ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第十九話 奏という名の男の心理

「やーくんはさ、人に世話を焼かれるのは嫌いなの?」

 

 アイツは突然に脈絡もなくそんなことを聞いてくる奴だった。

 いつも思いつきで動いてるんじゃないかと思うほどに唐突に見慣れた三つ編みを揺らしながら人差し指を立てて贔屓目に見なくても綺麗な顔をぐいっと近づけて聞いてくる奴だった。

 その動作に俺は最初はドキマギしていたのだが、少しすれば慣れた。

 アイツにいちいちそんなことで心を乱されていたらまともに会話も出来ないから。

 

「別に、そんなことはねぇよ。自分のことは自分でするのが一番望んだようになるからってだけだし」

 

 そんな風に答えた気がする。

 

「うん、そうだろうね。やーくんはやれば出来る子だし。とってもいい子だし。

 でもさ、じゃあなんでやーくんは身内に、私とか、千菜ちゃんとか、姫ちゃんとか、シロくんとか、〈茶会〉のみんなとかには世話を焼きたがるのかな?と思っちゃったからさ。

 普通自分のやられたくないとは言わないまでもあまり気乗りしないことを人にはしないでしょ」

 

 なにも考えなく思いつきでしたような風に思う質問だけれど本当は狙って言ってる気がするほどに絶妙なところをけっこうついてくる。

 この時おり見せる鋭さ?にいつも答える側の俺やシロエ、にゃん太師匠は困らせられている。師匠の場合は別段そんなこともなく答えてみせているが、そこは年長者の経験のちがいというやつなんだろうと俺は考えていた。

 

 はて、俺はなんて答えたんだっけ?

 自分の返した答えがどんなものだったか思い出せない。大した答えではなかったのかもしれないし、そんなもんなんとなくだと適当に考えず答えたのかも知れない。

 

「まったく、やーくんは無意識に意識的だから困っちゃうよね」

 

 そんな言葉を受けて俺は夢の中から覚醒した。

 「そんなところが大好きだぞっ!頑張ってね~♪」そんな声が覚醒しようとする意識の中、聞こえた気がしたが所詮俺の夢のことなので実際にアイツにそんなことを言われたわけではないのだが、それでも俺は幸せな気分になるのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 パチリ

 文字どおり目が開き意識が一気にはっきりする。

 スイッチのオンオフが切り替わるようにとはいかないまでも目覚めの切り替えははっきりしている方だと俺は思う。

 

「相変わらず毒舌女子高生のような気味の悪い目覚め方をするんだな」

 

「あそこまで俺はドSじゃねえよ」

 

「じゃあどのくらいのSなんですか?」

「人並みだ」

 

「モンスターを蹴散らしながら高笑いする人を世間では人並みのSとは呼ばないからな」

 

「お前はMっぽいけどなクイン」

 

「あ、やっぱりわかるか?確かに私はSっ気よりはMっ気の方があると思う。お前になじられると、興奮する」

 

「はいっ!!?」

「ジョーダンだ」

 

「ソウッスカ……

ところでなしてお前は俺の部屋にいらっしゃるんですかぁ?鍵はきちんと締めたはずなんだけど。

いや、やっぱり言わなくていい、どうせピッキングして入ったんだろ。探偵のスキルを悪用するんじゃねぇよ」

 

「朝食の準備が出来たから呼びに来た。

あと残念だったな。鍵はぶっ壊して入って来た」

 

「そうか、ありがとうと言いたいところだがお前はなにをしとるんだ。バカかバカなのか」

 

「一発撃ち込んだらすぐに壊れたぞ。しょぼ過ぎるな」

 

「普通の部屋なんてそんなもんだよ‼お前の思考回路は極端過ぎるっ‼」

 

 フウと煙など出てもいない銃の形状をした短杖の銃口部分に息を吹き掛けるバカ。エルノにこのバカつき出しに行かないとな。

 

 とりあえずコイツはともかく他の〈円卓会議〉の面々を長い時間待たせるわけにもいかないのでパッパとしたくする。エルノにコイツをつきだすのは後回しだ。

 髪はさらっとクシを通して整え、顔を冷水で洗う。

 エターナルアイスは氷に覆われているからか水も冷たくて綺麗だ。こちらに来た、数少ない役得ってやつだろう。〈円卓会議〉の正装衣装に着替え、髪をいつも通りに縛る。

 ここには大きな姿見はないのだが、さすがに寝間着の着物姿はちょっとやばかったと思う。けっこうはだけていた。別に構わないといえば構わないのだが、一応女子の前であんなかっこをしているのはよろしくない。

 クインが部屋に勝手にいたのが悪いといえば悪いと言えなくもないけれどアイツにあれくらいの格好は何度か見られたくらいのことはあるけれど。倫理的問題だ。

 

「オーケー。クイン行こう」

「うむ」

 

「意外だったな」

「何が?」

 

「いつも朝早く起きて刀を半裸で刀を振り回しているやつがこんな時間まで半裸でぐーすかとヨダレ垂らして眠りこけていたからな」

 

「誤解を招くような言い回しはやめなさい。

 いやさ、確かにいつもはそうしてるんだけどさすがにここでするわけにもいかないじゃん。だから、夜にこっそり抜け出して近くの森で稽古してたらいつのまにか〈ヴァイオレットボア〉の縄張りに入り込んじゃってめんどくさくて逃げ回ってたら帰ってくるのが遅くなっちゃいまして」

 

「それは災難」

 

「クインが幼なじみの女の子よろしく起こしに来てくれなかったら多分もっと起きるのが遅くなったとおもうよー(棒読み」

 

「だ、だ、誰がお前のヒロインだ!」

 

「お前は恋愛漫画の読みすぎだ!聞いてるこっちが恥ずかしいわ!」

 

「恥ずかしがるな!」

「それは俺の台詞だ」

 

「そもそもお前が早く起きていれば私が起こしにいくことなんてなかったのだ!」

 

「人の寝顔を観察していた奴の言うことじゃねえよコミュ障。どうせどうやって起こしたらいいかわからなくておろおろしてたんだろ!」

 

「ギクッ…だって、気持ち良く寝てるのを起こされるのは誰でも嫌だろう!流石に馬乗りになって起こすなんて恥ずかしい真似できるか!」

 

「思考回路が既にラブコメを通り越してもはやギャルゲー!」

 

 クインと他愛もない?会話をしながら廊下を歩いていく。たまにすれ違うこの宮廷の使用人の人とは挨拶を交わす。ここ数日はエルノと過ごすことの多かった俺はここで働く使用人の人たちとは全員知り合い程度の関係にはある。こちらに来た役得の一つ、本物のメイドさんとの交流だ。

 みなさん最初はちょっと警戒していたようだが、今では普通に接してくれる。みんないい人だ。エルノが直接選んだだけはある。

 

「おっ!やっと来たな。待ちくたびれたぞ」

「すいません、遅くなりました」

 

「クインさん、顔が真っ赤ですけど大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 日当たりのいい広いテラスにはこれまた大きなテーブルとその上に一杯に並べられた朝食があった。今日の朝食はパンだ。というかこちらに来てからはずっとパンだ。そろそろ白米が恋しくなってきた。

 

 朝の食事とともに大地人の情報、動きを共有しあいこれからの対応を考える。対応するのは基本的にシロエ、クラスティ、ミチタカの三人だが、従者の人間にも何かしらのコンタクトがあるかもしれない色々と考えておいて損はないだろう。

 こうして朝の食事はいつものアキバのギルドホームでとる朝食と違って少しの緊張感を孕んで過ぎていくのだった。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 俺のこの〈エターナルアイスの古宮廷〉に来てからの基本的な過ごし方は、この古宮廷の管理人エルノ=コーウェンと過ごすのが基本だ。

 朝起きて食事を済ませ、程よい時間になったらエルノの所へ行く。そこからは様々で、ミラルレイクの賢者リ=ガンの研究室に行ったり、使用人の人らの仕事を見て回ったり、エルノの私室で駄弁ったり、駐在兵の訓練に茶々入れしに行ったりのどれかだ。

 

 三佐さんや、アカツキちゃん、ヘンリエッタさんらは従者として代表四人の補佐に裏で動いてるが、所詮俺はエルノのせいで急遽抜擢された従者なため形だけだ。

 まあ、ここで使用人さんたちの話を聞くだけでもかなりの情報収集になるからあながち仕事を全くしていないわけでもない。

 

「はぁ~」

「なんだよ、まだ引きずってんのか?」

 

「いやさ、いきなり初対面で『二人目の奏みたいなヤツだな』って言われたんだよ。しかも真顔で

女性にあんな風に扱われたのは初めてだよ」

 

「まあ気持ちはよくわかるけども」

 

 ことの発端は、俺がクインをエルノを会わせた(俺の部屋の鍵をぶっ壊したことを謝らせるために)ことだった。

ほぼ初対面の二人だったが特にお互い警戒することなく談笑出来ていた。しかしクインの一言でエルノはやられてしまうのだった。

 

『エルノは奏みたいでなんか敬語を使う気にならんな』

 

 正に眼中にない宣言。なにか他の誉め言葉は無かったのかと思いもしたが、本人は気を使うような相手ではないと完璧に決めてかかったらしく、なにも変わらずそのまま談笑を続けて仕事にそろそろ戻ると言って帰っていった。

人の家の鍵をぶっ壊したやつの態度ではない

 

「まあそのなんだ、中身はともかく美少女だからってカッコつけるとかウケる(笑)」

 

「チキショーッ!!」

 

 床に膝をつき心のそこから悔しがる貴族の姿がそこにあった。というか俺のそっくりさんだった。

 

 うわぁ、いい大人が本気で血の涙を流して悔しがってるよ。引くわぁ…。

 

 いつも同じような醜態をさらしているのは自分だということに奏は気づいていない

 

 コンコン

 

「エルノ様、失礼いたします。火急の要件で今すぐお伝えしなければならないことが……、

……失礼しました」

 

「まっ待って、ちょっと待ってお願い行かないでっ!」

 

 

 顔を青くして入ってきたメイドさんが更に顔を青くし真顔になって部屋から出ていこうとする。

 そりゃそうだ。自分の主が部屋で血の涙を流しながら床をガンガン叩いてんだもん。出ていきたくもなるわ。

 

「なんかお邪魔っぽいね。俺は失礼するよ」

 

「お気遣い感謝します。奏様」

 

 何やら大事そうなので部外者は退散させてもらう。メイドさんのお礼を背にドアを閉めると、中からはまずエルノの弁明の言葉が聞こえてくるのだった。

 

「なんか悪いことしたな」

 

  リリリリリン  リリリリリン

 

 いつもの念話の着信音、字に直すとかったるい鈴のような音が頭の中に流れる。

 

「はいはい、どうしたシロエ。は?プリン一万?んなもんぼったくりだろ。えっ違う?

新人合宿でサーフィン?何しとるんだアイツら。えっそれも違う?

とにかくそっちに行けばいいんだな、わかった」

 

 なんかわけわからん。プリンにサーフィンってなんのことや。とりあえず言われたとおりシロエの所に行くか。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「おいシロエどういうことだ。完全になんかおかしいだろ」

 

「一応の目星はつけてる。とりあえずは状況の確認から入ろう」

 

 

 会議室に向かう途中でマイクロフトさんから念話での情報は得ている。山中からの〈コブリン〉最低総数一万の略奪部隊に海上から〈サファギン〉総数は不明。

 明らかにおかしい。一万なんて兵力はそうそう集まる物じゃない。

 ゲーム時代と比べるのもなんだが、大規模戦闘でも一万なんて数は出てこない

 

「少なく見積もっても、実際にはこれ以上の数だと僕の方では考えています」

「どういうことかな?」

 

 シロエの言葉にクラスティが反応する。

 

「今回の侵攻の原因についてです」

 

『なにか心当たりがあるんですか?』

 

 念話をやりとりを、随行員が行う。今はここだけでなく、遠く離れたアキバの街のギルド会館最上階でも念話を用い中継することで同時に会議に参加している。

〈西風の旅団〉のソウジロウの発言だろう。

 

「〈ゴブリン王の帰還〉だろ?シロエ殿」

 

 今まで黙って座っていたクインが会話に入り込んでくる。

 

「ええ、恐らくは」

 

 〈ゴブリン王の帰還〉

 〈エルダーテイル〉がまだゲームだった頃二ヶ月に一回の頻度で開催されていた人気イベント。

 レイドイベントとしてはそこまで大規模なものではなく、それに加えて事前のゴブリン討伐クエストの達成率によって難易度も変化するため中堅プレイヤーでも場合によっては参加できるので人気のイベントだった。

 各言う俺も〈陰陽札〉作成の材料集めに何度も恩恵を預かっている。

 

「だとしてもこの数は異常だろ…」

 

「──そうです。普通だったらあり得ない。けれど『ゴブリン王の帰還』には、現実にはほとんど起きなかったために忘れ去られた要素があります」

 

「一週間の征伐期間の間、ゴブリン王が生き延びた場合、周辺地域のゴブリン部隊をまとめ上げ、数十倍に膨れ上がった軍勢となる。

 それに加えての〈大災害〉の影響によって大地人と同じくゴブリンの数が爆発的に増えていてもおかしくはない

 それに、我々は前座のゴブリンたちの討伐をまったくおこなっていない。数はゲーム時代の比ではないだろうな」

 

 クインの指摘にシロエは頷く。

 

「さっきから口数が少ないな奏、なにか心当たりでもあったのか?」

 

「俺がアサクサに行ってたとき、ゴブリンの集落を一つ潰した。今、思えば〈ゴブリン王の帰還〉の前兆だったのかもしれない…」

 

「それはまあ仕方がないでしょう。あの状況でそこまで考え至れというのは難しいことです」

 

 クラスティからのフォローを受ける。

 

 だけど、〈大災害〉後のこの世界で生きるための環境作りに躍起になっていた俺たちは忘れていたわけだ、ゲーム時代でさんざん利用していたイベントを。

 あそこで気づいていればまだなにか手を打てていたかもしれないのに

 

「もうひとつ、ご報告することがあります」

 

「ん?なんだい、シロエ殿」

「シロエ?」

 

 全員の視線が集まったのを見て、シロエは話し出す。その表情は若干重い。

 

「この異世界における『死』についてです。僕たちは大神殿で生き返る。そのようにしか考えていませんでした。経験値ペナルティを支払えば、肉体が蘇生すると。〈エルダーテイル〉がそうだったように、あまりにも無邪気に思い込んでました」

 

 そこからシロエが語ったのはこの世界での『死』のリスクだった。

 

 この世界で死ねば経験値だけでなく僅かだが記憶を失うこと。

 魂魄理論

 エルノから聞いた学説、あのドッペルゲンガー貴族の紹介で会ったミラルレイクの賢者リ=ガンとその師匠の考え付いた学説。

 それを裏付けするクラスティの実体験にクインから語られるマイクロフトさんの考慮していた現象の一つとしての推論。死ぬ度に現実の世界の記憶を無くすかもしれない。その事実は少なからずのショックを与えた。

 

「当たり前のことじゃないか。死ななければいいんだよ。そうすれば記憶の剥落は起きない。それに……」

 

 ──人が死ぬのは現実でも生きることよりも楽なことなんだから、現実を途中で投げ出す対価は必要だろう?

 

 いつもは仲良くおしゃべりする仲である俺とクインではあるがこの言葉の真意だけは理解ができなかった。

 

 でも(・・)、やることは決まった

 

「じゃあ、俺はチョウシの町に行ってくるよ」

 

 ちょっとコンビニ行ってくるよみたいなノリでベタベタに言ってみる。

 

「なっ!?いきなり過ぎるだろお前!!」

 

 ついさっきまでシロエの告白に頭を抱えていたミチタカが声を上げる。

 

「いやさ、そんな話聞いたら動かない訳にはいかないでしょ。俺の教え子がチョウシにいるわけだし。師匠としては、さ。

 いいよね?シロエ」

 

「止めても勝手に奏は行くでしょ?いいよ。いってらっしゃい。その代わりこれの分の埋め合わせとウチのギルメンたちをお願いするよ」

 

「オーケー。書類整理でも何でもやりますよ」

 

「「うん、そっちは任せた」」

 

 シロエと約束を交わし部屋からバルコニーに出てグリフォンの召喚笛を吹きならす。

 幸い自室には荷物は何も置いてきていない。

 鍵の壊れた部屋に私物をおいておくわけにもいかなかったからね。遠慮なく行ける。

 この点だけを考慮すればクインに感謝してもいい。いや、感謝できねぇや、やっぱり

 

「お前が本当に行く必要があるのか?」

 

 後ろからかかった言葉に振り替えるとクインが腕組みして立っていた。

 

「あっちにはマイクロフトさんがいる。さらには千菜がいる。万が一どころか億が一も君のお前の教え子でシロエ殿の大切なギルメンには起こり得ないだろう?

どうしてそこまで行きたがるんだ?」

 

「俺の眼のこと知っといてよく言うよ」

 

「行動に表すことが大事なのだ。で、どうして?」

 

 あぁ、思い出した。俺は確かこう答えたんだったっけ

 

「俺の大好きな奴がそういうやつだから」

 

 「そうか」呆れたように一つだけため息をついてこちらに背を向けて部屋へと帰っていくクイン。

 

 笛に呼び出されたグリフォンが雄叫びを上げこちらに降りてくる。

 バルコニーから飛び降りグリフォンに乗りチョウシの街に飛ばす。

 

 我が儘で、バカで、アホで、自由で、優しくて、人タラシで、いつも笑ってて、可愛くて、足が綺麗で、そして何よりも自分の言ったことは絶対に曲げない頑固な奴だった。

 俺の大好きなアイツはそんなやつだ。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 景気よく啖呵をきって飛び出した奏。

 

 それからほんの一時間程のこと奏の乗ったグリフォンはチョウシの町を目前にした山中で、何者かによって撃墜(・・)されることになる。

 

 


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