雷狼月山記   作:柳亭アンディー

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十一 フウカの悩み

「は〜〜〜〜」

大げさにため息をつく。空になった湯のみを、カウンターに叩きつける。

「おかわり」

受付嬢のササユは苦笑しながらも、茶を淹れてくれた。和風な緑色の制服は、彼女の落ち着きを色にしているようである。

「分かりやすく元気ないですねえ、フウカさん」

同じく受付嬢のコノハが茶をすすった。ササユと色違いの、濃い桃色の制服は、明朗闊達な彼女にはぴったりだ。

いつもは受付の仕事で忙しくしている二人だが、この雨と風だ。依頼を受けるハンターはほとんどおらず、それに応じて二人の仕事が減ってくれたおかげで、こうして立ち話ができるのだ。

ちなみにギルドマスターは奥で布団を敷いて昼寝に努めている。

「ジーナさんにアベルさんを取られて、面白くない?」

ササユはくすくすと上品な笑みをこぼした。

「んなあっ!?」

頭の中に突きを入れられた心地がした。

「ご、誤解があるようね……。別にあいつが誰と仲良くしようと、私には関係が……」

「ここ最近、二人ともずっと一緒ですもんねえ。ササユ、私もおかわり」

「貴方はその辺にしておきなさい、コノハ」

「えー」

「それで、フウカ。悩みがあるなら話しておくと楽になりますよ」

ササユは茶を差し出した。

「……うう」

何か言おうとしても、あいつの名前しか浮かんでこない。いよいよやばいな。

「やっぱり、これは、あれですか。フウカさん、ジーナさん、アベルさんの三角関係ってやつですかね!」

コノハが言った。

「だから、そういうのじゃないんだって!私が悩んでるのは、もっとこう、真面目な感じのやつよ」

「真面目にアベルとジーナさんの仲が気になる?」

「……もー!」

私は熱い緑色の液体を一気に飲み干した。

「……まあ、気にならないこともないけど」

「やっぱりそうなんですね!?」

コノハが身を乗り出す。

「貴方の想像してるようなものじゃないからね?なんか最近……あいつに対して、色々と思うことがあるわけで」

「語っていいですよ」

「ありがと。恥ずかしい話、あいつが来るまでの私、ちょっと性格がキツかったじゃない?」

「ちょっとどころじゃないですよ!クエストに誘われても、『貴方たちみたいなピクニック集団とはレベルが違いすぎるわ』なんて言って断るもんだから、ハンター仲間が一人もいなかったじゃないですか!」

「う、いまさらながら最悪ね、私……。でもなんだかんだあいつに影響受けて、私が子供だったなって気付いて……それで最近になってようやく、そのことを認められるようになってきて。あいつに、今までの無礼を詫びて、私にハンターとしての生き方を教えてくれたこととか改めて感謝しようと思ったの」

「そんな時、ジーナさんが来たわけですね」

「……ジーナちゃんが邪魔者ってわけじゃないけどね。あの娘、元気なように見えて意外と繊細だったり生真面目だったりで、放っとけないところがあるのよね。だから、アベルが構いっきりになっちゃうのも分かるわ。それでまあ、私がアベルと二人きりで話す時間もなくなっちゃって、結局言えずじまいってわけ」

「つまりフウカさんは、アベルさんとの距離を縮めたいと?」

「ちがっ……まあ、そういうことなんだけど。今までは、お互い距離を置きすぎてたから。でもジーナちゃんを通じて、アベルと話す時間自体は増えてきた。するとかえってその隔たりが浮き彫りになってくる。それが、居心地悪い。ジーナちゃんはまだ下位だけど、これから三人でクエスト行くってのも何度もあるだろうし……」

私は胸に手を当てた。

「フウカさん、成長しましたね……私なんかが言えることでもないですけど」

「話を聞く限り、フウカが悩むことはないと思いますよ。アベルさんは貴方のために頑張ってきたんですから、お礼を言われて嬉しくないはずがないです」

「……そうよね、うん」

ササユの正論に頷く。

「そうと決まれば!早速会いにいきましょう!」

「でも、ジーナさんがいる前では言いにくいんでしょう?だったら、どこかで二人きりで会う約束をしたら?」

「そうね。でもこの天気だし……」

私は恨めしげに窓の外を見やった。

「ギルドで落ち合おうにも、良さげな場所なんてありませんしねえ」

「かといって先延ばしにするのもなー。はあ、面倒くさ」

「自分ごとなのに……」

「いっそ、部屋に呼んだらどう?」

ササユの発言に、私とコノハは固まった。

「そ、それはまずいんじゃないですか!?いろいろと」

「そ、そうよ。あんなのを部屋に呼びこんだりした日には、どうなるか!」

「大げさですね。フウカも、よく分かってるでしょう?アベルさんの性格」

「……まあ、官能小説ばっか読んでる割にはマジメよね」

「え!?か、かかか、かんのう小説!?ほ、本当ですかフウカさん!」

「マジよ。多分あいつが狩り以外で興味があるのはそれぐらいよ。カバーを変えて、移動中の馬車で読んでいるのを見た時はさすがに引いたわ」

「……どんなのを読んでいたか分かりますか?」

言葉を失っているササユに対して、コノハが興奮気味に尋ねてきた。

「言えないわよ、こんなところで!」

「もう手遅れです。さ、さあフウカさん教えて下さい、アベルさんが読んでいた官能小説とやらの内容を!……わ、フウカさん、顔がめちゃくちゃ赤いですよ!そんなに凄まじい内容だったんですか!?」

「いや、お、覚えてないわ。うん、チラッと見ただけだから、内容とかぜんっぜん覚えてない!」

「さっき言えないって言ってたじゃないですか!それはつまり言えないぐらいえげつない内容を覚えているってことじゃないですか!」

コノハに怒涛の剣幕でまくしたてられ、追い詰められた私は、視線をあらぬ方へさまよわせる。

「ね、ねえ、もうこの話、やめない?人が来たらまずいしさ」

とか言って逃げる。

「そ、そうですよ。コノハ、その辺にしておきなさい」

「ううぅ……気になる……じゃあフウカさん、今度、業務時間外に教えて下さいね!」

「……気が向いたらね」

その時までに、無難な捏造作品を考えておこう。あの内容をそのまま言うのは、今の私にとって、いくらなんでも恥ずかしすぎる。

「フウカは結局、アベルさんを部屋に呼ぶんですか?」

「……まあ、あいつの部屋に入ったことはあるし……そういう方向で……いこうかな」

「フウカさんアベルさんの部屋に入ったことがあるんですかああああ!?」

「静かにして下さいコノハ!周りに人がいないからいいものの……」

「だって……」

「あいつの部屋が通り道にあるから、たまに寄るだけよ」

「で、でもいい年齢の男女が一つ屋根の下、なんて……」

「私たち全員同じ屋根の下のようなもんでしょうが」

「はー……。なんだかんだ言って、二人ともお似合いですもんね」

コノハはカウンターに突っ伏して、投げやりに言った。

「二人きりの専属ハンターで、二人ともG級で、部屋に行ったり官能小説読んだりする仲で……」

コノハの声は徐々に小さくなっていった。

「私は読まないわよ!」

……もしかしてコノハは、アベルのことが好きなのだろうか?今までそういった態度を見せることはなかったが、何ら不思議ではないことである。

力が強い雄に惹かれるのが、雌の本能というものだ。

「……じゃあ、私そろそろ部屋に帰るわね」

「アベルさんの部屋に寄ってから、ですね?」

「バカ。……二人とも話聞いてくれてありがとね」

「いつでも、とはいきませんがまた話しましょうね」

「次はコノハの恋の話についてしましょうか」

「ちょっと、ササユ!」

私は微笑み、その場を去った。

 

 

 

実を言うと、既に覚悟は決めていた。もしジーナちゃんがいなかったら、言ってしまおう。そうでなくても、約束をつけよう。

私はいつも通り、トントンと軽く戸を叩いた。

「私」

返事はない。

「いないの?」

衝撃場面に遭遇しないよう、そっと覗き込む。二人の姿はない。

私は戸を閉めようとしてとどまった。

部屋の中心にはちゃぶ台があるのだが、そこにはぽつんと一枚の紙が置いてあり、それは何故か私の目を引いたのだ。

「なんだろ」

当人がいない間に侵入するのは初めてだった。

紙は数行埋まっており、隣には筆。書きかけの手紙のようだ。

私は左右を確認し、それに目を落とした。

 

『まだしばらく此処で暮らすことになりそうだ。というのも、ようやく嵐龍の存在が信憑性を帯びてきたからだ。その理由はどうせ言っても下らん妄想だと吐き捨てられるだろうから言わないが、とにかく嵐龍が現れる可能性が僅かにでもある以上、倒すまではドンドルマに戻るつもりはない。だからもう手紙を出すのはやめろ。資源の無駄だ』

 

 

文字は、怖い。ふわふわと漂っていく声とは違って、書き手の精神がはっきりと刻みつけられるのだから。

ギルド側の戸が開いた。

「なんだ、フウカか。何また侵入してんだ」

ジーナちゃんはいないようだ。

「……勝手に入ったことは謝るわ。ごめんなさい」

「珍しく素直だな」

「……そして、この手紙を読んだことも謝る」

「ああ、読んじゃったか。書いた手紙を読まれるのって、何か恥ずかしいな……あ」

アベルは固まった。

「つまりあんたは、嵐龍を倒すためにユクモ村に来たってわけね」

「いや、そういう訳じゃ」

ぎりっと歯をくいしばる。

「嘘だったの?私を一人前にするっていうのは、私目当てっていうのは、私のためにってのは、ぜんぶ嘘だったの?」

「違う。おれは」

アベルが弁明しようとした瞬間、私の中でどす黒いものが弾けた。

「そうよね!私みたいな高慢ちきで自分勝手で口悪くて暴力的な性格最悪の女よりも純粋で可愛いジーナちゃんの方が遥かにいいわよね!」

「そんなことないぞ。まず、おれがこの村に来たのは……」

私はアベルを突き飛ばして、敵から逃げるケルビのごとく廊下を走った。外へ通じる扉を蹴破って外に出る。走る。ひたすらに走る。

そして辿り着いた草原で、山の峰を見つめた。

何言ってんだろう私。ジーナちゃんは関係ないはずなのに。

あの日、諦めをつけたはずなのに、この有様だ。

形だけでも想われている。そう考えることで自分を守っていただけで、その形すらもなかったことが判明した私は、真の孤独と直面することになった。

風が強くなってきた。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

アベルがユクモ村の専属ハンターになってから一か月が経った。

私とアベルはギルド経由で同じ建物に住んでいながら、軽く挨拶を交わす程度の関係にとどまっていた。狩りを共にすることがあっても、互いに狩り以外の話題を提示したりはしなかった。

そんなある日の帰り道。

私は初めてG級リオレウス希少種を討伐し、そのうえ天鱗が剥ぎ取れたこともあってか、浮かれていた。そんな私にとって、いつもの沈黙は喜びを発散するのには不適だった。私はごく自然な流れでそれを打ち破ろうと考えた。向かいで本を読むアベルを見て、安直な質問をした。

「それ、面白い?」

「ああ」

「ちょっと見せてよ」

「断る」

私が近づくと、彼は中身を隠すように仰け反った。

「何でよ」

「お前にはまだ早い」

茶色いブックカバーには、黒刷りで農業大全と書かれている。

「農業の本でしょ?私だって仮にも農場を所有してる身なんだから、分かるでしょ」

上から覗きこもうとするも、アベルはさらに仰け反った。

「見せなさいよ!」

「帰ったら、お前向けのを見繕ってやるから。何事も、焦りは禁物だぞ」

「別に今読んで理解できなくたって何の問題もないでしょーが!見せなさいよ!」

アベルの後頭部が、どんどん地面に近づいていく。どこまで行けるのか気になったが、アベルは木に激突し車から転がり落ちた。

その隙に奪った本の、ちょうど開かれていたページを読む。

一行読んで、違和感を感じた。何故農業の本に「布団」が出てくるのだろうか?もう少し読み進めると、私の頭は真っ白になった。わなわなと手が震える。私はガーグァ車にしがみついてきたアベルを睨みつけた。

「読んだのか?」

「この……ど変態!発情期!ギギネブラ希少種!」

私の蹴りが顔面に炸裂し、アベルは再び落車した。

「信じらんない!まさか、今まで移動中にずっとこんなの読んでたわけ!?私の目の前で!?何考えてるのよ、しかもこの内容……明らかに、わ、わた、私とあんたを意識してるじゃない!友人止まりのハンター同士がベッドで……なんて、ほんと、信じらんない信じらんない!」

「待て、誤解だ!」

「どこがよ!つーか戻ってくんな!そこでのたれ死ね!」

「それは、おれの地方で流行っていた恋愛小説だ。若干下品なシーンがあったかもしれないが、たまたまだ。基本はもっと真面目な……」

「嘘つけ!真面目な小説なら、◯◯◯◯なんて言葉、出てくるわけないでしょうが!」

「それは文学性を追究した結果……」

「ふっざけんなぁー!」

この件のせいで、私はうかつに彼に心を許したのを激しく後悔し、しばらく口さえ聞かなくなった。

あまりに不快だったので、その日も寝付けなかった。

 


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