ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第三十話 おいでよアキバの街

 木々が生い茂る緑の街道を朝もやの中に進む一台の馬車があった。

 日もまだ上がったばかりで辺りはシン…と静まっていて小鳥の小さな鳴き声だけが耳についている。肌には程よい冷たさと湿り気を持った空気が触れて心地よい朝だった。

そして馬車の向かうその先に一つの町がうっすらと見え始めていた。

 

「見えてきたぞ、あそこがアサクサの町だ」

 

「へえー。のどかそうでいい町ですね」

「だろ?町の人もいい人ばっかりだ」

 

 馬車の荷台からひょっこりと顔を出して町を眺めたあとに率直な感想を漏らすソウジロウに馬の手綱を握る奏が返事を返す。

 

「それにしても良かったんですか?

 奏さんずっと手綱握ってましたけど、起こしてくれれば僕もやりましたのに、街を出てくるのも早かったから眠いんじゃないですか?」

 

「正直眠いな。でも馬車酔いしてろくに眠れない挙げ句吐くよりはいいよ」

 

「あぁ、そういえば奏さん乗り物全部ダメでしたもんね~」

 

「コーヒーカップでも吐く自信がある」

「自信があるっていうか吐いてたじゃないですか、昔」

「そうだっけ?嫌な記憶はすぐに忘れるからな」

 

「カナミさんに膝枕されてたじゃないですか」

 

 まだ〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリティーパーティー)があった頃にカナミがみんなで遊園地に行こう!と言い出して行った某夢の国。

 カナミと一緒にコーヒーカップに乗ったはいいものの開始早々にギブアップのボタンをあるわけもないのに探しだし、ひっちゃかめっちゃかに探すものだからカナミの胸に思いっきり手を突っ込むという暴挙。

 それだけでは飽きたらず口からキラキラ七色の虹をかの有名なネズミ様に浴びせかける始末。

 あのときばかりは夢の国の暗部にこの先輩は暗殺されるのではないかと思ったソウジロウではあったが夢の国の方々は寛大なお心で許してくださり、インティクス女史に奏がドリルアホールパイルドライバーをかまされることで事なきを得たのだった。

 

「覚えてるよ。鮮明に、甘い匂いも、柔らかい感触も、首の激痛も」

 

「よく生き残れましたね、あの時は……」

「うん…。

 正直自分でもなんで生きてたのか不思議でしょうがない……」

 

 夢の国を敵に回すようなことよりもカナミの胸を揉むことの方がよりひどい代償を払うことになるとは、あの時の惨劇のような光景を思い出してブルリと震えるソウジロウと奏。

 あの光景には百戦錬磨のネズミ様の笑い声も恐怖の色が色濃く出ていたと思い出す。

 

 そんな昔話に花を咲かせているうちにも馬車は進んでいて、もうすぐそこにアサクサの町の入り口が迫っていた。

 

 そしてそこに一本の矢が飛んでくる。

 

 真っ直ぐに飛ぶ矢が奏を射ぬこうとした瞬間に刀が鞘を走る音と空気を斬る鋭い剣音が同時になり矢を切り落とした。

 

 切り落とされた矢が地面に突き刺さる瞬間には奏の隣に座っていたソウジロウの姿はなく馬車を飛び降りて刀を抜き走り出している姿があった。

 

 風よりも数段速く走り抜けたソウジロウは木に手も使わずに駆け登ると一本の枝を飛んできた矢とまるで変わりないように矢の何倍もある太さを容易く斬った。

 枝は万有引力の法則に従ってまっ逆さまに落ちる。()()()()も一緒にだ。

 

「アナタ、どういうともりですか?」

 

 ピタリとソウジロウは奏の業物の刀と遜色ない幻想級の刀を落ちてきた影に突きつけた。

 さっきまでの和やかな柔らかい柔和の一言につきる雰囲気は消え失せ笑顔を浮かべたままに人を殺すことができそうな冷たく殺気に満ちた眼差しでだ。

 

「ソウジロウ、刀を納めてやってくれ。ソイツ俺の友達だから。

 おい、ウィルそうやって調子に乗るからこんな目にあうんだぞ」

 

「かっ、奏ににぃちゃん、たすかった」

 

 馬車を止めた奏が高下駄をカランと鳴らして馬車から降りソウジロウに首に食い込まんばかりにギリギリで止められた刀を引くように頼む。

 奏にそう言われたソウジロウはするりと刀を引いて流れるように鞘へと納刀してコロリと表情をいつもの虫も殺せなさそうな顔へと戻る。

 

「奏さんの友達ですか!それは失礼なことをしました!すみません!なんとお詫びしたらいいことか」

 

「謝んなくていいぞー。このバカが先に矢を射ってきたのが悪いんだから。

 どうせ、おやっさんに鍛えてもらってちょっとばかり戦えるようになったからちょっと脅かしてやろうとか考えて待ち伏せしてたんだろ」

 

「うっ…」

 

 図星をつかれたような顔を見せるウィル。

 この少年は〈大災害〉直後にアキバの街にいられなかった奏とその付き添いをした千菜がアサクサの町に身を寄せた時に居候をした家の長男坊主。

 父親が狩人をやっているために奏がアキバの街に帰った後に弓術や短剣の使い方なり教わったのだろう。

 強くなった自分を見せてやりたいと思った少年心ではあったが運が悪かった。

 

 自分の大切なものを傷つける者には容赦も歯止めもなく刀を振るセタ=ソウジロウという奏の後輩が長屋風景を見てみたいと天秤祭へアサクサのお世話になった家族を招待しようと迎えに行くのに同伴していなければこうも手荒く懲らしめられることはなかっただろう。

 

「まあ、だからって説教を緩めてやる気もさらさらないけどな。俺の説教が終わってもおやっさんにも説教してもらう」

 

「そんなぁ~。久しぶりに会えたんだからさ、父ちゃんにばらすのだけは許してっ!お願い!」

 

「……あのな、お前これが俺たちじゃなかったらどうするんだ?」

 

「え?」

 

「これがもし他の〈冒険者〉だったら?またあのときみたいになってたかもしれないぞ。

 他の〈大知人〉だったら?下手したら死んでたぞ。

 〈大知人〉だったとして貴族の人間だったら?お前だけじゃなくてアサクサの町のみんなにも罰が与えられるだろうな。

 お前の持ってるその弓矢はついさっきお前の命を奪うことができた刀と同じ人を──」

 

 奏は言葉を一瞬だけ止める。口にするのも気分が悪そうに眉間にシワを寄せながら

 

「──人を()()()道具だよ

 

 殺すってのは終わらせるってことなんだ。これからやらなきゃいけないことがあっても、守りたいものがあっても、大好きな人がいても手放させるんだ、それは〈冒険者〉だろうが〈大知人〉だろうが変わらない」

 

「てことでソウジロウ、お前も無闇やたらに刀を抜くな!

お前子供じゃなかったら斬ってただろ」

 

「え、僕もですか?」

 

「当たり前だ。お前のその価値観は理解できるけど、お前は容赦がなさすぎだ。ちったぁー考えて動け。

 それに俺があんなバレバレの隠蔽に気づかないわけないだろ。

 自分に〈ダメージ遮断呪文〉の最適投射なんて半分寝ててもできるわ」

 

「あはは…肝に命じときます。

 でも奏さん、」

 

「ん、なに?」

 

「僕は女性でも斬りませんよ!」

 

「…お前はそういう奴だな」

 

 キッパリと断言するソウジロウに呆れてしまって奏は疲れがどっときてしまう。

 このハーレム男はこういうキザったいことを恥ずかしげもなく堂々と宣言するのだ。

 

「ウィル!」

 

「ひゃっ、はいっ」

 

「ソウジロウに刀を向けられてもよく気絶しなかったな。

強くなってんじゃん」

 

 ほれ、さっさと行くぞ、奏はそんなことを言ってスタスタと馬車のところに戻っていく。残されたソウジロウはウィルに顔を向けると

 

「奏さんはやっぱり優しいですよね。

多分君のお父さんにもあんまり怒らないように言ってくれると思いますよ?」

 

「ほんと?」

 

「ええ、奏さんは砂糖の蜂蜜漬けみたいに甘い人ですから」

 

 不安そうな顔でソウジロウを見上げるウィルを安心させるようにニコリと笑うソウジロウはそう答えた。

 いきましょうか、そう声をかけてソウジロウとウィルは奏の背中を追ってアサクサの町に向かった。

 

このあと帰ってめちゃくちゃ怒られた

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「お久しぶりです!おばさん、おやっさん」

 

「おう!久しぶりだなあ奏」

「少し見ない間に奏君ちょっと背が伸びたかしら」

 

「伸びてません」

 

 久しぶりの再開を果たし満面の笑みで挨拶をする奏。それに腹の底に響く大きな声で返事を返すおやっさんと五月の頃と変わららない天然さをみせるおばさん。

 そして何を思ったのかおばさんは両手を大きく広げて見せて、

 

「おいで?」

 

「この歳でそれは流石にしませんよ!」

 

「あらまあ、そうなの?」

 

 

「がははっ!なら俺がママを抱き締めよう!」

「まぁ、パパったら」

 

「アンタらほんとに変わんねえなぁ!?」

 

 以前と変わらない甘々しい空気を展開する夫婦にツッコミを入れるが奏のその表情は明るく楽しげだった。

 

 

「それよりアキバに行く準備はできてます?

 他のとこ(地域)からも人は入ってくるだろうし街道がごった返しになる前に入っちゃいたいんですけど」

 

「ああ、そうだな。じゃあ昼には出発しよう。

ちょっと坊主の簀巻きを解いて下ろしてくるから」

 

 どうやら〈冒険者〉の拷問文化はアサクサの町まで伝わってしまっているらしい。誰が伝えたか言及はしないが

 

「ウィルの奴、ずいぶんと頑張ってるみたいですね」

 

「ええ、頑張ってるわよ。

毎日早起きして、兄ちゃんたちみたいな強い〈冒険者〉になる!て言って狩りに行ったり、弓の稽古をしたり。

 最近はパパたちの狩りにもお許しがでて付いていくようになったのよ?」

 

「俺たちみたいな〈冒険者〉になるですか、目標は高いにこしたことはないですけどなかなか無茶なことを言いますねぇ。

 俺たちと対等か、ふふっ」

 

 普通なら大地人が冒険者のような武勇を得るなんて不可能とはっきりと断言することができる夢であっても奏はそれを不可能なことではないと知っているゆえに笑みがこぼれる。

 

 あの年下で金髪のなんとも憎めないわんこ王子が〈冒険者〉になれたようにもしかしたら何か方法があるかもしれないじゃないか。

 ただの大地人から〈古来種〉になり〈イズモ騎士団〉に入ったという英雄もゲーム時代には存在したのだから、

笑えたものじゃない

 

「嬉しそうね~、奏君」

 

「そりゃあ嬉しいですよ。

 自分に憧れてくれるなんて嬉しい限りじゃないですか」

 

「うふふ、千菜ちゃんとももう少ししたら会えるのよね~。楽しみだわぁ」

 

「千菜もついてきたがってましたよ。

 祭りの準備があったんで出てこれませんでしたけど」

 

 10回戦のじゃん拳大会の末に迎え役を勝ち取った奏は悔しそうに愚痴をこぼしながらクレセントバーガーの試食をする千菜の姿を思い出しつつおばさんと世間話をする。

するとそこに、奏さーんと千菜の代わりに迎え役を担って、長屋を見に来たソウジロウの声が聞こえた。

 

 ふっと奏が振り向いてみると視界を覆い隠すほどにこんもりと芋やブドウに赤い大根と様々な農作物を抱えたソウジロウが歩いてきていた。

 後ろには同じようにして両手いっぱいに農作物を抱えるおやっさんとウィルの姿もある。

 大方持ち前のオート発動のハーレムスキルを駆使して町のみんなから貰ったんだろうとこの光景に何度かの既視感のある奏には容易に想像ついた。

 

「凄い量だな…。魔法の鞄(マジックバック)に入りきらなかったのか?」

 

「出発するときに貰ったお弁当の重箱が圧迫しちゃって」

 

(「ちっ…これだからリア充は」)

 

「ほら、俺の魔法の鞄(マジックバック)に入れろ。入りきらない分は馬車の荷台に積んどけ」

 

「はいっ」

 

 ソウジロウはニコニコと嬉しそうに馬車の荷台にポンポンと街にいる可愛い女の子たち(ギルメン)へのお土産を積んでいく。ウィルの持っていた作物の山を一つ一つ魔法の鞄(マジックバック)に放り込んでいく。

 

 

「あの兄ちゃんは凄いな…。英雄色を好むとは言うがぁ、ありゃ英雄(冒険者)じゃなくても寄ってきそうだ」

 

「おやっさん、あれは俺たちとは別の存在と考えてくれ…

あんなんと一緒にされたら敵わねえよ」

 

「でも羨ましいんだろ?」

 

「…………まぁね」

 

「パ~パ、奏君?

あんまり下らないこと話してるようだったら簀巻きにして谷底の橋に吊し上げちゃうわよ~?」

 

「「スミマセンデシタ」」

 

 コソコソと話す男二人にのほほーんとした口調で冷たい冷気を隠した声がすぐ真後ろからかけられる。

 ビクッとはね上がって敬礼する熊のようにでかい男と髪の長い青年を見てまだ小さい少年は指を指して大笑いし、モテモテハーレムの青年は首を傾げていた。

 

「行きましょうか。私は早く千菜ちゃんに会いたいわ~

バカな男なんてほっといて」

 

「あぁ~、ママぁ許しておくれぇ~そんな気はなかったんだ~」

 

 ペコペコと必死に頭を下げる大男の姿はアサクサの町の住人たちでもなかなか見ることのない光景だった。

 

「それじゃあいきましょうか。

いざアキバへ、俺たちの街へ」

 

 アキバの街へと続く真っ赤な紅葉と黄色い銀杏のキャンバスとなった街道を進む一台の馬車。そこからは楽しそうに笑いあう賑やかな声が聞こえてくるのだった。


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