ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
◇7◇
秋も終わりを告げて陽の光も頼りなくなってきた頃──木枯らしがくるくると舞い乾いた空気が肌に触れる今日この頃、
ミノリは最近アルバイトとして行くようになった<第八商店街>のギルドハウスへの道のりをシロエのお下がりの羽ペンとインク瓶をカバンに詰めて歩いていた。今日は週に三回あるアルバイトの日なのだ。
乾いた冷たい風はミノリの髪を揺らそうとするがそれをミノリはきめ細やかな綺麗な手で押さえて髪が乱れるのを拒む。現実世界の頃なら冬になればハンドクリームやリップクリームのような肌の乾燥対策アイテムも持ち合わせていたものなのだがこの世界では必要性の薄い品物でしかない。<冒険者>の体はそんなもの必要としないくらいに丈夫なのだ。
ミノリとしては、というよりも女性<冒険者>全員がそれを嬉しく思う反面、現実世界に帰ったときに危機感が薄れてしまっていそうなことを危惧しないこともないのだろうけれど、ミノリはそこはできるだけ気にしないことにしていた。
そんなくだらないことより今夜の晩飯なにがいいかミノリも考えろよ、なんて言ってしまうトウヤの言葉には一応の女の子としては苦言を呈したいけれどもたしかに不確かな先のことよりも今目の前にあることを優先した方がいいこともある。少なくとも今回の件はそういうものだよね、とミノリもたいしてトウヤに文句をいうことはしなかった。
そんなことを考えながら歩いているとミノリは見知った顔に出くわした。否、見知っているであろう姿をした格好の人が前方から歩いてくるのに気が付いた。
痛々しいほどに真っ赤な色をしたミノリよりも少し背が高い程度の人影が、たくさんの商人たちが闊歩するこの通りの人込みの中でも確かな存在感を放っているのだ。その人影にミノリは小さく手を振りながら声をかけた。
「クインさん、おはようございます」
「んにゃ、お、誰かと思ったらミノリちゃんか。おはよう。
その様子から察するに<第八商店街>でのバイトに行く道中かな?」
「はい、そうなんです。今日も大当たりです」
ミノリに限らずトウヤや五十鈴、ルンデルハウスら年少組の面々がクインと出先で出会ったときに行う行き先当てクイズはクインの面白半分から始まり何度も繰り返すうちに恒例のものとなっていた。
まるで、シャーロック・ホームズさながらに鋭い観察眼をもってして行き先を言い当ててしまうクインの推理を年少組を毎回楽しみにし、そんな少年少女の羨望の眼差しを受けることにクインはたいそう気を良くして今でも会うたびにこうして出合ってそうそうに言い当てているのだ。
「ミノリちゃんの服装から察するに、君たち年少組が一番に外に出る理由になるレベリングなどの狩りに出るためじゃないとわかる。
そしてこの冬の寒さの中でいくらそのあったかそうなカーディガンを着ていたとしても長時間外を出歩くとは考えにくい。これで、にゃん太殿やシロエ殿らに頼まれたおつかいの類ではないことがわかる。
すると、どうだろうプライベートなお買い物だろうか?こんな朝早くから?一人で?まあ、ありえなくはないだろう。女の子だし、秘密のひとつやふたつあったって不思議じゃあない」
わたしも片手じゃ足りないくらいには秘密持ちだしな、主に人の弱み的な秘密だけれど、と澄ました顔でえらく恐ろしいことを言ってのけるクイン。
「でもさっき長時間のおでかけはないと結論づけたばかり。こんな朝早くから一人でお買い物ってのはいささか不自然になってしまう。
それでは、ほかにどんな選択肢があるだろう?この先にある生産系ギルドの多くが拠点を構える商業通りに」
そこからは聞いてみれば大したこともない答えをクインはさして偉ぶることもなくミノリに開示する。
大きな銀色の眼をパチリでウィンクして見せながら人差し指をピンと立てるその大人びた動作はどうにもミノリからしてみてもあまり様にはなっていない。むしろなんだか可愛いらしい。アカツキよりは幾分もマシではあるが彼女も年齢よりは幼くみられるタイプのようだ。
「するとあらあら簡単<第八商店街>でのアルバイトだと気づくわけだ。そのほんの少ししかなにかを入れていないそのバックからもそれは察することができる。それ、仕事道具のペンやインクが入っているんだろう?」
「お見事でした。
ところでクインさんこそこんな朝早くにどうしたんですか?商業エリアですからこの時間から空いてる店はたくさんありますけど、お買い物ってわけじゃないですよね、
クインに言い当てられたお返しにとでもミノリも負けじと考えを巡らせながらクインを観察して考察する
「うーん、残念。このスプリングコート、
クインはにこにこと右手をコートの内ポッケに差し込むと中からひとつのりんごを取り出してみせた。
「わぁ、すごいです。りんごが入ってたような膨らみなんてなかったのに!ドラえもんの四次元ポケットみたいですね」
「うん…そうだな…、わたしの胸には、膨らみがないな……」
思いもがけないところで被害妄想たくましく勝手に心理的ダメージを負ったクインは差し置きミノリは珍しいものをみたことに素直に感嘆とキラキラとした純粋な視線をおくる。
「まぁ、半分は正解だよ、商人ってのはわたしみたいな情報屋も舌を巻きたくなるような色んな情報に通じているからね、朝ごはんがてらの情報収集の一環。人探しをしていたりするんだけど、どうも見つからなくって」
「こんな朝早くからですか」
「職業病みたいなものだよ、なんでもかんでもつまらない憶測を巡らせるのが仕事みたいなものさ」
性格的にそういう質なのだろう、普段からいらない妄想で頬を真っ赤に染めている女が言うと説得力が違う。
「それはそうと、ミノリちゃんはそろそろ仕事場に向かった方がいいんじゃないかな。引き止めてる私が言うのもなんだけど」
「あっ、そうですね。また今度ゆっくりと」
「ああ、
心なしかお姉さんという言葉に強いアクセントを加えながらもクインはミノリを引き止めなさすぎないように自分からぷらぷらと手を振って離れていく。ミノリはそんな堂々とした後ろ姿に一礼返すと自らの職場へと少しだけ早足で歩みを向けた。
◇8◇
「ん。やあ、ミノリちゃん。おはよう、今日もよろしくね」
「おはようございますカラシンさん。よろしくお願いします」
廊下で一番に出会ったのは<第八商店街>のギルドマスターでミノリの直接の雇い主カラシンだった。大きな帽子をトレードマークにする彼もちょうど書類を持って仕事場に向かう途中だったらしくミノリも彼に並んで廊下を歩いた。
廊下を歩けばもちろんいろいろな人とすれ違う。けれどみんながみんなミノリを見るたびに元気よく挨拶をしてくれていた。<第八商店街>ではミノリは軽いアイドル扱いなのだ。ミノリはそれが恥ずかしくてしょうがないがいけれど、メガネをかけていない方の先生のおかげでミノリが<第八商店街>にアルバイトをしにくる前からミノリのことを知っている人がわんさかといたのだから彼からの気遣いだと無理やり思って納得することにしている。
弟子として認められて自慢までされているのは弟子冥利に尽きる話なのだ。
「あー、ミノリちゃんおはよー」
「おはようございます、タロさん」
生産系ギルドらしい台車も悠々と通れる広い廊下のT字路で出会ったのはカラシンの側近として大量の仕事を捌く毎日をおくるミノリと同じ
「おいおいタロ~。普通はギルマスに先に挨拶するもんじゃないのか~」
「ギルマスだって、ミノリちゃんとシロエさんがいたらどっちに挨拶するか考えたあとに立場的にシロエさんから先に挨拶するでしょう?それといっしょですよー」
「なるほど…っておい!」
優先度が足りません、暗にそう伝えているようなものだった。
そんな軽口を言えるのもタロとカラシンとの信頼関係があってこそのこと。大手のギルドの苦労とか雰囲気とかは少数ギルドの
二人の掛け合いにくすくすと笑いながら廊下を歩いていく。すこし歩いたところでいつもの書類が溢れかえる執務室げと続く片開き扉の前に行き着く。
「さぁ!お二人共、さっそくお仕事に取り掛かっちゃいましょう!今日もお仕事山積みですよ」
今日も変わらずミノリの二人の先生に追いつくための精進の一日が始まるのだった。
「いやぁ、ミノリちゃんが来てくれるようになってから仕事のはかどり具合が段違いだなぁ」
いっそほんとにウチに来ない?カラシンが冗談めかしてそんなことを言う。いや、アルバイトの日の度に口にするからけっこう本気も混ざってるのかもしれない。
「ダメですよ~
「そっかぁ~残念だなぁ~」
毎度ミノリにやんわりと断られているクセにめげない男である
「ダメですよギルマス。無理な勧誘をするなって釘を刺されているじゃないですか。ミノリちゃんの意思を最優先にするのがアルバイトにだす条件だって言われてるんですから」
見るに見かねたタロが自らのギルマスに意味があるのかどうかわからない釘をさす。まさに糠に釘という印象が抜けきれないが。そしてなにをおもったのかなにかを思い出した様子で、
「そういえば、最近奏さんを見ませんね」
「バカっ…タロっ、それはっ」
「はい。奏さんは今アキバの街にいませんよ。自分探しの旅をしてくるなんて言って出てっちゃいまいた」
「え…、奏さんアキバにいらっしゃらないんですか!?
あー、それは…ミノリちゃんごめんね。知らなかったとはいえ」
「?別に気にしてませんよ」
タロの無自覚な発言を受けてもミノリはあっけらかんとした表情で隠しだてすることなく答える。
「さっぱりしてるなぁ。ミノリちゃん寂しかったり困ったことがあったら遠慮せず僕たちにも相談してくれて構わないからね」
「ありがとうございます、カラシンさん。でも全然寂しくないですよ、小学生じゃありませんから。このくらいのことで泣いちゃったりしませんよ」
いやいや、それでも君はまだ中学生だろ。なんでそんなに達観してるんだ。
こんな異世界にいきなり連れてこられて<ハーメルン>なんていう悪徳ギルドに監禁されて、そこから救い出してくれてこの世界での居場所をつくってくれたうちのひとりがいなくなったら普通はすこしは思うところもあるだろう。
カラシンのそんな考えをミノリは表情から汲み取ったのか、それとも偶然たまたまなのか持っていた羽ペンを置いてにっこりと笑って語りだす。
「わたしなんかよりも、心配なのは奏さんの方ですよ。
奏さんはすっごく寂しがり屋な人ですもん」
「奏さんが寂しがり屋?あの人がかい?」
ミノリの言葉にタロは脳裏に奏を思い浮かべる。
いい笑顔で笑っている、下駄をカラリカラリと鳴らしていつのまにやら部屋に潜り込んでいてカラシンの椅子に座ってカラシンの帽子をなにやら弄んでいる
「いや、ないでしょう…」
「タロ、なんで僕の顔を見ながら言うんだい?」
「心辺りがないなら知らない方がいいです」
「奏さん、わたしに手紙を残していったんですよ。わたしだけじゃなくてクインさんとかマリエールさんとか、シロエさんとかにも、とにかく色んな人に手紙を残していったみたいなんです。
他の方たちの手紙の中身までは内容はわかりませんけど、わたしの手紙にはまず、いきなり姿をくらましたことへの謝罪がたくさん書いてありました。
次に、これからのこと、自分がいつアキバに帰ってくるかだったり、理由が話せないことへのやっぱり謝罪だったり、わたしへの師事のことだったりそんなことを書いてました。
最後には、激励の言葉。恥ずかしいですから内容はちょっと伏せますけどこれもたくさん書いてありました。
こんなのが、十枚近くの便箋に書き連ねられてて、おまけに
((重っ!!))
「正直重いですよね。ここまでくると笑っちゃいます。
でもですね、わたし考えたんです。なんで奏さんはここまでよくしてくれるのかなって。
いろいろあれこれ考えたんですけど、結局は全部まわりの人に嫌われたくないからなんじゃないかって思ったんです。自分のすきな人たちに嫌われたくないから、直接理由を話さずにいなくなったりして臆病にこんな手紙を一方的に残したり。
わたしたちには優しくて尊敬しがいのあるお兄ちゃん、シロエさんたちには憎めない悪友のような存在を、にゃん太さんたちみたいな年上の人たちには少し手のかかるくらいの後輩を、そんな風に大好きな人たちにできるかぎり好かれるような存在であり続けようとしてるんだと思います」
実践できてるかはさて置いておいてですけどね、あのお兄ちゃんはけっこうドジですし、くすくすとすみれのように小さな笑みを咲かせながらそう語る。
人間大なり小なり誰かに好かれたいという願望は誰しも持ち合わせている。それは人間社会にいきる上でのがれられない感情だ。奏はそんな感情が人一倍強いだけ。けれど不器用だから思いつく限りの誠意の見せ方をするからすこしだけ度が過ぎてしまう。
人はひとりじゃ生きられない。
ミノリは奏がそんな風に寂しがり屋で人に好かれたいためだけにただただ正直なかわいい人なんだと思った。
「そっか、あの奏君が寂しがり屋かぁ。考えたこともなかったなぁ」
「あ、もちろんわたしの勝手な思いこみかもしれません。ただそんな気がするってだけで」
「いやいやきっとそうだよ、間違いない。教え子のミノリちゃんのいうことなんだから」
「えへへ、そうですかね」
カラシンはニヨニヨと笑う。
ミノリが奏を心底信頼しているからいなくなっても大丈夫だとはっきりとわかったから。
どうにもあのいつも笑っているカラシンの知り合いは仲間に心配をかけるのが嫌いらしい、不器用なりにあの手この手と気を回していてもそれが空回りしてしまっている。
今度美味い屋台にでも連れて行って帽子へのイタズラについての言及ついでに話を聞いてやろう、世話好きすぎて彼女ができないカラシンはそういう風に思うのだった。
「さ!お仕事の続きしちゃいましょう。カラシンさんはすこししたら<円卓会議>の定例会ですよね?」
「おっと、そうだった!
さぁてもうひと踏ん張りしますか」