東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 それから、私は神骨の杖を祀ることにした。

 自分で切り刻み、加工し、くっつけて……さんざんと弄んでおきながら、いまさらなのかもしれないが。

 

 この神は、私が生み出したものだ。

 そして、この神は願いの主である私を探し続け、私を魔界へと還すために、おそらくずっと奔走していたのだろう。

 誰とも出会えない地球上を彷徨い、時に漠然とした神らしいイメージに従い、大地開闢の真似事を繰り返しながら、延々と。

 

 出会いと別れは、とても良いものとは言えなかった。彼女が死ぬまで、私は彼女を敬う気持ちなど、一片も持っていなかった。

 しかし私がこの魔界にいるのは紛れも無く、彼女が起こしてくれた奇跡の賜物。

 既に骨となってしまった彼女だが、それでも尚、ここにいるのは、そんな彼女のおかげだ。

 

 感謝しなくては。そして、それ以上に償わなくては。

 この神を、私は敬わずにはいられない。

 

 

 

「隆起せよ」

 

 神綺が創造した渓谷の深部を使い、墓廟を作ることにした。

 永きに渡る孤独な神を祀るのだ。恥ずかしくない作りにしなくてはならないだろう。

 私が神綺に渓谷をいじる許可を求めると、“墓というものはよくわかりませんが、是非作ってあげてください”と、概ね快諾してくれた。

 

 まずは、原初の力によって墓廟の本体である廟堂を作る。

 神綺から新たに聞いた話では、原初の力が万能とはいえ、実はこれにも限りがあるらしく、複雑すぎるものや自分で理解できないものなどは、作れないのだとか。

 そのため神綺は私が還る長い間、ずっとビールが飲めなくて悶々としていたのだそうだ。

 つまり、そのもの自体を知っていても、原理や詳細を知らなければ、作り様がないと、そういうことらしい。

 

 なので、ただ漠然と墓廟といっても、私が一度も目にしていないタージマハルを作れるかといえば、それは不可能だ。

 大まかな形くらいは作れるかもしれないが、それはきっとただ壁を貼りあわせて真上にスライムっぽい何かを配置しただけの、建築と名ばかりのオブジェとなってしまうだろう。

 それに、原初の力だけで創った墓など、誰も喜ぶはずはない。

 大まかな材料となる巨大な岩石こそ生成はするが、あとの加工は全て手作業にて行うつもりである。

 もちろん、それで許してもらおうとは……いや、できればそれで許してもらえたらいいなと思う。私なりに頑張って、作るから。

 

 

 

 着工から竣工までは、私一人。

 途方も無い建築プロジェクトが始まった。

 

 魔界に昼や夜の概念が無いために、地球での繊細な時間感覚が狂いそうだった私は、着工前に擬似的な暗い太陽と暗い星を創りだした。

 伴って、おおよその星星も生み出すことで、魔界の空に不思議な夜空が出来上がり、神綺はそれを見て、“綺麗です”と言ってくれた。

 天然の時計もできたところで、鉄のノミなど、地球ではほとんど手に入らなかったような硬い素材の工具をいくつか生み出し、岩を削る作業に入る。

 

 一日、一日。偽りの太陽と月が登りと沈みを繰り返し、何日も何日も、単調な作業を繰り返してゆく。

 岩を削り、柱に彫刻を施す。岩を削り、紋様入りの石レンガを作る。

 人間からしてみれば、非効率極まりない迂遠な作業であることは否めないが、ところが私の時間感覚は、人のそれとは大きく違う。例え私が一人であっても、サグラダファミリアを再現することは、きっと造作も無いことだ。いつ訪れるかもわからない氷河期までには、おそらく確実に間に合うはずである。

 だから、私は、私でも見たことがないような墓廟を作ることに決めた。

 かつての地球でも存在しなかったような、美麗極まる荘厳な石造建築。カンブリアの旅で培った彫刻技術があるとはいえ、私自身の美的才能が決して高くないというのが問題ではあったが、なんとかやってみようと思う。

 それこそ、時間をかけて。あの女神がさまよっていた時間以上を掛けて、つくり上げるつもりである。

 

 

 

 作業中は、ずっとそばに神綺がいてくれた。

 石を削る私の隣でじっと見ていたり、話をしてくれたり、しかし決して私の邪魔はしないように、多分気遣ってくれたのだと思う。

 彼女と昔話を交えながらの作業は不思議と捗り、何年も何年も続けることができた。

 あと、時々彼女もノミを握って石工に挑戦したりもしたのだが、絶望的に下手だったのか、出来上がったものはよくわからないオブジェだった。創造の力を持った神なのに、芸術性が無いって、どうなんだろうね。

 

 けど、そんな神綺も日々努力を続けることによって、煉瓦くらいであれば作れるようにはなった。この調子で、二人で完成まで頑張っていこうと思う。

 

 

 

 日が昇り、月が登る。

 時は流れ、石クズは砂となり、砂地が出来て、そして、墓廟が完成した。

 

 途方も無い時間が経った。およそ、五万年ほどだろうか。

 時の力によって生み出されたのは、見事と言う他無い、巨大な墓廟。

 廟堂の中央には神骨の杖が安置され、内部は魔術の光により、常に仄かな可視性で満たされている。

 

 ひとつの目的を達成した。

 私は神綺と頷き合い、お互いの納得がいったことを確認しあった。

 

 そして、

 

「ライオネル、もっと何か作りましょう!」

「おお!」

 

 私達は、建築と彫刻にハマることとなった。

 時間をかければかけただけ報われるという、この上なく自分たちのライフスタイルに合致したそのマイブームは、およそ数千万年続くこととなる。

 

 

 


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