戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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彼の名は、宿命のライバル
またの名を勝ったことのない強敵です


2

 ノイズは姿形が同じでも、同じ個体であることはまずない。

 この世界に出現した時点で全てが時間経過による自壊の運命にあるからだ。

 例え別々の日に全く同じ姿のノイズを目にしたとしても、それは同型のノイズでしかなく、ノイズが個体の連続性を維持することはまずありえない。

 

 ゆえに、"そのノイズ"は一度も人の世界に現れたことのない個体だった。

 その日に初めて世界に降りて来た個体だった。

 全てのノイズに仕込まれている殺戮のプログラムに従い、それは至極当たり前のように人を殺すために動き始め、攻撃を開始する。

 

 戦いの果てに。

 そのノイズは、自分に立ち向かう一人の少年と相対した。

 心無き災害は気付けない。

 その少年が、他のノイズに向ける視線とは少しだけ違う視線を、自分に向けていることに。

 

 唯一無二の個体という概念を持たないノイズには、気付けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話:シンフォギアVSノイズ 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズとの実戦を執り行う、シンフォギア最後の実験。

 ここで問題となることがある。

 他の機材や道具はいくらでも用意できるが、ノイズを用意することはできないということだ。

 まさか生け捕りにするわけにもいくまい。そして町中で実験というのも論外だ。

 必然的に、郊外でのノイズの出現を待ち、自壊を始める前にシンフォギアを送り届け、戦闘を開始するという方法を選ぶしかない。

 

 その機会は、意外と早く訪れた。

 確率で言えば奇跡的と言っていいくらいに早く。

 出来るだけ長くシンフォギアを調整できる時間が欲しかった二課からすれば、最悪と言っていいくらいに早く。

 具体的には、実験に向けて二課が基本方針を決めてから二週間後のことだった。

 二課はいつものようにその場所で、銃を手にしてノイズに立ち向かう。

 

「どう、ノイズの位置は? ゼファー君」

 

「いい感じです。ですがあと数分もすれば、死者が出始めますよ」

 

「分かったわ、こっちも急がせましょ」

 

 了子が問い、ゼファーが答える。

 二課の部隊がノイズとの戦闘を行う中、ゼファーと了子を含む数人の二課の人員は指揮車に乗り込み、実験の指揮をとる司令塔として各種モニターに目を光らせていた。

 

 人がほとんど居ない土地にノイズが出現したとの報が届いたその日、二課の部隊はいつものように出撃し、現地民を避難させる。

 しかしそこからノイズの進路を誘導する段階において、いつもとは違う動きを見せた。

 人口密集地の反対方向に誘導する動きではなく、自壊までの時間を稼ぐ動きでもなく、その場にノイズを留めるよう動いたのである。

 全てはシンフォギアの実戦データを取りやすくするためのお膳立てだ。

 そんな彼らを、指揮車の中の頭脳が手足のように操っている。

 

「ノイズの数も比較的少ないです。そこは不幸中の幸いですよ、リョーコさん」

 

「あらあらあら、私達の日頃の行いが良かったのかしら?」

 

 ゼファーの感知網(A R M)が、彼にノイズの総数と位置を伝えてくれる。

 これが現地で戦う部隊の安全性をぐっと高めていた。

 加え、二課のオペレーター陣の中から選ばれた友里あおいを始めとする援軍、了子を始めとする研究班のブレインの徹底した事前の想定により、予想以上に順調に事を運ぶことができていた。

 個人の異能に集合知が合わさり、掴み取ることができた状況の優位。

 それを、指揮車の上に立つ風鳴翼は噛み締める。

 

『行けるか、ツバサ』

 

「ええ、絶好調なくらい」

 

 通信機越しにゼファーが声をかけると、緊張しすぎてもいない、されど緩みすぎてもいない、そんな翼の声が返って来る。

 向かい風が、彼女の長い髪を揺らしていた。

 車の速度が生む強い風に真っ向からぶつかり、切り裂く彼女は体そのものが風切り羽になっているかのようだ。

 ペンダント(シンフォギア)を指先で一撫でし、彼女は『歌う』。

 

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)

 

 耳に煩い風音を無視し、集音マイクとしての機能をも持つペンダントが、翼の歌を取り込んだ。

 翼の声の波動、聖遺物の波動が共鳴、聖遺物が励起状態へと移行する。

 するとペンダントが制御されたエネルギーに変換され、『変身』が始まり、シンフォギアの装着プロセスが開始された。

 

 分解され、格納される翼の衣服。

 それと同時にエネルギーに分解された聖遺物が翼の全身を這い、服にして鎧となる鎧装を構築、彼女の命を守るアンチノイズプロテクターを形成。

 天才・櫻井了子の発案により現実となった『バナッハ・タルスキーのパラドックス』の応用により、手の平に乗るサイズであったペンダントが、翼の全身を覆う鎧に再構築された。

 髪色に合う青を基調とした色合いが青空のようで美しい、そんな姿。

 

 この水色と青色が、風鳴翼の纏うシンフォギアの力の形。

 

「日出づる国の防人、風鳴翼……推して参る!」

 

 向かい風を切り裂いて、翼はノイズが群れる戦場の渦中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 天羽々斬という剣は、伝承によればスサノオという男がヤマタノオロチという竜を退治するために使った剣であるという。

 スサノオはヤマタノオロチの生贄に捧げられそうになっていた少女、クシナダヒメを救うため、酒で酔わせたオロチを天羽々斬で切り刻み、その時尾の中から現れた太刀こそが天皇の皇権を象徴する三種の神器の一つとなった……そんなエピソードに登場する剣だ。

 

 聖遺物と先史文明時代の歴史解釈が進んだ現代では、これには二つの解釈がある。

 実在したとされる『巨大な竜』を倒すために、聖遺物天羽々斬を用いてあの手この手で戦った実在の人物、スサノオの武勇伝が語り継がれていたという説。

 それと、聖遺物や先史文明の研究が進んでいなかった頃からあった、ヤマタノオロチを洪水等の水害、クシナダヒメを稲田、スサノオを洪水対策等の治水を行った人物と見る、という説だ。

 後者は伝承や神話などによくある、語り継がれる内に事実が神話に変貌してしまったものなのだという解釈である。

 そして聖遺物・天羽々斬を研究していた研究チームの歴史担当の人物は、「どちらの説もあり得る」という結論を出した。

 

 天羽々斬は現実に使われた形跡もあり、かつ神話に語られる性質も持っていたからだ。

 それが『災害切り』である。

 

「はぁっ!」

 

 飛び出した翼が、ノイズに向かって出現させた己の剣、剣のアームドギアを力強く振るう。

 すれ違いざまに一閃、二閃。

 ただそれだけで、かつて熟練の兵士達が、ゼファーがさんざんに苦戦させられてきたノイズの体が、次々と切り分けられていく。

 翼のシンフォギアに搭載された通信機能越しに、人類が待ち望んでやまなかった光景に、歓声を上げる二課の大人達の声が彼女の耳に届いていた。

 その光景を、ノイズに人間が真正面から打ち勝つ光景を、人はどれほど夢見たことか。

 翼は再度シンフォギアに唸りを上げさせ、敵ノイズへと向かっていく。

 

 『災害切り』とは言っても、そこまで大したものでも、特殊能力というわけでもない。

 ただ単に、聖遺物の持つ方向性の問題だ。

 聖遺物はその性質に沿った使い方をすることで、最も効率よくその力を引き出すことが出来る。

 弓の聖遺物ならば弓、あるいはそこから派生して飛び道具。

 槍の聖遺物ならば槍、あるいは突き出す破壊の武器。

 シンフォギアが生成するアームドギアや使う技の方向性は、元となったそれぞれの聖遺物の属性に由来する。

 

 しからば天羽々斬は?

 剣にして、水の災害の象徴を切った逸話を持つこの聖遺物は、それと関係があるのかどうかは別として、災害と斬撃という性質を持つ。

 翼がシンフォギアの扱いに慣れていけば、いずれは風を制御しての高い機動性の獲得や、炎の属性を剣に付加しての斬撃も可能となるだろう。

 天羽々斬に高速移動の逸話はない。炎を操った記述もない。

 だが、嵐も火災も災害の一種。つまりはそういうことだ。

 小難しい理屈で考えなくとも、"天羽々斬という聖遺物にはそういう方向性がある"で済むことかもしれないが。

 

 現段階ですら翼は自身にかかる空気抵抗を制御し、流れるような剣閃を魅せている。

 認定特異災害、ノイズ。

 そのノイズに対抗すべくシンフォギアが開発されたきっかけとなった聖遺物、最初にシンフォギアに加工された聖遺物が『災害を切った』逸話を持つ天羽々斬であったのは、何の因果か。

 それを手にしたのがかつて姫のために災厄を討ったスサノオと同じく、力なき人々を守るために剣を取った防人であったのは、本当に数奇な巡り合わせだ。

 あるいは、運命か。

 

 人が居る。

 人を脅かす恐ろしい災害がある。

 人は災害を鎮める天敵となる何かを生み出そうとする。

 人類史の中で幾度と無く繰り返されてきたサイクルが、今ノイズすらも飲み込まんとしていた。

 

「っ」

 

 しかし、ノイズはそうそう一筋縄でいく相手ではないらしい。

 全てのノイズを速攻で切り捨てようとした翼だが、空からドリル状に変形して降って来た鳥型のノイズの雨に、足を止めて後ろに飛ぶ。

 一瞬前まで翼が居た場所の地面を、凶悪な威力と速度によるドリル攻撃が抉り、あまりの数が一斉に一箇所に集中したことで、火薬が爆発したかのように地面がめくり上げられた。

 続いて幾多のノイズが集中攻撃を浴びせるものの、翼は華麗な連続バク転で全ての攻撃をかわしていく。そして攻撃が途切れた瞬間に前に出て、またノイズを一体切り捨てた。

 

(凄い……天羽々斬のおかげか、体が凄く軽い。

 アームドギアも、あんなに恐ろしかったノイズをまるで豆腐みたいに切れる。

 行ける……シンフォギアは、ノイズを倒せる。力なき人を守る剣になれる!)

 

 下から切り上げ、カエルに似たノイズを真っ二つに断ち切る翼。

 頭上に振り上がった剣をそのままに背後に振り向き、背中に迫っていたノイズにノータイムで剣を振り下ろした。

 ドリル状に変形し迫っていた鳥型が、一息の間に真っ二つにされる。

 しかし流石にドリルを刀で真っ二つにするのは無理があったのか、手元に相当な衝撃と振動が伝わってしまったようで、翼は後ろに跳びつつ痺れた手を剣から離し、軽く振っていた。

 

(まだ行ける。まだ高められる。まだ変えられる。

 手に慣れた日本刀のサイズのアームドギアはノイズ相手にはそぐわない。

 ノイズ相手なら一撃離脱で十分やれる。

 人相手のように隙を無くしたスタイルである必要はない。

 もっと、人を斬る刀ではなく、怪物を断つ神話の世界の大仰な剣のような―――)

 

 今、翼は自分の手に最も馴染む日本刀を模したアームドギアを作り上げている。

 天羽々斬の適性は剣。剣であれば、どんなアームドギアでもいい。

 翼は戦う内に気付いたのだ。

 ノイズと戦うならば、自分が手にするべき剣は人と戦うために作られた武器ではなく、怪物を両断する尋常でない剣であるべきなのだと。

 その剣を作る力も、扱う力も、今は彼女の手の中にある。

 

「大きな、剣をッ!」

 

 翼が歌を一時中断し、腹の底から声を出す。

 息を整え歌を止めた一瞬でイメージを固め、再開した歌で高めたフォニックゲインを一点集中。

 歌が聖遺物より引き出したエネルギーを、武器の形に固定する。

 そうして出来上がったのは、異様に大きな剣だった。

 

 翼の身長より大きいだとか、そういうレベルではない。

 馬を両断する斬馬刀だとか、そういうレベルでもない。

 幅0.5m、全長3mはあろうかという巨大剣。

 サイズと重量で言えば建築に使われる鉄骨と比べても遜色ない、そんな馬鹿デカい武器だった。

 

「『蒼ノ一閃』」

 

 そんな巨剣を、翼は軽々と振り回し、振り下ろす。

 すると高められたフォニックゲインが刀身に集約され、青い光の一閃となって放たれた。

 青い光刃は途方もない大きさ、威力、速度をもって一直線に飛んで行き、その射線上に居た数体のノイズを巻き込んで消し飛ばす。

 シンフォギアの力を引き出す歌を歌いつつ、翼は振り下ろした剣をくるりと半円の軌跡を描きつつ肩口に再度構え、今度は左から右へと薙ぎ払う。

 

「―――、―――、―――♪」

 

 歌えば歌うほど強くなる。

 心強ければ強くなる。

 意思の在り方でどこまでも進化する。

 それが、シンフォギアだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターに表示される計測値は、全て良好な数字を示している。

 指揮車の中でオペレーターと研究者によって構成されたこの実験の司令塔は、順調に進んでいる実験から各種データをかき集め、かつ些細な異常も見逃さないよう警戒していた。

 

「シンフォギア稼働率、平均値を維持しています」

「処理容量、今の『蒼ノ一閃』は瞬間占有率約30%と計測されました」

「総合計測終了。ここまでメインメモリの余裕は五割を切っていないようです」

「調律機能、正常作動を確認。位相差障壁の完全無効化を確認」

「バリアコーティング正常に稼働。風鳴翼周囲の炭素転換率、いまだ0%を維持」

 

 皆が順繰りに報告してくる内容に、櫻井了子は満足気に頷く。

 その隣で一心不乱に皆の発言を全て紙に書き留めていくゼファー。

 風鳴弦十郎という最強戦力が実験に参加できなかったことは、今回の件が政治的な動きによってなされたことであることから分かりきっていたことだったが、現状は最高の流れと言っていい。

 もし弦十郎が居たとしても、仕事はなかっただろうと思わされるくらいには。

 

「よし、よし、いい感じね」

 

「残りノイズの数も半分くらいです、リョーコさん。このまま行けば……」

 

 ゼファーの顔に浮かんでいたのは、驚愕と羨望。

 誰もが敵わなかったノイズをものともせず、羽虫のように蹴散らしていく翼の戦いぶり。

 それを肌身に感じ取り、ゼファーは拳を壊れそうなほどに強く握る。

 心の奥で、くすぶる炎の熱。

 誰もが消えた、彼は完全に乗り越えたと思っていた、ゼファーの中の復讐の炎。

 それが翼の戦いを見る中で、ゼファーの中で少しづつ熱を取り戻し始めていた。

 

 それはゼファーがシンフォギアを見ることで、無自覚に『セレナ』という自分の命よりも大切に思っていた一人の少女のことを、思い出していたからなのかもしれない。

 ゼファーがかつて失った記憶を、この国で一つ一つ取り戻し、別の形の心を組み上げていこうとする過程は、ここに来て良い面だけではなく悪い面も見せ始めていた。

 そして"人ではとても敵わない災厄のような敵"が、それよりも更に大きな力によって打ち倒されていく光景が、ゼファーの目に映る。

 『大切な人を殺した仇』、『ノイズ』、『銀色の騎士』。

 ゼファーの視界の中で、翼によって打ち倒されている相手が幾つもの姿にゆらぎ、重なり、混ぜこぜになって行く。

 

(そうだ、俺だって、俺だって、あの頃は、あんなに―――)

 

 胸の奥から何かが湧き上がる感覚に、不可思議で嫌な感じの焔が湧いて出てくるような感覚に、彼が呑まれそうになったその瞬間。

 

―――お前、もうとっくに復讐者じゃないだろうがッ!

 

 天羽奏に叩き付けられた過去の叫びが、ゼファーを正気に引き戻した。

 

「―――」

 

「ん? どしたのかしら、ゼファーくん」

 

「あ、いえ、なんでもありません」

 

 今、自分は何を考えていたのか。何か変な感じがした、とゼファーは不思議に思う。

 しかしこの状況でそんなことに割ける余分な思考はないと、(かぶり)を振って意識を目の前の戦場へと戻す。

 

「ん?」

 

 それと同時に、ゼファーのActive Radar Musicに、妙な反応が引っかかった。

 

 

 

 

 

 翼はそれを察することも、避けることも出来なかった。

 完璧なタイミングでの、完全な奇襲。

 12の球体が彼女の頭上より落下し、彼女を包囲。

 

(! これは、何か、マズ―――)

 

 それらが同時に爆発し、翼は避ける間もなく防御を余儀なくされた。

 

「くっ……!」

 

 避けられぬと見るやすぐさま音楽の障壁(バリアコーティング)を全力展開。

 腹へのパンチを受け止めるため、息を止めて腹筋に力を入れるようなものだが、シンフォギアの機能でそれを行うならば十分に防御として機能する。

 翼の圧倒的な技量が見せたアドリブとは思えないほどに、見事な防御だった。

 しかし、爆発の破壊力はそれをも上回る。

 

 12の爆弾は同時に、翼を360°囲む計算された位置で爆発した。

 爆発というものは全方位に広がっていくものだが、こうして一箇所を囲むように複数個の爆弾が同時に爆発すると、中心点は爆風に圧潰されてしまう。

 鉄パイプに爆薬を詰めて爆発させる、パイプ爆弾に近いか。

 この場合は爆風を圧縮させ破壊力を倍増させるパイプの役目と、爆風を発生させる火薬の役目を同時に球体が果たすこととなる。

 火薬をそのまま爆発させるより、ビンの中で爆発させたほうが威力は高くなる。

 つまりはそういうことだ。

 

 翼はメタルジェットのそれを上回りかねない圧力を産んだ同時爆発の一点集中を受け、周囲を囲む爆弾がなかった方向、つまりは頭上に吹き飛ばされた。

 ユゴニオ弾性限界など存在しないシンフォギアの装甲は彼女の命を守り、バリアコーティングがそのダメージの大半を大気に散らす。

 翼は衝撃で一瞬意識が飛びかけたが何とかこらえ、空中で歯を食いしばり、体勢を立て直した。

 

(今の爆発は、一体どこから!?)

 

 ノイズが着地の瞬間を狙ってこないことを確認しつつ、翼は着地。

 周囲のノイズの姿を一体一体確認し、今の攻撃を行ってきた敵を確認しようとする。

 だが、首を回しつつ立ち上がろうとした、まさにその時。

 

「……え?」

 

 巨大化した剣があまりにも重すぎて、翼はそれを取り落としてしまった。

 いや、剣だけではない。

 肌に張り付く服も、その上に展開している硬い装甲も、鉛のように重い。

 重いだけではなく、時間経過でどんどん重くなっていく。

 

「ギアが……馴染まない……!?」

 

 すかさず先ほどまで使っていた日本刀サイズのアームドギアを形成する翼だが、それすらも重く形成と同時に地面に突き刺してしまった。

 それどころかアームドギアの形成でギア全体が更に重くなってしまい、立っていることすら辛くなる。今の翼はアームドギアを杖代わりにして、何とか立てている状態だった。

 

 両手両足、胴体や剣先に自転車が何台も括りつけられているかのような重み。

 ただ重いだけではなく、動かすと更に変な負荷が発生してしまい、重さに加えて変なブレが発生してしまっている。

 パワーアシストに使われている力場の干渉が異常を起こしているのだろう。

 この『ギアが拘束具になっているような感覚』に、翼は覚えがあった。

 かつてゼファーの援護のためにバリアコーティング機能以外の全ての機能をカットした、機能のほとんどが動いていないシンフォギアの感覚そのものだった。

 

「まさか、ギアの機能が停止しているの!?」

 

 爆発により引き起こされた、シンフォギアの機能異常。

 立っているだけで精一杯の翼を囲むように、ノイズの群れが押し寄せる。

 その中に一体、一際目立つノイズの姿があった。

 

「! その姿、まさか……!」

 

 翼は、その姿を知っている。

 ゼファーはフィフス・ヴァンガードに居た頃は絶望的に絵のセンスがなかった。

 F.I.S.で子供達のために絵や絵本を書いてやるようになり、努力し、最終的には誰かの武器のデザインを考えられる程度には、その技術は向上していた。

 そんな彼が、翼のために手製のイラスト付きでノイズの解説をしてやったことがある。

 翼の目に映ったノイズは、その時ゼファーが『危険なノイズ』として名を挙げたものの一つだった。

 

 翼は気付く。

 そのノイズが、自分のギアを爆撃し、機能不全に陥らせたのだと。

 翼が凝視するのとは対照的に、そのノイズは何かを見つけた様子で跳び去って行く。

 追おうと一歩を踏み出す翼だが、そんな彼女の行く手を阻むように、無数のノイズが群がって来た。

 

 打つ手無しの、絶体絶命だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天羽々斬、主要機能軒並みシステムダウン!」

「再起動かけられません! 戦闘中に全機能を停止すれば最悪の可能性があります!」

「不具合は適合率の低下によるものではありません! バックファイアは軽減できています!」

「生命維持機能正常に作動! バリアコーティング、一部機能誤作動!」

「調律機能がほとんど動いていません! 通信機能、今落ちました!」

 

 互いが互いの言葉で押し合い圧し合いしているようで、その実ちゃんと聞こえるタイミングで各々声に出している、そんなうるさい指揮車の中。

 櫻井了子は、自分の大失敗を悟っていた。

 

「『処理落ち』だわ」

 

 メガネを外し、顔を片手で覆う了子。

 彼女を始めとする研究者の面々には、今起きているシンフォギアの不具合の原因はすぐに理解できた。自分達が理論を優先して考える研究畑の人間だから起こしてしまった、無駄なく美しく構成したシンフォギアだからこそ起こしてしまった不具合。

 それは爆発によりシンフォギアの防御機能が過度の演算を行い、シンフォギアが処理能力の限界を自分自身の機能で超えてしまったという、『処理落ち』という名の不具合だった。

 

「翼ちゃんのためにシステムに凝り過ぎた、ってことね……」

 

 簡単な話だ。

 大きなデータを処理するプログラムを動かした結果、処理落ちが発生しメインシステムにまで致命的な遅延が発生してしまったという、そんなありきたりな不具合。

 今回、その原因は櫻井了子を初めとする開発者達が想定すらしていなかった、そんな規格外の大火力による攻撃だった。

 

 研究者達は、翼の命を守るためにシステムを凝りに凝った。

 それがアダとなってしまったのだ。

 翼にかかるダメージを装甲の強度だけではなく、バリアコーティングによるシステム的補助で軽減しようとするシステムが、過度に稼働してしまった。

 必要以上にダメージを軽減し、小さなダメージベクトルまで消そうと躍起になって動いたプログラムは、システム面で過剰な負荷を発生させシウテムダウンを引き起こしてしまう。

 今のシンフォギアはそれにより発生した小さなバグが幾重にも発生し、システム内でループがいくつも生まれ、まともに動いていないという最悪の状態。

 

 つまり、翼を守ろうと繊細に精密に詰め込み過ぎたせいで起こった不具合が、逆に翼の身を危険に晒しているという、最悪に皮肉な状態になってしまっていたのだ。

 開発者達は少しは適当に、余裕を持たせて作っておくべきだった。

 薄型の最新型テレビよりも、旧型の中身スッカスカのテレビの方が、落とした時は壊れにくい。銃も設計に余裕があった方が壊れにくく信頼できる。つまりはそういうことだ。

 繊細過ぎる作りになっていた結果こうなってしまったのだから、議論の余地もない。

 

 敵ノイズが予想をはるかに超える火力で攻めて来た、という不運はあった。

 しかしそれもいつかは発覚した不具合だ。

 本来ならば実験の段階でその不具合が発覚したことを喜び、すぐに対策を取るべきなのだが……

 

「前線部隊、風鳴翼に近寄れません!」

「新規ノイズ出現の報告! 数が、また増えて……!」

「シンフォギア・天羽々斬、通信機能再起動しません!」

「何故、ノイズが増えてるんだ!?」

 

「落ち着いて下さい。ノイズの出現時間のズレは、たまにですがよくあることです。

 自壊完了までのタイマーをリセットして下さい。どうやら、長引きそうですよ」

 

 慌てる研究者達をなだめて回るゼファー。

 彼もしきりに心配そうに翼の方に意識を向けているが、人は周りが慌てふためけば相対的に落ち着くというものだ。

 何より、ゼファーはこの場で一人だけ命がけの修羅場での経験がダンチである。

 一人落ち着いている人間が諭して回ることで、指揮車の中はほどなく落ち着きを取り戻した。

 

「櫻井女史、どうしますか?」

「そうか、天才・櫻井了子なら……!」

「この状況を打開できる案を、きっと!」

 

 指揮車に詰めている二課のオペレーター、研究者達は一人残らず櫻井了子を信頼している。

 何しろ、シンフォギアはそもそも彼女が発案し、彼女が開発を続けたもの。

 つまり風鳴機関が二課となり、今の在り方を始めるようになったのは彼女のおかげだ。

 彼女が居なければ、そもそも二課はない。

 風鳴弦十郎、櫻井了子の二人は、二課で最も信頼され尊敬される二本の大きな柱なのだ。

 

「……」

 

 しかし、了子は口を開かない。

 眼鏡を外した顔を片手で覆い、唇を噛んだままだ。

 

(天才、天才、天才・櫻井了子って……

 ええ、天才なら短期間でそつなく完璧な製品も仕上げられるでしょうよ。

 窮地でもすぐに何か思いつくに決まってる。だけど、私は、私は、私は……!)

 

 そんな彼女が案を考えているのだ、と信頼し待つ周囲の人間の中、ただ一人。

 ゼファーだけが、彼女の内心の焦燥を見抜いていた。

 それはこの場で彼だけが、『天才』というフィルターを通して彼女を見ていなかったから。

 彼にとって身の回りの大人は皆特別で、皆頼りになって……だからこそ、櫻井了子という女性を必要以上に特別扱いしていなかったからに、他ならない。

 

「……」

 

「落ち着いてください、リョーコさん」

 

 了子の顔を覆う片手の隙間から、彼女の目がゼファーの方に向く。

 

「天才とかそういうこと関係なしに、貴女は俺の中で頼りになる人です。

 頼りになる大人で、俺よりずっと頭のいい人です。だから、信じてます、貴女を」

 

「―――っ」

 

 それはまるで、姉を純粋に信じ頼る弟のようで。

 

「俺に指示を下さい。翼を助けるために、俺に何が出来ますか?」

 

 了子が一度指示を出せば、炎の中に身一つで突っ込み、無傷で帰って来る覚悟さえ決めている。

 そんな了子を信頼する少年の、彼女へ向けられた助けを求める声だった。

 

「……ええ、大丈夫よ。私の指示に従ってくれれば、翼ちゃんは必ず助けられるわ」

 

 了子は眼鏡を付け直し、微笑んで少年の頭を撫でる。

 その一幕が飄々としながらも頼り甲斐のある姉と、そんな姉を助ける働き者の弟のように見え、二課の面々は何故か説得力のある案を上げられるよりもずっと安心してしまった。

 彼女なら、彼なら、何かをやってくれると、そう思わせられた。

 

「車、止めて頂戴。オペレーターさん、待機中の支援車両03をここに呼んで」

 

「了解」

「了解です。こちらM01、S03へ。至急―――」

 

 了子の指示に従い指揮車は止まり、隠れて待機していた車両の一つが指揮車へと近づく。

 その間彼女は、戦場の状況全てに目を走らせていた。

 最初に発生したノイズは半分以上が翼によって壊滅。

 二次発生によりノイズの数は最初の5/8ほどにまで回復。

 その際に奇襲を受け前線の部隊は大混乱、今は立て直しの真っ最中。

 今翼救助のために動かせる駒は、今ここに居るゼファー・ウィンチェスターしか居ない。

 

 彼女は天才特有の、奇抜な発想で戦場をひっくり返すということはしなかった。

 ただただ堅実に、研究成果と信頼できる駒を定石通りに動かすことで対応しようとする。

 ゼファーを連れて指揮車を飛び出し、近くに止まった支援車両の中に飛び込んだ了子がここで切る手札こそ、彼女がちまちまと開発を続けてきた研究成果の一つ。

 

「覚えてる、ゼファー君? 前にした話。

 悪ノリ気味に立てられてた計画の、シンフォギアの支援機の話よ。

 シンフォギアと合体できるバイクと言えば、思い出さない?」

 

「はい、ちゃんと覚えていますけど……」

 

 戸惑うゼファーに目もくれず、了子は支援車両の中に格納されていたものの一つに歩み寄り、それにかけられていたカバーをがばっと引き剥がした。

 それを見た途端、ゼファーは瞠目する。

 

 黒の車体に銀のマフラー、青と白で彩られたカラーリング。

 洗練されたデザインの中にも力強さがある、格好良さと頑丈さを両立するフォルム。

 全体の色と形のバランスが飛び抜けていて、男ならば誰しも見るだけで魅了されてしまうであろう、男のロマンと女性のセンスの塊とでも言うべきバイク。

 そんな機体が、そこにあった。

 

「私達が作っていた、その試作機。かつシンフォギア支援機の完成機第一号。

 シンフォギアの長距離移動力を補う目的で作られた、『一部聖遺物技術を用いたバイク』。

 合体機能は未だ実装されてないけど、その分オミット予定の機能を多数搭載した鉄の騎馬」

 

 正式名称、T2T-001『ジャベリン』。

 シンフォギア支援機のための試作品として作られた、多目的戦闘用バイク。

 

「青の防人をその身一つで救いに行く、蒼の騎士になる気はあるかしら?」

 

 ウィンクをする了子が彼に新たに与える、蒼い槍。

 否、騎士の馬である。

 

「ツバサを必ず助けて、皆で生きて帰って来ます。必ず」

 

 彼女の問いに頷いたゼファーは、それに跨がり戦場に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズ達は、初めはなんだろうかと目をやるだけだった。

 しかしそれが人間だと理解した途端、一斉に攻撃を始める。

 蒼いバイクに跨った、黒い髪の年若き少年。

 彼はハンドル、クラッチ、アクセル、ブレーキ、ギアを用いて、最初の攻撃を見事に回避した。

 

「悪いが、今日は相手をしてやれる時間がねえんだ」

 

 彼に与えられた仕事は翼を連れ、この戦場を離脱すること。

 敵を打ち倒すことではない。しかしながら、この状況では戦闘は不可避だろう。

 ゼファーは迫る攻撃をブレーキを踏み、ハンドルを切り、バイクの側面を前に向けてバイクを倒しスライディングのように滑り込んで行く。

 そうしてスレスレで、自分の上を攻撃が取り過ぎていくのを見た。

 

「また今度機会があったら、じっくり相手してやるからよッ!」

 

 すぐさま車体を立て直し、アクセル、ギアチェンジ、加速。

 ハンドルから手を離し、両腕のスナップだけで左右に爆弾を投擲した。

 一瞬の滞空時間の後、爆音。

 

 ノイズは全てを透過するが、地面だけは別だ。

 地面まで位相差障壁で透過してしまえば地球の核まで落ちていってしまう。

 つまり、爆薬での地盤破壊は有効なのである。

 幼少期は使えなかったサイズの爆薬で地面に大穴を開け、ノイズの足止めをなしたゼファーは、更にバイクを加速させた。

 

(……ヤバいな、数が多い……!)

 

 ゼファーはノイズの位置を直感(ARM)で確認。

 このまま一直線に行ってもどうにもならないと見て、進行方向にある崖を確認。

 切り立った崖。斜度90°弱といったところだろうか。

 そんなただの壁のようなその場所を、ゼファーはバイクで駆け抜けた。

 

「……っ! ホントに、規格外な性能だ……!」

 

 斜度90°以下ならば、壁走りのようなことすら可能。

 それがこの、T2T-001『ジャベリン』に研究者達が気まぐれに付けた機能である。

 ゼファーは100km/hの速度を維持しつつ壁を走り、ノイズの集団を幾つかスルー。

 そして壁から跳躍し、まるでバイクで飛んでいるかのように跳び、一気に距離を稼ぐのだった。

 

「ッ!?」

 

 しかしそこに現れる、腕が刃物になっている人型ノイズ。

 待ち受けていたかのようなタイミングで、そのノイズは腕の刃を振った。

 ゼファーの首をすれ違いざまに切り飛ばさんとする、横一閃。

 

「っ、らぁッ!」

 

 ゼファーは瞬時にレバー横にあるボタンを押し、両足をシートの上で揃え、跳躍。

 バイクの上での大ジャンプを行い、その一閃を冷や汗をかきながら回避した。

 バイクが倒れるのではないか、という心配は無用。

 このバイク、全体に角度センサーとバランサーを搭載し、ボタンを一度押せば機能作動中は操作性と引き換えに絶対倒れることがないというオートバランサー機能を搭載している。

 それを知るゼファーは、空中で肩にかけていたアサルトライフルを全弾発射。

 30発の弾丸が攻撃直後の人型ノイズを襲い、その体を蜂の巣にするのだった。

 

 バイクの上に着地し、甲斐名のバイク指導の下で何度も何度も倒れることで得たバランス感覚を活かしてシートの上に直立、腰に吊っていたサブマシンガン二丁を両手に構え、左右に向ける。

 そしてバイクのシートの上に立ったまま、左右にサブマシンガン二丁を乱射した。

 左右から迫っていたオタマジャクシ型は、脆い部類のノイズであった。

 たまらずノイズ達は位相差障壁を強め、減速。

 バイクを挟み撃ちにすることができず、バイクの通過を許してしまう。

 

 ゼファーは最初から使い捨てるつもりだったサブマシンガン二丁を投げ捨て、バイクに再度跨ってオートバランサーを解除。

 自らの手で、更に戦場を奥深くへと突き進んでいく。

 バイクを教えてくれた甲斐名という一人の男に、心からの感謝を心中で述べながら。

 

(……!)

 

 だが、そのバイクの快進撃も今止まる。

 攻撃で物理的に止められたわけではない。

 ゼファーの前に、一体のノイズが立ち塞がっただけだ。

 普通のノイズならば翼を助けに行こうとするゼファーが止まるわけがない。

 

 だが、そのノイズだけは別だった。特別だった。

 そのノイズと顔を合わせた瞬間、ゼファーは翼のシンフォギアに二課の予想をはるかに超える威力の一撃を叩き込み、彼女を窮地に追いやったのが誰かを理解する。

 そのノイズならば、出来る。

 このノイズならば、出来なければおかしい。

 そんな確信が、ゼファーの中に生まれていた。

 

「また、お前か」

 

 紫の体色、幹と枝のような本体、その身体に付いている紫の球体。

 まるでフルーツのブドウのような、そんなノイズが単騎で立っていた。

 幾度と無く彼と戦った『ブドウ型ノイズ』が、そこに立ち塞がっていた。

 

「上等だ。……ここで、決着を付けてやるッ!」

 

 ゼファーがバイクのエンジンを吹かせ、アサルトライフルを構える。

 ブドウ型ノイズが全身にくっついていた爆撃球体を分離し、跳ぶ。

 

 過去とは比べ物にならないほど強くなったゼファー・ウィンチェスターと、ブドウ型ノイズ。

 

 宿命の殺し合いが、命を賭けた殺し合いが、始まった。

 

 

 


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