ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
『□□、お前じゃ私には届かないよ』
『どうしても』
『ゴメンな、俺はアイツのああいうところが好きになったんだ』
『だからお前はそうなんだ』
『君はきっと嘘つきだ』
『貴方は誰よりも気味が悪い化物だ』
『お前はいつもそうだな。□□』
『ちょっと遠くに行かないといけなくなっいゃった』
『許してくれ……お前の努力の末を見届けられなくて』
気がつくと白い砂浜に黒のダッフルコートに白のワイシャツ、赤のマフラーにベージュの七分のパンツ、白のスリッパを履いた姿で立っていた。
チョウシの町の砂浜じゃない。もっと白い砂浜。
星屑のようにキラキラと光る光が砂浜の先、透明度の高いどこからか来る光を反射する海から立ち上っている。
そしてその海の向こう側、地平線の境界線の先には丸い青のキャンバスに白が渦巻くように塗られた大きな星が見える。
「あぁ、これが死ぬってことなのか」
俺は思っていた以上の落ち着きを見せていた。異常という気はしない。むしろこの淡い光が舞い散る世界ではこの在り方が普通なように感じる。
死にたくなるような気持ちを反芻させられ、心の波を沈められ、この場に連れてこられた。不思議と悲しみや苦しさはない。
どうしようもないほどに落ち着いている。まどろみに浸かるように落ち着いている。
油断していた、気が抜けてたとしか言えない。
もう全部終わったと思ってあの化物を思考の外へと追いやっていた。チョウシの町の防衛とあの化物との接触はイコールではないのに、どうしようもなく俺は詰めが甘い…
自分に失望してしまいたくなる。
ゾーン名は、〈Mare Tranquillitatis〉。確かラテン語で、直訳すると〈静かなる海〉。
14番目のサーバー、正確にはテストサーバーである月。それが今いるこの地の所在なはずだ。
新しく実装されるアイテム、特技、魔法、サブ職業、モンスター、本サーバーで実装される予定のものをユーザーに提供し意見を聞き〈エルダーテイル〉を作り取り仕切る〈アタルヴァ社〉が調整に生かすための場所がゲーム時代のこの地の有り様だったはずだ。
ユーザーは今後実装される予定の新情報をいち速く手に入れ環境に適応するため、運営側はユーザーからの意見を聞き作品のクオリティを高めるため、両者の利益が認められる。お互いにWin-Winの関係を保ったために実現していたサーバーだ。
実際に俺もサブキャラをこのサーバーには駐在させている。性別も体格も全てにおいて
白い砂浜を白波に沿うように歩く。サクリ、サクリ、と新雪を踏むのよりも軽い音が足下から返ってくる。
名前の通りに静かなその浜辺は、俺一人しかいない。立ち上る光を見て思う。
これはみんなの記憶の欠片、魂、だと、アキバの街、ススキノ、ミナミ、とかそういう〈冒険者〉に限った話じゃなくて、大地人もモンスターもモンスターとも呼ばない動物たち、そういったくくりでのみんな。
この世界に生きる全ての生物の魂魄の欠片。
それがこの淡く発光する砂浜と海だけしかないようなこの月の地を彩っている。
赤に青に黄色に緑、紫、オレンジ、桃色、色相も明度も彩度も異なる七色なんて言葉じゃ足りない色とりどりの色、持ち主の残り香のような色が俺には見える。
どのくらい歩いただろうか時間がこの世界に流れているのかはわからない。
なにも代わり映えしない世界に時間の概念があるのだろうか、それでもやらなければいけないことはわかっている。
別に何か推理した訳でもないし知っていた訳でもない。
死んでしまった対価を支払わないといけない、そう直感しているだけなんだから。
コートのポケットに入っているナイフを取り出して後ろ髪の一房をパサリと切り落とす。結っていた髪がほどけて下ろされる。
切り落とした髪を光が舞い昇る海へと風に渡して飛ばす。髪は光の粒へと変わり光の塔へと混ざっていく。
なぜ自分がこの場に来ることが出来たのかはわからない。
それでもこの光景を目にすることが出来た俺は不謹慎で極めて不本意ではあるが貴重な体験をしたのだと思う。
目を覚ました奏がいたのはアキバの街の〈大神殿〉だった。
気だるさを全身に抱えながら上半身をゆっくりと起こす。ステンドグラスから差し込む七色の光が眩しい。
いつのまにか出ていた涙が両目からスーッと頬をつたった一時の間は身体の軽い痺れが抜けなさそうだ。
そこに聞き慣れた念話の着信音が頭の中に響いた。まだハッキリとしない頭を無理矢理覚醒させようと頭を何度か振り、深呼吸を何度かして念話に出た。
『あー、やっと出た。おい奏、お前いったいどこいるんだ?今、現在進行形でみんな捜索必死祭り』
「ああ、悪い。もう先にアキバの街に帰ってるんだ」
「テメー、何勝手に抜け駆けして先に帰ってるんだ祭り‼あれかっ!?もう一人でうまい飯にありつき祭りかっ!?」
……どうするべきだ?直継に俺が殺されたことを話すべきか?直継に話せば他の合宿に参加している連中にも確実に話は伝わってしまうだろう。
俺が殺されてからもう既に朝が明けている。時間はたっぷりあったのにこれだけ直継がのんきに念話をかけてきたということは俺以外に被害者は出ていないということ。今度こそあの化物はいなくなっただろう。アイツの狙いは俺だけだったということだ。
もちろんこんな大事をいつまでも隠していていいわけがない。人の形をした
放っておいて被害者が増えたりしようものなら目も当てられない。
〈円卓会議〉の参加者には話すべきだろう。少なくともシロエ、クラスティ、アイザック、ソウジロウ辺りには絶対に話しておくべきだ。
マリエちゃんにはあまり話したくない。あんなお人好しのギルマスを心配させるのは嫌だからな。巨乳の可愛いお姉ちゃんを不安にさせてなにが楽しいってんだ。
『……奏、どうかしたか?』
「いや、何でもない。刀の耐久値が結構ヤバかったからメンテナンスに早く帰りたかっただけだっつーの。まあ、飯も食うけどな」
『お前っやっぱり食うんじゃねぇか‼俺たちは新人の子守り祭りだってーのに、ず』 ブツッ!
直継が言葉を言い切る前に念話を切る。
あまり長く話していると直継相手でも今の状態じゃボロが出てしまいそうだ。とりあえずは〈大神殿〉を出よう。
直継に言った通りに刀の耐久値も結構ヤバイのは本当の話なのだ。〈アメノマ〉に行ってあの無愛想な刀匠に耐久値を回復してもらはなければ。
そのあとは、できればうまい飯でも食べてベッドに横になりたい。疲れきった上に殺される経験までを受けたのだから少しくらいの我が儘は許してくれてもいいだろう。
少しふらつきながらもそんなことを考えながら俺はまだまだエンジンがかかりきっていないアキバの街へと繰り出した。
◆
オーケストラの壮大な演奏がグラスの中のワインを僅かに揺らす。〈エルダーテイル〉のオープニング曲だった曲だ。
このパーティー会場はアキバの街の〈冒険者〉と大地人の貴族が入り乱れている。もちろん〈円卓会議〉の十三ギルドの中のメンバーなので無作法が過ぎるような者はいないが慣れないパーティーに浮き足立っているのが伝わってくる。若干ではあるが一部が興奮ぎみだ。まあ、本物のお姫様やら貴族の好青年を見ればテンションが上がるのもわからないでもないので羽目を外しすぎなければいいだろう。
そんな中にこの俺も慣れないタキシードに白い手袋を着けて参加している。片手にはワイングラスだ。
「あのお姫様がねえ~、正直あんまり信じられないな。あのお姫様はそんなことできるような娘だとは思わなかったんだけどなー」
「僕も正直それはいまだに驚いているよ。あの娘はそういうめんどくさいことを嫌う娘なんだけれど、あの会議室に乗り込んだ上にあんな貴族の狸爺どもを前にして堂々と意見を言えるような娘じゃなかったはずなんだけれど」
隣に立つのはエルノ=コーウェン。
今回の〈ゴブリン王の帰還〉一番の問題であった大地人への〈冒険者〉からの戦力提供。
まだ〈自由都市同盟イースタル〉への参加が正式に決まっておらず大地人と〈冒険者〉の友好関係を確立していなかった現状で大地人側は一万の軍勢を無傷では討伐することはできなかった。
このヤマトの地を守護する古来種〈イズモ騎士団〉の行方がわからなくなっていたためにこれから生まれる傷を小さく治めるのは不可能に近い状態にあったのだ。
そこでこの宮廷に集まっていた貴族たちは〈円卓会議〉に、ひいてはアキバの〈冒険者〉たちにゴブリンたちを討伐させようと考えたのだ。
どうにかして〈円卓会議〉にゴブリンの討伐をさせようとする貴族たちと、これから大地人とも関係を上手く築いていかなければいけないアキバの街の〈冒険者〉の代表〈円卓会議〉。
友好関係を築くためにも簡単には下手に出ることは出来ない双方はおとしどころを見つけられず今後の行く末を話し合う会議は膠着状態に陥ったのだった。
そこに現れたのが、〈自由都市同盟イースタル〉の筆頭領主セルジアット=コーウェンの孫娘レイネシア姫。
突然表れたレイネシア姫は大地人の貴族が隠していた〈イズモ騎士団〉の行方不明を暴露(イズモ騎士団の所在不明はシロエたちはもちろん把握していたが)そしてクラスティへとアキバの街に供してアキバの街へいきアキバの街の住人たちへと助力を願い出ると大胆にも言ってのけた。
そこからは脱兎の如く、クラスティ、シロエはアキバの街へとグリフォンを飛ばし夜のアキバの街でレイネシア姫の演説を急遽執り行って見せた。
レイネシア姫の礼節を、いや俺たち風に言うなら心のこもった力を貸して欲しいという真摯な願いに心を射たれたアキバの街の住人たちはレイネシア姫のためにゴブリン討伐へと乗り出しゴブリン軍を
「まあ、あの慇懃無礼な女の子に爺連中がボロクソにやられていたところを救ってくれたのだから風当たりはそこまで強くなることはないだろうけど。
君たち〈冒険者〉と関わって僕と同じようにあの娘に何か変化を与えてくれたのか、不思議なものだよ」
どうやらあの紅の名探偵は派手にやらかしてきたらしい。
なにをやったら慇懃無礼な女の子なんて呼ばれ方をするのやら、今度詳しく聞いてみたいものである。
「いい影響か悪影響かはまだわからないけどな」
「君はいちいち皮肉染みてるな。人の神経を逆撫でするような発言は控えた方がいいと思うぞ?友人を失うから」
呆れた風な半眼を横目に向けてこちらを見るエルノ
「皮肉ごときも言い合えない友情ならそんなもん、引き裂いてペースト状にして焼いてくっちまえ」
「確かにそれもそうか」
「で、お前にはどんな影響が出たんだ?俺たちと関わって」
「気兼ねすることのない唯一無二の親友を得れた」
「おっおう…、お前恥ずかしいことを堂々と言うな…」
急に臆面もなく恥ずかしいことを真面目な顔をして言うエルノに思わずドキリとしてしまう。コイツこんな真面目に話すようなやつだっけ?
もっと俺と同じように飄々と話すやつじゃなかったかな。
「僕は今回の一件でアキバの街の〈冒険者〉を心の底から信頼に値すると思った。
君たち〈冒険者〉は僕たち大地人の友人だ。まだ大地人全てが君たちを心の底から信頼できているとは間違っても言えないけれど、それでも僕は君たちを信じたいと思っている。それだけは信じて欲しい」
「……にっししし。
なにを言い出すかと思えば、そんなもん笑って信じるに決まってんだろ。
俺たちは親友だ。この歳でこんなことを言うのはこっぱずかしいけどな」
「ありがとう、奏」
大人になればなかなか育むことの難しい友情。
それは立場であったり、年齢だったり、自由な時間を作りにくい窮屈な日常だったり、たくさんの理由があったりするけれど一番の理由はお互いを無条件に信頼することが難しくなってしまっているからだろう。
子供のときのように出会ったその場で取っ組み合いこじゃれあいをできるような大人はいない。
それは自分を知性ある品性ある存在だと主張したい理性が邪魔をするから、カッコつけることも着飾ることもなく頭を空っぽにして手を取り合うことのできる子供のようには出来ない。だから大人の友達づくりは面倒だ。
それでも、いくつになっても友達と一緒に喋りながら何かを食べたり飲んだりするのは楽しい
瑠璃色の宝石のように煌めくワインを注いだグラスをカァンと合わせ鳴らし今宵生まれた本物の友情に乾杯した。