艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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2016年2月29日の投稿はもう1つ前からとなっております。
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ミッドウェーに「夜明け」来たり

 2023年12月5日。

 フィリピン沖で行われる米比海軍と合同の軍事演習に参加するため、ヘリ母艦かがやイージス艦こんごうなど多数の護衛艦が佐世保を出航していった。

 佐世保を母港とする護衛艦の多くが出航し、補給に立ち寄った護衛艦もいない。掃海艇やミサイル艇はいるが、現在佐世保に停泊している護衛艦はあたご型ミサイル護衛艦はぐろとむらさめ型護衛艦あけぼのの2隻だけだった。

 しかし2隻の艦魂の間に特に会話はない。2人が出会ってから、はぐろが佐世保に配備されてから1年以上の時間が経った。しかし、最初の出会いから2人の関係にあまり変化はない。船である彼女達は、いつでも一緒にはいられない。たまに停泊や演習で一緒になって話すのが精々だ。けどそのたまにある機会で艦魂達は交流を深めるのだが、最初の出会いが良くなかったためか、あまり話す事はなかった。しかしこの日だけは違った。

 あけぼのが退屈そうに空を眺めていると、珍しく隣に係留されたはぐろから声を掛けてきた。

「ねぇあけぼの…」

 はぐろの呼びかけに、あけぼのは視線を向けるだけで応じた。

「私って必要なのかな?」

「はぁ?」

 苛立ちが混じった声で、あけぼのは意味がわからないという風に聞き返した。

「だって、私何もすることないし……」

 少し退屈そうな声で、はぐろは呟いた。

 隊員達は来る日も来る日も訓練をしている。なのに、はぐろの艦魂はすることがない。ただ乗員達が訓練しているのを見ているだけ。することが何もないのに、はぐろという艦魂は必要なのか。

(あぁ、なるほど。こいつもその事を自覚するようになったか)

 あけぼのははぐろにも時期が来たことを悟った。

 艦魂達は皆、就役してからある程度時期が過ぎると存在意義に悩むようになる。艦魂の姿は海上自衛官や一般市民には見えない。艦の操作や整備は人の手に依る。艦魂(どうほう)以外誰にも存在を認知されず、やることなど特にない。暇を持て余した艦魂は、自己の存在意義について悩みだす。

 もちろんあけぼのもそう考えた時が一時期あった。けど周りからいろんな話をされたら、いつの間にか抜け出していた。

 しかし、よりにもよって指導役である佐世保のイージス護衛艦が全艦出払っている時とは。おまけにあけぼの以外誰もいない。お鉢を受け取る役は、必然的にあけぼのしかいない。

 あけぼのは貧乏くじを引いたような気分だった。だが、あけぼのしかいない以上あけぼのがやるしかない。それにこんごう達が帰って来た時何もしませんでした、と言ったらしばらくの間イージス護衛艦達と会う度に絶対零度の圧力(プレッシャー)に晒されること間違いない。

 言葉を選んであけぼのははぐろに言った。

「はぁー……あんたって馬鹿ね」

 呆れた様子のあけぼのに、不貞腐れた様子ではぐろが言った。

「だ、だって。何もしないなら、いる意味なんて」

「そんなの別に関係ないじゃない。誰にも見えない、何もできないからいる意味がないなんて、そんなわけないでしょ? あたし達が宿ってるのだって、乗組員(あいつら)がいなきゃデカい塊なだけよ」

 魂があろうがなかろうが、船は人がいなければ動くことはできない。であれば、その評価は人の手によるのが当然なのだ。

「あんた、いらないって乗っている連中から言われたことある? 連中からこの船は必要ないだろって、言われたことある?」

 あけぼのの問いにはぐろはブンブンと横に首を振った。

「なら、それでいいのよ。私達は宿る船と同じ存在と言ってもいいんだから。下らない事に頭なんか割いてんじゃないわよ」

 あけぼのはそれだけ言って、さっさと会話を打ち切ろうとする。

 だが視線を感じて、あけぼのはため息を吐いて聞く。

「何よ、まだ何かある訳?」

 腰に手を当てて不機嫌そうなあけぼのに、はぐろは真顔で言った。

「あけぼのって…意外と優しいんだね」

「それどういう意味よ、あんた!」

「フフフッ…」

 あけぼのは不機嫌そうにはぐろに怒鳴った。だが、はぐろは笑みをこぼすだけで応えない。

 何だか気恥ずかしくなってあけぼのはそっぽを向いた。全く、本当にどうしようもない艦魂だ。本当に、どうしようもない…。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「は? …え?」

 ツインテールを潮風になびかせる少女の顔を見たはぐろは、あり得ない事に絶句して立ち尽くした。

 戦闘海域で何をしているのかと思われるかもしれないが、ツインテールの少女、護衛艦あけぼのの出現ははぐろにとって今までの状況を忘れさせるほどの衝撃だった。

「やれやれ、相変わらずなのね。あいつは」

 遠くで呆けているはぐろを見て、呆れた様子であけぼのは首を振った。

「ん? あれ、あたし何を…?」

 正気に戻った曙がキョロキョロと辺りを見回す。そして見知らぬ顔がいることに気づく。

「あんた誰よ」

 曙の質問には答えず、あけぼのははぐろに近寄っていく。

「ちょっと待ちなさいよ! (深海棲艦が攻撃してこない? どういうこと…?)」

 曙は頭の隅で砲弾が飛んで来ない事に違和感を覚えながらあけぼのの後を追う。

 はぐろは身動きどころか瞬きもせず、近づいてくるツインテールの少女を見ていた。どうしたのかと曙が声を掛けるより先にあけぼのの方が先に声をかける。

「なんて顔してんのよ、馬鹿」

 優しい声をかけられ、はぐろの硬直は少しだけ解けた。

「嘘…。な、なんで…ここに?」

 はぐろはどうしてあけぼのがこの場にいるのか理解出来ず、困惑するばかりだった。曙は知り合いなのか? と視線で聞くが、はぐろは答えられない。泣きそうで笑いそうで、感情のネジが外れてしまったかのようだ。

 あけぼのははぐろの問いに嘯いて答える。

「さぁ。東シナ海で哨戒中だった私が、どうしてこんな姿で沈んだはずのあんたの前にいるのかしらね…。ま、なんでもいいじゃない。…あんたとまた会えた。それだけで十分よ、はぐろ」

 ツインテールの少女は潤んだ瞳ではぐろを見つめる。親しみを込めて己の名を呼ぶあけぼのを、はぐろは瞬きもせず呆然と見た。

「ちょっと。誰なのよ、あんたは」

 すっかり蚊帳の外に追いやられた曙が割って入る。

「ふん、自分の名前すら言えない子供を相手している暇はないわよ」

 あけぼのは不遜な態度で曙をあしらおうとする。

 だが子供と侮られて黙る曙ではない。キッと目付きを鋭くして、語気が荒くならない程度に荒げて叫ぶ。

「あたしの名前は特型駆逐艦の曙よ! ほらあたしが名乗ったんだからあんたも名前を言いなさいよ!」

 その名前を聞いたあけぼのは戸惑った様子を見せる。

「はぁ? ちょっとはぐろ。これどういう状況な訳? いきなり攻撃されるし、あっちの黒いのと戦ってるのはわかるけど映画か何かに出てくる化け物みたいだし」

「え、いや。その……なんていうか…」

 説明を求められ、困ったはぐろは頭を掻いた。話せば長くなるが、そんな時間はないし、何よりあけぼのが何故この場にいるのかについても頭が追い付いていない。

 困惑するはぐろを見て、あけぼのは懐かしそうに目を細めた。

「ちょっと! いい加減名前ぐらい言いなさいよ! それともあんたは子供にすら自己紹介できない訳!?」

 そう怒鳴り返しながら、曙はなんとなくツインテールの少女の正体に見当が付いていた。こいつは夢の中でいつも泣いていた奴だと。

 だが怪しい奴に変わりはない。その正体を明かすまで警戒は緩められない。

 そろそろ鬱陶しくなったのか、あけぼのは面倒くさそうに自分の名前を言う。

「あたしは、むらさめ型護衛艦あけぼのよ。あ、覚えておかなくてもいいわよ」

 どうでもよさそうにツインテールの少女は己の名を告げる。

「あ、あんたも…あけぼの……?」

 だが曙にとってはそうではなかった。同じ名前ということにポカンと口を開ける曙を見て、あけぼのはしてやったりと笑みを浮かべるのだった。

 この場にあけぼのが来た。明け方を、夜の終わりを意味する護衛艦の艦魂が。だが、はぐろは喜びよりも混乱が(まさ)った。あけぼのにどう話しかけたらいいのか、いやそもそも何を話したらいいのかわからず、無言で見ていた。

 苛立ちが混じった咆哮が彼方から聞こえた。巨体の深海棲艦が怒りを顕にしているように見える。それに発奮されたのか、光に怯えていた深海棲艦も士気を取り戻したようだった。

 レーダースクリーン上で深海棲艦を示す輝点がはぐろ達に向かって動いている。深海棲艦が迫っていることを認知したはぐろは、目の前にいるあけぼのに言った。

「あけぼの。私が引きつけるから曙を連れて離脱して」

「だからあたしは残るって言ってるでしょ! って言うか、すっごい紛らわしいんだけど!」

 曙が抗議するように叫んだ。

 まあ確かに同名だと紛らわしいのは確かだが。文章だと漢字か平仮名の違いになるが、音だと区別するものが何もない。だがそんな事に頓着している暇はない。

「いいから早く逃げっ」

 パンッと音が鳴った。はぐろの目の前で光が弾けた。曙が目を丸くしていた。

 はぐろは呆然とはたかれた頬に手を当てた。とても熱くてジンジンした。

 はぐろが見下ろせば、頬を引っ叩いた体勢で固まっているあけぼのがいる。

「…何のためにあたしが来たと思ってんの?」

 俯いて肩を震わせながら、低い声であけぼのが言う。

「あの時、遺されたあたしがどんな気持ちだったかわかる!? 2度もあんな最悪なこと味わせる気!? 最低よ、あんた…」

 あけぼのが涙を溜めながら怒鳴った。何度かあけぼのに叱られた事はあったが、ここまで哀しそうに怒られたのは、初めてだった。

「ご、ごめ」

 とりあえずはぐろが謝ろうとした時、無粋にも砲声が響いて深海棲艦が撃った砲弾がはぐろ達の近くの海面に落下してきた。一発だけではなく、複数の水柱が立ち、飛沫が飛んでくる。

「チッ、一旦逃げるわよ」

 曙が言った。あけぼのに腕を引っ張られ、はぐろは素直に従う。

 深海棲艦の攻撃を回避して、3人は深海棲艦に背を向けて逃走を開始する。それを見逃そうとする深海棲艦ではなく、3人を追ってくる。

「…はぐろ。あたしがあの時、何言ってたか覚えてる?」

 砲声を背後に逃走しながら、あけぼのがはぐろに聞いた。あの時、はぐろが死地に赴く前にあけぼのが叫んだ言葉を覚えているのか。

 はぐろは頷いた。もちろん覚えている。あんな必死に叫ばれたら、忘れるはずがない。

 同じ事を、あけぼのは真摯な声で今回も言った。

「だから一緒に行かせて。今度はあたしも」

「……」

 はぐろは黙った。勝算の薄い戦いに巻き込みたくないと思い、一緒に来てくれる事を嬉しいとも感じてしまった。連れて行くのか行かないのか、どちらを選べばいいのかわからず、はぐろはあけぼのの顔を見た。意思の固い瞳とかち合った。眼光の強さに思わずはぐろは目を逸らしてしまい、今度は曙の顔も見る。こちらも逃げる気はないと闘志を秘めた視線をはぐろに向ける。

 それではぐろの覚悟も定まった。1人で戦って他者を護るのではなく、みんなで戦って自分を含めた全員を護る覚悟を。

「…わかった。一緒に行こう」

 はぐろの言葉を聞いたあけぼのは涙を拭いて笑顔を浮かべ、曙が当然そうに鼻を鳴らした。

「データリンク、オンライン」

「接続確認、良好。問題なし」

 はぐろとあけぼのはデータリンクの接続状況を確認する。特に問題はない。これではぐろとあけぼの、そしてSH-60K(ウミツバメ)は互いに取得している情報のやり取りや連携を簡単に行えるようになった。

「今から5秒後に私に続いて反転、あの大きいのを沈めるわよ!」

「了解!」

「ふん、わかったわよ!」

 はぐろの指示にあけぼのは短く、曙は返事をする。

「対水上戦闘よーい!」

「対水上戦闘よーい!」

「た、たいしゅいじょう戦闘よー…ぃ…」

 はぐろに続いて同じ言葉をあけぼのも叫ぶ。護衛艦組のノリに釣られ、曙も砲雷撃戦と言う所を対水上戦闘と言ってしまった。しかも噛んでしまい、二重の恥ずかしさで頬を染める。

 しかしそんな事を気にせず、護衛艦組は対艦ミサイルの攻撃準備に入る。

「超大型艦周辺の敵艦を攻撃して陣形を乱す。対艦誘導弾、攻撃よーい!」

「了解、対艦誘導弾攻撃よーい!」

 はぐろとあけぼのは声を張り上げる。データリンクによって、攻撃する目標が被らないように調整される。

『対艦誘導弾、発射(てぇっ)!』

 二人の声が重なる。ほぼ同時に90式艦対艦誘導弾が、はぐろとあけぼののSSM発射筒から飛び出した。暫し時間をおいて第2弾が発射される。合計4発の対艦ミサイルが深海棲艦に襲いかかる。

 何故か光に怯えていた深海棲艦だが、敵意を向けられ攻撃が来るとなれば、迎撃するのは当然だ。

 深海棲艦は弾幕を展開、対艦ミサイルを撃ち落とそうとするが奇跡的に迎撃できたのは1発だけだった。残りの3発は牙を剥いて深海棲艦を次々に食い破る。火柱が3本立った。大ダメージを受けた深海棲艦は、大破行動不能か沈んでいく。

 当然その状況をはぐろとあけぼのはレーダー越しに把握していた。レーダーが探知していた敵艦がバイザーのスクリーンから消失するのを確認すると、あけぼのが言う。

「さてと、少しは削れたかしら?」

「…駄目ね。敵超大型艦から少数の新たな敵艦の出現を確認」

 数隻の駆逐艦級が新たに敵超大型艦から出現する。さらに空母ヲ級と軽空母ヌ級が1体ずつ現れ、艦載機を発艦させている。だが戦艦の姿はない。

 はぐろはレーダー上でしか見ていないが、加賀達が戦っている深海棲艦の中には戦艦もいる筈だ。もしかして、品切れなのだろうか。だとしたら好都合だ。だが良いニュースがあるように悪いニュースもある。

 はぐろ達は対艦ミサイルを4発使ったのに対して敵は戦力的も数的にもあまり変わらない。練度は世界トップクラスだが、物量戦や消耗戦になると弱いのが自衛隊だ。補給がない軍隊が負けるのは当然だが、この場に限っては数の差がやはり大きい。

 あけぼのは巨体の深海棲艦の中から現れた深海棲艦を見て呟く。

「何よあれ。おおすみ型みたいにウェルドックでも持ってんのかしら?」

「出てくるのはエアクッション型揚陸艇(LCAC)なんてものじゃないけど」

「物の例えよ」

「あんた達そんな事言ってる場合!?」

 呑気なことを言っている護衛艦達に曙が叫んだ。黒い鳥の群れが向かってきている。

 もちろんそんな事は護衛艦組もわかっている。その数は71。航空戦力がない水上艦部隊ではなぶり殺しにされるような状況だ。この場にイージス護衛艦とイージス護衛艦と連携できる護衛艦がいなければだが。

「対空戦闘よーい!」

「対空戦闘よーい!」

 旗艦であるはぐろの言葉をあけぼのが復唱する。曙も主砲を空に向けるが、その必要はなかった。

「攻撃目標、目標群シエラ。スタンダード攻撃よーい!」

「ESSM攻撃よーい!」

 攻撃目標の諸元が2人が搭載する対空ミサイルに入力される。

『発射始め! サルボー!』

 護衛艦組が搭載するVLSが開口し、中から白煙と共に対空ミサイルが飛び出した。白い尾を残して敵航空隊に突進していく。

 深海棲艦航空隊は回避しようとするが、対空ミサイルへ対処する事は出来ず、深海棲艦の航空隊は次々と撃破され、レーダースクリーンから消えていく。しかしはぐろは対空ミサイルを節約したいがため、スタンダードを15発しか発射していない。あけぼのもESSM16発を次々に発射したが、それだけでは敵機を全て落とせない。半分以上の敵機がSAM防衛線を突破した。それを迎え撃つのはあけぼのだ。

「右対空戦闘、主砲、撃ちぃ方ぁ始め!」

 あけぼのが主砲による迎撃を開始する。彼女の主砲はオート・メラーラ社が誇る単装速射砲だ。76mmととても小さいが、分速85発という太平洋戦争時の火砲では考えられない発射速度を誇る。分速20発のはぐろのMk45ですら比べ物にならない。76mm単装速射砲は遺憾なくその性能を発揮し、片っ端から敵航空機を海面に叩き落した。

 あけぼのはイージス艦ではない旧式の汎用護衛艦ではあるが、はぐろとのデータリンクでサポートを得ている今、空に対する死角はない。

 曙はあんぐりと口を開いてそれを見ていた。何故あんな馬鹿げた連射で命中率が高いのか。深海棲艦もそう思っているのか、砲撃どころか近寄りもしない。

 しかしあけぼのもはぐろもそれが当然であるかのように振る舞う。はぐろもあけぼのの射撃できない方向にいる敵機を撃ち落しながら言った。

「あけぼの、SSMで空母(CV)を攻撃してくれる? 発着不能にするだけでいいから」

「了解。あと紛らわしいから、以後あたしを呼ぶときはアルファにして」

 そう言いながらあけぼのが空母ヲ級に向けて3発めの対艦ミサイルを発射する。再び巨体の深海棲艦から新たな戦力が投入されようがしまいが、厄介な敵はさっさと叩いておくに限る。軽空母ヌ級に対してもあけぼのは対艦ミサイルを1発撃つ。

 その間、イージス艦であるはぐろが主砲で空の脅威に対抗する。曙が1発も撃たずにあっさりと片が付いた。

 対艦ミサイルを発射し終えたあけぼのがはぐろに聞いた。

「で、これからどうすんの?」

 はぐろのレーダーに表示されている残りの敵艦は巨体の深海棲艦も含めて11。はぐろのSSMは残り1発、あけぼのは残り4発。全ての敵に対艦ミサイルを振り分ける事はできない。

「一番大きい奴に集中攻撃したいわね。あいつSSMを1発喰らったのにびくともしないし」

「はー…。そりゃまた硬そうな奴ね」

 対艦ミサイルは護衛艦が搭載できる兵装の中で最大級の威力を持つ装備だ。それ1発でびくともしないというのは、よほど分厚い装甲を持っているのだろう。

「でも一番大きいのに集中し過ぎると、他を倒すのが大変なのよね」

 悩ましげにはぐろが呟いた。

 対艦ミサイルを撃ち尽くせば、はぐろとあけぼのは1門の主砲以外に有効な攻撃手段はない。そうなれば、仮に敵の旗艦を沈めたとしても、残敵に数で圧倒される。さっさと倒したいのに、そうしたなら後が問題だ。

 それに問題は目の前にいる深海棲艦だけではない。あけぼのはSH-60Kを経由して探知している艦船がだんだん接近してくるのを見て聞いた。

「接近してくる艦隊がいるわね…。あんたの知り合い?」

「…ううん、敵よ」

 あけぼのの問いにはぐろは首を振った。

 艦娘達は全員離れた海域にて戦闘を継続中だ。接近してくるのははぐろが威嚇射撃で米艦隊から引き離した、ル級が率いる艦隊だった。数はル級も含めて6。接敵するまでまだ余裕はあるが、そう遠くないうちに到達するだろう。

 このまま合流されたら厄介だとはぐろが思った時、あけぼのが言った。

「なら連中が来る前に片づけないといけないわね」

 腕組みしながらあけぼのが言った。

「っていうか、あたし突撃してもいいですか?」

 曙がご機嫌斜めな様子で聞いた。データリンクもなく、情報処理は遥かに劣る曙は仲間外れにされている感じが拭えない。敬語も使っている辺り、かなり苛々している様子だ。主砲も魚雷も射程外で、今のところ曙の活躍する機会はない。

「やれやれ、血気盛んなのはいいけど、ちゃんと状況を見なさいよ。あんなのに突っ込んでも返り討ちにあうだけよ」

 2体の空母ヲ級へ対艦ミサイルがきちんと飛んでいくのを確認しながらあけぼのは曙を諫める。

「納得がいかないのよ、こんな戦闘! 離れた所からちまちまと!」

「馬鹿ね。納得がいく戦争なんてあると思ってんの?」

 冷めた声であけぼのが言った。

「戦争なんてそんなものよ。勝っても負けても失うものが出てくるっていうのに、納得なんて手に入れられるわけない。…でも取り戻す事なんてできないから、上辺だけは納得するのよ。大体離れた所から一方的にやるのは空母も同じようなものじゃない」

「…」

「…」

 あけぼのの実感のこもった言葉に、曙もはぐろも押し黙った。

「3番4番、敵空母に命中を確認」

 あけぼのが報告した。

 当空域から敵航空隊は消え、空母も発着艦能力を失ったことで敵の航空戦力は壊滅した。しかしこのままだと単純に砲の数の差で押し負ける。それに無傷の空母が投入されるかもしれない。

 時間との勝負だ。

「…仕方ない。私と曙で突っ込む。アルファは一番大きいのに対艦ミサイルを沈むまで撃ち続けて」

「…いいのね?」

 あけぼのが確認した。

「あれを沈めなきゃ、戦闘は終わらない。それに我慢比べは私達の苦手分野でしょう?」

「ま、その通りなんだけどさ」

「なんでもいいわ。ようやく私の出番が回ってくるみたいだし」

 3人の間に合意が成立する。

 超大型艦はよろしくとあけぼのに言いながら、はぐろは最大速力で曙を連れて前進していく。

 あけぼのはため息をついた。

「まったく、あの馬鹿は。あたし達は1発でも被弾したらお終いって事忘れたのかしら?」

 そう言いながらあけぼのは対艦ミサイルに入力される攻撃目標の諸元を確認する。

「残り全部持っていきなさい! 大サービスよ!!」

 あけぼのが対艦ミサイルのバーゲンセールを始めた。SSM-1Bを等間隔に次々と発射する。狙う目標は巨体の深海棲艦だ。

 周囲の深海棲艦は懸命に撃ち落とそうとする。だが、亜音速で飛翔する対艦ミサイルの撃墜など、彼らの能力ではまぐれ当たりを期待するしかない。

 さらに先程の対艦ミサイルの攻撃で、深海棲艦の陣形は綻びが生じている。落とせるはずがなかった。1発、また1発と命中するたびに巨体の深海棲艦が悲鳴を上げる。

 どうやっても撃ち落とせない。

 深海棲艦が焦る所へ曙とはぐろが突入してくると、周りの深海棲艦は混乱状態に陥った。

 それでも巨体の深海棲艦に突撃していく2人の進路を塞がんと駆逐艦ロ級が出てくる。

「邪魔よ!」

 しかし曙の砲撃がロ級に命中し、山犬のような印象の深海棲艦はあえなく沈み、曙とはぐろは先を進む。

 そこへ待ち構えていたのは重巡ネ級だ。二人の接近に気づいたネ級がはぐろ達の前に立ちはだかる。

「撃てっ!」

 ほぼ同時にはぐろと曙が砲撃した。

 戦艦ほどではないがそれなりに分厚い装甲を持つネ級だ。小口径の砲弾が1発や2発当たったところで倒せる相手ではない。2人がかりで仕留めようとする。だがネ級に駆逐艦ニ級とホ級が加わり、戦力的には互角になる。

 一方、駆逐艦を数体率いた重雷装巡洋艦チ級が対艦ミサイル攻撃を行うあけぼのの攻撃に向かった。これ以上、対艦ミサイルを発射させるわけにはいかないと思ったのだろう。だがもう遅い。既にあけぼのから対艦ミサイルは全弾発射された後だった。

 あけぼのから発射された対艦ミサイルを4連続で喰らった巨体の深海棲艦が絶叫する。

『グアアアァァァァァァァァァッッッ……………!!』

「さすがにこんだけ喰らえば、もう無理でしょ」

 あけぼのが勝ち誇ったように言った。

 はぐろから1発、あけぼのから4発、合計5発の対艦ミサイルを被弾した巨体の深海棲艦は、体中のあちこちで火災が起きていた。

 誰が見ても、あと少しで沈むレベルの被害だ。深海棲艦は艦隊の頭をやられ、動揺している。ネ級は絶叫する旗艦を振り返った所を、はぐろに撃たれて海面に伏した。曙がニ級を沈め、不利になったホ級が背中を見せて後退する。はぐろ達が勝利を確信したときだった。

『アアアアアアアアアァァァァッッッ!!!!!!』

 巨体の深海棲艦が髪を振り乱し、裂けんばかりに口を開けて咆哮する。ビリビリと空気が震えた。思わずはぐろの足が止まった。

「嘘でしょ…」

 巨体の深海棲艦は沈まなかった。さらに巨体の深海棲艦の中から新たな深海棲艦が出現する。駆逐艦ニ級、軽巡洋艦ツ級、重巡洋艦リ級が巨体の深海棲艦を護るように陣形を構築する。

「まだ出てくるっていうの…」

 はぐろが苦々しい顔で呟いた。これ以上敵が増えれば不利なのははぐろ達だ。だが敵を増やさないためには巨体の深海棲艦を沈めなければならない。

 しかし巨体の深海棲艦は既に必殺の対艦ミサイルを合計5発喰らい、所々が炎上していてもう死に体だ。なのに、何故沈まないのか。

 再びはぐろの視線と巨体の深海棲艦の赤い目が交わった。今度は吸い込まれるような感覚は何もない。だがギラギラ光る眼光に、はぐろは気圧された。

『私ハ…私ハァ…! 皆ヲ連レテ、帰ル………! 邪魔、スルナァァッ!!!!』

 ぞっとする声で憐憫を誘う言葉を深海棲艦は吠える。

 はぐろには痛いほど彼女の気持ちが理解(わか)る。船が母港に帰れなかったことが、艦魂にとってどんな事なのか。

 だから、リ級が発砲するまではぐろは自分が狙われている事に気づかなかった。

 砲弾が飛んできているのをレーダーが察知し、弾道を計算して直撃すると判断したシステムが警報を発する。

「えっ? しまっ…」

 はぐろがそれに気づいたのは、もう避けられない

 目に砲弾が飛び込んでくる。しかし、意識の間隙を突かれたはぐろは動けなかった。当たれば痛いだろうな、と呑気に思いながら、はぐろは横からぶつかってきた物に突き飛ばされた。しかしそのおかげで、はぐろは砲弾に当たらなかった。

 誰が助けてくれたのか。はぐろがよく見れば、それは髪をサイドテールに結んだ艦娘だった。

 曙は起き上がると海面に倒れたままのはぐろを引っ張り起こす。

「全く、世話が焼ける…。しっかりしなさいよ!」

「ごめん…」

 今のは完全にはぐろの落ち度だ。立ち上がるとMk45でネ級に撃ち返す。

「はぐろ、大丈夫!?」

 チ級を撃退したあけぼのが、76mm単装速射砲を撃って他の深海棲艦を牽制しながら、はぐろ達の所に合流した。

 対艦ミサイルが在庫切れの今、あけぼのも砲撃戦をするしかなくなった。

「あれだけ対艦ミサイルを喰らってまだ浮かんでいられるなんて、とんだ化け物ね…。ま、ああいうのと戦うのは自衛隊(あたしたち)らしいといえばらしいけど」

 あけぼのは巨体の深海棲艦を睥睨して言う。

艦対艦ミサイル(SSM)は、はぐろの1発だけね」

「あたしはまだ魚雷があるわよ。主砲の弾薬もね」

 3人はそれぞれの対艦兵装を確認し、深海棲艦の群れを睨む。今は向こうも戦闘中の息継ぎなのか、攻撃してこない。

 深海棲艦の顔ぶれは少し変わったが、数にさほど変わりはない。しかし旗艦である巨体の深海棲艦はあとはぐろ達は一切面子は変わっていないが、対艦ミサイルをほとんど消費してしまった。

 険しい顔ではぐろは言う。

「このまま全員で砲撃戦を挑んでも、でかいのを沈められないんじゃ、私達が沈められるのがオチかもね。何か作戦を考えないと…」

 はぐろはバイザーのスクリーンに映し出される残弾やシステムの作動状態を眺めながら呟いた。

 様々な情報が表示されるバイザー。その向こうに、真っ黒な島がどっしりと構えていた。

 どう攻略したものかとはぐろは汗を流しながら考えた。

 

 

 

 




さて、ピンチです。対艦ミサイル残り1発です。一番ピンチなのははぐろ達ですが、その次に天倉提督がヤバそうです。
あと曙が慣れない言葉話そうとして噛んでしまい、赤面してるところを想像すると俺の心がちょっとピンチです。恥ずかしがるぼのたん可愛いと思います。
正直に言って、曙は艦これやり始めた時は苦手だったんですけどね。陽炎抜錨読んでたら、いつの間にか希少なツンキャラだなぁと思うようになりました。
さて、いよいよ次で今度こそ曙編もラストです。

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