやっていい」
「でも……」
「なら賭ける?」
「何を?」
「この授業でキュルケが僕に向けて魔法を放って僕が無傷じゃなかったら僕は女装したまま一か月間学院生活を送る」
「乗ったわ!」
よし、勝った! 野次馬達がキュルケを応援しているけど勝った!
「フレイム・ボール!」
キュルケのフレイム・ボールが僕を襲うが僕はこれまでの相手と比較し、大したことのない魔法と判断する。これくらいなら普通に防げるんだけど油断はしない。目の前に餌がぶら下がっている以上、本気で来ることは明らか。こんなフレイム・ボールだけで終わるほどキュルケは甘くない。
「ツイン・トルネード」
二つの竜巻がフレイム・ボールの中心を抉るように貫き、フレイム・ボールを消失させる。そのことにキュルケが驚いた顔をし……あれ? もしかしてあれが本気のフレイム・ボールだったの? このままだとキュルケが死にかけないから軌道を壁に当てよう。
でもあれくらいはシルフとかだと「甘いわご主人! ゴエーッ!」なんて言いながら風のブレスで竜巻を掻き消しちゃうし、マチルダは錬金で鉛の壁を作って防ぐし、ラスカルは二つの竜巻の中心をウォータ・カッターで一つずつ消していくからこれくらいは当たり前だと思ったんだけどね。これを攻略出来なかったのは魔法が不得意なエルザくらいだから大丈夫だと思ったんだけどキュルケも防げないか。
壁に当てると轟音を立てながら隣の教室の壁と繋がる。その先には自称タバサ(僕)のライバル、ヴィリエ・ロレーヌと目があった。
「……タバサ、それで勝ったと思うなよ。今は出来ずとも、いずれ僕はお前を超える」
「そう」
「首を洗って待っていろ」
ヴィリエがそう告げた瞬間ドアが開く。そこにはギーシュのような格好をしたミスタ・コルベールがドアから入ってきた。
「ミスタ・ギドー、授業中失礼いたしますぞ」
「なんでしょうか?」
「皆さんもご存知かと思われますが、ガリアに留学していたアンリエッタ女殿下が本日帰国され、それの折を利用し……このトリステイン魔法学院に行幸されます!」
アンリエッタ? ……ああ、僕と交換留学で入れ替わった王女様か。本来僕がガリアの魔法学院に行く予定だったんだけどアンリエッタがガリアの様子を見たいというのと、僕の避難場所がガリアにないという理由から交換留学することになったんだっけ。魔法学院に来てから色々と濃い生活をしていたから完全に忘れていた。
「従いまして、粗相があってはいけません! 今から全力を挙げ、歓迎式典の準備をしますので本日の授業は休こ……あぁっ!?」
ミスタ・コルベールの被っていたヅラが取れ、床に落ちる。それを見て思わず呟いてしまう。
「ツルツルで滑りやすい」
僕がそう告げた瞬間、キュルケがクスリと笑い始め、次第にゲラゲラと笑う。
「タバサ、上手いこと言うわね! 最高よ、タバサ〜〜っ!」
その笑いがクラス、いや隣にも浸透し、ヴィリエを除いてほぼ全員が大声で笑った。
「黙りなさい小童ども! 口を開け大声で笑うとは下品にもほどがある! 貴族ならば歯を隠し静かに笑うものですぞ!」
物凄い迫力でミスタ・コルベールが笑っているキュルケ達を黙らせ、静まり返る。
「姫殿下は貴方達の使い魔品評会にも参加しますので、失礼のないように準備をしておくのですぞ」
ミスタ・コルベールがそう言って去るといきなり場は騒然とし始め、僕はその煩さに眉を顰める。……決して僕の使い魔がポンコツとか、そういうことで眉を顰めたんじゃないよ? むしろ強さを感じさせるという意味では余裕で最優秀賞を取れるから。
「あらタバサ、どこに行くの?」
「ちょっと本を読みに」
「嘘仰い、タバサのことだから式典に参加したくないんでしょう?」
「姫殿下の顔を見るのは使い魔品評会の時で十分」
「もしかして会いたくない事情でもあるの?」
「キュルケと本以外に興味がないだけ」
「可愛いこと言ってくれるじゃない!」
ムギュッ!
そんな擬音が聞こえそうなくらい強く抱きしめられ、僕はキュルケの胸に……ってギブ! ギブ!
「あらあら、私の胸がそんなに嬉しいの?」
違う……! 呼吸が出来ないから! 誰か助けて……アレ? 何で死んだお祖父様がここにいるの?
「衛生兵! 衛生兵を呼びなさい!」
ルイズらしき声が僕の耳に響くけど、僕はお祖父様とのご対面を優先し、そっちの花畑に踏み入れる。だけどお祖父様は険しい顔で首を振って「お前はまだ来るべきじゃない」と告げ足を動かすと花畑に穴が開いて僕はその中に落ちた。
「バサ……タバサ!」
目を開けるとルイズが目に映り、心配そうに僕の顔を伺う。
「……何?」
「良かった……これで目が覚めなかったらどうしようかと思ったわ」
「どうして?」
「そりゃ私だって数少ない常識人を失いたくないもの。お父様は偽名を使って出張と偽って各地の剣士をボコボコにしているし、エレオノール姉様は結婚出来ないし、唯一の救いのちい姉様も病気で私と会えないわ。もし、貴方がいなくなったらストレスで死にそうだもの」
ルイズのお父様ってヴァリエール公爵だよね。そんな人が道場破りみたいなことをして大丈夫なの?
「ああ、こう言っておいて何だけどお父様はちゃんと働いているわよ。剣士をボコボコにするのは趣味みたいなものらしいしね」
もっとおとなしい趣味にしてください。ヴァリエール公爵。
「ヴァリエール公爵のストッパーは?」
「そりゃお母様だけど、完璧に仕事をこなすから強く言えないのよね」
わかる。有能だけど頭を抱えたくなる人が近くにいるとストレスになるのはものすごくわかる。
「それじゃここに長くいてもキュルケに誤解されるし、お暇させてもらうわタバサ」
ルイズがそう言ってその場から立ち去り、僕の視界から消えた。
〜おまけ〜
某所にて銀髪の中年の男性と若い赤髪の青年が対峙していた。そんな二人を見守るのはお互いの取り巻きであった。
「よく来たな。その度胸は褒めてやろう」
「黙れ! サンドリオン、兄者達の仇取ってくれる!」
「今日は連絡用のフクロウは来ない。何故って妻は温泉旅行に行っているからな。娘達も連絡は取れん。心置きなく相手が出来るというものよ」
サンドリオンが笑みを浮かべ杖を取り出し、ブレイドを出すと赤髪の青年の取り巻きが口を開いた。
「もしもし、ピエールさん。奥さんが来られていますよ」
「ひ、ヒィーッ!!」
取り巻きが笑顔でそう告げた瞬間青年達はとんでもないものをみた。ピエール、もといサンドリオンの身体が消えたと思った瞬間赤髪の青年がボロボロになっていた。
「なっ……!?」
赤髪の青年が倒れ、その場に倒れる。
「なんだ今のは!? サンドリオンの姿が消えた?」
「信じられん……! サンドリオン様は奥様を恐れるあまり身体能力を覚醒させ目に捉えられん程に高速で動き、ラードを何発も攻撃したのだ」
サンドリオンの取り巻きが解説し、頷く。
「つ、妻はどこに!?」
「安心してください、サンドリオン様。すべてあやつの嘘です」
「では出張と嘘ついて果し合いに臨んだのがバレたのではないのだな!?」
「はい。そうです」
「ふぅ〜……おい、貴様あっ!」
サンドリオンは溜息を吐き、すぐさまラードの取り巻きを睨みつけた。
「はい、何でしょう!?」
「世の中には言っていい嘘と言っちゃいけない嘘があるって親御さんから教わらなかったのか!! ワシは今死んだかと思ったぞ!!」
「でもそんなに奥さんが怖いなら奥さんと別れればいいのに」
「あのなぁ……ワシが離婚をしたら妻が黙っていると思うのか? 必ず報復に来る。だから離婚などは出来んし、何だかんだ言いつつも最後は許してくれるから離婚はせん」
「しないのかよ……」
「小僧、言っておくが結婚は大事に考えておけよ。ワシは幸いな事に妻にお仕置きされる程度で済んでいるが結婚して不幸になる者も数多くおるのだからな。……決着も着いたことだし、ワシは帰る」
サンドリオンは勝利したのに関わらずどこか疲れたように肩を落としてその場を去った。
おまけの元ネタわかった人いますか?