艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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どうも、ご無沙汰しております。前の投稿から約2か月以上というところでしょうか。
長い間更新と感想返しをしてなくて申し訳ありません。


今回の話ははぐろが金剛と一航戦の艦隊と演習します。
なので視点がはぐろ、一航戦、観戦する監視室で度々移るので、自分も書く時に混乱してしまったりでちょっと難しかったです。

それから今回も例によって前後編に分けます。


演習・前編

 2024年9月。その頃は中国との戦争は起こっておらず、まだ日本が平和な時だった。

 ハワイから佐世保に帰還した、あたご型ミサイル護衛艦はぐろの艦魂、はぐろはこれ以上ないほど落ち込んでいた。

「はぁ……」

「おかえりなさい、はぐろ」

 佐世保に入港したはぐろは、隣に係留されたこんごう型ミサイル護衛艦こんごうの艦魂こんごうに迎えられた。

「あ、こんごうさん。た、ただいま帰りました」

 先輩であるこんごうに失礼がないよう、挨拶する。

 こんごうは優しくはぐろに問い掛けた。

「何を落ち込んでいるのですか? はぐろ」

「い、いえ。落ち込んでいません! ただ…その…」

 はぐろは俯きながら、何があったのか話す。

「模擬弾の迎撃を…失敗してしまいました」

 弾道ミサイル防衛(BMD)能力を取得したイージス護衛艦が通る道。アメリカの協力の下、ハワイ諸島カウアイ島沖で行われる模擬弾頭の弾道ミサイル迎撃訓練を先日イージス護衛艦はぐろも行った。

 結果は失敗。迎撃目標の補足・追尾・SM-3発射までの手順は訓練通りうまくいったのだが、なぜか模擬弾を撃墜できなかった。

 現在迎撃失敗の原因を調査中とのことだが、そんな事ははぐろにとってどうでもいい。

「私のせいで日本のイージス護衛艦のみんなの名誉が汚されたと思うと、恥ずかしくて、悔しくて!」

 涙を浮かべて悔しそうに語るはぐろにこんごうはため息をつきながらも優しく語りかけた。

「それぐらいのことで傷つくほど私たちは柔ではありません。だいたいそれぐらいのことなら、ちょうかいが前にやらかしてます」

「……え?そうなんですか?」

 きょとんとはぐろはこんごうに聞き返した。

 はぐろはハワイに向かう前に、同じイージス護衛艦であり経験者であるちょうかいやあしがらの艦魂から模擬弾頭弾道ミサイル迎撃訓練とはどういうものかと聞いていたが、その話は初耳だった。

 こんごうはいつものように淑女然として話す。

「SM-3に何かしら不具合があったようですが、まぁそれを抜きにしてもあの子相当悔しがってましたし、貴女を不安にさせても仕方ありませんから」

「そうだったんですか…。でもSM-3に不具合が起きたのが実戦じゃなくて訓練でよかったです」

「ふふ、そうね」

 2隻の護衛艦の艦魂はそう言って笑いあう。

 まだ日本が辛うじて平和だった頃の、人が知らない物語……―――――。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 波の上に1人の少女が立っていた。その少女、はぐろは苦い表情をしていた。

「……」

 はぐろはいつの間にか眉間にできた皺を、指で軽く解きほぐす。

 演習とはどんなものだったろうかと、はぐろは教練対空戦闘や実弾を用いた砲撃訓練などを思い巡らせているうちに、できることなら忘れたい失敗談まで思い出してしまった。

 結局なぜ撃墜が失敗したかはSM-3の不具合で結論が出たらしいが、とにかくその辺の話はもうどうでもいい。

 もうすぐ演習が始まるのだ。いつまでも回想に耽っているわけにはいかない。

「頑張らないと」

 はぐろは頬を両手で軽く叩いて気合いを入れ直す。

『演習、開始!』

 高雄の声を合図にはぐろ対金剛艦隊の演習が始まる。

 護衛の駆逐艦娘がいれば輪形陣を形成するのだが今回はいない。また艦娘の数が3人と少ないため、金剛艦隊は単縦陣で航行していた。

 単縦陣の先頭を行くのは、今回艦隊の旗艦を務める金剛だ。その後を赤城、加賀の順番となっている。

「赤城ー、加賀ー!偵察、ヨロシクネー」

 金剛が2人に指示を出した。

「わかりました」

 2人は頷き合うと、互いに航空機の発艦の邪魔にならないよう単縦陣を崩して並行して航行する。上空から見ると金剛も含めて三角形のようだ。

 赤城と加賀は交互に弓に矢を番え空に放つ。2本の矢は合計12機の艦上攻撃機流星改に変化し、飛行ルートが扇形になるよう二段構えの索敵隊形で分散して飛んでいく。

 だんだん小さくなっていく機影を見送った赤城は加賀に言った。

「…加賀さん。今回の演習ですが、やっぱり手加減するべきではないでしょうか」

 今回の演習の内容を伝えられた時、赤城の心情はいいものではなかった。凄まじい対空火力を持っている艦娘と聞いたが、戦艦1隻と正規空母2隻がたった1隻の実験艦を相手にするなど苛めのようにしか赤城には聞こえなかった。

「いえ。私は本気でやらなければならないと思います」

 即答した加賀を赤城は思わず見返した。

 加賀はいつもの無表情だ。だが付き合いの長い赤城には加賀がとても緊張していることがわかる。

「…正直なところ、彼女の実力は未知数です。彼女に制限が掛けられ、私たち3人でようやく対等かもしれません」

「…そんなに、ですか?」

 思わず赤城は加賀を聞き返した。彼女にここまで言わしめるとは、なるほど手を抜くことはできないようだ。赤城の弓を持つ手にも力が入る。

「でも、はぐ…平沼がどんなことをしてくれるか、楽しみデース」

「…貴女は呑気ですね」

「ふふっ」

 

 

 ◇◇

 

 

「対空レーダーに感…。これは偵察機、かな?」

 はぐろは敵艦を示す2つの輝点(ブリップ)から小型の対空目標が複数分離、様々な方向に飛んでいくのを見てやや自信なさげに呟いた。

 機種は不明だが、もし彼女たちの名前通りに装備まで太平洋戦争の頃のものだとすれば、おそらくジェット機ではなくレシプロ機だ。速度からしてもそれはわかる。

 そして少数でバラバラに動いているため、とりあえず攻撃隊ではなさそうだ。

 ひとまず、敵を識別するため個別にフォネティックコードを割り振っておく。

 航空機が発艦したため空母艦娘とわかっても、どちらが赤城でどちらが加賀なのか見分けがつかないため、空母艦娘の1人をキャリア・アルファ、もう1人をキャリア・ブラボー。空母の2人を除けばあとは金剛だけなので金剛はチャーリー、敵の索敵隊を目標群デルタと呼称することにした。

「さて、どうしよっか」

 はぐろが攻撃するには第1次攻撃隊の半数以上の撃墜と言われたため、敵の索敵機を落としても攻撃はできないだろう。

 見つからないように航路を変更して回避したとしても、はぐろが攻撃できないことに変わりはないため変更しても意味がない。

「……正面からいくしかない、か」

 腹を括ったはぐろは戦闘態勢に移行して、わざと索敵機に発見されるような航路を取った。

 どの道攻撃されなければならないのだから見つかるのは早い方がいい。

 バイザーに表示される輝点が移動し、そのうちの一つが少しずつはぐろに接近してくる。

 間もなくSPY-1対空レーダーが探知した敵の索敵機がはぐろの目視圏内に到達する。ブーン、と異音が空の向こうから聞こえてくる。

 はぐろが見上げれば青い空に小さな点がポツンと浮かんでいる。

 間違いない、敵の空母から発進した索敵機だ。

 目視で流星改を確認したはぐろは、いよいよ攻撃隊が来ることを予想して喉を鳴らした。

 

 

 ◇◇

 

 

「敵艦見ゆ!」

 赤城がそう叫んだ。敵艦を発見したのは赤城の流星改だ。そしてその報告を受けて、金剛達は互いの顔を見合って頷き合う。

「じゃあ、手筈通り私は行くネ!2人は後ろから航空支援よろしくデース!」

 金剛が笑顔で手を振りながら言った。加賀がクールに金剛に返す。

「貴女が到着する頃にはもう終わってるかもしれませんが」

「フッ、じゃあその前に私が到着するネ!」

 加賀と互いに士気を上げながら、金剛は1人、はぐろの元に向かった。もちろん、万が一航空攻撃が失敗に終わった時に砲撃で決着をつけるためだ。

 金剛を見送った加賀と赤城は、ほぼ同時に視線を交わす。

「では私達も行きましょう」

「えぇ」

 赤城と加賀は弓矢を構える。

「第1次攻撃隊、発艦!」

 赤城の号令のもと一航戦の2人は弓に番えた矢を引き絞り、索敵機が発見した敵艦の方向へと放つ。

 今回敵艦隊に空母がいないということもあって戦闘機は攻撃隊から省かれ、流星改と彗星からなる攻撃隊74機がたった1隻の護衛艦を目標に飛び立った。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 監視室にいる者は、一航戦から飛び立った航空隊の機数にどよめいていた。

「74機か。2人とも本気ね」

 さすがにやりすぎじゃないかと江李は思うが、なぜか74機でも平沼が相手では足りなそうだとも思った。

「あれを全部落とせたらすごいよね」

 一方、萌愛は他人事のように言う。

 そんな萌愛に響は不思議そうに問いかけた。

「大佐。大佐はどうして平沼に制限を付けたんだい?普通なら金剛さんたちに制限を付けるべきだと思うけど」

「それはだねー、響ちゃん。あの子が強いからだね」

 耳聡く聞いていた翔鶴が萌愛と響の会話に横から割って入って問いただす。

「萌愛大佐。それは…一航戦のお二人と金剛さんを合わせても平沼さんの方が強い、ということですか?」

「うーん。多分ね」

「そう、なんだ…」

 響は無表情なまま萌愛の言葉を受け入れた。

 だがその会話を聞いていた監視室内にいる他の艦娘たちは一様に信じられないとばかりに首を振った。

 特に曙が辛辣な口調で言った。

「何言ってるのかしら。そんなのあり得ないに決まってるでしょ」

「曙ちゃん」

 曙の隣にいた潮が失礼だよ、と注意するが特に否定はしない。

 一応曙も潮も先日軽空母二隻の攻撃隊40機全て撃墜してル級を撃破したのを知っているが、さすがに赤城達よりも強いとは思わないらしい。五航戦の2人も同じくだ。尤も、ル級に関していえばどうやって撃破したのか見ていないし、航空隊に関しても倍近い機数だからかもしれない。

「まぁでも強いかどうかっていうのは実際やってみないとわかんないよね」

 ニヤリと笑う萌愛の視線の先にはたった1人で戦う護衛艦(実験艦)があった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 敵索敵機を目視してから間を置かずに敵空母から発艦した多数の機影を探知して、はぐろは引き攣った笑みを浮かべた。

「…な、74機」

 目標群エコーとはぐろが呼称する、新たに探知した航空機の総数は74機。

 状況から考えて一航戦の第1次攻撃隊であることに間違いはないだろう。さらに敵艦隊から金剛(チャーリー)が分離して単艦はぐろに向かってきているが、はぐろが戦艦の主砲射程圏内に捉えられるまで時間があるのでまだ無視していいだろう。

 しかし航空機の数は、はぐろが昨日撃墜した深海棲艦の航空隊の2倍近い。

 さすがに対空戦闘に秀でたイージス艦であるはぐろでも単独で74という数は重い。いくらイージス護衛艦であっても一度に対空ミサイルを誘導できる数には限度がある。この数だと7回対空ミサイルを斉射して全機撃墜と言ったところだが、7回斉射する間に何機かはSAM防衛ラインを突破するかもしれない。

 はぐろは今一度自身の状態をチェックした。

 イージス武器システム、火器管制、イルミネーター全て良好、問題なし。

 96セルのVLSのうち、SM-2は60セル、ESSMは15セルだがESSMは先日使用した7セル分を除いて8セル。ということは対空ミサイルの残弾は合計92発。主砲弾と機銃弾は十分にある。

 今のところ対空ミサイルも主砲弾も残弾は充分だが、一航戦の第2次攻撃隊まで持ちこたえられるかどうかは、一航戦の艦載機の数によっては微妙なところだ。止まっているハエを叩き落とすようなものとはよく言ったものだが、レシプロ機とはいえさすがに単独で数百機の航空機を1度に撃墜できない。

 とはいえ、74機の半数以上の航空機を撃墜するまではぐろは反撃することを許されない。敵の第1次攻撃隊の半数を撃破して、第2次攻撃隊が発艦する前に母艦を迅速に撃破しなければならない。

「皆がやってた訓練通りにやれば、大丈夫…」

 はぐろは顔に翳りを見せて、小声で呟いた。昨日は無我夢中で戦ったが、こうして色々と考えながらだとなかなか大変だ。

 はぐろは空を見上げる。そこはまだ穏やかな空が広がっている。しかし、その先に敵がいる。

 はぐろは敵のいる方向をじっと睨みながら戦闘開始の口上を言い出す。

「対空戦闘。CIC指示の…って、今の私にCIC(そんなもの)はなかったね」

 はぐろの副長も兼任していた松浦砲雷長の口調を真似して口上を述べるも、はぐろは自分の失態に気付き苦笑する。

 気を取り直してはぐろは朗々と言う。

「対空戦闘。攻撃目標、接近中の目標群エコー。イルミネータースタンバイ。VLS開放。SM-2(スタンダード)、攻撃用意」

 目標が割り振られていくのを確認し、攻撃準備が完了したと確認したはぐろはミサイル発射ボタンを押す。

「発射始め、一斉発射(サルボー)!」

 はぐろの号令でVLSから対空ミサイルが一斉に放たれる。その数はSM-2の最大同時発射数と同じ15発。

 仮想の空間で弾薬を消費することはないとのことで、はぐろは対空ミサイルを惜しみなく使う。

 白い尾を残して飛翔するミサイルは、音速を超えて第一航空戦隊の攻撃隊に迫る。

 初めに攻撃に気づいた機は存在しなかった。航空隊に向かって何かが飛び込んできたと思った瞬間いきなり爆発が起こり、瞬く間に15機の航空機が墜ちていく。はぐろの対空レーダーからも同数の反応が消える。

「TRACKNUMBER1113から1127撃墜!続いて攻撃目標TRACKNUMBER1128から1142…」

 はぐろは思わず目を見張った。

 まだはぐろが目視で敵航空隊を確認していないということは、敵航空隊も攻撃目標(はぐろ)を視界に収めていないはずだ。何が起こったのかすらわからないはず。

 だというのに目標群エコーは、中隊規模、あるいは小隊規模に分散してまだ見ぬ敵艦に接敵を試みている。攻撃を受けてすぐに分散し、さらに規律が取れてることにはぐろは驚きを覚えた。

 だが、はぐろのSPYレーダーはほぼ完ぺきにその動きを捉えている。例えどう動いていても、見えているなら仕方がない。

SM-2(スタンダード)一斉発射(サルボー)!」

 はぐろはさらにSM-2を15発、ESSMを12発ずつ2回対空ミサイルを一斉射して全弾命中させるも、第一航空戦隊の攻撃隊はまだ32機残っている。

 42機の犠牲を踏み台に一航戦の第1次攻撃隊ははぐろに迫る。

 さらにはぐろはESSMを12発発射し、次々と敵機を叩き落とす。残りは20機。すでに攻撃隊は半分以下まで減っていた。

 しかしミサイルの発射煙に包まれたはぐろの表情に歓喜の様子は無く、ただ汗がじんわりと滲んでいた。

「やっぱり少しきついかな…」

 ふぅ、とはぐろは息をついた。

 既に54発の対空ミサイルを消費しているため、はぐろはプレッシャーを感じていた。

 レシプロ機など本来は対空ミサイルでなくてもはぐろの主砲で十分落とせる。しかし何分数が多い。

 いくらレシプロ機でも物量戦で仕掛けてこられたら、最大分速45発の発射速度のオート・メラーラ127mm砲やそれ以上の発射速度を誇る76mmコンパクト砲ならともかく、発射速度が遅いMk45Mod.4が一門だけでは対処しきれない。そのためやはり対空ミサイルを使わざるを得ない。

 主砲の性能と対空ミサイルの残弾数、そして第1次攻撃隊の機数を鑑みてはぐろは状況を分析する。

「(やっぱりこの状況でさらに攻撃隊を送られたら…)」

 正規空母が2隻ということは、おそらくまだ第1次攻撃隊とほぼ同数の航空機が敵艦隊に残っているはずだとはぐろは推測した。

 残っている対空ミサイルはSM-2が30発、ESSMが8発。一航戦の第2次攻撃隊の半数以下しか撃墜できない計算だ。となれば対空ミサイルで落とせなかった残りは主砲とCIWSで片をつけなければならないが、はぐろはここであることを危惧した。

 先述した通り、あたご型護衛艦の主砲Mk45Mod.4 5インチ単装砲の発射速度は最大でも分速20発で、対空戦闘には不向きだと言われている。対空戦闘が不可というわけではないが、性能として低いのは確かだ。

 せめて1隻でも僚艦がいたら、はぐろにももう少し余裕があっただろう。だが僚艦は存在せず、対空ミサイルも残り少ない上に主砲の対空戦闘能力が高くないとなれば、一刻も早く母艦を航空機が発艦不可能な状況にしなければならない。

 既にはぐろは第1次攻撃隊の半数以上を落とした。萌愛が課した制約はもうはぐろにはない。20機程度なら視界内に収められる距離でも問題ないはず。

 対空ミサイルの大量の消費と被弾できないというプレッシャーに背中を押され、まだ戦闘に慣れていないはぐろは切羽詰まって対空戦闘と並行して対艦攻撃を開始する。

「対水上戦闘!90式SSM攻撃用意!攻撃目標キャリア・アルファ。発射弾数1発」

 まず最初に攻撃目標を選別し、情報を90式SSMに入力する。

 確実性を期すならはぐろとしては1隻につき2発撃ちたいところだが、事前に決められた制限で3発以上撃てないため1隻につき1発にとどめる。

「3番発射用意よし、()ぇ!」

 はぐろの肩に設置されたSSM発射筒から90式SSMが1発発射される。発射されたSSMは上昇してからシースキミングを開始し、水平線の向こうにいる目標へ向かっていく。

「目標変更。攻撃目標キャリア・ブラボー。発射弾数1発」

 SSMに目標の情報入力の僅かなラグ。しかし、それは数秒で終わりはぐろはあっという間に攻撃準備を終えた。

「4番発射用意よし……()っ!」

 4番も3番同様発射された後にシースキミングを開始。水平線の向こうへと飛んでいく。

 2発の90式SSMを発射し終えたはぐろは息を継ぐ暇もなく、目標群エコーの迎撃に頭を切り替えた。CICがあって熟練した複数の隊員がいれば、両方一気に行えるのだろうが、今のはぐろはそのようなことをできそうにない。

 この頃になってようやく一航戦の第1次攻撃隊がはぐろの目視圏内に到達した。攻撃隊もはぐろを視認したのか彗星艦爆が上昇し、流星改艦攻が低空へと降下する。

「攻撃目標TRACKNUMBER1167から1174、VLS開放、ESSM発射始め!サルボー!」

 はぐろは残余の第1次攻撃隊に、閉店セールだとばかりに残りのESSM8発全てを発射した。狙ったのは空高く昇り急降下で爆弾を降らせようとした8機の彗星艦爆だ。狙われた艦爆隊は急旋回などをして躱そうとするもたやすく組み付かれ、全て空中で散華した。

 はぐろはそれらを一切見ず、レーダーで8機全て撃墜したことだけを確認し、残る12機の流星改艦攻を見据える。流星改艦攻隊は左右両舷からの一斉雷撃を試みているのか、6機ずつに分かれてはぐろをサンドイッチするように突撃していく。

「右対空戦闘、TRACKNUMBER1175、主砲撃ちぃ方ぁ始めぇ!」

 はぐろの主砲が火を噴く。1機の流星改に直撃し、木っ端微塵に破壊される。Mk45の発射速度こそ遅いものの、照準は射撃管制装置で高い精度で補正され、レシプロ機程度の速度であれば外れることは無い。1機づつ確実に仕留めていく。

 右舷から接近してくる艦攻隊6機の始末を終えたはぐろは、次なる目標を定める。

「新たな攻撃目標、270度。主砲、撃ちぃ方ぁ始めぇ」

 はぐろの声に従って砲塔がぐるんと半回転し、Mk45は左舷から向かってくる流星改に等間隔で砲弾を吐き出す。

 はぐろは左舷から接近してきた流星改艦攻を次々に4機撃墜するも、2機が魚雷を投下する。海中からはぐろに迫る2条の雷跡。

 はぐろは慌てず騒がず魚雷を回避しながら高性能20mm機関砲を作動させる。

「回避、面舵一杯!近接防御火器システム(CIWS)対空射撃(AAW)オート!」

 今の今までおあずけにされていた機関砲は待ちきれないとばかりに動き出し、魚雷を投下して離脱していく2機の敵機を自律自動で射撃開始する。一瞬で機体中穴だらけにされた艦攻は、煙を上げて海上に落下した。

 こうして低空から忍び寄って魚雷を当てようとした流星改艦攻隊も、はぐろの主砲(Mk45)、あるいはCIWSによって全機撃墜され、はぐろは単独で74機撃墜と言う偉業を成し遂げた。

「目標群エコー全機撃墜、周辺空域に敵影なし。…ふぅ」

 額の汗を拭ったはぐろは、レーダースクリーンに浮かぶ着弾まで秒読み段階に入った対艦ミサイルの光点を見つめた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 索敵に出した流星改を回収し終えた加賀達は、第1次攻撃隊との通信が途絶したことに絶句していた。

「そんな…」

「………」

 ようやく赤城が一言だけ呟いた。加賀は険しい顔で何も言わない。

 たった1隻。戦闘機の直掩すらないたった1隻の艦娘に74機全てを落とされた。

 これに衝撃を受けるな、と言うほうが無理だ。

 赤城ははぐろと演習前ににこやかに挨拶を交わした。その時はだと思ったのだが、今では悪鬼羅刹が皮を被っていたように思える。

「……赤城さん、第2次攻撃隊を」

 呆然としていた赤城に加賀が言った。

 えっ?と何を言ってるのか理解できないように赤城は聞き返した。

 そんな赤城に加賀は繰り返し言う。

「第2次攻撃隊を出しましょう。ここで引くわけにはいきません」

「…し、しかし。これ以上の損害を出すわけには…」

 赤城は動揺した様子で言った。

 歴戦の艦娘である赤城だが、演習とはいえここまで壊滅的な被害を経験したのは初めてだった。それもたった1人に。

 演習だということを忘れて、青い顔ですっかり動転してしまっている。

 そんな赤城に加賀は諭すように静かな口調で言った。

「まだ演習は終わってません。何よりあの子達が見ているのに、このまま終われるわけがありません」

「加賀さん…」

 いつも通りの無表情で冷静に話す加賀を見て、赤城も冷静さを幾分か取り戻す。

「わかりました」

 加賀達は第2次攻撃隊を出そうとするが、その前に異音に気づく。ターボジェットエンジンの轟音と共に90式艦対艦ミサイルが加賀達が目視可能な距離まで到達した。

 赤城は、空を飛ぶ柱のような奇妙な物を見て首を傾げた。

「あれは一体…?」

「赤城さん!」

 名前を呼びかけただけで意思を伝える加賀。ハッとして赤城も顔を引き締める。

 加賀達はそれぞれ舵を切って回避運動を取るが、ミサイルは獲物を追う猟犬のように食らいつこうとする。

 90式SSM3番が目標としたのは、赤城だった。90式はシースキミングからポップアップへ移り、急降下爆撃を行う艦爆のように赤城を襲う。

「回避!面舵一杯!」

 赤城は舵を切って対艦ミサイルから逃れようとするが、対空攻撃もせずECMを行わないならどれだけ舵を切っても無意味だ。

 90式SSMと赤城の姿が重なる。一瞬の閃光と真っ赤な爆発。赤城から黒煙が上がり、結果を如実に語っていた。

「アァッ!飛行甲板が…」

 90式SSMを被弾した赤城は艤装がボロボロになり、発艦に必要な弓も弦が切れてしまった。飛行甲板も破損し、着艦できそうにもない。

 一応中破の判定だが、この攻撃で赤城は艦載機を運用することができなくなり戦闘不能になった。

「直掩機発艦!」

 加賀は噴進弾が赤城に向かったのを見て艦載機の発艦を行う。加賀は弓を引き絞って、矢を射った。放たれた矢は6機の烈風戦闘機に変わった。加賀から発艦した烈風隊は次の攻撃を警戒して即座に戦闘態勢に入る。

 直掩機に続いて第2次攻撃隊の発艦を急ぐが、加賀にも対艦ミサイルが低空から迫っている。

 加賀から発艦した烈風戦闘機隊が母艦に近づく襲撃者を排除しようとするが、回避運動を取る90式SSMの機動についていけず、容易く突破される。

 加賀は先ほどの赤城を襲った攻撃を見て、回避行動は無駄だと判断して発艦作業を続ける。

「第2次攻撃隊、発艦!」

 矢筒から矢を1本抜き、お手本のような姿勢で矢を放つ。6機の流星改が空に舞い上がった。

 加賀は矢筒からさらに矢を1本引き抜いて構えるが、すでに90式SSM4番は既にダイブする姿勢に入っている。

 加賀が矢を引き絞ったと同時に90式SSMが彼女に突き刺さり、加賀は爆発に飲み込まれた。

 加賀から飛び立った流星改は編隊を組んで心配するかのように母艦の周りを旋回し続ける。烈風隊も同じくだ。

 胸当てが脱落し飛行甲板も損傷している。赤城同様弓の弦も切れてしまった。

 加賀は黒煙をあげて海面に膝をついていた。

 

 

 ◇◇

 

 

 

「90式SSM3番4番、共に命中を確認」

 はぐろのバイザーにレーダーから取得している情報が映し出される。はぐろが放った90式SSMは2隻の敵空母に命中。対空レーダーに更なる航空機の発艦する様子はないことから、少なくとも航空機を発艦できないほどの被害を与えられたとはぐろは判断した。

 命中する直前に加賀(キャリア・ブラボー)から航空機が発艦したようだが、その数はたったの12機。予想していた数より少ないことに安堵して、はぐろはホッと息をついた。

 ESSMの在庫が空になったため、残りの対空ミサイルはSM-2が30発しかないが、敵機の数が12機なら特に問題ないだろう。

 はぐろのバイザーに映し出されているレーダースクリーン上では、12の光点が母艦の周りをグルグル旋回している。現在のところはぐろに向かってくる様子はない。

「うーん。12機か…」

 たった12機。されど12機。この12機を撃墜するかどうか、はぐろは少し悩んだ。

「…放っておこう。攻撃してくるなら撃ち落とせばいいし」

 所詮ジェット機でもなく、対艦ミサイルも持たない古い航空機だ。例え攻撃しに来たとしても、対空ミサイルの一斉発射で殲滅できる。イージス艦のはぐろにとって、レシプロ機の編隊は対艦ミサイルよりもずっと遅い標的にしかならない。だからはぐろはもう脅威ではないと判断し、航空機に対する攻撃を止めた。

 そのはぐろの目の前に強大な敵艦が迫っている。たった1度の攻撃では仕留められそうにない敵が。

「とうとう来るのね…」

 赤城と加賀は無力化した。残っているのは1人だけ。

 30ノットで反航してくる大型艦が1隻。間もなく、はぐろの主砲射程圏内到達。同時にそれははぐろも敵艦の主砲射程圏内に入る事となる。

 接近してくる敵艦の識別呼称チャーリー、その正体は金剛型戦艦金剛。

 偶然にもはぐろが尊敬する護衛艦と同名であり、かつて太平洋戦争を駆けた武勲艦の艦名を冠する艦娘だった。

 

 

 

 




演習は今のところはぐろが優勢ですね。とはいえ、対艦ミサイルは2回使ってしまったので、後編は金剛を相手にはぐろがどう戦うか、という感じですね。
まぁ、ややご都合的な部分は多々ありますが…。
やっぱ戦闘描写は難しい…。

ではまた次回。

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