艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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だいぶ前の話ですが、この作品もUA20000突破した。いつも拙作を読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。

前回の投稿の翌日、お気に入りの数があまりにも増えていたので、あれ?お気に入りってこんなにされてたっけ?と思わず目を疑いましたw。
いや本当にありがとうございます。

今回は日常編なので前話のような戦闘シーンはありませんが、横須賀鎮守府に在籍する艦娘達が多く登場します。金剛に言わせれば「ニューフェイスの登場だヨー!」

それと毎度のことですがこの話も前後編に分けております。
(本当は分けないで投稿したかったんですが、文字数が15000を超えてまだ書き足りないと思った時点で諦めました…)

では、どうぞ。



歓迎会・前編

 どこかの空間を高雄は漂っていた。

 何も見えない。何も聞こえない。何も思わない。あるのはふわふわとした浮遊感だけ。

 そうしているうちに高雄の意識はどこかに引っ張られ、浮上する。目の前がはっきりする。音が鮮明に聞こえてくる。

 見渡す限りの海だった。黒っぽい波に合わせて高雄の視界も上下に揺れる。船の高い所にでもいるのか、高雄に飛沫が飛んでくることはない。

 ふと高雄が上を向けば重たい雲が広がっている。空を見上げながら高雄が何となく「あぁこれは夢だ」とぼんやり思っていると、雷に似た轟音を響かせながら灰色の影が通り過ぎていき、あっという間に小さくなった。

 高雄はその航空機が飛んできた方を向いた。そちらには艦上構造物が殆どない軍艦がいる。その軍艦(しま)からさらに灰色の鳥が飛び立ち、先に飛び立ったのを追いかけるように旋回していった。

 他にも離れた所に数隻の軍艦が見えた。

 高雄は膝を抱えて艦橋の屋根らしい場所に座り込んだ。俯いた高雄の視界に小さな主砲が一門と甲板に並べられている蓋のようなものが入り込んだ。

 軍艦の艦橋にしてはやけに高いと高雄が思っていると彼女の口が勝手に開いた。

「馬鹿だね…。ホント、馬鹿」

 その声は自分の声ではないように聞こえた。だが高雄が考える暇を与えず、高雄の口は次の言葉を吐く。

「……はぐろの…………馬鹿」

 悲しそうに、寂しそうにそう呟くと、高雄の目の前が急速に真っ黒になっていく。音が遠ざかっていく。

 何かに意識が引きずられるような感覚がして、高雄が目を開けるとそこは見慣れた天井だった。

 時計を見れば、いつも起きる時間よりやや早く起きていた。

「…変な夢」

 んっと高雄は伸びをする。

 目が覚めてしまったのは仕方ない。支度をしよう。高雄は布団から起き上がって、そのまま身支度を整える。

 隣で寝ていた愛宕が起きだして抱き着いてきた時には、頭の片隅に追いやった夢のことなど高雄はすっかり忘れていた。

 

 

 ◇◇

 

 

 

 金剛達との壮絶な演習の翌日。演習の疲れからかはぐろはぐっすり眠り、起きたのは8時を少し回った時だった。

 未だ私室を与えられていないはぐろは、六花の提案で社殿の空き部屋を仮の寝床にしていた。

 六花が運んできたおにぎりを食べ終え、布団を片付けさてどうしようかと考えていたところ六花に来客を知らされた。

 誰だろう、と思いつつはぐろが応接室に足を運ぶと江李がソファーでコーヒーを飲んでいた。

「おはようございます、しれ…いえ、提督」

「おはよう。別に言いやすいなら司令でも構わないわよ」

 わざわざ言い直したはぐろに江李は苦笑して言った。

「すみません。ところで、今日のご用件は一体?」

 まさか今度は戦艦4隻と空母4隻を相手に演習などと言ってくるのではないかとちょっと警戒する。

 だが幸いなことにはぐろの読みは外れた。

「貴女の歓迎会をしようと思って。それの伝達よ」

「歓迎会…。私のですか?」

 はぐろは江李に聞き返した。

「既に噂になっているというのは知っているでしょ?あなたを過度に秘匿するのは、よくない噂まで広まりそうで、士気に影響を与えないためにも貴女には一度皆の前に顔を出してほしいの」

「なるほど…」

 確かに噂の1人歩きは怖い。はぐろの乗員達も日常的に噂話をしていたが、傍から聞いていれば何故そんな風に話が膨れ上がるのか、というようなものが何回かあった。噂というものはそういうものだとわかっているが。

「で、歓迎会は今日の夜だから、それまで休んでること。いいわね」

「はっ。了解しました」

 

 

 ◇◇

 

 

 しかし夜まで休めと言われても暇だ。暇をつぶせるものは無い。できることなら、昨日の演習室で訓練やCIWSのPAC射撃をしたいが江李から休んでろと言われたためそれも無理。

 散歩くらいならいいかなと思い、六花に敷地内を見てくると言ってはぐろは社殿の外に出た。

 よくなかった。

「はぁはぁ……。ちょっと、…疲れたかな?」

 汗を流してはぐろは錫杖に寄りながら息を吐いた。

 実際それほど歩いてはいない。社殿のある場所から徒歩4分くらいのところでだ。ちなみに間宮は社殿から1分のところにある。

 元が艦魂であるはぐろは歩いたことなどこの世界に来るまで一切ない。霊体は重力などに引かれず、肉のない体は艦内のみだが瞬時に目的地へ移動を可能とし、疲労というものも今まで特に感じたことはない。

 転ぶことがないのは錫杖(マスト)が杖代わりになっているおかげだ。

 これは歩く訓練もしなければならなそうだ。汗を手の甲で拭いながらはぐろは思った。

「海だ…」

 埠頭区域まで歩いたはぐろは、目の前に広がる狭い湾を眺めた。揺れる海面に時折太陽の光が反射する。潮の香りを含んだ風が髪を撫でる。

 海自体は飽きるほど眺めた光景だが、はぐろの定係港は佐世保なので横須賀の海はたまの寄港でしか見ることはない。それに艦上から見るのと地上から見るのもだいぶ違う。

「ん、あれは…?」

 海を眺めていたはぐろはやや遠くの方に巨大な軍艦を見つけた。

 湾を挟んで横須賀鎮守府の反対側。そこには日本国海上防衛軍の横須賀基地があり、埠頭には駆逐艦らしき軍艦が停泊している。

 そして海上防衛軍の建物に隣接して巨大な連装砲を備えた鉄の城がその身を休めている。しかし排煙が見えないことや陸の上にあることから動いているわけではなさそうだ。

 はぐろは最初あの軍艦を日露戦争時にバルチック艦隊を相手に奮戦した戦艦三笠かと思ったが、かなりサイズが違う。おそらく超弩級戦艦くらいある。

 それに、元の世界の三笠公園の位置と違う。目の前に見える戦艦がある場所は、確か元の世界では海上自衛隊の施設があったとはぐろは記憶している。だからあれは三笠ではない。

 しかし、三笠でないのなら何だろうかと考え込む。だが何も該当するものが思い浮かばない。

「あの戦艦は一体…?」

「あれは長門さんなのです」

 その名ではぐろが思い浮かべた1隻だけだ。

「長門…?まさか…」

 長門型戦艦長門。同型艦の陸奥と共にビック7の1隻に数えられた、旧帝国海軍の戦艦だ。

 機密のベールに隠された大和型と違い、その名は海軍の象徴として太平洋戦争が始まるずっと前から日本国民に親しまれ、連合艦隊旗艦も務めたことのある誉れ高き戦艦。

 記録上では長門は米軍に接収された後ビキニ環礁まで運ばれ、阿賀野型軽巡酒匂やドイツの重巡プリンツ・オイゲン、米空母サラトガなどと共に核実験の標的艦にされ、最期は誰にも看取られず沈没した。

 だから長門のはずがない。しかし動いていなくともあの戦艦の威風堂々たる様は、旧海軍の象徴と謳われた長門を思わせる。

 しかし、本当に長門だとしたら、一体なぜ長門がこの地にいるのか。

 湧き上がる疑問をそのままにはぐろは声に出していた。

「どうして長門が横須賀(ここ)に?」

「えっと。なんでも解体されそうになったところを記念艦として残したらしいのです」

「解体?長門は大戦後に米軍が接収してビキニ環礁に…ん?」

 あれ、そう言えば自分はさっきから誰と会話を?

 戦艦に気を取られていてよく考えていなかったが、自分が一体誰と話しているのか、ということにようやく気が付いてはぐろが振り返る。

 そこには見覚えのある服を着た少女がいた。後ろ髪を髪留めで留めている。

「貴女は…?」

「えっと…貴女こそ誰なのです?」

 やや困惑したように少女が聞き返す。

 この場では新参者のはぐろの方が名乗るのが筋と思い、はぐろは少女に向き直って自己紹介した。

「私はあた…じゃない。平沼型特殊兵装実験艦平沼よ。よろしく」

「平沼さん、というのですか?ひょっとして一昨日来た方なのです?」

「うん、たぶん。それで貴女の名前は?」

「あっ、電は暁型駆逐艦電と言います。どうか、よろしくなのです」

 電の自己紹介を聞いて、どうりで見覚えのある制服を着ているとはぐろは得心がいった。特に会話も挨拶もしなかったが、昨日萌愛が連れていた少女は響と呼ばれていたことを覚えている。おそらく彼女は暁型駆逐艦響だったのだろう。

 それよりもはぐろは何故長門が残っているのか気になり、訳を知っていそうな電に聞いてみた。

「ねぇ…。電はどうして長門が記念艦として残ったのか知ってるの?」

「えぇっと。確か深海棲艦がこの世界で暴れ始めた頃の名残だそうです。万が一深海棲艦が東京湾に侵入した場合のことを考えて、長門さんを陸の上に揚げて要塞にしたらしいのです。でも今では私たちがいますし、解体されそうになったのですが、そのまま記念艦になったそうなのです」

 なるほど、それで長門が残っているのかと、はぐろは1人納得した。

 深海棲艦の出現は太平洋戦争を生き延びた軍艦達にも大きな影響を与えた、ということなのだろうか。

 そして同時に思う。深海棲艦と艦娘というイレギュラーなことがあったこの世界は、おそらく自分の生まれた時間へ繋がらないのだと。

「ところで平沼さんはこんなところで何をしてるのです?」

「私は…散歩かな」

「お一人なのですか?」

「そう」

「もう旅行はされたのですか?」

「旅行?」

 2人がそんな話をしていると遠くから誰かが電を呼ぶ声が響いてきた。

「電ー!どこにいるの?」

「もうすぐ遠征任務の時間よー!」

 電とお揃いの制服を来た少女達が電の名前を呼んでいる。

「は、はわわ。そう言えば電は警備任務に行かなきゃならないのです。では、これで失礼するのです」

 電はぺこりとはぐろに頭を下げる。

 ぱたぱたと慌てて走り去っていく電の小さな背を見送りながら、はぐろはやや感情を込めて呟いた。

「電、か…」

 “いなづま”という名前は、はぐろにとっても馴染みのある名前だった。

 2代目むらさめ型護衛艦いなづま。はぐろと同じ第4護衛隊群所属艦。はぐろが最期を迎えた彼の海戦でははぐろと共に戦った1隻で、あちらに行くまではもう2度と会うことはない仲間だ。

「向こうはどうなっているのかな…」

 元いた世界の戦争は。こんごう達は。そして日本は。

 自分はここで何をしているのか。

 自分は何故ここにいる?

 はぐろは空を見上げた。太陽は今日も眩しく輝いていた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 社殿内部に存在する、日本海軍の神秘の1つ、演習室。

 そこでは川内型軽巡洋艦神通のもと、第7駆逐隊と第18駆逐隊が共に訓練にあたっていた。

 彼女たち駆逐艦が遭遇した相手が戦艦や重巡、軽巡だった場合、そいつは自分より大きな主砲を持っている。そして紙装甲と揶揄される駆逐艦の装甲は、大・中口径の主砲を被弾した場合、一撃で行動不能になることもある。

 というわけで駆逐艦だけで大きな相手に遭遇した場合に備えて、第7駆逐隊は妙高型重巡の妙高と足柄の2人を仮想敵として、第18駆逐隊は高雄と愛宕を仮想敵として夢弾の状態で訓練を行っていた。

「はい、では15分間休憩です。もちろん、ただ休む時間ではありませんよ。きちんと反省と対策を立てて20分後にまた訓練です」

『は、はい』

 疲れた様子で桟橋に戻ってきた8人の駆逐艦達に、神通はそう言った。

 両駆逐隊の艦娘は、索敵や攻め方やなどについて議論する。

 今度は2方向から攻めるとか、2人の重巡のうちどちらかをまず一気に撃破しよう、などと工夫を凝らそうとする。

「でも私たちの主砲じゃやっぱりきついよね…」

 朧が持っている自分の12.7cm連装砲を見ながら愚痴った。

「うーん。あの主砲だったら、重巡級でもあっという間にやっつけられるんだろうな…」

 朧の近くにいた第18駆逐隊に所属する陽炎は、耳聡くその愚痴を聞き逃さない。

 横須賀にいる駆逐艦のムードメーカーである陽炎は、面白そうな話題だと喜々として朧に問いかけた。

「あの主砲って何よ?」

「えっ?あぁ、金剛さん達と新しく来た人が昨日演習したんだけど、その人が使ってた主砲がすごかったんだよ」

 陽炎の質問に朧は目をキラキラさせて言った。

 興味を持った陽炎は、さらに質問を重ねる。

「へぇー、どんな主砲なのよ」

「えっとね。12.7cm単装砲なんだけど、射程が金剛さんの主砲と同じくらいあるんだよ」

「………えっ?」

 真剣に聞いていた陽炎が何か聞き間違えたかと困惑顔になった。

「もう1回言ってくれる?」

「だから。12.7cm単装砲なんだけど、射程が金剛さんの主砲と同じくらいあるんだって」

「……ふ、ふーん。そうなんだ」

 全く同じことを朧に言われた陽炎は、難しげな表情を浮かべた。

「ぷっ、そんな主砲あるわけないじゃない」

 傍で聞いていた、陽炎と同じ18駆所属の霞が鼻で笑った。12.7cm砲など、自分達駆逐艦の装備する主砲と同じではないか。そんなものが戦艦の主砲と同じ射程だなんて、到底あり得ない。

「いや、ほんとだって。ねぇ潮」

「は、はい。本当…です」

 朧に同意を求められて、潮がやや控えめに首肯した。

「でも……。12.7cm連装砲は、そこまで飛ばない…」

 ボソボソと18駆所属の霰が反論する。それに対して朧、潮と同じ駆逐隊の漣が反論し返す。

「きっと、あの12.7cm単装砲が特別なのですよ!」

「特別って何が特別なのよ!単装砲だからって言うんじゃないでしょうね!?」

「んな訳ないでしょうが!?」

 先ほどまで駆逐隊毎に陣形やら攻め方について議論していたのが、いつの間にかMk45 mod.4の性能があり得る、あり得ないとやや不毛な論争に成り果てる。

 この場をさっさと収めるには年長者の意見が一番だと判断した18駆所属の不知火は、この場における最上位の艦娘に意見を求めた。

「神通さんはどう思いますか?」

 不知火の声で議論は一時中断された。やや緊張した様子で駆逐艦達はじっと指導役の軽巡洋艦を見る。

 不知火に質問された神通は少し困った表情を浮かべた。

「そうですね。…俄かには信じられない、ですね。私たちの主砲でさえ、戦艦の方の主砲には届きませんから」

「神通さんの言う通りよ」

 そら見たことか、と言うように霞が笑みを浮かべた。

「でも」

 朧達は不服そうだが、確かにそれが常識なのだ。そしてその常識を覆せるほどに事情に通じていない朧達は言い返せるほどの言葉も持ってない。

「朧、言ったって無駄よ。無駄。信じてもらえないわ」

 7駆で唯一舌戦に参加しなかった曙が険しい顔で朧達に言った。

 そこに駆逐隊の仮想敵役をしていた重巡組がやって来る。高雄が聞いた。

「何を話してるの?」

「あっ高雄さん。聞いてくださいよ、陽炎達が昨日の演習のこと信じてくれないんです」

 この場にいるメンバーでは唯一駆逐艦以外の目撃者に朧は半べそで訴えた。

「あぁ…。そうね、確かに信じられないような内容だったわね」

 高雄は苦笑して言った。百聞は一見に如かずというが、昨日の演習はまさしくその類だ。

「ふぅん。ねぇ高雄。その話、詳しく聞かせて」

 愛宕が高雄に抱き着きながら言った。

 駆逐艦の前ではやめなさい、と高雄は愛宕を離れさせ、おほんと咳払いする。

「金剛さんと一航戦の3人が一昨日来た平沼っていう子と演習したのよ。結果だけを言うなら、平沼は大破だけど金剛艦隊3人全員中破させたわ」

 おぉ。と演習を見ていない艦娘達が声をあげた。

 足柄は腕組みをして、感心したように言う。

「すごいじゃない。その3人相手に1人でそこまで戦えるなんて。戦艦なの?」

「いいえ。12.7cm単装砲が一門だけだったし、本人は特殊兵装実験艦だって言ってたわ」

『え?』

「でも12.7cm単装砲一門で金剛さんを中破させてたから、ひょっとして最初は実験艦じゃなくて軽巡洋艦に分類されてたのかもしれないわね」

『え?』

 7駆以外の艦娘は一様に困惑して首を傾げている。それはそうだ。戦艦相手に12.7cm単装砲一門で善戦するなど名うての駆逐艦でも難しい。射程の関係もある。魚雷を使わなければ損傷させることすら難しいだろう。

 顔を見合わせてイメージしてみるが、悪鬼羅刹のような風貌の実験艦の艦娘が高笑いしながら金剛に12.7cm砲を撃つという現実味がないものばかり思い浮かぶ。

「あの…。12.7cm単装砲一門でどうやって金剛さんを中破させたのか全く想像できないんですが…」

「高雄が冗談を言うなんて、珍しいこともあるのね…」

 妙高が困惑顔で、愛宕が微笑ましいものを見る目で言った。

「ちょっと愛宕。本当のことなのよ」

「でも信じられないわ…」

 今度は重巡組で高雄とそれ以外に分かれて不毛な論争が起こりそうな雰囲気だ。

「あっ。皆さん、そろそろ休憩時間は終わりですよ」

 神通が立ち上がって手を軽く叩いたところで休憩と議論は一旦終わりになった。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 “講堂”。そこは大規模な作戦の前に出撃する艦娘が集まったり、何かパーティーのような会に使ったりする場所だ。

 正式には4号館なのだが、最近では殆ど使う機会がないため“死蔵館”などと不名誉極まりないあだ名が密かにつけられている。

 だがその日は珍しく講堂が使われることになった。

 横須賀鎮守府に所属している天龍型軽巡洋艦天龍は、倉庫から持ってきたテーブル卓を置いて息をついた。

「ふぅー…。大淀、テーブルとかはこんなもんか?」

「はい、お疲れ様です」

 水を入れたバケツと布巾を持った大淀が天龍に応えた。

 講堂には大淀と天龍の他に数名の艦娘が集まり、新しく来た仲間の歓迎会の準備をしている。

 といっても、急な催しだったため書に自信のある艦娘が新しく来た仲間の名前を横断幕に書いていたり、埃が溜まっていたため掃除をしたりだ。

 大淀は水に浸した布巾を絞ってテーブル卓を拭きながら天龍に言った。

「急にお願いしてすみません」

「気にすんなって。久々に新しい奴が来るってんだ。ちゃんと歓迎してやらねーと」

 そう言いながら天龍は大淀が拭いたテーブル卓の上にテーブルクロスを掛けて整える。

「そういやどんな奴なんだよ、新しい奴ってのは。俺たちがこっちに来た後に艦娘になった奴って話らしいじゃねえか」

「新しい装備の試作型を装備して試験運用中の方ということですよ」

「へぇ。そりゃ優秀な奴なんだろうな」

 新装備の試作型を受領し、試験運用を任せられるということはとても能力が高い者にしか任せられることはないだろう。どんな奴か楽しみだ。天龍はニヤリと笑みを浮かべた。

 近くで2人の会話を聞いていた鳥海が混ざってきた。

「噂ですけど、1人で一航戦の攻撃隊74機を撃墜したそうですよ」

「ハッ、そりゃねーわ。流石に無理があんだろ」

「ですよねぇ…」

 74機など多数の艦上戦闘機の支援があって、艦娘がハリネズミのように対空火器を載せていれば可能性はあるが、1人でだなど夢想にも程がある。

 荒唐無稽な話に天龍は笑い飛ばした。

 大淀は引きつった笑みを浮かべながら聞いていた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 荒々しい足音が提督執務室に近づいていた。そしてその足音の主は扉の前で止まったかと思えば、勢いよく扉を開ける。

 いきなり執務室に入ってきたと思えば、瑞鶴は執務中の江李にきつい口調で問いただした。

「提督さん!あいつ、一体どこにいるのよ!」

「……加賀なら赤城達と朝早くに出撃したわよ」

「ちーがーうー!!っていうか、なんで加賀…さんが出てくんのよ!」

 瑞鶴がやや顔を赤くして怒鳴った。

 瑞鶴が“あいつ”と呼ぶのはだいたい加賀だからなのだが、では一体誰のことなのかと江李は怪訝そうに瑞鶴を見上げた。

「あいつよ!昨日来たばかりの、実験艦とか言う奴!」

「平沼のこと?…社殿にいるはずだけど」

「いないのよ!散歩するとか何とかで!」

「じゃあ知らないわよ…」

 書類に署名しながら江李は適当に瑞鶴に返事した。どうせ碌なことではない。

 江李の態度に業を煮やしたのか、瑞鶴はいきり立ってお願いする。

「じゃあ、呼び出してよ!今すぐ!」

「…なんで?」

 一旦手を停めてめんどくさそうに江李は聞き返した。

「決まってるじゃない!私が平沼?に勝って、あいつより実力あるってことを証明してやるんだから!」

 あぁまたか、と江李はため息をついた。本当は仲いい癖に、変に意地張ってるんだから手に負えないと江李は改めて痛感する。

「…そんなことで呼び出す訳ないでしょ。自分で探しなさい」

「むぅぅう…。提督さんのけち!」

 そう言い捨てると仏頂面で瑞鶴は執務室から出ていく。

「…言っておくけど、私的なことで艦載機は飛ばさないように」

 江李が言い終わると同時に扉はやや乱暴な音を立てて閉まった。

 

 

 ◇◇

 

 

「はぁ……はぁ……」

 電と別れた後、はぐろは鎮守府を一回りしてきたのだが、まるでフルマラソンでも走ったかのように息も絶え絶えだった。錫杖を支えにしてようやく立っている。

 なんとかはぐろは社殿の近くまで戻ってこれたが、また少し休憩しないと倒れそうだ。

 錫杖で体を支えて、はぐろは汗を手の甲で拭って、大きく息を吐いた。そこに聞き覚えのある元気な声が響いた。

「平沼ー!何してるネー?」

 やや俯いていたはぐろが金剛の声がした方向に視線を向けると、そこにはティータイムをしている最中の金剛型4姉妹がいた。

 榛名がハンカチを取り出しながら寄ってくる。

「大丈夫ですか?すごい汗ですが…」

「あ、ごめんなさい…」

「いえ。これぐらいのこと気にしなくて大丈夫です」

 はぐろは優しくハンカチで汗を拭いてくれる榛名にされるがままになる。そして榛名に手を引かれてはぐろは金剛達の元に連れてかれた。

 なぜか比叡がはぐろを見てむくれている。何かしただろうかとはぐろは考えるも金剛に声をかけられて中断する。

「平沼は一体何をしていたネ?」

「えっとですね」

 はぐろは金剛の疑問に答えようとするが、その前に霧島が言った。

「ふむ。察するに走り込みをしていたということでしょうか。訓練を怠らないその姿勢、お見事です」

「Wow。頑張るネー、平沼」

「それはすごいです」

「それくらいなら私だってできるけど…」

「………」

 霧島ははぐろの様子からそう推測するが、残念ながら全然違う。だが1人を除いてあまりにも金剛達が感心した様子なので、はぐろは本当のことを言うのが憚られた。

 そしてかなり疲れていたはぐろは金剛達に誘われてそのままティータイムに加わる。

「そういえばはぐろ、今夜のPartyのことは聞きましたカー?」

「えぇ、まあ」

「なら。今日はもう休むネ。訓練するのはGoodですが、休む時は休まなければNo goodネ」

「は、はい…」

 訓練ではなかったのだが、散歩も訓練の内と思うことにしたはぐろだった。

 しかし今日も紅茶パーティー中の金剛型四姉妹。いつも暇なんだろうかと疑問に思うも、散歩で暇を潰そうとしていたはぐろが言えた義理ではないので黙って紅茶を啜っていた。

 しかし、美味しい。今までは人と違って特に食事の必要もなかったのだが、こういうのも悪くない。

 乗員の隊員達も食事の時は楽しそうに笑顔だったな、とはぐろが思っていると急に鼻がむずむずしだした。

「へっ、へっくしゅ」

「風邪デスカー?」

「さ、さぁ…?」

 無論今まで風邪になどなったことがないはぐろは困惑顔で首をかしげた。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 仏頂面で瑞鶴は横須賀鎮守府側の埠頭にいた。

 苛立った様子で瑞鶴は大きく息を吸い、思いのたけを吐き出した。

「あいつ、どこなのよーーー!!」

 よー、ょーと空しく瑞鶴の叫び声が横須賀の港に響いたのだった。

 

 

 





お久しぶりです。

さぁ今回10人の艦娘が追加で登場しました。思い切り作者の趣味が表れていますw。
ちなみに長門は艦娘ではなく軍艦の方なのでカウントされませんw。
まぁ深海棲艦が太平洋戦争が終結したあとに出現した場合、呑気に太平洋で核実験なんてできないと思うんですよね。核実験するために持っていく途中で深海棲艦に沈められたら話になりませんし、というわけで長門は東京湾を守る砲台兼横須賀の要塞になってもらいました。

もちろん酒匂もクロスロード作戦の標的艦にはならず、艦種を軽巡洋艦から警備船に変更された後海上防衛軍の前身である海上警備隊に編入されて警備隊司令船、そして再度軽巡洋艦に変更され、海上防衛軍第1防衛艦隊初代旗艦に任命されました。
また響や雪風、北上など太平洋戦争を生き延びた艦で充分戦闘が可能な艦も海上警備隊や海上防衛軍に編入されて日本近海の警備行動を行いました。
ただ残念なことに哨戒中に深海棲艦と遭遇して沈められた艦もあります…。
その辺の話はまた別の機会に。

さて、後編はいよいよ歓迎会になります。というか前編全然歓迎会やってないですね、申し訳ないです。

今後の展開としては歓迎会のあとにもう1話日常編を入れた後は…「遠征編」です。
天龍達と一緒に護衛艦はg…特殊兵装実験艦平沼は再び大海原に漕ぎ出でます。

まだ先のことですが、どうかお楽しみに。
では後編でまた。


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