ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第四十八話 龍神の手ほどき

「主は一応にも儂の結界を無理矢理こじ開けてここに入ってきたわけじゃが、そもそもお主は結界がどういうものなのか理解しておるのか?」

 

 まぁ、しておらんじゃろうが…、本殿へと上がり込み一人では持て余すだろうほどに広い母屋の中を奏にあらかた案内し終えた龍神アサハナはそんな風に後ろを歩く奏へと語りかけた。

 

「いきなり手厳しい…、外からの干渉を拒絶する、内側と外側を隔絶させるっていうのが結界の役割なんじゃないですか?」

「違う。それは結果に過ぎん。本来の用途はまた別じゃ。やはり境界を防御壁なんぞに使うような奴が本質なぞ理解しておるわけがないか…」

 

 呆れたようにやれやれと首を振るアサハナの態度にすこしむっとしてしまう奏だが、自分がそういった魔術学問に対して深い知識を持っているというわけでは決してないので口ごたえができる立場にないことはわかっている。

 

 <冒険者>は根本的にはきちんと自分がなぜ魔法を使えるのかにたいして明確な答えを持っているわけではない。ただ、この世界にきてゲームみたいだっだから同じように魔法を使ってみようとしたらできてしまっただけ。そこになにかしらの修練があったわけではないし、せいぜいレベリングをするくらいが関の山だろう。そういった意味では<口伝>もただの応用でしかなく土台がもとからあって、一から造り上げた魔法ではないということになる。

 

「まぁいい。儂はお前さんが破った結界の修復をする、ちょっとそこで見とれ。主にもわかりやすいようゆるりと貼り直すでの」

 

「貼り直すってどこで?俺が境内に出たときに結界を破った裂け目なんてなっかたような」

 

「それは幻術で見てくれだけを整えてるに過ぎん。きちんとして知識と技術を持った術者からみればとたんに看破できる。主でもここにくるときには祠を見つけれた、あそこには人払いの術をかけておったんじゃがなぁ。それと一緒よ、見るものからみれば違和感くらいは持たれる」

 

 広い庭を一望できる長い廊下を進んだ先には大きな独立し建物が母屋とは別に、母屋に囲われるような形で建っていた。アサハナの後ろをそのままついていこうと建物の敷居を奏がまたごうとしたとき、

 

「ああ、敷居はまたぐなよ、死ぬぞ」

「うおおぉお!?」

 

「なんじゃ、あひるの子のように律儀についてきよったのか、愛いやつめ。

 しかし、ここから先は主の身体の方はともかく今の自我が耐え切れる空間ではない。おそらく入ったら自殺願望に囚われ自ら命を絶って血色のデミグラスソースをかけたハンバーグの出来上がり。人を食うなら生のままがぶりといきたいから決して入るなよ」

 

「猟奇的なこと言わないでもらえます!?ていうかなんでデミグラスソースとかハンバーグとか<冒険者>の風俗を知ってる!」

 

「言ったじゃろ、お主の頭の中を覗かせてもらった、と。

 理解しとるよ主らが異世界からげーむとかいう世界にうりふたつのこの世界に迷い込んでしまった者たちということは」

 

「それじゃあアンタ…」

 

「なんじゃ?儂がこんなにも平然としていることが不思議か?

 自分が作られた存在でありこの力も記憶も全て作り物の偽りだと絶望に打ちひしがれればよかったか?そんなことはまやかしだと失笑にふせばよかったか?」

 

 アサハナは前へと進んでいく。

 アサハナの進む先には境内からも見上げることができた巨木の幹が見えていた。建物の中は真っ暗で一点を除いては闇に包まれ中を伺うことはできなかったがどうやらその巨木が生えているところだけが天井はなく吹き抜けになっているらしく太陽の光が後光が差すように落ちていた。その光景はここにきて奏が見てきたどの美しさよりも美しく聖域といって間違いのないものだった。言い表すならそこが本当の理想郷というのだろう

 

「――バカを言うなよ、小僧。

 そんなことで絶望に飲めれるほどにこのヤマトの地に顕現し何百年という時間を見守ってきた龍神アサハナの魂は陳腐なものではない。何百年と積み上げてきたこの魂と力、己自身が疑って誰が信じるというのだ。他人が自身を否定するのは構わん、それは互いに相手を肯定させるために糧とすればいい。だがな小僧、自分が自分を否定して何になる、ただの徒労にしかならんわ」

 

 巨木の根元、アサハナの白い手が巨木へと触れる。すると風もないというのにざわざわと巨木が呼応するように揺れ始めた。

 

「今は儂の言葉も主には本当の意味では伝わりえていないじゃろう。お主をほんとうに理解する者の言葉げなければ響かんし答えはえれんじゃろう。

 だから今は学べ、そして磨け、答えを得た時に力を存分に震えるように」

 

「大地は天命が尽きるまで我と共に。

 大地は礎となり、

 木々は恵みを、風は無限の道へと変わる。

 我が道の先に遮るものはなし。

 後には羨望と繁栄だけを残し、

 行き着く先は孤独。

 不変の理想を叶うがために、

 愛は理想へと変わりえた。

 だがその道に一切の後悔はなく、

 充足の満ちと花の冠だけを掴み得た」

 

 奏とアサハナの距離は遠く葉の擦れ合いどこから生まれた風の吹き通る音が遮ってこようと、けれどその詠唱はなぜか一語たりとも聞き逃すことはなかった。心のどこかに引っかかった。

 

 アサハナの魔力が膨れ上がる先程まで視認できていた魔力が蛍火だったかのように巨大に強く瞬いていく。立ち登り広がっていく魔力は巨木を通してこの世界に広がっていくのだろう。世界の胎動を感じるような錯覚に落ちるようなその感覚はザントリーフでシロエが行使した<契約術式>と同種のものでもありこのどこまで大きいのかも測れない結界の中が充足していく感覚に襲われていた。

 

「ほれ、修復は終わった。呆けておらんでゆくぞ。時間は有限、お主にあまり多くの時間は残されておるわけではなかろうて」

 

 さっきまでとは空気が違う。アサハナの施した結界への処置が終わった途端に空気が一変した。修復前に重みがなかったわけではない、むしろ完全な神域というものの重みが想像していたそれとは違いすぎていた。圧力や完全さなどは感じずむしろそれとはまったく逆の感覚だった。言うなれば水の中。冷水のように透き通り、軽く、どんなものも受け入れるように馴染んでいくそんな感覚だ。

 

 もう一度、背後に閉じる扉の向こうにそびえる新緑の巨木を振り返ったあと、アサハナの向かう先へと駆け出した。

 

 ◇◆◇◆

 

「それじゃあ、答えを教えてくれよ」

「すこしは自分で考える努力をせぬか…」

「むしろ、俺はさっきのを見ちまったせいで昂ぶってる。はやくやりたくてしょうがない」

 

 わくわくと落ち着きなさそうに庭の石畳を左足で蹴ってみたり両腕を伸ばしてストレッチをしてみせる奏

 

「……子供みたいなやつじゃの。

 よいか、結界というのは本来は内側の存在を外界に通さないようにするためにつくられた術。いっけん聞くとお主が言っていたようなことと同じことに聞こえるかもしれぬがこれは大きく異なる。外側から内側への干渉を防ぐのではなく内側から外側への干渉を防ぐことが本来の用途になる」

 

「…馬鹿でもわかりそうな例えをあげてください」

 

「そうさなぁ…、あれじゃ、ぬか漬けが入ったぬか床があったとする。そのままじゃ臭くてかなわん、だから蓋をする。みたいな感覚かの。

 冒険者風に言うならば。ようはあれじゃ、ぬか漬けに虫が入るよりも臭いのが嫌じゃから壺に蓋をするみたいな感覚」

 

「なるほど!すごくわかりやすい」

 

 はてなマークを頭の上にいくつもあげていた奏にアサハナがわかりやすい例えを挙げてやる。流石、奏の頭の中を覗き込んだだけあって例えが実に庶民的で子供にも分かりやすそうな例えだ。

 

「話を戻す、ここで重要視するのは結界は内側のものに対しての効果の行使が本来のあり方であって、お主がやっておるような結界破りや境界を用いての防御は本来の用途とは大きく異なるということじゃ。

 まぁ、のお主の妹御がやっているような薙刀で掃除をするみたいな突飛な行動か」

 

「今度の例えは実に受け入れがたいぞアサハナ様」

 

 奏がやっていた<ハーメルン>のギルドホームや千菜の部屋への侵入は本来の用途ではなく、<黄金領域>による絶対防御ですら本来の用途とは大きく異なっていた。<黄金領域>の雛形である<聖域結界>も本来は周囲から身を守ってセーフティーゾーンを作るためではなく、ただ結界の内側にいる自分たちの気配を断つことでモンスターから察知されないようにするのが本来の用途だろうという説明を受けた。

 存外、最初期の方が結界をエルノとの密談に使ったりときちんと使いこなしていたというのは皮肉な話である。

 

「つまりは、結界は内側に自分が望んだ世界を創り上げるのが本来の在り方というわけじゃ。

 結界の外には意味は求めておらん。封印術の派生系とも言えるの結界の中であれば自分よりもどれだけ格上の存在でも弱体化できる。いわば地の利を得るわけじゃからな。そうやって古来から力の弱かった人間たちが魑魅魍魎の類から身を守ってきた」

 

「じゃあ、それが出来れば勝てるのか…?」

 

「あるいは…の。だがそれにはお主にその場しのぎではない戦う理由(答え)が必要じゃろ?」

 

 百恵に求められたのは自身の在り方の根源だ。在り方を正せ、カナミだけを拠り所にする生き方を、本当の意味で全精をもって自身を凌駕するだけの理由を見つけろ。それを見つけれなければ百恵は止まることなく奏を執拗に立ちはだかり続けるだろう。

 

「戦う理由(答え)、か。

 俺の剣には今、重さがなくなっちまった。

 元からあってないような重さだったのかもしれないけどな」

 

 今の奏の振るう剣には重さがない。かつてはあった偽りの理由で振られていた剣でも奏が信じて疑わなかったゆえに重かった。淡くても信じる光を失った今よりはずっと重かった。

 

「そのための儂じゃ、任せておけ。

 手はある、だからそんな顔をするな、せっかくすこしはマシになった顔をしたかと思えばすぐそれじゃ。なんじゃ、元気づけて欲しいのか?いい子いい子してやろうか?」

 

「やぁめろ、撫でるなそしてニヤけるな。アンタほんとうに神様か!?」

 

 ニヤニヤとまるで偉大なヤマトの人柱とは思えないような笑いを浮かべながら奏を撫で回すアサハナ。信者が見たら卒倒しそうな光景だ。卒倒したあとはさらに妄信しそうでもあるような楽しそうな笑みだが

 

「じゃあ今から酒を飲もうか、お主なかなかいける口じゃろう?付き合え酒を誰かと一緒に飲むのはひさしぶりよ」

 

「昼間から酒なんて飲めるか!時間は有限とか言ってたのはアサハナ様だろ!?」

 

「無駄じゃ無駄。御神酒引きというであろう、まずは親交を深めることからじゃ。お主の記憶を覗いただけではいまだわからんことが多い。酒を飲みながら語り明かそうぞ」

 

 龍神アサハナ。ヤマトの大地の神であると同時に酒の神でもあり、アサハナを祀る華の都セレソステナでは彼女の造る桜酒は特産品として多くの酒好きに好まれている。

 

 アサハナは供物品が届かなくなってもセレソステナへ使いを出して酒を届けさせることは怠らなかった。好きなものは手間暇かけて造ることから始める凝り性なヤマトの人柱である。

 

「まずは、らぴゅたとかいうのについて聞かせよ。らぴゅたはほんとうにあったのか?」

「なぜ数ある選択しからラピュタ!?」

 

 奏はアサハナに肩をがっつりと組まれて引きずられていく。単純な腕力の差で引きずられてしまうものだから抵抗のしようがない。せめてものと口だけは絶えず動かしていた奏だったがアサハナに右手には大きな酒瓶が握られ奏を無理矢理胸元まで寄せて酒瓶をつっこませて黙らされ形無しであった。

 

 

 それから奏とアサハナは酒を昼間から酒を飲みながら語り合った。ラピュタは存在しないこと、ドラえもんはタヌキじゃなくて猫であること、プーさんは本物の熊じゃなくてぬいぐるみであること。

 はっきりいってしょうもない無駄なことばかり話した。

 

 そうしてくだらないことをしていればだんだんと日は暮れていき餅つく兎を乗せた月がこくこく登っていく。

 

「いいのぉ~、その大盃。どうじゃ?儂に譲らんか?」

「やらん。気に入ってるんだよ、この盃は」

 

 奏は<乙姫の大盃>に波波にまで酒を注ぎ月を肴にして飲み干していく。それを物干しげに奏の肩へしなだれかかるようにして覗き込むのはアサハナ。二人共顔には赤みがさし完全に出来上がっていた。アサハナも酒の神であり同時に龍なだけあって酒にはめっぽう強いのだがそれについていけるだけ奏も酒には強かった。伊達に焦点が合わないまで飲んで夜のアキバを少し歩いただけで酔いをさませるだけの強さは持っていなかった。

 

「あとなんか聞きたいことあります?そろそろ俺も寝たいです」

「ん、むぅ~そうか。それじゃあ寝るとするかのぉ。続きはまた今度」

 

「なんかあっさりと引きますね」

 

「あんまり飲んだくれても明日に響くじゃろ?儂でも二日酔いくらいはするし、厠にこもって吐くことくらいするわい」

 

「……できればそれは聞きたくなかった」

 

 目の前にいる理想形のような美人が青い顔をして堂々と二日酔いで吐く宣言されるのは男として色々思うところはある。なぜ世の男子の女性幻想というのはこうも容易く打ち砕かれるものなのか、奏はそれについて少し話したくなったが少しずつ歩み寄って呼びかけてくる睡魔の象徴である布団に返事を返して抱きしめ合う方が大事だと諦めた。

 

「俺は布団を一刻もはやく抱きたい」

 

「残念じゃが、布団を抱きしめるのはもうすこし後じゃの。先に儂がお主を抱かせてもらう」

 

「は?」

 

 カラリと開けられたふすまの向こうには一人どころか五人でも持て余しそうな程に広い畳の匂いが香る和室。そこにあるのはひと組の布団だけ。酒に酔って帯びていた熱よりもさらに熱い熱にあてられたきがした。

 

「一夜の甘味な儚い夢を見させてやろう」

 


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