ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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Happy birthday

「なあ、今年のシロの誕生日、どうする?」

 

 ここはアキバの街の中心から僅かに離れた郊外に建つ雑居ビルのひとつ。<円卓会議>の代表ギルドのうちひとつでもある<記録の地平線>(ログ・ホライズン)のギルドタワーの一室である。

 そこには部屋の広さを考えるといささか窮屈に感じられる人数が集結しており、どうにもひとりひとりの距離が近い。さすがに全員分の椅子があるわけはなく何人かは壁に背中を預けたり、床にあぐらをかいて座り込んでいる者もいる。そんなせまっくるしい中でひとり仁王立ちで声を上げたのが直継だった。

 

「どうって…、普通に祝えばいいんじゃね?

 去年は二十四時間耐久レイド巡りに行ったけど、今はそんな馬鹿できんだろ」

「あれは流石に二度とやるべきものではないと思いますにゃ…」

 

 『なんで誕生日プレゼントを自分で取りに行かなきゃいけないのさ!しかも参謀は変わらず僕だし!』

 プレゼントを伝えた時のシロエの至極まっとうでもっともな意見を奏は覚えている。どこぞの狂戦士ならともかくさすがにレイドそのものを誕生日プレゼントにされて喜ぶ程シロエの価値観は歪んではいなかったわけで、勿論二十四時間とは名ばかりのこれまでシロエが参謀を務めたレイドのプレイ動画を編集した再生時間二十四時間の大作動画を贈った。

 大変喜んでもらえたと同時に動画作成に加わりたかったと苦言を呈されたことも奏は覚えている。ちなみに動画の大半はやらかしちゃった集とレイド間の休憩時間に撮ったで構成されていてナイスプレイング集などの真面目に参考になるようなパートは少ないので表に出せるような代物ではない、身内ウケしかしないものだ。伊達にプレゼントを計画した人間の大半が二十四時間などという長時間動画の編集作業に地獄を見たわけではないのだ、終始真面目な内容などやってられたものではなかった。それを知らないシロエは一回あの地獄絵図を見てみればいいと逆に全員に言われたのだった。

 

「主君の誕生日、それは盛大に祝うべきだ」

「そうですね!シロエさんには日頃からお世話になりっぱなしですし」

 

 長い間の連れである面々の渋い顔とは裏腹にアカツキとミノリのふたりはやる気まんまんにシロエの誕生日計画を練ろうとしている。

 

「どこか広い会場でも貸し切ってパーティーというのはどうかね?それはもう盛大にぱーっと」

「ルディ、そんなお金どこにあるのよ、まずわたしたちだけしかいないのに準備が間に合わないじゃない」

「む、ダメか」

 

 ルンデルハウスがこれ妙案と意見を出すがそれを五十鈴が諌める。確かに準備という面では言う通りだ、部屋いっぱいに人がいるとはいえ所詮は直継の自室。零細ギルドの<記録の地平線>(ログ・ホライズン)の人員ではパーティー会場の準備を一から十までこなすことは不可能だろう、それ以前にシロエにばれる。

 

「いやー、悪くないぞルンデルハウス。まあパーティ会場ってのはちっと無理かもしれないがどっか適当に店でも貸し切ってしまえばいいだろ」

「必要なら人手も<三日月同盟>から出しますわ」

「そやそや、シロ坊の誕生日やもん。ウチらもお手伝いさせてぇな」

 

 パチンと指を鳴らして直継はルンデルハウスの意見を支持する。直継の脇に控えるマリエールとヘンリエッタもにこやかに笑いかける。

 

「貸切!貸切ですか!ほうほう、それなら歌の歌える場所にしましょう!銀河系アイドルのオンリーマイステージ!ボクのすばらしい歌声という一生の思い出に残るプレゼントにシロエさんもメロメロ間違いなし!」

「うおっ!お前どこから湧いてきた」

「あ!いいな!ステージ」

「プレゼント…」「メロメロ…」

 

 耳ざとく貸切の言葉に反応して直継の背後からにょっきりと生えてきたのは自称銀河系アイドルピンク色の頭をしたてとら。てとらの言葉に賛同の声をあげるように五十鈴も立ち上がる。

 同じくてとらの言葉になにかしら感じ取ったのか先程まで熱心にふたりで話し合っていたアカツキとミノリがブツブツとなにかを嘆いている。

 

「あー、おおよそそんな感じでいいんじゃね?どっか店貸切。ステージ付きならなお良し。<

 ブルームホーム>辺りかなぁ、あそこのオーナー人がいいし。安くで貸してくれんだろ」

「じゃあ、奏は店の用意な」

「極めて了解」

 

 余計なことを口走ったために店の用意なんて一番面倒なことをさらりと押し付けられた奏だったが今回は文句を言うようなことはしない。せっかくのシロエの誕生日というのもあるが、こういうサプライズパーティーのような下準備はきらいじゃないのだ。

 

「んじゃ、各自プレゼントはそれぞれ用意しとくってことで。くれぐれもシロには内密に迅速かつ徹底した準備祭りを。皆の者健闘を祈る」

 

「お前が一番にバレそうだけどな」

 

 仰々しくまるでどこかの黒幕のように会議を締めた直継のキメ顔は、奏には我慢ならなかった。

 

 ◆◇◆◇

 

「これは、ひどいな…」

「どうしてこうなることがわからなかったんだ、奏」

 

 奏の独白にシロエが応答する。ふたりの声には生気がかけている。

 

「ボエェーー」

 

 ふたりの視線の先は<ブルームホーム>のステージ。もちろんステージに立つのはこの人、銀河系アイドルてとらその人だ。

 

 途中までは大成功だったのだ。

 シロエの仕事も皆で分散して片付けシロエが一日休めるようにするのが誕生日プレゼントかのように見せかけその上で夕方からシロエを連れ出して<ブルームホーム>のパーティー会場に連れて行った。知り合いに声もかけてシロエの入場に合わせて盛大にクラッカーを鳴らしたときのシロエの驚きようはみんなして声をあげて笑った。

 

 各々準備したプレゼントを片手にシロエにおめでとうという言葉をかけてプレゼントを渡していった。

 トウヤとルンデルハウスからは共同で『超強そうなヒーローメガネ』あまり詳しくはないが、丸サングラスというやつでどちらかというとマフィアのドンあたりがかけていそうな代物だったのではないかと記憶している。隣で見ていたリーゼちゃんとミカカゲちゃんも微妙な顔をしていたのを覚えている。

 続いてはプレゼントを渡したのは直継だ。机うつぶせ専用枕なる珍妙なものをいい笑顔で贈りやがった。そんなものを渡すくらいならベッドで寝れるようお前が仕事の手伝いをしてやれという話だ。一緒にプレゼントを渡しに来たマリエちゃんからも怒られていた。当たり前だ。

 そして直継を叱り終えたマリエちゃんのプレゼントはクッキー。しかもメガネクマ?となかなか食べるのが惜しくなる完成度の一品だった。作るのににゃん太師匠の手伝いを借りたらしい。

 にゃん太師匠からはパーティー会場でシロエの大好物の特製「スペシャル茄子カレー」が振舞われた。うまかった。セララもそれに連なって「柿と梨のフルーツサラダ」。セララは着々と料理の腕を上げていていいお嫁さんになるだろう。

 ヘンリエッタさんからは目薬と目元を温めるアイマスク。直継とは違い実に実用的だヘンリエッタさんらしいともいえるが、さすがに目元を温めながらお説教は誕生日の日くらい勘弁してあげればいいのにと思った。

 ヘンリエッタさんのお小言が一区切りついたところで肩を落としたルンデルハウスを引き連れて五十鈴ちゃんが登場。ルンデルハウスはこってりと絞られたのだろう、同情するがさすがにあれはないだろうと俺も思うので自業自得だった。五十鈴ちゃんのプレゼントはギルドマスター専用櫛。ルンデルハウスが自分の使う櫛と随分違うと首を傾げていたが当たり前だ。お前の櫛はもともと馬用だ。

 

 ここで一区切りがつくことになる。さてさてこのままなごやかに進んでいけばよかったのだが、やらかしやがったあの自称アイドル。

 てとらが誕生日プレゼントにシロエに贈ったのはバースデー歌謡ショー12曲リサイタル。オープニングは「恋のささくれラバー」。

 しかし<吟遊詩人>(バード)でも音楽系のサブ職業についてるわけでもないてとらが歌う曲がもちろん上手いわけもなく、むしろ普通であるわけなく。

 

「ぼえーー」

 

 今に至る。

 頭が痛い。こめかみの辺りからズキズキとする。ひどい音痴だ、これでだれか<吟遊詩人>(バード)とセッションでもしていれば幾分ましだったのだろうが失敗した。なにが「恋のささくれラバー」だ、本当にささくれさせてどうする。

 

「今、何曲目だっけ?」

「に、二曲目の終わり」

「ダメだ、これ以上は誕生日が命日に変わりかねない。

 てってとらさん!せっかくだけどさすがに十二曲は長いから一旦切り上げよう。せっかくたくさんの人に集まってもらったんだしひとりひとりともっと話したいんだ!」

 

 二曲目がちょうどおわりてとらがさあ次の曲とマイクを振り上げた時にさせてたまるかとシロエが待ったをかけた。

 

「えー、まだ二曲目ですよ!これからなのにー!」

「今度!今度じっくり聞かせてもらうから!ね?ね?」

 

「やーん!シロエさんったら大胆!銀河系アイドルのてとらちゃんを独占したいからってそんな必死にならなくたっていいのに!でもごめんねボクは誰かのものにはなれないの、だって超絶銀河系アイドルですから!ボクがだれかのものになっちゃったらボクのファンが暴動起こしちゃう!シロエさんが磔にされちゃう!

 でもでもぉ、わっかりました!!そこまでいうならてとらちゃん無理を押し通しちゃいますっ!また今度ふたりっきりの特別ライブをやっちゃいましょー!!」

 

「いいからさっさとステージから降りろエセアイドル」

「むー!奏さんそんなこと言っちゃうんだー!ボク怒ったぞー、くらえ」

 

 てとらがステージから飛び降りて組みかかってくるが、素人さんの動きに翻弄されるわけもなく適当にいなしてマリエちゃんと仲良く談笑している直継に擦り付ける。俺なんかよりもおいしい餌を与えられたてとらはもちろん直継の方に矛先を変えて組みかかっていた。

 

「命日が伸びたなシロエ」

「背に腹は変えられないよ、今を楽しまなくちゃ」

 

「…自棄になるなよ」

 

「いままでこんな無理難題いくらでも超えてきた」

「そんなあのエセアイドルといままでの苦労を同列に扱われてもな…」

 

 実に締まりがない。しまったと言うべきなのかもしれないが。

 

「あーシロエさん」

「ん、ああどうもロデリックさん、それにミチタカさんにカラシンさんもお揃いで」

 

 声をかけてきたのは生産系ギルドの三大ギルドのギルマストリオ。

 

「あれの後にこんなものをお渡しするのもなんだかあれなんですが、どうぞこれ」

「なんです?これ」

 

「三日分の眠気がポンとなくなるお薬です。いけますよ三日は」

「勘弁してくださいっ!」

 

 にやにやと三人で指差しポーズを決めてサムズアップをした後に祝いの言葉をかけて離れていく三人。

 勘弁してあげてやれ、てとらのリサイタルにしろ、徹夜の仕事のどちらにしてもだ。

 

 そんなこんなで身近な人間からたくさんのプレゼントを受け取るだけでは飽き足らずススキノから大量の書類と花束や差出人不明の「いもむし安全クッションぐるみ」などなどプレゼントを受け取ったシロエはプレゼントを見ては頬をほころばせていた。

 

 さてさて、これで残るプレゼントを渡していない人物があと二人。ミノリンとアカツキちゃんだ。先ほどからちらちらとこちらの様子を伺うような視線を向けている二人にそろそろプレゼントを渡してはどうかと手に持つワインの入ったグラスを置いて手招きする。それを見てやっと決心がついたのかアカツキちゃんがミノリに一度頷いてみせて率先してこちらに出向いてきた。

 

「あ、あ、しゅっしゅ」

「シロエさん!」

 

 あー、せっかく頑張ったのにミノリンに先を越されたアカツキちゃん。どこかの着ぐるみの名前を言っているうちにアカツキちゃんに踏ん切りを見せられちゃって慌てたミノリンに後から追い抜かれる形になっちゃったよ。

 

「シロエさん!お誕生日おめでとうございましゅ!」

 

 しゅ?

 盛大に噛んでしまったミノリンの顔がそれはもう真っ赤に染まっていく。

 

「大丈夫大丈夫。落ち着いて、続けて」

 

 ミノリンの肩をポンと叩いて笑いかけてやれば、彼女はアカツキちゃんに先を越されて乱されたペースも落ち着きいつもの自分のペースを取り戻してスラスラと祝いの言葉を述べていく。

 うむ、それでこそ俺の自慢の教え子なり。

 

「第八商店街で見つけてきた封蝋セットとインクです!」

「うわぁ!すごいなミノリこのインク結構な高級品じゃないか。こんな無理なんかしなくてよかったのに」

 

「大丈夫です!シロエさんはわたしの先生ですから、こんなのぜんぜんへいちゃらです」

「そっか、ありがとうミノリ。大事に使わせてもらうね」

 

 まだまだ可愛らしい言動を残す彼女だが、白菫のような澄んだ笑顔で微笑むミノリに思わず目を奪われてしまう。ほんとに最近のミノリの成長っぷりは目覚しい。まさか中学生の娘に一瞬でも見蕩れてしまうとは思わなかった。

 

「えへへ」

 

 さっきまでの菫のような小さな可憐な笑みから打って変わって今度は年相応な笑顔が咲きこぼれる。うんよきかなよきかな。でも、

 

「ミノリ、そろそろ俺の足からどいてくれ、ヒールで踏まれ続けるのはそろそろ辛いぜ」

「え!?あっすみません奏さん!ぜんぜん気づかなくて!足大丈夫ですか」

 

「ぜんぜん。ミノリは軽いからな」

 

 いままで緊張していて気づきもしなかったのだろう、ミノリンがぱっと俺の足から飛び退く。いつの間にかヒールまで履けるようになっちゃって、勧めたのは誰だろうか?五十鈴ちゃん辺りかと思うがあの娘はあんまりヒールとか動きにくい履物は履かなさそうだ。ヘンリエッタさんか千菜だろうか。なんにせよよくやったと賛辞を受け取ってもらいたい。

 

 「主君!」

 

 アカツキちゃんが声をあげる。気のせいだろうか?目が燃えている、それはもうメラメラと。

 

「主君、誕生日おめでとうだ!」

「うん、ありがとう」

 

 シロエが嬉しそうに微笑んで礼を言う。それに釣られたようにアカツキちゃんの顔にも笑顔が生まれる。

 

「それでだな、主君。わたしからのプレゼントはこれだ」

 

 アカツキちゃんが手渡したのは小さな箱と大きな袋。どちらも丁寧に若草色のリボンで包装されていてリボンを解いてしまうのがもったいないくらいだ。受け取ったシロエはそれでもアカツキちゃんに了承をとり包装を丁寧に解いていく。

 

「わぁ」

 

 シロエの口から思わず感嘆の声が漏れた。

 小さな箱に入っていたのは和風の根付、大きな袋の中に入っていたのは普段シロエが羽織っていいる白の外套(コート)とは真逆の黒を基調としたインバネスコートだった。変わった形をしたコートではあるがセンスがあると思う。

 

「わたしの誕生日に主君がプレゼントを選んでくれただろう?だからわたしも自分で一生懸命選んだんだが、どうか?気に入らないか?」

 

 少し不安そうに自身なさげにシロエに尋ねるアカツキちゃん。その首を傾げる仕草に髪を止めているかんざしの飾りが僅かに揺れた。

 

「そんなまさか!すごく嬉しいよ!僕はあんまり服とか気にしないからさ、こんなかっこいいのなかなか持ってないんだ」

 

「そ、そうか!それはよかった。すごく悩んだのだ。本当に色々見て回って、それなら主君に似合うと思ったのだ!」

 

 嬉しそうに、心底嬉しそうに声を弾ませるアカツキちゃん。

 

 おっといけない。そういえば肝心の俺自身がプレゼントを渡していなかったじゃないか。いけない、このままではあの苦労が無駄になってしまう。

 

「シロエ、これやるよ。ミノリやアカツキちゃんのものなんかと比べたらちょっと寂しいかもしれないが、誕生日プレゼント」

「これは?」

 

 手渡したのは一枚のチケット。もちろん肩たたき券とかお手伝い券とか一回だけお願い聞いてあげる券とかそういうチープなチケットなんかではなく、商品券とか冷めて夢のないものでもない。

 

「<RADIOマーケット>のとこの系列のメガネ屋があるんだ。そこのメガネどれでも一点だけただにしちゃいます券。茜屋のじいちゃんに将棋十三局対局して四週目で勝てた。頼むからいいもん貰ってこいよ

 個人的にはセンスのないシロエ君はセンスのいいアカツキちゃんと先生思いのミノリちゃんに付き添ってもらって明日にでも決めてくるといいとアドバイスする」

 

「ええ、センスないって思ってるならこんなチケット渡さないでよ」

「無茶いうな、俺の眼は特注品だ。視力なんて落ちたことなんて一度もねえ。ダテでもメガネなんてかけたことねえよ」

 

「はあ…。じゃあ、アカツキ、ミノリ、悪いんだけど明日にでもちょっと付き合ってくれないかな?あ、でもちょっと急だよね」「いやいやそんなことないぞ主君っ!」「そうでよシロエさん!むしろ明日じゃなくちゃ駄目です!」

 

「そっそう?じゃあお願いしようかな」

 

 

 食い気味にシロエに詰め寄る二人にウィンクを送る。明日はたっぷり楽しんできてくれ。俺は基本的にはシロエの味方よりもアカツキちゃんやミノリの味方をしたいんでね。

 それでも、

 

 「Happy birthday dear my friend」

 

 遠目に三人の様子を見守りながら小さく照れ隠しも混ぜながらそう締めくくった。まだまだパーティーは賑やかに続く。


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