アメリカ海軍→本作のネタ的組織→でもワット大佐達は横須賀、今回の舞台はミッドウェー諸島近海→ミッドウェー諸島サンド島→某ゲームの舞台にもなった→じゃあ、それで行こう。
と言うわけで今回はエースコンバット5のネタを微妙に含みます。悪しからず。
ここはどこ?
ここは寒い。
ここは
ここは怖い。
ここにはもういたくない。
帰りたい…帰りたい…。あの場所に帰りたい…――。
◇◇
日本海軍第2護衛艦隊と海上防衛軍第一駆逐戦隊が横須賀を発ってから5日が経った。今日は米艦隊がミッドウェー諸島近海の合流地点に到着する日だ。
現在時刻は午前9時ちょうど。門を使ってミッドウェーに向かう後発組も、ただ今から出発する。
はぐろの肩には右と左にSSM発射筒が束になって装備されているが、ル級に使用した分と横須賀鎮守府の研究用に提供した分の発射筒を外していたため、片方が2連装、片方が3連装と少し不恰好な感じだった。しかし、つい先日降りたばかりの予算を使用して
しかし対艦ミサイル1発分の予算確保が大変だったのか、江李の目は兎のように充血している。気のせいか足取りも覚束ない様子。
「で、お願いだから極力戦闘には参加しないでよ……」
「は、はい。了解です…」
不気味な雰囲気を漂わせて迫る江李に、はぐろは少し引きながら答えた。よほど予算が逼迫しているのだろうか。なら出さなきゃいいのにとはぐろは思うけど、人間が抱える二律背反であるため仕方ないと割り切る。
「神通、お願いだから平沼をできる限り戦闘には参加させないでよ。うちの機密の塊なんだから」
はぐろが門を使ったことがないため、偵察艦隊の旗艦を務めることになった神通にも、江李は念を押すように言った。
「は、はい。わかりました…」
そう答える神通の笑顔にも、若干罅が入っている。
「では、行ってきます」
2人は江李に敬礼すると、先に湾へ降りて待機している曙と潮を追って海に入る。
まず出発するのは偵察艦隊。軽巡洋艦1人と駆逐艦2、実験艦1。4人の少女が海を渡って東京湾の出口に向かっていく。
「大丈夫でしょうか…」
江李にそう言ったのは艤装を身に着けて現れた加賀だ。しかし加賀達はすぐには出港しない。門の使用制限により、先行した偵察艦隊と20分ほど時間を空ける必要があるからだ。
「多分大丈夫だと思うんだけど…」
そう返す江李の表情は少し不安そうだ。
何となく嫌な予感がするのだ。AL/MI作戦時、日本海軍が消耗し、主力が出払った隙に本土を急襲された時のような。
米艦隊を護衛するのは正規空母2、高速戦艦1、重巡1、駆逐艦2。この編制なら、何が起きたとしてもほぼ対処できるだろう。万が一、何が起きてもすぐに察知できるように高い索敵能力を持つはぐろも編制に組み込んだ。にも拘らずはぐろが戦闘に加わるというなら、それは当初の予測を超えた状況が起こった時だけだ。
姫級がどこかの海域に現れたとか、どこかの海域で深海棲艦が多数集結しているとかいうような報告はない。
だから何も起こることはないはずだ。ないはずだけど…。
「何もないなら、それでいいんだけれどね…」
言葉が江李の口から衝いて出ていた。作戦を前に不安を覚えているというのだろうか。江李は胸に手を当てた。いつもより動悸が早い気がした。
「大丈夫です」
江李が声の方を見ると、加賀が微笑を浮かべていた。
「大丈夫です。私達に任せてください」
その後ろに金剛や妙高など作戦に参加する艦娘が艤装を身に纏って、準備万端の格好で立っていた。皆笑みを浮かべている。そこに不安の色はない。
「…えぇ、その通りね」
江李は頷いた。艦娘達に元気づけられた。裏方の江李にもやらなければならない事がたくさんある。こんな所で油を売ってないで、執務室に戻って書類にでも印鑑を押している方がいいだろう。
「護衛任務、よろしく頼むわね」
執務室に戻るため踵を返した江李の言葉に、加賀はこくりと無言で頷いた。
偵察艦隊の出港から20分後、今度は第1護衛艦隊が横須賀から出港した。
偵察艦隊がミッドウェー諸島近海に到着するのは、門を使う地点に到着するのが9時30分で、そこからさらに16時間過ぎるため、日本時間では深夜1時半に到着する予定。だが、日本からミッドウェー諸島に行くと約-20時間の時差があるため、現地時間では午前5時半にミッドウェー諸島に到着する事になる。第1護衛艦隊が到着するのは午前5時50分で、米艦隊との合流時間はそれから25分後の午前6時15分に予定されている。
ややこしい話だと曙がぼやいたが、他の艦娘も概ね同感だった。
偵察艦隊と第1護衛艦隊の出港で、横須賀から今回の作戦に参加する全ての部隊が出撃した事になる。
その様子を監視する者達は見ていた。
「ワット大佐。
「そうか…」
軍曹の報告に、ワットは寂しそうだった。
「呑気に
第7艦隊が到着すれば、今までよりもずっと書類の種類も量も増えるだろう。そうなれば、今まで集めたコレクションの鑑賞も新しいコレクションの入手も難しくなるだろう。
日常と言うものは不思議なものだ。変わらないなと思っていても、いつの間にか大きく変わってしまう。
ワット大佐もいつか定年を迎えて軍から退く日が来る。いつかは艦娘の姿も拝めなくなるだろうと思っていたが、こんな形で終わってしまうとは思わなかった。
ワットは軽くため息を吐いた。とはいえ、彼も軍人で責任ある大人だ。軍人としての責務を果たさなければならない。
それに今回派遣されてくる艦隊の司令官は士官学校時代の同期だ。多少の融通は効くかもしれない。
若干の期待を抱きながら、ワットは大尉に確かめる。
「受けいれの準備はできているな?」
「はい」
「なら、あとは連中と艦娘次第だな…」
そう呟いてワットは真っ黒なコーヒーを飲んだ。いつもより苦く感じて、顔をしかめた。
◇◇
門を使った偵察艦隊は、ミッドウェー諸島近海に到着した。東の水平線からは眩しい太陽が顔を覗かせている。藍色の空を朱色の光が侵食し、2つの色が溶けて混ざり合い中間点が水色になっている。
初めて門を使った時も戸惑ったが、一度朝を迎えたのにもう一度朝をやり直すという、まるでタイムマシーンでも使ったような状況に、はぐろは再び戸惑いを感じていた。
雲はそれなりにあるが、まばらに散らばっている。特に風は強くない。気象条件は特に問題ない感じだ。
偵察艦隊ははぐろを先頭に単縦陣で、合流地点の海域に向かっていた。
はぐろは自慢のレーダーを使って周囲の索敵を行う。またSH-60Kも飛ばし、はぐろのソナーの探知圏外に進出させて、潜水艦の捜索にあたらせる。SH-60Kより性能は格段に落ちるが、神通も零式水上偵察機を飛ばし、潜水艦などの警戒に当たらせていた。
この場にいずも型かひゅうが型が1人でもいてくれたら対潜水艦も万全なのだが、無い物ねだりをしても仕方ない。
「平沼さん、どうですか?」
「…今のところ、敵影は見当たらないですね」
神通の質問に、はぐろは額に汗を浮かべながら答えた。はぐろが妙に緊張しているのは、ある艦娘が原因だ。チラリとはぐろは後ろを振り向く。
「……」
艦隊の最後尾を航行する曙は、無言で険しい顔のままだった。
(な、なんで睨まれているんだろう…?)
出港する前からずっと、サイドテールの少女が後ろからキツい目ではぐろを睨みつけてくる。後ろから常時吹き矢が飛んできているみたいな感じで、どうにも居心地が悪い。
何かしただろうか? と、はぐろが考えてみても、何も思い浮かばない。そもそもはぐろは曙という艦娘とはほとんど接点が無い。鎮守府内ですれ違ったり、演習室で遠目に見たことはあったが、話したことはない。
出撃前にはぐろが初めて挨拶してみても、「曙よ」と名前しか言われなかった。
「あのー、神通さん。あの娘すごい不機嫌みたいですけど、どうしたんですか?」
「…えっと。私も知らないんです、すみません」
神通が申し訳なさそうに謝る。おろおろと潮も頭を下げる。
「すみません、平沼さん。うちの曙ちゃんがご迷惑を…」
「あ、いや。別に謝罪が欲しいとか、そういう訳じゃなくて…」
むしろあの程度の無礼なら、笑って流せなければ護衛艦の艦魂は務まらない。
(それにしても曙か…)
はぐろはあるむらさめ型護衛艦の艦魂を思い浮かべていた。最初に出会った時はとてもきつい印象しかなかった。髪形や容姿は違うが、雰囲気なんかはとても似ている。曙という名前が付いた少女は、言動がきつくなる宿命なのだろうか。はぐろは見当外れの事を考える。
微妙な空気の中、はぐろ達は哨戒を続ける。
もうすぐ第1護衛艦隊と米艦隊がこの海域に到着する。レーダースクリーンにはSH-60Kと水偵、偵察艦隊しか表示されていない。深海棲艦の影は海中も含めて全く見当たらない。
「定時報告…敵の反応、今のところ特になし」
「提督達の心配も杞憂だったみたいですね」
神通がそう呟いた矢先、はぐろのレーダーが新目標を捉えた。
唐突にレーダースクリーンに光点が6個現れる。現れた場所から加賀達第1護衛艦隊で間違いないだろう。
艦隊からすぐに航空機と思われる反応が飛び立つ。恐らく偵察機と直掩の戦闘機隊だ。
「神通さん、加賀さん達が来たみたいです」
はぐろが報告した直後、加賀から通信が送られてくる。
『平沼、こちら加賀。第1護衛艦隊は全員ミッドウェー近海に到着。現在までに収集したこの海域の状況を教えてくれるかしら?』
「こちら平沼。今のところ合流ポイント周辺海域に敵性と思われる航空機、水上艦、潜水艦は探知されず。以上です」
『加賀、了解』
通信は簡単な報告だけで終わった。加賀達が合流ポイントに向かっているのをレーダー越しにはぐろは見つめる。
「では私達は移動しましょうか」
「了解」
偵察艦隊は合流地点から南に移動を開始する。合流ポイントの安全を確認したら偵察艦隊は離脱し、以後はピケット艦隊になる予定だ。合流ポイントから偵察艦隊が離れ、入れ替わりに第1護衛艦隊が進入する。
それから少し経って、東から飛んできた敵味方不明の対空目標をはぐろのSPYレーダーが探知する。
「対空電探に反応」
「敵ですか!?」
はぐろの報告を聞いて、神通達は敵かと思って緊張する。だがはぐろは冷静なままだ。
「いいえ、多分違う。……これは、米艦隊所属機ね」
はぐろ達から離れた空域で緩く旋回している、2機の航空機の速度は、以前戦って記録された深海棲艦の艦載機のものと違う。行動も敵を発見して攻撃する積極的な偵察というより、危険が迫るのを察知するための見回りの方だ。おそらく米艦隊の
もう少ししたら米艦隊も探知できるだろうと思っていると、程なくしてレーダーが多数の水上艦も捉えた。
「お客さんが来たみたい。神通さん、隻数が事前の情報と一致、来日するアメリカ海軍第7艦隊で間違いないと思います」
「あんなののどこが客だっていうのよ」
「曙ちゃん」
口の悪い曙を潮が咎める。
後ろから聞こえてきた皮肉に、思わずはぐろは吹き出しそうになった。あけぼのも皮肉屋で、多分きっと似たような台詞を吐くだろう。
なんだか曙と一緒にいると、はぐろは昔に戻った気分だった。あの皮肉屋できつくて、根は優しい声が、とても懐かしい。
感慨深く思いながら、はぐろは無線を使う。
「加賀さん、こちら平沼です。電探が合流ポイントに向かう総数19隻の艦隊を探知しました。日本に派遣される米艦隊と思われます。なお、未だ敵性勢力の存在は探知されず、以上」
『こちら加賀、了解』
第1護衛艦隊はあと10分で合流ポイントに、米艦隊も予定時刻通りに合流ポイントへ到着できる速度を維持している。
今のところ作戦に支障はない。何事もなく終わるかな、とはぐろが思った。
その時、突然はぐろのレーダーが合流ポイントに向かう米艦隊の近くに異常な反応を探知した。厳密に言えば、探知できない海域が広がっているのを探知したと言うべきか。レーダースクリーンに小さな虫食い穴が出現したかのようだ。
「何…これ?」
「平沼さん、どうかしましたか?」
神通に声を掛けられても、はぐろには応じる余裕が無い。システムはレーダーが取得した情報から状況の分析を続ける。しかし、解析結果は出ない。
はぐろはあることを確認するために無線を使って加賀と連絡を取ろうとする。
「…加賀さん、応答してください」
『こちら、加賀。急に何かしら』
「いえ、その…」
予想と違って普通に加賀から応答があり、はぐろは一層困惑した。
はぐろは
ステルスとも電波妨害とも違う。システムは解析を続けるものの、データが少なく詳細不明としかでない。
今まで門やら仮想演習室やら不思議なものに触れてきたはぐろは、これが自然現象とは思えなかった。
「加賀さん。実は、米艦隊付近に正体不明の反応を探知したんです」
『……平沼、正体不明の反応って何かしら?』
やや間があってからの加賀の質問に、はぐろはすぐに返答出来なかった。
わからないのだから正体不明なのであって、はぐろは加賀にどう答えればいいのか一瞬迷った。
とりあえず何が起こっているのか説明しようと、はぐろが口を開いた時だった。
『こちら米海軍第7艦隊所属ミッドウェイ!
緊迫した男性の声が突然無線に割り込んできた。前もって打ち合わせていた通信回線で米艦隊から通信が送られている。
先に応答したのは第1護衛艦隊だ。
『こちら日本海軍。ミッドウェイ、応答願います』
この声は金剛だろうか。普段聞くことが無い流暢な英語で米艦隊と交信している。
黙って聞いていると、どうやら深海棲艦が現れて救援を要請しているらしい。はぐろはなんとか理解できたが、はぐろ以外は男性の英語が早口すぎるため何と言っているのかうまく聞き取れていない様子だ。
しかし、妙だ。レーダーに深海棲艦と思われる反応は特にない。
無線を傍受しながらレーダーで監視しているはぐろが不思議に思っていると、正体不明のエリアから深海棲艦らしき反応が1体現れる。
「新たな反応。え…?」
思わずはぐろは瞠目した。正体不明のエリアから深海棲艦が現れた事に驚愕しているのではない。現れた深海棲艦のレーダーの反射面積が非常に大きいのだ。はぐろがこの世界に来て初めて戦った、ル級が50体以上融合でもして1つの塊になったかと思うほどに大きい。
しかし、いくらなんでもおかしい。ル級が戦艦だというなら、この深海棲艦は戦艦以上の存在になる。
戦艦や空母を上回る能力の鬼級や姫級という深海棲艦の存在を明石から実験の傍ら聞いたことがあるが、もしかしてとはぐろが思っていると、最初に現れた深海棲艦から新たな反応が次々と分離する。本来は別々だったかのように、母体と思われる深海棲艦から切り離された反応は独立して動き出す。だがレーダーが捉えたのは航空機でもミサイルのような飛翔体でもない。
最初に現れた深海棲艦と比べると小船のような反応だが、新たに捉えたのはまぎれもなく水上艦だ。駆逐艦級に混じって戦艦や空母、重巡級の反応もいる。新たに深海棲艦が出現するのと比例して、最初に現れた巨大な深海棲艦のレーダー反射面積が減った。まるで深海棲艦がくっつき合って、1つの深海棲艦に見せていたかのようだ。
「何これ……。
光点が瞬く間に増殖するレーダースクリーンを見ながら、はぐろは焦りと戸惑いが合わさった声で神通に報告する。はぐろ程優れたレーダーを持っていない神通は困惑した様子で聞く。
「どういう事ですか?」
「わかりません…。目視でもしないと何が起こっているのか…」
哨戒中のSH-60Kを向かわせることも考えたが、たった今深海棲艦の航空機らしき反応を多数探知した。貴重な艦載ヘリをむざむざ失うことは避けたい。
そう話しているところに加賀から通信が入る。
『加賀より平沼、米艦隊周辺の状況がわかりますか?』
「は、はい。今のところ、レーダーで探知している敵の水上艦は…23隻。航空機は81です」
航空機に関しては米艦隊と深海棲艦、双方から艦載機が飛び立ち、戦闘機同士で空戦を行っているため、どちらかの正確な数は計れず、まとめて報告している。
とはいえ、相当な規模の敵であることに変わりはない。深海棲艦と戦った経験の少ないはぐろではあるが、それくらいのことはわかる。
『…第1護衛艦隊より偵察艦隊へ、こちらは米艦隊の救援に向かいます。可能なら合流していただけないでしょうか』
普段より加賀の声が硬い。やはり深海棲艦が多い事で、少し緊張しているようだ。
しかし神通は江李の命令もあって加賀の要請にどう動くか悩んだ。元々偵察艦隊は戦闘に参加する予定もなかったため、予想外の事態にどう対応するのか、今考えているという感じだ。
はぐろが迷う神通の背中を押す。
「行ってください、神通さん。人命が最優先です」
戦闘しているところを見られて困るのははぐろぐらいなものだ。神通達だけなら別に問題はない。
「しかし、平沼さんはどうされるのですのか?」
「私はここから支援します」
レーダーで探知している敵艦は多く、イージス護衛艦が単独で蹴散らせる程度ではない。神通達と協同できないとなると、遠距離から支援するしかない。対艦ミサイルを見られる可能性はあるが、はぐろ自体は見られないから白を切りとおせばその点も問題はないだろう。そもそも味方がIFFを装備していない状態で、敵味方が入り乱れるような戦場は現代艦には向いていないのだ。
「…わかりました。潮さん、曙さん。私達は米艦隊の救援に」
神通の言葉を遮って、突然曙が手を挙げた。
「神通さん、あたしはここに残ってもいいですか?」
「えっ?」
神通や潮、はぐろは目を丸くする。
「いくらなんでも実験艦が単艦で行動するのはまずいと思います」
「え、いや。そんなことは…」
対空、対水上艦、対潜もこなせるオールラウンダーでレーダーにソナーも完備のはぐろに目立った死角はない。唯一の不備は装甲の薄さだが、それとて目を瞑れるほどで、特に問題ではない。
「あんたの装備は弾薬の予算がとてもかかるんでしょ? ならあんたが索敵して、あたしが迎撃する方がいいんじゃない?」
それを聞いて、はぐろはなるほどとも思う。それならば、もしはぐろが深海棲艦と遭遇したとしても、コストの高い対艦ミサイルを使わなくてもいいだろう。
改めて曙が神通に頭を下げる。
「お願いします、神通さん」
「…曙さんの言う通りかもしれませんね」
神通が曙の言い分に納得する一方、はぐろは心の中で考え事を続ける。
(ん? でも、今の状況で最優先なのは米艦隊の救援だから……やっぱり私以外の全員が米艦隊の所に行くのがいいような…)
普通なら、はぐろがピケット艦だったり潜水艦の捜索を担当して、他の艦娘が迎撃するというのは有効だ。しかし、今回は迎撃すべき深海棲艦が遠い所にいる。はぐろの所までやってくる深海棲艦がいるかもわからない以上、曙がいる意味は薄いとはぐろは気づいた。
だが時は金なり、神通は即断即決して曙をはぐろの所に置いて、全速力で加賀達の元に向かう事に決めた。
「では、平沼さん。曙さんの事をお願いします。潮さん、行きますよ」
「はい」
そう言い残して神通は潮と共に米艦隊の方へ向かっていく。
「あ、はい。って、え? ちょ、ちょっと待ってくださ…あー、行っちゃった…」
考え事に耽っていたはぐろは神通を呼び止められず、そのまま見送る。
ちらりとはぐろが後ろを振り返れば、しかめ面の曙がいた。見られている事に気づいて軽く睨んでくる。
わざわざ残ると神通にお願いしていたのに、もっと友好的になれないのだろうか。というか、曙がわざわざ理由を立ててまで自分の所に残ろうとした理由がわからず、はぐろは首を捻った。
しかし今は曙の事よりも米艦隊への支援が最優先だ。
レーダースクリーンとにらめっこして、はぐろはどうするのか考える。せめて加賀や神通達が米艦隊の所に到着するまで時間を稼がなければならない。
はぐろの
無駄撃ちはできない。効果的な足止めを考えなければ。
第1護衛艦隊から航空隊が飛び立ったのを、はぐろはレーダーで確認しながら思考を巡らせた。
◇◇
はぐろがレーダーで米艦隊付近に正体不明の反応を探知する直前まで遡る。
ミッドウェイ級空母のネームシップ、ミッドウェイを旗艦とする総数19隻の米海軍第7艦隊第70任務部隊は、単縦陣を三列作って西に向かって航行していた。
特徴的な空母の
「航海長。
「このまま行けば、あと20分で合流できるでしょう」
航海長の答えに、満足そうにプレスコットは頷いた。サンディエゴからハワイを経由し、よくここまで無事に来れたものだと感慨深い。しかし、まさか少将から中将に昇進の上、日本行きになるとは数か月前のプレスコットは思わなかった。
昇進で濁されても、未だにこの処遇にプレスコットは納得できていない。彼の参謀本部の知り合いは、可もなく不可もない成績が上層部の目に留まったと言っていたが、それが理由で祖国と家族から離れ、極東の僻地に左遷されるとは理不尽だとしか言いようがない。
とはいえ、艦隊がここまで来れた事は素直に誇ってもいいだろう。ハワイの部隊はハワイ周辺と本土とのシーレーンを防衛するだけで手一杯で、ミッドウェー諸島周辺まではあまり来ないのだから。
ふと眠気を感じたプレスコットは、水兵にコーヒーを頼む。
艦長がプレスコットに話しかけてきた。
「しかし、日本は遠いですな」
「あぁ全くだ。……そういえば日本に私の同期がいるんだ」
「それはまた…数奇な御縁ですな」
艦長は言葉を選んだ。
日本にいるということは、つまり左遷されたということだ。しかし目の前の上官も自分自身もこれから日本行きで左遷されたような物なので、あまり笑えない。
「奴が書いた
プレスコットは水兵からインスタントのコーヒーを受け取りながら話す。
「なんでも
如何に容姿に優れ、如何に勇猛果敢で、とにかく艦娘が素晴らしい存在であると報告書に記載されてあった。
それを聞いた艦長は失笑する。
「はは、それは傑作ですな。私も女神というものがいるなら見てみたいです」
プレスコットも可笑しさに唇を歪めた後、コーヒーを啜った。
そこへ飛行長が来て二人に報告する。
「艦長、司令官。
「分かった。もう間もなくお迎えとの合流ポイントだ。哨戒機とCAPの連中には気を抜かず警戒するよう伝えてくれ」
「アイサー」
飛行長が下がると、水兵の1人が叫んだ。
「なんだあれは!」
そう叫んだ水兵がいる方を、プレスコットや艦長達は怪訝そうに見る。
「どうした、ジョンソン? 何を見つけた?」
艦長にジョンソンと呼ばれた若い水兵は困惑しながら報告する。
「わ、わかりません…。黒い靄? いや霧かもしれない。でもなんでこんな場所であんなものができるんだ?」
「はぁ? どういうことなんだ。はっきり報告しろ!」
「ですから、こちらに黒い霧みたいなのが向かってくるんです!」
艦長にジョンソンが怒鳴りながら報告した。
黒い霧? 霧が黒いなど、意味がわからない。そう思った時、急に寒気がしてプレスコットは体を震わせた。そしてプレスコットもミッドウェイ艦長も見た。水平線近くで不自然に固まって漂う黒い霧のようなものを。
米艦隊乗組員が不審そうにざわついていると、霧の中からぬぅっと巨大な姿が現れた。離れた位置にいる米艦隊からも図体の大きさがわかる。
それはミッドウェイより若干小柄だが、護衛に就いている巡洋艦より大きい。外見は航空母艦のようだが、艦首と思われる場所に人間の上半身がある。双眼鏡で監視していた水兵は、胸部の膨らみから女性のようだと思った。
さらに霧の向こうがどうなっているのかわからないが、まだ全体が出てきていない様子だ。
その時、上半身だけの女性が白く長い髪をなびかせながら目を見開き、言葉を紡いだ。
〝ド…コォ……? カ……エル場…所ハ…。私、達ノ…帰ル、所ハ………?〟
プレスコットやミッドウェイ艦長、第70任務部隊の兵士は確かに女の声を聴いた。この艦隊に女の兵士などいないのにだ。まるで女に首を抱き絞められて、耳元で囁かれたかのようだった。生暖かい女の声がぬるりと耳の中に入り込んできた。
この世のものとは思えない声を聞いて、艦隊の乗組員は思考停止に陥り、体が凍ったかのように動かなくなった。
プレスコットや艦長の脳みそが思考を再開し、金縛りも解けて体が動くようになるのは、時計の秒針が半周した時だった。
プレスコットの手からステンレス製のカップが床に落ち、音を立てる。黒い水溜まりがプレスコットの足元にできた。
カップが床に落ちた音で、まず艦長の意識が引き戻される。
「バカな……。おい、
艦長は既に敵だと認識していた。人間が作ったとは思えない代物、生物とは思えない怪物。あれが敵でなくてなんなのか。
データにはないが、深海棲艦の一種と思って間違いないだろうとミッドウェイ艦長は結論付けた。
『……い、いえ。レーダーは今まで味方艦の反応しか探知していませんでした』
艦長の詰問にレーダー担当の士官が、艦内用の無線越しに震える声で報告する。その間も、怪物の叫び声が轟く。実戦をまだ経験したことのない水兵が情けない悲鳴を上げた。
なんという
しかし、艦隊の司令官であるプレスコットまでそんな様を見せるわけにはいかない。
恐怖に蓋をして、プレスコットが声を張り上げた。
「通信士! 太平洋艦隊司令部に『我、深海魚ニ襲撃サレル』と打電! それと全艦隊に戦闘命令!」
「し、しかし! 我々の装備では奴らには…」
艦橋にいた若い士官が青い顔で、プレスコットの命令に意味のない反論をする。
おびえる若い士官をプレスコットは叱り飛ばす。
「馬鹿者! かつてあれらに大敗北したからといって何もしない理由にはならん! 航空隊は直ちに発艦! 護衛の駆逐艦、巡洋艦は迎撃! それと近くまで来ている
「じゃ、
日本海軍の噂や伝説は、アメリカ本国にいる米海軍軍人にも届いていた。とはいえ、人間は実際に体験しないと理解できない生き物だ。深海棲艦に対抗できると聞かされても、完全に信じることはできない。
プレスコットも完全に信じている訳ではない。
だが、軍人であるならばあらゆる事態を想定し、考えられる手を全て打たなければならない。
「そうだ! わかったらさっさと動け、時間がないのだぞ!」
プレスコットがそう命令している間に、護衛の駆逐艦や巡洋艦は陣形を戦闘態勢に移行し始めている。
CAPに就いていた戦闘機隊も制空権を確保しようと動き始める。ミッドウェイも艦載機を発艦させようとにわかに飛行甲板は騒がしくなる。今まさにラーズグリーズ隊のF3H-2が1機、
「プレスコット司令。これから戦闘になります。
「あぁ、そうだな…」
艦長に促されてCICに降りていく時、プレスコットは艦載機のエンジン音が遠ざかっていくのを聞いた。
CICに向かいながら、プレスコットは手持ちの戦力と戦術を考える。
元々艦隊の派遣は赤国への示威行為程度で、深海棲艦と正面切って戦う事は想定していない。しかし日本海軍と合流する前に深海棲艦に襲われたため、自前の少ない戦力で米艦隊は戦わなくてはならない状況に陥っている。
どうしたものか考えながらプレスコットがミッドウェイのCICに入ると、そこは喧騒に包まれていた。
プレスコットはクリアボードを見た。そこには敵艦隊と味方艦隊の情報が書き込まれている。だが不審なことにオペレーターがクリアボードに情報を書き込んでいく手を止めない。
「状況はどうなっている?」
プレスコットが当直士官に尋ねた。
「はっきり申し上げまして、最悪です……」
プレスコットに敬礼すると、険しい顔で当直士官が答えた。
「どういう事だ? 敵の数は一体だけだろう?」
「いえ。レーダーの報告では、敵は15体以上です」
どういうことだとプレスコットに再度聞かれる前に、当直士官は答える。
「見張りの報告では、あの深海魚は腹の中に群れの仲間を隠すことができるようです。魚型の他に人型も確認されています。今もまだ敵の数は増え続けています」
プレスコットがCICに降りた直後、日本海軍関係者なら鬼か姫級に分類するだろう巨体の深海棲艦が完全に霧から出た後のことだった。巨体の深海棲艦の胴体の脇から穴が開いて、そこから戦艦に空母、軽空母、重巡、軽巡、駆逐艦……。潜水艦を除くありとあらゆる艦種の深海棲艦を次々と繰り出してくる。赤い邪気を放つ
その光景を見た兵士達は、新兵から大西洋で実戦経験もあるベテランでさえ、黒い艦隊に畏怖の念を抱いてしまう。地獄から這い出てきた死者の軍勢だと彼らは思った。
「なんという…」
当直士官の報告に思わずプレスコットが唸った。第70任務部隊の戦闘艦はミッドウェイと輸送艦、補給艦を除いて巡洋艦と駆逐艦が合わせて13隻だ。数は同じ、いや増え続けているのだから、数的に米艦隊が不利だ。
さらにプレスコットは当直士官に問う。
「
「現在全速力でこちらに向かっているそうです。到着するまで15分はかかるとのことですが…」
15分、それだけ持ち堪えられたら応援が来る。プレスコットに一縷の希望が見えた。
「
プレスコットが部下を鼓舞する命令を出す。CICの要員達は青い顔で頷いた。
深海棲艦艦隊と向かい合う米艦隊は、13隻の水上艦がミッドウェイや輸送艦などを囲んで輪形陣を形成し、敵に対する陣形を構築する。
戦闘態勢を整えた第70任務部隊を最初に襲ったのは、深海棲艦の艦載機だ。雲霞のような大編隊が、全方位から米艦隊に襲い掛かる。
ミッドウェイから既に発艦していたF4H-1F艦上戦闘機のウォードッグ隊とF3H-2艦上戦闘機のラーズグリーズ隊は、空の脅威から艦隊を護ろうとジェット音を高らかに響かせながら空戦を繰り広げる。
だが深海棲艦の艦載機が小型であるためか、スパロー空対空ミサイルの命中率が半分を切っている。また目視外からスパローを放ち、味方を誤射してしまうF4H-1Fもいた。
そして早々にミサイルを撃ち尽くしたF4H-1Fは、ただ傍観するしかない。
一方でラーズグリーズ隊のF3H-2はF4H-1Fと違って対空ミサイルだけではなく機銃も装備してあるため、ウォードッグ隊がミサイル切れで次々と戦線を離脱する中、奮闘し続ける。だが目標が小型であるためか、なかなか当たらない。それでも進路の妨害程度にはなっていた。
しかし数に劣るラーズグリーズ隊は、圧倒的多数の深海棲艦の攻撃隊を止められない。ウォードッグの
米艦隊は各艦に所狭しと積まれた高角砲や機銃で弾幕の壁を作る。壁に突っ込んで、醜悪な黒い鳥が数羽弾けた。
だが数の多い深海棲艦の攻撃隊は、数に任せて弾幕の壁を突破し、米艦隊に目掛けて魚雷や爆弾を投下する。全てが命中した訳ではないが、多くは米艦隊に被害を与えていた。
一方、A3D艦上攻撃機のブルーハウンド隊やA4D艦上攻撃機のバイキング隊は、ラーズグリーズ隊の2個小隊の援護の下、深海棲艦艦隊に航空攻撃を実施。でかい図体をしていて狙いやすい巨体の深海棲艦に爆撃を敢行しようとするが、巨体の深海棲艦を護ろうと周囲の深海棲艦は濃密な弾幕を張る。ブルーハウンド隊とバイキング隊は仕方なく周辺の駆逐艦や軽巡洋艦などに目標を切り替え、爆弾を降らす。深海棲艦の陣形が乱れ、各個に回避行動を取る。数隻の駆逐艦級に爆弾が命中した。
しかし、ブルーハウンド隊とバイキング隊の爆弾など小雨に過ぎないとばかりに、戦艦級を中心とした深海棲艦は米艦隊に砲撃する。
高い水柱が米艦隊の周囲に乱立した。戦艦級の16inch砲が作り出す水柱は、とても高くて太い。深海棲艦艦隊と米艦隊では火力が違う。米艦隊の最大の火力が重巡洋艦に対し、深海棲艦側は戦艦級が複数存在する。第70任務部隊に戦艦の土俵で戦える軍艦はおらず、さらに敵の戦艦級の装甲は、この場にいる米艦の主砲では貫くことが不可能だ。
本国防衛の任務に就いているアイオワ級戦艦のイリノイかケンタッキーがこの場にいれば、まだ対抗できただろう。だが無い物の事を考えても意味はない。あるだけの戦力でどうにか耐えきるしかない。
ミッドウェイのCICで飛び交う報告は、米艦隊の苦戦を示している。
「駆逐艦エヴァソール、被弾! 火災発生、炎上しています!」
「重巡洋艦デモイン、浸水発生、速力低下!」
「駆逐艦カーペンター、轟沈!」
艦隊内で無線が飛び交い、次々とミッドウェイCICに上がってくる戦闘報告。しかし敵に被害を与えた報告よりも、敵から与えられた被害の報告の方が多い。ミッドウェイはまだ被弾していないものの、それは時間の問題と思われた。
未だ救援は来ない。嬲り殺しにされているかのような感覚を米艦隊乗組員達が覚えた時、軽巡洋艦ロアノークの見張りが水平線の向こうから何かが飛んでくるのを発見した。
それは胴体が太った矢のようだった。幻惑するように低空飛行から上昇へと転じ、すぐさま落下軌道に移る。矢はロ級の頭上から突き刺さり、爆発して粉砕する。さらに追加で太い矢が1発飛来し、2発目は巨体の深海棲艦に命中した。
巨大な深海棲艦は、艦首の女性が白い髪を振り乱し、金切声をあげる。
何が起こったのか、米艦隊の指揮官達はすぐに判断を下せなかった。深海棲艦も狼狽しているようで、動きが唐突に鈍った。
深海棲艦の一部が、米艦隊から矢のような攻撃が飛んできた方向に注意が向く。だがそちらには航空機も船も何もいない。思わずル級flagshipは首を傾げた。
そこへ小口径の砲弾が飛び込んできてル級の目の前に水柱を作った。さらに砲弾が深海棲艦の近くの海面に撃ち込まれる。それは明らかに米艦隊の軍艦が撃ったものではない。だが撃った張本人の姿は見当たらない。まるで幽霊に攻撃されているようだった。
ル級は挑発でもされていると思ったのか、見えない敵に怒りを燃やす。ル級につられて周りの深海棲艦も昂った。そのまま金色オーラのル級が率いる小艦隊は本隊から離脱し、矢が飛んできた方向へ突撃した。
何者かが米海軍を援護している。その事に何人かの水兵や若い士官がホッと息を吐いた。しかし撃沈できたのは最初の1発だけで、威嚇程度にしかなっておらず、空母のような形の巨大な敵からはさらに新手の敵が出現している事で状況はあまり好転していない。
このままでは日本に着く前に艦隊は甚大な被害を受けることになる。艦と共に体も左右に揺さぶられながらプレスコットは歯噛みした。
「駆逐艦フィンチ被弾、速度低下!」
「左舷見張りより報告! 敵が2体、本艦に接近中!」
続けざまにミッドウェイCIC内で報告が上がる。
フィンチが落伍してできた穴を抜けて、旗艦であるミッドウェイにも敵が迫っているのだ。
大きな単眼が特徴の駆逐艦ハ級が2体、ミッドウェイに接近しながら砲撃する。衝撃がミッドウェイを襲った。
艦長が吠える。
「砲撃開始! 敵を近づけさせるな!」
艦長の命令により、ミッドウェイの左舷に複数備えられた5インチ砲が砲撃を開始する。改修によって基数は竣工当時より減ったが、砲の数はハ級2体分よりも多い。次々と2体のハ級の周りで水柱が生じる。しかしハ級は臆せず盛んに撃ち返す。デカい的のミッドウェイは、たちまち被弾した。水兵が被弾箇所の消火作業を行うなどダメージコントロールに奔走する。
負けじとミッドウェイが撃ち返した5インチ砲弾が1体のハ級を捉えた。被弾した方のハ級は黒煙をあげて戦闘から脱落していく。
「1体撃破! もう1体が尚も接近中!」
しかし生き残った方のハ級は、仲間の仇討ちだとミッドウェイに魚雷を発射した。そのことは見張りを通じてCICにも報告される。
「左舷より魚雷3、本艦に接近中!」
「衝撃に備え!!」
プレスコットや艦長達、CIC要員は手近な椅子や机などにしがみついた。
長い時間が過ぎる。だが一向に衝撃はない。どうやら魚雷をかわすことができたようだ。運よく魚雷がミッドウェイの下を通過していっただけで済んだのだ。
プレスコットはホッとすると同時に、背中がやけに湿っている事に気が付いた。
とはいえ、まだ敵は健在だ。沈めるまで安心することはできない。敵の撃破報告はまだかとプレスコットは汗が滲む手を握りしめる。
その時通信士がプレスコット達に駆け寄ってきた。
「艦長、司令! 西方から本艦隊に接近する艦影と機影を目視したと、駆逐艦ジョン・S・マケインより報告が」
さらに通信士が手元のメモを読み上げる。
「西方の艦隊から入電。『こちら日本海軍、これより戦闘に参加します』以上です!」
「はぁ…遅い。女ごときが騎兵隊を気取るな…」
ぶすっとプレスコットが呟いた。だがその表情は薄く笑っている。しかし喧噪の真っ只中であるためか、プレスコットの呟きが誰かの耳に拾われることも、顔を見られることもなかった。
プレスコットや米艦隊にとって、待ち望んだ援軍の到着だった。
魚雷が命中しなかったものの尚もミッドウェイに迫っていた駆逐艦ハ級が、彗星艦上爆撃機からの急降下爆撃を喰らって轟沈した。
流星改艦上攻撃機の編隊が低空から深海棲艦に迫り、航空魚雷を投下する。烈風艦上戦闘機隊が今まさに急降下爆撃をしようとしていた深海棲艦の艦載機に横槍を入れた。
おもちゃのような大きさの航空機が自在に空を飛び回り、米海軍の最新鋭戦闘機が苦戦していた敵機を落とす。さらには爆弾や魚雷を放ち、敵を沈める。そのあり得ない光景に、目撃した水兵や艦橋要員は言葉を失った。
そして航空部隊から少し遅れて艦娘が戦場に参上した。正規空母が2、戦艦、重巡、軽巡がそれぞれ1、駆逐艦が3の合計8名の援軍だ。短艇よりも小さい援軍達は、軽やかに海を疾走し、黒い怪物に立ち向かっていく。その姿に水兵達は思わず見惚れた。
砲撃するたびに硝煙に塗れていく。近くの海面に着弾する度に波を被り、ずぶ濡れになる。だがそれでも少女達の戦意に揺らぎはない。
アメリカにも日系は極少数いるものの、大部分が初めて見ることになる異国の少女達に感銘を受けずにいられなかった。
「Oh my God……!」
水兵達の驚嘆を余所に、加賀達は戦闘をこなす。
「Hey、加賀! あの深海棲艦は一体何なんデスカー!?」
金剛が砲撃しながら叫んだ。金剛の砲撃をまともに食らった駆逐艦ホ級が爆炎の中に消えた。
「わかりません。私も初めて見る種類です」
常に冷静な加賀も、巨体の深海棲艦を前に戸惑いを隠せない。
加賀の目の前で今、軽巡ヘ級が巨体の深海棲艦の中から現れた。さらに駆逐艦ニ級が2体現れる。倒したそばからこれでは倒してもきりがない。
「どうすんのよ加賀さん。これじゃあ不味いわよ!」
瑞鶴が新たに流星改を飛ばしながら聞いた。
米艦隊を襲う深海棲艦を減らさなければならないのに、巨体の深海棲艦から新手を繰り出されるのであれば状況はあまり変わらない。
加賀が新たに矢を放ちながら指示を出す。
「ともかく敵の注意を私達に向けます。いいですね?」
『了解!』
艦娘の参戦により、戦局の流れは変わった。深海棲艦が数で押していたが、ひっくり返される。
波に揺られる小舟のようだった米艦隊は、ようやく態勢を立て直し始める。
しかし、まだ深海棲艦は大勢存在する。その中に、異様な行動を取る深海棲艦がいた。
航空母艦のような姿をした巨体の深海棲艦。彼女は戦闘に参加せず、ただこの場に深海棲艦をばら撒くだけだ。
しかし、はぐろのSSM-1Bを受けてからは様子がおかしい。SSM-1Bを受けるまでは彫像のようだったのだが、今は痛みに苦悶しひたすら呻いている。何故攻撃してこないのか。とても不気味だ。
『痛イ………痛イ、痛イ……』
両腕で頭を抱えて、子供のように巨体の深海棲艦は嘆く。
『ココジャ、ナイ、ノ…? 帰ル、場所ハ……。帰ル……。アノ場所ニ……、帰、ル……』
再び黒い霧が発生し、巨大な深海棲艦の全身を包んだ。そして
◇◇
62口径5インチ単装砲から上がる硝煙の香りに包まれながら、戦闘海域から遠く離れた場所をあたご型ミサイル護衛艦はぐろは曙を連れて航行していた。
はぐろは米艦隊の元に加賀達が到着したのをレーダーで確認すると頬の緊張を少し緩めた。
「撃ち方止め。……良かった。間に合って」
はぐろはSSM-1Bを2発放った後、SH-60Kの中間誘導のもと、誘導砲弾を使用して米艦隊を支援していた。支援と言っても敵が密集している辺りに威嚇射撃していただけだが。
誘導砲弾とはいえ最大射程距離ギリギリだ。GPSの恩恵を得られないため、最初から命中なんて期待していない。1発でも当たったら御の字。ただ敵の目を戦闘海域から遥か遠い
「曙、針路変更。方位250、そのあと2分後に方位310に転進」
「……了解」
はぐろは釣り上げた敵艦隊と鉢合わせしないように針路をずらす。曙はきっちりとはぐろの航跡をなぞった。できることなら会敵したくないというのがはぐろの本音だ。釣り出した艦隊を撃滅しても、特に戦局には寄与しない。レーダーで敵の動きは逐次わかっている。うまくかわせば、問題はないだろう。
「しかし、
はぐろは険しい表情で呟いた。レーダーで見る限り、一番大きな反応の深海棲艦は特に反応に変わりはない。航行にも影響はない様子。行動不能にする艦は多いほうがいいと思って目標は分散したが、選択ミスだったろうか。
やはり問題は巨体の深海棲艦だ。対艦ミサイルは予算の関係で補給が難しい。先のことを考えるとここで一気に使うこともできない。誘導砲弾も精密さに欠ける以上、対艦ミサイルしか選択肢はないが使うかどうか悩む。
ともかくはぐろの戦闘は一旦終わりだ。加賀達が戦闘海域に到着した以上、はぐろが時間を稼ぐ理由はないし、加賀達に任せるのが一番だろう。
はぐろはしばらく様子を見ることにした。
「…ちょっといい」
今まで黙っていた曙がはぐろに声を掛けてきた。今まで何も会話がなかったため、思わずはぐろは少し身構えてしまう。
「な、何?」
「……あんたに聞きたい事があるの。“あたご型ミサイル護衛艦はぐろ”」
静かな口調ではっきりと曙は言い放った。対艦ミサイルを何発も食らったかのような衝撃に、思わずはぐろは振り返っていた。
何故それを知っているのか。驚愕を露わにするはぐろを、曙はジッと睨みつけていた。
◇◇
いきたい。まだ行きたい。
この身が朽ち果てるまで、まだ一緒にこの世界で生きたい。
まだ……いきたかった……。
どうしようもなかった。何もすることが出来なかった。
そんなのはとっくの昔に知っていた。この身は何があっても見ているだけしかできない事は。
でも納得出来なかった。黙って見送るなんて。あいつを独りで行かせるなんて。
もしも。もしもの話だけど。もしも願いが叶うなら。
たった1度だけでいい。あいつと行かせて。あいつと同じ
敢えて言わせてもらおう。反省はしている、後悔はしていない。多分読者の皆さんから怒られるかもしれないけど、ミッドウェー諸島と空母が出てきたからどうしても書きたかった。どうしてもネタをやりたかった。それだけです。
というか説明臭い所ちゃんと読者の方に伝えられる文章になっているか少し不安。文章の構成にもちょっと自信が…。やっぱりもっと文才ほしいな。
ちなみに、曙編ことミッドウェー海域編は次話で終わる予定です。巨大な深海棲艦などについても次話にて語られる予定です。
お楽しみに~。
特に本編には絡まない今回の話の米海軍の裏設定集。
・F4H-1F艦上戦闘機
F-4B艦上戦闘機の命名規則が変更される前の名称。愛称はPhantomⅡ。
史実のF-4より開発時期が早く、1959年12月に米海軍ミッドウェイ航空隊に1個飛行隊分が配備された。
F4HとF8Uのどちらがソ連製航空機と深海棲艦の艦載機に対抗できるか討論され、機銃よりもミサイルの方が有効と判断されたことからミサイルを多数運用できるF4Hが採用された。F8Uは少数配備に留まっている。
勿論ミサイル万能論により機銃は廃止されている。
・F3H-2艦上戦闘機
ほぼ史実通り。F4H-1Fがまだ揃ってなかったため、ラーズグリーズ隊などはF4H-1Fが配備されるまで場繋ぎとして運用。F3H-2はF3Hがスパローを使えるように改修された型式。
F3Hの登場理由は、愛称がdemon(悪魔)だったという、後述のラーズグリーズ隊と関連して作者がピッタリだなと感じたことから。
ちなみにF3H-2が機銃を使って深海棲艦の艦載機相手に奮闘した事からこの戦い以降に製造されたF4Hは機銃が装備された模様。
・ウォードッグ隊
空母ミッドウェイ航空隊。
・ラーズグリーズ隊
空母ミッドウェイ航空隊。第5空母航空団
・ブルーハウンド隊
空母ミッドウェイ航空隊。第5空母航空団
・バイキング隊
空母ミッドウェイ航空隊。第5空母航空団
・第5空母航空団
現実に存在する部隊でエースコンバット5から取った架空の部隊ではない(航空団隷下の部隊は全部架空)。個人的に今回のネタとして採用する上で随分ピッタリだなとは思ったけども。
ちなみに、1973年に横須賀にミッドウェイが配備された時、第5空母航空団も一緒に日本に来るなどミッドウェイと第5空母航空団は浅からぬ縁がある。
・アイオワ級戦艦イリノイ、ケンタッキー
名前だけ登場。アイオワ級戦艦の5番艦と6番艦。深海棲艦との戦いでアイオワ級戦艦が2隻沈められ、2隻が損傷したため、史実とは異なり建造が中止されなかった。
・重巡洋艦デモイン、軽巡洋艦ロアノーク、駆逐艦エヴァソール、駆逐艦カーペンター
それぞれデモイン級重巡洋艦、ウースター級軽巡洋艦、ギアリング級駆逐艦に属するアメリカ海軍艦艇。日本に派遣されるアメリカ海軍太平洋艦隊第70任務部隊所属艦。
1945年以降1955年以前に就役した艦艇を作者が無作為に選出。特にエースコンバット5とは関係ない。
・駆逐艦ジョン・S・マケイン
ミッチャー級駆逐艦。第70任務部隊所属。ちなみに2代目であるアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦ジョン・S・マケインは、現在第7艦隊所属である。
・駆逐艦フィンチ
デモインなど史実の艦名が並ぶ中しれっと混ざっていた、エースコンバット5に登場した艦名を元ネタにしたギアリング級駆逐艦。
一応アメリカ海軍の護衛駆逐艦の中にフィンチの艦名があるけど、それとは関係ない架空のギアリング級駆逐艦。
なおウィキペディア先生参照。
今更ながらワット大佐以外の在日米海軍横須賀基地の軍人の紹介。
・大尉
横須賀勤務の男性米海軍士官。イングランド系米国人。ロリコンの気がある。ファミリーネームはボルト。
・軍曹
横須賀勤務の男性米海軍下士官。フランス系米国人。好みは巨乳の女性。ファミリーネームはアンペール。
・伍長
横須賀勤務の女性米海軍下士官。ドイツ系米国人。ひんぬーで背の高さも普通。横須賀の同僚が変態ばかりのため、少しストレスを感じている。好みは勇敢な男性。ファミリーネームはオーム。
電気の単位とは一才関係ないですよ?