艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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更新遅くなってすみません。
最新話です。
なお、今回から地の文でははぐろは「はぐろ」、セリフ内でははぐろは「平沼」と呼びます。

(例)
江李ははぐろに言った。
「平沼、出撃準備をして」
「はい」
はぐろは江李に命令されて出撃準備にかかる。

という感じです。
混乱するかもしれませんが、どうかこれでよろしくお願いします。


横須賀鎮守府・後編

 〝日本海軍〟。

 内閣府直轄のこの組織は、霞ヶ関の官庁街にある日本海軍総司令部をトップに横須賀、佐世保、呉、舞鶴、大湊の各鎮守府、並びに南方駐留部隊等を基幹に構成される。

 各鎮守府や南方駐留部隊が定められた海域の哨戒任務や深海棲艦の迎撃任務、民間船の護衛及びそれに従事する艦隊の編成などを担当するのに対し、総司令部は各鎮守府・部隊の監督、大規模な攻勢作戦の立案、予算の編成、人事異動などを担当している。総司令部はまさしく日本海軍の頭と言えるだろう。

 その総司令部の門から一台の黒塗りの車が出発した。

 その車は、日本海軍の要人が使う公用車だ。車両標識は車の主を大佐だと示している。

 そして大佐はある情報を入手し、急ぎ真偽を確かめるため横須賀鎮守府に向かっていた。

 

 

 公用車の運転手の男性は、後部座席に座る軍服の女性に声をかけた。

「大佐、間もなく横須賀鎮守府に到着します」

「そう。ふふ、久しぶりだなぁ、江李たんと会うのは」

 運転手は女性の独り言に思わず頬が引き攣った。上官を下の名前で、それも「たん」を付けて呼ぶなんて。

 女性の名は不知火(しらぬい)萌愛(もえ)。階級は大佐。霞が関の官庁街にある日本海軍総司令部に所属している。あの小さな海軍少将をそう呼ぶのは日本海軍広しと言えども、萌愛ぐらいだろう。

 萌愛の容姿は、とにかく大きいの一言に尽きる。

 身長188cm、足の大きさは28cmと女性にしてはとても大きくスタイルは一言で言うならボンキュッボン。ちなみにカップの大きさはE。

 萌愛は江李より5歳年上だが2人は士官学校の同期の間柄だ。士官学校の頃から萌愛は江李のことを時々可愛がって(セクハラして)はその度に江李から殴られたり怒られたりというのが続いている。周りからは仲がいいと見做されており、江李自身萌愛のことは腐れ縁と思っている。

 もうすぐ40代に差し掛かるというのに、20代後半ではないかと見られるほど若々しく元気で美人だ。才能もあり、仕事もできる。唯一〝駆逐艦娘好き(ロリコン)〟なのが玉に瑕というのが関係者共通の認識である。

「大佐。アポイント入れてないのに訪ねて大丈夫なのかい?」

「大丈夫、大丈夫。江李たんに殴られるだけだから」

「わかったから、下ろしてほしい」

「無理」

 後部座席で萌愛に抱きかかえられているのは特Ⅲ型駆逐艦の響。萌愛の秘書艦をしている駆逐艦娘だ。萌愛に気に入られ、萌愛が一時南方に赴任する際に引き抜かれて以来ずっと彼女の世話をしている。

 萌愛は楽しそうに響に言った。

「しかし、新しい艦娘って誰だろ。駆逐艦かな?響は誰だと思う?」

「わからない。ところで大佐。もうすぐ着くから下ろしてほしい」

「嫌」

 そんな会話を車内で繰り広げられながら、萌愛達が乗る車は横須賀鎮守府の門を通った。

 

 

 

 

 横鎮の社殿応接室では来訪者が来るとは夢にも思わず、はぐろや江李達は呑気に話をしていた。

「そういえば大淀たちの紹介がまだだったわね。平沼から見て左が正規空母の加賀、真ん中が秘書艦で軽巡洋艦の大淀、右が戦艦の金剛。今後貴女はこの鎮守府で生活することになるから、困ったことがあったら、彼女たちに聞いて」

 江李の紹介を受けて、加賀がぶっきらぼうに、大淀が丁寧に、金剛が元気に挨拶した。

「航空母艦、加賀です」

「大淀です。どうぞ、よろしくお願いします」

「金剛デース!よろしくお願いシマース!」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 加賀達の紹介を聞いて、はぐろはどこかで聞いたことがあると思った。

(空母加賀、軽巡大淀、戦艦金剛…っていえば、旧海軍の軍艦と同じだよね…。偶然なのかな?)

 彼女たちの名前は、いずれも太平洋戦争に参加した旧日本帝国海軍の艦艇の艦名だ。一部は海上自衛隊の護衛艦の艦名に受け継がれている。はぐろも妙高型重巡羽黒からその艦名を受け継いでいる。

 同じ世界ならばはぐろのように、旧帝国海軍の軍艦の名前を艦娘が受け継いだの一言で解決するが、彼女たちは別の世界から来たとのこと。受け継いだというわけではない。

 だとすれば単なる偶然の可能性が一番高いが、偶然の一言で片づけられない何かをはぐろは感じた。

 その時、応接室の扉が控えめにノックされた。扉の向こうから六花が江李に声をかける。

「失礼します。天倉提督、お客様がお見えです」

「客?…そんな予定はないけど。大淀何か聞いてる?」

「いいえ。私も何も聞いていません」

 江李は背後にいる大淀に確認するが、大淀も訝しげに首を横に振る。

 江李が嫌な予感を感じた時、それは応接室のすぐ外で準備万端の態勢だった。

 バーン、と勢いよく扉が開くと同時に誰かが応接室内に飛び込んでくる。

 もっと詳しく言えば、小さい幼女体形の天倉江李提督に向かって抱きしめにいった。

「江ぇ李たーーーーーーーーん!」

「消えろ、変態!」

「おぶぅ!」

 それは一瞬の邂逅だった。抱き着こうと腕を広げながら飛びかかる萌愛の懐に江李が潜りこみ、強烈なアッパーを顎に当てる。アッパーが見事に決まり、漫画のように吹っ飛んで壁にぶつかる軍服の変態。

 突然のことにポカンとはぐろは口を開けて呆然としていた。萌愛が飛び込んできたとき、そばに置いていた錫杖型マストを反射的に掴もうとしている体勢で固まっている。

 いつの間にか応接室に入り込んでいた響が江李の一撃で倒れ伏した萌愛を抱き起こした。

「ハラショー、天倉提督。大佐、大丈夫?」

「響、そんな奴放っておきなさい」

「ありがとう響。いやー、相変わらず江李たんの愛情表現は過激ねぇ」

 常人ならまず気絶は避けられないだろう一撃を受けて、萌愛はにへら、と笑いながら立ち上がった。

「江李タン言うな、変態。というか、何であんたがここにいるわけ?萌愛(もえ)

 不機嫌そうに江李が問い質した。彼女の後ろでは金剛が苦笑いを、大淀と加賀がため息をついている。

 頭を掻きながらは萌愛は立ち上がって答えた。

「いやー、横鎮が久々に艦娘を発見したって言うからさ。居ても立っても居られなくて」

「はぁ…。もう総司令部まで噂が行ってるの?せめて連絡くらいしなさいよ」

「驚かせようと思って」

「燃え散れ変態」

 この場で唯一部外者のはぐろは、呆然とただ状況の推移を見守るしかできない。

 はぐろの目の前では、見た目小学生の海軍少将と勢いが凄まじい長身の女性が…なんというか、じゃれあっている。今また長身の女性が江李に抱き着こうとして返り討ちに遭った。

 長身の女性は大佐らしいが、はぐろには彼女がそんな地位にある軍人とはとても思えなかった。

「で、この娘が噂の?艦名は?」

 ようやく萌愛の興味がはぐろに移り、方向を見失いかけていた場の空気もようやく元の道に復帰しようとする。

 不機嫌そうに江李は言った。

「…平沼型特殊兵装実験艦一番艦平沼よ。この世界に来たショックで艦名と兵装の記憶以外を失っているみたいなんだけど、艦娘に間違いないわ」

 えっ?と声には出さないものの、はぐろは目を思わず見開いてどういうことかと江李に視線を向ける。

 しかし江李は黙っていろとでも言うかのようにはぐろを睨んだ。

 いつの間にか記憶喪失扱いにされたが、はぐろは大人しく黙っておくことにした。

「ふーん?特殊兵装ねぇ」

 萌愛は鋭く探るような視線ではぐろの体を隅々まで見る。

 はぐろはあまり体験したことのない視線に身じろぎをした。

「っと、挨拶がまだだったね。失敬失敬」

 萌愛は姿勢を正して敬礼をしてはぐろに挨拶をした。

「日本海軍総司令部付の不知火萌愛大佐です。ここには不知火って駆逐艦娘がいるから、気軽に下の名前で呼んでいいよ」

「は、はい。平沼です。よろしくお願いします」

 はぐろは、こんな人が大佐で大丈夫なのかと思うと同時に天倉提督は苦労してるんだなとも思った。

「よろしく。で、特殊兵装ってどんな兵装なの?」

「…そういえば、詳しく聞いてないわね」

 興味津々の様子で萌愛がはぐろに聞いた。

 江李ははぐろが誘導噴進弾(ミサイル)というものを搭載しているということは聞いているが、それ以外のことはあまり詳しく聞いていない。

 部屋の至る所から視線を受け、居心地悪そうにはぐろはやや縮こまって話し始めた。

「えっと、そうですね。………たくさん、ですね」

 どう言えばわからず言い淀み、結局はぐろの口から出てきた言葉は大雑把な単語だった。

 はぐろが搭載している兵装は艦隊防空ミサイル(SM-2)個艦防空ミサイル(ESSM)90式艦対艦ミサイル(SSM-1B)07式垂直発射魚雷投射ロケット(07VLA)弾道弾迎撃ミサイル(SM-3)とミサイルだけで実に5種類。ほかに主砲や魚雷、SH-60K、CIWS、各種レーダーに電子戦機器etc…。

 これだけの装備を説明するにはやや時間が必要となる。どれから説明したらいいものかとはぐろが悩んでいると、萌愛が気軽に言った。

「うーん、じゃ実際に見せてよ」

「え?」

「ちょっと変態。あんた何するつもり?」

 なんとなく江李は萌愛が言いたいことに察していたが、確認の意味も含めて聞いた。

「江李たん。百聞は一見に如かずって言うじゃない、ここの演習室貸してもらえる?」

「はぁ…。言うと思った。貸すのはいいけどさ、江李たん言うなって言ってんでしょ」

 どこか諦観した様子で江李はため息をついて言った。

 その言葉の意味を「全部任せる」と受け取った萌愛は、金剛と加賀に向かって言う。

「加賀ちゃんと金剛ちゃんは平沼ちゃんの相手頼める?」

「YES!私の実力、見せてあげるネ!」

「大佐。ちゃん付で呼ばないでください」

 元気に金剛が、不機嫌そうに加賀が頼みに応じた。

 またもはぐろを置いて話がどこかへ突き進んでいく。

「あ、あの。何をするんですか?」

 不安そうに周りに聞いたはぐろに、萌愛がニンマリ笑って答えた。

「演習」

 

 ~~~

 

 はぐろが江李と萌愛達に連れてこられたのは、同じ神殿内部にある部屋だった。

 加賀と金剛は艤装を取りに行くと言って、はぐろ達とは別行動中。

「仮想演習室?」

 扉の横に掛けられた表札を声を上げて読んだはぐろは、どんな場所なのかと思いながらやけに大きな扉を開ける。

「え?」

 そこは扉の大きさに比して何もない部屋だった。天井に小さな電球がつけられている以外特に何もない、薄暗くて小さな部屋。錫杖の先が床にコツンとぶつかる音がやけに大きく響いた。

 しかし、はぐろがよく目を凝らして見るとちょうど部屋の中央をぶった切るように何か太い縄が置かれていた。

「ここで何をするんですか?」

 はぐろは入り口で立ち止まり、振り返って江李達に質問する。

「いいから。ほら、早く奥行って」

「はぁ…」

 萌愛に促されるまま、はぐろは部屋の奥に進む。ちょうどはぐろのつま先が縄を越えた時だった。

 

 

 刹那、はぐろの見る世界がぐにゃりと歪み、砂嵐の状態になったアナログテレビの画面のようにはぐろの視界が荒れた。

 それを認識する前にはぐろは一回瞬いた。目を閉じて開くほんの一瞬で、はぐろは小さな電球しかない薄暗い部屋から太陽が照らす波止場に立っていた。

 

 

「は?」

 はぐろは思わず錫杖を取り落としそうになった。

 先ほどまではぐろは確かに屋内にいた。だが、眩しい光に白い雲がぽつぽつ浮かぶ青い空と音を立てて波打つ海が広がっていた。

 はぐろが立っている場所は波止場で、他には桟橋と木造の小屋が一軒だけ建てられている以外は海しかない。

 海上では赤い袴やスカートを穿いた女性達が航空機を飛ばしていたり、セーラー服の少女達が一列になって高速で航行している。

 後ろを振り返ると、ちょうどはぐろの真後ろに大きな洞窟がある。その洞窟の入り口の天井部分に注連縄(しめなわ)が飾られている。まるではぐろがこの洞窟を通り抜けてきたかのようだが、はぐろにはそんな覚えはないし、先ほど入ったはずの薄暗い部屋の面影はどこにもない。

 立ち竦むはぐろの目の前に、洞窟を通り抜けたような感じで江李と萌愛、大淀と響が姿を現した。

「お、赤城ちゃんと五航戦、7駆の子達が訓練中みたいね」

「どうすんの?出直す?」

「ちょうどいい。赤城ちゃんにも協力してもらおっかな」

「聞けよ」

 4人は何でもなかったかのようにはぐろの脇を通り抜けていって小屋の方に行く。

 海軍軍人2名の漫才のようなやり取りすら頭に入らず、はぐろは呆然としていた。

「これって一体…」

「この場所は、結界を織り成して形成された特殊な空間です」

「ひゃっ!?」

 奇怪な現象に戸惑うはぐろのすぐ後ろに突然誰かが現れて言った。

 驚いて振り返ったはぐろの前で六花が微笑を浮かべている。

「り、六花…さん?」

「はい」

「いや。はい、じゃなくて…。はぁ」

 肝が冷えたはぐろが息をついて落ち着こうとする。

 はぐろが落ち着くのを見計らって六花が説明しだす。

「夢は現となり現は夢となる仮想の空間、それがこの部屋でございます。この部屋には特殊な結界が張られており、艦隊運動や射撃訓練、雷撃訓練の他、艦隊同士の演習などを行うことが可能です」

 以前は各鎮守府の近場に艦娘の訓練海域を設定していたのだが、戦争はもう嫌だと主張する人々が漁船を使って度々訓練海域に侵入して妨害する事案が発生していた。双方の安全確保のため、鎮守府内のある場所に結界を張って仮想の海域を設け、そこで演習や訓練をすることになったと六花がはぐろに説明した。

 こんな演習場を設置した理由をはぐろはなんとなく理解したが、結界についてはその概念自体あまり聞いたことがないためどう理解したらいいのかと困惑した。

 六花もその辺について察したのか、どういう仕組みで結界を築いたかなどについてはあまり詳しい説明をせず、演習室がどのようなものかを説明する。

「ここでは晴れ曇り雨、霧、昼夜、島や浅瀬の設置などありとあらゆる状況を設定することが可能です。また、実弾状態と夢弾(むだん)状態の2つがあります。前者は主に実弾を用いた射撃演習、後者は艦娘同士の演習で使用されます」

「む、むだん?」

 思わずはぐろは六花に聞き返した。

「簡単に申しますと、夢弾状態では演習中は実弾を使っているのと同じですが、演習が終わった後は演習をしたことがまるで夢だったかのようにダメージはなくなり使用した標的も弾薬も全て元通りになります。また、沈没することもありません」

「…そ、そんなのありなんですか?」

「ありなんです」

 元の世界ではあり得ない話を聞いてはぐろは内心呆れると同時に、その話を元の世界の自衛官達が聞いたらどう思うだろうかと考えた。

 そしてはぐろは改めて眼前に広がる青い世界を眺めた。寄せては帰る波の音が、空から降り注ぐ日光が、潮の香を運ぶ風が、護衛艦の時に感じたものと全く同じであり、本当にこの場所が結界によって構成された仮想の空間なのかとはぐろは信じられなかった。

「はぐろ様。この場所は結界によってそう感じたり見えたりするようになっておりますが、所詮仮初の幻想に過ぎないのです。目に映るものだけが、真実とは限りません。この場所も…夢も、もしかしたら現実も、全てひと時の幻に過ぎないのかもしれません」

 まるではぐろの思考を読んだようにそう言うと、六花ははぐろに一礼して小屋の方に去っていった。

「幻想…。ひと時の、幻…」

 去っていく六花の背を見送りながら、はぐろは六花の言葉を反芻していた。

 波と風の音が静かに響く中、しばらくはぐろが手持ち無沙汰でボーっと海を眺めて立っていると、艤装を装着した金剛と加賀が洞窟から現れた。

「Hey、平沼ー!」

「お待たせしました」

 さらに、海の方が少し騒がしくなった。訓練を終えた艦娘達が上がってきたのだ。加賀と同じ一航戦の空母艦娘赤城。赤城と一緒に訓練していた瑞鶴と翔鶴。艦隊運動の演習中だった第7駆逐隊の駆逐艦娘、朧、漣、曙、潮が桟橋から上がっている。

「赤城さん、お疲れ様です」

 加賀が赤城に駆け寄っていった。

「あら、加賀さん。貴女も来たんですね」

「ええ。彼女の性能実験のために」

 目線で加賀ははぐろを指した。それを見て、赤城は笑顔を浮かべながらはぐろに歩み寄って、握手をしようと手を差し伸べた。

「あなたが平沼さんですね。初めまして。航空母艦赤城です。天倉提督から貴女の性能実証のお手伝いをするよう命令されました」

「あ、どうも初めまして。特殊兵装実験艦平沼です。よろしくお願いします」

 握手に応じながら、はぐろは苦笑を頑張って我慢していた。

 またはぐろの目の前に旧海軍の軍艦と同名の艦娘が現れた。

 ここまで一致するとなると、いよいよはぐろは笑いたくなる気分だった。いっそのこと太平洋戦争中にタイムスリップした方がまだシリアスだったかもしれない。

「お待たせー」

 小屋の方から萌愛と江李の2人が出てきた。艦娘達は一斉に敬礼しようとするが、江李がそれを制する。

「じゃ、平沼ちゃんの相手を紹介するね。戦艦の金剛ちゃんと正規空母の赤城ちゃん加賀ちゃん」

「ちゃん付けはやめてくださいと何度言えばわかるのですか」

 不機嫌そうに加賀が低く言った。赤城がまぁまぁと抑えにかかる。

 対戦相手の陣容を聞いて、豪華なメンバーだとはぐろは思った。戦艦が1、正規空母が2。たった1隻の護衛艦の演習の相手としては不足どころかお釣りが出そうな面子だ。

「で、そちらの平沼さんの味方は?」

「いないよ」

 萌愛の返答に、えっと赤城は驚き、他の艦娘達もそれぞれ驚いたりしかめたりしている。

 漣はそれなんて無理ゲーと呟いていた。

 江李が若干呆れたように萌愛に言う。

「萌愛。今回のことは全部あんたに任せるって言ったけどさ、何も1人でやらせなくてもいいんじゃない?」

「天倉提督のおっしゃる通りですよ、萌愛大佐。いくらなんでも単艦はよくないのでは?実験艦の方なら戦闘は専門外でしょうし、曳航目標を使った演習の方がいいと思いますが」

 江李と赤城が苦言を萌愛に申し立てる。

 しかし萌愛は問題ないとばかりにあっけらかんと言った。

「大丈夫大丈夫。この子は昨日の戦闘で、たった1人で敵機40機落としたんだから」

「………は?」

 赤城はポカンと口を開けて固まる。そしてそのままの表情で赤城はギギギッ、と壊れかけのロボットみたいな動作で横にいた加賀の方を向いた。

 そのまま無言で加賀を見つめる。それは否定してくれと無言の訴えだった。

 赤城の珍しい表情を見れた加賀は、頬をピンクに染めるが努めて無表情に赤城に言った。

「えぇ、本当のことです。赤城さん」

 今度こそ赤城は石化した。

 その話を無言で聞いていた江李は険しい目で萌愛を見ていた。

 当然萌愛はその視線に気づいていたが、おくびにも顔に出さずはぐろに話しかける。

「(おー、怖い怖い。)…と、いうわけで1対3だけど大丈夫だよね」

「うーん。…まぁ、いいですけど」

 正直なところ1人で戦うのは心細いが、能力も知らない今日初めて会った艦娘と上手く連携を取れる自信がなかったはぐろは、単艦の方がまだましだと思った。

 はぐろから了承を取った萌愛は、はぐろと金剛艦隊の双方に対し演習の説明を始める。

「さて、実戦形式だから当然勝敗付けるよ。勝った方には間宮のアイスを奢るね」

「Wow、これは負けられませんネー!」

「…さすがに気分が高揚します」

 無表情だった加賀がわずかに顔を綻ばせた。

「え?間宮のアイスを奢り?」

 固まっていた赤城も、間宮のアイスと聞いて石化から回復する。

 加賀まで意気込んでいるのを見て、みんなアイス好きなんだな~、と呑気な考えがはぐろの頭に浮かんだ。

 はぐろが考えこんでいるうちに、萌愛の話はルール説明に及ぶ。

「金剛艦隊は平沼ちゃんを大破させたら勝ち。平沼ちゃんは金剛艦隊を全て中破させたら勝ちね」

「えっ?そんなルールでいいんですか?」

 思わずはぐろが聞き返した。

 今回の演習、90式艦対艦ミサイルを持つはぐろの勝ちは見えている。

 先日ル級とやらに2発見舞ったが、まだ6発残っている。使っても戻ってくるなら、はぐろに出し惜しみをする気はない。90式SSM全弾を使えば中破どころか大破させる自信がある。

 だが、萌愛は釘を刺してきた。

「ただし。今回の演習は、あくまで平沼ちゃんの性能を確認するのが一番の目的だからね。だから昨日ル級を倒した武器の使用は2回までにしてくれるかな?」

「2回、ですか?」

 それは厳しいとはぐろが抗議する前に萌愛が言う。

「そう。それと、平沼ちゃんが攻撃するのは一航戦の第1次攻撃隊を半分以上落としてからね」

「えっ!?」

「じゃよろしくねー」

 萌愛は言いたいことだけ一方的に言って、さっさと小屋に向かった。その時江李は萌愛を一瞬ジロリと睨んで、ため息をつくとその後を追って小屋に歩いていった。

 金剛達は円陣を組んで、小さな声で軽く戦術の打ち合わせを始めた。

 五航戦や7駆の艦娘達は、それぞれ憐憫や同情の表情を浮かべて一瞥した後、はぐろに話しかけることもなく小屋に歩いていく。

「え~…。そんなぁ」

 残されたはぐろは弱り切った表情で萌愛を見送った。いくらはぐろでもあまりに重いハンデだった。

 今回はぐろは演習開始直後、90式艦対艦ミサイルの射程圏内であれば90式SSMを用いたアウトレンジからの一方的な攻撃をしようと考えていた。万が一、空母から航空機が発艦したとしてもその数は少数で、イージス艦であるはぐろなら主砲の射程圏内に入る前に全て墜とせる。

 SSMの射程圏外であっても、敵艦隊に見つかる前に対艦ミサイルの射程圏内まで近づいて同じようにSSMをアウトレンジから放てばいい。

 はぐろはそう考えていたのだが、第一次攻撃隊の半数の撃墜まで対艦ミサイルの使用を禁じられてしまった。赤城と加賀がどのぐらいの数の航空機をどのように運用しているのかはぐろは知らないが、少なくとも1隻につき60機以上、合計120機以上と推測した。

 1度にその数がはぐろを襲うことはないだろうが、それでもイージス護衛艦1隻が相対するには多い。

 その上90式SSMの使用は2発までに制限されてしまった。敵艦隊の数は3隻。どう勘定しても1隻乃至(ないし)2隻残ってしまう。

 残った敵艦には主砲による砲撃しか攻撃の手立てはないが、そうなると必然的に空母の2人に90式SSMをそれぞれ一発ずつ当てるしかはぐろには選択肢がない。

 金剛はともかく空母の2人ははぐろとの距離を詰めるメリットがないため、余程のことがない限りはぐろの主砲射程圏内に入る見込みがない。第二次攻撃隊や対空ミサイルの残弾数を考えた場合、はぐろは赤城と加賀にそれぞれ一発ずつ対艦ミサイルで攻撃すべきなのだが…。

「戦艦、か…」

 その単語を呟いたはぐろの背筋を、ひんやりとしたものが撫でた気がした。

 はぐろが生まれた時代には戦艦と分類される軍艦は存在しない。運用コストも高く、ミサイルの発達で時代遅れとされ、いつしか時代の流れによって消えた兵器だとはぐろは艦魂の先輩達から聞いていた。

 しかし、アイオワ級戦艦を見たことのある護衛艦の艦魂達は同時に戦艦の威容も事細かに後輩の艦魂達へ伝えた。そしてその話をはぐろはこんごうなどから聞いている。

 太平洋戦争まで海の王者として君臨し、国力の象徴とされ、威力の高い大口径の主砲と数発の被弾ではびくともしない堅牢な装甲を持つ軍艦。それが戦艦だと。

 艦娘とはいえ戦艦に分類される者に、小口径でしかもたった一門の砲で一対一(サシ)の砲撃戦を挑む。

 このことにはぐろは緊張と震えを覚えずにはいられなかった。

(あの戦艦金剛に、たった1人でなんて…)

 はぐろはチラリと金剛の姿を見る。赤城や加賀と談笑する金剛は、とても可愛らしい元気な少女だ。

 しかし、その金剛が背負っている艤装の主砲は、はぐろの主砲Mk45 mod.4 5インチ砲と比べればずっとずっと大きな主砲だ。

 あの主砲が火を噴く様を想像して、はぐろは思わず唾を呑んだ。

 そして金剛だけでなくもう2人戦う相手がいる。今更ながら1人で戦うということの意味がはぐろに重くのしかかってきた。

(1人で、か。あの時はそんなこと感じ無かったのに……)

 はぐろは最期の時、数十隻の中国艦隊を相手に孤軍奮闘した。その時は孤独というものを感じることはなかった。

 なぜなら艦長以下大勢の乗員がはぐろに乗っていたからだ。

 そのことを考えて、はぐろはある自衛官の横顔を思い出す。

「…こんな時、艦長ならどうした?」

『…このような戦争ほど後味がよくないものはそうないな。勝っても負けても、しこりが残る』

 突然はぐろの左隣から聞き覚えのある男性の声がした。はぐろは驚きながら顔を上げて、もっと驚いた。

「えっ、ここって…?」

 そこは、護衛艦はぐろの艦内に設けられたCICだった。窓のない暗い部屋にぎっしり詰められたハイテク機器のスクリーンが青白い光を放っている。CIC内の艦長席に、はぐろにとって見覚えのある壮年の男が座っていた。

「橋元艦長…?」

 はぐろは信じられない様子で男性に呼びかけた。

 何故なら彼は、橋元伸次郎一等海佐は、はぐろと最期まで運命を共にしたからだ。それなのに、なぜ彼が目の前にいるのか。いやそもそも先ほどまで演習室にいたはずなのに、なぜはぐろはCICにいるのだろうか。

 しかし一等海佐の階級章を肩に付けた海上自衛官は、混乱するはぐろの方を一切見ず重々しく独白する。

『何を護ったか、何を護れなかったか。戦いが終われば色々と重くのしかかってくるだろう。後に何度も後悔するやもしれん。そして、それらから自身を解放するにはどうするか』

 橋元一佐の言葉を聞いていたはぐろは、何かに気づいた様子で橋元一佐の横顔を見つめた。

『それはおそらく、少しでも自身が納得できる戦いをしたかなのだろうな』

 はぐろはその言葉に聞き覚えがあった。護衛艦さわぎりの沈没と引き換えに沖縄に迫る中国海軍の大艦隊を何とか護衛艦隊は撃退したが、まだ続くだろう戦争を考え、CIC内の士気が低下した時に橋元艦長が周りの部下達に話した言葉だ。

 その言葉を残してはぐろの最後の艦長を務めた自衛官はCICと共に光に包まれた。

 視界が眩しく包まれたはぐろの目の前に再び広がる青い海と空。スクリーンの電子的な青ではなく、結界という特殊な力によって現界している自然の青だった。

「今のは…何…?」

 誰かに問いかけても答える人はいない。自分に問いかけても答えることはできない。

 ただ、大切な思い出の欠片を思い出したような、そんな感じだった。

 はぐろは橋元一佐の言葉を口に出して言う。

「…自分が納得できる戦い、か」

 果たしてそれが今の自分にできることなのだろうかと、はぐろは自問自答する。

 この世界に来る以前、はぐろは日本を護る兵器という名の道具だった。護衛艦(うつわ)に魂は宿っていても、今まで(はぐろ)が器を動かすことはなかった。はぐろはずっと近くで乗員達の訓練を見てきたから、護衛艦はぐろをどう使ったらいいのかは知っている。だが知識はあっても、上手く動かせる自信ははぐろにない。

「そんなの無理だよ、艦長…」

 はぐろは泣き言を言った。瞳が揺れ、両手をきゅっと握りしめる。

 肩口で切り揃えられたはぐろの髪を潮風が揺らした。一陣の風がはぐろの周りを駆けた。

 風音(かざおと)に紛れて、声がはぐろの耳に届く。

『この(ふね)ならやれるよ。きっとな』

「艦長っ!?」

 はぐろは思わず橋元を呼んで周りを見渡すが、近くに橋元の姿はない。いるはずがない。

 だが、声がした。間違いなく、あれは橋元伸次郎一佐の声だった。はぐろの聞き間違いでもない。

「艦長…」

 あの世からはぐろを励ましてくれたのだろうか。それとも、彼の魂はまだこの世に…。

「……」

 どちらとも言えずはぐろは嬉しそうな、残念そうな顔で無言で佇んでいた。

 そんなはぐろの背後から赤城が近づいた。

「平沼さん」

 はぐろは呼びかけられて、ハッと振り返る。

 赤城が心配そうにはぐろの様子をうかがっていた。

「大丈夫ですか?」

 赤城が加賀達との軽い作戦会議を終えてふとはぐろの方を見たら、はぐろが悲壮感漂う様子で佇んでいたら何やら急に声を上げたりしたので赤城は心配になって声をかけたのだが。

 赤城に心配されてようやく自分の奇行に気が付き、赤面しながらはぐろは赤城にお礼を言った。

「は、はい。大丈夫です。…ご心配をおかけしてすみません」

「いえ。ところでこれから演習をするんですよね。貴女艤装は…?」

「え?」

 赤城に指摘されて、そう言えば身につけていないことに気づく。

 起きた時には既に錫杖以外はなかったから、はてどこに行ったのだろうかとはぐろが考えていると小屋から艤装を着けた大淀がはぐろに駆け寄って言った。

「あぁ平沼さん。あなたの艤装なんですが、こちらの勝手で工廠の方に解析させておりまして、今こちらに運んでいる最中なんです。もうすぐこちらに届くかと」

 大淀がはぐろに説明しているうちに、2人の艦娘が演習場内にやって来た。

 緑色のリボンで銀髪の髪をポニーテールにしている艦娘がはぐろの艤装を載せた台車を押して、ピンク色でクレーンがたくさん搭載された艤装を背負った艦娘がそのあとについてはぐろ達に近づいてくる。

「はーい、お待たせ。兵装実験軽巡夕張、到着しました」

 ポニーテールの艦娘、夕張が元気に言った。

「お疲れ様です。夕張さん、明石さん」

 大淀がはぐろの艤装を運んできた夕張をねぎらった。

「あなたがはぐ…平沼ちゃんね。夕張型軽巡洋艦の夕張です。よろしくね」

「工作艦、明石です。少々の損傷ならばっちり直してあげます」

 2人がはぐろに挨拶していると、加賀が赤城に声をかけた。

「赤城さん、金剛さんは既に桟橋の方に向かっています。私たちも行きましょう」

「わかりました。では平沼さん、先に行ってますね」

 赤城と加賀は桟橋の方に歩いていった。

 はぐろも艤装を装着しようとするが、どうにもうまくいかない。

「え、っと。こうかな?」

「手伝いますね」

「あ、ありがとうございます」

 艤装を着けるのに少々難儀したはぐろを見かねて、明石が艤装の装着を補助する。

 夕張ははぐろの前に立って、おかしな部分がないか確かめながらはぐろに状態を聞いた。

「大丈夫?違和感はない?」

「はい、大丈夫です」

 はぐろはサッとイージス武器システムを始めとした機器や兵装の具合をチェックするが、特に問題はなく稼働している。

 その間、夕張と明石は興味津々といった様子ではぐろの艤装を見ていた。

「それにしても、この艤装…。すごいわね。私こんな艤装見たことないわ」

「私もです。これほど分解したいと思ったものは初めて」

 子供のように目をキラキラ輝かせて2人は口々に言った。

 その目は艦内見学に来た民間人がはぐろの主砲やCIWSが稼働する様子を見た時のようで、はぐろはなんとなく微笑ましい気持ちになった。

 夕張と明石も演習を見学するらしく、2人ははぐろに期待すると言って小屋に向かった。

「…期待する、か。艦長にも励まされた手前、無様な姿は見せられないな」

「はい?今何かおっしゃいましたか?」

 はぐろが小声で呟いたため、聞き取れなかった大淀がはぐろに質問した。

 なんでもないと答えつつはぐろは桟橋に向かう。桟橋の反対側にある防波堤によって、付近の波は穏やかだ。

 はぐろは海面に右足を下ろした。次いで左足も下ろして、はぐろは両足で海の上に立っている。

 護衛艦の頃とはちょっと違う感覚に戸惑うも、すぐに慣れたはぐろはバランスを取って両足で立つ。

 脚部の主機を始動し、演習海域に向かおうとするはぐろに大淀が声をかけた。

「ちょっと待ってください」

 そう言うと大淀は零式水上偵察機を取り出し、カタパルトから射出する。

 空に舞い上がった水偵は、はぐろと大淀の頭上で旋回する。

「演習開始時の定位置までこの子が道案内をしますので、この子の後についていってください」

「わかりました。ありがとうございます」

 大淀の心遣いに感謝し、改めてはぐろは前を向く。

「はぐろ、出航します」

「気を付けて」

 見送ってくれる大淀に軽くお辞儀をして、はぐろはゆっくりと前に進む。

 次第に機関の出力を上げてはぐろは増速しながら防波堤の横を抜けて、水偵に導かれて沖まで向かった。

 

 

 

 演習室内に設置されたこの小屋は、見た目は小さいが中は異様に広い。この小屋内部にも演習室と同様の結界が張られ、玄関周辺は狭いが奥に進むと外見が信じられないほど広い。訓練用の実弾や燃料の保管庫、簡易シャワー室、休憩室、監視室、艤装置き場などがある。

 監視室は、演習室が社殿内部に設置された当初はなかったのだが、演習室内で遠距離航海の訓練をしていた水雷戦隊が迷子になって燃料が欠乏したという笑えるようで笑えない出来事が起こり、万が一に備えて監視室と監視役の艦娘が設置されたという経緯がある。

 最初は監視役の艦娘と無線機器、そして演習海域を俯瞰することのできる不思議な大きな鏡が4枚窓の代わりに張られた狭い部屋だったのだが、艦隊同士の演習の際に見学する艦娘達が集まることもあり、部屋が広くなって見学者が座れるように畳も敷かれた。

 監視室は艤装を着けたままだと場所をとるため、夕張と違って艤装を装着していた明石は、艤装を解いてシャワー室前の艤装置き場に置く。その後に監視室の中に入った夕張と明石は、上映室の中に大勢の艦娘と江李、萌愛、六花の姿を認めた。

 夕張達は江李達に近づいて敬礼、江李達も答礼した。

「提督、お疲れ様です」

「2人ともご苦労様。わざわざ悪いわね」

「いえ。こんな面白そうな演習は見過ごせませんから」

 夕張がにこりと笑って言う。

 そして夕張と明石は江李達から離れて空いている畳の上に座る。

 萌愛も響を右隣に座らせて自分も鏡がよく見える位置に腰を下ろす一方、江李は萌愛の左側で立ちんぼ。

 片や身長188cm、片や身長142cm。萌愛が座らなければ、江李はどう足掻いても萌愛を見下ろすことはできない。いつも萌愛に上から見下ろされているので、少し上官としての見栄を張った江李だった。

 江李は“上から”目線で萌愛を問い質す。

「ところで萌愛。あんたさっき平沼と何を話してた訳?」

「ん~。ちょっとお願いをね」

 ムフフと口に手を当て微笑む萌愛を見て、不機嫌さを隠さず江李は質問した。

「で?どこまであの子のことを知ってるの。不知火萌愛大佐」

「…それは、どういう意味ですか? 天倉少将閣下」

 2人の間の雰囲気が急に変わった。

 2人は先ほどまでの軽口をきいたり悪戯したりする同期の関係としてではなく、日本海軍の横鎮提督と総司令部付大佐として話していた。

 江李はもう全部わかっているとばかりに強い口調で萌愛に言った。

「決まってるでしょ。‘不知火家’のあんたが行方知れずだった艦娘が見つかっただけでこんなとこに来るほど暇なわけがない。大方、あの子を見極めに来たとかそんなところかしら?」

 もう江李は確信していた。萌愛は既にあたご型ミサイル護衛艦はぐろの存在を知っていると。

 大体の事情を知る者に箝口令が敷かれ、まだ江李は具体的な報告書を総司令部に出していない。詳細な事情を知らない艦娘達は第一艦隊が誰かを連れて帰還したことを知っているが、それもまだ部内秘のことで、例え風の噂であっても総司令部の人間にはぐろのことが伝わっているはずがないのだ。

 それなのにはぐろが1人で40機の敵艦載機を撃墜したことやル級を撃破したことを、どうして萌愛が知っているのか。

 日本海軍の関係者で萌愛とはいえ、外部の人間に情報が漏れていることから、一体どこから情報を仕入れたのか、他に漏れた形跡がないかあとで聞こうと江李は決意を固めた。

 一方、萌愛はしみじみと言った。

「…うーん。さすが江李たん。愛されてるなぁ、私」

 感動で目を潤ませ(る振りをし)ながら萌愛は江李に抱き着こうとする。

 江李は萌愛の腕をサッと交わして、半目で萌愛を見下ろしながらいつものやり取りを言う。

「愛してないし江李たん言うな変態。…ま、あんたの目的はだいたいわかったわ」

 萌愛はタハハと誤魔化すように髪を掻き上げた。

 そう2人が話しているうちに、大淀が小屋に戻ってきたところで準備が完了したと知らせる軽いチャイムの音が鳴る。

「各艦隊、所定の位置に着きました。演習海域、夢弾(むだん)状態に設定完了」

 演習海域と金剛艦隊、はぐろの様子が映されている大きな鏡を見ながら、重巡洋艦娘高雄がマイクと無線装置の前に陣取って言った。この日高雄は監視室の当番で、今回の演習で審判役を務めることになった。

 江李が無言でこくんと頷いて見せる。

「演習、開始!」

 高雄の声が演習海域に響いた。

 

 

 

 

 




えー、約2か月の間更新停めててすみません。
長らくお待たせしました。
更新が停滞していた間に気が付けば艦これのアニメが始まり、足柄と那智に改二が実装され、2015冬イベは終わったと。月日が経つのは早いです……。

次はできる限り早く投稿できるようにしたいです…。

余談ですが、私2015冬イベはE-5乙で23日11時05分頃クリアしました。(メンテ直前、めっちゃギリでした…)
連撃クリティカルでとどめを刺した木曾さんありがとう。俺にとっては最高の勝利だったよ。作戦に参加した他のみんなもご苦労様でした。



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