雷狼月山記   作:柳亭アンディー

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最終章 ジーナ
二十 増援


 翌朝。まだ日も昇りきっていない頃、ギルド側の戸から、ノックの音がした。フウカは気づかずに、床に敷いてある布団で爆睡している。おれは読んでいたジーナの手紙をベッドと壁の隙間に隠した。

「開いてる。どうぞ」

 戸が開くと、見舞いにしては物騒な格好をした二人組が入ってきた。

 一人はギルドナイト装備の女だ。肩にかかる程度の金髪で、前髪は真っ直ぐにカットされている。その前髪からきたのかどうかは分からないが、真面目そうな顔つきだ。と言うか、実際真面目だ。女性用ギルドナイト装備はおおよそシグルズと同じものだが、脚装備がズボンではなくひだのあるスカートになっている。腿まで伸びたグリーブと、スカートの隙間に見える白い肌が眩しい。

 女に続いて入ってきたのは、甲冑を纏った青年だ。板の一つ一つが分厚く、肩の板からは棘が飛び出しているため、わざわざ横になって入室してきた。兜は手に持っており、髪は黒く短い。顔の彫りが深く、実年齢以上のように見えた。それにしても、この装備はラオシャンロン素材からできているのだろう。確か、暁丸という名だったか。シグルズも揃えていて、一時期装備していた。動きづらいと言って、すぐにやめていたが。

 二人は玄関でグリーブを脱ぎ、丁寧に並べた。ドンドルマには靴を脱ぐという習慣がないので、わざわざ調べてきたのだろう。

「お久しぶりです……アベル殿。お身体が優れぬところ、突然の訪問をお許しください」

 そう言って、女の方がおれの前で跪き、男も続く。前とは言っても、間ではフウカが睡眠を続けているのだが。

「久しぶりだな、ソフィア。相変わらず前髪真っ直ぐだな」

 シグルズのつてで何度か会ったことがある。常に礼節をわきまえ、実直に仕事に取り組む優秀なギルドナイトであるとシグルズは言っていたし、おれの目にもそう見えた。彼とペアで活動することが多いそうで、協調性に難ありなシグルズのいいお目付役となっていたようだった。

「は、はあ。ところで、アベル殿。彼女は……」

「看病疲れで寝ちまった。そっとしてやってくれ」

「は、はい」

「で、横のは?」

「彼は先月ドンドルマの専属ハンターに採用されたグレンです」

「グレンだ。どうぞ、よろしく」

 グレンはそう言って頭を下げた。そして、おれに包みを渡してきた。

「オレの住んでいた地方で作られる丸薬だ。飲むと一分だけ身体能力が上がる。効果時間は短いが、効力は絶大だ。是非使ってみてくれ」

「はあこれは、わざわざどうも。で、何の用?」

「要件は二つあります。一つは、シグルズの消息。もう一つは、嵐龍の討伐に関してです」

 ソフィアが答えた。

「なるほど」

 まあ、予想通りだ。おれはベッドから出た。

「場所を変えよう」

「その怪我で動かれては……」

「あまり部屋まで仕事は持ち込みたくないんでね。それに、こいつを起こすと悪い」

 おれは壁に立てかけられていた松葉杖を取った。

 

 

 ソフィアはおれを支えようと申し出たがそれを断り、おれたちは集会所に向かった。雨なので、ハンターの数はまばらだった。話をするにはこちらの方が都合良い。おれたちは円形のテーブルを囲うように座った。

「まずは……嵐龍の話からしようか」

 嵐龍アマツマガツチ。ユクモ村に接近しているということが、古龍観測隊の観察データから明らかになった。対策を講じておく必要がある。

「古龍観測隊、及びこちらのギルドマネージャーと村長から話は伺いました。嵐龍は徐々にユクモ村に近づいており、約一週間後に霊峰域に到達する予定です。霊峰には先人が残した古代兵器が残っているため、そこで討伐を視野に入れて撃退します」

「なるほど」

 やっぱりか。最近、フウカの嘘を見極められるようになってきたかもしれない。

「私たちは対嵐龍ドンドルマ特別チームとして訪れました。これから私どもとアベル殿、そしてフウカ殿を合わせた四人で嵐龍対策を立てていく予定だったのですが……主力となるアベル殿が怪我で戦えないとなると、撃退すら難しいでしょう。ですから急遽ユクモ近隣から有力なハンターを集め、嵐龍の相手たりえるかを決めるテストを、明日から実施することにしました」

「そうか、ご苦労さん。シグルズの話に移るか?」

「……はい。結論から話します。元ギルドナイトであったシグルズがこの村での目撃証言を最後に、消息を絶ったそうです」

「……そうか」

「更にシグルズはギルドナイトを辞めているにも関わらずギルドナイト装備を纏っていたということで、ギルド法違反として犯罪者の身でした。……アベル殿。一週間前にシグルズと会っていたそうですね。何か、変わった様子はありませんでしたか?」

「午前中に会ったが、いつも通りふざけた態度だったな。ユクモ美人をナンパするとかなんとか言って、午後からは一人で行動していた」

「その後、会わなかったのですか?」

「夜に会って、ちょっとしたことで口論になってな。軽く喧嘩になった」

「ちょっとしたこと、とは?」

「おれがシグルズの妻に色目を使っただのなんだのでつっかかられて、そこから殴り合いに発展した」

「殴り合いだけで、全治六週間の怪我を?」

「G級ハンターの殴り合いともなると、大型モンスターの戦いと変わらん」

 ソフィアはこれ以上聞いても無駄だと悟ったように間を置いてから、こう切り出した。

「……アベル殿。シグルズが、一時期黒龍装備を纏っていたことはご存知で?」

「さあ、よく覚えていないな」

「一度でも黒龍装備を纏った者は、精神異常を発症することが、ギルドの調査によって明らかになっています。もしアベル殿を攻撃したシグルズの精神状態が通常でないと思われたのなら、黒龍装備の副作用である可能性が高い」

「そうなのか? それなら、そうなのかもな」

「あくまで、シグルズを庇う気なのですね」

「何のことだか」

「……では少し話を変えましょう。ジーナ、という名の下位ハンターが昨日行方不明になったそうですね」

「それがどうした?」

「ハンターの行方不明が立て続け……何か関連性があるとは思いませんか?」

「ないだろ」

 おれは怒った感じで言った。一瞬ソフィアの目が揺れた。それから、黙り込んでしまった。

 重苦しい空気の中、空いていた隣の席に、どさりと誰かが座ってきた。

「私抜きで会議ですか? ギルドナイトさん」

 寝癖も直さず、襦袢着のままのフウカがソフィアとグレンをじろりと睨んだ。

「フウカ殿も後ほどお呼びするつもりでした。しかしアベル殿個人に用があったので……」

「アベルの怪我はまだ治ってないのよ。あんたたちの都合で引っ張り出さないで」

「フウカ、おれがここで話そうと言ったんだ」

 フウカはおれを見た。

「……まあいいわ。じゃ、本会議としゃれこみましょうか」

 

 

 そこから場所を移し、ギルドマネージャーと村長を加え六人でアマツマガツチ対策を立てた。まずは、アベルの代わりとなるハンターの選出について。次に、アマツマガツチの接近により住処を失ったモンスターが村の方まで降りてきている現状。そこで、ひとまずは村周辺のモンスターの狩猟が行われることになった。四日間はそれに専念し、五日目にフウカ、ソフィア、グレンともう一人の四人で霊峰へ向かう。そこでキャンプ地を作り、アマツマガツチの来襲に備える。

 嵐龍対策会議の全容はこんなところである。

 会議が終了した後、フウカ、ソフィア、グレンの三人は早速周辺のモンスター狩猟のため準備を始めた。彼らは渓流の中でもG級モンスターが出現する区域へ、有志で集めた一般のハンターは他の区域へ向かう。環境は不安定で、どんなモンスターが現れるのかは分からない。前々から目撃情報があるのはG級ドボルベルクと下位アオアシラ数体。ひとまずの標的はそれらだろう。

 

 

 

「……この地域から湧き出る温泉には、ハンターの能力を高める効果があることは存じております。しかし……混浴と言うのは、公序良俗に反していて……」

 暖簾を前に、ソフィアがもごもごと言った。

「裸見られたくないんだったら水着の着用を許されているし、番台のアイルーが常に見張っているから大丈夫よ」

 と、フウカ。

「だとさ。早く入ろうぜ、ソフィア」

 わくわくした様子でグレンが言った。一年前の自分を見ているようで痛々しい。

「……狩りは、最良の状態で臨むべき……分かりました。入りましょう」

 グレンは陰でガッツポーズをした。

「アベルは……入れる?」

「無理にでも入るよ。怪我にも効くからな、ここの温泉は」

「うん、よろしい」

 フウカはおれの背後に回った。一体何だろうと思っていると、目の前が真っ白になった。

「おい、何すんだ」

 どうやら、手拭いで目隠しをされたらしい。

「どうせ自分の服も脱げないでしょ? 私が全部やってあげるわよ。でも、そのまま女子更衣室に入れるわけにもいかないしね」

「いや、それは流石に。背中だけ流してくれれば……」

「いい? こんな親切、二度とないからね。今回は私の気が向いたからやってあげるわけで」

 フウカは早口で言った。

「だから、そこまでしなくていいって。ちょ、おい、急に動かすな。右膝の皿が割れてるんだって!」

 ぐらりと傾いだおれの身体は、柔らかく温かい何かに包まれた。茶の香りがする。

「大丈夫ですか?」

 この声は……コノハか。顔や胴の感触からするに、身体の大部分を使って、抱きしめるように支えているようだ。あまりの柔らかさと、吐息混じりの声に卒倒しそうになる。

「駄目ですよ、フウカさん。男性を女子更衣室に連れこんでは」

「でも、アベルは怪我人なのよ」

「……ですから、特別に認めます。いいですよね? アイルーさん」

「ニャ……コノハの頼みと言えど、いくらなんでもそれは看過できないニャ……」

 おれたちを白い目で見ていたであろう番台アイルーは、躊躇いがちに言った。

「あのね。もし私たちがアマツマガツチを止められなくて、ユクモ村に進出したとする。終わりよ。村は壊滅。でももし、アベルが毎日温泉に入っていたら? そう、アベルが戦えるまでに回復しているかもしれない。つまりね、アベルを温泉に入れることは、村を救うことと同義なのよ!」

「そう。そういうわけなんです!」

 女性二人の剣幕に気圧されたようで、番台アイルーは渋々許した。ただし、おれの目隠しはつけたままという条件付きで。

 

 

「痒いところはありませんか?」

「ごぼぼ」

「もっと下向かないと息できないわよ。ああ、痛くて屈めないのね。仕方ないから私が支えてあげるわ」

 おれは今、コノハに髪を洗ってもらっている。タオル越しにフウカの身体が腕にあたる。筋肉質な彼女のどこにこんな柔らかい部位があるというのか。

「……いいなあ……」

「あれは怪我人を洗っているだけです。変な目で見てはいけません。……だからと言ってこちらを見ればいいというものでは……だから見るなと言っています!」

 グレンとソフィアの方もユクモ温泉を満喫してくれているようである。アマツマガツチが倒されるまで雨続きだと思っていたが、会議をしている間に止んでくれた。おかげで閉まっていた露天風呂が解放された。嵐の前の静けさ、というやつだろうか。風一つ吹いていない。

 一方でおれの脳内は、痛みやら熱さやら柔らかさやら温かさやらで、嵐が吹き荒れていた。

「……じゃ、拭くからね」

 石鹸の泡がついた手のひらが、鎖骨に当たる。そのまま指先で撫でるように下ろされる。変な声が出た。

「わ、何? びっくりするじゃない」

「ま、前は自分で洗うから」

「手に力入んないでしょ。垢も溜まってるし、一度しっかり洗った方がいいわ」

「それにしても、素手は汚くないか?」

「あんたも私も素手でこやし玉調合するじゃない」

「おれはモンスターのフンかよ」

「そういうことじゃ……」

「うっ!?」

「わ、私何もしてないわよ!」

「こ……コノハ……離れてくれ」

「あ……すみません。蛇口をひねろうとして……」

 二つの丘陵が背中から離れる。

「駄目よコノハ、あまりくっついたら……番台も見てるし」

「フウカさんも、いやらしい手つきで洗おうとしたら駄目だと思います」

「き、傷口に当たらないよう、そっと洗ってるだけよ」

「二人とも。頼むから、タオルで拭くだけにしてくれ、そして前は自分で拭かせてくれ……」

 さもなくば股間に嵐龍が来襲してしまう。嵐龍がブレスを吐きでもすれば、おれの社会的信用という名のユクモ村は壊滅すること請け合いである。

 二人は流石にブレーキが効かなくなりつつあることに気づいたようで、背中、腕、脚だけをいやらしくない手つきで洗ってくれた。まあ、どうやってもいやらしいことに変わりはないのだが……。

 おれの身体が洗い終わるのと入れ違いで、ソフィアとグレンが湯から上がった。目隠しをされていても分かるほどの侮蔑と羨望の目を向けられた。

「フウカ殿。会議に時間をかけすぎました。三分湯に浸かったら、アベル殿の介抱はコノハ殿に任せて上がってもらえますか」

「……そうね。分かったわ。三分経ったらすぐに上がる」

 三人で並んで湯に浸かる。入った瞬間はひどく染みたが、痛みはすぐに心地良さに変わった。

「いい天気ね」

「いや、目隠しで見えないけどな。つうかもう外していいだろ、これ」

「ダメニャ」

 何故だ? しかし無理を言って入れてもらっている立場なので、これ以上は言えない。

「アベルから見て、あの二人はどう?」

「強いがおれほどではない。多分な」

「どうして分かるんですか?」

「ハンターとしての勘かな」

「とりあえず自分以下と言っとけば当たるでしょ、あんたの場合」

「あーシグルズがいればなあ」

「やっぱり厳しいんでしょうか……?」

「四人目次第ってところかな。まあ、三人だけでも何とかなるさ」

「気休めはいいわよ。さっき私が番台に言ったこと、事実だからね。治しなさいよ、絶対」

「なんだ、自信ないのか」

「昨日まではね。でも……あんたのやる気なさそーな声聞いたら、ちょっと元気でた」

「そりゃどうも」

「……ん」

 フウカはこの期に及んで気恥ずかしそうに言って、押し黙った。コノハも何も言わなかった。

「……あー……私、そろそろ上がるけど……くれぐれも、無理はしないでよ。下位クエストをライトボウガン担いで行けば大丈夫とか考えることのないように。部屋で寝てなさいよ。退屈だろうけど、夜に相手したげるから。あ、相手ってのは話し相手ってことだからね……あと……狩猟の時、ジーナちゃんも探すから。きっとそんなに遠くには行ってないと思うから」

 フウカはそんなことを言いながら湯から上がった。彼女を見届けてから、コノハが口を開く。

「フウカさんの言っていたこと……嘘じゃないですよ」

「どれ?」

「アベルさんが目を覚ましてから、一気に明るくなりました」

「……ああ」

「人ってすごいですよね。誰かがそばにいるだけで、力がわいてくる」

「だが、その逆も然り、か」

「そうですね……。寄りかかっていた分だけ、いなくなった時が、辛い……。でもだからと言って、人との繋がりを断つことなんてできません。少なくとも、私には」

「そうだな……ああ、おれもそうだ」

 おれは砂原の空を思い出した。フウカとジーナの三人でドスジャギィを狩りに行った日のことだ。フウカとジーナが初めて、本気でおれに怒った日だ。

「……アベルさん」

「うん?」

「……ジーナさん、きっと戻ってきますよ。だって、ジーナさんは、アベルさんのことが……必要なんですから」

 ちゃぷん、ちゃぷんと小さな波が起きた。波は三回おれに当たって、水面は元の揺らめきへ戻った。

 

 

 

 おれは風呂から上がった後、ガンナー用キリン装備で身を包み、金、銀の火竜素材でできたライトボウガンを背負った。

「リク、ミレイ。待たせたな! 狩るぞ、アオアシラ!」

「え、ええ……」

「や、やめといた方が……」

「ちょっと、アベルさん!!」

 コノハにも本気で怒られた。




原作ではギルドナイトの女性版はメイド装備ですが、メイドよりギルドナイトの方が真面目そうなイメージだったので無理やり女版ギルドナイト装備を作りました。
やはり、3受付嬢の印象が強いので……


ところで、風呂シーンかいてたら想定より長くなりました。なんでだろ

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