東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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輿

 

「うん? 夢子ちゃんは趣味を探しているのかい」

 

 色々と思い悩んだ結果、私は趣味探しについてライオネル様に相談することにした。

 いや、趣味探しという言葉は適切ではないか。私の目的はある意味既に決まっているから。

 

「はい。自分のルーツ探しをしてみようかと思いまして」

「ルーツ探し」

「私は、複数の人間の遺骸によって造られた……つまり人造人間なのですよね?」

「うむ。夢子ちゃんは人間の……まぁ、既に亡くなっていた人たちの肉体と魂から組み上げたものだからね。確かに彼女らにルーツがあると言っても間違いではない」

 

 ライオネル様は中央の塒にて、なにやらゴーレムらしきものの調整をしているらしい。

 土を原材料としたシンプルなゴーレム。魔界中央都市セムテリアにおいてはそこら中に控えている“ロードエメス”とそっくりの姿をしているけれど、きっと中に秘められた機構は特別なものなのだろう。

 私もこのゴーレムのように、継ぎ接ぎの部品から組み上げられた。それについて思うところはないのだけれど。

 

「霊魂にはライオネル様にも解明できない未知の力が秘められていると聞いています。解明できていないものも多いとか」

「うむ。私も自分に不可能がない……と胸を張って言ってやりたいところではあるのだが、事実だ。私にもわからない事は多くある。その一つが霊魂であることに間違いはない」

「私は、私の素となった霊魂に。そのかつての持ち主であった少女たちに興味があります」

「ああ……」

 

 霊魂は死して肉体を離れてもある程度の形を残していることが多く、自我を持つ個体も珍しくない。

 私の霊魂を構築する複数の少女の霊にも、“前世”の名残があるのではないか。私はそれに興味を持ったのだ。

 もしも私の魂が前世を覚えているのであれば、その物事に触れた際、何かしらの反応を示すかもしれない。私はそれを知りたく思っている。

 

「うーむ……しかし、夢子ちゃんの魂は寄せ集めた霊魂のいいとこ取りのようなものだから……いわゆる“前世”を司る部分の多くは統合前に多くを切り捨ててしまったし、今も残っているとは考えにくいんだよね……」

「そうなのですか?」

「私も霊魂について完全に理解しているわけではないから、確かなことは言えないのだが……けど、良いんじゃないかな。自分のルーツを知るのは面白いからね。それに、夢子ちゃんのルーツは別に大昔のご先祖様を辿るような真似をする必要もない。地上に出て少し探せば労せず見つけ出せるものではあるはずだ」

 

 私の霊魂は地上で暮らす人間たちに由来するものなので、ルーツを探すのであれば地上が舞台となる。

 

「うむ。まだ夢子ちゃんの護衛が必要な時期でもないから、そうだね。色々な経験を積む意味でも、一度外に出るのはおすすめしたいところだ。特に普通の人間とのふれあいは、貴女にとって素晴らしい刺激になると思う」

「……期限までには必ず戻ります。しかし、護衛は本当にそれまでの間は大丈夫なのでしょうか」

「大丈夫大丈夫。期限が来るまでは私も神綺も“絶対に”危険に巻き込まれることはないから」

 

 ライオネル様は顔色がわからないし、喋る言葉からも揺らぎはうかがえない。

 だからそうして断言する根拠についても、私にはわからなかった。

 

 でも、ライオネル様や神綺様が問題ないと仰るのであれば、心置きなく。

 

「あまり心配はしてないけど、夢子ちゃん。自分の身体の素になった少女たちは……今の貴女とは直接的には何のつながりもない存在だ。だから彼女たちのいた場所や暮らしを見て、無理に自分を重ねる必要はないよ」

「はい」

「現地に赴いて実感を得ると、もしかすると貴女は何か……心の奥底に眠る残滓に揺れを感じることも、あるかもしれないが。それは夢子ちゃんにとってさほど重要なものではないことだけは、覚えておいてほしい」

「……幻影、と?」

「似たようなものかもしれない」

 

 今はまだ私も自分に由来するものに触れていないので、実感はない。

 想像しても、仮に自分が何か……“前世”のようなものを感じ取ったとして、生まれてから一度も関わったはずの無いものにそのような感覚を覚えてしまうのは、むしろ怖いと思ってしまう。できれば関わりたくはないとも。

 

「でも、楽しみではありますね。自分の事となると」

「ふむ」

 

 これまでの私は知識や技術を与えられるばかりで、自分に対する未知というものが存在しなかった。

 私のルーツにはもしかすると、未知が残っているかもしれない。

 それは内心恐ろしくもあるけれど、少々楽しみだ。

 

「この時代ではノーヒントで探すのも骨が折れるだろう。私が夢子ちゃんを造るにあたって蒐めた遺骸の発見場所を地図に書いておくから、それを見ながら旅をしてみるといい」

「おお、ありがとうございます。……全て覚えているのですか」

「もちろん。人によっては名前も知ってる。どこの墓石の下に安置されていたのかも、なんとなく。ただし由来が全く追跡できない遺骸もいくつもあるから、全てを解明できるとは思わないほうが良いよ」

「ええ、大丈夫です。ありがとうございます、助かります」

 

 ライオネル様は非常に記憶力が……というより、忘れることがない。

 完全記憶能力……というものに近いものなのだと、以前本人から聞いたことがある。

 

 一度見たものを絶対に忘れない。聞いたこと、経験したこと、あらゆる全てを一瞬にして覚え、いつでもその記憶を、本のページを捲って探し当てるように思い出すことができるとか。

 私に内蔵された“核”によく似ているけれど、きっとその容量は天と地の距離ほど違うのだと思う。

 ……私の素となった遺骸の場所を詳しく覚えているくらいだ。きっと今までのあらゆる経験を完璧に覚えておいでなのだろう。

 

「長旅になるかどうかはわからないけれど、まぁ旅を楽しんでくるといいよ。ただ、人間達には気をつけて。この時代は女性に厳しいというか、他人全般に厳しいから。どこを歩いてもね」

「はい。……私の身でも危険は及ぶ程なのでしょうか」

「それは無いけどね。ただ、騙されるのは嫌でしょう。朝起きたら物が無くなっていたりだとか、歩いている途中でウンコを投げつけられたりだとか」

「ウ、……ですか」

「そんなものだよ、今の衛生観念は。どうなっているんだ。私はもうしばらく地上は嫌だな……ああ、汚い汚い……」

 

 汚物によほどのトラウマでもあるのでしょうか、ライオネル様は少し苛立たしそうな様子で地図の最後の項目を書ききった。

 

「ゲートは好きなところを使うと良い。どうせ遺骸のあった場所は世界各地に散らばっているのだから、歩き回ることになる」

「はい。それでは行ってまいります」

「そこまで時間がかかるとは思っていないけど、第一次大戦までには帰ってくるんだよー」

「第一……? は、はあ。それでは……」

 

 こうして私は一枚の地図を携えて、地上へと赴くことになった。

 

 四角い石造りの世界ではない、球体上の世界。地上。

 話には何度も聞くけれど、そこに何が待っているのか。

 

 ……自分のルーツも気になりますが、旅そのものについても。ちょっとだけ、楽しみにしている自分がいます。

 

 


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