ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第二十四話 出せる力を振り絞って

 槍先が左の袖を掠めて少しばかりの傷を服につける、そんなことをお構いなしに傷つけられた主は振りきられた槍を踏みつけて槍を振るった魚の頭を持つサファギンの喉元へと躊躇なく自慢の愛刀を突き刺し引き抜く。

 

 視線はたった今奪った命には向いてすらおらず、その視線の先には今しがた殺した魚頭と同じ種族が数体口は早口に動いていてものの数秒で何かをいい終える。いい終えた瞬間に無数の剣が出現しけたたましい声を挙げて迫ってくる化物の足元へ殺到し何匹かの身体を貫きながら牽制する。

 

 刀を持つ逆の手には、既に後ろ腰に備えた鞄へと伸び何枚かの札が握られ間髪入れずに仲間たちが取りこぼした残兵へと雷の槍や炎の竜巻、風の刃を送り込んでいる。

 

「ハァッ、ハァッ、」

 

 息が荒い、身体中が足りない酸素を求めている。否、頭の方へと酸素が回りすぎている。もっと身体中に均一に回さなければこのルーチンワークを維持できない。

 

「兄さん、一旦下がって!

流石に長く出すぎよMPの枯渇で頭も大して回らなくなってきてるでしょ!」

 

 千菜からのストップがかかる。

 

「ならお前も下がれっ、さっきから攻撃が掠り始めてきてるぞ。集中力切らし始めてんじゃねぇか…」

 

 出せる声を振り絞って言い返す。

 

「奏!スイッチだぜ!俺たちと交代祭りだ!」

 

「そろそろ休憩を混ぜるのですにゃ。オーバーワークは逆効果ですにゃ」

 

 俺たちが下がることに気づいた直継たち引率者パーティーが素早くスイッチへと入る。

 

「悪い、任せた」

 

 サファギンの槍をカウンターで斬り上げながら、バックステップで後方へと下がる。一番後ろまで下がり終え、荒れる呼吸を整える。

 いったいどのくらい戦っていたかなんて検討もつかない。

 

「どうぞ、ポーションです」

 

「ありがと、小竜」

 

 小竜から差し出されたポーションを受け取り一気に飲み干す。

 レモンのような果汁と柑橘類の皮のような苦味を合わせたような味が口の中に広がる。この不味さだけはいつになったら馴れるのか。

 

「少しずつだけど勢いは削げつつはあるわね」

 

「ああ、あともう少ししたら増援も来るはずだ。それまでもてばいいんだが」

 

 ある程度呼吸も落ち着き、自らの回復呪文で半分を下回っていた千菜と俺のHPを回復させ、あとはポーションでのMPの回復と精神の回復を待っているところだった。

 

 高い悲鳴が砂浜の喧騒が止まない戦場に響いた。

 

「おいっ!あの子ヤバイんじゃねぇか!?」

「誰かカバーに入れないのか!?」

「ムリ!密集しすぎてて近づけないよっ!」

 

 戦場にも幾人かの張り裂けんばかりの、やけくそじみた声が飛ぶ。

 悲鳴の聞こえた方向には、一人の少女がパーティーから孤立させられて何体ものサファギンに囲まれている光景があった。サファギンたちは今にも少女に襲いかかろうとしているうえに回りの味方も戦場が密集しすぎていて助けに入れずにいた。

 

「千菜、俺をあそこの中心までぶっ飛ばせ。俺がついたら斜線に入ってようが構わず凪ぎ払え」

 

「そんなことしたら兄さんたち多分死ぬわよ?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「じゃあ兄さんこっち来て、私に背中向けて両手を上に上げて」

 

 言われた通りに千菜の目の前に立って背中を向け両手をバンザイするようにあげる。グイッ、いきなり首根っこを掴まれて身体が宙に浮いた。

 舌噛まないようにね、そんな声をかけられた次の瞬間、

 

「必殺、天井サーブ!」

 

「ヴェッ!?」

 

いつのまにか薙刀の腹の部分が高下駄の底に添えられておりそのまま全力で天高く放り出された。

 遮蔽物なんて全くない空中を見事な孔を画いて飛び自由落下の法則に従って俺の身体は砂浜へのダイブへと移行した。

 

 中途半端な弾道では勢いがつきすぎてしまって通りすぎてしまう上に俺は海の中、サファギンの独壇場へとシュートしてしまう、かといってまっすぐにぶん投げても敵や味方関係なしにボーリングのピンのように一緒になって跳ねてしまうどちらも被害甚大だ。

 ならば、狙い定めてあの子のもとへとゴルフボールよろしくホールインワンを狙った方がいいだろう。理にかなっている。だが、

 

「さて、どうやって着地したらいいと思う?」

 

 この高さから落ちたらこれはこれで危ないわっ‼死ぬ!実の妹に殺される!

 ワケわからんやつに殺されかけ、実の妹にも殺されかける、おっかしいな~、さっきまで結構シリアスしてたんだけどなー。なんでこんなギャグじみた突入してんだ?

 

 思考が纏まる暇もなく狙いバッチリ虎穴もとい魚穴へとホールインワンを果たして俺は顔面からの着地に成功した

 

「ねえ、お嬢ちゃん首が変な方向に曲がっちゃったからちょっと戻してくんない?ゴキッてやるだけでいいからさ後で飴ちゃんあげるから」

 

「ちょぅ、そんなことやってる場合じゃないですっ!もうキテますっ囲まれちゃってるんですっ」

 

「いいからさ、早く早く、じゃないとサファギンじゃなくて熱線に焼かれちゃうから、等身大の暗黒物質(ダークマター)にはなりたくないでしょ。

 あっちのお姉ちゃんに思いっきり焼き払うように言ってきちゃったからさ」

 

 視界のすみには既に薙刀を大きく振りかぶって構えた千菜の姿がある。

 サファギンも襲いかかってきているが、首を捻った体勢のまま刀を抜いて牽制する

 

「もうっイヤアァァ‼」

 

 ゴキッとお嬢ちゃんにぶん殴られたことで首がいい感じに戻った。お嬢ちゃんを脇にすぐに抱えて、特技を発動する。いや、今はもう魔法と言った方がいいかもしれない

 

 その瞬間、世界が区切られる。あちらとこちらに区切られる

 こちら側には俺とお嬢ちゃんが、あちら側にはサファギンや千菜たちが、存在が不確かそうな黄金色の幕が球心状に俺を中心にして広がりサファギンを拒絶するようにしてサファギンの手前で固定される。

 サファギンたちの槍は弾かれ、触れたものから吹き飛ばされる。

 

 この世界にお前たちは受け入れない。そう物語るように強く拒絶した。

 

 弾かれたサファギンたちが宙を舞った瞬間激しい赤の斬撃がサファギンたちを襲った。問答無用でサファギンたちは焼ききざまれ落魄の光が宙へと溶ける。

 

 その地面を焼きサファギンたちを灰塵に帰す千菜の深紅の一閃すらも黄金の幕は断固として通さない。

 

 いかなる存在も攻撃もこの結界は拒絶する、完全無欠の絶対防御

 

名を〈黄金領域〉

 

 後に、世界をつくる(・・・・・・)魔法と称されるようになる新たな魔法

 

「はーはっはっ‼演出ご苦労ォォ!華々しく散らせてやるから感謝しろよぉ‼この雑魚どもがぁ!」

 

 炎をバックに高笑う奏。台無しだ。

 

「あのぉ、下ろしてもらっていいですか?」

 

「あっ、ゴメンね」

 

 脇に抱えた茶髪のお嬢ちゃんから苦情が入る、少女の目はしらーと冷めたものである。

 助けた相手にこんな目を向けるようなこともそうそうないだろう。

 

「奏!大丈夫か!」

 

 直継がやっとの思い出こちら側に到着する。

 無理矢理押しとおってきたのか無理いって一人で来たのかパーティーの他のメンバーはまだこっちには来ていない。

 

「んー大丈夫大丈夫。二人とも怪我一つないよ」

 

「ほんとかぁ?お嬢ちゃん怪我ないか?こいつに変なことされてないか?」

 

「なんで怪我以外の心配が入るんだよっ!?」

 

「いや、だってお前年下には結構ウザイ祭りだろ?」

「友人からのいきなりの罵倒!」

 

「初めて(父親以外の男性に抱き抱えられる経験)を奪われました」

「そして誤解を招く返答‼」

 

「もういいや…後でこの誤解は解くとして今はこの状況を切り抜けよう。

 おい、おパンツ騎士さっさと他のパーティーと合流するぞ。話はこの戦いを終わらせてからだ」

 

「なんだ?衛兵に自首するんだったら付き添ってやるぜ祭り」

 

「軽口叩く暇があるなら少しでもヘイトを稼げ、俺まだ完全に回復しきってなかったんだからな」

 

 さっさと休ませろ、そういって奏は刀を構え直す。直継もそれを見て盾を構え直して前へと飛び出した。

 

 砂浜の戦場の喧騒はまだまだ止む気配はなさそうだ。


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