艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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 ※注意!
 今回は3話連続同時投稿となっております。直接最新話に飛んできた方は、一旦2つ前の話に行ってください。
 前回の投稿の後、今回の話の仕上げを書いてたら、なんかいつの間にか二万字超えても完成が見えなかったので分割したら、後半がさらに2万文字越えたのでさらに分割したらこうなりました。15000,10000,15000…。あれおかしいな? 1万8千字の1話にまとめるつもりが、いつの間にこんなに文字数が増えたんだろう。
 前回で曙編は次で終わりと言ったな? あれは(ry。







次の約束はミヤコワスレに託して

 2027年9月3日。

 あけぼのはこんごうと共に、旗艦いせと被弾したあきづきを守りながら戦闘海域から退避していた。

 沖縄に中国海軍の大艦隊が押し寄せ、防衛に当たっていた護衛艦隊乙部隊は継戦能力を失った。編制当初は11隻の護衛艦で構成されていた乙部隊も、戦闘により次々と沈むか離脱するかして、今や片手の指の数より少ない。

 これ以上の損害を許容出来ず、艦隊司令部は撤退を決定した。だが本隊から分派された中国艦隊が追撃してくる。

 そのためはぐろの艦長は自ら殿(しんがり)を買って出て、はぐろは撤退する護衛艦隊の盾となった。そのおかげで残存の乙部隊の護衛艦は追撃を受けることなく離脱する事ができた。

 しかし戦場に単艦で残った事は、如何にはぐろがイージス護衛艦であっても、それは自殺行為だった。

『はぐろ…』

 護衛艦あけぼのは艦魂達にしか聞こえない声で、殿となったイージス護衛艦の名前を呼んだ。

 だが当人からの返事はない。返事すらできない状況なのか。

『何やってるのよあいつは…』

 あけぼのは焦燥感を覚えながら呟いた。

 データリンクによってはぐろが被弾したという情報は既にあけぼのを含む残存の乙部隊に伝わっており、旗艦いせに乗艦している艦隊司令がはぐろの橋元艦長に呼びかけるが応答がない。

 わかっている。生き延びた全員がわかっている。はぐろがどうなるのか、最初から予想はついていた。だが、そうでないことを願っていた。だが、それは叶わぬものになりつつあった。

 ――皆…。あとは、お願い……――

『はぐろ…? はぐろ!?』

 彼女の声が聞こえたような気がした。あけぼのが呼びかけるも返事は先ほどと変わらずない。

 その直後だった。

「……ッ! …はぐろ、レーダーから消えました」

「……そうか」

 レーダー担当の下士官から報告が上がった途端、CICの中に重苦しい雰囲気が漂う。そんな中、あけぼのの艦長は立ち上がって姿勢を正し、敬礼する。艦長に倣い、砲雷長も立ち上がって敬礼した。

 だがあけぼのは彼らのようにはいかなかった。誰にも見られず咎められない事をいいことにレーダー担当のデスクにおぼつかない調子で歩いていき、隊員の背後からスクリーンを覗きこんだ。

 はぐろを示す輝点(ブリップ)はどこにもなかった。そんなはずはないのに。イージス艦が沈むなんて、そんな…。

 だが何度探しても、何度確認しても見当たらない。

 どうして、という想いがあけぼのの心の中に広がった。艦魂は自分自身の意思で艦を動かせないことは十分に分かっている。だがどうして、と思わずにはいられなかった。

 どうして、自分は一緒に行けなかった? もし自分があの場にいたら、はぐろは…はぐろは……。

 あけぼのは体を震わせ、すすり泣きながら、声を張り上げて慟哭する。

『また後で』

 そう言ったのに、そう約束した癖にどうして…。

 あけぼのはただ虚無感と喪失感を噛みしめていた。

 

 

 ◇◇

 

 

 

 目の前に数倍以上の深海棲艦が雁首揃えて並んでいるのを見ていると、はぐろは中国艦隊との戦闘を思い出す。対艦ミサイル5発の直撃に耐えられるようなふざけた艦はいなかったが。トロイの木馬のように、腹の中に味方を隠しているようなのもまた。しかし、そんなふざけた敵が現実にいるのは、大軍と向かい合うよりも理不尽なものだ。

 はぐろはため息を吐きそうになるのをグッとこらえる。

 逃げるか戦うか、選ぶことはできる。勝てる見込みが薄い以上撤退してもいいのだろうが、はぐろとしては対艦ミサイルを5発も撃っておきながら倒せなかったと報告する訳にもいかない。何より、こんな恐ろしい敵がダメージを負っているのに見逃しては禍根を残す。だからここで退く訳にはいかないのだ。

「さて、どうしようか…?」

 喉がからからに渇いてる感覚を覚えながらはぐろが言った。

 近隣に手が空いている味方の艦隊か航空隊でもいればよかったのだが、生憎日本から遠いこの海域にそんな味方はいない。しかしはぐろ達に残されている攻撃手段は少ない。

 あの大きな深海棲艦に効果がありそうな武器は、自分の対艦ミサイルと曙の魚雷くらいだ。対艦誘導弾の直撃に耐えられる敵に、主砲の効果があるとは思えない。

 どうしたものかとはぐろは脂汗を流しながら考えるが、何も思い浮かばない。たった1発の対艦ミサイルを活用し、味方より多数の敵艦隊を突破して撃破目標である巨体の深海棲艦を沈める策が全く思いつかない。

 せめてSH-60Kが格納庫にいたらいいのだが、相棒とも呼べる海の鷹は現在お出かけ中だ。ヘルファイアⅡを載せて攪乱させることもできない。

 どうしたものかとはぐろが必死に考えていると、曙が口を開いた。

「それじゃ、残った噴進弾を撃って、あいつらがそれを迎撃してる間にあたしとそっちの…アルファだっけ? の2人で、デカいのに突撃するってのは?」

 曙があけぼのに提案する。あけぼのは少し考える様子を見せて、頷いた。

「……いいわ。乗った」

「…え? ちょっとそれは大雑把すぎない? それにあと1発だけで…」

 思いの外あっさりとした作戦だ。不安そうに呟いたはぐろに、曙は言う。

「だからあたしが突撃するんじゃない。仕留めそこなったらあたしがきっちりとどめを刺してあげるわよ。っていうか、魚雷を使えばいいじゃない」

 両脚にくくりつけている魚雷発射管は飾りなのか、と曙は指摘する。

「残念だけど、あたし達の魚雷は対潜用なの」

「は?」

 対潜兵装は爆雷じゃないのか、と曙があけぼのに詳細を聞く前にはぐろが言う。

「いや、ちょっと待ってよ。あれを突破できるの…?」

 深海棲艦は巨体の深海棲艦を護るように単横陣(スクラム)を組んでいる。対艦ミサイルを迎撃している間に突破を仕掛けるとは言うが、本当にそんなことができるのか。

 それにその作戦を決行した場合、超大型艦の撃沈の成否を問わず、一番危険なのは深海棲艦に一番近い位置にいる曙とあけぼのだ。

 紙装甲の2人が集中砲火を喰らえば、無事で済むとは思えない。それは作戦と呼べるものではない。博打と呼ぶべきだ。深海棲艦の砲火が全て対艦ミサイルを撃ち落とすために向くとは思えない。

『失敗する事なんて考えてんじゃないわよ、この馬鹿』

 異口同音に曙とあけぼのが言う。

「何よ、気が合うじゃない」

「さぁ、どうかしら」

 曙とあけぼのは顔を見合わせてフフフと笑い合った。だが、少し引きつっている。ちょっとだけ失敗してしまった時のことを想像してしまったらしい。

 はぐろはちょっと不安になった。やっぱりその作戦は変更したほうがいいのではなかろうか。だが、代案も思い浮かばない。下手をすれば策もなしで全員で突撃しなければならない。機を見計らって突撃するのであれば良いのだが、無策の破れかぶれでは死にに行くようなものだ。それを思えば、策がある方がまだいい。

「2人とも、それでいいの?」

 この場における臨時編成の艦隊の旗艦であるはぐろが問いかけた。

「正直、あまりいいとは思えないけど」

「じゃあ他に何かあんの?」

「ないわね。本当残念なことに」

 あまりよろしいと言えない状況で、2人は夕食のおかずでも決めるかのような会話をする。でも、危険な事をやる前にリラックスする上ではあまり緊迫した会話をしても意味がない。

 ベテラン達の雰囲気を感じ取り、まだ新米とギリギリ呼ばれるような艦齢のはぐろも覚悟を決める。

「じゃあ、曙の作戦でいこっか」

 腹を括った3人は正面を見た。深海棲艦が並んで待ち構えている光景を見ていると、やっぱり少し怖いと思ってしまう。

「悪いわね。あなた達に危険な真似させて」

「あんたが1人でしようとしていた事と比べたら、こんな事なんでもないわよ」

「全くよ!」

 3人は一度自覚してしまえば一気に吹き出してしまいそうな恐怖から目を逸らし、平静を装って会話する。怖がってしまえば、足が止まってしまうかもしれない。でも止めるわけにはいかない。

 はぐろ達が向かってくることを感じたのか、深海棲艦にも動きがあった。深海の駆逐艦達が一斉に突進してくる。時を同じくして曙達も突撃を開始する。

「両舷前進、最大戦速!」

「あけぼの、突撃するわよ!」

 深海棲艦の駆逐艦達が曙達に砲撃を開始した。曙達は時々撃ち返しながら、砲撃の雨の下を巧みに潜り抜けていく。

 一方、はぐろは曙達とは違い、砲弾の雨があまり降っていない所で攻撃態勢を取っていた。既に対艦ミサイルの発射準備は整っている。

艦対艦ミサイル(SSM)8番発射用意よし…」

 これが最後の1発。少しだけ躊躇いを覚え、しかし意を決してはぐろは発射ボタンを押す。

()ぇっ!」

 ブースターに点火し、初速を得た90式艦対艦誘導弾(SSM-1B)は一度高く上昇し、すぐにシースキミングを開始する。

 対艦ミサイルが発射された事を知った深海棲艦の重巡洋艦リ級が吠える。

 低空を這うように飛翔するSSM-1Bを狙って、深海棲艦は主砲に機銃を総動員して今度こそは撃ち落とそうとする。たった1つの飛行目標に対し、全ての深海棲艦が雨霰と撃つ。

 だがそれらをすり抜けてSSM-1Bは巨体の深海棲艦に突き刺さった。爆発が起こり、新たな火を注ぐ。

『ウガァァァァッッ………!!?』

 巨体の深海棲艦が苦悶の声をあげた。グラリと巨体が傾く。どよめくような声が他の深海棲艦達からあがる。やはり効果がないという訳ではないのだ。だがまだ沈んだわけではない。となると作戦(かけ)は第2段階へ進む。

 あけぼのが前に、曙が後ろに並び巨体の深海棲艦に吶喊していく。

 幸いにも深海棲艦達の注意はほぼ全て巨体の深海棲艦に集まっていた。その隙を曙達は突く。

「撃ちぃ方ぁ始めっ! ()ぇっ!」

 曙より先に突入しながら切り込み役のあけぼのがコンパクト砲を連射する。

 泡を食った深海棲艦の陣形が乱れる。深海棲艦も撃ち返すが、1発撃てば逆に猛烈な反撃を受けるため、狙いが正確ではない。

 あけぼのは果敢に深海棲艦に撃ちこんでいくが、1発でも被弾すれば間違いなく命取りになる状況に脂汗を流していた。死と隣り合わせ、だからこそあけぼのは懸命に操艦していた。

 あけぼのの背中を見ていた曙が主砲を撃ちながら声をかけた。

「ちょっと。緊張しすぎてミスしないでよ?」

「はっ、こんなの楽勝に決まってんでしょ?」

 あけぼのは虚勢を張る。だが曙ははぐろ達の戦い方からあることを見抜いていた。

「あんたってろくに砲撃戦したことないのね。だから緊張してんでしょうけど。まぁ落ち着いてやれば大丈夫よ」

「ふん。……お気遣いどーも」

 あけぼのが気恥ずかしそうに小さく言った礼は、砲撃音に紛れて届かなかった。

 一方、はぐろは対艦ミサイルを撃ち終わった後、すぐに移動していた。

「あの2人だけ危険な事やらせるわけにはいかないよね」

 曙達が突入した方向とは別の方向から進入し、曙達がいる方には射撃しないように注意しながらはぐろも深海棲艦に砲撃する。

 はぐろを迎え撃ったのはツ級が率いる水雷戦隊だ。たった1門の砲しかない敵を数で包囲し、沈める腹だろう。だが21世紀の戦闘艦が可能とする高い命中率の前に、次々と深海棲艦の駆逐艦は被弾していく。深海棲艦がはぐろを包囲する事は叶わず、損害ばかりが増えていく。

「さぁ、よそ見なんかしてると沈むわよ」

 そう深海棲艦に言って、はぐろはMk45のトリガーを引いた。

 曙達とはぐろ。2つの方向から攻めてくる敵に深海棲艦は統制が取れず、バラバラに戦っている。そのため曙達は無事深海棲艦の防衛線を突破する事ができた。

「よし、ここまで来ればあとは…」

 巨体の深海棲艦はもう目の前だ。見上げる程の図体に、曙は改めて巨大だと感じる。しかし、呑気に眺めている場合ではない。駆逐艦の必殺の切り札である魚雷を放つ時だ。

「さぁ、曙! とっとと美味しい所を持っていきなさいよ!」

 深海棲艦をコンパクト砲で牽制しつつ、あけぼのが叫んだ。

「言われなくとも! 1番から4番まで魚雷発射用意、…てー!!」

 曙は脚に着けた4連装魚雷発射管から酸素魚雷を一斉に放つ。

 海中に飛び込んだ酸素魚雷は、視認性の低い4条の航跡を描きながら巨体の深海棲艦に伸びていく。

 巨体の深海棲艦はそれまでに溜まったダメージにより動いてかわすことができない。庇ってくれるものもいない。4本のうち、2本の酸素魚雷が巨体の深海棲艦の艦底部と接触し、弾頭に仕込まれた炸薬が起爆する。水柱が2つ立った。

『グアアアアアアアアァァァッッ……。ソ、ンナ…』

 対艦ミサイルを6発も受け、曙の魚雷に止めを刺された巨体の深海棲艦は、今度こそ断末魔をあげた。ゆっくりと横転し、その腹をはぐろ達に見せた。海面に倒れた音の衝撃が体中に響く。

「…よっし!」

 巨体の深海棲艦にとどめを刺した曙がガッツポーズをする。

 はぐろも水柱が立ったことを確認すると、顔を綻ばせながら言った。

「曙…やったんだ…」

 さて、あとは残敵の掃討だ。そう思ってツ級の方を向いたはぐろは、怪訝そうに首を傾ける。

 攻撃してくる気配がない。システムエラーを起こしたコンピューターのように固まっている。

 意表を突かれて、思わずはぐろがどうしたものかと考えていると、穏やかな、何かから解放された者の声が聞こえた。

『アァ…。こレで、やっト……私達は』

 はぐろが声がしてきた方を向けば、黒い島のような深海棲艦が横たわっている。

 まだ海上にある箇所からあがった焔がゆっくりと巨体の深海棲艦全体に回り、真っ黒な体を焼いていく。それどころか焔は、どういうわけかまだ残存していた深海棲艦からもあがった。まるで巨体の深海棲艦が終幕を迎えたために、その他の深海棲艦も同様に幕が降りたかのようだ。灼熱地獄を演出しながら、深海棲艦は没していく。

 はぐろは巨体の深海棲艦を焼く焔の中に、見覚えのある女性の姿を見た。あの風景の中で何度も登場していた、空母の艦魂。鳳翔の艦魂らしき女性は目を見開くはぐろに微笑んで軽くお辞儀をすると、焔の中に掻き消えた。

 そして巨大な深海棲艦は、焔と共にゆっくりと海中へ消えていった。

 

 

 ◇◇

 

 

 

 深海棲艦が急に行動を停止した。リ級が構えていた砲をぶらりと下げ、突然赤く燃え上がる。烈風と空戦を繰り広げていた深海棲艦の艦載機が、落下してきてそのまま海中に没していった。

「一体何が起こってるデース…?」

 突然目の前で動きを止め、勝手に燃えて海中に沈んでいくタ級を見て、金剛は困惑しながら呟いた。

 他の交戦中だった艦娘や残存していた米艦隊の乗組員も戸惑った様子。

 電探があれば周囲の様子もよくわかっただろうが、金剛や妙高が装備していたものは砲撃戦の最中に壊れてしまった。

 だが、目に見える範囲に動いている敵の姿はない。砲撃音は何処からも聞こえない。鉄の翼が羽ばたく音も味方のもの以外にはない。理由はわからないが、どうやらこれで戦闘は終わりらしい。

 苛烈な戦闘で疲労困憊の艦娘達は、とりあえず一息つくのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

「これって…深海棲艦は全部消えたって事で、いいのかな?」

 はぐろはレーダーで周囲の状況を確認していた。先ほどまでレーダーが探知、追尾していた敵艦隊がもうすぐはぐろ達の所へ到達するはずだった。なのに巨体の深海棲艦を沈めた後、急に反応が消えてしまった。

 加賀や金剛達のところも同じようで、レーダーでは戦闘中のように輝点が動いていない。

 深海棲艦達はどこかに瞬間移動でもしたのだろうか。いや、親玉の深海棲艦を倒したら、子分らしき深海棲艦達も何故か燃えてしまった。加賀達が戦っていた深海棲艦達も燃えて沈んだと考えていいのだろうか。

「うーん…」

 腕を組んではぐろは唸る。

 いろんな疑問が湧いてくる。何故鳳翔が深海棲艦に変貌したのか、はぐろにはわからない。いや、やっぱりあれは本当に鳳翔だったのだろうか。記憶に間違いがなければ鳳翔だと思うが、鳳翔の記憶とは証明できない。というか深海棲艦とは海の魔物だったのではないのか?

 思考の淵にはまり込むはぐろを尻目に、あけぼのが曙に話しかけた。

「ま、及第点ってとこかしらね」

「は? 何の話よ?」

 曙にはあけぼのが何の事を言っているのか理解できない。

「あいつのことよ」

 あけぼのが目線で示す先には、腕を組んで唸るはぐろの姿がある。

「あいつを託せるかどうか見てた。はっきり言ってあんたはあたしらよりずっと弱いけど、はぐろの事支えられるぐらいはできるでしょ」

 はぐろが危機に陥った時、曙が助けたのをあけぼのはしっかりと見ていたのだ。

 上から目線の言葉に曙はキレそうになるが、なんとか抑えて吐き捨てる。

「…いちいち気に障るわね。っつか、あんたが世話すればいいだけでしょうが、面倒くさい」

「……それができれば、ね」

「は?」

 曙は聞き返すが、あけぼのは寂しそうな笑顔を浮かべるだけで何も言わない。

「はぐろを頼むわね、2代目」

 そう言い残してあけぼのははぐろの元に向かう。後には2代目とは何だと疑問符を浮かべる曙が残された。

「はぐろ。ちょっといい?」

「え? あ、そうそう。あけぼの、私聞きたいことが」

 はぐろが気になるのは、あの後沖縄や日本がどうなったのかだ。海空自衛隊航空部隊の救援が到着するより前に沈んだはぐろは、その後どうなったのか知らない。仲間の護衛艦達の安否も気になった。

 しかしあけぼのは会話の主導権をはぐろに委ねなかった。

「そうね。あたしも色々話したい。でも時間がないわね」

 時間とは何のことだと思ったはぐろは目を丸くした。離れた場所で傍観していた曙も呆気に取られる。

「え…」

 あけぼのの色が少しずつ薄くなっていく。体が透き通っていく。まるで暖かくなって雪が融けて水になるように、静かにゆっくりと消えていく。

 視覚情報だけではない。レーダースクリーン上のあけぼのの反応が弱まる。データリンクが接続困難になる。

 何が起こっているのかと当惑するはぐろにあけぼのが言う。

「あたし、帰らないといけないみたい…」

「そんな…」

 はぐろはあけぼのの言葉に胸を締め付けられるかのようだった。

 せっかく会えたのに、再会も突然で別れも急だなんて…。

「あけぼの…。あけぼの…! 私…、私は…」

 何を言うべきか。はぐろは言葉が詰まった。

 はぐろが真っ先に思い浮かんだのは、あの時の約束だ。約束自体はこんごうと交わしたものだが、あの場にいた護衛艦の艦魂全てと交わしたようなものだ。

 約束を果たせなかった事を謝るべきか。帰れなかったことの詫びを言うべきか。今更だがあけぼのに顔向けできなくなってはぐろは俯いた。

 その様子を見て苦笑すると、わざと声のトーンを上げてあけぼのが話す。

「あ~あ。どっかの誰かさんには困ったものだわ。また後で、とか約束した癖に勝手に沈んで…」

 痛いところを突かれ、はぐろはますます委縮した。

「でもあんた達が護ってくれたから、あたし達は無事なのよね」

 穏やかな優しい声を掛けられ、はぐろは頭を上げる。あけぼのは涙を流しながら、少し寂しそうに笑っていた。

 あのまま戦い続けていれば、はぐろは沈まなかったかもしれない。けど他の艦が被害を受けて沈んだかもしれない。海空自衛隊の航空部隊が到着する前に護衛艦隊乙部隊は全滅したかもしれないし、奇跡的にはぐろを含めた5隻全てが生き残ったかもしれない。

 でも全ては結果から導き出した可能性に過ぎない。はぐろが囮となって沈み、あけぼの達はそのお陰で生き残った。それが全てだ。

「だからありがとう、はぐろ。あたし達を護ってくれて」

「……」

 はぐろは言葉が出なかった。瞬きもせず茫然とあけぼのを見つめ、涙が滂沱と流れ出る。

 あの時取った行動について、はぐろは罵倒されるか否定の言葉が投げかけられるのかと思ってた。でもまさかこんなに温かい言葉をくれるとは思わなかった。

「…あんたがここで何してるか知らないけど、あっちはあたし達に任せなさい。それと、あんまり情けない顔をすんじゃないわよ。あんたは、あたし達の誇りなんだから」

 激励の言葉を放つ(ごと)にあけぼのの気配が薄くなっていく。もうその肉体は大分透き通っている。輪郭が辛うじて何とかわかるぐらいだ。レーダー上のあけぼのの反応も微弱だ。

 もうあけぼのがこの世界に滞在できる時間はないことをはぐろは悟る。

 向こうの戦争はどうなったのか、こんごう達はぶじなのか、色々とあけぼのに聞きたいことがあった。

 しかし、これだけは絶対に言わなければならないと思い、はぐろは万感の想いを込めて言う。

「こっちの方こそ、ありがとう…!」

 はぐろは涙ながらに礼を言いながら御辞儀をした。

「!」

 あけぼのは一瞬表情をくしゃりと歪め、何かを言いたそうに口を開いた。でも結局何も言わず、涙を零しながらはぐろに手を振って消えていった。

 何も返事がないことにはぐろが恐る恐る顔を上げると、あけぼのは既にいなかった。レーダーからあけぼのの反応は消失し、あけぼのとのデータリンクも強制的に切断されている。

 力なく肩を落としたはぐろに電文が入った。

「入…電?」

 電文を開封したはぐろは、バイザーのスクリーンに表示された文章に目を見開いた。

 

『―――――――――――――――――

 

  発:護衛艦あけぼの

  宛:護衛艦はぐろ

 

 

  貴艦の航海に幸運を。

 

 ――――――――――――――――――』

 

 はぐろが短い文章を読み終えると同時に、曙が近寄った。

「ちょっと。あいつはどうなったのよ? 消えちゃったみたいだけど」

 はぐろは泣き顔を見られまいとそっぽを向いて答える。

「…帰ったみたい」

「帰った?」

「うん……」

 それ以上はぐろは語らない。曙も何かを感じ取ったのか、それ以上聞き出そうとしない。

 はぐろは目頭を押さえるが、それでもこらえきれない熱い感情が鼻から流れて啜った。

 パシンと小気味のいい音がはぐろの肩から鳴った。

 はぐろが振り返ると、曙が腕を振った体勢で突っ立っていた。

「何泣いてんのよ。情けないわね」

「うるさい。余計なお世話よ…」

 ぶっきらぼうな曙の優しさに、はぐろは強がってみせた。

 既に太陽は水平線より高いところまで上っている。明け方(あけぼの)と呼べる時間は過ぎ去ってしまった。

 こうしてミッドウェー近海で起こった全ての戦闘は終わりを迎えた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 戦闘終結後、第1護衛艦隊は戦闘で行方不明になった米艦隊乗組員の捜索と護衛にあたった。しばらくしてからやって来た高雄達に加賀達は護衛を引き継がせると、はぐろ達と合流。門を使って横須賀へ帰還した。

 戦闘で損害を負った金剛や妙高達は入渠し、疲労した加賀達もそれぞれ体を休めている。

 しかしミッドウェーから帰還した翌日の昼、本来ならば休んでいるべきはぐろは1号館の秘書艦執務室で大淀と話していた。どうしても気になる事があり、大淀が書類の決済などで忙しい所を押し掛けて質問したのだ。

「じゃあ、この世界の鳳翔は深海棲艦の攻撃で沈んでいるんですね」

「はい。当時は私達が活動し始めた頃で戦力が足らず、深海棲艦が出現しないと予想された航路を鳳翔は護衛無しで航行したということです」

 戦争が終わり、中国大陸から居場所を失った人々は早急に日本へ戻ろうとした。中国で内戦が再開し、大陸に留まり続けることが危険だった事や日本も復興するために政府が大勢の人手を必要とした事で、日本周辺の海域に深海棲艦が出没しているにも関わらず、復員が行われた。

 しかし、予想と違い安全だと思われた航路には潜水艦が潜んでおり、結果として大勢の命と1隻の艦を喪失することとなった。このため日本政府は慎重になり、復員に時間が掛かる事となる。

「しかし、どうしたのですか? この世界の鳳翔について知りたいだなんて」

「あ、それは…」

 大淀の質問にはぐろは口ごもった。はぐろはまだ報告していない事が2つある。

 1つはあけぼのの事、もう1つは巨体の深海棲艦の正体は鳳翔かもしれないという事だ。

 前者はどうやってこっちに来たのかわからず、後者についてははぐろの証言でしか有力な証拠がないため、どちらもどう報告したらいいのかわからず報告していなかった。

 だが大淀は忙しいからか、それとも質問に特に深い意味や興味がなかったのか、手元の書類の整理に戻った。大淀の目元には隈ができている。机には書類の塔が幾つもできているが、いくらなんでも量がおかしい。置き場所がない結果、床にまで積み上げられている。

「(そういえば司令、倒れたんだっけ…)」

 江李ははぐろから報告を受けると、バタリと倒れてしまった。心労による一時的なもので暫く休めば大丈夫らしいが、もう嫌だと譫言(うわごと)を言っているらしい。

 理由はもちろんと言うべきか…。はぐろがSM-2艦対空ミサイルを15発と90式艦対艦誘導弾を全部使った事を報告すると、途端に机に頭をめり込ませるような勢いでぶつけていた。なおミサイルの補給に付いては現在検討中らしい。

 江李には申し訳ないが、はぐろは頑張ってくださいと応援するしかできない。

 これ以上邪魔するのは大淀の迷惑だと思い、はぐろは「失礼しました」と一言残して執務室を出た。

 入渠している金剛達のお見舞いにでも行こうか考えながらはぐろが1号館を出ると、玄関のすぐ近くで曙と遭遇した。

「こんなところにいたのね。ちょっと顔貸しなさいよ」

 相変わらずの喧嘩腰で話しかけてくる曙に、なんとなく意地悪をしたくなったはぐろは、

「……嫌と言ったら?」

 と意地悪な事を言った。

「あんたの答えなんか必要としていないわよ」

 ツンとした声で曙は強引にはぐろを連れ出す。特にはぐろは抵抗せず曙についていく。

 曙は誰かに聞かれたりすることを避けるため、人気のない4号館まで足を運んだ。賑やかだった歓迎会の時とは違う雰囲気にはぐろは驚いたように息を呑む。

「で、昨日のあいつは一体何なのよ」

 他人がいないことを確認すると、曙が質問した。音が他にないことから嫌に大きく響くように聞こえる。

 今朝は久しぶりに曙は清々しく起きることができた。ツインテールの少女が泣いている夢を見ることがなかったからだ。延々と泣いている様子を見せられるという鬱陶しい夢から解放されて、曙の気分は晴れやかだが、戦闘終了後のドタバタで確認できなかった事を聞いておきたかった。

 曙の質問に、はぐろは昨日の事を思い返しながら答える。

「むらさめ型護衛艦あけぼの…。私の仲間の1隻よ」

「なんであたしと同じ名前なのよ」

「…私に言われても」

 はぐろは肩を竦めて見せた。曙もそこまで気にしてないのか、さっさと話題を切り替える。

「あんたとあいつって仲良いの?」

「え? う~ん…まぁいつも怒られたり説教されるけど、悪くはないよ。もし嫌われてたら、あけぼのの性格なら口を利いてくれないと思うし」

 戦争が始まる前の頃を懐かしく思いながらはぐろは答えた。

 仲が良い。それはわかる。世界を越えて助けに来るくらいだ。それで仲が悪いと言われたら疑ってしまう。

 核心を突く前に曙は1つ確認する。

「あいつは、元の場所に帰ったのよね?」

「うん。…たぶん」

 自信なさげにはぐろは答えた。実際に戻れたのか、はぐろは確認しようがない。帰ったのだと信じるしかない。

「ふーん…。で、なんであんたはあいつと一緒に帰らなかったの?」

 はぐろがあけぼのと共に帰らなかった理由、それが曙の聞きたい事だった。何故あけぼのははぐろを連れて帰らなかったのか。わざわざ助けに来たなら、連れて帰って欲しかった。元々仲間じゃないのに、残されても迷惑な話だ。

 いつになるかはわからないが、曙達も自分達の世界に戻るのだ。けど、どうやらはぐろは60年先の未来から来たらしい。

 仮に曙達が戻れたとしても、そこははぐろが元いた場所ではない。

 なのに、どうしてはぐろは帰らなかったのか。

 目を伏せてはぐろは答える。

「それは…多分、私はもう帰れないから…」

「どうしてよ」

 間髪入れず質問した。尚も曙は追及の構えを崩さない。

「………」

 はぐろは曙から目を顔ごと逸らして黙りこくった。

 曙はイライラした表情で無言のまま、はぐろが説明するのを待っている。

 そろそろ拷問になりそうな、曙の我慢が抑えきれなくなりそうな長い沈黙の後、ようやくはぐろが口を開いて言った。

「私は、ね…。沈んでるんだ、戦争で」

「は……………?」

 予想していなかった言葉に、曙はすぐには理解できなかった。それこそ未来から来たと語られた時以上に。

 はぐろは静かに語る。加賀や金剛達にもまだ言っていない、自身の最期を。

「隣の国との戦争で、対艦ミサイルを何発か喰らって、それで沈んだの…」

 どこか他人事のように軽い調子で語るはぐろに、曙は待ったをかける。

「は? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! じゃあなんであんたはここにいる訳?」

 海に沈む、それは曙達にとって死を意味する。海の底は、水の世界は人の生きられない世界。海神ワダツヒコの気まぐれで生きたまま浜辺に漂着することはあるかもしれないが、それは滅多にない。だから、海に沈むというのは死んだも同然なのだ。だとしたら何故曙の目の前にはぐろがいるのか。

「…さぁ、わかんない。でも、……私が、護衛艦はぐろが一度沈んでしまったのは、紛れもない事実なの……」

 はぐろは寂しそうに、辛そうに、苦しそうに言葉を絞り出す。

「だから……仕方ないんだよ。沈んでしまったから、私は帰れない」

 認めるしかなかった。どれだけ理性が帰れない理由を取り繕っても、感情は帰りたいと叫んでいた。けれども自分は帰れない。だって、もしはぐろが元の居場所に帰れるのだったら、多分あけぼのは言ってくれたはずなのだ。ひねくれた調子で「一緒に帰ろう」って。はぐろの自惚れでなかったら、あけぼのは連れて帰ろうとするはず。

 でもあけぼのは言ってくれなかった。だから…もう帰れないんだとはぐろは認めるしかない。

「…あんたは、あいつと帰りたくなかったの?」

「……ずるいよ、その質問は」

 そうはぐろに言われて、さすがの曙も気まずそうな表情を見せる。

 はぐろの本心を語れば、帰りたくなかった訳がない。だがあけぼのが言ってくれた。「あたし達に任せなさい」と。

 その言葉ではぐろは思い出した。沈む直前、自分は「あとはお願い」と彼女達に全てを託した事を。後悔はあったけども、覚悟を決めて、あとは全て彼女達に任せてきたのだ。

「もう帰れないけど、…私はそれでいいんだよ」

 悟ったように言うはぐろに、思わず曙は言っていた。

「…それじゃあ、あんたは一体何のためにここで戦うっていうの?」

 戦いに理由を問う生物は人だけだが、理由がなければ人は戦う道を選ばない。国家や政治家は戦争に大義名分を求め、民衆は戦いよりも平穏を欲する。しかし生物である限り、人は生き残るために戦う道を選択する時が来る。武器を使った殺し合いだけでなく、人が生きる過程で。

 曙が所属する日本海軍にとっては、この世界に飛ばされた艦娘を全員集め、深海棲艦と戦いながら元の世界に戻る方法を見つけることが戦いだった。

 では何のためにはぐろは戦うというのか。

 曙の問いかけに、はぐろは1つ1つ確かめながら語る。

「私、さ…。大事な何かを忘れている気がするんだよね」

 知識の記憶などではなく、仲間と過ごした些細で大事な日常の思い出が幾つかが欠けているような感じがする。忘れているだけだろうから、思い出そうとしても、1人で考えているうちに真っ黒になってしまう。

 はぐろは目を閉じて胸に手を当てた。

「でも、護る為に生まれたという事はちゃんと覚えてる…」

 護る為に生まれ、護る為に散った。護る事しかはぐろは知らない。平時では抑止力として存在し、戦時では艦隊の防空艦となり、弾道ミサイルに対する盾となる。それが、はぐろの造られた意義であり、目的だった。

 もう会えないと思っていた仲間から感謝の言葉を送られ、はぐろはますます強くそう思うようになった。

「私、何をするためにここに来たかなんて全然わからないんだ。けど私は、護る為に生まれた。だから、護りながらここで何をするのか考えていけたらなぁ…って」

 はぐろの想いを聞いた曙は、一言感想を言った。

「…馬鹿じゃないの」

「…そう、だね」

 そんな理由で戦うのは、よほどのお人好しだけだろう。もしくは底抜けの馬鹿だ。

「でもそれが私だから」

 そう言ってはぐろが薄く笑うと、曙はほとほと呆れた様子でため息をついた。

「本当とんでもない馬鹿ね」

「そんなに馬鹿馬鹿言わなくてもいいじゃない」

「馬鹿に馬鹿って何が悪いの? ま、しょうがないわね」

 そう、仕方ない。こんな馬鹿を放っておいたら、何をしでかすのかわからない。だから、仕方なく曙はあの頼まれ事を引き受ける事にした。

「…何が?」

 馬鹿馬鹿言われ、少々ご機嫌斜めのはぐろがぶっきらぼうに聞いた。

「あいつに言われたのよ。馬鹿の面倒を見てくれって」

「……はぁっ!?」

 あいつが誰なのか察するのに数瞬かかった後、はぐろは驚きの声をあげる。

「ちょっと、何それ聞いてない!」

「だって言われたのはあたしだし」

「むぅ~~…」

 一応はぐろだって塗装の匂いより潮気の方が香るようになったのだ。こんごう達の指導もとっくに終わっており、経験だってそれなりに積んだのに、なんで就役したての新入り扱いなのか。あんまりだと、はぐろはここにはいない仲間に立腹する。

 その様子を見て、曙は思わず噴き出した。急に笑い出した曙を、きょとんとはぐろは見た。そんな様子にやれやれと思いながら曙は手を差し出す。

「特型駆逐艦曙よ。今更だけどよろしく、はぐろ。それとも平沼って呼んだ方がいい?」

「あー…平沼の方で呼んでほしいかな…。それと、こちらこそよろしく、曙」

 はぐろは笑顔で曙の手を握って、改めて挨拶をした。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 2027年10月某日。東シナ海。空は晴れ、風も穏やか。時折呑気に鳴きながら羽ばたいていく海鳥の姿を見かける。

 しかし目に見える平穏とは裏腹に、水面下では潜水艦と水上艦の探り合いが展開している。

 ひゅうが型ヘリ搭載護衛艦いせを旗艦に、海自の小艦隊は中国海軍の原潜を警戒しながら、対潜水艦掃討作戦を行っていた。その艦隊の中にむらさめ型護衛艦あけぼのの姿もあった。

 空を見上げながら、あけぼのは思考の海に潜っていた。

 はぐろを連れて帰れたらよかったのに。でもそれは絶対に無理だと言われていた。だから仕方なく、本当に仕方なく曙に託したのだ。

 もし、あの時一緒に行けていたら…何か変わっていただろうか。はぐろは今も一緒だったろうか。それとも立場が逆になっただろうか。いや、ひょっとしたら自分もはぐろと一緒に向こうで戦っていたかもしれない。

 そこまで考えて、これ以上考えたとしても仕方のないことを延々としていることに気づき、あけぼのは自嘲する。

「向こうであいつに会ったってだけで奇跡なのに、あたしも結構贅沢な考えするのね…」

「あけぼの殿? 如何(いかが)為された?」

 あけぼのと共に行動をしているあきづき型護衛艦すずつきの艦魂が問いかけてきた。

 艦隊行動中のため、あけぼのとすずつきの距離は結構離れているのによくわかったなと思いつつ、あけぼのは返答する。

「別に? …ただ、早く戦争が終わって帰れたらいいなって、思っただけよ」

「あぁ、左様でござるか。いやはや、至極尤もな事ですな」

 うんうんとまじめな様子で頷いているらしいすずつきに、少し単純過ぎないかと思いつつあけぼのは何も言わない。

 今は誰にもはぐろと出会って一緒に戦った事を話したくない。自分でもはぐろがどんな状況なのかわかっていないのに、根掘り葉掘り聞かれても困る。それとちっぽけな独占欲もあった。

「ところであけぼの殿。何か良いことでもあったでござるか?」

「え?」

「何か吹っ切れたような…迷いから抜け出せたという感じでござるな」

 誤魔化せなかったか、とあけぼのは口をへの字にする。

 現代にそぐわない口調で結構単純なのに、何故勘はこんなに鋭いのだろうか。しかしすずつきの言う通り、良いことがあったのは事実だ。あの出来事を何もなかったと全否定する気にもなれなかったあけぼのは、部分的に肯定することで場を収めようとする。

「……まぁそうね。あったわね。とびっきり良いことが」

「やはりそうでござるか! して、一体何があったでござるか? 教えてほしいでござる」

 すずつきは喜々として質問する。戦争中だから、何か1つでも明るい話題がほしいのだろう。

「……秘密」

 しかしあけぼのはすげなく断った。

「えぇ~…それは殺生でござるよ…」

「いや」

 後生だと迫るすずつきをあしらい、無言であけぼのは空を見上げた。

 あいつは向こうで何をしているだろうか。やっぱり泣いているんだろうか。それとも曙とかと笑っているだろうか。泣いているより笑っている方がいいけど、記憶の中でしかもう自分はあいつの笑顔を見ることができないのは残念だ。

 でも寂しさは昨日より薄れている。だって沈んだはずのあいつと会えた。なら、いつかまたどこかで会えるかもしれない。そんな希望があけぼのの胸のうちに湧いてきた。

 この先も、まだまだずっと、一緒に生きたかった…。

 この戦争が終わった時、皆と一緒に帰りたかった…。

 でもあたしは生きてるから、あんたが、あんた達が遺した想いを全部持って帰ってあげる。あたし達が帰る場所に…。

 

 

 

 

 

 ありがとう。さようなら、はぐろ。いつかまた、静かな海で会える事を、祈ってる――…。

 

 

 

 

 

 




 どうもダイダロスです。いかがでしたか?
 個人的にはストーリーはともかく、設定がちょっと甘いかな、と反省点が色々あったなと思いました。
 今回あけぼのさんがゲストとして登場しましたが、今回限りの特例措置です。
 最初のプロットでは、実はあけぼのもいなづま同様回想ぐらいの登場でした。でも、それだといなづま編とそれほど話のスケールが変わらないな、と思ったので、次は曙編のラストに夢の中で曙とあけぼのが対話するみたいな感じにしようと思ったんですけど、なんかそれも違うかなと感じたので、最終的にこんな形になりました。
 曙が同じ夢を見続けるのは、あけぼのの心残りが原因なので、どうやったらその問題を解決できるか考えた末、このようになりました。
 というかあけぼのに「ありがとう」と言わせてあげたかったのが1番ですかね。はぐろに直接感謝の言葉を、あけぼのが伝えるという場面を描きたかった。
 あけぼのの心残りにきちんと決着つけさせるという点ではこれが最良の展開かな、と私は思います。設定が凄いがばがばですけどね。あけぼの召喚できるなら、他の護衛艦も召喚できるんじゃね? とか他に太陽神何できるの? とか、はっきり言って特に設定思い付いてないんですよね…。そのうち設定思い付くかもしれないですけど。
 何で他の護衛艦は召喚しないの? とかそういう系は勘弁してください。聞かれても、何でですかね? としか言えません。今回は色々ぶれにぶれた展開なので、同じ事言いますけどちょっとその辺の設定はあまり練られていないです。
 あけぼのに関しては「あけぼのがはぐろの事を想うあまりに引き起こす状況を恐れた結果、今回限り特別に太陽神が遣わした」と考えていただければ…。
 う~ん、もう少しちゃんと設定煮詰めたい…。
 まぁ他にも護衛艦が参加したら、天倉提督の胃がヤバいというレベルじゃなさそうですけど…。正直、他の護衛艦がレギュラーキャラとして参加すると、主旨から逸れそうな気がするんですよね。第一、護衛艦が強いぞ~という物語なら、最初から他にも色々呼んでおけばいいんですよ。
 でも自分は、タイトルにあるようにはぐろの物語を描きたいのです。はぐろが泣いて笑って傷ついて艦娘達と交流して癒されて、そんな感じのストーリーを描きたいんです。なので、必要以上に護衛艦を召喚したくないですね。強い武器で無双するというのも面白そうではありますがね。


 最近忙しくなりそうで、次回の更新は大分先になるかもしれません。
 それまで天倉江李提督の容態が良くなってるといいですがね。
 ではまた次回の更新で。


 ・ミヤコワスレ
 wikiによると、艦これの曙が髪につけている花飾りはミヤコワスレをイメージされているそうです。ミヤコワスレの花言葉:また会う日まで、しばしの別れ。今話のサブタイトルは次に会う日まではぐろを曙に託した、というニュアンスを含んでおります。


 ・航空母艦鳳翔
 戦後、復員運送艦として運用されていた。中国から日本本土に復員運送任務中、深海棲艦の潜水艦から雷撃され、1945年10月沈没。乗員と引き揚げてきた民間人、軍人が全員死亡する大惨事となった。


 ・むらさめ型護衛艦あけぼの
 乙部隊に所属し、中国海軍との戦いを生き延びた護衛艦。戦闘で損傷を負ったあきづきやさざなみと違い、弾薬などを補給した後、こんごうなどと共に沖縄、東シナ海方面の哨戒任務に就いた。性格は原作艦これの曙より霞に近い。ようはツンデレおかん。

 ・2代目
 特型駆逐艦曙の事。事情を知らないあけぼのは、とりあえずはぐろは2代目曙の艦魂と行動していると思い、このように呼んだ。ちなみにむらさめ型護衛艦あけぼのは4代目。

 ・あきづき型護衛艦すずつき
 髪型はポニーテールでキリリとした剣道少女のような感じ。はぐろ達とともに乙部隊に所属していたが、被弾して戦闘能力を失ったさざなみを護衛して後退した。~~ござる。と時代錯誤な喋り方をする。艦これの既存のキャラにござる口調のキャラっていたっけ? という疑問からこうなった。ちなみにあきづき型護衛艦は全員ござる口調。あきづきは病弱キャラ、てるづきは明るいお馬鹿キャラ、すずつきは単純だが勘が鋭いキャラ、ふゆづきは寡黙でクールなキャラ。


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