東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 幽香は強かった。

 夢幻姉妹を撃退できるとは聞いていたので、もちろん相応の実力を持っているとは思ってはいたのだが……しかし実践してみると、聞きかじっただけではわからない驚きがあるものだ。

 

 幽香の魔族としての特性はさほど高くはないのだろう。

 戦闘中は能力を使わず、終始魔法のみであった。ひょっとすると隠し玉のような技もあるのかもしれないが、実用的なものではないらしい。

 あの後幽香を看病していた際にも、彼女自身が“能力はあまり使わない”と言っていた。

 

 大抵の魔族や神族などは強大な能力を支えに生き残るため、結果として現代には強い能力持ちばかりが目につく。

 幽香のように魔法などを習得し、能力に依らない戦闘を磨く者は、かなり珍しい部類に入るだろう。

 

「これも淘汰の一環よ」

 

 幽香がそんな風に、穏やかな笑みを浮かべていたのを思い出す。

 

 能力を持つ者、持たない者。

 だが、持たざる者であるからといって、そこで終わるわけではない。

 この世界には敗者復活戦のような復帰の機会がいくつも転がっている。

 それは必死に手を伸ばし、脚をばたつかせることで掴むこともできる。

 

 もちろん、並々ならぬ努力は必要だ。

 幽香は血の滲むような、という表現も生ぬるいくらいの努力を重ねたのだろう。

 洗練された接近戦の体捌きは、彼女が戦闘にかけた年月の長さを物語っている。

 そして、散見された魔法の技術もまた同じだ。

 

「というか幽香、私のこと知っていたんだね」

「ブックシェルフであなたのことを知らない者は居ないでしょう。魔法を学ぶのであれば、一度は訪れるべき場所よ」

「おお……サインいる?」

「いらないわ」

 

 これからも幽香はブックシェルフや各都市を放浪して、魔界を楽しむのだという。

 私としても魔界を色々見て回ってくれるのは大歓迎なので、是非とも心ゆくまで堪能していただきたいものだ。

 

 

 

 

「ライオネル、ここにいたのか」

「うん? おお、サリエルか」

 

 魔界都市エソテリアの公園で新種のバッタを探し回っていると、空中に銀色の輝きを纏ったサリエルが現れた。

 移動に際して随分と魔力を消耗したようで、心なしか顔が疲れているように見える。

 

「どうしたんだい。今ちょっとバッタの標本集に加える新種を……あ、もしかして手伝い」

「いや、虫についてはあまり興味はないのだが。そんなことよりだ」

 

 そんなこと言われた。

 

「ヴィナの荒れようはどうするのだ」

「ヴィナ。ああ、エンデヴィナ?」

「あの地は今、エリスの管轄となっている土地だ。無人であるし、生物もほとんど存在しないが……火災の規模があまりにも大きすぎるぞ。良いのか?」

 

 エンデヴィナは私と幽香が闘った場所だ。

 色々と砕いたり壊したり山を消したり火の海にしたりと大騒ぎだったので、今もまだ大変なのだろう。

 何より“旭日砲”によって放たれた燃素と熱素は、未だに沈静化や希釈されることなくかの土地を蝕んでいるはずだ。

 

「エリスはサリエルの部下の悪魔だったね。ああ、エンデヴィナの管理を任せていたっけ」

「あの場所が駄目となると、巡回場所がドラゴンの生息域付近ばかりになってしまうようでな。“ドラゴンの近くだけはイヤです助けてください”と、近頃しつこく泣きついてくるのだ」

 

 ああ、サリエルも苦労しているわけか。

 でも突っぱねないだけ優しい性格しているね。

 

「エンデヴィナの火災は……まぁ元々似たような状況ではあったし、いっそのこと放置しても良いんじゃないかと思っているよ」

「火の海だが……?」

「そんな環境を好む生物も、中にはいるだろう」

 

 私は僅かに揺れ動いた草むらに魔法を放ち、一匹の虫を手元に引き寄せる。

 金色の身体に緑色の宝石のような瞳。高級感溢れる新種のバッタが、私の手の中でキチキチと口を鳴らしていた。

 

「まぁ、時間を取って観察してみれば、いつかはわかるさ」

「……そういうものか」

「うむ、そういうものだとも」

 

 せっかく魔界は広いのだ。各地の多様性を磨いてやるのもまた、ひとつの庭いじりのようなものだろう。

 以前訪れたことのある地獄には耐火性の神族も大勢居たので、似たような生態の魔族や神族も、あの土地は気に入ってくれるかもしれない。

 

「それでサリエル、話はそれだけかな」

「あー……うむ」

 

 私が訊ねると、サリエルはどこか答えにくそうに頬をかいた。

 

「どうせ八意(ヤゴコロ)のことだろう」

「なっ、何故……まぁ、うむ……」

 

 わかるわ、そんくらい。

 何年一緒にいると思っているのだか。というより顔に出ているのだ。普通にわかる。

 

「……八意からは報告が来ている。月の都を脱し、地上に降りたとね」

「おお……彼女が、地上に……」

 

 八意は月の都の重要な人物であったが、どうにか色々と工夫することで、その役割から解放されたようだった。

 ただし穏やかな別れというわけではなかったらしく、罪人だとか追放だとか追手だとか、色々と複雑な立場でいるらしい。

 手紙には、そういった追跡者から逃れるために雲隠れするという旨の記述も書かれていた。

 

「私に手伝えることは……というより、私が手を出すことは、許されるのだろうか」

「サリエルが。うーん」

「わかっている。出過ぎた真似だということは。だが……ヤゴコロが不慣れな土地で困っているというのであれば、助けてやりたいのだ」

 

 サリエルはどうしても八意が気になってしょうがないらしい。

 が、八意は元はと言えば月の公転に手を出した罪人なのだ。今はその罪滅ぼしをしている最中である。

 

 別に、サリエルがいたところで罪滅ぼしに影響が出るだとか、そんな風に思うわけではない。むしろ良い影響こそあるのやもしれぬ。

 けど、あれだ。織姫と彦星のようなパターンだってあるわけだから、しょっちゅうというわけにもいかないだろう。何事もさじ加減だ。

 

「……たまになら、まぁいいけども」

「本当か!」

 

 わあ良い笑顔。

 

「ただし、本当にたまにだ。八意への罰の意味が薄れるからね。期限付きで、たまにだったら認める。それだけだ」

「うむ!」

 

 元気のいい返事だけどそれ本当にわかっているのかい、サリエル。

 

「……じゃあ、サリエル。そのかわりと言ってはなんだけど、私の方の研究もちょっとだけ手伝ってもらえるかな」

「任せてくれ! 私にできることならば、なんでも!」

 

 サリエルは八意が絡むと、すぐに喜んだり笑ったりする。

 堕天した原因もほぼ全て八意絡みであったのだし、昔から彼女のことが好きだったのだろう。

 サリエルの八意好きは知っていたし、話し始めると凄まじい惚気っぷりはいつになっても辟易するのだけども……。

 

 こうして屈託のない笑みを見ていると、そんな惚気話に付き合うのも、まぁ良いかとも思ってしまうのだった。

 

 


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