群像の物語   作:ねくら

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今回かなり文章が多めそしてオリジナル展開。こんなのがあったらいいなーというただの作者の妄想。そして会話文が少ないという事故発生。
お暇な方おいでませ〜




05 不幸

 

 

 照りつける日差しがじりじりと人肌に突き刺さる。特段暑い季節というわけではないが、それでも同じ箇所に長時間当たり続けていれば鬱陶しくもなるというものだ。

 そんな苛立を僅かに覚えながら、幾度となく出るあくびを申し訳程度に隠しつつ眼下を覗く。そこには多くの少年少女たちが立ち回りをしていた。皆等しく盾に違い剣の紋章を身につけている。

 

「なあカイル」

「なんですかゲルガーさん」

 

 腕を組み、難しい顔つきで俺を呼んだ彼を見る。座り込んでいる俺に対し、相手は仁王立ちのため自然と見上げる形になった。ゲルガーさんは尚も神妙な表情で眼前を見据えた。

 ふわふわと、リーゼント風の髪が風に揺れている。

 

「なんで俺たちゃこんなとこにいんだろうな」

 

 その疑問には大いに頷きたい気分である。

 

 

 

 

 事は少し時間を遡る。同期のペトラに連れられた先では机の上で頬杖をつくハンジ分隊長の姿が。そして予想外にもこの部屋のはもう一人いたのだ。特徴的な髪型をしたゲルガーという人物である。

 

 彼はミケ分隊長の所属ではなかっただろうか。腕も良く、加えてかなりの酒豪で知られている兵士だ。

 

 ゲルガーさんまでもいる理由がつかめず、困惑したまま敬礼し居住まいを整える。

 

 ペトラも退室し、思い沈黙が室内を漂う。果たして小一時間は経っているのではと気の遠くなる感覚を味わい、とうとう我慢できなくなったゲルガーさんが言葉を発した。

 

「分隊長。あの、自分たちは一体」

「ふっ、ふふふふふふふ」

 

 怪しかった。もう一度言う、とても怪しかった。おそらく俺とゲルガーさんの内心は一言一句違えることなく一致していたと思う。

 

 話しかけられて突然笑い出す人なんて、そうそういるもんじゃない。

 

 どん引きする俺たちを知ってか知らずか、ハンジ分隊長は目を見開き、鼻息荒く興奮しきった瞳で書類の束を掲げた。

 

「これだ! 次はこれをエルヴィンに提案してみよう! きっとこれで、人類はッ、ぐっっと勝利に近づくはずだ!」

「……」

「……」

「おや、君たちいたの?」

 

 やはりと俺は思う。ハンジ・ゾエ分隊長は変わり者であると。

 分隊長さんは俺たちを視界に納めると、ようやく自分が呼んだことを思い出したらしい。しっかりしてくれ。

 

 ぽつぽつと説明が始まる。それを聞く前と聞いた後では正直、かなり顔つきが変化していたと断言できる。何故ならその内容が。

 

「訓練兵団の、視察?」

 

 俺の疑問を直接言葉にするゲルガーさん。

 ハンジ分隊長によると、ウォール・マリア陥落により兵士の育成に力を注ぎ込むというのが上の判断で。憲兵団、駐屯兵団、調査兵団から定期的に人員を視察に行かせるという方針になったのだとか。

 

 それはまた随分と熱心なご方針でと嫌味っぽく言えたが、次の言葉を聞いた瞬間そんなのも引っ込んでしまった。

 まあ端的に言えば、三日間の視察をゲルガーさんと俺でやってこいというのである。

 

「分隊長」

「んん、なんだいカイル」

「何故自分なんでしょうか。もっと適当な兵士もたくさんいるかと」

「うん?」

 

 訓練兵団の視察というからには、各団選りすぐりが出てくるのではないだろうか。調査兵団は毎度のことだが、どこも人手不足なのは常だ。少しでも人を集めるためなら多少名の通る者を送り込んだ方が妥当と言える。

 だからこその疑問だった。ゲルガーさんはともかく、どうして俺なんだ。

 

 対するハンジ分隊長は僅かに目を見開きこちらを見返す。

 

「なんでって…私が君を推薦したからだ」

「え」

 

 思わず心の声が漏れ出てしまった。いやそれよりも、なんだその推薦って。こっちの方が驚きに目をぱちくりさせていると分隊長はその理由と根拠を懇切丁寧に話し始める。

 

 曰く所属する班が全滅しても高確立で生き残ってくる強運さ。巨人を討伐する確かな技術。いざというときの冷静な判断などなど。要約すると前々から評価はしていて、この間の壁外調査で確信を得たとかなんとか。

 

 言い切ったみたいな面持ちの所悪いが、面倒そうな事柄を押し付けられるならそんな確信もってもらいたくなかった。

 

 唖然とする俺たちを余所に、じゃあそういうことだからと洋紙を一枚渡され当の本人は慌ただしく出て行ってしまう。走り際「待っててよー巨人たちいいいい」と聞こえたけどそれは聞かなかったことにした。

 

 

 そんなこんなで冒頭に戻るのだ。

 

 

 てっきり次の遠征の話だと思って若干怖じ気づいていたので、嬉しい肩すかしではあった。が、これはこれで間違いなく厄介事満載なので素直に喜ぶこともできない。

 しばらく沈黙していた俺たちだが、こうしていても時間の無駄だとゲルガーさんが踵を返す。

 もうそろそろ定刻だ。気の進まない案件なだけに足取りが重くなる。

 何も起こらないことを願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視察とはいえど、実際来てみると特にやることはなかった。三日間ただただ訓練に励む訓練兵たちをじーっと観察するだけ。正直あんまり面白いものではない。本当にこれで視察になるんだろうか。

 

 俺の前ではゲルガーさんが途中合流した駐屯兵団の人たちと少しだが会話を交わしていた。情報交換でもしているのか、なんとなく殺伐とした空気を感じる。

 ちなみに憲兵団は今回の視察を見送ったらしい。何らかの理由があるのだろうけど、人の集まる兵団であるから嫌味に思えてしまうのはきっと俺の性格が歪んでいるからだ。そういうことにしておく。

 

 両手を頭の後ろで組むようにして再び訓練の様子を見る。現在は対人格闘技の時間のため、二人一組となって励んでいた。まだ覚束(おぼつか)ないのが多いから一年目の訓練兵だろうか。

 

 と、今しがた大きな音と共に黒髪の少年が地面に叩き付けられたのを目撃して、思わず肩を震わす。痛いのって嫌だよね。そして投げ飛ばした金髪の子恐すぎ。

 

 いやあ訓練兵時代が懐かしいと暢気に(ふけ)っていると、不意に声がかけられる。

 

 ああこりゃまずい。視察に行く段階で避けられない事だとは覚悟していたが、いざこうして声を聞いてしまうとそんなものも吹き飛んでしまう。

 ゲルガーさんや駐屯兵団の人たちも俺の後ろにいる人物に気がつくと、素早く敬礼した。俺としてもこのまま突っ立っているわけにもいかないので、そろりとゲルガーさんたちの後ろに退避しながら心臓を捧げる敬礼。完璧だ。

 

「カイル。貴様のそのひょろけた顔つきまったく変わらんな」

 

 現れて最初の言葉がこれだ。だから苦手なんだよねこの人。

 

 キース・シャーディス。元調査兵団団長、現訓練兵団の教官である。

 俺の中では又の名を鬼教官。訓練兵となる一番最初に登竜門の如く、凶器にも思える厳つい強面で(そし)ってくるのだ。あれは恐いなんてものじゃあない。一種の武器兵器な気がする。

 

 そんな懐かしの教官とご対面してしまった俺は、とりあえず取り繕った笑みでお久しぶりですと返答してみる。しかし俺の返しがあまり気に入らなかったのか、眉を潜めると視線をゲルガーさんたちに移した。ああ恐い。

 

「はるばるご苦労。視察は順調か?」

「はっ。やはり巨人襲来以降、兵士一人一人の質がかなり向上していると感じました」

「そうか」

 

 皆様方の会話は続く。俺みたいな一兵士はお飾りみたいなものなので、特に発言する必要もないだろうと視線を巡らす。

 ここにいるのは今年で卒業する訓練兵たちだ。今まで必死に積み上げて来た兵士としての技術と知識。彼らがここを卒業すればそれを存分に振るう機会がやってくるのだろう。俺も、訓練兵時代はそう思って疑わなかった。

 

 巨人と人類の圧倒的な力の差。それを知識として知ってはいたが、見聞するのとはやはり訳が違う。訓練兵時代の淡い考えはすぐに改めることになった。きっと、彼らも。その時はもうすぐなのだ。

 そう考えるとひたすらに純粋とまではいかなくとも。兵士になるために汗を流す彼らを真正面から見つめるのに躊躇してしまう。

 

 まあそれでも彼らは自分とは違う、か。

 

 たとえどんなに辛い現実を知ってしまっても。どんなに世界に失望しても。俺のような人間に堕ちることはそうそうないだろう。

 臆病で弱虫で、卑怯で弁えない。そのくせことさら生きる事に執着するとんでもなく欲張りな人間だ。いつもの癖で、思考した瞬間口元に自嘲が浮かぶ。

 こんな自分は嫌いだ。心底思う。

 

「おい聞いてるのかカイル」

「うえっ」

 

 唐突に呼ばれたためにはたと我に返る。どうやら話は終わったらしい。その場に駐屯兵団の人たちはおらず、ゲルガーさんとキース教官だけだった。

 やっべまったく聞いてなかった、と冷や汗をかくが普段からだらしのない俺だ。伊達にこういう局面を体験してきたわけじゃない。素知らぬ顔で肯定の言葉を返す。

 

「だったら早く準備するぞ。まったく…なんで俺がこんな目に」

「? そ、そうですねー」

 

 あれ。本当にわからん。当たり前のように準備とか言っているけど、一体何の準備だ。非常に怪しい雲行きとなっていることだけは肌で感じたが、しかし着いて行かないという選択肢はありえないわけで。渋々ゲルガーさんの後に続く。

 そんな俺の後ろ姿を、キース教官が怪訝そうな顔つきで見送っていたとことなど露程も知らずに。

 

 

 

 

 

 調査兵団に入って後悔したことは数知れず。最初は一つ二つと指を折って数え、両の手で足りなくなった所でやめた。逆に良かったことといえばこちらの方が見つけるのは難しいかもしれない。

 確かに人類の勝利を願っているし、巨人に対する憎しみもある。だが人一倍に強い目的があるかと問われれば、ないとしか答えられない。強いていえば生きることと親父にした宣言の見栄張りだが、それは自己的なものなので論外。

 大層な目標を持っていない俺にとってのプラスといえば、せいぜい立体機動技術の向上くらいだろう。

 これを怠れば真っ先に巨人の餌となってしまうので、さすがの俺でも必死になった。おかげで、今こうして生きているのだけれど。

 我ながら長生きしているなと人知れず頷き、そして手の内にあるグリップを見る。

 

「……帰りたい」

「早いぞカイル」

 

 俺の独り言がばっちり聞こえてしまったらしい。ゲルガーさんがベルトの調節を行いながら言い放つ。

 そんなこと言われてもさ。ようやく視察も最終日に入ったかと思った矢先のこれだもの。小言の一つや二つも吐きたくなるんだ。

 

 さて。何故俺やゲルガーさん、駐屯兵団の二人も立体機動装置を身につけているかというとこれから行われる模擬戦に参加するためである。キース教官の発案で今年卒業の上位四名を代表とし、現役の兵士と模擬戦闘を行うらしい。

 

 とんだとばっちりだ。兵士の中でも一目置かれつつあるゲルガーさんはともかく、こんなへなちょこ兵士の代名詞とも言える俺まで参加する羽目になるとは思いもしなかった。ここは勇気を持ってして進言するべきかとキース教官の顔を見た瞬間、そんな気持ちは粉砕した。

 とりあえず教官が恐い。ものすごく恐い、助けて。

 

「どんなものかな」

「壁を巨人に壊されてから、兵士の質が格段に上がってきましたからね」

「ゲルガー君はどうか」

「そうですねぇ。なんでもいいんでとにかく調査兵団にも人が来て欲しいっすね」

「ははっ。そちらは消耗こそといった風体だからな。ご苦労なことだ」

 

 他意は、ないと思う。だが駐屯兵の彼が言った最後は余計だった。本人にその気が無いにしても明らかにこちらを侮辱、あるいは上から見下す物言いに聞こえる。証拠にゲルガーさんの隠しきれていない怒気が俺のところまで押し寄せて来ている。

 落ち着いて、落ちて着いてくださいゲルガーさん。そんなに頭を揺らしたらせっかくの髪型が台無しです。

 

 ひやひやする場面だったが、それも代表の訓練兵が現れたのを合図にぴたりと止む。やってきた四人は皆顔を強張らせていた。そりゃ現役と模擬戦なんて普通の神経なら緊張くらいするだろう。

 むしろいきなりの発案でこっちがびくびくしていたのに、彼らの様子にいくらか堅さが抜けた気がする。

 しかしこちらの姿を一人ずつ確認し、最後に俺を見たときの反応が気になる。なんというか、きょとんとしたような。鳩が豆鉄砲くらったかのような。

 その視線が何度も上下しているところから、大方予想はつくけど。何しろ模擬戦やる中で一番小さいし、俺。嫌になっちゃうよね、ほんと。

 

 今回の模擬戦は単純で授業や試験の時と同じく、巨人の張りぼてを見つけうなじを模したクッションを狩るというもの。つまりは相手より先に巨人を見つけ、うなじを削がなければならない。これは周りを見る視野の広さと判断力、迅速な巨人殺しの技術が不可欠とされる。

 その得点が多ければ多い程良となる。

 

 俺たち現役は、教官によると一切の容赦なく現実を見せるようにとの指示なので加減はなしだそうだ。

 成績上位者になんてスパルタなんだろうと苦笑するしかない。

 

 それにしてもだ。

 

 どうにかして、この状況から逃れる術はないものか。模擬戦ということだから、力半分くらいで動けば問題ないはず。ゲルガーさんや駐屯兵団の人たちは俺より年上だしベテランということもある。俺の出る間も無く終わるだろう。

 

 帰りたいな。

 

 ゆったり流れる雲を仰ぎながらそんなことを思ってみたり。常に巨人の脅威に晒されている世界であるのに穏やかな空模様を見ているとつい勘違いしそうになる。

 ああ、ここは平和な世界であると。

 そんな訳微塵もありはしないのに。

 

「模擬戦を始める」

 

 現実逃避する俺を余所に、無情な監督の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイル・ロードという教え子がいる。訓練兵団を五年前に卒業し、以前自分が団長を務めていた調査兵団を希望した男だ。思えば奴は訓練兵時代からいろいろと問題児だった。

 訓練には不真面目で、他人とは距離を取りいつも一歩引いた所で眺めている。普段からぼんやりしており、四六時中直らない腑抜けた顔に声を張り上げたのも数知れず。毎年恒例の叱咤する際にも奴を怒鳴ったが、その時の引きつった顔に随分と軟弱そうだという印象を抱いたものだ。

 

 同期からは持ち前のサボリ癖とぼんやりさから大旨(おおむね)馬鹿にされ、同期で一番最初に死ぬのは"死に目のロード"だと言われていたほど。本人は露程も気にしていなかったようだが。しかしそう罵られても一部の者たちには慕われているようであった。その所以も問題児という言葉に関連するものだということが苦々しい。

 

 そんな奴が今や調査兵団。誰もが忌避したがる最前戦で五年もの間戦い続けているのだから人は見かけによらぬものだ。

 

 当時を知る自分にとって、奴の調査兵団行きは心底疑問だった。成績優秀者に与えられる憲兵団は無理としても、てっきり危険度からとって駐屯兵団にするかと思っていたのだが。

 

「まさかだな」

「如何しました教官」

「いや。何でもない」

 

 崖から見下ろすのは、立体機動戦の訓練場所になっている森林だ。といってもこの辺はわざと枝や葉を落としているために中で動く者たちが丸見えである。採点するならもってこいの場所。

 同じく高台には今期の卒業生たちが観戦のために待機している。どいつもこいつも、現役との模擬戦に色めき立っている様子だ。

 

 今期卒業の訓練兵たちが散開している。どうやら動きだしたようだな。今回はチーム得点と定めているため四人は量を重視するか。全員で固まるより、個々で動くほうがより多くの得点が狙える。

 

 成績上位者の中でも特に優れている一位の者が急旋回しながら今丁度張りぼてのうなじを切り飛ばしている。さすがその動きは安定していて無駄が少ない。

 

 加えて現役はというと。

 

「ツーマンセルになりましたね」

「そこが訓練兵との差だな」

 

 たとえこれが訓練であったとしても。彼ら現役の頭にあるのは巨人を相手に戦うという前提意識。どのようにして行動すれば速やかに、そして的確に敵を狩れるか。

 その上で囮役と本命に役割を分担し、効率を上げるために二手に別れた。高い木や建物があれば小回りも効く。現状四人を戦力とするなら、巨人の手を回避し、翻弄するには最適の人数割りでもある。

 その考えに至るかで現役とそうではないのに分かれる。未だ本当の戦場を知らない訓練兵には酷な話だが、今知って置かなければ命を散らすことになりかねない。

 

「彼らはどこまでやれますかね」

「さてな」

 

 広く見渡せるこの場からは、彼らの動きがよく見える。(ゆえ)に気付いた。いや気付いてしまった。

 

「五年経っても変わらぬか」

「はい? ……ああ」

 

 二手に別れた内の一つ。調査兵団のゲルガーが先行し周囲を索敵している。ここまではいいが問題は次だ。その後ろから続くカイル・ロードを見て思わず眉を寄せてしまう。

 

 明らかなローペース。雑さはないがいくらか力を抜いた弛緩な立体機動。

 まるで訓練兵時代の奴を見ているようで苛立ちを覚える。あんな腑抜けた立体機動術を教えた覚えなどない。つまり奴はいい加減な気持ちで参加しているということだ。

 あれほど扱いたのにあの日々の苦労とストレスはなんだったのかと自問したくなる。

 

 

 状況が動く。

 

 訓練兵の一人が張りぼて巨人を発見したのと同時にゲルガーたちが現れ、次の瞬間には凄まじい速度で互いに得点を狙いに行く。

 小刻みにアンカーを打ち込みするすると木々を抜ける様はとても自然でいて正確だ。だがやはり経験の差というものは大きい。一歩で遅れていた筈のゲルガーが純粋に速さで勝り、うなじを狩ることに成功した。

 

 流れるように動いたゲルガーの技量に、周りの訓練兵たちからも驚嘆の声があがった。出し抜かれた訓練兵はすれ違い様に呆然とゲルガーを見送っている。余程その動きが信じられないようだ。

 

 ゲルガーを追いカイル・ロードも遅れて訓練兵と顔を付き合わす。その際彼の肩に手を置き、その後軽く手を振ったことから何かしら言葉をかけたのだと想像がつくが。奴め一体何を吹き込んだのやら。ほうける訓練兵を置き去りにし、現役二人組は次の獲物を求め移動を始める。

 

 

 彼らから少し離れた場所ではもう二人の現役組が訓練兵と出会い頭威嚇し合っていた。あの訓練兵は今期の中でも一番の短気だと記憶している。誰構わず噛み付くのは大方予想はしていたが、まさかここでもやるとは。

 だが現役の方も一人短気なのがいるようだ。訓練兵から超近距離でのアンカー射出というわかりやすい挑発にまんまと乗せられている。これは訓練兵たちに現実を突きつけ学ばせるための模擬戦だったが、案外現役たちにも課題は出てきそうである。

 

「彼らは似た者同士ですかね。沸点も似通っている」

「制御の効かない怒りは幸先不安だがな」

 

 張りぼてを前にし、短気な訓練兵が突攻を仕掛ける。そのままスピードにのり一気に仕留める気なのだろう。だがここで数の利は現役の方にある。比較的冷静そうな現役――確か名をラムと言ったか――が対応に入った。彼の進行方向に現れ、張りぼて巨人へのルートをことあるごとに邪魔している。

 中々の立体機動技術と、視野の広さだ。相棒の妨害を好機とし短気な現役レゾンがしたり顔で降下していく。

 

 

 しかしここで予想外な闖入(ちんにゅう)者が。上位成績者第一位の訓練兵が突如木陰から出現しレゾンの体勢を崩す。突然の出現にタイミングをずらされ彼は顔をしかめながら軌道を変更。

 

 これで現役と訓練兵、互いに二対二という構図ができあがった。すでに好戦状態となっているため互いに退く気配はない。待ったの様子もなしに我れ先にと四人が飛び出した。障害物の位置を把握し、同時に最適な射着地点を探す。その集中力がいかに連続できるかがこの勝敗を分けるだろう。

 結果は現役ラムの手柄となった。わざと巨人とは別方向に軌道を設置し余所見をする訓練兵に体当たり。吹き飛ばすと同時にその場で弱まった速度で方向転換すると一気にうなじに刃を立てた。

 

 乱暴ではあるが、きちんと周りを見ていなければできない芸当だろう。駐屯兵団にも中々面白い人材がいるなと微かに口角を上げていると、異変に気がつく。 

 その事柄に隣の監督と周りにいた訓練兵たちもざわめき立っていた。

 

 体当たりで吹き飛ばされた訓練兵が落下している。それなのに、アンカーを出そうとしないのだ。僅かな焦燥が走る中ようやく射出されるがあろうことか外してしまっている。

 ここからでは顔はよく見えないが酷く狼狽していることだけはわかる。あのままでは地面に激突し無事では済まない。

 さらに最悪なことに、体当たりを受けた衝撃から誤って補助スイッチを押したのか落下地点に自身の刃を突き刺さっている。これは非常にまずい。

 

「何てことだ…間に合うか!?」

「緊急弾だ」

「は、はいっ!」

 

 隣で監督が緊急の発砲を行う。これで万が一の時のために待機している他の監督が動く筈だが、果たして間に合うだろうか。

 ここからでは事の成り行きを見ることしかできないために、難しい顔で眼下を見ているとちらと視界の端に何かが写る。それは先ほど近くで一戦していたゲルガーとカイル・ロードであった。

 彼らも異常を察知したのか、しきりに会話をしているようにも見て取れる。が、ゲルガーの制止を聞かずいきなり奴が先行を始めた。

 

「何をするつもりだ、カイル・ロード」

 

 焦り思考を止めている落下中の訓練兵。そんな彼をなんとか助けようと動くラム、レゾン、第一位の訓練兵。だが向かうには少しばかり距離があるのと何より張りぼて巨人が邪魔だ。真っ直ぐには向かえまい。

 

 そんな中動くカイル・ロード。まるで先ほどの進行が嘘のように凄まじい加速。おそらくガスを惜しげ無く使っているのだろうが、だとしてもその速さを生み出す根拠とはなり得ない。かかる重力を速度に上乗せする技術が卓越している証拠であろう。

 

 進行方向からして落下する訓練兵よりやや回り込む位置だ。到底そこからでは間に合わない。

 そして刹那――奴がほぼ真横にアンカーを打った。幹にしっかりと食い込んだアンカーから伸びるワイヤー。当然その間には障害物となる別の木がある。普通なら愚行にも等しい位置取りであったが、次の行動からそれが奴の狙いだということを理解する。

 カイル・ロードと木を繫ぐワイヤーの間に一本の木。当然そのまま行けばワイヤーは障害物に当たる。奴はその間の木を軸にして方向を急転回させたのだ。遠心力を利用した見事な回り込み。相乗効果で二割増しになった速度を持って奴は落ちる訓練兵を見事キャッチすることに成功する。

 

 わっと周りから歓声が上がった。隣の監督も安堵のため息をこぼしていた。思わず自分も息をついてしまったのだからこればかりは奴の手柄を称賛するしかない。

 

「間一髪でしたね」

「ああ」

「まさか例の問題児があのような動きを」

「苦笑する他ないな」

「まったくです」

 

 模擬戦終了の発砲音を聞きながら眼下の彼らを見下ろす。ついつい五年前を思い出し少しだけ身震いを起こした。カイル・ロード。奴が問題児だったのは周知の事実だが、それは単純に弱かったとか不真面目だったなどではない。

 その内の一つの理由がこれだ。異常な程卓越した立体機動術、それもやる気ある時だけ限定の。

 

 普段はあのほうけた面なので同期のほとんどが知る由もないことだが。熟練になればなるほどよりその異常さがわかるのだ。これは私見であるから断定はできないが、奴の異様な強さは極端な恐怖心からきているものではないかと考えている。臆病なくせに逃げるのではなく、猛スピードで直進して薙ぎ払う。

 非常に矛盾してはいるが、しかしそれが純粋な強さへと繋がっているのだからやはりあの男はよくわからない。

 何故あれほど偏り、不安定なのか。あのような問題児は後にも先にもこれっきりにしてもらいたいものだ。

 

「撤収だ。皆下へ集まれ」

 

 

 

 





あとがき。
久々に来てみたらお気に入りとか感想とかが入っていて驚きました。拙い部分が多すぎて恐縮ですが、ほんとに嬉しいですありがとうございます

宿題はんぱね。作者は世の学生たち全てを尊敬する。マジはんぱねっ。
とりあえず更新は月二、三になりそうな予感。

ほんと、朝の通学通勤時や勉強、仕事の息抜きにでもしてもらえたら幸いですね。
長々と失礼しました。

群像の物語まだまだ続くよ〜

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