東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「……うわ……」

 

 魔界へ踏み込んだ靈威が真っ先に感じ取ったのは、異様なまでに濃度の高い魔力。

 幻想郷に満ちる魔力も決して少なくはないし、むしろ日本全体でみれば非常に濃度の高い地域ではあるが、魔界は更にその上を行くだろう。

 瘴気の森に酷似した強くヒリつく魔力は、体質によっては不調を及ぼすかもしれない。幸い靈威は自らの身を守るだけの霊力があったが、素養の無い一般人にとっては負担となる環境かもしれなかった。

 

 空は夕時のように赤く、ところによっては宵のように薄明るい。

 靈威が出た場所は周囲を石柱に囲まれた遺跡に近い施設で、周囲は人工物であるが、等間隔に石柱に囲まれただけの屋根もない空間でしかない。見回しても他に人も妖怪もおらず、生活感は一切なかった。

 

「ここが魔界……? 思っていたよりも、長閑な雰囲気……」

 

 黄昏の平原にぽつりと佇む、質素な遺跡。

 一歩踏み入ればサリエルの手先が襲いかかってくるものと思っていた靈威は、初めて目にする広大な自然を前に圧倒されていた。

 

 緩やかに吹き抜ける風。どこまでも続く景色。

 

『博麗の巫女とやらは、随分とのんきらしい』

「……っ!」

 

 声に反応が遅れたのは、靈威にとって不覚であった。

 

 コンマ数秒も遅れて見上げたそこには、一枚の青い手鏡のような物体が宙に浮かんでいた。

 手鏡には白い翼が生えている。それが尋常ならざるものであることはひと目でわかった。

 

「あなたは……!?」

『まともに構えず悠長な誰何までする。呆れた挑戦者だ』

「!」

 

 手鏡はそれだけ言って、唐突に青白い光線を放った。

 靈威は襲い来るレーザーを危ういところで回避し、低めに宙に浮く。

 

『ようやく整えたか』

 

 すぐ脇に陰陽玉を浮かべ、大幣を正眼に構える。靈威の戦闘態勢がそれだった。

 

『いいだろう。最低限は戦えるようだ。答えてやる……私の名はサリエル。……死の天使サリエル、とでも名乗ってやろうか。不本意だが』

「貴女が……!?」

『勘違いしてくれるな、人間。この手鏡は仮初の中継機に過ぎん。私の本体はこの先の“堕ちたる神殿”にある』

 

 手鏡は浮かび、離れてゆく。靈威は慌ててそれを追いかけた。

 どうやら手鏡の進行方向の先にサリエルの根城が存在するようだが、果ては魔界特有の靄によって霞んで見通せない。

 

『さて、人間の巫女とやらは無事にたどり着けるかな』

「くっ……!?」

 

 手鏡を追い続ける間にも、光線や魔弾による攻撃は続いている。

 一発に込められた殺傷力こそ低いが、地面に着弾したそれは派手な土埃をあげている。人体にそのまま当たればまともな行動はできなくなる程度の重みはあるだろう。

 靈威は降り注ぐ攻撃を器用に回避し続けながら、ただただ追いかけた。

 

「サリエル……看板を撤去しなさい!」

『私本体を倒せたならば考えてやろう』

「なぜあのようなことを!」

『理由など問われてもな……私の知ったことではない』

「まともに話し合うつもりは、無いということですね……!」

『…………つまりはそういうことだ』

 

 実際のところ看板を立てたのはサリエルではないし、ただ看板を立てた主犯役を頼まれただけである。

 なので動機を問われても少しも心当たりはないし心が痛むほどのことでもないのだが、不毛なやり取りに虚しさは募った。

 

『結局のところ、お前と私、勝った方が正義ということだ。わかりやすいだろう? 人間は争い事が好きらしいからな』

「……神社を侵したのは、貴女が先でしょう!」

『ふん。口先だけのやり取りは虚しいだけだな。もっとわかりやすい“会話”にしよう』

「!」

 

 手鏡から金色の光が溢れ、その凄まじく剣呑な気配に靈威が後方へ退く。

 

 同時に、靈威がいた場所に雷撃が降り注いだ。草地の一角が焼けて弾け、雨のように降り注ぐ。

 雷のような轟音と共に放たれた魔法は、靈威も見たことのない強力なものであった。

 

『博麗の巫女よ。地上に生きる人間とやらの力を私に示してみせるが良い。それだけは……私も純粋な興味がある』

 

 鏡の中より現れたのは雷気によって形作られた輪郭だけの人影。

 それは周囲に魔法による邪眼を浮かび上がらせ、戦闘態勢を整えていた。

 

 サリエルの眼術と魔法を複合させた秘技“幽玄魔眼”。

 それは魔界を監視する眼であると同時に、侵入者を阻み打ち倒す力を保つ“防衛魔法”でもあった。

 

『どこからでもかかってこい。その陰陽玉を使っても構わんぞ。私はそれが何なのかを知っているし、対処法もわかっているからな』

 

 靈威は自身を取り囲む不吉な邪眼たちの視線と気配に、肌が粟立つのを感じた。

 妖怪の山で強い妖怪たちを相手取るのとはまた別の戦慄。

 これまでに出会ったことのない強大な力を持つ神秘との対峙に、靈威の手は自然と震えていた。

 

「これが、天使の力……!」

『ふ。この程度、私の力の影でしかない。これさえも乗り越えられないのであれば、早々に地上へ戻ってもらおう』

「……いいえ、諦めません。絶対に!」

 

 相手は強大だ。しかし、靈威は博麗の巫女である。

 事件を解決するためにも、紅より与えられた試練を超えるためにも、怖気づくわけにはいかない。

 

「覚悟!」

『……活きが良いな、人間というのは』

 

 大幣を構えて接近戦を試みた靈威に、幽玄魔眼の電影体が右手を差し向ける。

 

『その弱さでよくぞ魔界に挑めたものだ』

「ぁ――」

 

 次の瞬間には、靈威の視界は真っ白に染め上げられていた。

 

 


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