東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「おーい静木さーん」

「うん?」

 

 ふわりと速度を落として降り立つと、静木はさほど驚くこともなく振り向いた。一応、ミマとしては初めてまともに飛行能力を見せつけたつもりではあるのだが。

 

「私になにか?」

「ああいや、見かけたんで声をかけただけなんだけどね。どこ行くのかなと思ってさ」

「なるほど」

 

 静木は木箱を背負い、いつものように全身を衣類や包帯で覆い隠し、奇妙な仮面をつけていた。今日の仮面は木彫りの木菟(ミミズク)らしく、以前よりはずっとまともな顔のように見える。

 

「私はこれから、村の様子を見て回ろうと思いまして。幾つか主要な場所や施設は教えてもらいましたが、他はまだなので」

「あー、そういう畏まった喋り方じゃなくていいよ。あたしゃそういうの苦手でね。楽にしといてくれ」

「そう? じゃあ普通で」

「……随分と調子変わるね。まぁそっちのがいいんだが」

 

 静木は歩き始め、ミマもその隣に並ぶようについていく。

 べったりと監視したいわけでもないが、どうもこの謎多き老人の普段の様子が気にかかっていたのだ。

 

「とりあえず今日は、神社の方にいくつもり」

「神社? あー……神主がいるところか。結構遠いし、山の麓だよ。大丈夫なのかい」

「平気平気。私はこう見えて健康体だからね」

「ろくに飯も食ってないみたいなんだから、無茶はするんじゃないよ」

 

 そう言って、ミマは風呂敷から朴葉包の饅頭を差し出した。

 

「ほら。少ないけどあげるよ。ヒダル神に憑かれちゃ大事だしね」

「ヒダル神?」

「飢餓の病みたいなもの。弁当無しで山を登ると取り憑かれ、動けなくなるのさ」

「ああ、シャリバテみたいなものか」

「舎利? まぁそういうものよ」

 

 近代的な登山道とは違い、この時代の登山は常に荒れた斜面を歩かなければならない重労働だ。

 糖分が枯渇すれば山歩きなど到底不可能であり、そのためには穀物類のこまめな補給が欠かせない。

 ミマの忠告は、かなり本心からのものである。

 

「ところで、ええと。ミマといったかな」

「ああ、そうだよ。名乗ってなかったか。渡り巫女のミマ。この村で退治屋のマネごとをしてる」

「真似事? 巫女は神社に仕えているんじゃなかったかな」

「渡りだから神社に縛られずにいるのさ。といっても、この村に神社がないから仕方なくやってるんだけどね」

「これから行くところにあるじゃないか。そこの神様に仕えてみてはどうだい?」

「あー……神主の? あそこはねえ……由来もわからないし、どんな神様なのかもわかってないのよ。一応、社らしいものはあるにはあるんだけどさ……見知らぬ神に仕えるってのも怖いでしょ?」

 

 大宿直村の神社は村の最初期から存在するが、祀られている神はわかっていない。

 神社の建築様式も未知なるものだったため、祟り神や荒御魂かも判然としない。そのような神に仕えるには、すっぱりと決断できるミマであっても少なからぬ躊躇があった。

 

「そうか……いや、まぁどの神社に属するかはミマがいずれ判断すべきことか。いらぬおせっかいだったね」

「いいさ。色んな奴から言われてるからね。渡りなんかやめろってのは」

「退治屋が危険だから?」

「いいや。危険だなんて言ってたらこの村じゃ生きていけないさ。むしろ渡りとして村の外に出るほうが危ないって言われてるの」

「へえ?」

「変わった話でしょ? こんな妖怪ばっかりの村でさ。まあ間違ってもないんだけどね。外は外で、妖怪よりも人が怖い時も多いしね」

 

 手を広げ、ミマは長閑な村の景色を仰いでみせた。

 

「逆にこんなところじゃ人同士で争うことはないし、気楽なもんだよ。かといって、大宿直だけじゃまだまだ不足してる物資もあるから、結局は誰かが外に出なくちゃいけないんだ」

「ああ、確かに。この村だけで自給自足は厳しそうだ」

「それでも今は随分人も増えて、色々できるようになったんだ。ゆくゆくは、村の中だけで回ってゆくかもしれないね」

 

 外界から隔絶した大宿直村。

 それは極めて緩やかにではあるものの、人口増の経過を辿ってはいるらしい。

 元々この地域は自然も豊かで、妖怪さえいなければ肥沃な大地ではあるのだ。

 

「静木がいたところはどんな感じ? 嫌だったら無理には聞かないけど」

「私のいたところかぁ……うーむ、話したくないわけではないけれども。どこから話したものだろう……」

「あんたの居場所と言えるようなところとかさ」

「難しいね。実に難しい話だ」

「どこがさ」

 

 真面目に思い悩む静木の様子に、ミマはからからと笑うのだった。

 

 

 

 神社までの道のりは長い。

 その最中にはいくつもの畑や小屋、寺などがあり、当然人とすれ違うこともある。

 そして今日は静木の横にミマもいるものだから、すれちがう者たちとしては興味を惹かれて声をかけるのだった。

 

「おんや、ミマ様じゃないのさ。それに静木さんも珍しいね。どうしたんだい?」

「村を歩いて回ってるらしいのよ。私はなんとなくそれに付き添ってるわけ」

 

 ミマは村の全員と顔見知りなので、交わす言葉は気安いものだ。

 その上世間話をいくつか話せば、相手はせっかくだからと野菜を手渡してくる。

 村への貢献が著しいミマは、ただ歩くだけでも風呂敷が欠かせない巫女なのだった。

 

「いやあ、荷物が増えた。ありがたいけど、山までとなると大変だ」

「ミマは村の人達から慕われているね」

「んー? まあ、退治屋だからねえ。やってることは仕事だけど、わかりやすいから感謝されやすいんだろうね」

「扱っている術も変わってるしね」

 

 静木の何気ない言葉に、ミマが一瞬だけ真顔になる。

 

「……やっぱり変わってるように思うかい」

「ああ。変とか、おかしいとは思っていないよ。私としてはミマの扱う術はとても素晴らしいと思う」

「……詳しいんだ?」

「これでも長く生きているからね。それはもう……」

 

 言葉を止めて、静木が空を見上げる。

 

「……とはいえ、私は隠居の身だ。今はあまり、考えないようにしている」

「そうか」

 

 ミマは深く訊ねることなく頷くだけだった。

 相手の素性に踏み込みたくはなかったし、自分の“術”の事情にもあまり触れられたくはなかったからだ。

 

 

 

「この神社までの山道も整えようとは思ってるんだけどね。そう気前よく石材が使えるほど、村に余裕があるわけでもない」

 

 二人は神社まで続く山道を歩いていた。

 健脚のミマは悪路の斜面であっても変わらず大股で、静木もまた不気味なほど安定した足取りで進んでいる。

 

「あーそうだ。ここの裏山には石材としてはいい感じの岩場もあるんだけどさ。そっちはそっちで龍脈が交じってるのか、妖怪が湧きやすくなってる。危険だから近づかないでおくれよ」

「岩場。ああ……鍾乳洞のあるところかな?」

「……知ってるの?」

 

 ミマはきょとんとした顔を向ける。

 ほとんど人が立ち入れるような場所でもない所だったので、静木が知っていたことが意外だったのだろう。

 

「ちらっと見たよ。凄まじい魔力だね」

「ああ……あの力に惹かれて強力な妖怪が集まっている。他にも色々理由はあるんだろうけど……詳しいことはわからない。とにかく本当に危険だってことは覚えておいて。今は神主や私で多重に結界を敷いてるからほとんど漏れていないけど、下手に動かすとどうなるかわかったもんじゃないんだ」

「うむ、わかっているよ」

 

 裏山の鍾乳洞には強力な結界がかけられ、封じてある。

 その維持もまた退治屋たる者の務めだった。

 以前はミマが甲斐甲斐しく結界を維持していたが、神主が村にやってきて共同で行うようになってからは、その役目も非常に楽になった。

 目下の心配は、誰かが悪意を持って結界を破らないか。それだけである。

 

「さて、そろそろ神社だが……ん?」

 

 長い階段を登りきって、境内へ。

 ミマは鳥居の向こうにいる複数の人影に、首を傾げた。

 

「またやってるのかねぇ、あの二人は」

「ふむ……?」

 

 どうやら神社の前では、神主ともうひとり、坊主らしき青年が膝を突き合わせてなにか作業をしているらしかった。

 

 

 


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