群像の物語   作:ねくら

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02 窮地

 

 

 まずは一体。

 

 10メートル級のうなじを刈り取った俺は、休むことなく倒れようとしている巨人の頭部を蹴る。

重力に従いながら落下、斜め右にいる奴の腹にアンカーを打ち込む。

 ぐいと体が斜めに急降下。それを追い目の前の巨人がこちらへ手を振りかざしてきた。

 

 

 一秒にも満たない短い時間の中、死という単語が脳裏を掠める。血の気の引く思いを味わい、しかしそこで迷妄を捨て去ることができた自分を褒めてやりたい。

 

 

「この野郎…!」

 

 

 目一杯上半身を捻りながらガスを使い軌道を一つ上へ。噴かした際の通気音を聞き流しながら、ひたすらバランスを取る事に徹する。

 そして次の瞬間轟音と共に数秒前までいた場所を、太い腕が通過していった。

 

 危機一髪。

 

 冷や汗を額に滲ませながら、過ぎ行く巨人の腕に一瞬触れ手をつけ体勢を整える。

 一度空中で回転することになったが、狙いを定め降下するさ中そいつの両目に一線。

 

 悲鳴ともとれるうめき声をあげた巨人が目を覆う。数秒しばらくは動けないだろう。上へ遠くなっていく巨人から目を離し、アンカーを突き刺している巨人を見る。

 

 こちらは随分と肥満そうな体系だ。しかし見た目に反してかなり手を出してくる。

 

 

 ああ、恐い。

 

 今にも恐怖で体中の筋肉が硬直してしまいそうだ。本当に、憎々しい。

 

 お前ら巨人さえいなければ、今こうして怯むことも無かっただろうに。そもそも人類は狭い壁の中に逃げ込まなくてもよかったはずなのだ。

 あまりにも分かりやすい、力の差で全てが決まる世界。これほど残酷で無慈悲な世が他にあるというのなら、誰か教えてくれと叫びたいほどだ。

 

 

「それもこれも、全部、お前らのせいだ」

 

 

 自分のことは棚に上げておいてよく言う。吐き捨てた暴言に、今まで死んでいった仲間たちへの言い訳の気持ちが含まれていないとは言い切れないからだ。

 

 自分への嘲笑を浮かべながら、ワイヤーの巻き上げを即中止。俺の鼻のすぐ先を、巨人の手が擦り去っていく。

 

 それを最後まで見届けることなく視界の端に置きアンカーを巨人の方へ。脇腹から背中、肩甲骨へと遠心力を利用しながら駆け上がり、さらにアンカーを射出して飛び上がる。

 

 縦1メートル幅10センチという巨人の唯一の弱点へと刃を突き立てる。訓練で何度も何度も練習した巨人を殺すための剣。

 

 

 ……二体。

 

 

 うなじを切りとばすと力の抜けた巨人が倒れ始め、先ほど目を潰した奴を巻き込んで倒れる。こいつら力はあるが知性は無いに等しい。

 馬鹿で助かったというところか。

 

 それ好機と直りかけている目で俺を追うそいつに飛び乗り、同じくうなじを切りとばす。伏した巨人は的だ。そのためかなり容易かった。

 

 

 これで三体。

 

 次だ。

 

 

 恐すぎる程順調に行動できている。普通なら巨人に一人で立ち向かうなんて無謀な真似はしない。

 数人から数十人、多数で臨んで行く場面だ。

 

 立体機動装置での平地戦は明らかに不利であり、ましてや今は相手が複数。こんなの自殺しに行くようなもんだ。

 

 

 恐い。

 今この瞬間にも息をつけば手先が震え出しそうだ。

 

 恐い。

 無様に泣き叫んで、悲痛に頭を掻きむしり、耳を塞いで全てを否定していたい。本心は。

 

 だが、と俺はグリップを強く握り込む。

 

 今回だけは、何としてでも。班長や先輩の決断を無駄にさせないため、そして仲間を逃がすため。

 ここで手折られるわけにはいかないのだ。

 

 

 なんとか恐怖を抑え込みながら巨人のふくらはぎにアンカーを固定。そのまま次の標的へ緩い弧を描いていく最中、巨人の足の隙間から見えたそれに目を見開く。

 

 焦りのあまり俺は怒鳴っていた。

 

 

「馬鹿野郎!何故まだここにいるんだ!」

 

 

 トイールを含めた新兵がまだその場で立ち往生していたのだ。

 

 冗談ではない。班長や先輩ではないが、それでも彼らが撤退できるようにとなけなしの脆弱な勇気で巨人に挑んだのに。

 

 それに別の問題もある。

 ただでさえ今回の調査は巨人の襲来が多い。

 

 先がいつにも増してよめない状況の中、いつまたこんな風に巨人がやってくるかわからないのだ。今いる二体は俺に気を取られているからいいものの、新兵に気づいたら厄介だ。

 

 

「行くんだ!」

 

 

 その叫びではっとなったのかようやく動き出した新兵たち。その背を見送りつつ、俺はふと思った。

 

 今までたくさんの臆病風にふかれてきた。多くの仲間や同僚を失った。圧倒的力の差を前に、心を折ったこともあった。無理だと諦めて、地べたを這いずり回ったこともあった。

 

 何もできない自分が許せなくて。何もしようとしない自分に憤って。それでもひたすら求めてしまう"生きたい"という気持ち。

 

 そんなことを言う資格なんて、これっぽっちもないくせに。

 

 

 だけど。

 

 もし今日この日。彼らを逃すことこそが、俺の役目だったのだとしたら。

 

 後の兵団を支える兵士になるであろう彼らのために俺はここまで生かされたのではないか。

 もちろんこんなのは少しでも恐怖などの雑念から解放されたいがためのこじつけに過ぎない。

 

 それでも、と何か理由を望んでしまうのは。やはり俺がどうしようもない卑怯者だからなんだろうか。

 

 

 

 今日何度目かわからない自虐な笑みを浮かべ、そして失念する。

 巨人相手に、良いも悪いも余計なことを考えてる暇なんぞないのだということ。

 

 つまりのところ完全な油断だった。

 

 

 ふくらはぎにアンカーを打ち込んでいた奴とは別の女体の巨人が口を大きく開けながら俺に迫って来る。

 

 後ろの巨人ごと俺を喰う気か…!

 

 

 突然のことに反応が遅れ、思考が鈍る。弛緩する頭を心の中で叱咤しながら急いでトリガーを引くがきっと間に合わない。

 

 死ぬ…死、ぬ…死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!

 死にたくない…!

 

 

 俺は咄嗟に左の剣を巨人に突き刺す。体をやや右ひねりで反転させ、そのまま刃だけをそこに残しそれを蹴る。

 

 体が浮遊し、迫る巨人はもう一体のふくらはぎにしゃぶりついた。

 鼓膜を震わすうめき声があげられる。

 

 そして俺はといえば、大口へのダイブは回避できたものの完全に無傷にとはいかなかった。

 

 体勢を崩したまま、女体の巨人の頭部に強く右半身を打ちつけてしまう。嫌な音が聞こえた気がするが、今は気にしていられない。

 そのまま空中へ放り出された。

 

 

「うぎ…っ」

 

 

 息ができない。今の衝撃で肺の中の空気が根こそぎ吐き出されてしまった。

 激しい吐き気を催しながら急いで右のトリガーを引く。

 

 が、反応がなかった。

 

 焦り、見てみると右の立体機動装置に大きな凹みができている。

 さっきの頭部を転がった時にやってしまったようだ。

 

 これは…今度こそ本当に。

 

 

「死ぬな」

 

 

 咄嗟な涙は出ない。そんなものを流すほど何かを成してきたわけでもなく。

 

 心のどこかで似合いの末路だと思っている自分がいるというのも大きかったのかもしれない。

 

 

 

 

 遠のく空は憎たらしいほど真っ青で。どこまでも自由で。

 俺の制服にある翼とはえらく違う自由さがあるもんだ。

 

 

 トイールたちはしっかり本隊と合流できただろうか。

 

 班長や先輩たちは…あの後離脱できたのだろうか。

 

 

 俗にいう走馬灯をこの身で体験しながらゆっくりゆっくり俺の体は落ちて行く。このまま地面に打ちつけられれば致命傷になるのは避けられない。

 

 こうして俺という存在は巨人に、この世界に、敗北してゆくのだ。

 

 

 体全体を諦めによって支配されていく。やたらに右脇が痛むが、最早どうでもいい。

 死ぬ。

 

 

 

「お、あっ…ああああああああああああ!!」

 

 

 

 死ぬ。

 腕を目一杯振り上げる。

 

 死ぬ。

 右は駄目だがまだ左がある。

 

 死ぬ。

 一本のアンカーを、女体に突っ込まれて仰け反る巨人の脇腹へ固定する。

 

 死ぬ。

 不安定ながら落下のスピードを軽減し。

 

 だけど、生きたい。

 地面すれすれでトリガーを引き受け身を取って転がる。

 

 

 

 致命的落下は防いだものの、全身を打ちつけ意識朦朧となる。それでもすぐに起き上がりこちらへ視線を移す巨人たちに背を向け、口笛を吹きながら走り出す。

 

 来てくれ!ここで来なければ本当に終わっちまう。

 

 

 



 後ろでもつれ合う巨人たちが起き上がると同時に、笛の音を聞きやってきた馬に股がるとすぐに走らせる。追ってはきているが調査兵団の速馬には届かない。

 どんどん遠のいて行く二体の巨人を確認し、ようやく安堵の息をついた。

 

 その反動のように途端に体が震え出す。なんとか死なずには済んだが、涙がこぼれそうな今の自分に苦笑してしまう。

 本当に。なんて自分は脆いのだろうか、と。

 

 

「いつつ…」

 

 

 地面に体を打ちつけたとき石か何かで額を切ったらしい。気づけば顔の半分は血塗れ状態だった。

 どうやら随分と血を流しているらしい。

 

 段々と瞼が重くなっていくのを感じる。

 

 まだだ、まだ。こんなとこで止まればせっかく窮地を脱したのに意味がなくなってしまう。

 巨人に喰われる最期なんぞクソ食らえだ。死にたくはない。

 

 生きるために。

 

 眠るな、目を閉じるな。

 

 

「ほんと…。どこまで俺って意気地なしなんだか…」

 

 

 それを最後に俺の意識は途絶える事になる。

 

 意識が飛ぶほんの一瞬。遥か先に隊列を組んで移動する一団を見たのが、どうか夢ではありませんようにと祈りながら。

 

 

 




小説書くのって難しい…

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