ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第五十一話 燕が地を飛び雨が降る

「今なら先へ進めるかもしれんぞ、お主の祖父が示した真髄へ」

 

 堂々とそう宣言したアサハナの言葉を聞いて奏は揺れる内心をなんとか沈めつつアサハナの言葉に待ったをかけた。

 

「ちょっと待ってくれ、アサハナ様

 水を差すようで悪いんだが、俺が習ってた剣術にある奥義ってのは技とかそんな大それたものじゃなくて型の到達点というかむしろ心構えみたいなもので、とても姉ちゃんに勝つための決定打になるようなものじゃ」

 

 

『心技体は剣に通ず。剣を体を一部として自らの体を使うように力を振え』

 

 それが祖父から幼少から叩き込まれ、刷り込まれ十数年と嗜んできた剣術とは言い難いほどまでに幅広い戦術。広くて突き詰めていてまるで才能を持った存在のためにあるような技術だ。ありきたりでどこかで聞いたことのあるような当たり前に目指すべき実現し難い訓。

 

 しかしその真意はまったく正反対にあるものだった。

 

 才能がある人間は無意識にこの境地に至る。ただなんとなくで当たり前のものとして身につけている技術として、意識せずに刀を振るうことで自然体に淀みなく受け入れることができる。

 人間という生き物はなにかをする時には必ずわずかであっても思考が混じる。いくつもの思考が折り重なり答えを導いた先の行動を行う。その思考は少なければ少ないほどに動きの純度は増していく。突き詰めてしまえば鍛錬というのは思考の排除をし続けることでしかないわけだ。

 つまりは天才が無意識で至っている集中状態(引き出せる実力)を意図的に模倣しようという考え方が、奏が教え込まれた戦術の集大成であるということだ。

 その刷り込まれてきた日常の一挙一動が研ぎ澄ますための手段でしかない。ある程度の土台を作ってしまえば、そこからはただ思考を排除するための鍛錬を積むことで天才と呼ばれる人種にも机上の理論では並ぶことができるはずなのだ。

 

 鋼は幾千も叩いて鍛え続け、刃は欠かさず研いで最高の切れ味へと高め続ける。

 

 ただそれだけ。ただし度が過ぎるだけ。

 それを奏は十七年当たり前に続けてきた。自分の意思で()()()()

 

「知っとるよ、じゃがそれに意味がある。

 流石何十年もの経験を積んだ達人でありぬしらのことをよく知るおじいちゃんというべきか……、少しくどいが、主が姉に勝つため、…というよりは主という剣士が完成するため目指す場所を既に十数年も前から教えていた。おかげで儂も主が姉に勝つ局面を見い出せた。

 正直儂もどうあがいてもこの短期間では勝率が三割を超えんあたりが悩みどころじゃったが、おじいちゃんさまさまじゃよ」

 

「そんな力の差があるのか、というか三割も超えないのにあんな自信満々だったのか」

「当たり前じゃろ、<冒険者>とはいえそなたは所詮は人の身よ。レイドランク()にたった一人で勝てるわけがなかろうて」

 

 

「天才の在り方をそこそこの才能の主が再現する。実に突飛な発想ではあるが、解釈次第では面白い。

 呼吸をするように無意識で行っている行動を、意識してやろうってんだから無意識よりずっと効率的ではあろうな。

 儂の解釈が通りなら、まるで天才(格上)を打倒するためだけに特化した技術。おあつらえ向きすぎる、まるでこうなることを見越していたかのように」

 

 ――ま、偶然は必然とも言うし、ただの偶然ではあろうがな。

 

 アサハナの手から光が溢れる。溢れた光はゆらめきながら払うように振られた手から形を成していき一本の黒刀へと形を変えていく。その刀の刀身は光を飲み込むような漆黒でその形上はまるで奏の持つ<夜刀 風月玄沢>とまったく同じように見えた。

 

「投影の出来としては上出来か…。刀を使うのは久しいが、模倣程度ならなんとかなろう」

 

「神様ってのは……、はあ、もうなんでもありか」

 

「物質創成能力なんぞでいちいち驚くな。こんなもん初歩の初歩じゃ、それなりの格を持つダンジョンなりなんなりに住むものなら神でなくとも魔物でもなら備えていて当たり前の能力じゃ」

 

 レイドなどで登場するダンジョンでのボスは討伐されると、そのボスの特徴を色濃く受け継いだような形状や能力をした<幻想級>、<秘宝級>のレアドロップ品がドロップすることがある。それらのアイテムは供贄一族の古式ゆかしい古代魔法により配分される金貨やアイテムとは起源を別とする。

 それは、魑魅魍魎渦巻く巣窟で一柱の主として蛮勇を振るった猛者が自らの存在を現世に残そうと試み生まれたまさに力と魂の結晶なのである。それゆえに自らの存在と死力、魂までもを賭けて創り上げる武具やアイテムは<幻想級>、<秘宝級>などの強力無比になる。生まれる武具は力と魂の強い者から生まれるのは必然で、力と魂が強ければ強いレイドランクのボスたちから強力な武具が生まれるのだった。

 

 そして奏の目の前にいるのは紛れもないその<大規模戦闘>《レギオンレイド》クラスの力を持つ流麗なる龍神アサハナ。奏の持つ刀の複製などは特殊効果の付与を考えなければ魂をかける必要もない程に片手間で済む程度に容易くこなす。

 

「強度としては源典には若干劣るが成長に合わせると思えばちょうどいいじゃろ。

 八枝よ、まずはこの刀を折ってみよ。戦い方はお主の戦い方をそっくりそのまま模倣した上で儂はさらにその先をいき、誘導していく。いうても並ぶことができるのはあくまで引き出せる力の割合、同じ十割引き出せても土台で負けていてはお笑い種よ。

 死に物狂いでついてこい、でなければ本当に間に合わんぞ」

 

「おっす!」

 

 歯車は着々と噛み合い始める。行き着く先はKRが望むような英雄(ヒーロー)か、錆びて朽ちるを待つ剣となるか。はたまた元の道化に落ち着くか。

 

 ◆◇◆

 

 

 控え室に通されたアカツキは、神妙な顔で手の中のカップを温めていた。翠風の館はどの部屋にもきちんと暖炉が備え付けられていて部屋が寒いわけではないが、他にやることもなかったからだ。

 どこまでもが事故なのか、それともメイドのエリッサの陰謀なのかわからないが。<追跡者>の鋭い知覚能力には隣室での会話がほとんどもれなく聞こえてしまっている。

 

 しかし、その内容は、どう考えてもアカツキの手には余る話だ。

 

 今、アキバの街を騒がせている件の殺人鬼は供贄一族のもので<動力甲冑>(ムーブルアーマー)を盗み出し今もなお消息不明。<動力甲冑>はアキバの街の地下の巨大魔法陣から魔力供給を受ける神代の遺産。もちろん魔力供給を停止すれば<動力甲冑>は停止するが、その場合は都市の防衛魔法陣も同時に能力を失ってしまう。再稼働するには十年単位の時間がかかってしまう。

 そんな話はたった一人の<冒険者>になんとかできる話ではなく<西風の旅団>や<D.D.D>のような大手ギルドが対処するべきか、あるいは<円卓会議>が動かなければいけないような――()()()()()()ではないか。

 いっそ聞かなかったふりをして帰るべきではないかともアカツキは考えた。

 月の光にも似た美しさを体現する姫も<冒険者>に話すべきか悩んでいた。その決心が定まる前に自分が殺人鬼事件の真相の一端を知ってしまうことがどれだけ危ういことか、事態へ与える影響の大きさがわからないアカツキではなかった。

 

 そこまで考えたところで控え室の扉がノックのひとつもなく開かれた。

 

「ごきげんよう、アカツキさん。相も変わらずチャーミングだね」

 

 扉から現れたのは黒髪の青年。青年は夜のとばりにも似た黒の豪奢なコートを羽織りわざとらしいほどに優雅さを振りまくような言葉を放つ。アカツキは唐突に部屋へと入ってきた彼に虚をつかれ思わず立ち上がってしまう。

 

「ああ、気にしないで。わざわざ立ち上がってもらわなくても結構。ノックもなしに入ってきたのは私の方だ」

「貴方は確かレイネシア姫の叔父の…、」

 

「こうやって直接はなしをするのははじめてだね、アカツキさん」

「どうしてあなたがわたしのところなんかに?」

 

「なんかなんて自分を卑下するのよくない。君は十全なまでに優秀な娘だと」

 

 一目視線を交わしただけでエルノの観察眼はアカツキの内側を見通してみせる。大地人と冒険者では根底の身体能力が違うという条件の上での話ではなく純粋なアカツキの能力を評価する。

 

「隣の部屋の会話も君なら聞こえていただろう?

 困った話だよね、なにか供贄一族に貸しをつけれるかもとお気楽に考えていたんだが…、アテが外れてしまって」

「貴方がわたしをここに通すように仕組んだのか?」

 

「どうでしょう?」

 

 わかりやすくはぐらかすエルノだが、アカツキにとってはたまったものではなかった。

 これは一個人がなんとかできる事の大きさを優に超えているのだ。たった一人知ったところでは事態は何も変わりはしない。

 さっき干渉することの重大さから一歩引いて状況を見極めようとしたというのに、選択肢を選択する前に谷底へと突き落とされてしまった。これではアカツキはなんらかのアクションを取らなくてはいけなくなってしまったではないか。いや、正しくは行動は起こさなくても構いはしない。ただ、アカツキ(冒険者)レイネシア(大地人)の困り事を無慈悲にも見過ごしたという事実をエルノ(大地人の貴族)に知られてしまうことになるだけだ。第三者の目が加わってしまっただけともいえる。だがそれだけでアカツキにはどれだけのプレッシャーが与えられたことか。

 

「やり方が汚いことは重々と承知している。あまりにも非礼がすぎることもわかっている。

 それでもお願いしたい。どうか、レイネシアの助けになってくれないだろうか」

 

 アカツキを引き返せないところまで引きずり込んだ張本人は深々と頭を下げた。貴族であるエルノが<冒険者>のしかも女であるアカツキに。

 

「わたしではこの案件にあの娘に貸してやれる力なんてものはない。無謀だということも身勝手だということも理解してお願いする。一と二とでは変わらないかもしれないが、一と零では雲泥の差だ。」

 

「ひとつだけ言わせて」

 

 しばらくの沈黙の後、エルノに向けてアカツキは眼をしっかりと見据えて言葉を紡いだ。

 

「なんだろう」

 

「レイネシアが、頑張ってるのは知ってるから。

 ずっと見てたから」

 

 領主会議において彼女がなした偉業をアカツキは見てきた。シロエが評する言葉も聞いた。そしてここしばらく、彼女の近くに潜んで見守ってきた。だから、「頑張ってる」その一言だけは核心をもって言える。

 

 アカツキはエルノへ背を向けて窓を開けベランダへと出た。エルノからはその姿は地味な普段着とも相余って光の中から闇の中へと溶け込む影のように見えただろう。三メートル離れたベランダへととびうつることくらいは高レベル<冒険者>の身体能力にとって道端の花をまたいで通ることよりも容易かった。

 

「友愛に最大の感謝を」

 

 その後ろ姿を見送るエルノは深々と、先ほどよりもずっと深く頭を下げた。アカツキの姿が見えなくなった後も変わらず祈るように、すがるように頭は下げ続けられた。

 

 アカツキが白亜のベランダに足をつけた時、レイネシアの力の抜けきってしまったような、普段の優美さを含んだものとは異なってしまった声がガラス越しに聞こえてきた。

 

「もうダメです」

 

 その声はどうにしても投げやりで、困惑がこびりついていた。

 

「本当にダメです」

 

 レイネシアが言葉を発するたびにガラス越しからみるクッションに顔をうずめるその姿はしぼんでいってるように見えた。事実そうなのだろう。

 

「――ままなりません。

 ……どうしていまなのでしょうか。なんでわたしなんでしょう?」

 

 その言葉はアカツキの心に風を吹かせる。その風の冷たさは最近アカツキを苦しめるものと同じだ。どうしようもなくて、誰でも経験がある。代え難い痛み。

 

「……もうすこしだけ手加減してもらえませんか?サービスしてもらえませんか?誰か代わってはくれませんかね?」

 

 銀月の姫の弱々しい言葉にアカツキは言葉を返した。自分にも言い聞かせるように。

 

「それは……できない。たぶん誰にも」

「わかっています。それでも、望むくらいはいいじゃないですか…」

 

 だれも代わってはくれない。風を止める方法は向き合って、立ち向かった自分にしか見つけられない。それでも立ち向かっても止まるかどうかはわからない。

 

「会議に相談する?」

「でもそれをしてしまったら冒険者の方々と争うことになりませんでしょうか」

 

「でも、いつまでも黙っているわけにはいかない」

「それは…、そうなんでしょうが…。そうじゃなくて」

 

「そうじゃなくて!?」

 

 レイネシアの背筋がすらりと伸び、クッションに埋めていた顔が顕れる。目の辺りはすこし赤く腫れているように見えた。

 

「な、なっ。その…、聞いてました?」

「ごめん。盗み聞きするつもりはなかった」

 

 レイネシアの目が居心地が悪そうに伏せられアカツキから逸らされる。アカツキは彼女にそんな態度をとらせてしまったことがすこしだけ辛かった。エルノの意思は聞いていてもレイネシアの意思は聞いていなかったから、アカツキの中に躊躇の芽が生まれる。

 始まりはシロエに彼女を守ってあげて欲しいと言われたからだった。時間を作って出来うる限り水楓の館に足を運んだし、陰ながら見守りもした。だから彼女が積み重ねてきたものを知っている。それが簡単にほんの些細なことで壊れてしまいかねないものだということも、知っている。

 

 アカツキの目の前にいる少女は“銀月の巫女姫”。大地人の貴族の中でも有数の名家コーウェン家の一人にしてザントリーフ攻防の立役者。アカツキとは比べるべくもないほどに立場も生まれも違う人間だ。それでも、目の前の少女はそんな大仰な肩書きなんてかすりもしないような普通に見えた。アカツキと変わらないあんぱんを小さく頬張る、どこにでもいる、普通の少女だ。

 

「困った?」

「困りました」

 

 レイネシアの中にアカツキは自分が見えた気がした。

 

「見つけてくる」

 

 アカツキは立ち上がる。

 エルノと約束したからじゃない。アカツキの意思は彼女のために、彼女に対して抱く敬意のために動こうとしている。

 

「え――?」

「役目を、果たすから。頑張ってるの見てたから」

 

 アカツキの身体が軽く跳ねる。咄嗟にアカツキの背へと伸ばされたレイネシアの手は彼女を触れることなく掠めて終わる。

 手がかりは得た。黒い燕は雪がの白が点々と散りばめられた宙へと解き放たれ出撃した。

 

 この先に待ち受けるは無慈悲な暴風と知っていても。

 

 




 <幻想級>、<秘宝級>のドロップ品についての説明はオリジナルになります。
 モンスターの爪や皮が素材としてドロップするのは理解できるけど、剣やら鎧やらが人間サイズでドロップするのはおかしな話ですし、かといって供贄一族の方でわざわざ素材を加工するのはもうおかしいをとおりこして不可能だと考えます。技術的に。神代の魔法品(マジックアイテム)だとしても規模的に供贄の黄金の比じゃなくなりそうです。

 

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