艦これ~とあるイージス艦の物語~   作:ダイダロス

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今回は歓迎会ちゃんとやりますよ。ええ、ちゃんと。
というか構想では30話ぐらいで完結させようと思ってるのに、導入で10話(予告を抜けば9話)も使うとはまだまだ未熟だと感じてます。



歓迎会・後編

 2022年9月17日。佐世保沖。

 この辺りは小さな島々が多く、地形がかなり複雑に入り組んでいる。迷路のような海の路の先にようやく目的地が見えてきた。

 海上自衛隊佐世保基地。

 あたご型護衛艦三番艦はぐろの艦魂は艦橋の屋根という特等席に座りながら、少しずつはっきりしてくる港の光景に顔をほころばせた。

 はぐろの所属こそ呉基地に司令部を置く第4護衛隊群第4護衛隊だが、いせなど他の第4護衛隊所属艦と異なり定係港は佐世保となっている。

 佐世保にはこんごうを始めちょうかいや姉妹艦のあしがらなどイージス護衛艦が3隻在籍している。

 一体どんな艦魂(ひと)達なのだろう。会うのが楽しみだとはぐろが思っていると、タグボートがはぐろに近寄ってきた。

 タグボートの支援の下、埠頭に身を寄せはぐろは錨を下ろした。

 艦内は入港で少々騒がしいが、特にやることのないはぐろは護衛艦の艦魂達に挨拶しようとする。

 手始めにはぐろは隣に係留されたむらさめ型護衛艦の艦魂に挨拶することにした。あたご型ミサイル護衛艦の艦橋より低い位置にあるむらさめ型護衛艦の艦橋。その屋根に立っている、ツインテールの髪型でやや気の強そうな少女の姿をした艦魂に、はぐろは声をかけた。

「あ、どうも。初めまして~」

「……何へらへらしてんのよあんた!」

 いきなり雷が落ちた。もちろん比喩的に。

 挨拶しただけなのに怒鳴られた。どういうこと…?

 困惑しているはぐろを置いてけぼりにむらさめ型護衛艦の艦魂はガミガミと怒鳴りつける。

「あんたねぇ!自分が何かわかってんの!?ミサイル護衛艦よ!イージスシステムを搭載したミサイル護衛艦!いざとなったら艦隊の防空っていう大事な役目を担うそのあんたがへらへらしてるんじゃ」

「そこまでにしなさい、あけぼの」

 別の艦魂がストップをかけた。威厳のある声にあけぼのと呼ばれた艦魂は矛を収めて後ろを向いた。

 むらさめ型護衛艦あけぼのの向こう側にはイージス護衛艦らしき高い艦橋が見える。ただし主砲ははぐろのものと同じではない。つまりあたご型ではない。

「こんごうさん…」

 あけぼのがはぐろに対するものとは違う、畏敬の感情を込めた声で呼びかけた。

 こんごう型ミサイル護衛艦こんごう。日本の護衛艦で初めてイージスシステムを搭載した先輩の護衛艦を前にして、はぐろは緊張感を覚えた。

 こんごうの艦魂はあけぼのに対し静かに説く。

「まだ就役してから日の浅い彼女に、いきなり心構えを説くのは酷というものでしょう」

「でも…」

 あけぼのはやや納得のいかない様子ながらも、渋々といった表情で引き下がった。

 そしてこんごうははぐろに向かって言った。

「あなたがはぐろね。私はこんごう。こんごう型ミサイル護衛艦の一番艦よ、よろしく」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」

「……ふん」

 これがはぐろとこんごう、そしてあけぼのの出会いだった。

 

 

 ◇◇

 

 

 夜がきた。任務や事情で一部の艦娘が欠席しているが、横須賀鎮守府に所属している艦娘の殆どが講堂に集まっていた。

 ざわざわと艦娘達は壇上に立つ提督と見慣れない艦娘を見ながら小声で話し合う。

 ガー、ピーとマイクに電源が入る。

「では、先日この鎮守府に着任した新たな仲間を紹介する」

 江李が傍らの白い制服を着て錫杖を持った少女を示す。

「平沼型特殊兵装実験艦平沼だ。次世代の新型装備の試験中にこちらにやってきたらしく、またその時の影響で艦名や装備のこと以外記憶喪失のようだ」

 江李がはぐろの設定を艦娘や鎮守府関係者に話す。記憶喪失だということに講堂が一瞬ざわっとなった。

 このような反応をされることは事前に予想できたが、陽ノ下皇国出身ではないはぐろがぼろを出さないためにはやはり記憶喪失にするしかなかった。

「では、平沼。挨拶を頼む」

「はい。えっと、平沼型特殊兵装実験艦平沼と申します。色々とご迷惑をおかけすることになるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 そう言ってはぐろは壇の下にいる艦娘達に頭を下げた。

 拍手が起こる。特に金剛が熱烈に拍手するが記憶喪失というのがよほど衝撃的だったのか、拍手をしている人数は少なく、どちらかといえば困惑している方が多い。

 挨拶の後は軽食パーティーに移るが、それよりもはぐろの元に艦娘が集まってきた。

 特に歓迎会以前に知り合った艦娘たちだ。演習の戦いぶりを見ている曙や瑞鶴などは胡散臭そうにはぐろを遠目に見ていたが、大体の艦娘ははぐろの記憶喪失ということを信じ切っている。

 例えば今はぐろの目の前にいる艦娘のように。

「あ、あの!記憶喪失って本当なのですか?」

 電が泣きそうになりながらはぐろに質問してきた。はぐろが壇の下に降りた後、真っ先に姉妹艦を後ろに引き連れて電ははぐろの元にやってきた。

 なんだか罪悪感が湧くが、これも仕方ないことと割り切り、はぐろは電をあまり不安がらせないように笑顔で答える。

「うん、本当なの。でもまぁ、その内記憶は戻るって言われてるから」

「不安じゃないの?困った事があったら、この雷を頼っていいのよ」

「か、考えておきます…」

 苦笑しながらはぐろは雷に答えた。

 しかしよく似ているなぁ、と雷と電の2人を見比べながらはぐろは思った。

 同型艦とはいえ、髪型や雰囲気など細かな差異はあれど、瓜二つだ。

 そしてもう1人。雷、電と同じ制服を着て、帽子を被った黒髪の少女がはぐろに注意する。

「そこでパッと決断しないなんて、レディーじゃないわ」

 見た目ははぐろよりずっと幼い容姿の暁型の長女、暁がはぐろに注意する。はぐろは対応に困った様子で後頭部を掻いていた。

「なんだかなぁ…」

 自分よりも小さな子に注意されるなんて、むらさめ型の艦魂()からされた時以来だ、とはぐろは暁の言葉を話半分に聞きながら思った。

 この3人の後にもいろんな艦娘がはぐろに話しかける。赤城に翔鶴。比叡、榛名、霧島。伊勢型航空戦艦の伊勢と日向、飛鷹に隼鷹、鳳翔などが次々に話しかけてきた。その一方で遠巻きにはぐろを見ている艦娘達もいる。

「神通、挨拶に行かなくていいのか?」

「そういう天龍さんこそどうなのですか?」

 神通と天龍。この2人は後者だった。

「まぁあんまり一気に押しかけるのもな」

 ジュースが入った紙コップを傾けながら天龍は返事した。

「それにしても、案外可愛らしい方なのですね」

「あん?」

 怪訝そうに天龍がどういう意味だと神通に視線で問いかけた。

「噂に聞いていた感じではとても恐ろしいイメージがあったので」

「あぁ…」

 その噂は天龍も聞いていた。やたらすごい能力を持ってるような感じだったが。

「でもお前も似たようなもんだろ、神通」

「そ、それは言わないでもらえると……」

 やや赤くなった顔で神通は俯いた。

 いつだったかの夜戦で水雷戦隊を率い勇壮に戦った神通は、普段とのギャップからなのかその時の様子がやや誇張されて語られており、最終的に鬼神のようだったと語られるようになった。

 そのためか、あまり関わりのない他所の鎮守府の駆逐艦からは大変恐れられていたりして、正直困っていたりする。

「しかし、大丈夫なんかね?記憶喪失っつうけどよ」

「朧さんや高雄さんの話では、先日の演習で金剛さんを相手に12.7cm単装砲で中破に追い込んだと聞きましたが」

「…俺の聞いた話じゃ一航戦の攻撃隊全滅させたって聞いたな」

「え?」

 全く違うとんでもない2種類の噂に神通と天龍は顔を見合わせた。

「…でも噂なんだよな」

「…まぁ噂ですし」

 噂だろう。噂だと思いたい。もし本当なら多分頭が受け入れられないだろうから。

 半ば現実逃避で神通と天龍は、はぐろにまつわる噂が根も葉もない話であることを願った。

 そしてこの2人の他にもはぐろに挨拶しにいかない艦娘はいた。

 曙と潮。綾波型駆逐艦に属する艦娘だ。ただこの2人の他にも朧や霞達なども挨拶に行っていない。

 艦隊の主力となる戦艦や空母などに比べて、数も多く能力も特段高いわけではない駆逐艦は、組織の階級的に言えば下っ端のようなものだ。それに戦艦や空母は駆逐艦達の憧れでもある。そのため真っ先にはぐろの所に行った電達を除いて、駆逐艦達は脇から戦艦や空母、重巡などを押しのけてはぐろの元に行けず、遠くから様子を窺っている感じだ。

 尤も戦艦や空母達はそのようなことを気にしないでもいいと言うかもしれないが、要は駆逐艦達の気持ちの問題だ。

 それに曙には気になることが一つあった。

「…潮。あんた、あいつを見つけた時のことを覚えてる?」

「?はい、覚えてますけど」

「あの時あいつ、第四護衛隊群がどーのとか愛宕型なんちゃら羽黒って言ってたわよね」

「…そうでしたっけ?」

 潮はあの時や演習の時のことは、はぐろの尋常ではない戦闘で記憶が占められ、よく覚えていない。

 だが言われてみれば確かに平沼という名前ではなかった気がする。

「でも司令が平沼さんは記憶喪失とか言ってたし、あの時混乱してたんじゃないかな?」

「そうなのかしら……」

 確かに潮の言葉は一応の筋は通っている。だが何か隠されているのでは、という気がしないでもない。

「…なーんか引っかかるわね」

 険のある表情で曙は日向から話しかけられているはぐろを見ていた。

 一方、はぐろと日向が何の話をしていたかと言われると。

「という感じだな」

「…なるほど。航空機運用能力と戦艦の火力、ですか」

「そうだ。だが瑞雲のすごいところはそれだけではないぞ」

 これはまだ続きそうだ、とはぐろが汗を浮かべたところで伊勢が助け舟を出した。

「まぁまぁ日向。今日は平沼の歓迎会なんだから、その辺にしときなよ」

「むぅ…。うむ、そうだな伊勢。ではな平沼」

「はい」

 去っていく伊勢と日向の背中を見送りながらはぐろは唸った。

「…まさか航空戦艦がいるとは」

 伊勢型航空戦艦。はぐろの世界の歴史では諸々の事情で戦艦の主砲を持ち、航空機の運用もできる航空戦艦に改造された。レイテ沖や北号作戦などで活躍したが、様々な理由で艦載機を搭載しないままレイテ沖の海戦に投入され、結局終戦に至るまで艦載機の運用はされなかった。

 また航空戦艦の実用性には異論があり、今日に至るまで航空戦艦に分類されるのは世界広しと言えども伊勢型航空戦艦の伊勢と日向だけ、ということを軍艦講座でこんごう達から教わっていた。

 艦娘とはいえ非常に珍しい艦種であるため、思わずはぐろは航空戦艦とはどんなものか聞いてみたのだが、日向がどこをどう聞き間違えたのか艦載機について長々と語られてしまった。

 2群のかがさんや4群のいせさんもあそこまでヘリジャンキーじゃないのになぁ…。

 元の世界の仲間達のことを重ねながら、はぐろは息をついた。

 昨日の演習で審判役を務めた高雄が姉妹艦達と重巡仲間の妙高と足柄を伴って挨拶に来た。

「挨拶はまだだったわね。高雄です。よろしく」

「たかお、さんですか。平沼です、よろしく」

 心中どぎまぎしながらはぐろは高雄と握手した。

 あたご型ミサイル護衛艦四番艦たかお。はぐろの姉妹艦(いもうと)と同名だ。

 さらに言えば、日本のイージス艦は艦橋の大きさから高雄型重巡によく似ていると評される。

 昨日感じた謎の親近感はそんなところかもしれない。

 だが、はぐろの受難は妹との遭遇だけでは終わらない。はぐろの前にずらりと横須賀にいる重巡が全員並んだ。

「愛宕よ~。よろしくね~」

「あたしは摩耶ってんだ。よろしくな」

「鳥海です。よろしくです」

「妙高です。これからよろしくお願いします」

「足柄よ。これからよろしく頼むわね」

 次々と自己紹介する艦娘を前に、はぐろは茫然となった。

 それほど彼女達との出会いは衝撃的だった、としかはぐろには言いようがない。なにせ摩耶を除けば愛宕、足柄、高雄と同型艦と同名の艦娘が勢揃いしている。その上妙高と鳥海、向こうの方にいる金剛と霧島も合わせればこんごう型まで全艦揃っている。皆馴染みの護衛艦ばかりだ。

「あ……すみません、ちょっと失礼します」

 涙腺が緩みかけたので、はぐろは少し強引に高雄達から離れた。背を向けたためはぐろからは高雄達がどんな表情をしているかわからないが、高雄達は怪訝そうに互いの顔を見合わせていた。

 もしかしたら変に思われたかもしれない。でも高雄たちの前ではぐろが涙を見せるほうがおかしいだろう。

 特殊兵装実験艦平沼は、高雄達と殆ど関わりがない記憶喪失の艦娘なのだから。

 高ぶった胸を抑え、はぐろは深く息を吐いた。

「……はぁ、びっくりした」

「ヘーイ、はぐ…平沼。楽しんでマスカー?」

 1人になったはぐろの元に金剛と加賀がやって来た。

 この2人は事情を知っているため、他の艦娘とは違い壁を感じることなく話せる。

「はい。ただ…ちょっと罪悪感がありますけど…」

「oh、それは仕方ないネー」

 はぐろの装備や経歴を偽装するのはイージス護衛艦という未来の技術の結晶が奪い合いになるのを避けるためだ。

 一番の問題は、はぐろの本来の所属が陽ノ下(ひのもと)皇国海軍ではなく日本国海上自衛隊であるということだ。艦娘は全員日本海軍の所属と日本政府やアメリカと約束を取り交わしているが、元の所属が陽ノ下皇国海軍でないことを彼らが知った場合、そこを突いて譲歩を迫ってきたり、強硬手段に訴える可能性はないわけではない。

 横須賀には日本国海上防衛軍だけではなく、在日米海軍の司令部も存在する。そこで諜報活動を行っている者たちに知られるわけにはいかない。

 元いた世界では米国の軍事機密(イージスシステム)を装備するだけに、はぐろも自分の情報が漏れることの危険性を重々承知していた。それに自分のある能力について、絶対秘匿しなければならないと考えていた。

 弾道ミサイル迎撃能力。江李達にもまだ話していないが、はぐろはSM-3という弾道弾迎撃専用のミサイルで発射された弾道ミサイルを補足・追尾・迎撃することができる。

 はぐろ自身が使うことは米ソで戦争にでもならない限りないだろうが、もしその事が日米ソの政府関係者に知られたら相当厄介なことになる。

 イージスシステムについても弾道ミサイル迎撃についてもこの時代の技術では再現不可能だが、今はできないからこそはぐろを巡って争いになるだろうことは容易に想像できる。

 そんなことを考えていたためか、はぐろの表情が険しくなった。その表情から何を考えているか読み取った加賀がはぐろに言う。

「平沼。貴女がそこまで深く考える必要はないと思います。不知火大佐が既に動いているようですし」

「そうですか?」

「えぇ。唯一の欠点を除けば優秀な方ですから」

 加賀のお墨付きで、はぐろはひとまずこの事を頭の隅っこに追いやることにした。

「そういえば夕張さんと明石さんは?」

 あの2人の姿が全く見えないことが気になってはぐろが聞くと、2人ともはぐろから目を逸らした。

「…あの2人なら工廠に閉じこもって何か開発してるそうよ」

 きっと3日は出てこないわね、と加賀が遠くを見て言った。

「今度のはまともなものだといいデース……」

 金剛も少し暗くなっている。

 実はこの十数年の間、夕張と明石の2人組が開発したもので時々騒動になったことがある。

 例えばペンギンみたいな謎生物が急激に繁殖して鎮守府中を荒らしまわったり、雲みたいな毛むくじゃらが鎮守府を飲みこみかけた時もあった。

 他にもまぁ色々とあった。色々とあった……。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったようで、はぐろは話題転換を試みる。

「そ、そう言えば、艦娘って今この場にいる人だけですか?」

 見たところ、講堂には加賀や金剛などを含めて30人くらいいる。だが、旧海軍の艦艇はこれだけではない。他にもいるんじゃないかと聞いてみると、加賀が答えた。

「夕張と明石、あと遠征中の由良達を除けば、横須賀に在籍しているのはここにいる者で全てね。ここ以外に佐世保、呉、大湊、舞鶴、南方の各鎮守府にそれぞれ所属してるわ」

「南方?」

 佐世保などは海上自衛隊の基地があるため流したが、唯一聞きなれない地名について聞き返す。

 それについて説明するのは金剛だ。

「シンガポールにある日本海軍の根拠地デース。東南アジアの海上輸送路防衛が主な任務ネ。とはいってもアメリカの横槍で戦艦は1人もイマセーン。空母は大鳳だけデース。あとは水上機母艦と軽巡と雷巡、駆逐艦と潜水艦くらいデシタカー?」

「そ、それでシーレーンを防衛できるんですか?」

「だから毎回横須賀か佐世保から艦娘を派遣して任務が終了次第帰還するという面倒な形を取ってるのよ。それについてもアメリカが監視が必要だって横槍を入れてきて…。横須賀の場合アメリカの輸送機で硫黄島からサイパンを経由して南方鎮守府に行かなければならないの。本当に面倒としか言いようがないわ」

 “艦”娘が航空機に乗って空を飛ぶのか……。

 加賀のため息を聞きながら、はぐろはやや的外れな感想を抱いた。

「ちょっといい?」

 話が一段落したところで瑞鶴がはぐろに話しかけてきた。

 もちろんちゃんと挨拶していないため、はぐろは瑞鶴のことを知らない。彼女も自己紹介に来たのかと言う具合に捉えていたのだが。

「あんた私と決闘しなさい!」

「…は?」

 予想の斜め上の言葉にポカンとはぐろは聞き返した。

「瑞鶴、貴女何を言ってるの?」

 不機嫌そうな面持ちで加賀がはぐろの気持ちを代弁した。

「だって、こいつ生意気じゃん!私以外に一航戦に勝つなんて許せない!」

 瑞鶴はビシッ、とはぐろを指差し啖呵を切る。一瞬周囲がざわめく。

「え?いや、あれは…」

 気まずそうにはぐろは顔を背けた。

 確かにはぐろは第1次攻撃隊を全滅させた後に一航戦の2人を発艦不可能なほどに損害を与えたが、その程度だ。

 撃沈判定を与えたわけではないし、その後生き残った航空隊によってはぐろは大きな隙を生んで大破してしまった。むしろイージス護衛艦であるにも関わらず航空機の接近に全く気付かなかったはぐろの負けと言っても差し支えない。

 しかし、はぐろが渋い顔で何を考えているのか全く分からない瑞鶴は、挑発しながら決闘を申し込む。

「てなわけで、私と演習で決闘しなさいよ!私なら余裕で勝ってみせるわ!!」

「……」

 どうしよう、とはぐろは困惑した。

 制限さえなければ演習開始直後に艦対艦ミサイル(SSM)を叩き込むので、まず彼女に勝ち目はない。というか弾薬を惜しまなければ正規空母2人の攻撃隊を殲滅できる対空火力のどこをどう見ていたら勝てると思うのだろうか。

 無言のままのはぐろに瑞鶴は苛立った様子で噛みつこうとする。

「何よ、こいつに勝てたからって調子乗ってるんじゃ」

「いい加減にしなさい」

 しかし、加賀によって後ろ襟を掴まれた瑞鶴はそのまま引きずられていく。

「ちょっ、放しなさいよ!まだ話は終わってな…」

 加賀によってドナドナされていく瑞鶴を茫然と見送るはぐろに金剛は笑顔で言った。

「あの2人はいつもあんな感じだから気にしなくていいデース」

「あ、あぁ、そうなんですか」

 まだはぐろは横須賀に来てから日は浅いため、よくわからないが何となく加賀と瑞鶴の仲は悪くなさそうに感じた。

 要は慕っている人がこてんぱんにやられたから、仕返しにきたという感じなのだろうか。

 そう考えるとはぐろが見せた能力をもし考えてないなら頭が少し足りなそうだが、信頼はできそうだ。

「……?」

 瑞鶴のことについて考察していると、はぐろは周りの視線が変わったような気がした。

 艦娘達がはぐろをやや遠巻きに見ながら話をしている。

「あ…噂って…ん当だったのか…」

「でも74機…無傷……なん…さす………」

「金剛…………殴り合……て聞い…」

 興味津々だがやや恐れるような視線をはぐろが肌で感じていると、いつの間にかはぐろの目の前に小柄な艦娘が立っていた。

「陽炎型駆逐艦不知火と申します」

「あ、どうも。私は」

「存じておりますので結構です」

 ぴしゃり、と不知火は遮った。

 何だか気難しそうな娘だな、とはぐろは不知火の印象を抱いた。

「失礼ですが、貴女は演習で金剛さんと砲撃戦を行い中破に追い込んだというのは本当でしょうか?」

「それは」

「イエース!間違いありマセーン!私が保証するネー!」

「なんで金剛さんが先に言うんですか…?」

 聞かれていたのは自分のはずでは?と、台詞を取られてはぐろは若干ショックを受けていた。

 しかし細かいことを気にも留めなかった不知火は無表情のままはぐろに言う。

「ではお願いです。私と演習していただけないでしょうか?」

「へ?」

「ちょっと不知火!何いきなり喧嘩吹っかけてるのよ、あんたは!」

 はぐろ達からやや離れたところで聞いていたオレンジ色の髪をツインテールにした少女が慌てた様子でやってきた。

「陽炎も興味はありませんか?この艦娘(ひと)の力が。私はとても興味があります」

「それは…気になるけどさ…」

 止めに入った陽炎も容易く論破されそうになったところに、救いの手が入った。

「ダメに決まってるでしょうが」

 突如として掛けられた声に当事者たちの視線が集中する。

「司令…」

「テートク」

 小さいから見えなかった、とはぐろが思ってると江李が鋭い眼光ではぐろを威圧した。

 冷や汗を掻きながらはぐろは江李から目をそらす。

 それを見て江李は不知火に向き直って言った。

「平沼は特殊兵装実験艦。あんたは工作艦や潜水母艦と演習したいと思うの?不知火」

「しかし、先日金剛さんや一航戦の方々と演習をしたとのことですが。金剛さんを中破させ、一航戦の攻撃隊を凌いだとお聞きしました。それぐらい強いのであれば、問題はないと思いますが」

 不知火は食い下がらないでなおも江李はピシャリと跳ね除ける。

「そもそも昨日の演習はあくまで平沼の装備の検分するための特例だったのよ。第一、平沼は記憶喪失になってるのよ。今後訓練や装備の試験をすることはあっても、私が許可するまで艦娘同士の演習はさせない。わかった?」

「…了解」

 有無を言わせない江李の言葉に、不知火は不承不承で引き下がった。

「では、失礼します」

「あ、こら。…お騒がせしました。ちょっと不知火!待ちなさいよ!」

 詫びの言葉を言わなかった不知火の代わりに陽炎がはぐろ達に頭を下げて去っていった。

 はぐろは胸をなでおろして江李に言った。

「ふぅ、助かりました」

 いきなり演習しろと挑発されたものの、どうすればいいのかわからなかったはぐろはどう対応すればいいかわからなかった。

「全く。いきなりあんなこと言うとは思わなかったわ」

「不知火はどうしたんデスカネー?」

「彼女はいつもあんな感じなのですか?」

 はぐろの質問に金剛は首を振って否定した。

「No。普段はcoolで戦闘時はhotな艦娘だけど、いきなりあんなこと言ってくる子じゃないネ」

 それだけに不知火が何故あんなことを言ってきたのか、金剛は不思議なようだった。

「不知火に陽炎か…」

 もちろん、はぐろはその名を知っている。陽炎型駆逐艦のネームシップと二番艦だ。

 太平洋戦争時新鋭艦だった陽炎型は様々な激戦地に送り込まれ、終戦時には同型艦19隻の内1隻しか残存しなかった。

「あれが陽炎型駆逐艦……」

 己が護衛艦(DD)であるからか、高名な駆逐艦と同名の艦娘達の背中を見て、はぐろは血が騒いだように感じた。

 

 

 ◇◇

 

 

 時間も過ぎて、夜も更けた。明日も訓練や任務があるということで歓迎会は終わった。まだはぐろが挨拶できていない艦娘も半分ほどいるが、今回の歓迎会ははぐろの顔を見せることが目的だ。まだの者は後日改めてということで解散となった。

 片付けは大淀達有志の艦娘がやるということで、はぐろは江李と共に社殿の方に向かった。

「ふぅ…」

「疲れた?」

「えぇ、まぁ。…私にとっては、金剛さん達を含めて全員が先輩方と同名ですから。少し、緊張が…」

「そういえば、この国には艦娘達と同名の軍艦があったのよね。偶然ってすごいわね」

 はぐろに言われて思い出したように江李が言った。

「偶然…なのでしょうか?」

 ポツリとはぐろは呟いた。

 太平洋戦争時の軍艦と同じ名前を冠する艦娘という少女達。平行世界の存在である彼女達が日本に現れたことは果たして偶然なのだろうか。

 それに、だ。

 金剛、霧島、妙高、鳥海、愛宕、足柄、高雄、日向、伊勢、加賀、大淀、電、雷。

 他にもまだ挨拶が済んでいない艦娘もいるが、13人も護衛艦と同名の艦娘がここに所属している。しかもはぐろと同じ部隊所属だったり姉妹艦だったり定係港が同じなど、何かしらはぐろと関係がある護衛艦が意外と多い。同名の人物(?)であることは理解しているが、それでもはぐろの頭は仲間たちを思い浮かべてしまう。

 自分が横須賀にほど近い海域にいて横須賀所属の艦娘に拾われたことといい、何か得体のしれないものをはぐろは感じた。

「偶然かどうかなんてわかるのがいるとしたら神様か、あるいは…。まぁ、あまり深く考えても仕方ないわ」

 慰めるように江李は言った。その通りなのだが、やはり気になった。

 それとは別に、はぐろは今日の昼間考えていたことを江李に話す。

「あの、司令。練度の維持・向上のために明日から演習室で訓練を行いたいのですが」

「……わかったわ。スケジュールに関しては大淀と相談してちょうだい」

「ありがとうございます」

「それとまだ貴女の部屋が決まってないから、しばらく社殿の空き部屋でお願いね」

「はい」

 そんな話をしているうちに、2人は社殿の玄関前まで着いた。

「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 1号館の方に向かう江李を見送り、はぐろは夜空に浮かぶ星々を眺めた。

 明日から本格的にはぐろの新しい毎日が始まる。これから自分が一体何を為せるか、元が護衛艦に類別される兵器であったはぐろにはわからない。

 ただ彼らの代わりに、戦う術のない市民が少しでも安寧の日々を過ごせるよう微力を尽くす。

 かつての乗員達にそう誓ってはぐろは社殿の中に入って行った。

 

 

 ◇◇

 

 

 明日の朝も早いため、はぐろを社殿まで送った後、江李も寝室に戻ることにした。

 江李の寝室は緊急事態に備えて提督執務室のすぐ隣にあるため、1号館の方に足を向けるが、ふと江李は思い直して社殿を振り返った。

「偶然、ね…。貴女だったら何て言うかしら?六花」

 神を降ろし、神の声を聞き、神の意思を伝える事ができる巫女よ。貴女なら、何と答える?

 江李は社殿をしばらく眺めた後、踵を返した。

 

 

 




さて累計話数10話目のこの回、いかがでしたか?
日常編ではできる限り世界設定にも触れるようにしてる分、どうにも長くなってしまいますね…。冒頭に回想話を入れているせいでもあるかもしれませんが。

さて、歓迎会で横須賀所属の艦娘の殆どが出揃ったので、未登場の艦娘も含めてここにまとめます。

 横須賀鎮守府所属艦娘
 戦艦:金剛、比叡、榛名、霧島
 航空戦艦:伊勢、日向
 正規空母:赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴
 軽空母:飛鷹、隼鷹、鳳翔
 重巡洋艦:妙高、足柄、高雄、愛宕、摩耶、鳥海
 軽巡洋艦:大淀、夕張、神通、天龍、由良
 駆逐艦:暁、雷、電、曙、潮、朧、漣、霞、霰、陽炎、不知火、夕雲、秋雲、巻雲、秋月
 潜水艦:伊168、伊58
 その他:明石


 計:40人

これにはぐろも加えれば横須賀所属の艦娘は41人です。多いな~。この話が投稿された時点で未改造艦の艦娘が156種ということですから、全体の約4分の1が横須賀にいることになります。(ちなみに佐世保鎮守府も横須賀と同じくらい艦娘がいます)
勘のいい人は気づいてると思いますが、横須賀の艦娘は護衛艦や自衛艦に命名されたことがある艦名と同じ艦娘を中心に選びました。退役して除籍された艦も含めれば24人も同名の艦娘がいます。(村雨とか夕立も入れてみたかったですけど、ちょっと護衛艦勢がキャパオーバーでしたので抜きました)

ちなみに今回でも未登場の由良、秋雲、夕雲、巻雲、秋月は遠征任務中。168、58は哨戒中です。
次回あたりで帰ってる予定です。

その次回も日常編をお送りします。
今回伊勢型を登場させたので、いよいよ「あれ」が演習室で飛び立ちます。
さぁ、魚雷を喰らうことになるのは58か168かw。潜水艦の2人はしばらく帰ってこないほうがいいかもしれませんw。

それから累計話数10話を記念して、序章を再度加筆修正します。(どこが記念なのか)
具体的に言えば、何故戦争が起こり、はぐろが何故沈むことになったかを詳しく書いておく必要があるなと思ったからです。
今さら蛇足な感じはしますが、後の話の展開を考えると必要かなと思い、書くことにしました。
番外的な感じであげようかと思ったんですが、あとで書くより序章に書いておいた方が面倒がなくていいと思ってこうなった次第です。


では、序章が改変されるか、11話目が投稿された時にまた会いましょう。



用語解説


・大湊鎮守府
元は旧帝国海軍の大湊警備府が置かれていた場所。日本海軍が引き継いだ後も警備府のままだったが、太平洋と日本海を結ぶ津軽海峡を見張る要地であること、大湊以外に警備府がないことなどを理由に鎮守府に格上げとなった。



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