季節は巡り、学生たちが受験だのなんだのと浮足立つ季節がやってきた。
この季節になると思い出す。以前に販売したありがたいまじないが施された合格祈願のお守り一個3500円は、それなりにいい儲けになった。
受験生らが必死こいて勉強しているさなかに、先輩がそのお守りを持っていたら競争率が高いT大に受かっただの、受験当日に家を早めに出たところ、お守りを持っていくのを忘れて取りに帰ったら、そのまま乗るはずだった電車が事故にあっただのという音も葉もない噂を流し、不定期にいくつかの場所を巡って販売したところ飛ぶ鳥を落とす勢いで売れるは売れる。
原価計算で、他県の安いお守りと俺が適当に書いた何語か分からないまじないの入った和紙
それらを全部合わせても、一つ300円ほどで一つでも売れれば10倍の収益になる。
それを2000個ほど用意して完売したので単純計算640万の収益だ。さらに受験前日限定で、売り出した合格祈願のお守り5000円に合格成就の効果があり、それを使って神様に祈れば効果が跳ね上がるという祈祷を受けた10円玉6320円やその他まじないの方法、誰かを落とさせる呪いの方法などなども合わせると約1000万の収益を得た。
実際にそれを買ったやつらが合格できたかは知らんが、まあ、そもそもが自分の責任であり、神に頼む前に机に向かわなかったそいつらが悪いので俺には全く非はないのでどうでもいいことだがな。
ただ、その土地を離れた後にふとネットを見ると俺のお守りが大批判を受けていたので、恐らく駄目だったのだろう。まったく、ざまぁない。
だが、今回は何の因果か俺自身が高校受験をするはめになり、自然とため息が出る。
別に勉強ができないとか言うわけじゃないぞ?
これでも有名進学校に入学してその後も国立大学に見事一発合格を果たした俺の前じゃあ、高校受験なんぞ赤子の手をひねるように簡単だ。
では、なぜそんな余裕全開の俺がため息を吐くのかというと、金にならんからだ。
まったく何が悲しくて人生で2度も高校受験を受けねばならんのか。しかも金をもらえるならまだしもこちらから金を払ってわざわざ受験するとか…ため息の一つも吐きたくもなる。
しかも、進学校ならまだしも就職率重視の私立に受験するなんて、ただただ面倒だ。
織斑家の財政事情は千冬のモンド・グロッソ優勝の賞金で割とよくなったが、それでもまだまだだろう。
少し無理をすれば国立のところにも通えるが、一夏たっての希望により俺共々私立藍越学園に受験することが決まった
こいつもこいつで、姉一人に負担をかけている事に後ろめたさを感じていて、少しでも家計の足しになるように早く働きたいのだろう。
といっても俺から言わせればただ働いて稼ぐより、より高収入で働いて稼いだ方が後々いいだろうに。こちらでも相も変わらず学歴社会は健在で高卒と大卒では能力に関係なく所得に大きな差が生まれる。
その上、ただでさえ女尊男卑の風潮のせいで男は社会的に肩身が狭いのに合わせ、織斑 千冬の弟というだけで世間から色々言われている一夏の今後の人生はハードモードであること間違いなしだろう。というかすでにハードに突入してると言えるな。
ま、いい高校、大学出てそれなりの会社に勤め社畜の如く毎日真面目に働き痴漢冤罪でそのすべてを失った俺が言えた義理ではないか。
受験当日、俺と一夏はちょうど家を出るところなのだが…
「2人ともちゃんと荷物の確認はしたのか?忘れ物はないか?」
「ああ、大丈夫だよって、さっきから心配しすぎだよ千冬姉」
「馬鹿者、初めての受験なんだしこのぐらい用心してちょうどいいくらいだ。八幡も平気か?気分が悪くなったらとりあえず手の平に人という字をだな―――――――」
「大丈夫だ。それとそれは緊張したときのおまじないだろ?少し落ち着け」
このブラコン世界チャンピオンが俺達以上に動揺しており、なかなか出発できない。
全く姉弟が心配なのは分かるが、この慌てようは若干引くぞ。俺でも小町の受験の時でさえここまでの取り乱し方はしてなかったぞ?
これで、世界チャンピオンというのだから何とも言えない感情が芽生える。
「うっし、それじゃあ行ってくるぜ千冬姉!」
「うむ、くれぐれも事故には気を付けるんだぞ。それと問題が終わってもしっかりと確認することと、名前は一番初めに書くんだぞ」
元気よく行こうとする一夏に駄目押しといわんばかりに千冬は言葉をかけると、続いて俺の方を見やる
これは、俺も何か言わなきゃいけないのか?面倒くさい。
「‥‥行ってきます」
俺が気の利いた事を言えるはずもなく、そっけなく答えると千冬はふーとため息をこぼしながら俺にも言葉をかける。
「お前の事だから心配はいらんと思うが、それでも用心するんだぞ?」
「‥‥うす」
本気で心配している目で真っ直ぐ俺を見て話す千冬の姿に遠い昔、俺がまだ高校生だった頃大学受験当日の母ちゃんの事を思い出す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「んじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい!頑張ってねお兄ちゃん!」
「おう」
気を引き締めいざ行こうとすると、後ろからいきなり母ちゃんが俺を引き留め。
「待って八幡!これ」
そういって手渡されたのは、ポケットに入るくらいに折りたたまれた袋と少しのお金と何かが書かれたメモ用紙だった。
「帰りにそれ買ってきて」
「‥‥‥」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なんか違うな。今更だが、大事な日になにお使い頼んでんだよ母ちゃん‥‥
んで、俺も俺でちゃんと帰りに買って帰るし、レジのおばちゃんに変な目で見られて凄くやな気分になったんだよな…
ちなみにその日の晩御飯はカレーだった。
―――――――――――――――――――――――――――
念のため余裕をもって家を出たため遅刻の心配はまずない。朝の早い時間なので人も少なく難なく目的地である藍越学園受験会場に付く、はずだった…
会場前まできて、先ほどまで一緒だった一夏とはぐれてしまったことに気が付きあたりを探しているとある疑問が生まれる。
同じように受験を受けるであろう学生を見かけるが、見かける学生全員が女なのだ。
時間的に早い時間なので受験生の数もあまりいないが、それでもざっと見20人以上はいるだろう。それなのにそれらが全員女とは不可解である。
藍越学園は共学だが、男女比で言うなら男の方が多いらしい。それなのに男の受験者を一人も見ないなどという事があるだろうか?
そこでふと、先ほどまで見ていた方向より視線を上に向けあたりを見わたすとこの不可解な疑問の正体がすぐに分かった
「IS学園‥‥‥?」
つまりあれか、あいえつとあいえすを間違えてしまったという事か?そんな馬鹿な‥‥‥
携帯の時間を確かめると残り数時間とちょいで、受験が始まる。すぐさまアプリで地図を検索し藍越学園までの交通手段を確かめる
この時間ならまだ急げばギリギリ間に合うはずだ
大抵の高校受験なんて屁でもないくらいの偏差値を持つ俺だが、流石に性別の差を越える事は不可能であり、受験を受けられずに留年とかシャレにならん。
特にこんなことを千冬が知ったら間違いなく切れる。弟に激甘のブラコンだが、その性格は直情的で、ただ甘いだけではなく時に厳しい親代わりのあの姉は、こんな馬鹿のような失敗を許しはしないだろう。
千冬の潜在能力は生身でISに匹敵するとファンの間で実しやかにささやかれているが、そんなふざけた奴にキレられたら俺でも命の保証ができん。
最低でも地獄のような苦痛を味わわされることは請け合いだ。
俺の歩くペースはだんだんと早くなり、一夏を見つけるために全身の感覚を鋭くさせる
必殺、誰でも見つけられるヒッキーレーダー!
不特定多数の中からいいカモを見つけるために開発した必殺技、特定のしぐさやあたりの環境を瞬時に判断するこの技は、人間観察の発展技でありその精確さは数々の獲物を見つけ出してきた折り紙つきのものである。
これを使用している間、俺の思考スピードと観察眼は普段の1.8倍まで跳ね上がる
一夏を最後に見たのは、会場入り口、そこからはぐれるとすれば突き当りにある分かれ道しかない。
確かその道には電光掲示板で関係者以外立ち入り禁止という文字が表示されていたはずだが、まさかあいつその先に行ったのか?
普段の一夏ならそんなホラー映画で真っ先に酷い目に合う若者のような行動はしないはずだが、他に思い当たる節もないのでそこまで駆け足で移動する。
「確かこのあたりか」
記憶を頼りに掲示板の前まで来たがそこでまたもや、あることに気が付く
「これ…どっかからハッキングされてんな」
今は立ち入り禁止となってる掲示板に違和感を感じ、思ったことをついつい口に出してしまう。
別に専門じゃねーが、こういう中途半端な電化製品はハッキングを受けやすく、ハッキングされるとどうしても多少のノイズが入るそうだ。
つまりは、一夏がこの掲示板を見た時にはこれと違う文字が表示されていて、一夏はそれに従いこの道をいった可能性がある
もしそうなら、普段やらないような行動の説明にもなる
さらに最悪を予想し携帯を確認すると、やっぱり俺の携帯にもハッキングされた形跡があった。いくらなんでも目的地を間違えるなんておかしいと思ったが、こういう事か
藍越学園に行くまでに、携帯で道のりを調べた事があり、恐らくその時に偽物の地図を掴まされたというわけか
「ッチ」
舌打ちをしながら携帯からメモリを抜き出し、そのままガラゲーを真っ二つに折り、ごみ箱に捨てる。
一度ハッキングされたものなんていつまでも持ち歩いていると更なる被害が出るという判断からだ。それにしてもこの俺を騙すなんてこの犯人はいい度胸をしているな。
犯人を見つけた時には三倍返しで金を騙し取ってやろうと心に誓いそのまま、先を探す。
少し行ったところで、ドアが閉じてない所を見つけ、勢いよくそのドアを開ける
「一夏ッ!!」
「うおっ、八兄!?」
どうやら一夏は無事のようだ。素っ頓狂な声を上げ俺の方を見て驚いている。
「どうしたんだよ、そんな大声出して」
「お前の方こそ何やってんだ、ここ立ち入り禁止だぞ」
「え?でも、こっちの方が試験会場って書いてあったけど」
恐らくは、さっきの電光掲示板だろう。というか、電気もところどころついてないし薄暗いここが本気で試験会場とでも思ってるのこいつ?
「どうでもいい、とにかく急ぐぞ。じゃないと試験すら受けられず落ちるぞ?」
「受けられないってそんなオーバーな‥ちょっと道に迷っただけなんだしまだ時間だって大丈夫だろ?」
腕時計を見ながらそう答える一夏はまだ、事の重要性に気が付いていないのだろう。ヘラヘラ笑いやがって‥‥‥一発どついてやろうか、そのイケメンフェイスを?
「生憎だが、ここは藍越学園試験会場じゃなくIS学園試験会場だ。お前が女子高に行くってんなら止めないがお兄ちゃん、お勧めはしないな」
「はっ!IS学園!?ど、どういうこと?」
「どうもこうも道に迷ったんだよ」
「マジでかっ、あ!それで、こんなのがあるんだ」
と、一夏が後ろを振り向くと薄暗くて分かりにくいが、なにやら機械がごちゃごちゃとなってるパワードスーツが置いてあった
「こいつは‥‥ガンダムか!」
「いやいやISだよ、八兄。ていうかモンド・グロッソで見た事あるでしょ」
「ばっかお前、こういうのはとりあえずガンダムって叫ぶのがお約束だろ?」
「どこのお約束だよ!」
あれ、おかしいな?こういうところも世界が違う影響かな
人型の等身大機械をみたら皆ガンダムって叫ぶよね、ふつう?
そんな事をISの前で話していたらいきなり後ろの俺が入ってきた扉が、開かれ女性の声が聞こえる
「貴方達!こんな所で何やってるの!」
「え?」
「あん?」
俺と一夏は、反射的に振り向きその時前にあるISに手が触れてしまう
するとISは突然光だし、何が何だか分からない俺ら2人をよそに先ほど入ってきた女性は驚いたような声を上げる
「嘘…ISが起動してる?」