ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第四十三話 異端児は礼を忘れない

「姫様~、マリエール様たちがお見えになりましたよ。ご支度を早くなさりませんと、お待たせしてはいけません」

 

「わかってるわ、エリッサ。栞はどこ?おじさまからもらった栞」

「二冊目の本に挟まっているじゃありませんか」

 

「ああ、ほんと。でも、この本まだ読み終わっていないの…、エリッサ、なにか栞の代わりになるものはないかしら」

「たしか、奏様から頂いた護符がこちらに」

「護符ってそんな使い方をしてもいいの?」

「ご本人がただの魔除けの意味合いしかないから栞替わりにでもして身近に置いておく方がいい、とおしゃっていましたので問題ないでしょう」

 

 艶塗りを施された光沢を返すアキバ産の多機能机の引き出しのひとつから若草色の札に紅色の薄布を巻いた護符を取り出すエリッサ。その護符をレイネシアに向けて差し出す。

 レイネシアは一度じっくりと札を眺めたあとに膝の上で開いている実用書に並ぶ小さな文字の行列を遮るようにして挟み込む。

 

「そういえば、最近奏様はお越しにならないのね、前までは一週間に一回くらいには来てたのに。寒いのはお嫌いなのかしら」

 

この間にも傍使えであるエリッサの動きは淀みなく動いている。レイネシアのアキバに来てから急増したクローゼットの中の衣装から今日の天気や、つい先ほど出迎えた客人たちの服装と被らないような衣装を選びとっていく。

 

「あら、姫様聞いておられないのですか?あのお方はかれこれ二ヶ月以上アキバの街を離れていらっしゃいますよ」

「あら、そうなの」

 

 そのいつもの光景を眺めながらレイネシアはなんの気もなしに感情もたいして込めずにそう流した。べつにたいした関心をもつわけでもなく。

 

「随分とあっさりしておいでですね」

「だって、べつになにか特別な感情があるわけでもないもの、そもそもおじさまがなぜあの方を私に紹介されたのかちっともわからないの。

 いい人だというのはわかるんですけど、これといってなにか特別な地位とかを持ってるわけでも、人間的に徳が高い方というわけではないでしょう?」

 

 言い方は悪いが平凡、平凡とは言わないまでも秀才。貴族の中であれば、あれより才覚に恵まれた人間なら大勢いるだろう。彼はせいぜい中の上程度の才覚くらいしかないだろう。特別な点をあげるとすればレイネシアでもはっきりとわかるくらいに他の<冒険者>と違ってそんな風にわかりやすいということくらいだろう。

 そんな彼に叔父はなにを見出したのか、そこはレイネシアも興味はあった。だから、奏が<水楓の館>を訪ねてきた時は出来うるかぎり話の奥になにか意味があるのではないかと注意深く聞いてみたりしたがわかったことはなかった。今はもうそこになにか意味をみつけようとしたことは諦めている。

 そんなことに思考をさく暇があるならば少しでも仕事を終わらせてベットへ飛び込みレモンの風味がほんのりと香るクッキーを口に運ぶことに専念した方がレイネシアにとっては幾分も建設的だった。

 

「はい、できましたよ。皆さんがお待ちかねです。向かいましょう」

 

 エリッサのそんな声を聞いてレイネシアみんなが待つ部屋へと歩を進めていった。彼女の頭の中にはもう奏のことなどこれっぽちもなく、これから向かうレストランの料理のことで満たされていた。貴族の娘としては非常に不適切な思考回路ではあっても、彼女にとっては今はそれが一番だった。

 

 

 ◇◆◇◆

 

「はははっは、それは違うよレイシア。

 彼はそんな簡単な人間じゃないさ、そう思うのならレイシアは見事に彼に騙されちゃってるってことだよ」

 

 いつぞやにそんなことを考えたことをエルノへと話した。

 パチパチと暖炉の火が燃える音が部屋を包む中、それよりも大きな声でレイネシアの座るソファからは離れた椅子にに貴族らしからぬいささか行儀の悪い体勢で椅子に座る黒髪の青年が笑った。

 窓の外で吹く雪の白を眺めながらエルノは片方の手に持ったキッシュを口に運びながら立ち上がりレイネシアの向かい側へと歩き出した。その行動のひとつひとつが普通の貴族の行動からはかけ離れていて、貴族らしからない。

 

「僕は実に貴族らしくないだろう?」

「はい、すごく」

「はっは、バッサリだなぁ。お祖父様にも同じことを言われたよ、お前は貴族としては異端すぎる、ってね」

 

 飄々とした態度はどうしても大地人の貴族というよりは<冒険者>の態度の方が近しいものがある。

 むしろアキバに駐在する自分よりも<冒険者>への理解や順応はひと月に二三回程度しか訪れることのないエルノの方がなぜか高いとレイネシアは感じていた。

 

 マイハマでも彼は他の貴族とはどうしようもなく壁がある。まるで生来の根っこの部分が貴族とは別のところにあるようだ。

 

「僕の生まれた領地はひと月とかからず滅んだ。当時は原因不明の流行病だった。どんな医者が診ても原因はわからなかったし対応策も思いつくわけもなかった」

 

 脈絡もなく語りだしたエルノにレイネシアは怪訝な目で返す。エルノのこういった脈絡なく始まる話はよく脱線する上に伸びきったゴムのヒモのように長いのだ。オチにどこか教訓じみたことをいつも持ってくるものだから散々と聞かされてきたレイネシアはうんざりとしてきていた。

 

「原因がわからないのに対応なんてできるわけがないだろうと当時は感じたものだが、いやはや医療ってのは凄いんだよね、回復魔法や解毒魔法なんてものよりも確かな効果を見せてくれるアナログな方法もあるらしいことを後から知って驚いたものだよ。そのときほど医師に非礼を詫びたいと思ったことはない。

 

 そんな病だったよ、ただ無慈悲に進行して広まっていき人が死んでいく。

あまりにも感染速度と範囲が広いものだから近隣の領地からも総スカンくらちゃってさ、表向きは心配してくれるような素振りはみせてはいても明らかに干渉するな、俺たちに近づくなって意思表示をされちゃ、助けなんて求められないよね。

 父上も母上もあの時ほど貴族という存在が打算で動いていることを実感したことはなかったろうに」

 

レイネシアのそんな表情にも気づいているくせにエルノはペラペラとお構いなしに話を進めていく。だんだんと話の筋が見えてきたところでどうやらあまり嫌々聞いていても楽しくないらしい内容になってきたことを察してせめてもとレイネシアは頼りない記憶の中から言葉を選びつつ返答を返した。

 

「…その事件はたしか、山に住んでいたドラゴンが死体になって動き出したことから山の水を汚染したことでの流行病だったとか」

 

 領地の首都から近辺の村まで広く水源とされて使われていた河や井戸の水」が汚染されていた。そのことがわかったのはすでに被害は最悪といっていいほどにひろまり、あまつさえエルノの両親である領主夫婦さえも床に伏してしまうほどまで病状が悪化した時だった。

 

「まさに地獄絵図というやつだったよ。当時の領地の空は文字通り暗雲も立ち込めていた気もする。不幸が凝縮されたような光景だった」

 

 エルノの両親はただひとりの息子であるエルノを領地からは遠くとも親交の深かったセルジアット公へと懇願し預かってもらった。領主夫婦から送られてきた手紙に物資を支援して欲しいとも、医師を派遣して欲しいとも書かずにただひとつとして息子を助けて欲しいと書き連ねられた願いをセルジアット公は痛く心をうたれエルノをすぐさま預かるように早馬を走らせた。

 そのすぐ後には領地にそれだけを使い切ることのできる民はいないほどの物資が準備された。そして医師の代わりに投入されたのが、

 

 <冒険者>だった。

 

「父様お母様も馬鹿だよね。領民よりも息子ひとりを優先させるなんて、人の親としても合格でも、領主としては失格さ、まさに愚の骨頂と言えるだろう。

 そこそこの歴史を持ったご先祖様の中でも一番ひどい領主だったろうに、ご先祖様には今頃草場の影で後ろ指を指されながら笑われているよ」

 

「そんなことは、冗談でも言うべきではないとおもいます」

 

レイネシアの強い意思が込められた目でエルノをじっと目を見据えた。レイネシアもわかっている彼が本心からそんなことを言っているわけではないことくらい。それでも、聞き手までもがそれに同調してしまったらあまりにも領主夫婦が報われないだろう。

 今、こうやってエルノというレイネシアにとっての兄のような存在と話ができているのは彼ら領主夫妻のおかげといって何の問題もないのだから

 

「そうだね。これは私が悪かった真実でも口に出すべきではなかった。

 話を戻そうか、<冒険者>たちはすぐさま持ち前の行動力をいかして原因を突き止めたそうだ。原因は全て山のぬしであるドラゴンがドラゴンゾンビになったせいだ、ってね。私たちが一か月もかけて何一つわからず追い詰められていった相手に三日とかからず原因を突き止めてみせたらしい。

 <冒険者>を派遣してくれたお祖父様さまさまだよね」

 

 それでも言葉を訂正するわけではないエルノ本人にも思うところがあるらしく、絡めていた自らの両手を解いて立ち上がりレイネシアに表情が見えることのない強くなってきた雪を覗ける窓の前へと立った。

 

「原因を突き止めた<冒険者>たちはすぐさま山のドラゴンゾンビを討伐しておまけにドラゴンの爪から薬まで作って提供してくれた。それのおかげで少なかったとはいえ命がいくつも救われて助かった領民も新しい領地へと保護されてめでたしめでたしというわけだったのだけど、

 けれどこの話には続きがあるんだ。両親も失い、故郷も失い、家族同然の民も失いひとりぼっちになってしまった少年の後日談がね」

 

「それは、エルノおじさまのこと、ですよね?」

「そう、まだ私がイセルスよりも幼かったころだ。ただの泣き虫だった頃の話」

 

 エルノは窓の外を眺めたまま心なしか声色をやわらかくしながら語りだした。もう十年以上も前の記憶が磨耗してかすんでしまい始めている、昔話を

 

「当時の私はおじい様に保護され、そのままコーウェン家の養子として引き取られた。今では大して何かを言われるわけではないけれど当時は非難も多くてね。

 私の前ではみんな優しくしてくれても裏ではいろいろと言われていたものさ、外様の領地の息子がいきなりコーウェン家に養子でとはいえ加わったというのはどうにも世間体が悪いらしい。

 ウェストランデの方にも随分と噛み付かれたらしい」

 

  まったく、外野の連中がやかましい限りだよ、そんな風にエルノはため息をついた。

 

 <マイハマの黒鷲>と今では呼ばれる彼は幼少期の頃からそういう大人たちの裏側にも気がつき今と同じように冷めた目で見ていたのだろうことがレイネシアは容易に察することができた。

 

「そんなある日だ。私が過ごしていたお屋敷の庭に贈り物が届くようになったんだ。

 最初は花だった、次はなにかわからないが赤い宝石のようなものが装飾されたお守りみたいなものだった。毎日、毎日ふと庭を覗いてみると小さな箱が置いてあるんだ。短剣や人形、読めもしない魔道書の類や季節はずれのマフラー、丸メガネなんてものも置いてあったことがあった」

 

 実に珍妙、摩訶不思議な話。

 

「僕はそれが誰が持ち込んでいるのか不思議でしょうがなかったよ、屋敷の警備はなかなか厳重で普通はそんなに簡単に侵入できるはずがないんだ。屋敷の人間も気味悪がっていたし、一時期は警備が強化されたりもした。それでも贈り物は途絶えることはなかったけどね、まるで幽霊みたいにいつのまにか贈り物を置いていくんだ」

 

「なんだかそこまでくると恐いですね。その贈り物の主は捕まったんですか?まさか本当に幽霊だなんてことはないでしょう。イタズラにしてもリスクが高すぎます。お屋敷に侵入なんてバレたらそれだけで牢獄いきです」

 

「幽霊ってのは流石にないかな、一度きりではあるけれど私も目撃したことはあった。あれは紛うことなき人間だ。それでも結局犯人は捕まえることはできなかったけれど。

 一か月くらいしてからかな?一通の手紙がポケットに入った外套が最後のプレゼントだった。そこからはスッパリとまるで何もなかったかのように贈り物も届かなくなった。

 手紙にはこう書かれていたよ『何もかもを失ったことは不幸でも、君が生きていることは幸福だ。その外套が似合うくらいに大人になった頃にはきっと君は救われている』とね。

 この言葉だけはかすれて薄れてしまった記憶の中でも確かに残っている言葉なんだ」

 

 それきりにパタリとその存在は認識することができなくなった。まるでそんなものは元からいなかったかのように使用人たちの間でも噂話が蒸し返されるようなことはなくなった。残ったのはエルノの手元に残ったガラクタのような贈り物と朧気な記憶だけ。

 

「なんというか、掴みどころのない話ですね。まったくこちら側に主導権がないというか一方的な接触をはかってなにか見返りを求めるわけでもなく消えていく。

 エルノおじさまを元気づけるためにといううなら回りくどすぎます。めんどうくさいです」

 

「そうだよね。でも私はとても救われたのは事実だ。少なくとも生きている世界が本当にくだらないものだと勝手に見切りをつけることはしなかった」

 

「……おじさまは今は救われているとお思いですか?」

 

 レイネシアは尋ねた。

 今こうして自分と話してくれているエルノは、毎日をあの氷の古城とその周囲だけの狭い世界を見守るだけのことをしているエルノが、貴族の世界に嫌悪感を抱いているエルノが、今、救われていると言ってくれるのか

 気になった。エルノの答えになにか答えを返せるわけでもないのに。

 

「満足している。レイシアとこんな風に話すことができて、<冒険者>の友達も増えて満足していないわけがないだろう。

 なにより、十年前の恩人に認められて親友とまで呼んでもらえるのならこれ以上の幸福はない」

 

「え?恩人?」

 

 にこにこと笑うエルノの顔を見つめながらレイネシアは何拍かの沈黙の後にひとつの結論にたどり着いた。

 

「まさか、十年前にお屋敷に侵入し続けた賊の正体って…」

「さあてねぇ?

 証拠もなにもないんだがね。でも、どうにも彼が言いそうな台詞だよねぇ」

 

 エルノらしくもない荒唐無稽な話だ。それでもそうに違いないと語るエルノの姿は真に迫るものがあった。

 

「ま、あまり多くを語るようなことはしたくないし、レイシア自信に彼の、いや、〈冒険者〉のことを理解してほしいから価値観を押し付けるようなことはしないけど、彼がどれだけ隠し事が多くても()()()()()()()善人なんだということは理解してあげて欲しいな」

 

 エルノがそんな風に一旦区切りよく話を切ったときドアを叩く小気味のいい音が鳴った。ノックの主はエリッサで一度流れるように頭を下げるとレイネシアに向かって来客の訪問を告げた。

 

「お話中に失礼します。あの姫様、供贄一族の菫嬢様が重要な案件ができたと訪ねてきてらっしゃるのですが、どういたしましょうか?」

 

 レイネシアはエルノへと視線を向けた。まだまだ話したりなさそうにため息をつきながらもエルノはにこりと笑いかけた。

 

「いっておいで。あそこには借りをつくれるなら作っておいて損はない。わたしとの雑談なんていつでもできるんだからね」

 

 エルノからの一応の席を立つ許しを得たレイネシアはエリッサと共に部屋を後にする。ひとり部屋に残されたエルノはカップに残された透き通った紅茶の底を見つめながら呟いた。

 

「供贄一族の若頭か、どうにもきな臭いねぇ。まぁ、なるようになるだろう。僕にはあまり関係ないことだ。」

 

 無責任にも聞こえるような言葉を吐き出しながらエルノも部屋を後にする。その顔にはニヤニヤと少しの皮肉を交えたような笑みを浮かべていた。

 

 


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