雷狼月山記   作:柳亭アンディー

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二十二 再会

「どうかな、アベル君」

「お話にならないですね」

 闘技場ではジャギィの屍体が累々と散らばっていた。観客席と呼ぶにはおざなりの座席に、おれとギルドマネージャーは腰掛けていた。二人が見下ろす闘技場の中心では、双剣を手にしたハンターが息を切らしていた。

「ひょひょ。彼は古龍の討伐経験があるということで有名な双剣使いなんだがねえ」

「アマツマガツチは他の古龍とはまた違いますから」

 他の古龍とは、クシャルダオラやオオナズチのことを言う。これらの古龍が大したことないと言うつもりは毛頭ない。ただ、アマツマガツチが一線を画しているだけなのだ。あれはモンスターと言うより災厄だ。

「しかしどうしたものかね。彼で最後のようだが」

「困りましたね」

 本当に困ったことに、結局おれの目に敵うハンターは現れなかった。

 

 

 ギルドに戻ると、フウカが怪我をしているにもかかわらず素振りをしていたので注意した。

「ちょっと動くだけなら平気よ」

 反論しようと思ったが、おれも人のことが言えないのでやめた。そして一緒に素振りをした。病人二人、怪我を庇いながら武器を振り回すさまはいささか奇怪であった。

 突き出した木刀を返しながら、フウカが言った。

「嫌な予感がするの」

「というと?」

「ジーナちゃんのことよ」

「本当にジンオウガに戻っていると?」

「ええ。だとしたら、今頃ソフィアとグレンに……」

「あいつは賢いから、おめおめやられにいったりしないだろう」

「とか言って、あんたまた深夜に出て行ったりしないでよ。シグルズの時はギリギリセーフだったけど、狩場に行ったら資格剥奪ものだからね」

「分かってる」

 

 

「どうせ行くと思ったわ」

「むう」

 渓流へ向かう道の途中で、フウカが仁王立ちしていた。闇夜のせいか、見慣れたレウス装備もどことなく禍々しい。

「まあ、気持ちは分かるけど」

 ソフィアとグレンが悔しそうに帰ってきたのは六時間ほど前だ。「件のジンオウガを瀕死寸前まで追い込んだが逃がした。」その言葉を聞いた時点で、おれの行動は確定していた。

「あんたは重症で、ほんとはまだ動いちゃだめってこと、わきまえてる? あと、規律違反ってことも」

「わきまえてる、わきまえてる」

 いつものジンオウXとガンランスを装備したおれは、ふらふらと言った。

「怪我も治ってないのに闇雲に動くなんて、貴方にしては非合理的だと思うんだけど?」

「ジーナを助け、対アマツマガツチの戦力として加える。合理的だろ?」

「瀕死寸前なのに戦わせるの? それにもし見つからなかったら、あんたは碌に準備もできず、ただただ疲弊したままアマツマガツチと戦うハメになるのよ。おまけに、戦力強化になるハンターもいなかった」

「困ったなあ」

「困ったなあ、じゃ、すまないわよ」

 フウカは背にかけていた木刀を、ゆらりとおれに向けた。

「ここを通りたかったら、私を倒してからゆきなさい」

 おれはふっと微笑み、ガンランスを地面に置いた。それを皮切りに、フウカが突撃してくる。ディアブロスの突進がごとく強烈な突きを、ハンターナイフではじく。もちろん一度防いだだけで安心はできない。フウカの強みは、連打にある。おれはあまり痛めていない右脚を軸に、高速で逃げ回った。だが、木刀は身体を掠め続ける。

「そんなんじゃ……ユクモ村も……私も……ジーナちゃんも……誰も守れないわよ!」

「ああ。こんなところでぼやぼやしている場合じゃないな!」

 おれは腕防具を外し、フウカの目の前に投げつけた。おぞましい勢いで下段斬りがやってきたが、跳躍することで回避した。それと同時に、手にしていたナイフを足元に落とし、つま先で蹴りつけた。木刀を貫通する感触が、ブーツを通して伝わった。

「……ッ」

 一瞬よろめいたフウカの胸部に、掌底打ちを浴びせる。フウカは大きく吹き飛んで、一回後転してからおれを睨んだ。

 互いにそのまま静止する。空気が氷のように張り詰めていく。

 先に動いたのはフウカだった。おれは縦に振り下ろされた木刀の両面を、両の掌で受け止めた。そしてへし折った。フウカは思わず吹き出した。

「あんたもモンスターなんじゃない? 実は」

「かもしんない」

 フウカは折れた木刀をからんと落とした。

「絶対、見つけてきなさいよ」

「任せとけ」

 おれはフウカの横を通り過ぎた。 

 それにしても、フウカも強くなったものだ。おれが来てから一年と経っていないというのに。ギルドマネージャーはおれのおかげと言っていたが、本当にそうなのだろうか。おれは特別彼女に師事するわけでもなく、好き勝手にやっていただけだ。それなのに彼女はそんな自分を慕い、ハンターとして認めてくれた。

「ありがとう」

「何がよ」

 おれは答えずに、夜の森へ足を踏み入れた。

 

 

 おれはジーナと出会った日の路を辿っていた。時刻は、ちょうど正午だったか。その日は朝まで雨が降っていて、徐々に雲がはけて快晴になった。空気がとても澄んでいたのを覚えている。いつもなら挑発するように獣道を突き抜けるところだが、その時は不思議と静寂を守らないといけない気がした。彼女は切り株の上にいた。警戒が敵意に変わるのは一瞬だった。彼女はカーブする電撃の玉を放ってきた。おれは軌道を読んでかわし、ガンランスを抜いた。彼女の猛攻をことごとく防ぎ、弾き、押し返した。彼女は尻尾を巻いて逃げ出した。その後ろ姿を見ながら罪悪感を覚え、「人里がすぐそこだから、ここで倒さないと危ない」と心の中で言い訳をした。こんなことを思うのは久しぶりだった。

 彼女は洞窟に逃げ込んだ。洞窟といってもただの広い空洞で、光が十分に届き視界は良好だった。おれはそこで終わらせるつもりでガンランスを振るった。そして攻防の最中に竜撃砲のスイッチを押し、彼女の顔面に突きつけた。彼女は大きく身をよじった。業火が噴き出し、彼女の背後の壁が崩壊した。その先は崖になっていて、下で川が流れていた。しまったと思った時には遅い。彼女は開いた穴を壊しながら川へ飛び込んだ。そこそこ高さはあったはずだが、水しぶきがかかった。おれは流されていく彼女を見下ろしていた。そして次会った彼女は、人の形をしていた。

 

「……久しぶりだな、その姿で会うのは」

 川に流された彼女を見つけたような感覚だった。洞窟の端で彼女はうずくまっていた。眠っているようだが息は絶え絶えだ。ぐるりと彼女の傷をみる。肩から胸にかけての切り傷が特にひどい。土の色を赤黒くしているのは、主にこれだろう。おれはアイテムポーチから、包帯と秘薬、回復薬グレートを取り出した。

 

「お、目が覚めたか」

 彼女はおれを睨みつけ、弱々しい声で唸った。

「お前がもう少し元気になったら、アマツマガツチを倒しに行くよ。だから、心配するな」

 彼女は睨むのをやめなかったが、おれは彼女の口に瓶を押し込んだ。彼女は牙を立て、瓶から水が漏れた。

「おいおい、また怪我したいのか?」

 おれは新しい瓶を押し込んだが、またしても割られた。

「ジーナ……困った時は助け合うのが人間だぞ。いや、今はモンスターか。……でも、いいじゃなかい。なあ、飲んでくれないか」

 だが彼女は飲まなかった。おれは水や回復役が入った瓶を彼女の口元に置き、薬草を摘みに外へ出た。雨が降り出していた。

 

 一時間ほどして、おれは洞窟へ戻った。外は真っ暗で、星ひとつ見えない。空が光り、雷鳴が轟く。

 おれは肉焼きセットで焼いていた肉を掲げた。

「よっしゃ! めちゃくちゃ上手に焼けたぜ! お前の大好きなガーグァ肉だぞ。だがこれはおれが一人でいただく! お前はまず水と薬を摂らないとな」

 おれは彼女と迎えた初めての朝を思い出していた。あの時は、おれがガーグァ肉の弁当を買い与えて、箸の使い方を教えた。肉の焼き方は、初めての狩りの時に教えた。彼女は無邪気に、新鮮に、楽しそうに笑い、時に驚き、反発しながらおれの言うことを聞いていた。

 

 次の日も雨風は激しかった。そして彼女も眠り続けていた。置いてあった瓶はおれが眠っている間になくなっていた。食べたのか、捨てたのか。おれはこの日、昼近くまで眠りなおした。早朝、ジャギィの群れが洞窟の前を占拠していたのだ。いつもなら雑魚は無視してボスを叩きに行くところだが、彼女のそばを離れるわけにはいかない。洞窟内で戦っているうちに、おれはジャギィの群れひとつを全滅させていた。厳しい戦いになると思っていたが、存外身体の調子が良かった。

 この日の夜は水と回復薬だけでなく、ガーグァの肉も置いてみた。翌朝には肉がなくなり、瓶は空になっていた。起きている間は相変わらず目を開けても睨む以外しないが、おれはとても嬉しかった。

 

 アマツマガツチ対策の進捗はいかほどだろうか。気にしても仕方ないことは考えないようにしているが、こればかりは難しい。フウカはちゃんとやっているだろうか。応援は用意されただろうか。

 軽くガンランスを振ってみる。イメージはアマツマガツチとの戦闘。どうイメージしても勝てないので、かつて倒した古龍をイメージしてみた。何故勝てたのかわからなくなった。

 彼女は水も薬もちゃんと飲んでいるようだが、例によっておれの前では飲まない。だが、睨むことはしなくなった。

 この日の夜、付近にイビルジョーが現れたので狩った。攻撃は受けなかったものの悪天候と怪我の影響が厳しく、かなり疲弊した。モンスターが死骸を狙いに来たら困るので、イビルジョーは細かく切り分けて、ほとんどを川に流した。

 帰ろうとして振り返ると、全裸の少女がずぶ濡れになって立っていた。少女は泣き出しそうな顔でおれを見つめ、何か喋ったが雨音にかき消された。

「風邪ひくぞ」

 おれは盾を傘代わりに少女を雨から守り、目を合わせないまま洞窟へ歩き出した。少女は身を縮め付いてきた。お互い、口を開かなかった。おれは火を起こし、荷物から着替えのワイシャツを取り出し、少女に着せた。

 少女は三角座りをして、パチパチと燃える炎を瞳に映していた。おれは防具を脱いで、肉焼きセットで肉を焼いた。

「ほら、焼けたぞ。貴重なイビルジョーの胸肉だ」

 彼女なら、いつもならよだれを垂らすところだが、垂れたのは涙だった。

「どう……してっ……」

 少女はしばらく嗚咽してから、言った。

「どうして助ける!?」

 膝に落ちた涙は太ももを伝い、土を濡らした。

「私は……私は、もうアベルと一緒に居たくないのに!」

「おれはジーナと一緒に居たい」

「……嫌だ! 嫌だ嫌だいやだいやだいやだ! アベルはどうして平気なんだ!? 一緒にいると、離れ離れになった時苦しくなるんだぞ! アベルが傷ついて帰ってきた時、苦しかった。もしアベルがこのまま死んだら? そう考えただけで、痛くなった! でも、どこが痛いかわからなくて、どうしたら治るのかわからなくて、苦しくて、苦しくて! 他の人間が死んでいてもちっとも苦しくないのに、アベルだと……アベルだと! フウカも同じだ! もし、フウカが死んだら……怖い! 怖い、痛い、苦しい! もしアベルやフウカと一緒に居なかったら、こんな苦しみ、絶対に味わうことはなかった! 私が人間だからアベルたちと一緒にいるなら、私はモンスターの方がいい! アベルたちと離れ離れの方がいい! こんなに辛いなら、人間なんて嫌だ! だから、だから、私の前から消えてくれ、アベル!」

「……分かったよ。辛かったんだな」

 おれは立ち上がった。

「早く行け!」

「その前に、ちょっといいか?」

「嫌だ! 行けってッ!」

 ジーナも立ち上がり、薪を蹴散らし、おれの胸をどんと押した。おれは素早く両手を彼女の背に回し、抱きしめたまま仰向けに倒れた。後頭部に衝撃が走ったが、痛くはない。こんなものが痛みだと言うなら、腕の中の少女が抱えているものは何だ。

「辛いよな。一緒にいた人と、離れ離れになるのは。分かる……分かるよ。おれも、何度も経験してきた。それでも、おれは人と一緒に居たい。人といる時、人と助け合う時、人と笑い合う時が、幸せだから。ジーナ、お前といた時間は幸せだった」

 ジーナは暴れていたが、徐々に力を失っていった。ジーナはおれの胸に顔を埋めたまま泣き出した。おれは天井を見つめながら、彼女の背中をさすり続けた。

 三十分ほどそうしていた。泣き疲れたのか、ジーナは寝息を立てだした。おれは彼女をそっと横にし、毛布をかけた。

 名残惜しいが行かなくては。荷物をまとめていると、ジンオウガが眠っていた壁際に穴があることに気づいた。今まではジンオウガの陰になっていて見えなかった。気になって覗き込むと、なくなっていた瓶があった。回復薬が入っていたはずだが、そこには丸薬が一つ入っていた。その周りにはしなびた青キノコやマンドラゴラ、空き瓶、蜂の巣が散らばっている。どれも秘薬の材料だ。どうやらおれが寝たり外出している間に、調合していたらしい。しかし、秘薬ならおれが来た時に与えたはず……そこでおれはやけに調子の良い身体を思い出した。おれに飲ませたか。そしてこの秘薬もまた、おれに飲ませるつもりだったのだろう。人間化したジーナから傷は消えていたから、そもそも彼女に秘薬は不要だったのかもしれない。しかしそれは彼女が人間として生きる場合だ。ジンオウガとして生きるつもりなら、飲まなければ危険だったはずだ。それなのに、彼女はおれを優先した。

 まったく、人間でいたくないのなら、人間を助けるような真似をすることないのに。渓流のモンスターと戦ったりしたのもそうだ。お前がわざわざドボルベルクの縄張りに乗り込む必要なんてない。そしてさっき、ずぶ濡れになっておれを迎えに来たのもそうだ。そんな心配そうな顔をする必要なんてない。

 おれは秘薬の入った瓶を手に取った。

 

 

 


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