東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 夢子ちゃんがある意味での自分探しの旅に出てしばらく。

 私はパンデモニウムの新居で研究を続けているアリスのもとを訪ねていた。

 

「こんにちは」

「うわっ、びっくりした……ライオネルさん、ノックくらいしてもらえません?」

「奥さん、防音魔法かかったままですよ」

「え? あらやだ私ったら。って、誰が奥さんよ」

 

 魔法使いあるある。作業のためにかけた防音魔法がドアノッカーに固着したまま。

 あるいは誰かの悪戯か。まぁこの場合アリスがちょっと気を抜いていただけなんだろうけども。

 

 アリスは自室で研究に励んでいる。

 彼女の目標は命を持った完全自立人形の作成。私でさえ成し遂げていない大きな夢だ。

 そのために日夜様々なアプローチで人形作りを行っているが……まだまだ、研究は夢の取っ掛かりにも至ってはいないようである。

 

「最近は戦闘用の人形を作って息抜きしてます。命を吹き込むのも大事だけど、まぁ……それだけ追い求めていても成果は出ないし、少しずつ地力を蓄えていく方が堅実かなって」

「うむうむ、堅実に一歩ずつ。それは素晴らしいことだ。一足飛びに答えを見つけられたら誰も苦労はしないからね」

 

 もちろんアリスだって、全ての時間を最難関の研究につぎ込んでいるわけではない。

 頭の片隅に最終目標を据えてはいるが、それはそれとして他の魔法使いらしい研究はいくらでもある。

 

「関節を増やしたり、糸で筋肉を表現したり……色々人形を作ってみましたけど、ただリアルにするだけで魂が宿るわけではないんですよね」

「そうだね。リアルな人形ほど魂が宿るのであれば、それは死体でも構わないことになってしまう。まあ、仮に死体から霊魂が発生するのであれば苦労はないのだが」

 

 もちろん死後間もない死体に異なる霊魂を宿したりだとか、出ていったばかりの霊魂を宿し直すだけであれば容易い。だが、それは生命の創造ではない。

 私やアリスの目指す“生命の一からの創造”を仮に死体を用いて実現させるならば、死体から霊魂が完全に損なわれた状態から霊魂を入れる以外の方法で霊魂を発生させなければならない。

 

「えっと……一応いくつかそれらしい人形を作ってみたんですけど……せっかくなのでライオネルさん、見てもらえます……?」

「自分でも全く自信が無さそうだけど、私で良いなら見るよ」

「ありがとうございます……」

 

 明らかに“駄目だろうけどせっかく作ったし”感の漂うアリスの反応であるが、そんな積み重なる失敗もまた味わい深いものである。

 是非とも見させていただこう。

 

「はい、まずはこの樹木人形……」

 

 最初にテーブルの上に置かれたのは若木で作られた木製の人形だ。

 可愛らしい人形をメインで扱うアリスらしからぬ、どこぞの部族か呪い師が使っていそうなデザインだ。

 

「ふむ……樹木に宿る僅かな霊魂をあてにした人形だね」

「うっ、やっぱりわかるか……駄目ですか」

「駄目です、というより樹木の霊魂のままだし……ここから変えていくにせよさすがに変化に乏しすぎるというか……」

「ですよねー……じゃあ次……」

 

 次に置かれたのは小動物の骨で作られた……さっきのものより遥かに禍々しい人形である。

 モチーフとしては、骨で作られた猿の人形と言うべきなのだろうか……“可愛い”か“人を呪い殺しそうか”で言えば間違いなく後者であろう。

 

「えー……骨人形です。いくつかの殺めた霊魂を呪いにして封じてあります……一応、時々ガタガタと動いたりするんですけど……」

「霊魂がまだ霊としてギリギリ形を保っているからだねぇ……」

「やっぱりこういうのも駄目ですよね」

「うむ。有り物の霊魂を使っている判定だね。骨は固着させやすいから、この方向の人造生物を生み出すという考え方であれば悪くないんだけども……けどここからさらに時間を置くと中に封じられた霊魂が完全に呪いに変じて、そういう意味でも別物になってしまう」

「そろそろ捨て時かしら……」

 

 骨人形は顎をカタカタと鳴らしながら、体中の関節をゴリゴリ鳴らしている。

 うむ。恐ろしさで言えばなかなかの高得点だ。

 

「次は……あ、これが最後ですね。ある意味で自信作なんですけど。はい」

「おーこれは」

 

 アリスが取り出したのは名状しがたい肉塊で出来たハニワじみた人形であった。

 

「肉人形です」

「ア゙ーッ」

「すごい鳴き声」

「これしか鳴けないんですけど」

 

 何の生物の肉かは知らないが、何らかの筋肉をつなぎ合わせて作ったのだろう。

 筋肉剥き出しのムキムキハニワである。虚ろな目と口の穴は表情らしい表情を作らず、アリスが身体(?)に触れると時折その穴から気色悪い叫び声が出てくるという……。

 

「アリスはひょっとしてこう……呪物の製作に転向したとか……?」

「前に来たルイズさんと同じこと言われた……」

 

 いやぁそりゃまあみんなそう言うと思うよ。

 このムキムキハニワにしてみたって結局はどこぞにあった霊魂を使ったものだろうしね。

 

「はぁ……でもまあ、既存の霊魂を使ったらいけないのはわかってましたから。駄目で元々、やってみたらどんな人形になるのかを試してみたかっただけなんですけどね」

「とりあえず試してみるというのは良いことだよ。失敗でも学ぶことはある」

「駄目なことがわかった、とか……」

「それも当然あるけれどね。それだけというわけでもないでしょう」

「……まあ、はい」

 

 魔法の研究は気長なものだ。何が上手くいって何が躓くかが非常にわかりにくいので、行き詰まる時には本当にどつぼに嵌ったように何も上手く進まなくなってしまう。

 でもそれをどうにか時間の暴力や手数の暴力で乗り越えた時の感動は、魔法以外ではなかなか得られる快感ではない。

 

「私も実験と割り切ろうとは思ってるんですけどね……こうして生きている動物を殺めて不格好なゴーレムを作り続けていると……ちょっと、申し訳なくなりもするんですよ」

「それが行き詰まっている理由かな」

「半分くらいは。……まだ自分にこんな身勝手な優しさのようなものが残ってることに驚きですよ。笑います?」

「笑わないさ」

 

 アリスは魔法使いらしい性格になってはきたが、それでもまだまだ人間らしい良心がある。

 優しく、よく出来た子のまま魔法使いになったのだ。それを笑う理由などどこにもない。

 

「頼まれたわけでもないのに、勝手に霊を使われて。素体に押し込められて、歪んだ生を強要される……ただ、失敗作の経過を実験記録に残すためだけに延命までされて。……これほど悲しい人形、世界を探したってそう多くはないでしょうね……」

 

 悲しい人形ね。

 それを言えばきっと、夢子ちゃんだってそうなのだろう。出来栄えこそアリスの仕上げたこれらとは雲泥の差ではあるが、本人が求めていなかった点をいえば同じだ。

 

 夢子ちゃんは自分のルーツを調べに地上へ出た。

 旅を続け、きっと今でもどこかを彷徨い歩いているのだろう。

 

 ……細切れにした三十もの霊魂。それをたった一つの霊魂になるよう加工したのだ。

 素体となる一人の面影は、三十分の一。正確には三十三人だから、たったの三パーセントしかない。

 そんな小さく目減りした霊魂では、生前の記憶を反芻することはできないだろう。むしろ、そうされては邪魔になるからと防止する加工を入念に施したのだ。

 

 夢子ちゃんはきっと何を思い出すこともなく、魔界へと戻ってくるはず。

 

「悲しい人形、か」

 

 彼女は人形ではなく人間ではあるが、生まれてきたことを喜んでいるのだろうか。

 生まれたくなかったとか、あるいは死にたかったとでも思うのか。

 

 私が身勝手な願いを抱いていいのであれば、是非とも生きることに喜びを見出して欲しいものだがね。

 それこそ、長い時間をかけてでも。

 

 


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