東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 老人たちの話を聞くに、どうも命蓮というお坊さんは山の上で修行を続けているらしく、滅多に、というか全く山から降りてこようとはしないのだそうだ。

 そのくせ托鉢は法力で持ってくるので、人によっては印象が悪いのだという。

 とはいえ、法力は高位の使い手である証。

 信心深い高僧である証左だということで、麓の人からは親しまれているようだ。

 山を登って助けを請えばそこそこ手助けもしてくれるし、決して悪い人ではないらしい。

 

 ふむ、邪悪ではないというのは良いことだ。

 私としても、わざわざ悪い魔法使いと会いたくはないからね。

 

「じゃあ、早速その命蓮とやらの顔を……うん?」

 

 しかしいざ山登りをしようという時になって、何やら騒々しい集団が私の後ろからやってくるのが見えた。

 

「はあ、はあ……ひい……」

 

 行列である。それもただの行列ではない。

 偉い人を中心にぞろぞろとやってきた、いわゆる大名行列のようなものだ。

 この時代にまだ大名はいないけれど。

 

 しかし、誰も彼も随分とお疲れのご様子。

 十人、二十人……二十二人もいらっしゃるようだ。

 こんな大所帯で、わざわざ飛ばしてくるとは。果たして彼らは何の用があってここまできたのだろう。

 

「そっ……そこのッ……お主……」

 

 うん、わかった。聞いててあげるから一旦息を整えなさい。

 

「はぁ、はぁ……お主、こ、ここらへんで、蔵を見なかったか」

「蔵」

 

 見た。ついさっき。

 

「托鉢に乗せられて、空を飛ぶ蔵じゃ。儂の……はぁ、はぁ……」

 

 うん、見た。蔵違いでもないと思うが。

 

「皆様方は、蔵を追いかけているので?」

「そうじゃ! あの、あの忌々しい托鉢が……儂の、米俵を幾つも納めた蔵を! 乗せて、飛んでいきおったんじゃ! 何故じゃ!」

 

 何故じゃ。

 ごめんなさい。その気持はすごくよく分かるんだけどあれだ。聞いてると笑っちゃいますわ。

 

「蔵を乗せた托鉢なら、あちらの山へ飛んでいきましたよ」

「おお、おおお……! 信貴山だと! まだ走れと! 登れと申すか!」

 

 私に叫ばれても困るけどやっぱり気持ちはよくわかるわ。

 キツい有酸素運動のあとに山登りは確かに嫌だね。後ろの方の、このおじいさんの護衛っぽい人たちまでもうんざりした顔をしていらっしゃる。

 

「そもそも、何故托鉢が蔵を乗せていったので?」

「そっそれは……お主には関係なかろう! そもそも誰じゃ!」

石塚(いしづか)です」

「知らぬわ!」

 

 すごいテンションだ……。

 よっぽど全力で走ってきたのだろう。軽いランナーズハイになっているのかもしれない。

 しかし誰と聞かれたから偽名を答えたというのに、知らぬと責められても私は困っちゃうよ。

 

「もしや、貴方があの托鉢の上に蔵を置いたのでは……」

「そんなことできるか! 儂は、ただあの忌まわしく物乞いしてくる鉢を、蔵の中に放り込んだだけじゃぞ!」

 

 ああ、そういう……。

 なるほど、しかしそういうことならば説明もつくな。

 托鉢が蔵を与えられたのだと勘違いし、運んでしまったということなのだろう。

 自動性を付与された魔法において、そのような珍妙なミスはよくあることだ。

 

 “岩持ってきて”と命令しておいたゴーレムの軍団が、岩山を押し運ぼうと数千年間踏ん張り続けていたこともあったしね。

 あれは面白い光景だったが少し可哀想だったな。どんな力がかかり続けていたのか、なんかトンネルみたいなのも出来ていたし……。

 

「そもそも、何の地位もない若造坊主ごときが、懇意にしてやっている儂らに物乞いをしようなど、その時点で全ておかしいのだ……! だから言ったであろうお主ら! 命蓮は盗人坊主だとな!」

 

 老人が自分の配下を叱責し、皆に“へえその通りです”などと言わせている。

 ふむ。どうやら命蓮の悪評とやらも、この老人から広まっているのかもしれない。

 

「し、しかしですなぁ。油屋の旦那……命蓮殿はそこまで、悪どいことに手を染めるような男じゃないと思うのですが……」

「黙れ! 儂に楯突く気か!? 誰のおかげでここで荏胡麻畑を拓けていると思っておるか!」

「ひぇ、す、すみませんで」

 

 力関係は、圧倒的に上だ。

 この老人、非常に短気で自分勝手ではあるが、権力だけは大層なものをもっているらしい。

 

 油屋。つまりは荏胡麻油を取り扱う商人なのだろう。それも、相当に規模が大きな。

 

 歩いてくる途中でいくらか炭焼きをしているらしい山はあったので、炭は使っているのだろう。だが、それでも油は炭とは違い、夜間にも安全に使える光源となってくれる。

 その上、食べても美味しいし、防水加工にも扱える。原始的な時代であるほど、油は非常に便利な存在として広く使われているのだろう。

 

「いくぞ、お前たち! 今日こそはあの忌々しい坊主に、説教……いや! 制裁を加えてやらねばな!」

 

 オイオイ大丈夫なのかあのおじいさん。

 と私は心配していたのだが、どうやら彼についていく人たちも同じようなことを思っていたようで、ものすごく不安そうな表情をされていた。

 

 かわいそうな話だが、彼ら油屋一行の旅はまだまだ続くらしい。

 

 せっかくなので、私もついていくとしよう。

 命蓮には会うつもりだったし、この顛末を最後まで見届けるのも面白そうだ。

 

 


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