艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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2016年2月29日の投稿はこの話から始まっています。ボリュームたっぷりなので、ごゆっくりお楽しみください。








あの時懐いた想いは、今もこの胸の内に

 ―――――行きたかったな…。あいつと一緒に行きたかったな…。

 ―――――……そなた、それほどまでに行きたいか?

 ―――――ッ、誰!?

 ―――――長きに渡り、世界を越えて通じるほどの想い、放置しておくと何があるかわからぬ。

 ―――――何? 何の話よ?

 ―――――簡単な話だ。…その願い、しばしの間だけ叶えてやろう。今回限り、特別にな。

 

 

 ◇◇

 

 

 2024年10月某日。

 海上自衛隊横須賀基地は多数の護衛艦が停泊して賑わっていた。ここに集まったのは、近日行われる観艦式に参加する護衛艦達だ。もちろん最新鋭のイージス護衛艦としてはぐろも参加する予定だ。

「かがさーん」

「はい、何でしょうか」

 はぐろの呼びかけに、第2護衛隊群第2護衛隊に所属する、いずも型ヘリ搭載護衛艦の2番艦かがが返事した。彼女も今回の観艦式に参加するため佐世保からやって来た護衛艦の1隻だ。

「かがさんって大きいですよね」

「はい?」

 かがは不思議そうに聞き返した。もう少し

「えっと。かがさん達ってとっても大きいのに、アメリカの強襲揚陸艦みたいに航空機とか載せないのかなって、思いまして」

 半年前に上陸作戦を想定した日米豪合同の軍事演習に、はぐろはヘリ空母ひゅうがや輸送艦おおすみと共に参加した。その時はぐろはアメリカ海軍のワスプ級強襲揚陸艦イオー・ジマからF-35B戦闘機が飛んでいくのを目撃して思ったのだ。どうして同じぐらいの大きさのかが達は戦闘機を載せないのかと。

 いずも型護衛艦は海自で最大級の護衛艦だ。排水量ではとても及ばないが、いずも型の全長はワスプ級に匹敵する。また、いずも型は改修すればヘリだけでなくV/STOL機も運用可能だとも言われている。実際、いずも型護衛艦と同規模でV/STOL機を運用する軽空母も存在する。

 はぐろから順序だてて詳しく話を聞いたかがは納得した様子で頷いた。

「あぁ、そういうことですか。まぁ理論的には可能らしいですね。ただ現実的には課題がとても多いらしいんですよ」

「課題ですか?」

 きょとんとはぐろは聞き返す。

「えぇ。技術的な問題と艦上戦闘機の取得にパイロットの育成、かが()の改修、それらを実現するための大量の予算と実用化までの長い時間が必要らしいです。そして、それだけのコストを支払って得られる物が良いものであるかどうからしいです」

「なるほど。費用対効果でやっても得られるものがそんなに大きくないって判断されたからかがさん達は戦闘機を載せないんですね」

 ちなみにこれは休憩時間などに、かがの乗員達の間でたまに話題になる雑談の受け売りだったりする。そんな事は知らないはぐろは感心した様子で頻りに頷く。

 しかしはぐろはもう1つ聞いてみたい事があった。

「でもかがさんの先代って空母だったんですよね? 戦闘機とかを載せてみたいって思った事はないんですか?」

 かがの先代は、太平洋戦争開戦時に第一航空艦隊に名を連ね、真珠湾攻撃に参加しミッドウェーで沈むまで日本海軍の勝利に貢献した空母加賀だ。太平洋戦争前にも中国に出征し、艦載機が戦果を挙げている。その名を受け継いだかがは、戦闘機に興味はないのかとはぐろは思ったのだ。

「いえ、私は哨戒ヘリだけで十分ですよ…」

 急にかがの声のトーンが落ち込んだ。様子が変わった事を訝しげに思ったはぐろが声をかける。

「かがさん…?」

「もし有事となって、出撃した彼らが帰って来なかったらと考えると、私はきっと耐えられません…。先代達はどう思っていたのか…」

 哨戒ヘリを常時搭載しないはぐろにとって、哨戒ヘリは客という感じが強い。同じ組織に所属する仲間であることは間違いないのだが、どうにも少し敷居を感じてしまう。しかし、哨戒ヘリこそが主兵装であるDDHのかがにとっては、彼らは大切な身内だ。対潜哨戒のため、訓練飛行のため艦を離れ、そして戻ってくる哨戒ヘリを見るたびにホッとするのだ。今回も無事帰ってきてくれたと。

 艦内で殉職したならともかく、空で死なれたら看取る事さえできない。哨戒ヘリがトラブルを起こして墜落してしまわないか心配でたまらない。

「哨戒ヘリでさえそんな感じなんです。ですから有事となれば最前線で戦うことになる戦闘機を載せたいと思うことはありませんね…」

 物憂げにかがは言った。

 かががそんな事を考えていると知って、はぐろは意外だった。

 かがの気分を沈ませてしまってなんだか申し訳なくなり、何か別の話題はないかと考えたはぐろは笑顔で質問する。

「かがさん。旧軍の空母の話、聞かせてくださいよ」

「え?」

「お願いします。私、空母がどんな活躍したのか、艦載機運用がどんなものかあまり聞いてないんです」

 はぐろは笑顔でお願いする。ヘリ甲板や給油機能はあるがこんごう型は格納庫を持たないため、艦載機については何も話してはくれなかった。あたご型の姉達も艦載ヘリを常備しないためか、特に話してくれなかった。

 しかし、前回の演習と今回かがの話を聞いてなんだか興味が湧いてきた。

「ふふ、わかりました。では、私も伝え聞いた話ですが、まず鳳翔の話からしましょうか」

 観艦式が間近に迫り、自衛官達は準備に勤しむ中、2隻の艦魂達は楽しそうに会話するのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 ミッドウェー諸島では朝を迎えた頃、日本では深夜二時を過ぎていた。

 草木も眠る丑三つ時にも関わらず、横須賀鎮守府は騒然としていた。

 ミッドウェー海域にて米艦隊が大規模な深海棲艦の艦隊に襲撃されていると加賀から連絡があったためだ。

 合流する前にこんなことになるとは予想外で、夜間待機組から艦隊を編制し、高雄を旗艦とした救援艦隊が今しがた出撃した。とはいえ横須賀にいる艦娘が緊急用の門を使っても、現場のミッドウェーに着くまで4時間以上はかかる。

 赤城達や大湊の艦娘が同乗し、午後から米艦隊の護衛に就く予定だった海上防衛軍の第一駆逐戦隊、第七駆逐戦隊もミッドウェーに急行中だが、こちらも間に合わないだろう。

 もはや第1護衛艦隊と偵察艦隊の艦娘を信じるしかないのだが、敵の数は味方の数倍だと言う。

 焦りと不安、苛立ちに包まれた横須賀鎮守府。それらから隔離された祈りの間に六花はいた。

「ふぅ…。やはりこうなりましたか」

 一ヶ月前からいつこうなるのか、六花は不安だった。だがそれが神の思し召しなら、巫女である六花に逆らう余地などない。

 一ヶ月前は何のために隠すのかはわからなかった。しかし、今日の昼に太陽神よりお告げがあった。何故隠さなければならなかったのか理由も教えられた。

 その理由は六花を大いに驚かせたのだが、それ故に内容を誰にも話せない。少なくとも、今はまだ…。

「……皆様は御無事でしょうか」

 遥かな海で戦う艦娘達に思いを馳せ、六花は心配そうに呟いた。大丈夫だ。きっと大丈夫だ。

 太陽神の恩恵を受けた彼女達が沈むはずがない。何より、太陽神はもう1つお告げをしていた。

「ミッドウェーに夜明けが行く」と。

 六花にはこの言葉がどういうことを指すのかはわからないが、夜明けは吉兆だ。だから、きっと大丈夫だ。そう言い聞かせた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 ミッドウェー海域。かつて太平洋戦争の趨勢を傾けた場所で、艦娘達は再び激戦を繰り広げていた。砲声があちらこちらで鳴り響く。

「くっ、敵が多すぎデース!」

 金剛が砲撃しながら文句を言った。砲弾が命中し、黒煙を上げてタ級が揺らぐ。金剛に向かって飛んでくる16inch砲弾も減少した。見る限りでは中破程度の損害を与えている。しかし金剛はタ級を放って、まだ手傷を負っていないル級eliteに突撃した。代わって手負いのタ級に神通が接近し、魚雷を発射する。海中から忍び寄った影がタ級と1つになる。大きな水柱が立った。水柱の中に消えたタ級は、体勢をグラリと傾け、沈んでいった。

 神通は戦艦を倒した事に喜ぶ間もなく、今度は駆逐艦イ級elite後期型との戦闘に忙殺される。

「まだまだっ…これからです!」

 荒い息を吐きながら、神通は気合を入れる。

 複数の敵艦隊と連続して会敵することはあるものの、これだけ多数の深海棲艦と同時に戦うのは、そうそうあるものではない。

 米艦隊との交戦で駆逐艦級が数隻撃沈されたとは言え、艦娘と米艦を合わせてもまだ深海棲艦の方が数がやや多い。

 さらに問題は、背後の米艦隊を気にしなければならない事だ。米空母ミッドウェイや輸送艦などの非戦闘艦、特に損傷のない艦は既に戦闘海域から離脱している。しかし重巡洋艦デモインなど被弾の影響により本来の速力が出せず、ミッドウェイの安全を考え、足手まといにならないように本隊から離脱した艦がこの場に残って加賀達と共に戦っている。

 曙を除いた7駆を護衛に付けているが、これらを庇いながら戦うのは大変だ。

 なので金剛と妙高、神通は積極的に前に出て、敵の攻撃を引き付ける事にした。そのため3人の艦娘はボロボロだった。何倍もの敵から砲火を浴び、破片を受け、艤装も衣服も破損が目立つ。

 加賀と瑞鶴は少し後ろに下がって艦載機を飛ばし、前に出ている金剛と妙高、神通を可能な限り支援する。

 しかし敵空母から飛んできた深海棲艦の航空隊も相手にしなければならず、日本海軍の空母の中でも指折りの搭載数と練度を誇る彼女達でも大変な事だった。

「あー、もう! きりがないわね、こいつら!」

 うがー! と瑞鶴は深海棲艦に吠えるが、それで奴らが倒せるなら苦労はしない。

「文句を言っている暇があるなら、1機でも多く撃ち落とし、1体でも多く沈めなさい」

「わかってるわよ!」

 加賀と瑞鶴が言い合っていると爆音が聞こえた。2人が上空を見上げると、敵空母への攻撃から戻ってきた瑞鶴所属の流星改の編隊だった。相当激しい迎撃にあったのか、黒煙を吐いている機体が幾つもいる。

 瑞鶴は辺りを見回した。敵の攻撃機はいない。今なら艦載機の収容も可能と判断して叫ぶ。

「戦闘機隊、上空援護!」

 着艦中は空母は回避行動ができない。瑞鶴の叫びに応じ、烈風1個小隊が艦爆を警戒し高空に、1個小隊が雷撃機を警戒し低空に回った。それを確認した瑞鶴は飛行甲板を水平に展開する。

 1機の流星改が着艦コースに入った。次々と瑞鶴の飛行甲板に流星改が降り立つ。

 流星改は光を放って矢に戻るが、矢羽はボロボロで一文字の矢竹には亀裂が入っていた。これでは到底次の攻撃には使用できそうにない。帰って来た艦載機の有様に、辛そうに瑞鶴は表情を歪めた。だがすぐに頭を切り替えて矢筒に戻し、まだ使えそうな矢を取り出す。

「加賀さん、そっちの稼働機数はあとどれくらい?」

「半数を切りました。そちらは?」

 いつもより6割増しの無表情で加賀が瑞鶴に聞き返した。

「あと3割くらい…。流石にちょっと…」

 敵空母の艦載機も手強く、攻撃に出す度に喰われる機体は増加する。

 しかもまだ空母ヲ級が1隻か2隻、軽空母ヌ級も少しだけいそうだ。

 巨体の深海棲艦が消えたため、深海棲艦が増えなくなったのは幸いと言うべきか。加賀達に沈められ、だんだん数は減っている。

 あと少しで制空権は完全に得られる。加賀と瑞鶴の艦載機の大半と引き換えに。

 これが終わったら、また艦載機の練度向上かと少し憂鬱になりながら、瑞鶴は新たな矢を放った。

 ル級eliteとの壮絶な砲撃戦を繰り広げ、なんとか沈める事ができた金剛は額の汗を拭った。

「ふぅ…これで戦艦はあと2体…」

「金剛さん! 後ろです!」

 ル級を一体片付けた金剛を、背後からネ級が狙っていた。妙高が警告するが間に合わず、金剛は被弾する。

「大丈夫ですか!?」

 妙高が20.3cm(2号)連装砲をネ級に撃って牽制しながら聞いた。

大丈夫(No problem)ネ!」

 被弾してもなお士気が高い金剛の主砲が火を噴く。だが、4基ある金剛の大口径連装砲のうち、過半が沈黙を強いられていた。

撃て(Fire)っ!」

 生き残っている35.6cm連装砲から大口径弾が轟音と共に発射される。

 ネ級は回避するが、回避した所に妙高の砲撃が殺到する。203mmの砲弾が数発直撃し、ネ級は火炎と黒煙に包まれた。

「妙高、Good job!」

 親指を立てて称賛する金剛に、妙高は微笑みを返す。

 大きな砲撃音が響いた。

 金剛と妙高は咄嗟にその場から移動する。今まで二人が立っていた場所に水柱が立った。ル級が向かってきていた。

 ル級の主砲に捕捉されないようジグザグに動きながら2人は会話する。

「敵はあと何体デース…?」

「あと、15体くらいでしょうか…」

 金剛も妙高も疲労を隠し切れない。弾薬も残りは少ない。それでも戦って航路(みち)を切り開くしかない。金剛と妙高は疲れが溜まった体に鞭打って、尚も戦い続ける。

 神通はイ級eliteを撃沈した後、数体の軽巡洋艦を相手取っていた。数の不利から容易に崩せず、手間取っている間に脇を小規模の水雷戦隊が抜けていった。

 敵水雷戦隊は、そのまま米重巡洋艦デモインのいる方へ全速力で向かっていく。

「潮さん、そちらに何体か向かいました! 迎撃を、くっ…」

 前衛が抑えきれなかった深海棲艦が、手負いの米艦に襲い掛かった。軽巡ト級を先頭に、駆逐艦級などが軽快な動きで突撃する。

「主砲、撃ちます! えーい!」

 残存している米艦隊の護衛に就いていた潮が砲撃する。敵水雷戦隊を米艦隊に雷撃させる距離まで近づけるわけにはいかない。

「くぅっ、次から次へときつすぎ…!」

「それでもやるしか道はないのね!」

 潮に続いて朧と漣も砲撃を開始する。敵水雷戦隊も応戦して、反撃の火蓋を切る。

 敵味方が入り乱れる乱戦になる。花火会場のように煙と炸裂音で埋め尽くされる。

 ト級から魚雷が発射された。直後に漣の砲撃でト級は沈むが、既に発射された魚雷は、デモインへと真っ直ぐに突き進んでいく。

「しまっ…」

 朧が目を見開いた。

「回避してください!」

 潮が叫ぶ。だがその(おもい)は届かず、デモインの艦影が2本の水柱に隠れた。火薬が炸裂する音が戦場に響く。

 デモインが魚雷が命中した左舷側に大きく傾斜した。速力がさらに低下する。黒煙に包まれて状況がよくわからない。だが、潮達はデモインの命運は尽きたことを知る。暫く惰性で航行していたデモインが、その場に止まったからだ。

 苦々しい表情で駆逐艦達は、鉄の城が陥落するのを見ていた。

「…行くよ、二人とも」

 朧が促す。まだ戦いは終わっていない。

「ごめんなさい…」

 潮が苦し気に謝った。自分たちの力不足で命を失った、見知らぬ異国の将兵達に。

「潮、落ち込んでいる暇などないです! まだ敵はいるんですから!」

 漣が潮を励ます。潮は表情を引き締めると、コクりと頷いた。そして、新たな敵に向かっていく。

「…1隻やられましたか」

 米艦隊の方を見て、加賀が呟いた。

 例え他国の政治に利用されているのだとしても、人間が死ぬ事は悲しい事だ。だが戦場では悲しむ時間すら惜しまれる。

「敵空母はヲ級があと一体だけですが…」

 加賀と瑞鶴の活躍で、敵空母部隊は一体のヲ級を残して全滅した。しかしここまでの戦闘で米艦隊も艦娘もかなりの損害を負っている。加賀も艦載機の大半を失ってしまった。深海棲艦の数は減ったとはいえ、気を緩める事はできそうにない。

 しかし加賀は1つ気になる事があった。

 大量の深海棲艦を置き土産に、霧に包まれて文字通り消えた、あの巨体の深海棲艦だ。あれは今までの鬼級や姫級の深海棲艦とも感触が違うように感じた。

 目下の問題は眼前の深海棲艦艦隊だが、あの巨体の深海棲艦を放置していれば、後々脅威になるだろう。

 しかし、残存する唯一の敵空母から発艦した敵攻撃機が襲来し、加賀の思考は一時中断された。戦闘はまだ終わらない。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 その名前を知っている人物は、横須賀鎮守府では天倉江李提督、航空母艦加賀、高速戦艦金剛、軽巡洋艦大淀と夕張、工作艦明石、巫女の六花、以上7名だけだと思っていた。そう思っていたからこそ、衝撃の度合いは大きかった。

 震える声で、はぐろは問いただす。

「なんで…その名前を知って…?」

「質問してるのはあたしなんだけど?」

 つっけんどんに曙は言い返す。しかし、はぐろは思考停止寸前で微動だにしていない。

 曙はため息を吐いた。予想以上に警戒されてしまった。これでは話にならない。仕方なく曙は自分がその名前を知った経緯を話す。

「忘れたの? あんたがあたし達に最初に名乗った名前よ」

 若干敵意の混じった視線を向けながら、曙は若干呆れた声で言った。

 そう言われてはぐろは、初めて加賀に所属を聞かれた時、自分の所属と艦名を言った事を思い出す。

 納得したはぐろは、体の緊張が冷や汗と共に急速に溶けていくのを感じながら曙に聞く。

「そ、それで? 何を聞きたいの?」

 はぐろは敢えて否定しなかった。その名前を知っている以上、下手な誤魔化しは意味がないと思ったからだ。

 自分の所にわざわざ残った理由が、ただそれを確認するだけとは思えない。何を言われるのか少し怖い、と、思いながらはぐろは聞いた。

「そうね。あたしが欲しいのは納得。……あんたが偽名を名乗って横須賀にいる理由を知りたい。それだけよ」

 曙にとって、特殊兵装実験艦平沼、いやあたご型ミサイル護衛艦はぐろは得体の知れない存在だった。

 なんだそんなことかとはぐろがホッと息を吐く。場合によっては機密漏洩になるが、そもそも機密の事を知っているのに隠し続ける意味はない。隠すことで疑惑を深めるより、正直に話して晴らす方がいいだろう。

「その、えっと。私が偽名を名乗ってる理由は、天倉司令の温情よ。私が装備してるものは、この時代に存在しないものばかり。だから下手に公にできなかったの」

「は?」

 訳がわからない様子の曙に、はぐろはもう少しわかりやすく説明しようとする。

「えっと。私は、この時代から60年先の未来で造られた戦闘艦の艦魂なの。つまり、えっと…」

「は? 60年先? 未来?」

「うん、そう。60年先の未来から」

 はぐろは曙に伝えたい部分を繰り返し言う。

「じゃああんたの装備って…」

「うん。未来のものだよ」

「…はぁ~~~~……」

 曙は頭を抱えて長々と重いため息を吐いた。

「ど、どうしたの?」

「聞いたことを今、すっごく後悔してる…」

 濃いブラックコーヒーを数杯分一気に飲み干したような渋い表情で曙が言った。何か隠しているのだろうな、という事を予想するのは簡単だったが、まさか未来だとは予想できなかった。いや、確かに物凄い装備の背景に未来技術という理由が加われば納得もできるが、頭痛がしそうだった。

「…納得してくれた?」

「…一応納得してあげる。で? なんであんたはわざわざ未来から来てここにいる訳?」

「それは…わかんないというか…?」

「はぁ?」

 眉間に皺を寄せた曙が聞き返す。

「なんかその…気づいたらこの世界にいたというか…」

「ごめん意味わかんない」

 ですよねー…、とはぐろが苦笑いすると、曙はしかめっ面になる。誤魔化しているのか、それとも本当に詳しく聞くと更なる頭痛に襲われそうで、迷う。

 その時だった。はぐろのレーダースクリーンにまた異常が発生する。数秒間探知不能エリアが出現したかと思えば、一番大きな反応をしていた深海棲艦と共に消えたのだ。

「えっ、嘘…。消えた?」

 はぐろはレーダーを微調整して、超大型艦の反応を発見しようとするが探知できない。現在も哨戒飛行中のSH-60Kとも連携して探すが、どこにも見当たらない。

「どうしたのよ?」

「今まで探知してた大きい反応が突然消えた…」

「何よ、沈んだの?」

 普通ならば、沈んだ以外の意味はない。だが、はぐろはそう思えなかった。直感だが、あれだけバカでかい反応が対艦ミサイル1発被弾しただけで沈むはずがないと思うのだ。

「わかんない。大きい反応が出現した時もいきなりだったし、それに」

 そこまで言って、はぐろは不穏な気配を感じた。曙も同じだった。レーダーが走査できない海域が2人がそちらを振り返ると、そこでは黒い霧が漂い、霧の中から大きな黒い艦艇が現れた。

 巨大な体全てが霧から出ると、黒い霧は吸収されるかのように消えるが、対艦ミサイルが被弾したところからは黒煙が上がっている。

「何よ、あれ…。い、いくらなんでも大きすぎでしょ!」

 曙が戦慄している。間違いなく鬼か姫級の深海棲艦なのだが、だとしても大きすぎる。

 おどろおどろしい声で巨体の深海棲艦は言葉を紡ぐ。

『ド……コォ…? ワタシ……達ノ…帰、ル…場、所…ハ………』

 深海棲艦の言葉は途切れ途切れだが、言葉の一つ一つが全身に絡み付いてくるようだ。

「うっ…」

 急に頭に鈍痛を覚えたはぐろは、呻き声をあげてふらついた。

(なんで急に…)

 はぐろはこめかみに手を当ててしかめる。そして深海棲艦に目を向けた。

 ふと、はぐろは巨体の深海棲艦と目が合ったような気がした。こめかみに手を当てた体勢で、はぐろは硬直する。

「どうすんの、あれ…」

 流石の曙も彼我の大きさが違い過ぎるため、躊躇いが生じる。だがはぐろの返事はない。

「ちょっと、聞いてんの?」

 はぐろの不審な様子に気付いた曙が声をかけた。それでも返事はない。

 苛立ちながらはぐろの顔を見て、曙は一瞬思考停止するほど驚いた。

「…え? えっ?! どうしたのよ、あんたその目!?」

 曙の叫びにはぐろは答えなかった。

 はぐろの眼が真っ赤だった。瞳も白目も区別なく、血のような色だった。

 

 

 ◇◇

 

 

 赤い瞳に吸い込まれるかのように、はぐろの目の前が赤く染まった。風の音が、波の音が一切聞こえなくなる。(しお)の匂いが掻き消える。

 一瞬意識が遠のいた後、はぐろの耳に風や波の音が戻ってくる。しかし潮の匂いだけは何処かへ逃げたままだった。気が付けばはぐろは見知らぬ船の上にいた。

「えっ…?」

 前後の流れが掴めず、はぐろは立ち尽くした。目の前に広がっているのは、全通甲板式の甲板だ。円柱状の艦橋らしき構造物や煙突以外特に何もない甲板の左右両端には、ズラリと並んだ男たちが、緊張したような待ち望むような表情で空を見上げていた。乗員らしき男達の着ている服は、海上自衛隊はもとより海上保安庁のどの制服とも異なるデザインをしている。その中に曙の姿はない。

 曙はどこだ? はぐろがそう思っていると、はぐろがいる所とは向かい側の、艦橋がある方に並ぶ男達に交じって黒髪を蓄えた女性の姿が見えた。女性も男達と同じく空を見上げている。

 ひょっとして艦魂だろうか。見た目は長い黒髪を後ろに垂らし、穏和そうな雰囲気の成人女性だ。だが、はぐろにはその艦魂に見覚えがなかった。

 そもそも全通甲板の自衛艦などヘリ搭載護衛艦か輸送艦しかいないのに、艦橋が円柱状になっているのは誰一人としていない。

「あのー! 貴女は、どちら様ですか?」

 はぐろは声を掛けるが、何も反応がない。無視されている? それとも聞こえていないのだろうか。

 もう一度声を掛けようとしたはぐろの耳に、爆音が届いた。見上げれば航空機が近づいてきている。だがその航空機ははぐろが初めて見るものだった。主翼が胴体を挟むように二枚重ねられ、機首にプロペラが付いている。

 プロペラ機は何度か艦の上をゆっくりと通り過ぎていく。3回目か4回目か。機械の羽根が空気を叩く音とともに再び接近してきたプロペラ機は、今までより低く飛んできた。低く、さらに低く。

(まさか、着艦する気…!?)

 目を見張るはぐろの前で、航空機の脚が飛行甲板と接触した。着艦フックが制動索を捉える。急激に速度が落ち、航空機は無事飛行甲板に脚を着ける。しかし、また航空機は飛び立っていく。何度か発着艦を繰り返してようやく満足したのか、人工の鳥は海上の巣に翼を落ち着けた。

 エンジンが止まり、プロペラもだんだん勢いを失って止まった。その航空機に男達が群がる。操縦席から出てきたパイロットは、群がった日本人の男たちから熱い歓迎を受けた。騒ぎから少し離れた場所で、艦魂も拍手を送っている。

 誰もが喜ぶ中、はぐろだけが流れについていけなかった。何故プロペラ機が着艦しただけでこんなに喜んでいるのか。ミサイルが運用できそうにないプロペラ機なのに。

 海自、海保とは違う制服を着た日本人、ジェット機ではないプロペラ機、存在する筈のない空母らしき全通甲板式の日本の船、この事からはぐろは1つの答えを導きだした。

(まさか…。これって、太平洋戦争より前の風景……!?)

 直後、風景に突然古いテレビのように砂嵐が走って、ザザッと雑音がはぐろの耳に入り込んでくる。

 砂嵐はたった数秒で終わった。色を取り戻し、また波や風の音が戻ってくる。

「えっ、これって……?」

 はぐろは戸惑いの声を上げた。

 風景が平穏を取り戻すと、はぐろは島の上に立っていた。

 いや、島ではない。はぐろがよくよく観察すると、空母が島であるかのように偽装されているだけだ。その証拠に先程見た艦魂がいる。しかし航空機が着艦したのを喜んでいた明るさは消え失せ、表情は陰が見えるほどとても暗い。

 何かあったのだろうか。はぐろが考えていると、突然上から爆音が響き、足元を影が通りすぎた。何かと思い空を見上げると、翼に描かれた星が見える距離を航空機が飛んでいく。

 遠ざかる機影を見送っていると、ヒュルルルル、と花火が打ち上げられる音が近づいてくる。すぐ近くで重たい物が水中に飛び込む音がした。はぐろがそちらを向くと、水柱が崩れ、巻き上げられた水柱の中から船が現れた。

 目を丸くするはぐろの前から、一難を逃れた船は全速力で逃げていく。

 他にも爆発音が聞こえていた。航空機の羽ばたく音も聞こえる。色んなところから黒煙が朦々と上がっている。

 それを見て何が起こっているのか、はぐろはようやくわかった。

 空襲だ。太平洋戦争末期の頃だとはぐろは直感した。先程見た艦上爆撃機の他にも、アメリカの航空機が乱舞している。

 空襲を受ける様子を、艦魂は静かに涙を流していた。

 ズキンとはぐろの中の何かが悲鳴をあげた。

 また風景が砂嵐の中に呑み込まれた。波の音も風の音も消え、不快な雑音で占められる。

 今度は、人々がすし詰めになっている光景。屋根があるが、視界は一定の間隔で揺れている事から船の中、恐らく先程見た空母の格納庫だろう。今度は航海に出ているようだ。しかし、ここにいる人々はまるで夜逃げでもしてきたかのようにみすぼらしい。中には軍人のような男も見えるが、子供を抱いた女性の姿も見える。どちらかといえば、災難に遭った民間人をどこかへ運んでいるように見える。

 ここまで来れば、はぐろも状況が読めてくる。これは艦魂の記憶だ。何故他人の記憶を見られるのか、何故見ているのか、はぐろには全く理解できないが。

 しかし何故空母が輸送艦の真似事をしているのだろうか。いや、もしもこの光景が終戦直後のことなら、そんな出来事があったはず。戦争が終わって、海外にいる日本人が大勢日本に引き揚げてくる。これに太平洋戦争を生き延びていた大日本帝国海軍の艦船の一部が従事したのだ。その中に空母もいる。

(確かその空母の名前は葛城と――…)

 そこまではぐろの思考が及んだ時、爆発音が響き渡り、船が衝撃で激しく振動した。悲鳴があちらこちらで上がる。

 その後も振動は収まらない。どこからか水が流れ込む音が聞こえる。人々は恐怖や絶望に顔をくしゃくしゃに歪める。恐慌状態になった人々は泣き喚き、口々に叫ぶ。

 帰りたい、帰りたいよ、帰らせて、帰りたい、帰りたい、帰らせてくれ、帰りたい、帰りたい、帰りたい!!!!!

『ごめんなさい…。連れて帰れなくて、ごめんなさい…』

 声が聞こえた。無力感に打ちひしがれ、涙に濡れた女性の声が。

 何があったか理解できないうちに、はぐろの視界は真っ暗になった。プツン、と音の電源が落ちたかのように何も聞こえなくなる。

「い、今のは…?」

 立て続けに見た3つの光景。どれもはぐろの記憶にないものばかりだ。

 また別の光景を見ることになるのか、と思っていると昏い声が聞こえた。

『帰ル……。帰、ル…。アノ場所ヘ………ワタ…シ達ノ、帰ル、場所ヘ……』

「うっ……あぁっ!!?」

 頭痛が激しさを増した。堪えきれずはぐろは踞る。

「やめ、て……。やめて……!」

 はぐろは懇願するが、暗闇から響く誰かの声は止まらない。ひたすらに帰ると唱え続け、なんとしてでも帰るという執念を感じさせた。

『連レテ………帰ラナケレバ…。私…ハ…戻ル……。帰ル……。帰、ルンダ…』

 思わずはぐろは耳を塞いだ。だが耳を塞いでも、深海棲艦の声は直接頭の中に響いてくる。頭痛と共鳴しあって、痛みが倍増していくように感じた。

「ぐぅ…」

 (くら)い声がはぐろの頭の中をかき回す。苦しそうに顔を歪ませた。

 これ以上聞いてはいけない。この場に留まってはいけない。この暗闇の中から出なければならない。そう思うのに、頭が痛くてはぐろは動くこともできない。

「――、―――!」

 突然誰かに腕を掴まれた。誰かが近いような遠い場所で叫んでいる。その声に引っ張られるようにはぐろの意識は急速に闇から遠ざかった。

 不意に光が目の前に広がった。朝日が昇った海は、太陽の光を反射して眩しい。どうやらここは

 潮の匂いが戻って来る。海風の冷たさが汗と共に熱を奪っていく。

 頭痛は大分弱まったが、収まった訳ではない。吐き気もする。

「はぁっはぁっ…、ふぅ……」

 何がなんだかわからない。しかし、理解できたことがある。先程見た風景は、間違いなく太平洋戦争を経験したとある艦魂の記憶だ。そしてあの艦魂が誰なのか、はぐろは既に予想が付いている。

 だが、わからない部分がある。はぐろが聞いた彼女の最期と、今見た記憶は全く異なる。それに彼女の記憶だったとしても、どうしてそんなものをはぐろは見れたのか。

「……ょっと、ねぇ!」

 怒鳴り声が耳元で響き、ハッとなってはぐろが横を見ると、心配そうな顔の曙がいた。

「どうしたのよ? 大丈夫なの?」

「えっ……何が?」

 自分で聞いておいて馬鹿げた質問だと思った。曙も同じなのか、呆れるようにため息を吐いた。

「敵の前で随分呑気ね」

 敵と言われ、はぐろは状況を思い出す。今しがた超大型の深海棲艦が目の前に現れたのだった。

 たった数秒間ではぐろの目は元通りになった。瞳は濃い茶色で、白目にも充血したような形跡はない。見間違いだったのだろうかと思いながらも、曙はその答えに納得していなかった。

 そんな曙の様子に気づかず、はぐろは大きく息を吸って吐いて顔を上げる。

 そして改めて巨体の深海棲艦を、艦首の女性の顔を見てはぐろは愕然となった。先程見た空母の艦魂と瓜二つだったのだ。

「まさか…」

 他人の空似というのは聞いたことがあるが、あそこまで瓜二つなのはそういないだろう。恐らく、今見た光景はあの巨体の深海棲艦の、艦魂の記憶なのだ。

 日本の空母の礎となり、太平洋戦争末期には瀬戸内海に島に偽装して係留された。大規模な空襲の後も外洋航海に出ることができ、戦後は海外から引き揚げてくる日本人を大勢運んだ偉大な日本の航空母艦。

「鳳翔…?」

 はぐろは小さくそう呟いた。巨体の深海棲艦がニヤリと唇を三日月状に歪める。それは寒気を感じさせる、不気味な笑みだった。

 はぐろは以前、護衛艦かがから旧軍時代の航空母艦について聞かされた事がある。大まかな説明だけだったが、旧海軍の空母のことを全て教えられた。その中に誉れ高き日本の航空母艦である鳳翔のことも含まれていた。

 太平洋戦争を生き延び、戦後復員運送艦として日本人を運んだ空母の時点で、該当するのは鳳翔と葛城の2隻に絞られるが、複葉機も扱った事があるのは鳳翔の方だ。そもそも葛城は戦局悪化の影響で、空母でありながらまともに航空機を運用した事がない。

 だがはぐろは鳳翔の筈がないとも思う。鳳翔は太平洋戦争を生き延びた。海外から引き揚げてくる人々を日本へ運ぶ復員船の役目を全うした後、つつがなく解体された。

 だから違うんじゃないかと思ったはぐろだが、不意に別の軍艦を思い出した。戦艦長門。彼女は深海棲艦の出現で運命が変わった。はぐろの世界ではビキニ環礁の海底に横たわっている彼女は、この世界では記念艦として横須賀にいる。

 もしかしたらこの世界の鳳翔の運命も、はぐろの知る鳳翔とは違ったのかもしれない。

 しかし、だとしたら何故鳳翔が深海棲艦になったのか。本当に鳳翔なのか。深海棲艦って何なのか。疑問ばかりはぐろの頭の中を埋め尽くす。

 そんなはぐろの様子が気に食わなかった曙は、はぐろの脇腹の肉をつねった。

「痛たたたたたた!?」

 はぐろは悲鳴をあげた。暫くして曙は指を離す。

「ちょっと、つねらないでよ!」

「戦場であんたがボーッとしてるからよ!」

 抗議するはぐろに曙が叫び返した。そしてまっすぐ指を伸ばして深海棲艦を指した。

 超大型深海棲艦の横腹。そこからぬるりと深海棲艦の姿が現れる。重巡、軽巡に駆逐艦。戦艦や空母などの姿は見当たらないが、目の前に10を超える敵が現れた。ヒタヒタと足並みを揃えて迫ってくる。

「これからどーすんの?」

 曙がはぐろに指示を求めた。一応、この場で上位なのははぐろの方だ。

「……」

 勝てるかと聞かれたら微妙なところだ。対艦ミサイルは残り4発しかない。それだけの対艦ミサイルと1門の主砲、そして曙も含めても、数の多さに潰されるかもしれない。2人とも逃げられるかと言われたら、これも少し難しいだろう。

 なら。どちらか片方が生き延びられるとしたら。

 はぐろがこの場に残って敵を引き付ければ、曙は離脱できるだろう。

 そう考えたはぐろは戦闘態勢を取りながら曙に言う。

「曙は直ちにこの海域から離脱、加賀さん達と合流して。私がこの場に残って撤退を援護するから」

「は?」

 前に出たはぐろに、曙が言葉を荒らげて問う。

「離脱って何よ!? あんたはどうすんのよ!」

「言葉の通りよ。曙は早く逃げて」

「ちょっと待ちなさいよ! なんであたしが逃げて、あんたが残るのよ!?」

 後ろから投げ掛けられた叫び声に、はぐろの脚は止まった。

 あの時、撤退する護衛艦隊の艦列から離れる時、ある艦魂からそのような言葉を投げかけられたのを覚えている。

 変わらないな、とはぐろは自嘲するような笑みを浮かべた。だが、これで良いのだ。盾になる。それがイージス護衛艦の使命だ。

「私ならあれ全部引き付けられるからよ。だから曙は今のうちに離脱して加賀さん達のところに」

「ふざっけんじゃないわよ!!!」

 怒声が響いたかと思えば、曙がはぐろより前に出る。

「何カッコつけてんのよ! 1人だけ残って戦って、それであたしが納得すると思ってんの!?」

 曙は艦娘の中でも特に直情的だ。時々仲間とも喧嘩もするし、口も悪い。だが、だからと言って仲間を見捨てたりはしない。だから曙がそんな命令に従う筈がなかった。

 しかし、はぐろは彼我の戦力を比較して、2人で打ち破れるとはどうしても思えなかった。

 何故そんな無謀な事を言えるのか。一旦引いて、戦力を立て直す。より時間を稼げる方が残る。合理的だ。

 そう、合理的。無茶をして全滅するより、ずっと。

 なのにどうして、そんな非合理的な事を言うのか。何故否定するのか。どういう理屈で、あの時の艦長の判断が誤りであったかのように言うのか。1隻が残り、圧倒的多数の敵を引き付けて僚艦の離脱を支援すると言う、艦長の。

 それではまるではぐろが沈んだ事が、乗員達の死が間違いだったかのようではないか。

 その考えを頭の中から打ち消すかのように、はぐろは叫ぶ。

「うるさい! いいから、さっさと撤退しなさいよ!」

「黙れ、馬鹿! あんたが残るならあたしも残るわよ!」

「何馬鹿な事言ってるのよ!」

「あんたが言うんじゃないわよ!」

 敵の前ではぐろと曙は堂々と口喧嘩を繰り広げる。一瞬深海棲艦も呆けていた。だが隙は逃さないと、深海棲艦ははぐろ達めがけて砲撃の雨を降らせる。

 2人は回避行動をとる。だがその際別方向に舵を切った為、離れ離れになってしまった。

 はぐろは曙にこの海域を離脱するよう叫ぶ。

「ほら早く!」

「何が早くよ、この馬鹿! …うっ」

 今度は曙が頭を押さえて急に(うずくま)った。

 様子が急変した曙にはぐろは無線越しに声をかける。

「曙? どうしたの?」

「頭が…急に…。誰? ちょっと借りる? はぅ、ぐっ…う…」

「曙? 曙、どうしたの? …返事をして!」

 要領のはっきりとしない答えが曙から返ってきた。もう一度はぐろは曙に状態を聞くが、今度は応答すらない。

 まずいと思い、急いで曙の所に行こうとするはぐろの目の前に、深海棲艦が放った砲弾が飛び込んできて水柱が立つ。はぐろは水柱を避けて曙の元に向かおうとするが、深海棲艦は合流させまいと妨害する。深海棲艦から放たれた砲弾が着水し、幾つもの水柱が海面から突き出して、はぐろの進路を遮る。

「このっ、邪魔! SSM攻撃用意…発射!」

 はぐろは対艦ミサイルを1発発射する。さらに主砲を敵艦隊に指向させ、砲撃を開始する。対艦ミサイルで軽巡洋艦を1隻沈め、さらに駆逐艦を主砲で立て続けに沈めていく。

 だが、はぐろが攻撃できたのはここまでだ。深海棲艦の集中攻撃され、はぐろは回避するしかない。たった一門しかないはぐろと違い、圧倒的に数の多い敵は物量で点の攻撃に優れている反面、多数の敵を同時に制圧する事は出来ない。

 仕方のない事だが、この状況では多数の敵艦を同時に制圧できない事を恨まずにはいられない。

 一方曙は、俯いて抑揚のない声でブツブツ呟いていた。

「太陽し…の名に於…て、艦…す曙を基点と…、今ここに、異界よ…夜の終……を冠…るか…魂を召か…す」

 重巡リ級がピタリと曙に照準を合わせ、狙いをつける。

「曙、早く動いて!」

 はぐろはホ級やネ級を相手にしている真っ最中だ。曙の元に行こうとするが、この2隻も一緒に連れていってしまいそうでなかなか近寄れない。今はぐろの近くに着弾して水飛沫がかかった。

 このままだと不味いと思った時、リ級が主砲を撃った。放たれた砲弾が、曙に一直線に向かっていく。それを見て、はぐろが絶叫する。

「やめてーーーーー!」

 また目の前で僚艦を失うのか。艦隊の盾である己はまた同じ轍を踏むのか。

 曙は俯いたまま、回避する素振りすら見せなかった。いや、身近に迫る危険にすら気づいた様子はない。ただ何かを唱え続けている。

 もう間に合わない、はぐろが絶望しかけた時、眩しい光球が曙の中から現れた。それは曙の盾になって、バリアーのように砲弾を弾く。

 呆気に取られて棒立ちとなるはぐろと深海棲艦を他所に、曙はぶつぶつと尚も機械的に唱え続ける。

「顕現せよ、……むらさめ型護衛艦、あけぼの」

 光球が変化した。人の姿に変化していく。

 黒い髪を赤いリボンでツインテールにし、海上自衛隊の女性自衛官の白い制服を着た少女の姿へ。

 この間、深海棲艦ははぐろ達を攻撃を止めていた。まるで光を恐れるかのように距離を取る。

 少女の形になった光球の変化はそこで終わらない。

 狭い飛行甲板付きの格納庫と機関を背負い、連接した台座には右側に砲塔が丸みを帯びた単装砲、左側にVLSとCIWS、両脚に俵積みの魚雷発射管、これらが何もない空中から出現し、少女の体に装着されていく。

 光が収まると少女が目を開いた。両手をグーやパーの形にしたり、軽く腕を振ったりする。

「一体何なのよ、この格好は…。お願いは聞いてもらえたんだからいいんだけど、それにしてもね…」

 自分の姿を見て、少々納得のいかない様子で少女が呟く。そして、はぐろの方を向くと嬉しそうに言った。

「来たわよ、はぐろ」

 不敵な笑みを浮かべて少女は名乗りを上げる。

「むらさめ型護衛艦あけぼの、――参上。…なんてね」

 その名前は明け方を、即ち「夜明け」を意味していた。

 

 

 ◇◇

 

 

 一緒に行きたかった。あいつと一緒に行きたかった。けど、一緒には行けなかった。

 何度あの時の悔しさを思い出したか。何度やり直しを願ったか。

 あの時懐いた想いは、今もこの胸の内に。

 

 

 




 はい、というわけで巨体の深海棲艦は鳳翔でした。戦後に復員運送艦となり武装が撤去された鳳翔をモデルにしています。なので、積極的に戦うことはできなかったという感じです。まぁ正体がわかってた人はいたみたいですけどね。
 とりあえずようやく歓迎会の時の伏線拾えた事でホッと一息。
 歓迎会前編で長門を記念艦として出したのは、世界設定についての解説とこの時の為でした。
 鳳翔がいきなり深海棲艦として登場するのは、やっぱり唐突過ぎますからね。さあて、どうして鳳翔は深海棲艦になってしまったのやら。設定練るのが大変だー…。
 ちなみに複葉機が着艦した風景と空襲の風景は、それぞれ日本人が初めて鳳翔への着艦を成功した時と7月の呉軍港空襲をモデルに書いてます。Wikipediaとネットに転がっていた物を参考に書きました。

あと最後にイレギュラーな存在が今回乱入して来ましたね。彼女がどう行動するのかは、次回と次々回で。

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