東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔法の問題と一口に言っても、現実として一口に言えないだけの広い範囲を持っている。

 

 そもそもメタトロンやサリエルなどに代表される古い神族らが居た頃から魔法というものは存在していたし、時代と共にあらゆる呼び名や用途は変化している。

 何より体系化されたものではない、能力じみた発想による洗練されきっていない魔法は今でも無数に存在するのだ。それを根拠に魔法を扱っている魔法使いも非常に多い。日本という狭い範囲でさえ、陰陽術やら妖術やら仙術やらと複雑にとっちらかっているのが現実だ。

 

 洗練されていない=間違っている、ということでは決してない。そこを勘違いしては駄目だ。

 だからこそ、魔法問題を作問する際には慎重さが求められる。

 

「この問題集で扱われている血の量が過剰だけど一定なんだ。赤肌、これは彼らの魔法の独自規格かな?」

「……ふむ。なるほど。覚えがあるな。ああそうだ、この単位を一つの最適解とする風習があったはずだ」

「だとすると文化圏外の魔法使いには厳しい問題になるね」

「……案外多いものだな」

 

 問題集の制作に携わる悪魔は多いが、個人によってはケレン味の強い魔法文化を持っていた。

 これが厄介なポイントであり、面白いポイントでもあった。

 総括する側とすれば間違いは間違いなので問題を訂正せざるを得ないのだが、様々な魔法文化を観察したい私としては非常に美味しい役どころなのである。

 その場で聞けばホットな情報を提供してくれる赤肌の存在もなかなか有り難かった。

 

「私としては文化を蔑ろにしたくはないけども、かと言ってそれぞれの文化圏に配慮して少しずつ地方問題を入れても虚しいだけだからねぇ。切り捨てていくのが最善だと思うよ」

 

 “○○地方における△△の呼び名は?”みたいな問題だったらセーフかもしれないけど、正直そういうのも避けたいところではある。

 一応大会名が“魔界一決定戦”だから魔界の歴史に関連付いたものであれば大丈夫ではあるんだけど、地球の新興魔法文化ともなるとそうはいかない。でも魔界に関係する問題ばっかりだと地上からの参加者には不公平だ。バランスが難しい。

 

 こういう細かな配慮を兼ねた問題集の調整作業をしてから、既に数ヶ月が経過している。

 新たな問題は次々に上がってくるので暇しないし、私自身も凝った作問が楽しいので充実した時間を過ごしていた。

 

「ライオネル・ブラックモア。お前は地上にも招待状を送ったのだったな」

「うん? ああ、送っておいた。なかなか縁のある魔法使いの一族でね。彼らがどれほど来るかはわからないけど、私としては楽しみにしているよ」

 

 魔界で行われるクイズ大会の招待状は、オーレウスの一族にも送付してある。

 代表して唯一宛先がわかっているマーカスと、そしてエレンへの二通だ。もちろん他にも彼らの親族がいるなら是非ということも追記してある。

 

「なるほど。地上の魔法使いか。悪魔としては地上の者に使役される場合が多いが、対等な関係に不慣れというわけでもない。逆に地上の者にとってはどうなのだろうな。契約で縛られていない悪魔を畏れてはいないだろうか」

「ああ、そういうことか。どうだろうね……私もあまり、地上の魔法使いが悪魔に抱く感情を知らないからなぁ」

「……ま、当日は悪魔も下手な手出しはできないだろうがな」

「うむ。大会と銘打っている以上、ルールはしっかり定めておかないとね」

 

 その点は私も全力で厳守させるつもりだ。

 魔法の祭典に水を差す奴は死んでよろしい。いや本当に私自身の本音として殺してやりたいと思っている。

 

「ふむ」

 

 作業の途中、赤肌が筆を置いた。

 ビールらしき酒の入ったグラスを手に取り、いつもの口元を抑えたポーズのまま一口。

 

 こういう仕草をする時、彼は決まって長くなりそうな話を切り出すことを私は知っている。

 

「ブックシェルフにはお前の書いた魔法関連の書籍が多くあるな。色々と読ませてもらったよ」

「ああ、それは嬉しいね。どうかな、専門性の高い本が多いだろうけど」

「難解なものばかりだな。ブックシェルフでの人気も、お世辞にも良いとは言えん。ああ、ライオネル・ブラックモアよ。あれらが古代魔界語の参考書籍として使われているのは知っていたかね」

「ええ……知らなかった……そんなの……」

「研究家達としては感謝しているらしいがね。フフッ……」

 

 私としては内容も会心の出来なんだけどな、あそこにあるものは。

 

「そこで、十三冊の魔導書という記述を見た」

 

 おや。

 思わず私の筆もピタリと止まる。

 

「この世の全ての魔法を書き記した十三冊の魔導書、その最たる二冊を封ずる。……そんな記述が、シダ植物の観察日記の奥付にさりげなく書かれていた」

「おお、読んだんだ」

「読み飛ばした。数百年にも及ぶ狂気じみた樹木の観察日記など真面目に取り合わん」

「そうか……」

「……わずかな情報を頼りに。色々と探した。そして見つけた。ブックシェルフには、謎解きの仕掛けが施されているな。あれを解くのは苦労したぞ」

「おお」

 

 ということはもしや。

 

「何重ものパズルを解き、鍵となる本を持って何度も何度も往復し、仕掛け本棚を動かし……ようやく辿り着いた最奥で、そこに二冊の書物を見たのだ。残念ながら触れることは叶わなかったがね」

「素晴らしい」

 

 私の表情筋がまともであれば、思わず笑みを零していたに違いない。

 それほどのことを、彼は……ヘルメス・トリスメギストスは成し遂げたというのだ。

 

「表の五冊に、裏の五冊。そして外側にある三冊。それが十三冊の魔導書だと記述されている。あの朱と蒼の本、“血の書”と“涙の書”で間違いはないか?」

「まさしく。その通りだよ、ヘルメス・トリスメギストス」

「赤肌と呼べ。……そうか、合っていたか」

 

 彼はニヤリと笑いつつ、また一口ビールを飲んだ。

 

「世界には十三冊の魔導書が散らばっているのだろう。地上における伝説じみた話は聞いているからな、知識としては知っている。だが、あの二冊はブックシェルフから動いていないのだろう。あれらの用途はなんだ?」

「ふむ」

 

 私は両手それぞれに異なる“栞”の魔法を構築し、その場で二つの物体を呼び寄せた。

 

「――……」

「自分用。と言うのが答えになるけども。その答えで貴方は満足してくれるのだろうか」

「……真実を前に他者の嗜好など無意味だが」

 

 右手に血の書を。左手に涙の書を。

 二つの書物を手にした私を前に、赤肌は僅かに目を見開くだけだった。

 

「しかし訊きたくはあるな。お前の頭は書物を必要とするほど出来が悪いようには見えないが。自分用とはいえ、それは覚え書きというわけでもないのだろう」

「うむ。これらは他の書物と違って、大規模な魔術を扱う際の……あー、補助脳? では伝わらないか。魔法陣の役割を担っているものだからね」

「……ふむ。グリモワールらしい使い方だが……お前ほどの魔法使いにしては、原始的な補助具なのだな」

「無くても問題は無いんだけどね。あったほうが楽だし早くて良い」

 

 おもむろに二つの書物を開いてみれば、複雑怪奇な魔法陣が溢れ出して起動準備を始める。

 間違って発動させてしまえば魔都の崩壊待ったなしだ。

 

「つまりその書物はライオネル・ブラックモア、お前専用の物だと?」

「その理解でほぼ正しいね。けど、他の人でも使えなくはないんだ。かなり無茶があるだけで無理やり読むことはできるから」

 

 これを開いた時に発動するのは、魔導書の強制理解の更に強いバージョンの精神操作だ。

 慣れてさえいれば術発動の補助としてはかなり便利なので扱いやすい。オートマチックだ。逆に不慣れだと思考と魔力操作が追いつかなくて暴発して死ぬ。

 

「それに、内容も物騒だからね。端的に言って、血の書は破壊の暴力であり、涙の書は精神への暴虐だ。厳重な管理でもしないと影響が大きすぎるんだ」

「……影響の大きな魔法か。例えば?」

「ふむ」

 

 私は血の書の表紙を眺め、少しだけ考えた。

 

「この本には使えば魔都が崩落する魔法が半分以上記載されているね」

「なるほど。誤作動を起こさないよう、ただちに戻してもらえるか」

「うむ」

 

 言われるがまま、私は二冊をブックシェルフの定位置に収納した。

 尚、中央の塒にも似たような保管場所もあるがそれは内緒だ。

 

「景品の一つとしてそういった魔法もどうかと思っていたが、やめておくべきだろうな」

「私としてもそれが良いと思うよ」

 

 場合によっては月の公転どころじゃない取り返しのつかない大事故が起こるかもしれないのだ。

 それだけは私としても勘弁である。

 

 


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