東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 蓬莱の玉の枝。とやらを用意しなければならなくなったので、私は一度魔界へ帰還した。

 

 魔力を圧縮してのいつもながらの方法であるが、そろそろこの日本でもうまい具合にゲートとなり得る場所が見つかって欲しいものである。

 乱暴に周囲の魔力を収奪しては、魔力的な生態系が傾きかねないため、触媒をうまい具合に並べてコンパクトな転送を行った。エレンが実践した魔界移動法を、より小さく纏めたものだ。

 面倒な下準備は必要ではあるが、これ以降、ゲートを使わない限りには、このような方法で魔界へ移動することになるだろう。

 

 

 

「ほいさ」

 

 そんなわけで魔界に到着。降り立った先はセムテリアの中央に位置する塒であった。

 この塒の研究施設にも、丁度改造途中のまま放置していた枝がいくつかあったはずだ。

 廟堂をより自然な形で保全するために更に形態変化させた浄化装置を発明していたので、一時期はハマっていたのである。

 

「あら、ライオネルおかえりなさいー」

「ただいま、神綺」

 

 研究所の物置に入ると、それと同時くらいに神綺が転移してやってきた。

 めざとく私の帰還を察知してやってきてくれるので、結構嬉しい。私は魔界の察知能力がほぼ無いに等しいので、羨ましい能力でもある。

 

「何かお探しですか?」

「うん。ちょっとヤゴコロが作ってた枝を一本、取りに戻ってきたんだ」

「へー、あ、おみやげありますか?」

「お土産ってほどのものではないけど、織物とか生地ならいくつか」

 

 私は木箱の中から現地で入手した品々を取り出し、神綺に手渡した。

 

「わあ、なんだか面白い生地ですね。手作りって感じがあります」

「それとこれ、はい。木彫りの仮面」

「んー、いまいち? けど荒っぽい中に気持ちが込められている気がしますね」

「ハハハ、そう言ってもらえると、作った本人も喜ぶかもね」

 

 神綺が仮面を付けながら雑多な生地を身体に巻きつけ始めたので、私は私で目当ての物を探し始めた。

 

 えーと確か枝はここに……長物だからどうせ杖と一緒……おお、あったあった。これだな。うむ、七色の玉がついているとやはりわかりやすい。

 

「まぁ、これでいっか」

「あ、懐かしいですね、それ」

「うむ。八意(ヤゴコロ)発案のものを、私なりに推し進めたものだね。とはいえこれも途中段階のやつではあるんだけども」

 

 私が取り出した枝は、既に七色の玉がくっついている蓬莱の枝である。

 最初期では多角形の結晶体しか結ばなかった枝ばかりであったが、試行錯誤を重ねるうちに球状の結晶を結ぶようになったのである。

 月にも同様の枝はあったので、ヤゴコロも既にその段階まで作り上げたのだろう。

 まぁ、球状にすることの意味はさほど、ないのだけども。

 

「ヤゴコロ……ライオネルは、彼女のことが嫌いなのでしたっけ」

「……ま、好きにはなれないね」

 

 好きか嫌いかで言えば迷わず嫌いになるだろう。

 月の民だかなんだか知らないが、地上から見た天体を不用意に動かしたのだ。

 それはもはやウンコを顔面に投げつけるどころではない大罪だ。

 魔法使いとして到底許せるものではない。

 

「けどま、サリエルのこともあるし……私自身、冷静になってみて、思う所はあったから」

 

 が、ひとつの過ちだと言えなくもないのも確かだ。

 月の狂気に当てられたせいもあるだろう。

 

 ……サリエルのためにいくつもの方便を無理したところはあるがね。

 

「ふふ。優しいですね、ライオネルは」

「……そうかな?」

 

 これでも結構、厳しいスタンスを取り続けているとは思うんだけども。

 

「そうですよ。ライオネルが種族を絶滅まで追い込んだことって、今まで無いですもの。あの地獄の連中でさえ、そうでしたから」

 

 ああ、そういう意味か。

 そういう考え方だとまぁ、どうなのかな……。

 

「これからも、そんなライオネルでいてくださいね」

「はは、そんな私か。自分でも掴みきれないところはあるけど、そうであるように頑張るよ」

 

 結構良いことを神綺に言われてしまった。

 

 ……が、そんな神綺の姿は、猿のお面に和風な絹織物をめちゃくちゃに巻きつけた、不気味かつ奇妙なシルエットである。

 やたらと嵩む六枚羽にも織物がかけられているので、表面積はものすごい。おそらくライオンまでならびびって逃げ出す程度の威圧感はあるだろう。

 

「……その織物と仮面はあげるから、好きに使っていいよ」

「わーい」

 

 そんなこんなで、私は蓬莱の玉の枝を手に入れたのであった。

 

 

 

 地上へ戻り、工房に入る。

 

 車持からくれぐれも秘密を保って作業をせよと仰せつかっているので、しばらくは施設の中で内職だ。

 魔界移動で魔法触媒を結構な数消耗したので、細々と手作業で準備するのも良いだろう。

 

 貰った金子の使い道はまだ考えていないが、これもまた妖怪退治に精を出している人々のために流通させようかな。

 適当な文句でぼったくり魔道具を販売している連中の商売を潰すために使うのも良いだろう。ただの金とはいえ、社会の中においては使い道はいくらでもある。

 

「ふーむ。いざ貰ってみると、嬉しいものだ」

 

 それに、これはまだ前金だ。

 品物を渡した後、これより更に豪華な工賃を渡してくれるとは、車持の談である。

 国の要職についている彼が言うのだから間違いはない。

 より多くの金子の有効な使い方も、じっくり考えておく必要があるだろう。

 

 

 

 宝くじが当たったらどうしよう?

 なことを考えて過ごしているうちに、約束の日はやってきた。

 

 五日後、車持……ではなく、その使者であろう地味な姿の男連中が、私の工房を訪れたのだ。

 

「石逗殿、注文の品はあるだろうか?」

「ええ、もちろんですとも」

 

 私は“ようやく来たか”といった心持ちで、適当に被せておいた大きな布を取っ払った。

 

「お、おおお……!」

「これは……!?」

「注文通りのはずですが、いかがでしょうかね」

 

 枯れ枝のような本体を基軸に、幾つかに別れる枝先。

 そこに疎らに実った、穢れの結晶たる色とりどりの宝玉。

 これぞまさしく蓬莱の玉の枝とやらに間違いないだろう。

 違っていても私は知らん。

 

「美しい……これは……まさに……」

「なんという……だがしかし、一体どのような作り方で……いや、それにしても……」

 

 使者二人は枝、というよりはその先端の玉に魅入られているようで、手で直接触れないまでも、顔を至近距離にまで近づけて凝視している。

 

 あんまり薄汚い視線を込めて見つめていると、更に蓬莱の玉が大きくなるぞ。

 いや、それはこの二人にとっては嬉しいことなのかもしれないが。

 

「……素晴らしい出来だ。製法はあえて聞かぬが……作ったのだな? 石逗殿」

「ええ、まぁ。そういう注文でしたので」

「これは、さぞ作るのに苦労したことであろう。金子もかなり使ったのではないか?」

「まぁ、それなりに」

 

 悪いけど金は使ってませんわ。けど苦労した風を装いたいのでそういうことにしておこう。

 けどまぁ、実際に作っていた時は、原案の枝本体から発展させていく段階は確かに手間取っていたんだけどね。あの頃の作業は、なかなか楽しいものでもあったが……。

 

「……うむ、ではこの玉の枝、確かに頂いていこう。運ぶのに慎重を期さねばならない故、時間がかかるとは思うが……石逗殿、代金は少しだけ待っていてもらえるか」

「うむ、構いませんよ。姫様でしたか。これはすぐに、彼女へ渡すので?」

「然様……ここだけの話、旦那様は今夜にでも向かわれる予定なのだ。既に身支度をされている故、直接ここに足を運べなかったことを嘆いておられた」

「そうでしたか。ならば仕方ありませんね」

「ですがこの出来ならば、旦那様も、いや姫様も納得されることでしょう。……石逗殿、褒美は期待されてよろしいぞ」

「それは嬉しいことです」

 

 支払いは全てが終わったら、か。

 まぁこちらとしては向こうさんを急かす理由がないので、それでも別に構わない。

 権力者や常連さんのツケは、日本の伝統的な文化なのである。

 

「今夜にでも宴が開かれるであろう。石逗殿も、それに足を運んでいただきたい。もちろん、今回の注文は内密なものである故、口は固くしていただく必要はあるが……相応のもてなしは、期待して良いぞ」

 

 ニヤリと微笑まれてしまった。

 ちょいと悪巧みに加担したが故の、袖の下的なアレなのだろう。

 実際、既に用意されてたものを渡した後ろめたさがなくはないので、仕方ないのだが。

 

「では、先に運ばせてもらおう。石逗殿には、もうしばらくここで待っていていただきたい」

「うむ。楽しみにしていますよ」

「よし、そちらを持て、大きく動かすなよ、壊したら旦那に殺される……」

 

 こうして、私の持ってきた枝は男二人の手により、極めて慎重に運ばれていったのであった。

 


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