東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「こっちに置いてあったはずだ」

 

 話を聞くと、命蓮はそれまでの浮ついた雰囲気を消し去った様子で、私を倉庫へと案内してくれた。

 長者から掠め取った飛倉ではない。貴重品や使用頻度の低い祭具などを保管する、管理の厳重な古い蔵である。

 

 巻物、銅器、木簡、布、などなど。置いてある物品は様々だが、どれも分類分けされており、散らかったようには見えない。

 

「……これだ」

 

 木簡などが多くある山の裏側辺りから、命蓮は一つの木箱を取り出してみせた。

 貴重な金属釘を使ってわざわざ開かないように密閉した、一見すると頑丈なゴミのようにしか思えない箱である。

 

「ふむ、なるほど。間違い無さそうだ」

 

 が、私にはわかる。

 こうして開かぬ木箱に押し込んでも尚、周囲から魔力をかき集めようとする魔道具の執念が。

 

「“棍棒の書”。かなり厳重に保管していたんだね、命蓮」

「当然だ。こんな危なっかしいもの、野放しにはできん」

 

 命蓮は鼻の頭を掻きながら、深刻そうに唸った。

 

 

 

「見つけたのは私だった。信貴山の中でな。ここはなかなかの霊山であるし、脈流もそこそこ強いものだから、その確認で辿りがてら、木の実を摘んでいた時だったか。力の流れがある一点で急激に落ち込む場所を見つけてな。その地中を掘り返してみたら、枯れ木の根の裏側に、“こいつ”があったわけさ」

 

 命蓮は木箱の継ぎ目に青銅の楔を押し付け、抉るように差し込む。

 

「まぁ、驚いたもんだよ。枯れ木は樹齢五十年はくだらん樹木だったし、その根の下ともなれば、どう考えたって古臭いもんだったしな。そうあるべきはずなんだが、見つかったその書物は作り上げたばかりのような、妖しい小奇麗さだった。妖魔、あるいは神仏の類であろうと考えるのは、まぁ当然の流れだわな」

 

 楔の尻を拳大の石で殴りつけながら、命蓮は語る。

 

「書物だ。それも美しい。少しくらいならとその場で開くのを、誰が責めるかね。得体の知れないもんだとわかっていても、ちらと見る程度ならば平気だと、誰だって考えるものだろうよ」

 

 やがて楔は銅の釘を無理やり引き抜きながら木箱の継ぎ目を大きくし、命蓮はそこに指を突っ込んで、二つの木蓋を力任せにこじ開けた。

 

 中から現れたのは、一冊の書物。

 夕日のような、薄橙色の美しい装丁。“棍棒の書”に間違いなかった。

 

「石塚殿。読んだのが私でなきゃな、人死にが出ていたぞ」

「ごめんごめん」

「全く。厄介なものを作ってくれたものだ」

 

 青銅の楔を土の上に放り投げて、命蓮は大きなため息をついたのだった。

 

 

 

「なるほど。命蓮はこの書物を読み、自力で閉じることができたわけだ」

「うむ。まぁ、辛うじてな。心を律する修行だけは元々欠かしていなかったし、法力だって扱えた。雑念が無理やり入り込んでくるのはなんとも不気味だったが、ある程度の高僧であれば私でなくとも出来るのではないかな」

 

 二人で縁側に腰掛けながら、本について語る。

 といっても命蓮の方は魔導書についてはあまり好意的ではなく、一歩も二歩も引いた視点、立場からの言葉が多かった。

 

「もちろん、読んだ後はそれまで以上に力の使い方が理解できたし、獣や妖魔を撃退する幾つかの手段も得たが……とても神聖な代物には思えなかった故な。どこぞに捨ててやろうと思ったわけだ」

「もっと読もうとは?」

「思うか。過分な力は身を滅ぼすものだ。できることならば、存在ごと手にした知恵を忘れ去りたかったものだよ」

 

 木箱を封じていた釘が惜しいのか、命蓮は乱雑に打ち付けられていたそれをどうにかまっすぐ抜こうと頑張っている。

 しかし法力や魔力で強化されているとはいえ、バールのように正しい力のかけかたが出来ないと、かなり難儀な作業らしいが。

 

「だがそいつはなー、下手な場所へ持っていこうとすると、たちまち姿を消してしまうようだからなあ」

「ああ。魔力の少ない場所に長くいると、転移するんだよ」

「そいつが厄介すぎたのだ。おかげで辺鄙すぎる場所に捨てることもできん。だから信貴山の蔵に押し込んでいたわけよ。どこぞの誰とも知れぬ輩に読まれるよりは、ずっと安全だろうと思ってな」

 

 それはまぁある意味正解かもしれない。

 命蓮のように、読んで手に入れたであろう力を振るおうとしない人間というのが、この時代ではむしろ珍しい方に属するはずだからね。

 人によっては悪どいことに力を使うだろうし、そうでなくとも戦で用いられることは間違いない。棍棒の書の内容であれば尚更だ。

 

「……ふむ。石塚殿はそいつをすらすらと読めるわけか」

「うん? ああ、これの著者だからね。軽く中の確認をしているだけだよ」

「……なるほど。嘘ではないようだな。そうだとしても、私にはどうしようもない次元の話らしいが」

 

 命蓮は飽きたようにごろりと縁側で横になり、こちらに半目を向けた。

 

「なあ石塚殿。そいつをどうするつもりなんだ」

「書き直すつもりだよ。色々と、加えたい項目が増えたからね」

「いつからそんなことを続けているのか、訊いても良いか?」

「それはもう、命蓮が生まれるよりもずっとずっと昔からさ」

「そうか。まあ、そうなんだろうなあ……」

 

 信貴山の魔力は安定して濃く、人も少なく雰囲気も良い。

 書き直しの作業はしばらく掛かりそうだし……ふむ、そうだな。

 

「命蓮殿」

「なんだ」

「しばらく、この山に居座らせてもらうぞ」

「……あー」

 

 命蓮は何か言いたそうにうめいていたが、

 

「まぁいっか。好きにすれば良いと思うぞ」

 

 最終的には、なんか雑な感じのオーケーをくれたのだった。

 

 


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