艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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お久しぶりです。秋イベE-3甲が予想外にてこずりまして…ちょっと執筆の方、時間取れませんでした。鹿島さんは入手できたけど、グラーフや嵐達はドロップできなかったよ…。萩風まで行けなかった…。

まぁ終わった話はどこかにぽーい(夕立風)して、遠征編です。
どうぞ。


遠征・前編

 ねぇ、貴女はこの小さな存在が見えていますか――――――?

 

 

 ◇◇

 

 

 けたたましく鳴り響く音で、電は意識を呼び起こされた。目覚ましの音かと思ったが違う事が周りの雰囲気から感じられる。

「…はわわ。ここはどこなのです?」

 電は辺りを見ながら呟いた。見渡せば知らない暗い部屋。机の前に光っている板がある。薄暗く赤い(ランプ)が明滅している部屋の中にいるようだが様子がおかしい。周囲では青い制服に身を包んだ男達が慌ただしく報告を行っている。

 何度か部屋が揺れて、どこか遠くでは何かが爆発する音が聞こえてくる。

 早く逃げた方がいいんじゃないかと電が思っているうちに、壮年の男がマイクを取って言った。落ち着きがあり、しかしできる限り口調を速くして。

『艦長より達する。諸君、今までよくやってくれた。皆へ、心より感謝する。これが最後の艦長命令である。総員退艦。繰り返す、総員退艦せよ…』

 部下の男達は艦長の言葉に従って、きびきびと素早く部屋から出ていく。

 最後に部下全員が部屋から退出したことを確認すると、艦長も電の横をすり抜けて部屋から出ていった。

 そして部屋は無人になった。いや、1人だけ誰かいる。

 今の今まで電は気付かなかったが誰かが部屋の中に佇んでいた。その場所は丁度艦長が座っていた席の右隣だった。

 その人は電に背を向けていて顔は見えない。だが体の線の細さなどから女性じゃないかと電は見当をつけた。

『いなづまもこれまで、か。皆、あとはお願いします…』

 少女は誰かに話しかけるように言った。だが部屋の中には電以外にはいない。そして彼女は電に話しかけているわけではない。

『…もう、はぐろさんたら。イージス護衛艦のあなたが全く』

 “はぐろ”という人物を諌めるように少女は言った。だが部屋の中にははぐろらしき人物もいない。無線で話しているのだろうか。

『あ~あ、まだ皆と一緒に海を行きたかった、な…』

 残念そうに少女は独白した。

 爆発音がいよいよ大きくなり、振動も止まなくなる。金属音で鼓膜が破れてしまいそうだ。

 どうすればいいんだろう。警報が鳴りやまない部屋を不安そうに見回しながら電がそう思っていると不意に声をかけられた。

『そこの貴女』

「は、はいっ!なのです」

 今まで全然電の方を向かなかった少女が、電を見て笑っていた。

『あの人に伝えて。〝―――――〟って…。あの時伝えられなかった言葉を…。お願い』

「あ、あの人? あの人って誰なのです?」

 電の質問に少女が答える前に、風景が真っ白になっていく。

 何もかもが白く染まる前に電の目に入ってきたのは、儚く笑いながらも消えていく、綺麗な少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 近くでジリジリリリリリリリリリ!!! と騒音が響いている。手探りで電はスイッチを押して目覚まし時計を止める。

 夢から覚めた電はぼんやりと起き上がる。

「……あれ? なのです」

 電の頬を涙が伝っていた。

 夢を見た。悲しい夢、だったかもしれない。でも、どんな内容か忘れてしまった。

 それが電にとって最も悲しいことだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 先日の演習で、ある程度のデータ取りが終わり、はぐろは休暇を一日もらっていた。しかし休暇と言われても、はぐろはどうすればいいのかわからない。護衛艦だった時は、港に寄った時に乗員達が嬉しそうに上陸していくのを見送っていたが、自分は特に休日の使い方など思い浮かばない。

 ただ、休暇の名の通り身体を休めなければならないから、演習室に行って訓練もできない。

 しかし、日がな一日ボーっとしているのも勿体ない気がする。何か有意義に活用できないだろうかと考えながら、鎮守府の敷地内を散歩していると工廠の前まで来ていた。

 はぐろはしばらく立ち尽くしていたが、やがてふらふらと吸い込まれるように工廠の中へ入っていく。

 工具が散らばっていたり、設計書が乱雑に置かれている。

 むにゃむにゃと寝言を言いながら横になっている夕張の脇を通り過ぎて、はぐろは工廠の奥に向かった。

「うーん。ここはどうしようかな…? あ、平沼さん。こんにちわ」

 明石の近くにある机の上には試製対艦用噴進弾と銘打たれた設計図が乱雑に散らばっている。

「どうも。調子はいかがですか?」

「いやはや、まだまだと言った感じですよ。90式を基に開発しようにも、相当性能を落とさないと量産もできませんからね。合わせて発射システムなんかも開発しないといけませんし。とりあえず現段階では、安価で量産できることを第一にしてます。性能を落とすなんて、正直ちょっとつまらないですけど」

 明石はため息を吐いて言った。

「ところでどうしたんですか? 平沼さん、今日は確か非番でしたよね?」

「えぇ。散歩してたら通りがかりまして」

 そんな他愛無い話をしているうちに思い出した事があり、はぐろは明石にその事も確認した。

「明石さん、戦術データ・リンクができる装置の開発状況はどうですか?」

「あ~…。そちらもまだまだですね。何しろ今までそんな概念も装備もありませんでしたから」

 少々疲れた様子で明石が言った。

「そうですか…」

 先日まで行われた実験という名の性能調査で、はぐろは航空管制の実証実験の他に、SH-60Kとの連携も披露して見せた。

 もし出撃があれば、はぐろはできる限りミサイルを節約しなければならない。となると可能性は低いが、はぐろが砲戦を行う可能性もなくはない。だがミサイル以外で水上艦に対し有効に攻撃できるとしたら、たった一門の主砲以外にない。

 だが砲戦ははぐろにとって鬼門だ。演習では金剛と真っ正面からぶつかりあったが、実戦でやるとなるとかなりリスクが高い。一発でも被弾してレーダーや武器システムがお釈迦になれば、戦闘続行は難しい。

 となれば、機動部隊と行動を共にして砲戦になる可能性をできるだけ減らすか、はぐろの得意分野である超遠距離戦で戦うしかない。

 こんごう型と違う、あたご型の主砲。その名も62口径5インチ単装砲(Mk45 mod.4)。この単装砲はGPS誘導弾を使用することが可能だ。通常弾を使用した場合の最大射程は約37kmだが、長射程対地攻撃(LRLAP)弾を使用した場合は100㎞に迫る。ただし、この世界にはGPS衛星がない。そのためはぐろはLRLAP弾を使用できないと思っていたが、慣性航法装置(INS)と艦載機であるSH-60KでLRLAP弾を途中誘導すれば、ある程度の命中率は得られるのではないかと考えた。

 この実証実験は広範囲を使用するため、安全を確保するために誰も訓練していない時間を確保して仮想演習室で行われた。この実験は明石と夕張の工廠組と横須賀鎮守府の提督である天倉江李しか見ていない。そしてそれを見た3人は未来の技術の凄まじさを改めて痛感したそうな。

 さて話を戻して。現代戦において、データリンクはとても重要なシステムだ。陸海空、いずれの場所でも現代の戦争では不可欠なものになっている。

 だからはぐろとしては、この先自分が戦場に出ることが少なくとも、できることならデータリンクを装備化してほしいと思っていた。

 先日、はぐろの電探の情報を元に敵艦隊を攻撃するという想定で演習を行った。だが、その時に少し気になる事があった。

 加賀艦隊の位置を、はぐろが赤城に口頭で伝える。だが口頭で伝える事が危ういのではないかとはぐろは気にかかっていた。

 例えば何かの拍子で意思疎通に問題が起こった場合だ。お互いの認識にずれがあった場合、それは艦隊を危険に晒したり、攻撃が失敗したりするかもしれない。

 例えば前回の演習では、はぐろがうっかり敵航空隊の高度を伝え忘れ、味方戦闘機隊が危うくすれ違うという重大なミスを犯すところだった。はぐろが迎撃管制に不慣れな事も手伝った失態だが、何とか改善できないかと考えた。

 ミスを減らすには反省した後にもう一度訓練だが、やはり口頭以外にも情報を共有できる手段があればいいとはぐろは思った。それでまず思い浮かんだのが、データリンクだった。はぐろが探知した目標を、データリンクで航空隊の主である空母に伝えられたら効率が良くなるのは間違いない。

 しかしはぐろは用兵側だ。自分にどんな装備が搭載されているか説明することもできるし、それを使うこともできるが、それらを新たに一から作れるわけではない。

 というわけで、データリンクという装備を工廠コンビに見せた時から開発するよう、はぐろはお願いしていた。

 はぐろの世界ではアメリカ海軍が1950年代後半に艦艇用の戦術データ・リンクを開発して実用化されているため、シンプルな型だったらできないわけではないと思ったのだ。

 だが、肩の筋肉をほぐす様に明石がぐるぐる腕を回しながら言った。

「うーん。やっぱり私達だけじゃ、時間がかかりそうですね。人手も足りませんし、やることは多いですし」

 日本海軍の人員は慢性的に不足している。横須賀の場合、工廠担当は夕張と明石を含めて5人しかいない。日本海軍の右腕と呼ばれる横須賀はこれでもまだマシな方だ。大湊や舞鶴などは2人ぐらいしか艤装や装備の整備を専門的に行える人物がいないのだから。

「じゃあ私もお手伝いしますか? できる事があるかわかりませんけど」

 ここに来て日数は浅いが、はぐろも工廠が大変ブラックな職場であることは把握している。できることがあるなら、手伝いたいとはぐろは思った。

「そうですねぇ…。ま、今日は休暇みたいなのでお願いしませんけど、今度よろしくお願いしますね」

「はい、こちらこそ」

 明石と約束を取り付けて、はぐろは工廠から出た。

 工廠を出て、さて、何処に行こうかと行き当たりばったりにはぐろが鎮守府を歩いていると、太陽のような元気いっぱいの声が掛けられた。

「ヘーイ、平沼ー! 一緒にティータイムでもどうネー?」

「あ。金剛さん、みなさん」

 金剛型姉妹がいつもの如く優雅に紅茶タイムをしていた。着任してから日が浅いはぐろにも、この風景は見慣れたものになっている。

「珍しいですね。この時間で平沼さんが社殿の外にいるなんて」

 榛名が少々驚いた様子で意外だと言った。はぐろが社殿の外にいる時は、食事や自主訓練、工廠に新装備のアドバイザーとして呼ばれた時ぐらいだ。今の時間帯はだいたい演習室か工廠に籠っているため、意外だと思ったのだろう。

「うふふ。誰だってたまには外に出たくなりますよ。こんなにいい天気ですし」

 霧島が空を見上げて笑顔で言う。

 今日も空は晴れて、綿のような白い雲が幾つか点在して青空に居座っている。

 金剛に(いざな)われて、はぐろは空いていた席に着く。金剛がはぐろの分の紅茶を淹れた。

「ところで金剛さん達って、いつ訓練とか出撃してるんですか?」

 金剛から紅茶の入ったカップを受け取りながら、はぐろは質問した。

 はぐろの記憶では、ほとんど紅茶を飲んでいる風景しか見たことない。もちろん仮想演習室で遭遇する場合もあるが、どちらかと言えば野外ティータイムしている時に遭遇する方が多い。

「そんな事ないヨ。ちゃーんとお仕事してるデス!」

 胸を張って金剛ははぐろに答える。

「えー? 私、いつも紅茶を飲んでいるところしか見たことありませんよ」

「ヒドイね、平沼ー」

 金剛は笑いながらはぐろに抗議する。

 微笑ましく会話するはぐろと金剛。それを快く思わない者がいた。

 金剛型2番艦比叡だ。彼女の金剛に対する敬愛の感情は、下の妹達ですら及ばないと自負している。

 その様子を比叡がハンカチを噛んで悔しがりそうな具合で見ていた。

(妬ましい、羨ましい、お姉さまから寵愛を貰えるなんて…! どうすれば…そうだ、これがあるじゃないか!)

 己の勝利を確信しながら比叡は必殺(意味深)のブツを取り出す。

「お姉さま! 実は私、今朝スコーンを焼いてみたんですけど、いかがでしょうか? 是非お姉さまに味見してほしいです!」

 笑顔で比叡は自作のスコーンを愛しの姉に見せた。だが比叡を除く金剛型姉妹はビキッと固まる。

 金剛型の長女が三女と四女にアイコンタクトを送ると、2人は小さく横に首を振った。

 金剛はそれを見て冷や汗を流した。

 比叡が取り出したのは、黒いスコーン。全体的には焦げているというより、ココアでも練りこまれているような黒っぽい色合いだ。でも所々に赤みが混じっている。苺ジャムも一緒に練りこまれているのだろうか。見た目は普通に見える(多分)。

 だが金剛は、時限爆弾を解体する特殊部隊員のような緊張を孕んだ目でスコーンを見つめている。まるで選択肢を1つでも間違えたら死ぬぞ、と考えているような表情だ。

 だが事情を知らないはぐろは、ちょっとした好奇心から手を伸ばした。

「へー、ちょっと食べてもいいですか?」

「ストップ、平沼」

「え?」

 はぐろが比叡お手製のスコーンを手に取る寸前で金剛が止める。

 なぜ止めるのか。はぐろは困惑して金剛を見るが、彼女は険しい顔で黙したまま語らない。

 その隙に榛名が行動を起こした。

「榛名! いただきます!」

「えっ?」

 そう叫ぶと榛名はスコーンを1個、一気に口の中に詰め込んだ。

「ぐっふ…ごほっ…げほっ…」

 俗に言う無茶をしやがって、な行動をした榛名は、むせながらバタリと椅子から転げ落ちた。

「榛名!」

 即座に霧島が勇気あるファーストペンギンとなった榛名を抱き起こす。

 榛名は霧島を見上げながら息も絶え絶えに話した。

「は、榛名は…大丈夫、です…。でも、か、か、辛いです。このスコーン…」

「榛名ーーーーーー!!」

 最後にそう報告すると、榛名の首がガクリと落ちる。霧島が手を取って惜しい人間を亡くしたかのように叫んだ。

 唐突な茶番劇をはぐろは唖然と見ていた。そして何故金剛が止めたのか理解し、榛名に心の中で感謝した。

 金剛はやや厳しい目で比叡を問い詰める。

「比叡、今度は何を入れたネ?」

「え、えと…。こ、香辛料を入れすぎたでしょうか?」

 また失敗かと、頭を掻きながら比叡が言った。

「香辛料ってどういうことネ?」

 金剛に聞かれ、比叡は素直に答える。

「シナモンとカルダモン、ガラムマサラ。大量のブラックペッパー。あとレッドペッパーを少々とそれから」

「も、もういいネ、比叡」

 これ以上聞くのが恐ろしくなり、金剛は比叡の言葉を遮った。お前はカレーでも作る気だったのかと聞きたくなる。

(昔ひえいっていうDDHがいたらしいけど…。海自の護衛艦の中では一番ご飯が不味かったんだっけ? あと確かその艦魂(ひと)はクールだってこんごうさんが言っていたような…)

 今しがた起こった事を見て、紅茶を口にしながらはぐろは、はるな型護衛艦の2番艦の事を思い出していた。

 ちなみに往年のひえいを知る艦魂(もの)は、口を揃えて彼女は中二病だったと言う。

「あ、平沼さん。こんなところにいたんですね」

 そこへ陽炎が通りがかった。秋月や暁型の3人を除いて駆逐艦の艦娘はあまり話しかけてきたことがなかったので、はぐろはちょっと新鮮に感じた。

「何か私に用?」

「うん。平沼さん、司令がお呼びよ。執務室に来てほしいって」

「司令が?」

「ワッツ?」

 大騒ぎの金剛型次女以下を背に、疑問符を浮かべたはぐろと金剛。

 何だろうか。今朝会った時は休暇を告げられたこと以外特に何も言っていなかったのだが。

「急ぎの用事なの?」

「多分違うと思いますけど。ただ、できるだけ早く来てと言ってました」

「わかった。ありがとう。金剛さん、紅茶ご馳走様でした」

 はぐろは、金剛に紅茶のお礼と陽炎に感謝の言葉を言って別れた。

「またネ、平沼」

 金剛は手を振ってはぐろを見送った。

 さて、このスコーンはどうするか。現実逃避気味に金剛は紅茶を口の中に含んだ。

「陽炎もこのスコーン食べますカー?」

「え、遠慮します…」

 笑顔で金剛は陽炎に勧めるが、引き攣った表情で陽炎は断った。目の前で現在進行形で介抱されていれば、誰が作ったスコーンなのか陽炎はわかったからだ。

「デスヨネー…」

 苦笑いで金剛はそう呟いて、またティーカップを傾けた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 はぐろは提督執務室のドアをノックする。

「司令。平沼です」

 入って、と声をかけられ平沼は扉を開けて中に入る。

「失礼します」

 江李は執務室の椅子に座っていた。大淀が江李の右後ろに控えている。

 はぐろは江李の正面にまで移動する。

「休暇中に呼び出して悪かったわね」

「いえ、お気になさらず」

 唐突に江李ははぐろに質問した。

「平沼、貴女は護衛任務はできる?」

「はい、もちろん」

 実験艦の身分で日本海軍に登録されているが、本来のはぐろの艦種はイージス護衛艦だ。有事には海自の輸送艦から米海軍の原子力空母まで護衛する任務を帯びる。そんなはぐろが護衛任務が苦手ということはあり得ない。

 はぐろの返事に満足した様子で江李は頷いた。

「ならよかった。貴女を海に出せそうだわ」

「え、本当ですか? あ、でも、私が出てもいいんですか?」

 はぐろには現在情報統制が掛けられている。自分の身の安全を図るために、これも仕方のない事だとはぐろは割りきっていたが、横須賀に来てから全く海に出られないため、やや窮屈さも感じていた。

 しかし江李ははぐろを生涯横須賀に軟禁したい訳ではない。日本海軍のために、その能力を(思う存分にはぐろが戦闘した場合だと、日本海軍が破産するため)それなりに発揮してもらいたい。

「ついさっき、ようやく調整が付いたのよ。まぁ、さすがにずっと港に閉じこもってるのは嫌でしょ」

「あ、ありがとうございます!」

 はぐろは深く頭を下げる。

「でも、遊覧航海とはいかないわよ」

 そう言って江李は一枚の紙をはぐろに渡した。

 サッと一読したはぐろは、任務の内容を読み上げる。

「タンカーの護衛…ですか?」

 はぐろに江李が説明する。

「知っての通りこの世界では深海棲艦が跳梁して、この国の海上輸送路を脅かしているわ。大きな船団を作って艦娘が護衛につくのが基本なの。明日の1300に水雷戦隊と共に横須賀を出発し、南方から本土に向かう船団を、南方からの護衛部隊と交代して護衛してちょうだい」

「水雷戦隊、ということは他にもタンカーの護衛に就く艦娘がいるということですよね?」

 はぐろの質問に江李は頷いて答える。

「えぇ。軽巡洋艦が1人、駆逐艦が4人よ」

「組まされる艦娘は誰なんですか?」

「これがそのリストです」

 大淀が艦隊編成表をはぐろに渡した。

「えっと…旗艦は軽巡洋艦天龍。それに駆逐艦電、雷、暁、秋月。それと私ですか」

 リストに載った名前の殆どに会った覚えはあるが、1人だけ顔が浮かんでこない。

 実はこの前の歓迎会で、はぐろは天龍と挨拶できなかったが、その後も天龍は遠征やら出撃やらで挨拶する機会が全くなかったのだ。

「天龍、さんはどういう方でしょうか?」

「口調は少し荒っぽいけど、良い娘よ。駆逐艦達の面倒見も良いし、艤装はかなり旧式だけど日本海軍でも屈指のベテランよ」

「そうですか…」

 やや硬い声ではぐろは言った。どんな事前情報を伝えられても、指揮する立場の旗艦が見知らぬ相手では、やはり不安はある。

 はぐろの不安を大淀は察したのか、江李に提案する。

「提督。天龍さんを呼んできましょうか? 確か今の時間帯は天龍さんもお暇なはず」

「そうね。直前で顔合わせするのも良くないから、呼んできてくれる?」

「了解しました」

 大淀が執務室から出ていく。

「あ、そうだ言い忘れるところだった。遠征だから敵と遭遇するなんて殆どないと思うけど、できる限り誘導弾の使用は控えてくれるかしら? もちろん、最優先は自分の身の安全だけど…。予算が、ね…」

「ぜ、善処します…」

 確約するとは言えない。実戦では何が起こるかわからないし、使用を躊躇して自分の身を危険に晒すなど愚の骨頂だ。もちろん予算を気にするのは十分に理解できるが。

「はぁ…。予算がなきゃうちだって戦えないっていうのに、政治屋どもめ。隙があれば予算カットしようと…。おまけに防衛軍の連中もうるさいし…」

 変なスイッチが入ったのか、急に江李が愚痴を言い始めた。実年齢はともかく見た目は中学に入ったぐらいの歳の江李が、アラサーのOLのようなことを話しているのは何となく不気味さを感じる。

 相槌を打ちながらはぐろが江李の愚痴を聞いていると、コンコン、とようやく救いの音が聞こえた。

 大淀がノックをした後に、執務室へ入ってくる。

「失礼します。天龍さんをお連れしました」

 大淀に続いて、耳飾りのようなものを頭に付けた眼帯の少女が入ってきた。ベテランの名に恥じぬ貫禄のようなものを感じる。

「初めまして平沼。挨拶はまだだったな。俺は天龍…フフ、怖いか?」

「……いえ、別に」

 親指で自分を指しながら聞いてきた天龍に、はぐろは少し引きながら答えた。貫禄というものがあっという間にどこかへ消えてしまったような気がする。

 海自の訓練支援艦てんりゅうの艦魂は鬼教官という感じで怖かったが、最後の一言で目の前の艦娘は格好つけてるという感じしかない。ベテランとは言うが、なんだか少しだけ残念な雰囲気がある。

「……そ、そうか」

 何故か天龍は落ち込んでいた。その時点でもう怖さなんて感じるわけがない。

 大丈夫なのかな、とはぐろが思っていると、天龍が手を差し出した。

「ま、よろしく頼む」

「こちらこそ」

 はぐろと天龍はお互いに握手を交わす。

「万が一敵と遭遇した時のために聞いておくが、あんたは何ができる?」

「対空能力が一番高いですが、対潜水艦・対水上戦闘も問題なくこなせます。あと電探とかもありますので、索敵は任せてください」

 大雑把に自分の性能を告げて、細かいところはおいおいと言った感じだが、天龍はそれだけで察したようだった。

「ほー。そりゃ大したもんだな。明日はよろしく頼むわ」

「えぇ、お任せください」

 2人はどちらかともなく笑みを交わす。

 古参の軽巡洋艦と新鋭のイージス護衛艦。対極に位置する2人の出会いは、特に何事もなく終わった。

 ただはぐろの能力(ちから)を計るように、眼帯に覆われていない天龍の片眼がキラリと光っていた。

 

 

 ◇◇

 

 

 

 翌日、お昼過ぎ。ご飯を食べ、準備を終えたはぐろは天龍麾下の艦隊として、共に護衛任務に参加する第6駆逐隊の三人と秋月と一緒に埠頭にいた。

 駆逐艦達は口々にはぐろに挨拶していく。

「任務中はレディとして扱ってよね」

「困ったことがあったら、私を頼ってもいいんだからね」

「どうか、よろしくなのです」

 6駆の3人は艦隊に珍しい人物が加わるのに、いつも通り変わらない。秋月もある意味変わらないが…。

「今日は師匠と共に行動できて光栄です! よろしくお願いします!」

 目を輝かせて秋月ははぐろに敬礼する。仰々しい挨拶に、思わずはぐろは苦笑した。

 あきづき型護衛艦4姉妹達は、はぐろを含むイージス護衛艦達を「盟友(とも)」と呼ぶ古風な艦魂達であったが、師匠という響きにはどうにも慣れない。

 というかまだ進水(うま)れてから5、6年ぐらいしか経っていない若輩者なのに、そう呼ばれるのはなんだかなぁと思ってしまう。

 視線のむず痒さを感じながらはぐろは挨拶する。

「平沼です。今回皆さんと護衛任務に参加することになりました。どうかよろしくお願いします」

 その後は皆で雑談に興じる。暁は自分が初めて遠征任務を行った時の事を自慢げに語って、電と雷に突っ込まれて慌てて弁解したり。秋月は空母の護衛として出撃する事が主で、この世界に来るまで遠征任務はあまりしていなかったとはぐろに語った。

 はぐろは記憶喪失という建前があるため、駆逐艦達のように経験談を語らず聞き手に徹していた。

 そこへ珍しい人物がやって来た。

「平沼さん」

「六花さん。何か御用ですか?」

 社殿から滅多に出たことがない巫女様が埠頭までやってきていた。太陽の日差しにさらされた真っ白な肌は、雪原のように輝いている風に見える。駆逐艦達がとても驚いた表情をしていた。

「お見送りに来たのですよ。ようやく貴女の旅路が始まるのですから」

 意味深な事を言われ、はぐろはきょとんと瞬きした。駆逐艦達も不思議そうに六花を見上げていた。

 そこに艤装を背負った天龍がやって来た。

「よーっし、全員いるな? って、なんであんたがいるんだ? 珍しいな」

「私の事はお気になさらず」

 天龍も不思議そうに言ったが、六花は特に何も話さない。どうやら本当に、ただ見送りに来ただけらしい。しかし天龍達の反応を考える限り、見送りに来るだけでも相当珍しいようだが。

「ふーん、まぁいいや。全員俺についてこい!」

『はい!』

 天龍の号令で、天龍を先頭に駆逐艦達は埠頭から海上へ飛び降りていく。艦娘達は海面に降り立つと、後続が邪魔にならないようにすぐにその場から離れる。

「よし、私も」

「平沼様」

 後に続こうとしたはぐろを六花が呼び止めた。出鼻を挫かれ、なんだろうと振り返ったはぐろに六花が笑顔で言う。

「お気をつけて」

「は、はい。いってきます」

 激励を受けてはぐろが返事をすると、六花も微笑みを返した。

 海面に立つと、はぐろは即座にバイザーを展開、各システムに異常がない事を確認して機関を始動する。

「では、はぐ…じゃない平沼! 出航します!」

 久しぶりの本当の海。仮想ではない自然の波に揺られ、潮風に吹かれながら太平洋へとはぐろは漕ぎ出した。

 

 

 

 

 

 

 巫女は一人、埠頭から出港していく艦隊を見送る。他の艦娘とは異なる艤装と運命を背負いし存在。徐々に遠ざかり小さくなる背を見送りながら、六花は呟いた。

「…太陽神の使いにして、とある山の主である霊鳥」

 神代の頃、まだ人間の数が少なく、国もまだまだ小さかった頃。姫皇(ひめすめらぎ)が供も連れず1人で旅に出て、迷ってしまった事がある。空が赤く染まる夕暮れ時、どこからともなく羽ばたく音が聞こえ、姫皇の前に黒い羽が舞い降りた。姫皇が上を向くと、猛禽類に劣らない雄大な烏が羽ばたいていた。

 烏は姫皇に正しき道を示した後、何処かへ飛び立っていった。その後も烏は危機に陥った姫皇の前に度々(たびたび)現れては、姫皇を救ったとされる。

 そして姫皇を導き助けた烏は、最終的にとある霊峰に落ち着いたと言われる。その霊峰の名は、主となった烏の名を冠している。その名前を六花は口にする。

「山の神、羽黒の名を冠する霊魂。さて、貴女は彼女達をどう導きますか?」

 そして貴女自身はどのような路を進むのですか?

 全てを知ったような口で、巫女は古い歌でも詠むかのように呟くのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 横須賀に存在する在日米海軍庁舎。窓のない部屋の一室。箪笥が陳列されている店のように、いくつもの巨大な箱が並んでいる。時折音を発し、中身が空っぽの箱でないことは確かだ。

 その箱の隙間にできた空間に、軍服を着た複数の男達がいた。

 その中で最も年配の男に、たった今部屋に入ってきた軍曹が近寄っていく。

「ワット大佐! (Hotel)から艦隊(Foxtrot)が出かけました。6人です。軽巡洋艦(Lima Charley)が1、駆逐艦(Delta)が4、実験艦(Echo)が1です! 写真も撮りました! 今、現像に掛けています」

「Echo…とは、例の艦娘(Marine)かね?」

「はい。今から10日ほど前に確認された未確認(Uniform)と同一と思われます」

「ふむ…。定時で水雷戦隊ということはいつも通りの遠征(おでかけ)なんだろうが、Echoがいるのが気になるな」

 情報ではアメリカ海軍が開発中の艦対空ミサイルと思われる兵器を装備しているらしい。どの程度の性能なのか知りたいが、具体的な資料は日本海軍(Japanese・Marine)から回ってこない。

 海軍作戦本部からは、新しい艦娘について重点的に調べるよう指令が送られている。

「いかがいたしますか?」

 軍曹が指示を求めた。ワット大佐は頷くと命令を下す。

「いつも通り、アツギの海軍航空隊に情報収集機を出すよう要請してくれ」

「アイサー」

 軍曹はワット大佐に敬礼して離れていく。しかしワットが軍曹を呼び止めた。

「待て、軍曹。それよりもだ」

 真剣な表情と重々しい声でワットは聞いた。

「何枚現像したのだ?」

「もちろん、1人3枚分行きわたる分の枚数を現像するようにしてあります」

 キメ顔で答える軍曹に、サムズアップで大佐は褒め湛えた。

「パーフェクトだ軍曹。今度、私の秘蔵のコレクションを見せてやる」

「ありがとうございます、サー」

 敬礼をすると、軍曹は今度こそアツギの航空隊に連絡するために無線機に近づく。

 軍曹が離れるのと入れ替わりに、大尉の階級章を付けた壮年の男性士官がワットに歩み寄る。

「やれやれ、大佐。浮気性にも程がありませんか? 新しい艦娘(marine)が配属される度にそのような事ばかり」

「言ってくれるじゃないか大尉。だが君の性癖も大概だと思うがな」

「何ですと? それは聞き捨てなりませんな、大佐殿」

 そこへアツギ海軍航空隊への通信を終えた軍曹が戻ってきて大尉に言った。

「そう言えば大尉。出撃した艦娘(marine)の中に、大尉が好きな帽子の艦娘がいましたよ」

「ワッツ!? オーマイガッ!」

 大尉はお気に入りの駆逐艦(レディ)が出撃するのを見逃した事に、激しく地団太を踏んだ。

「はぁ…。なんでここには変態しかいないのかしら」

 ここでは一番新入りで紅一点の伍長はため息を吐きながら呟いた。

 早くここから異動したいと、彼女は切に願った。

 

 

 ◇◇

 

 

 

 天龍水雷戦隊は東京湾を出て浦賀水道を南下、その後小笠原諸島の西側に向けて複縦陣で航行していた。

 船団との合流地点(ランデブーポイント)は小笠原諸島沖。南方鎮守府の船団護衛部隊から任務を引き継いで、本土へ護送するのがはぐろ達の任務だ。

 久しぶりの海。なのにはぐろは難しい顔をしていた。

「むぅ……」

 はぐろはバイザーに表示されるレーダースクリーンを見つめていた。

 SPYレーダーが探知したのは輸送機クラスの大型機が1。それがはぐろ達を追跡するように飛行している。レーダー上だけでなく、航空機のエンジン音も付かず離れずくっついてくる。

 深海棲艦の航空機かもしれないが、対象は北から来た。となると日本防衛軍か在日米軍あたりだろう。いずれにしても無線やSIFで確認する事はできない。そもそもIFFがあるかもわからないこの世界ではSIFなど夢のまた夢なのだろうが。

 はぐろがどうしたものか悩んでいると、前にいる天龍が声をかけてきた。

「どうかしたか?」

「あ、いえ。私たちの後を()いてくる妙な航空機が。北から来たので、たぶん深海棲艦のじゃないと思いますけど」

 それを聞いた天龍は片手を振りながら答えた。

「あ~、それは気にすんな。いつものことだ」

「いつものこと?」

「あぁ。だから別に気にしなくていい」

「了解です」

 なるほど、尾行されるのはいつものことらしいと、はぐろは記憶した。でも万が一の事もあるので目は離さないようにする。

 その様子を後ろから見ていて、緊張したと思った雷が言った。

「平沼さんは護衛任務に慣れてないでしょ? この雷を頼っていいのよ」

「フフフ」

 小さいのに胸を張る雷が微笑ましく思えて、はぐろは思わず笑いが零れてしまった。

「どうかしたの?」

「いいえ、なんでも」

 雷にはぐろはそう返事した。はぐろの隣にいる電はそれを見て言った。

「なんだか平沼さん嬉しそうなのです」

「……そうね。こんなに大勢で艦隊行動できるなんて、久しぶりだから…」

 はぐろの事情を知らない電達は、言葉のままに受け取った。

 普段演習室で装備の実験(と思われている演習)をしている時は、1人か多くても2人くらいだった。

 だからはぐろの言葉の裏に寂しさが隠れているように感じるのも、電達は当然のように感じた。

 はぐろが寂しいと思ったのは事実だが、実はちょっと違う。

 はぐろはこの世界に来る直前、単独行動の上、沈没覚悟で中国海軍の大艦隊に突撃した。艦長の判断に、はぐろは異論も怨恨もない。だけど、だからこんな形で再び艦隊行動ができるのは思ってもみなかった。

 だからこうして艦隊を組んで行動できるのが嬉しいのだけども。艦隊を組んでいるのが護衛艦隊の仲間達でないのが、少し寂しい。

 よりにもよって、先ほどの質問をしてきたのが(いなづま)だった事で、寂しさは一層募った。

 護衛艦いなづま。あの戦いで、奮戦空しく沈んだ護衛艦達の1隻。はぐろが護り切れなかった1隻。

 はぐろの艦魂を指導したのは主に佐世保を(ぼこう)とする護衛艦達だが、時折合同演習などで、他の基地を定係港とする護衛艦も指導することがあった。

 いなづまもその1隻だ。彼女からも、はぐろは大切な事を教えてもらった。

(あれ…?)

 確かに自分はいなづまから何か大切な事を教えてもらったはずなのだが、それが何なのか思い出せない。

 しばらくはぐろは考え込んでいたが、現状が感傷に浸ることを許せる環境ではなさそうだという事を思い出すと、緩んでいた緊張のネジを締め直す。

 はぐろは改めて各種機器の具合を確かめた。レーダーは大丈夫なのだが、問題はソナーだった。

 対潜戦闘はソナーや対潜ヘリだけで決まらない。海流、水温、海底の地形、深度など海のことをより知っている方が勝つ。

 はぐろのいた時代では、海自の海洋観測艦が日本の周辺海域の海洋データを日々収集していたおかげで、対潜水艦戦も問題なく行える。

 しかし時代や世界が違うせいか、今まで取得していた海洋データとこの海域のそれが一致しない。特に変温層がどのように変化するのかもよくわからず、はぐろはそれが気がかりだった。

 アクティブソナーを使えば、浅い日本近海の海底の地形などは簡単にわかるのだが、それでは自分はここにいると叫んでいるようなものだ。対潜掃討作戦なら、アクティブソナーを使用して敵潜水艦を誘き出して一網打尽にしてもいいのだろうが、今回は護衛任務に赴く途中。余計なことをして周りに迷惑を掛けるべきでないとアクティブソナーの使用は断念する。

 ヘリを出して周辺警戒にでも当たらせようかとはぐろが考えていると、ふと天龍の刀が目に入ってきた。

 いつぞやの式典で自衛官が腰に刀をぶら下げているのを見たことがあるが、それ以外では見かけることはない。というか海自では専ら刀は儀礼目的で使用される。遠征に持ってきたということは戦闘に使うというのか。疑問は尽きない。

「天龍さん、聞いてもいいですか?」

「おう、何だ?」

 返事をしながらも、天龍は周りへの警戒を怠らない。あちらこちらに目を向けている。

 はぐろはさっきから気になっていたことを天龍に質問した。

「その腰のものって、刀ですよね?」

「あぁこれか? これは俺の家に伝わってる刀なんだよ。うちの家は先祖代々深海棲艦を討伐しててな。これは俺が艦娘になった時に受け継いだんだ。まぁ今じゃ砲やら魚雷やらで必要ないかもしれんが、まぁお守りみたいなもんだな」

 誇らしそうに天龍はニヤリと笑った。

「へー。使ったことあるんですか?」

「そうだな。昔は接近してきた深海棲艦斬ったり、飛んできた砲弾切ったりしてたんだが、最近は航空機やら潜水艦やらでそんな機会もなくてだなぁ…」

 天龍は腕が鈍っちまうと零すが、砲弾を切るとかどういうことなのか…。はぐろにはちょっと想像が付かない。

「さて、そろそろだな」

「何がですか?」

 まだまだ合流地点はずっと先だ。何がそろそろだというのか。

「何がって…あー、そっか。そうだよな。お前は記憶喪失でこっちで海に出るのも初めてだったか」

 頭をボリボリ掻いて、天龍がはぐろに説明する。

「まぁ簡単に言えば、俺たちの移動術だ。元の世界じゃあんまり使われない非常用の術式なんだが。こっちじゃほぼ毎日使ってるような状況だ。俺もこっちに来る前じゃ、あんまり使わなかったし」

「はぁ…」

 移動術と言われても、はぐろにはどういうことなのかさっぱりだ。サブカルチャーでは世界でも先を行く日本のイージス護衛艦の艦魂と言えども、ファンタジーな世界観を知る環境にないのだから当然とも言えるが。強いて言うなら黄金の国ぐらいである。しかし黄金の国の内容もこの状況ではあまり参考にはならない。

 生返事のはぐろに、天龍は言うより実演して見せた方が早いとばかりに懐から呪符を取り出す。

「謹しんで勧請奉る。我ら太陽神テラツヒメの眷属(けんぞく)なり。…海神ワダツヒコよ。盟約の元、門を開き我らを渡らせ給え!」

 天龍が呪符を海に放って呪文を唱え終わると、はぐろにはまるで海が割れたように見えた。いや、実際に飛沫をあげて海面に裂け目が生じる。モーゼが民を引き連れてエジプトから脱出した時のような光景に、はぐろは茫然と言葉を失う。

 海水の割れ目は地割れのようにはぐろ達の足元まで広がり、容赦なく艦娘達を飲み込んでいく。だが彼女たちは平然としていた。そして次々と割れ目に消えていった。

 予想だにしなかった恐怖の光景に、口から悲鳴が漏れるより先に、はぐろも割れ目が飲み込んで、海水に包み込まれるのだった。

 

 

 

 

 




どうも、ダイダロスです。ようやくここまで書けたなぁ、という感じです。
本当は演習の話を投稿した後に、遠征編を投稿しようと思ってました。遠回りしましたけど、色々話が深くなったかな? と自分は思ってます。読者の皆さんはどう思ってますか?
あと今回の最後のシーン、一応言いますけど沈んでませんよ。沈んでませんからね。どうか安心してください。
というか最近、もっと神話設定を盛り込んだ艦これのSS増えないかな…って思います。


後編の方もほとんど書き終わってるので、明日あたりに投稿する予定です。
では、今日はこのへんで。



ここからは本文で語られていない、あるいはわかりにくい、もしくはだいぶ前に使われた設定の解説。




・むらさめ型護衛艦いなづま
「終始」にて護衛艦隊乙部隊に所属し、はぐろと共に中国艦隊と戦った護衛艦の1隻。原隊は第4護衛隊群。
戦闘の最中、対艦ミサイルを受けて機関停止、航行不能に陥る。艦橋をやられCICが機能不全となったはぐろや轟沈した同型艦のありあけやあさぎり型護衛艦うみぎりと違い、生き残った乗員が退艦できる余裕があったため、生存者は比較的多かった。


・在日米海軍
深海棲艦の出現後、米海軍は太平洋に展開していた戦力の過半を失った。その後、戦力再建に乗り出したが、日本(艦娘)に深海棲艦の対処を委任したため、日本に駐留する米海軍艦船は極めて少ない。(ただし、深海棲艦の脅威が和らいだ1960年では、新たに空母を含む艦隊を送ることを検討し、米政府が日本政府と協議したりしている。)
そのため、在日米海軍は艦娘の行動の監視が主任務となっている。この事から左遷先とされている。航空部隊もいるが、こちらも哨戒機などが主で、空母航空団はいない。各鎮守府の隣に監視部隊と基地が配置され、24時間鎮守府の動向を窺う。ただ監視するだけの部隊である。
最初の頃は監視部隊にも優秀なスパイはいたが、全員萌愛大佐によって本国へ強制送還された。現在日本にいる米海軍兵士は比較的無害の連中である。左遷されて傷心の時に艦娘と出会った(一方的)ため、艦娘のファンになる兵士が多い。



・ワット大佐
在日米海軍横須賀基地司令官。15年前はフレッチャー級駆逐艦の航海長だった。深海棲艦との戦いで乗艦が撃沈され、その後艦娘に救助されたため、艦娘に興味を持つようになった。左遷されて横須賀に配属後、艦娘をひたすら監視(観察)し続けた結果、紳士(意味深)になる。そして左遷先である横須賀に配属され続け、ついには横須賀基地司令官になる。横須賀にいる米兵の思考が紳士(意味深)になったのは、ワットの功績によるところが大きい。


・比叡の料理
お約束。


・陽炎
横須賀に所属する駆逐艦の1人。元気なムードメーカー。
なぜわざわざここで説明しているかと言うと、艦隊これくしょんの公式ノベル「陽炎、抜錨します!シリーズ」の最終巻が今月発売されるからである。




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