艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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毎度お待たせしております、ダイダロスです。
もうすぐ一周年ですが、今更ながら気づいたことがあります。
その辺についてはあとがきに書いてありますので、まずは本編の方をどうぞ。


問答

 横須賀鎮守府に新しい顔ぶれが加わってから、早くも二週間が経った。カレンダーは9月に変わり、まだまだ暑さは和らがないが風が涼しくなるなど、人々は少しずつ秋の訪れを感じていた。

 その間、はぐろは訓練に勤しんでいた。

 時々、夕張と明石に新装備開発のための参考として呼ばれたりしたが、実験と称した各種戦闘訓練を毎日欠かさず行っている。

 それに加えて走り込みも始めた。というのも、自分の体力の無さが何とも情けなく感じたのだ。社殿から別のところに行くだけで疲弊するのは、あまり格好良くないと思ったのだ。

 訓練の合間に仲良くなった艦娘とお茶をしたり、間宮に行ったり、充実した日々を送っていた。

 しかし、ただ一つだけ。はぐろは胸に穴が開いたような、自分自身に欠如しているものがあるような気がした。

 

 それは、一体何なのか―――――――――――……。

 

 

 ◇◇

 

 

 

 どこまでも無限に広がっているように思える海。空から見下ろせば、漂う木片も、波を割って進む大船も、等しくただの芥子粒に見える場所。

 そんな所を特殊兵装実験艦こと、あたご型イージス護衛艦はぐろは、日本海軍第一航空戦隊所属の正規空母赤城が共に航行していた。

 普通なら、空母の護衛があまりにも少ないと思うだろう。だが今回は特別な事情でこのような編制になった。

 たった2人の艦隊に、こっそりと忍び寄る敵の群れがいた。だが、イージス護衛艦であるはぐろは余程の事がない限り見落とす事はない。

「対空電探に感! 敵性航空機の編隊がこちらに接近中! 数39!本艦隊と接触まで10分!」

 はぐろがレーダーから得た情報を、赤城に伝達する。赤城は表情を引き締めた。

 だが赤城から迎撃の戦闘機は上がらない。何故なら現在の赤城は艦載機を運用できる状況ではないからだ。

「対空戦闘よーい!」

 はぐろはいつもの調子で、ヘッドセットのマイクに声を吹き込む。だが一向に対空ミサイルを発射する気配を見せない。何故なら今のはぐろは、全ての対空ミサイルを使ってしまった後だからだ。

 流石にはぐろがイージス護衛艦であっても、ミサイルがなく、多数の敵航空隊を相手に赤城を護りきるのは難しい。それでも、あるもので状況をクリアしなければならない。

 なのではぐろと赤城は航路を変更するが、敵編隊も、まるではぐろ達の動きがわかっているかのように針路を変更する。

 やがて目視圏内まで敵航空隊が接近してきた。空気を叩く音が何重にも重なって聞こえ、まるで虫の大群が迫っているように錯覚する。

 はぐろの単装砲の砲塔が旋回し、砲身の先を航空隊に向ける。

「左対空戦闘、主砲、撃ちぃ方ぁ始めぇ!」

 はぐろがトリガーを引いた。単装砲が発砲を開始する。小さくも腹に響く音がリズムよく断続的に続く。はぐろ達から見て、左前から接近を図る敵航空隊は次々に落とされていった。

 だが撃墜数が20を数えた時、はぐろの主砲が砲撃を中断した。弾切れだ。思わず舌打ちをする。

 唯一の火砲が沈黙したのを見て、まだ約半分ほど残存していた攻撃機と爆撃機がはぐろと赤城に殺到する。

 絶体絶命の危機。だが慌てても仕方はなく、はぐろは努めて冷静に対処しようとする。

「回避! CIWS、AAWオート!」

 はぐろがマイクに向けて命令をすると、台座に備わる2門の高性能20mm機関砲(CIWS)が弾幕を展開する。だが敵航空隊は散開して全方位からはぐろ達に迫る。

 CIWSだけでは、十数機を超える敵機全てを撃墜することはできない。CIWSが数機を撃墜するが時既に遅し。海中から魚雷が、高空から爆弾が牙を剥く。

 誘導魚雷だったら魚雷防御装置が有効なのだろうが、生憎この航空魚雷は無誘導。それなら躱した方が早い。普通ならば簡単なことだろう。しかし、爆弾まで加わるとなると、敵の攻撃全てを回避するのは困難だ。

 どう回避するか。判断を一瞬で行い、速やかに行動に移さなければ、待っているのは自分の、そして仲間の沈没()だ。

「くっ……」

 高性能20mm機関砲が攻撃目標を敵航空隊から、より脅威度の高い爆弾に変更した。コンピューター制御の機関砲弾が、風切り音と共に落下してくる黒い礫を撃ち落とそうとする。ヴゥーーン!! と、途切れなくタングステン弾が放たれる。被弾すると予測された爆弾に直撃し、信管が作動して爆発する。爆風の衝撃が、はぐろの長い髪を大きく揺らした。

 魚雷は回避し、爆弾はCIWSで迎撃。あと数秒で主砲の補給が完了するまで、何とか持ちこたえる。はぐろは険しい表情で、そう考えていた。

 だが、補給は間に合わなかった。

「…ゃぁっ……!」

 はぐろの後方から爆発音が聞こえ、突風が追い抜いていった。爆発音に紛れて聞こえにくかったが、はぐろの耳は確かに悲鳴を聞いていた。

「赤城さん!」

 はぐろは背中越しに振り返って赤城の状況を確認しようとするが、水柱で確認できない。

 護衛対象の状況がわからず、はぐろは歯噛みする。だが、それがいけなかった。

「あっ…しまっ!」

 はぐろの足元に衝撃が走った。コツン、とまるで小石に躓いたような感覚の直後、はぐろは水切り石のように海面を転がっていった。

 余所見をしたはぐろに魚雷が命中したのだ。弾頭が炸裂し、衝撃ではぐろを弾き飛ばす。水面下で起こった爆発に対抗する術などなく、また海上には特に障害物もないため、はぐろを受け止めるものは何もない。はぐろは何度も海面をバウンドする。

 程よく海水にまみれて、ようやくはぐろが止まった時、海域に凛と声が響き渡った。

『演習終了。各艦娘は帰還してください』

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 演習を終えて、演習に参加していた艦娘達は休憩に入った。

 はぐろは椅子に座って落ち込んでいた。

「はぁ…」

 はぐろはため息をついた。

 こうなる事は事前に予想できたが、実際に直面するとため息しか出ない。

「まぁ今回のは仕方ないのではありませんか?むしろ貴女が護衛成功していたら、私は艦娘を辞めますが」

 敵役を務めていた加賀が淡々とはぐろに言った。

「まぁ、そうなんですけどね…」

 はぐろも意気消沈となりながらも、素直に加賀の言葉を肯定する。

 今回の演習は、はぐろが対空ミサイルを全て使用してしまったという想定の下で行われた。赤城が被弾して艦載機が運用できず、はぐろと共に本隊から離脱して退避中。そこを数十機の敵航空隊に襲われるというシナリオだ。

 実際に起こるかどうかは別として、この状況で、はぐろが護衛対象を護れるかどうかの実験も兼ねていた。

 しかし、はぐろの主砲の連続発射が最大20発まで。主砲の最大連続発射数より敵航空隊の数の方が遥かに多いので、護衛は97%の確率で失敗すると予測されていた。

 では何故このような想定で演習をしたのか。それはミサイルの特殊性にあった。

 はぐろの主砲弾や機関砲弾は補給できるのだが、各種ミサイルと対潜用の魚雷は通常の補充が利かない事が判明したのだ。

 艦娘の弾薬は通常兵器の弾薬と違って、全て共通している。7.7mmの機銃弾だろうが、46cmの徹甲弾だろうが、酸素魚雷だろうが、噴進弾だろうが、全部同じ弾薬を使用している。砲弾に機銃弾、魚雷に噴進弾、艦載機の魚雷や爆弾、機銃弾に至るまで元は全部同じ弾薬だ。

 大きさどころか形すら違うのに、何故共通化できるのか。答えは簡単。弾薬には、製造する過程で特殊な術式が掛けられている。艤装の弾薬庫に詰められた弾薬は、使用する際に装備に合うように形を変える。戦艦の大口径主砲から駆逐艦の小口径砲はもちろん、魚雷や噴進弾、艦載機の兵装もだ。

 しかし形状変化には、それ相応の量の弾薬が必要なため、大口径主砲の戦艦は必然的に弾薬の消費量が多くなったりする。

 だがはぐろの5インチ単装砲やCIWSの弾丸には適合するのに、ミサイルと魚雷に関しては全く適合しなかった。

 何故適合しないのかはわからない。装備の中には応急修理要員のように、一度限りしか使用できない物もある。そういった、一度限りの装備かもしれないと考えられていた。

 現状では手間がかかる方法で、一発毎に開発するやり方でミサイルを製造しなければならない。だがそのやり方は不合理極まりなく、かなり予算や資源を食ってしまう。

 そこで主砲とCIWSだけでどこまで戦えるのか、という実証実験を今回行う事になったが、はぐろが事前に予想した通りの展開となった。

 尤も、予想通りだと思ったのははぐろだけで、他の艦娘達の印象は違った。特に初めてはぐろの能力を実際に見た神通は、はぐろ(平沼)をただの実験艦とは思えなかった。

 監視室で、明石と共に演習を見ていた神通ははぐろに言った。

「ですが、これはあまりにも絶望的な状況です。むしろ、よくあれだけ抵抗できたと思います」

 この言葉を駆逐艦達が聞けば、神通が珍しく褒めていると感じただろう。

 だが、はぐろにとってそれはあまり慰めにならない。状況や理由はどうあれ、はぐろは護衛を失敗したのだ。イージス護衛艦が護衛を失敗するというのは、かなり応えるものがある。

「う~ん…。もう少し連射できる主砲だったら、もしかして全機撃墜できたかもしれないのに…」

 空母たちにとって空恐ろしいことを、憂鬱な表情(かお)ではぐろが呟いた。加賀の表情が若干険しくなる。

 言っても仕方のないことだが、イージス護衛艦としては、対空性能の高いオートメラーラ製の主砲があれば、と思ってしまう。

 それを聞いた明石が懐疑的に言う。

「いや、あれ以上に連射できたとしても、当たるんでしょうか?流石にちょっと無理なんじゃないですかね?」

「それは…」

 可能だとはぐろは言おうとする。だが神通や赤城などを見て、はぐろは一旦開いた口を閉じた。あまり確かな事実に基づく事を言って、記憶喪失を、引いては自分の正体が怪しまれるような事はするべきではない。はぐろは本当のことを言わず、明石に合わせる。

「まぁ、そうですよね…」

「ま、例の装備の解析は全て終わりました。予算が降りればいつでも開発できますよ」

 例の装備とは、はぐろの保有する誘導弾と対潜ロケットの事だ。

 はぐろは90式SSM、SM-2、ESSM、07式VLAを1基ずつ横須賀鎮守府に引き渡していた。明石達からのお願いもあり、少々悩んだが、量産しても自分以外に使える訳ではないとはぐろは考え、最終的に夕張達に譲り渡したのだ。

 実験艦の身分である事も考えれば、はぐろが出撃することなど殆どないだろう。前回の深海棲艦との戦闘で使用した対空・対艦ミサイルも、まだ残りは十分にある。あと1、2海戦は問題なく行えるだろう。しかし、それでもはぐろはミサイルを引き渡す事を選んだ。

 嫌な予感がするとでも言うのだろうか。とにかく、何か起こった時のために備えておきたかった。はぐろにとってミサイルは、自分の主兵装だ。いざというときにミサイルが無いのでは困るので、補給ができるようにしておきたかった。例えそれが、また別の問題を引き起こす可能性があるとしてもだ。

 だがはぐろが早めにミサイルを引き渡したのは、解析に時間が掛かると思ったからで、まさかこんなに早く終わるとは思っていなかった。

 明石の言葉を聞いて、唖然とはぐろは言った。

「は、早いですね…。もっと時間がかかると思ってましたが…」

「ふっふっふ…。私たち2人を誰だと思ってるんですか?」

 得意げに胸を張る明石に、はぐろではなく赤城と加賀と神通の三人が答えた。

『工廠の花火師(です)よね』

「グハッ……」

 自分達にとって不名誉な渾名を呼ばれた明石は、胸を押さえて、血を吐いたかのような声を発して、パタリと倒れた。

 だが誰も明石を介抱しようとしない。その代わりに赤城と神通は優しげな笑顔をはぐろに向けた。

「最近の横須賀が平和なのは、平沼さんが来てくれたおかげですね。本当に感謝しています」

「あ、あはは…」

 神通がそう言うと、はぐろが苦笑いを浮かべた。

 実ははぐろが来るまで、横須賀鎮守府では一週間に一回、早ければ三日に一回爆発音が響いていた。勿論下手人は明石か夕張、もしくは両方だ。新装備の開発の名目で、毒にも薬にもならぬものを開発したりと、実に素晴らしい活躍をしている。

 付いた渾名(あだな)が“工廠の花火師”。勿論本人達は、花火師なんてあまり呼ばれたくはないのだが。

 しかし爆発の回数は、はぐろが来てからぐんと減った。ほぼゼロと言ってもいい。はぐろと横鎮主力の三名との演習を見た翌日に、爆発が二回ほどあったが。

 はぐろからミサイルを一基ずつ譲渡された後は、それらの研究に没頭した結果、爆発は皆無と言っていいほどだった。というか、ほとんど飲まず食わずで研究していたらしく、大淀が様子を見に行った時には干からびかけていたらしい。

 ただ、2人とも優秀な人材ではある。実際この2人が開発に成功した装備は、海軍全体で重宝されている。爆発が起こるのも、何か新しい物を作ろうとして失敗しているのが大半だ。しかし日頃の爆発騒ぎの結果、問題児扱いされてる。

 しかし横須賀が扱いに困っているのは、どちらかと言えばはぐろの方だった。

「ミサイルの解析も終わって、演習結果がまとまったら、私も本当の海に出れるのかなぁ…」

 若干退屈そうにはぐろが呟いた。仮想演習室も現実の海にかなり近い感覚はあるのだが、

 この2週間で、はぐろが出撃したことはない。情報統制やはぐろをどのように運用するのか横須賀鎮守府内でまだ確立しておらず、はぐろ自身の体力や練度がまだ不十分だったなど、色々な事情が重なったということもある。

 だが海上防衛軍や在日米海軍など外部に対して、偽造したはぐろのプロフィールを送っている。そのため、特殊兵装実験艦平沼は噴進弾の運用に主眼を置いたテストヘッドの艦娘であると、外部からは認識されていた。

 ただ、海上防衛軍と在日米海軍が、艦娘の出撃している様子を日夜監視し、記録している。逆にまったく出撃がない事で、はぐろの事を怪しまれても困るため、いつか何らかの形で外に出させなければならないと江李も考えていた。

「まぁまぁ。そんなに焦らなくても、いつか出してくれますよ」

「そうね。それに、今は貴女が出なくても私たちで十分ですし」

 赤城がはぐろを宥めるように言ったのに対して、加賀はやや皮肉を込めて言った。

「ちょっと、加賀さん」

 そんな風に言わなくてもいいんじゃないかと赤城に注意されるが、ぷいっと加賀は顔を反らした。

 元より彼女は、金剛のように社交的ではないし、夕張と明石のように好奇心旺盛でもない。大淀のように事務的に物事を受け入れることもあまりしない。

 自分達だけでもやれる自負があった。この世界に転移してきてから15年間。元の世界も含まれれば30年近くも、加賀は深海棲艦とずっと戦い続けてきた。未来から来たという、はぐろの能力ばかりちやほやされると、なんだか自分達が今まで培ってきたものが否定されるようで、どうしてもむきになってしまう。

 複雑な感情を制御できず、加賀が自己嫌悪していると、不意に誰かが笑い声を零していた。

「あー、まぁそうですね。私が出なくても、皆さんがいますしね」

 あはは、と、はぐろは笑って加賀に返事した。

 しかしはぐろにそう返されるのが、加賀には少々意外だったのか、軽く目を見開く。

 はぐろとしては、どちらかと言えば出撃がない方がいいのだ。元の世界はこの世界のように、周辺海域に深海棲艦が跳梁していて日常的に戦いがあるわけではない。元の世界でも、周辺海域は常に中露の潜水艦が回遊していて、それら脅威に対して警戒してはいるが、それでも戦争をしている訳ではないのだ。

 戦う必要があることを理解している。でも、はぐろはまだ戦いが日常的ということに慣れていない。

 そして加賀の方も、その辺の機微がいまいち理解できず、はぐろのこともよくわからない。なので瑞鶴ほどではないにしても、加賀ははぐろの事を少し苦手に感じている。

 空母を圧倒し、存在を霞ませるほどの対空攻撃能力と対艦攻撃範囲。なのにその力をひけらかすこともなく、誰に対しても丁寧に対応する。空母の天敵でありながら、空母にとって最良の護衛。システム頼りに見えて練度に不安があるが、心根は十分のように思える。

 加賀は、最近は演習などではぐろの敵役をしているため、どちらかと言えば、はぐろは苦手な方に天秤は傾いている。だが、まだ加賀は、はぐろの事をよく知らないため、どう判断していいかわからない。

(全くやりにくい…)

 無表情の仮面の下に感情を隠しながら、加賀はそう思った。

 はぐろ達の事情を知らない赤城は、ニコニコと笑顔で言う。

「でも、平沼さんが護衛として傍にいてくれたら心強いですよね。なんというか、安心感があります」

「そう言っていただけると嬉しいです」

 確かに赤城の言う通りなのだ。彼女ほど索敵能力や防空能力に優れた艦娘はいない。はぐろが機動部隊の護衛に就くことほど安心できることはないだろう。

 でも、何というのだろうか。何か見落としていることがあるのではないだろうかと加賀は思っていた。

「それにしても、平沼さんの装備は本当に変わっているというか…。見たこともない装備ばかりですね。マイクみたいなものもついてますし」

 神通がはぐろの艤装を見ながら言った。

 主砲や機銃、魚雷発射管なども神通が今まで見たものとだいぶ違う。はぐろが肩に載せている筒や頭の冠なども十分に目を引くが、神通は別のものに注目していた。

 はぐろが太股に装備している魚雷発射管は俵積みになっているのだが、神通や駆逐艦などが装備する魚雷発射管は並列している。

主砲ですら性能が違うのだ。もしかしたら魚雷もとんでもないのかもしれない。興味を持った神通は、はぐろに質問していた。

「平沼さんの魚雷は、どの程度の射程や威力なのですか?」

「私の魚雷ですか? 対潜水艦用の兵装ですから、射程も短めで水上艦にはあまり効果はありませんけど」

「せ、潜水艦ですか!?」

 大仰に驚く神通に、はぐろは頷き返す。対艦装備が対潜装備になっている事に、神通は驚きを隠せない。

「お、驚きですね…。魚雷が対潜装備だなんて…。それでは大型艦にはどうするのですか?」

「この肩に載せている噴進弾を使います。魚雷に代わって、有効な対水上艦装備に…なると考えられている、と思います」

 はぐろは肩に載せたSSMの発射筒(キャニスター)を示しながら、妙に引っかかるような話し方で言った。一応、自分が記憶喪失であることを考えてだ。

 だが、神通がその違和感に気づくことはなかった。魚雷が対艦装備ではなくなること、それは魚雷戦を、そして水雷戦隊を否定することである。

 もしも量産されれば、今までの戦闘は根底からひっくり返されることは間違いない。その時、軽巡洋艦である自分や駆逐艦達はどうなるのか。なんとなく恐ろしくなり、神通はそれ以上はぐろの装備の詳細を聞くことが(はばか)られた。

 でも、神通は平沼の事を知りたいと思った。そのために質問する。

「次の演習は平沼さんの電探の情報を基にして、敵部隊を攻撃するんですよね?」

「えぇ、そうですよ」

神通の問いにはぐろは頷いた。

 はぐろのレーダーは、この時代にてトップの性能であることは言うまでもないことだ。

 特に対空レーダーは、近づく敵機を事細かに判別して追尾できる上に、接近されるまでの時間まで計算できる。

 だが対空ミサイルはコストが高い。というわけで、空母航空隊と共に運用を試してみるということだ。

 味方は赤城が、仮想敵は加賀が務める。状況の想定は、加賀の攻撃隊をはぐろが電探で察知し、赤城が迎撃機をあげる。その後、加賀をはぐろの電探で探り当てて、赤城が攻撃隊を差し向けるという想定だ。

 これが実際に上手くいくのか。それを試してみて、上手くいくようであったら、今後の作戦の1つとして考えたいとのことだった。

それを聞いた神通は、暫し考える素振りを見せて言った。

「私も加賀さんの護衛役として参加していいでしょうか? いた方が良いと思いますし」

「そうね…。護衛がいるべきという考えには、賛成ね」

加賀は神通の提案を素直に受け入れる。

 受け身に立っていた先ほどの演習と違い、今回の演習は赤城側も攻撃隊を出す。普通なら敵空母にも護衛がいるはずであり、赤城側にはぐろがいる時点でフェアじゃないが、神通が加賀の方に入れば数では同じだ。条件は対等とは言えないが、形は整えられた。

「では、そろそろ演習を再開しましょうか」

 赤城の言葉をきっかけに、加賀と神通も立ち上がる。だが明石は倒れ伏したまま。

 監視室の当番兼観測員であり、夢弾状態など演習形態の設定等を担当している明石がいなければ、演習も始められない。

「明石さーん。そろそろ演習再開しますから起きてください」

 赤城は精神的に大破している明石を揺すったり、頬をペチペチ叩いたりする。その甲斐あってか、呻きながら明石は起き上がった。

「うぅっ…。皆さん私に冷たくないですか?」

「そんなことはありませんよ」

「はぁ…。本当ですかね…」

やさぐれながらも明石はよろよろと立ち上がり、やれやれと操作盤の前に座る。

 

「さて、行きますか…」

 背伸びをして、はぐろも立ち上がった。監視室から出ようとして、扉の前で立ち止まる。

「……」

「平沼さん? どうかしました?」

神通が不思議そうに呼びかける。

「あ、いえ…。なんでもないです。行きましょう」

はぐろは首を小さく横に振りながら、神通の呼びかけに応じる。他の面々を促しながら最初に監視室から出たはぐろは、顔に憂いを湛えていた。

埠頭まで歩いている内に、先ほどふと頭の中に湧きあがった言葉が頭の中で騒いでいる。

 自分はいなくて問題ないんじゃないか?

 金剛や加賀達の話を聞く限り、深海棲艦が出たとしても、はぐろが出撃しなくて大丈夫だと思うのだ。

 けど自分(はぐろ)が情報操作の一環や哨戒任務以外で出撃()なければならないとしたら。それは金剛や加賀達が太刀打ちできない相手が現れた、最悪の場合だろう。

 だから自分が深海棲艦との戦いに赴かない日が来ない方が、よっぽどいいに決まっている。金食い虫と言われても、戦争がなかった時のように。

 でも、思うのだ。最悪の場合が来なかった時、はぐろがいる意味はあるのか? 周りは活躍する中、自分はいてもいいのか?

 いや、違う。いる意味があるかどうかじゃない。

 ただ。ただ、寂しいのだ。なんだか胸に穴が開いているような感じで。

 いつの間にか胸の内にできて、だんだんと大きくなるしこり。そんな感情を振り払うように、はぐろは目の前の演習に集中するのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 提督執務室。ここには提督の決裁を求められる様々な書類が集められる。出撃に予算に演習室の使用許可などなど。

 横須賀鎮守府の提督、天倉江李少将はある一枚の書類を凝視していた。年齢詐称が疑われる幼い容貌(幼いのは体型もだが)には、汗が滲んでいるように見える。

 ややあって、ようやく江李は傍らに控えている大淀に質問した。

「………これ、本当なの?」

「はい…」

 否定する理由も証拠もないため、大淀は素直に肯定する。だがその声に、精神的疲労が含まれているのは気のせいではないだろう。

 江李が机の上に書類を置くと、頭を抱えて深々とため息を吐いた。

「はぁ…。予算どうしよう…」

 深刻そうに江李はため息を吐きながら言った。大淀も頭が痛そうな表情をしている。

 日本海軍も一応は日本国政府の組織である以上、お金は大蔵省と予算案を協議して国会で承認されてから出される。その予算も、最近は削減されていて日本海軍の懐事情は厳しい。

 明石と夕張の共同で作られた報告書。それは提督である江李にとって頭が痛くなる内容だった。

 対潜ロケット(魚雷の分も含めて)と対空ミサイルの開発費用は、一発で古鷹型重巡1人分の弾薬とほぼ同じ予算を、対艦ミサイルに至っては一発で長門型戦艦1人分の弾薬とほぼ同じ量の予算を持って行く。

 今期の予算案は既に決められてあり、余剰分もある程度あるが、何かあった時のために取っておかなければならない。

 横須賀は人数が多いため、他よりも予算が多く組まれているが、もしはぐろを常日頃出撃させていたら横須賀は破綻してしまう。

「こんな高いもの、よく運用したわよ…」

 多分の呆れを含んだ声で江李は言った。もちろんその声の矛先が向けられているのは、はぐろが元々所属していた海上自衛隊とはぐろが元々いた世界の日本だ。もちろん海自がどんな組織かちゃんと理解していない事を承知でだ。だが、使い捨ての兵器一発にこれほどまでの金がかかるとなると、言わずにはいられない。

 この世界の日本は、はぐろが元いた世界の日本のように経済はまだ立ち直れていない。太平洋戦争終結から間もなく、今度は深海棲艦との戦い対深海棲艦に多くの予算が回されているためだ。そして、そちらに予算が回されているため、米軍の空襲によって破壊された町は、地方によっては今も食糧危機が続いている場所がある。

 日本海軍、いやこの世界に転移して来た陽ノ下皇国海軍も、実は限界が出始めている。それなのに、他に影響が出ないはずがない。本来の歴史にないバグは、確実に世界を蝕みつつあった。

 だが、人間という生き物はたくましい。危険を承知でも、新たに現れた技術、資源を有効に使おうとする。

 日米ソは艦娘という存在を如何にして確保するか、または自国で艦娘のような存在を生み出すか考え、それの有効性について研究している。

 はぐろについてもそうだ。通常の艦娘よりずっと優れた力を保有し、横須賀はその力をどのように使うか研究している。

「惜しいわね…」

 頬杖を突きながら江李が呟いた。

 仮にミサイルを使えなくても、はぐろの高性能な電探やソナーは魅力的過ぎる。

 はぐろの探知圏内に入った深海棲艦は、その動きを読まれ(ことごと)く後手に回るだろう。

 近海の哨戒任務に就けさせたら、何も怪しいものを見逃さない。船団護衛で彼女がいれば安全は確保されたも同然。機動部隊と行動させられたら、正に鬼に金棒。

 これほど多様性がある艦娘を、運用に制限を掛けなければならないとは。大和型のように火力一辺倒なら、これほど悩みはしないだろうな、と少し贅沢な考えが江李の中に浮かんだ。

 現在行われているはぐろの試験結果を参考にしながら、江李ははぐろをどう運用していくかを考えた。

 

 

 ◇◇

 

 

 江李が頭を悩ましている頃、はぐろは演習で疲れた体を癒すために鎮守府の浴場にいた。演習の場にいた艦娘は漏れなく入浴タイムである。一航戦の2人はサウナの方に行った。

 最初の頃は風呂のマナーもわからなかったが、今では慣れた手つきで髪や体を洗う。

 身体を洗い終えた後、複数人が同時に入れるほど大きな浴槽のお湯の中に、はぐろは体を沈める。

「あぁ~…」

 少し熱く感じるお湯が体を包み、疲労で強ばった筋肉をほぐしていく。気持ち良さに思わず声が漏れてしまう。

 はぐろの隣に腰を下ろした明石も、気持ち良さそうに言った。

「気持ちいいですね…」

「はい…」

 ヘリ搭載護衛艦や輸送艦などには立派な風呂場があるらしいが、はぐろの艦内にはシャワーぐらいしかなく、ここに来て初めて風呂場を見た。

 このように場所をたくさん取るなら、シャワーでも充分なんじゃないかとはぐろは思ったが、一度風呂に入って考えは540度変わった。

 癒し、とでも言うのだろうか。風呂に入っていると、まるで自分の故郷のように落ち着く。

 リラックスした様子でう~ん、とはぐろが頭の上で手を組んで伸びをすると、普段は分かりにくい豊かな胸が強調される。

「むぅ…。やっぱり大きい…」

 夕張は対面に浮かんでいるはぐろの巨大な胸部装甲を、親の仇でも見るような目で睨む。身長は高く、キュッと締まった細身の体は、同性としては羨望してしまう。

「(服を着ているとそうでもないのに、なんで脱ぐとあんなにすごいんだろう…?)」

「? 夕張さん、どうかしました?」

「えっ!? いや、別に? 何でもないでごじゃりますことよ?」

「は、はい?」

 挙動不審な夕張を、はぐろは訝しげに見る。誰かと風呂に入っていると、たまに夕張みたいな反応をされる事があるが、はぐろには理由がさっぱりわからない。

 はぐろの真向かいに陣取った神通が、微笑みながらはぐろに言った。

「平沼さんも、だいぶこの鎮守府に慣れてきましたね」

「そうですね…。皆さん優しいですから」

 記憶喪失という怪しい出自だというのに、赤城や電など、金剛達のように事情を知っていない艦娘まで会うたびに気遣ってくれる。

 騙しているようで申し訳なくも思うが、艦娘や深海棲艦の事は知らないことばかりなので、教えてくれることに感謝するばかりだ。

「なんというか…。不思議な感じです」

 湯船に浸かりながら、はぐろは目を閉じた。水音を聞きながら思い浮かぶのは、かつての失われた平和な(とき)の、母港から見える風景。その風景を思い浮かべながら言った。

「この感じが、とても懐かしいんです…」

「…記憶が戻りかけているんですか?」

 神通は記憶喪失だと聞いている。だからそう質問した。

 でもはぐろに戻る記憶などない。本当に戻りたい場所も、ここにはない。

 暖かいお湯の中で、ちゃぽちゃぽと手を動かしながら、どこか寂しそうにはぐろは言った。

「……うーん。…そういうのじゃ、ないと思います」

 そう答えて、はぐろは浴場の天井を見上げた。天井付近で冷やされた湯気が露になって、びっしりと水滴が付いている。

 戦争が始まる前の、平和だったあの頃。皆が色んな事を教えてくれて。皆の笑顔があって。

 深海棲艦との戦いはあるけれど、あの頃のそれと似た空気がここにはある。

 でも。

 そこまで考えて、はぐろは鼻の下辺りまでお湯の下に潜る。肩まで伸びたストレートロングの髪の毛の先がお湯に浸かった。

(どうして私は、ここにいるんだろう…。一体何のために、何をするために…)

 はぐろはもう何度目になるかわからない問いを、自分に問いかけた。

 でも、何度その事を考えても、答えは泡沫のように形にならず消えてしまうのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 この心には何か穴が開いている。この魂は何かが欠落している。

 やがて彼女は事実を知る。そして改めて彼女は自分自身に問いかける。

 

 

 私は、ここにいるべきなのか―――?

 

 

 

 

 




どうも、お久しぶりです。
遠征編を書くと言いながら、延長し続けで申し訳ないです。どうもいきなり入るより、日常編を挟んだ方が良いかなと思った次第です。
次回こそは本当に遠征編です。遠征編を終えれば、本格的にストーリーが展開していく予定です。遅筆ですが、どうかよろしくお願いします。


さて、当作品がもうすぐ一周年を迎えますが、ある重大なことに気が付きました。
きっかけはお風呂シーンを書いていた時でした。今まで書いてなかったので、やっと書けるとちょっと楽しかったのですが、体型などにちょっと不安が出ました。
そして整合性をつけるために、投稿した話をささっと読み返しました。

「あれ、はぐろの体型とか髪型とかほとんど書いてない?(;・∀・)」


読み返すと、服装とか装備のことは書いてありました。でも、具体的に身体的特徴書いて無くない?という感じでした。というかビジュアル設定的なものも載せてなかった。
気付くのに遅れて申し訳ないです…。m(__)m
そして本当に今更ですが。読者の方々が今まで思い浮かべていたはぐろの容姿をぶち壊してしまうと思いますが、はぐろのビジュアルキャラ設定をば。


護衛艦はぐろ

見た目の年齢:17歳
髪色:黒
髪型:デコ出し。セミロング
瞳の色:茶色
体型:細身、隠れ巨乳
身長:霧島と同じくらい
顔の印象:優しい感じ。基本的に笑顔、でも実は…。

こんな感じです。
ひょっとしたら自分が読み飛ばしてしまっただけで、実は書いてあったかもしれませんが、もしここのビジュアル設定と異なる描写があったとしても、このあとがきに書いてある方が正しいと思ってください。
何か質問などがあれば、感想などにどうぞ。

相も変わらずゆるゆるですが、どうか今後も当作品とお付き合いしていただけたら嬉しいです。
ではまた、次回お会いしましょう。



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