艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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ごめんなさい、昨日のうちにあげられませんでした。
それから前回の更新で言い忘れていたのですが、当作品がUA数5万を突破しました。本当にありがとうございます。それから今回の更新がおそらく今年最後のものになると思います。
では、前書きはこの辺にして、本文の方をどうぞ。


遠征・後編

 2025年4月30日。

 この日、第4護衛隊群を中心に集められた護衛艦が演習を行っていた。その演習は無事終了した。

 演習の終了後、はぐろはむらさめ型護衛艦いなづまの艦魂に向かって言った。

「ごめんね、いなづま…」

「はい?」

 唐突に謝ったはぐろに、いなづまは怪訝そうに聞き返した。

「あの…何が〝ごめん〟なんですか?」

「だって、…貴女に被害担当艦なんて役をさせちゃった…。私はイージス護衛艦なのに…」

 シュミレーションで敵国より弾道ミサイルが発射されたため、はぐろとこんごうが迎撃態勢に入った。

 その直後に、敵役だったそうりゅう型潜水艦から奇襲攻撃を受け、迎撃が間に合わずはぐろを護るためにいなづまが盾となったのだ。

 結果としていなづまは大破したが、反撃に転じた他の護衛艦が潜水艦を沈め、弾道ミサイルも無事迎撃できた。

 だがはぐろの艦魂はその結果に満足していなかった。

 (イージス)が誰かに護られるようでは、いざという時、本当に誰かを護れるのか。

 落ち込むはぐろにいなづまは呆れた風で言った。

「はぐろさんは馬鹿ですねえ」

「なっ…」

 いきなり馬鹿と言われてはぐろは絶句した。

 いなづまは滔々と語る。

「イージス護衛艦だから何でもできなければならないと思うのは間違いですよ。だいたいはぐろさん達イージス護衛艦だけで全部解決できるならいなづま達はとっくに退役してます」

「うぐっ…」

 いなづまの言う通りだ。

 8隻のイージス護衛艦が何でもできるなら、広大な領海を維持する事ができるなら。たった8隻のイージス護衛艦だけで十分なのだ。

 でも現実はそうではない。イージス艦にも同時対処できる数に限度はある。イージス護衛艦だけでは護りきれないものがある。

 だから。

「だから私達がいるんですよ。能力の高い貴女達でもできてしまう穴を埋めるために。貴女達が護り、私達が支える。つまりは、そういうことです」

 はぐろより旧式で小さい護衛艦の艦魂は、笑顔でそう言った。

「そっか……。ごめんね、いなづま」

 またはぐろは謝った。こんな不甲斐ないイージス護衛艦で本当に申し訳ない。

 それに対していなづまは呆れた様子でため息を吐く。

「はぐろさん。こういう時は、〝ありがとう〟って言うんです」

「…そう、なの?」

 弱気な声で聞き返したはぐろに、いなづまは首肯する。

「はい! 謝られるよりも感謝された方が、いなづまの気持ちも良いです」

「……ありがとう、いなづま」

 感謝の気持ちを込めて、はぐろは呟いた。

 なるほど。演習の結果は変わらないけど。はぐろはなんだか気分が少し晴れた気がした。

「でもそんなこともわからないんじゃ、まだまだあけぼのに怒られっぱなしですよ」

「ぐっ…」

 ぐうの音も出ないはぐろだった。あぁ、この艦魂(ヒト)は上げて落とす性格だったなと、今更ながら思い出していた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 海の中に飲み込まれた後、はぐろは手足をジタバタしていたが、どう足掻いても浮上することはできそうにない。それに息ができないという感じでもない。しばらく無意味に暴れて意味がないことを知り、観念したはぐろは大人しくなる。

(他の人たちは…?)

 はぐろは艦隊の僚艦を探すが、周りは限りなく黒に近い、深い青に閉ざされて天龍も駆逐艦達の姿も捉えられない。そもそも天龍が何かした後にこうなったから大丈夫なはず、とはぐろはようやく冷静になった頭で考えた。

 不意にはぐろはぞくりと背筋が凍る視線を感じた。反射的にそちらを見る。

 誰かがいた。深い闇の中でもわかる威光を背に、古代の民族衣装のようなものを着た少年が大きな泡の上で片膝を立てて座っている。少年はふんぞり返って、つまらなそうなものを見る目ではぐろを観察している。黒曜石のような瞳がはぐろを捉えて、瞬きも息をすることさえ許さない。

 やおら少年ははぐろに手を伸ばした。

 驚いたはぐろの口からゴボリと出た、大量の泡が少年の姿を遮っていく。

 完全に少年の姿が見えなくなる前に、不機嫌そうな顔をした少年の唇が弓なりに歪んだようにはぐろは見えた。

 そのまま泡に包まれて浮上するような感覚の後、気付けばはぐろは再び海上にいた。だが潮風の感触が変わっており、肌に空気が少し刺さった。そして空が暗くなっている。見上げれば満天の星々。夜天の主である半月は、既に旅路の4分の3を過ぎていた。

「これは…」

 演習室の時もそうだったが、常識では測れない現状にはぐろは呆気にとられる。海面が割れて海の中に沈んだかと思えば、今度は夜の海上にいる。

 一体何が起こったのかまるでわからない。これが日本海軍の移動術だというのか。なんて恐ろしいのだ。

 その感想を横須賀で事情を知っているメンバーが聞けば、「お前が言うな」と口を揃えて言うだろうが。

 心を奪われていたはぐろを、天龍の声が現実に引き戻した。

「ん~? 妙だな。なんで早朝じゃないんだ?」

「天龍さん、どういう事ですか?」

 空を見上げて頭を掻いている天龍に、はぐろが問いかけた。

「あー、つまりこういうことだ」

 記憶喪失である平沼に状況を説明しようと、天龍は億劫そうに口を開いた。

 移動術は、巫女謹製の呪符によって艦娘を離れた海上へと送る、日本海軍の秘術の1つだ。

 この時、海神ワダツヒコの恩恵である海の門を使用するのだが、緊急事態を除いて、通常は約16時間後に送られる制約がつく。また門が開かれる場所はあらかじめ決められた海上だけであるなど、色々制約もある。元の世界では非常時にしか使われなかった。

 なのにこの世界で現在門が使われるのは、その目的が艦娘の長距離の航海による精神的疲労をできる限り減らすことにある。

 元の世界で陽ノ下皇国海軍は基本的に沿海域での活動を行っていた。艦娘は艦娘という存在であり、一般人とは区別される存在だ。だが食事をする、睡眠をとるなど基本的に人間と変わらない。そのため、人の枠を超えた長時間の航海はできない。また、押し寄せる深海棲艦を倒せればいいので、特に対策は取っていなかった。

 だがエイセプロン共和国との交流を深めてもいたため、航路を確保するために、長時間の作戦を遂行するために艦娘支援用の艦船も建造された。だが、残念ながらこの世界に艦娘支援用の艦船は流れてこなかった。

 なので、長時間の航海が必要な場合、米空軍の輸送機か海上防衛軍の駆逐艦、輸送船団のタンカーに同乗させてもらう形になっている。それができない場合は、移動術を使う形をとっている。

 そして問題は時間だ。1300(ヒトサンマルマル)に横須賀を出発し、約30分ほど掛けて門を発動させる場所に到着。で、16時間後に沖ノ鳥島近海の合流地点に送られる予定だった。

 つまり予定でははぐろ達が門を抜けた時は午前5時半。船団と合流する予定の時刻は午前6時。その30分前に船団と合流する地点に送られ、周辺海域の安全を確保する予定だったらしい。

 5時半なら東の水平線が明るくなっていてもおかしくないのに、どういう訳か空は暗いまま。

「天龍さん、大丈夫なんですか?」

 秋月が天龍に聞いた。他の駆逐艦達も不安そうに見ている。

「ちょっと待ってくれ」

 天龍は懐から小道具をいくつか取り出す。道具で天測して出た結果を、天龍は頭の中の知識と照らし合わせる。

「ゲッ、座標も狂ってるじゃねぇか。どうなってんだ?」

 天龍は苦虫を噛み潰したような表情で声を漏らした。それを聞いた電達の不安はさらに増大した。

 麾下の艦娘達の不安を一身に受ける天龍だが、姿勢が全く揺るがない。これ以上余計に不安がらせないように落ち着いた声で言う。

「ん~…まぁ誤差の範囲内だ。合流地点とそんなに離れていない。合流時間は翌朝の0600だからな。それまでに着けば問題ないだろ」

 天龍は渋い顔をしているが、さほど深刻さを感じられない。予想外ではあるものの、修正できる範疇らしい。

 その事にはぐろはほっと息をついた。これ以上わけのわからない事はごめんだからだ。

 はぐろは夜空を見上げた。GPSがないため、はぐろには正確な座標がわからない。時間を掛ければ星座の動きから大雑把な位置を掴めるだろうが。67年くらいの差なら、星座の配置もほとんど変わらない。

 月と星を見ながらそんな事を考えていると、はぐろは小さな違和感を見つけた。

(ん? 月と星がよく見える?)

 違和感を感じたはぐろが自分の状況を確かめてみると、バイザーに何も光が灯っていない。天龍が移動術とやらを使う前はバイザーに様々なデータが映し出されていたのだが、今はただの透明な板で何も表示されていない。

 移動術とやらで頭がいっぱいだったはぐろは、システムが停止していることにようやく気付いた。

「あ、あれ?」

「どうした? 平沼」

 怪訝そうに天龍がはぐろに聞いた。

「すいません、システムがダウンしまして。あ、あれ?」

 少々パニックに陥りながらはぐろは言う。システムが機能しなければ、はぐろは戦闘不能どころの問題ではない。レーダーが機能しなくなれば、通常の航海にも支障が出る。

「今、再起動掛けます。ちょっと待って下さい」

 少々慌てながらはぐろが言う。背部の艤装に隠れていた、キーボードが付いたアームがはぐろの目の前に伸びてきた。

 戦闘時や通常の航海でもまず使わない非常用の装置なのだが、まさか本当に使う時が来るとは思わなかったと頭の中で呟きながら、はぐろは色んなボタンを押してシステムの再起動を試みる。

「だらしないわねぇ。レディだったら落ち着いて構えなきゃ」

 呆れながら腕を組んで暁が言った。

「暁、そんなこと言ってる暇があるなら、潜水艦に注意しとけ」

「わ、わかったわよ…」

 天龍に注意され、暁は海面に注意を向ける。他の3人も同じくだ。はぐろを囲み、潜水艦に備える。

 数分後。額に汗を浮かべながらキーボードを相手に格闘していたはぐろの努力がようやく実った。バイザーに再びレーダーや火器管制、ソナーなどの状況が映し出される。

 システムが無事再起動したことを確認すると、はぐろは深々と息を吐いた。

「よし、再起動完了しまし、ウッ…」

 いきなり呻いたはぐろに天龍が聞いた。

「平沼? どうした?」

「いえ、なんでも…。ちょっと頭痛が」

 システム再起動後、いきなりズキンと頭の中を痛みが走ったはぐろは、顔をしかめながら答えた。

 心配そうに電が尋ねる。

「大丈夫なのです?」

「えぇ大丈夫よ…」

 痛みに耐えながら努めて笑顔ではぐろは電に返事した。

「よし。複縦陣に陣形を組み直して、船団との合流地点に向かうぞ」

『はい!』

 艦娘達は門を使うより前に組んでいた陣形を再構築する。夜の暗い中でも、普段から訓練をしている艦娘達はぶつかる事無く組み直すことができた。

 一方、はぐろは頭に手を当てながら顔をしかめていた。

 任務中に急に頭が痛くなるとは、やはりさっきの海門で何かシステムに異常でも起きたのだろうかとはぐろは気になった。システムもダウンしたのだから、異常がないか調べてみることにする。

 出自が人間ではなく無機物に憑いた霊魂のため、はぐろはシステム関連の不調を疑ったわけだが、異常が見つかる前に緊急事態が発生する。

 耳に届けられた音とデータ化されてバイザーに表示された情報に、はぐろは目を剥く。そして口元のマイクに叫ぶ。

「そ、ソーナーに感! 潜水艦です! さ、さらに魚雷発射音! 魚雷4、方位095から接近中! 接触まで…15秒!」

「何っ!? 全員回避!!」

 はぐろの警報を受け、天龍の号令で艦娘達は一斉に機関の圧力をあげ、陣形を解除して右へ左へ舵を切る。4本の魚雷が回避行動を行う彼女達の航跡を横切っていった。

「よっしゃぁ、かわしたっ!」

 誰も被雷しなかったことを喜んで天龍は叫んだ。だがまだ終わってはいない。その事を示すかのように、はぐろは叫んだ。

「いえ、まだ来ます! っ同方位から魚雷2! 方位273からも魚雷4、急速接近中!」

 はぐろの報告通り、陣形が崩れた艦隊を挟み込むように魚雷が突進してくる。敵の潜水艦は2隻いるようだ。

「かわせっ!」

 天龍が叫んだ。だが奇襲による混乱が艦娘達に与えた隙は大きい。一条の雷跡が、回避運動を行う電にさらに向かっていく。その小さな身体を破壊せんと、スクリューを回して突進していく。

「電!」

 天龍が、雷がその名を叫ぶ。

 雷と天龍が自分の名前を呼ぶのを、電は聞いた。衝撃と痛みに備えて、電は無意識にギュッと目をつぶる。

 砲撃音が1発轟いた。爆発音が連続して響く。

 そして水柱が立て続けに2つ上がった。

「……。…、………あれ?」

 冷たい海水を浴びて、電は恐る恐る目を開けるが水柱と水煙に遮られて何も見えない。

 状況の変化に電が戸惑っていると、水煙を破って見慣れた顔が突っ込んできた。

「電、大丈夫!? どこも痛いところない!?」

 青ざめた表情の雷が怪我はないかと電の体中をまさぐる。

「は、はい。大丈夫なのです」

「よかったぁぁあ…」

 妹の無事を確認し、雷は思わずといった様子で抱き着いた。だが電は何が起こったのかわからず雷に抱きつかれたまま困惑している。

 一体なぜ自分は無事なのか。電が視線を巡らせた時、夜空を背にした実験艦の姿が瞳に映った。だが彼女の周囲に不自然な煙らしきものが薄く見える。

 まさかと電は思った。だが水しぶきに包まれる前、砲撃音らしい音が聞こえた気もする。電はたぶんそうだと思うが、彼女が想像した通り、はぐろが咄嗟に、魚雷の手前の海面に主砲を撃ったのだ。砲弾が海面に着弾した結果、突発的に波が変化する。そこへ突っ込んだ魚雷は、突然変化した波の影響を受けて信管が誤作動し、電の目の前で炸裂したのだ。

 はぐろは電に被雷した様子がない事にホッとする。駆逐艦が魚雷を受ければ、瞬く間に沈んでしまうだろう。

 だがこの場は既に戦場だ。頭の中で砲撃のような頭痛が轟いていても、ボーッとしてはいられない。はぐろは自艦と艦隊にこれ以上の被害を出さないために戦闘を開始する。

「ッ…、対潜戦闘よーい! アクティブ捜索開始! 航空機、緊急発艦用意! 準備でき次第発艦!」

 はぐろの背部にある格納庫の中からSH-60Kが現れ、飛行甲板まで進むと発艦準備を進める。はぐろの太股にある、俵積みの三連装魚雷発射管が稼働し、垂直に向けられていた筒先が海面を向く。

 はぐろは他に07式垂直対潜ロケット(07式VLA)の発射を準備する。また、先程の魚雷は無誘導だったが、誘導魚雷を持っていないとも限らない。デコイやジャマーなど対魚雷防御装置も起動しておく。

 そうこうしている間にアクティブソナーが敵潜水艦を捉えた。数2。奇襲に失敗した敵潜水艦は、位置を変えようとしている。逃走のためか再攻撃のためか。どちらかだとしても、はぐろの選択肢は1つだ。

 一方はぐろが対潜戦闘に備えている間、天龍も潜水艦を退治するため麾下の艦娘に命令を行う。

「暁、秋月! 3時の方向の敵潜水艦を攻撃しろ、無理はしなくていい」

「わかったわ、レディに任せなさい」

「了解です!」

 白浪を立てて2人は敵潜水艦が潜伏していると思われる海域に向かう。この2人は対空メインの装備しか積んでおらず、対潜戦闘を行うには不安が残るが、攻撃を受けた電と電の安否確認に向かった雷、頭痛がするらしいはぐろ(平沼)は除外するしかない。となれば、即座に判断して送り出せる戦力は暁と秋月しかいなかった。

 だが、敵潜水艦はもう1隻いる。そちらをやるには電達の力が必要だ。

 天龍は無線で電の安否を確認しようとする。だがそれよりも先にはぐろに声を掛けられた。

「天龍さん、私が敵潜水艦をヤります! 許可を下さい!」

「は? …やるって、大丈夫なのか?」

 思わず天龍は聞き返していた。頭痛がするというなら大人しく下がっていた方がいいと判断していたため、天龍は戦力から除外していた。

 はぐろはまだ頭痛が収まった様子ではなく険しい表情だが、天龍に大きく頷いて見せる。自分はやれると。

 その意を汲んだ天龍は、

「わかった。許可する」

 旗艦から許可が出たはぐろは、直ちに攻撃を開始する。

「VLA攻撃用意。射線クリア。発射用意よし」

 はぐろの艦首側の台座に設置されたVLSの蓋が2つ開口する。07式VLAに目標の情報が入力される。

「…発射用意。()ー」

 口元のマイクに言いながら、はぐろはトリガーの発射ボタンを押した。

 はぐろから07式垂直対潜ロケットが続けざまに2発放たれた。それぞれの目標に向かって飛翔する。

 確かに許可は出したが、潜水艦を撃沈するのに爆雷ではなく何故噴進弾を使うのか、見ていた天龍はわからなかった。

「平沼、お前何してるんだ?」

 天龍の問いにはぐろは応じず、風上に向かう。狭い飛行甲板に出ていたSH-60Kは唸りを上げていて、既に飛び立つ準備を終えていた。

「準備完了。航空機発艦!」

 その声と共に、対潜装備を搭載したSH-60Kがはぐろの背部にある飛行甲板から飛び立つ。

「何だありゃ」

 初めて哨戒ヘリを目撃した天龍は、その飛び方に目を丸くした。

 天龍が驚いている間に07式垂直対潜ロケット(VLA)は目標付近で弾頭の魚雷を切り離す。07式VLAから切り離された12式魚雷は、パラシュートを展開して落下速度を遅くしながら海面に着水する。

「ちょっと、何なのこれ!?」

「今の、ひょっとして…」

 いきなり頭上を飛び越えて、空から降ってきた得体の知れない物に、暁は文句を言った。秋月は見たことがない装備でありながら、はぐろが放ったものと推測した。

 だが12式魚雷は、そんなことは知らぬとパラシュートを切り離し、自身から探信音を放って標的を捜索しながら突進していく。

 これから何が起こるか、知っているのは07式VLAを撃った当人と、狙われている潜水艦達だ。

 海中に潜んでいた深海棲艦のカ級潜水艦達は、既に自分に危険が迫っていることに気づいていた。音だ。敵が自身の位置を探る音を放っている。奇襲が失敗し、自分達の位置がばれた時点で逃げに徹するしかなく、2隻のカ級は慌てて逃げだしていた。だが、はぐろに発見された時点でもう遅い。

 しばらくして空から降ってきた何かの着水音に続き、再度聞こえ始めた音から深海の潜水艦達は必死に逃げる。

 近づいてくる音の正体が何であるか、カ級達は知らない。しかし音に追いつかれた時点で自分達の運命は終わるという事を悟っていた。だから必死になって音から逃げようとする。

 だが、努力を嘲笑うように、徐々に死の足音が迫りくる。カ級の最大速力を超えて追いかけてくる。お前はどう足掻いても逃げられないのだと高笑いしながら。

 そして必中の銛を放った狩人は、静かにその時を待つ。

「魚雷、命中まであと5,4,3,2…」

 バイザーに魚雷を示す輝点と敵潜水艦を示す輝点が重なり合う。

 背後に迫った気配を感じて、カ級は最期に振り返った。自分を討つのが何なのか知りたくて、そしてそれを見た。

 スクリューを使って、暗い海中の中をまっすぐに向かってくる棒状の物体をカ級が視認した瞬間、12式魚雷は海中に潜む黒い鯨を狩る銛となって穿つ。

「…マークインターセプト」

 はぐろが呟くと同時に、遠くのほうで高く白い柱が2つ、海にできた。はぐろから飛び立ったSH-60Kが暁班が向かった方の現場海域に到着し、はぐろに報告する。

「……哨戒機より入電。…海面に浮遊物多数。目標の撃沈を確認」

「……すげぇな」

 天龍は呆然と呟いた。駆逐艦達はもはや言葉も出ない。これほど鮮やかに潜水艦を撃沈したのは見たこともない。

 一方のはぐろはまだ警戒を解いていなかった。まだ潜水艦が潜伏している可能性がある。アクティブソナーで周囲一帯に潜水艦がいるかどうか捜索するが、反応はない。ヘリも電達の方に向かいながら捜索しているが、特に反応はない模様。対空・対水上にも目を配るが、特に反応はない。

「天龍さん、周辺海域で新たな脅威は探知されず。以上です。対潜戦闘、用具収めー」

「あ、あぁ…。わかった…。おい、お前ら。さっさと戻ってこい」

 天龍はやや放心していたが、ベテラン故か立ち直りが早い。暁達に戻ってくるよう呼びかける。

 暫くして自分達がやるべき役目を取られた暁達が戻ってきた。電達も集合してくる。

 何故か暁がパニック状態になっている。

「ね、ねねねねねぇ! さっきの何? 何が起こったのよ!? 変なのが飛んできたと思ったらいきなり海が爆発したわよ!」

 暁の様子を見かねて、はぐろは自分が何をしたのか説明しようと口を開いた。

「あー、私が攻撃したのよ。爆雷に代わる新型の対潜兵器、といってもいいのかな」

 要所を省いたはぐろの適当な説明に駆逐艦達は「おぉー…」と感嘆していた。さらに秋月は「さすが師匠です…!」と感動に震えている。

 何ともこそばゆい感じだ。はぐろとしてはいつも通りのことなのだが、この世界に来てからやけに持ち上げられる事が多い気がする。技術格差があるのだから、ある意味当然なのかもしれないが。

 頭を掻くはぐろに、天龍は静かに言った。

「…まぁ、平沼。よくやってくれた」

 天龍ははぐろが手際よく敵潜水艦を撃沈した事を褒める。それに電の窮地を救った。間違いなく今夜のMVPははぐろだ。だがはぐろは浮かない様子。

「いえ、敵潜水艦に気づくのが遅れました。ごめんね、電。危ない目に遭わせて」

 魚雷発射寸前とはいえ、艦隊で最初に潜水艦に気付いたと言うのに、申し訳なさそうにはぐろは謝った。

 逆に謝られた電は恐縮した様子でパタパタと手を振りながらお礼を言った。

「えっ、えぇっ? 電は無事なのですからそんな事しないでください!」

「そうよ! 電を助けてくれて、本当に感謝するわ!」

「あ、貴女の事。み、見直してあげてもいいわ!」

 電の姉妹である暁と雷も口々に礼を言ったりはぐろを称賛する。

 だがはぐろにとってはそうもいかない。前大戦の戦訓から海上自衛隊はシーレーン防衛に重きを置いている。

 特に潜水艦の通商破壊作戦を想定し、対潜能力が世界第2位と評されるほどに、対潜戦闘に異様に情熱を傾けている。

 いかに対空艦のイージス護衛艦とはいえ、潜水艦に気付けなかったというのは忸怩たる思いがこみ上げてくる。

 やはり道具が道具を使いこなすのは無理なのだろうか。

 ショックのあまり、はぐろは気づいていない。潜水艦の反応が消えて、間を置かずに頭痛も収まった事を。

 それが何を意味するのか、気付くのはまだ先の話……―――。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 はぐろに撃沈された2隻のカ級の残骸は、静かに沈降していく。もう2度と日の目を見る機会のない、暗い暗い海の底へ。

 ゆっくりと深海棲艦の体が崩れていく。髪の一本に至るまで消失していく。

 残ったのは2つの白い光だった。光は弱弱しく発光している。その近くに突然割れ目ができた。なのに海水がそこに流入していく様子はない。しかし光は割れ目に吸い込まれるように消えていった。光が割れ目に消えると同時に割れ目も消失する。

 それを不機嫌そうに、少年の姿をした存在は見ていた。そして彼が体を翻すと、その姿は暗い闇の中に消えた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 東の水平線の向こうからゆっくり顔を覗かせた。

 船団と護衛部隊との会合点に到着したはぐろと天龍達は、合流地点周辺に敵がいないか警戒に当たっていた。

 はぐろも艦載ヘリのSH-60Kを飛ばし、潜水艦への警戒を強める。

 間もなく、船団との会合時刻という頃。SH-60Kの対水上レーダーが何かを探知した。データリンクを介して、はぐろに情報を送ってくる。

「……! 哨戒機より入電。水上船舶多数探知。……おそらく輸送船団とその護衛部隊です」

 はぐろの報告に、天龍は欠伸をこらえながら、水平線の遥か向こうを眺めた。

「わかった。…ようやく来たか」

 やがて水平線上にぽつぽつと点が現れた。日本の生命線である輸送船団だ。その上空をラジコンヘリのサイズまで縮んだ哨戒ヘリが飛んでいる。

 油や資源をたっぷり腹に抱えた輸送船の近くには、小さな人影が複数見える。

 先頭で護衛部隊を率いているのは、帽子を被り天龍と同じく眼帯をつけた艦娘だ。外套も着ていて、なんだか格好いい。

 その艦娘に天龍はニヤリと微笑を浮かべながら聞いた。

「よう、木曾。生きてるか?」

「あ? 見りゃわかんだろ。それともお前の片眼にはこの足が見えねえってか」

 笑みを浮かべて軽い冗談を交わしあう軽巡洋艦と重雷装艦達。電達も南方から護衛して来た艦隊の駆逐艦達に挨拶する。

「お久しぶりなのです。吹雪さん」

「久しぶりー、皆」

「あれ? 初雪は?」

「初雪は磯波と船で休息中です」

 セーラー服を着た素朴そうな駆逐艦達と電達が挨拶している。

 やがて木曾がはぐろに気づいて天龍に質問した。

「初めて見る顔がいんな。誰だ? ひょっとして上を飛んでるのもこいつのか?」

「あぁ、こいつは実験艦の平沼ってんだ。平沼、こいつは重雷装艦に改装された球磨型の木曾だ」

 天龍に紹介された木曾は、はぐろに向き直ってニヤリとやや怖そうな笑みを浮かべる。

「木曾だ。よろしくな。こいつらは特型の連中だ。右から吹雪、白雪、深雪だ」

「吹雪です。初めまして」

「白雪です」

「深雪だよ。よろしくな」

 吹雪に続いて白雪、深雪が元気一杯の挨拶をした。

「平沼型特殊兵装実験艦平沼です。こちらこそよろしくお願いします」

 木曾達は興味深そうな目ではぐろを観察している。なにせ今まで特殊兵装実験艦という公式の艦種はなかった。夕張も兵装実験艦と自称したりそう呼ばれたりもするが、公式の種別は軽巡洋艦に分類される。さらに言えば、見たこともない装備、上空を飛び回るオートジャイロのような艦載機、これを見て興味がないと思えたら、逆におかしいだろう。

 しかし彼女達にも任務があるため、艦娘達は洋上での出会いもそこそこに別れる。

 しばらく同行した後、木曾は船団の団長に無線で任務終了と護衛の交代を報告した。

「じゃ後は任せた」

「おぅ、確かに引き継いだぜ」

 片手を上げて、

「潜水艦に気をつけろよ」

「わかってるっつの」

 護衛任務を終えた木曾達は南方鎮守府への便がある、米海軍飛行場が置かれた硫黄島に向かう。

 代わりにはぐろ達が船団を取り囲み、本土への航路を取った。東の空に、心地良い風が吹いていた。

 

 

 ◇◇

 

 

 その頃の横須賀米海軍庁舎。

「大佐。エコーを含むフォックストロットの追尾には失敗したそうです」

「そうか…」

 軍曹から失敗の報告を受けてもワット大佐の表情に特に感情の揺らぎはない。元より成功するとも思っていない。それに艦娘の洋上追跡に失敗するのは、いつもの事だ。

「まぁそんなことより、昨日中破して帰ってきたタカオとアタゴの写真を眺めようじゃないか」

「良いんですか、そんなこと扱いで?」

 呆れた様子で言った軍曹に、ワット大佐は写真を取り出しながら逆に聞き返す。

「何だ、軍曹は見ないのか?」

「見ます」

 軍曹は即座に手のひらを返した。

「……何でここは馬鹿しかいないのよ…」

 まだ20半ばなのに胃薬が手放せないってどういうことなのよ、と内心で愚痴りながら伍長はため息を吐いた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 護衛任務を無事終え、損害もなく横須賀に帰港した天龍は、報告するために提督執務室に出頭していた。

「提督、今帰った。任務終了を報告するぜ。途中予想外の事があったり、船団と合流する前に潜水艦から奇襲されたりしたが、被害もない。逆に潜水艦を返り討ちにしてやった」

 天龍の報告を聞いた江李は、書類の処理を同時に進めながら言う。士官の少ない日本海軍は提督でもやることが多いのだ。

「ご苦労様。報告書は今日中にきちんと提出しておいてね」

「あぁ、わかった」

 そう言って天龍は執務室の扉へ向かう。ドアノブに手を掛ける前に、天龍は江李に質問した。

「なぁ提督、平沼は一体何者だ?」

 不意の質問に一瞬江李は何を聞かれたのかわからなかった。急に紙をペン先がこする音が止まる。一気に室内が静かになった。空気がいやに凪いでいる。天龍は鋭い視線を江李に向けていた。

 ややあって冷静な口調で江李が言った。

「何者って、…この前の歓迎会で言ったでしょ。記憶喪失の特殊兵装実験艦だって」

「……そうかい」

 江李の回答を聞いた天龍は少し不満そうだった。

 門の異常事態、特殊兵装実験艦の異様に高性能な装備、遠征に出る前の巫女の妙な行動。理解できない事が山ほどもある。だが天龍は一応納得することにした。

 自分が難しいことを考えるのは苦手な性分である事を理解している。だからわからないことを考え続けようとしても意味はない。それにはぐろ(平沼)は電を救った。

 何か腑に落ちない部分はあるが、今回のことで分かった。当人に隠し事があろうが後ろめたい事があろうが、天龍は平沼が仲間だと胸を張って言える。たった一夜の付き合いで、はぐろの為人(ひととなり)をある程度理解した天龍はそう思える。

「ま、あんたらが何隠してるかは知らんが、いつか話してくれよ」

 だからそれだけを言い残して、天龍は執務室から出て行った。

「はぁー…。さすがベテランということかしらね…」

 天龍がいなくなった執務室で、江李は呟いた。

 全員が天龍みたいに察しが良かったら、はぐろの事も公然の秘密として扱えるのにな、と江李は思った。

 ちなみにVLA2発消費で、江李がため息を吐くのはこれから数時間後の事。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 遠征終了後、はぐろは間宮で6駆の駆逐艦達にスイーツを奢ってもらっていた。曰く電を助けてくれたお礼。ちゃっかり秋月も師匠と甘味を食べられる機会だと同席している。ただし秋月は自腹だ。

 だがはぐろは間宮の甘味を奢られるというのに全く浮かない顔をしていた。それどころかまた電を危険に晒した事を詫びる。

「本当にごめんね、電…」

「もー、そんなに気にしないの」

「全く終わったことをいつまでも気にするなんて、レディじゃないわ」

 雷や暁はそう言うが、やはりはぐろとしては、魚雷が発射される寸前でようやく敵潜水艦に気付いたというのは、護衛艦として反省しなければならない。

「平沼さん、落ち込まないでください。平沼さんのおかげで電は助かったのですから」

 はぐろに近寄った電は、はぐろの手を握りしめて言った。

「平沼さん、…『ありがとう』なのです」

 はぐろは目を見開いた。

 電の声に重なって懐かしい知己の声が聞こえたような気がした。

 いつだったか、はぐろはその知己に嗜められた事がある。イージス護衛艦も万能ではない、何でもできるわけじゃないと。

 だから仲間がいる。支え、助けてくれる仲間がいるのだと。

 教わった心構えを忘れるはずがない。そう思っていたが、どうやら自分はむらさめ型の艦魂達に指導し直されなければならないようだ。馬鹿は沈没()んでも治らないと言うが、自分はその手のようだと、はぐろは内心で自嘲する。

 でも同時に、はぐろは己に空いていた穴が少しだけ埋まったような気がした。

「…そっか。…うん。ありがとう、(いなづま)

 礼を言うのは自分の方だ。ある護衛艦の艦魂に色々と大切なことを教えてもらった。その事を思い出した。

「はい?」

 何故自分の方がお礼を言われたのかもわからず、きょとんと電ははぐろを見上げた。するとはぐろは涙目になっていた。

「はわわ、どうしたのですか?」

 急に雰囲気の変わったはぐろに電は問いかける。

「ちょっと、昔の事を思い出してね」

 よしよしとはぐろは電の頭を撫でた。電はされるがままに撫でられる。

 雷が嬉しそうに聞いた。

「記憶が戻ったの?」

「ううん。ほんのちょっと。ほんのちょっと忘れていた事を思い出しただけよ」

 はぐろは、はにかんで言った。目が潤んできて、涙がこぼれない様に上を見上げる。

「うっ…」

 はぐろの口から嗚咽が漏れる。

 まだまだ一緒にいたかった。例え先に生まれた彼女たちが先にいなくなる運命だったとしても。

 会いたい…。

 いなづまだけでなく、うみぎりやさわぎり、ありあけ達とも。あの海戦を生き残った護衛艦とも。護衛艦隊に所属する他の仲間達とも。

 会いたいのに……!

 溢れてくる感情を抑えられず、はぐろは両手で顔を覆った。

「うっ、あっ、あぁぁぁぁぁぁぁっぁぁああぁぁぁっぁぁぁ……」

 喪ったもの、もう取り戻せないものの重みを改めて認識し、はぐろは堪えることができずその場で泣き崩れる。

 はぐろが突然泣き出した事に駆逐艦達は戸惑うが、何とかして泣き止ませようと声を掛けたり自分のデザートを勧めたりする。

 奥から間宮さんが現れて、どうしたのか尋ねてきた。店にいる他の艦娘も「なんだなんだ」とはぐろ達のテーブルを見ている。

 電があやす様にはぐろの背中をさすった。それがいなづまから「しっかりしてください」と励まされているようで、はぐろは大粒の涙が落ちるのを止められなかった。

 

 

 ◇◇

 

 

 

 忘れないで。

 例え貴女より先に沈むとしても。

 小さな私達は、貴女の(なか)にいます。

 

 

 

 

 

 

 




今回の間宮でのシーンは当作品で、ずっと書きたいなと思っていた場面の1つです。
いかがでしょうか。
なのでちょっと今回の投稿で少し肩の荷が降りた感じです。続きを考えていれば、肩の荷物もう少し増えそうですけど。

ちなみに遠征編は私の中では電編とも呼んでいました。現在は他に曙編、鳥海編を予定しています。
設定や世界観の下味をつけるのは前回まで一通り終わったので、この電編から物語は加速して他にもはぐろと艦娘達が絡んだりしていく予定です。次回も期待していただけたらなぁと思ってます。

まぁオリジナル成分もまだまだ結構あるので、読者の方に受け入れてもらえるかちょっと心配だったり…。(最近もらった評価0の原因がオリジナル設定だったので。)
ちょっと読者の皆さんに聞くのはあれなんですけど、このSS面白いでしょうか?

どんなご感想でも構いませんので、どうか一言お願いします。では、また。

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