戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 『ガングニール』は、この作品で終始彼の最高の味方です
 会話が長々としてる気がしますが、地の文マジックのせいでかなり短時間で会話は終わってます。ウルトラマンの三分と同じ同じ

 難産が続いてたのでストレス解消に好きな作品に9点10点爆撃します(テロ予告)



第九話:Bloody Serenade

 ―――完全聖遺物。

 

 聖遺物は通常、欠片の状態で発見される。

 その状態でも十分すぎるほどのエネルギーを持ち、完全な状態で発見されることは極めて稀だ。

 損傷のない完全な状態の聖遺物は完全聖遺物と呼ばれ、それこそ次元違いの性能を有している。

 それこそ使い方次第では、月を一撃で砕くことも可能なほどに。

 

 F.I.S.には特殊な枠を除けば、五つの完全聖遺物が保有されている。

 しかしながら、その内四つが起動していない。

 簡単な話だ。どれがスイッチでどれが電源なのか全く分からないのである。

 バッテリーに何を溜めればいいのか、燃料は何を用意すればいいのか全く分からない。

 つまり、そういう話。

 機械的にこれらを安定起動させることは不可能、というのが学者間の定説であった。

 

 しかし今回、他の聖遺物を介し完全聖遺物に過剰なエネルギーを注ぎ込み、意図的に暴走させた後で安定させるという方式が提案されていた。

 これが成功すれば完全聖遺物の強制起動が技術的に確立……なんて、上手く行くはずもなく。

 暴走した完全聖遺物は出力的に不安定なまま、F.I.S.側の制御を一切受け付けず、暴走を継続したままそのエネルギーを膨れ上がらせていった。

 それはもはや、歩く核爆弾。

 星を抉る極大災厄にもなりうる最悪の事態であった。

 

 暴走した完全聖遺物の名は、『天より堕ちたる巨人・ネフィリム』。

 旧約聖書における、神の子と人の娘の間に生まれた巨人の名を戴く聖遺物である。

 ありとあらゆるエネルギー・聖遺物を体内に取り込み、そのエネルギーを規格外の転換比で増大させていく生きた増殖炉だ。

 地上の全ての食物を喰らい尽くし、その後ネフィリム同士で共食いを繰り返したという伝承の通り、悪食かつ暴食の意思あるモンスター。

 成長しきれば、伝承の通りに1350mの巨躯となり、一兆度の火炎を周囲に撒き散らす最強最悪の災害として、世界を滅ぼしてしまうだろう。

 

 生きる、守る、止めるだなんて段階の話ではなく。

 一歩間違えれば世界が終わる、世界の危機。人類存続の危機である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第九話:Bloody Serenade

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――以上です。現状は最悪と言っていいでしょう」

 

 

 ネフィリムの説明と現在の状態の解説を終えたナスターシャが、そう締めくくる。

 椅子に座る彼女の周りには、四人の男女が立っている。

 ナスターシャが招集をかけたマリア、セレナ、ウェルに、ウェルが連れて来たゼファーだ。

 彼女はウェルに何故連れて来たのかと目で非難したが、問答の時間も惜しかったのかすぐさまゼファーも含めた全員に現状の説明をする。

 物を知らないゼファーでも、最悪の事態というのは理解できていた。

 辺りを走り回っている研究員達の焦った様子からも、現状は伝わってくる。

 

 

「ネフィリムは保管されている他の聖遺物を喰らうため、ここに一直線に向かってくるでしょう。

 移送の準備はしていますが……最悪の場合、地上で追いつかれて全て食されかねない」

 

 

 ナスターシャは語る。

 ネフィリムは現在、励起直後の幼年期を終え、成長期にあると。

 この状態で聖遺物を得て出力的に安定してしまうと、現行の兵器では歯が立たないと言う。

 完全体、あるいはそのまま成長を終えた伝承の究極体(ラギュ・オ・ラギュラ)になってしまえば、人類の滅びの可能性すらあると言う。

 彼女自身、その可能性はそこまで高くはないと言っているが、それでも無視できない可能性であるとも言っている。

 

 ゼファーは先程までネフィリムが居たという、透明な壁の向こうの実験室を覗く。

 実験室の壁や計測機器の一部は融解し、金属製の隔壁に人のものとは思えない拳の跡がある。

 だが、そこにはもうネフィリムは居ない。

 その実験室には床がなく、代わりに奈落の底まで続く深い穴が広がっていた。

 

 

「だからって、あそこに落としたら……!」

 

「……苦渋の決断です。理解なさい、マリア。

 最下層の方が隔壁は厚く、かつ対処設備も充実しています」

 

 

 この施設は円筒状の26階層構造に色々生やしたような構造となっている。

 地下26階から地下21階までは子供達も自由に行き来できる居住スペース、地下20階から地下11階までは聖遺物も保管されている実験区画、それより上は研究者の居住区も含めたその他全てだ。

 そして全ての階層に、床と天井を開閉できる中央実験室がある。

 中央実験室は、構図としては竹のようなものだ。

 大雑把に、仕切りの付いた筒のような構造が中心部分に存在すると思えばいい。

 

 それら全てを開けばこのように、ネフィリムをすとーんと最下層まで落とすことも可能。

 26階分の距離を上がってくるには時間もかかる。

 一分一秒を争う現状では、その時間は値千金となるだろう。

 いい対処であったと言っていい。……最下層は、子供達の居住区である、という一点を除けば。

 

 

「先生、子供達の避難状況は?」

 

「八割がた終わっていません」

 

 

 ナスターシャの制止を聞かず最下層に落とした研究者が居なければ、この対処が取られることはなかったかもしれない。

 それほどまでに、前提とする犠牲が多すぎた。

 目を細めるゼファー、驚愕するマリアとセレナ、顔をしかめるナスターシャ。

 彼らの反応も至極当然。

 

 

「なるほど、数百の囮兼肉盾ですか。策としては悪くない」

 

「ドクターッ!」

 

「おお、こわいこわい」

 

 

 この施設は脱走防止、及び聖遺物の暴走による爆発の影響を地上部までもたらさないため、子供達の居住区が最下層、研究区画が中層という構造になっている。

 必然、最下層に危険な怪物が落ちたならば、子供達に危険が及ぶ。

 数百人の子供を取り纏めて26階分の階段を登らせるのであれば、子供の足を休ませる休憩時間を加味しても数時間はかかる。

 数機のエレベーター等でピストン輸送するために一箇所に固まるなどもってのほかだ。

 ネフィリムに殴り込まれ、確実に死人が出るだろう。

 第一、ネフィリムが暴れてエレベーターが止まったらその時点で詰みである。

 

 そして先ほど避難誘導を始めたばかりな以上、子供達は点呼すらも終わっていない状態である可能性が高い。最下層から完全聖遺物が追ってくる、最悪の鬼ごっこの構図だ。

 遊びと違うのは、捕まる=死であるということ。

 今はまだネフィリムも実験室から出ていないようだが、それも時間の問題でしかない。

 いずれ虐殺が始まるだろう。

 

 

「我々は一刻も早く、ネフィリムを止めなければなりません。そのためには……」

 

 

 ナスターシャが、一瞬セレナに視線をやる。

 どこか迷っているような、申し訳なく思っているかのような視線。

 

 

「大丈夫だよ、マム。私は……ここに呼ばれた意味も、ちゃんと『分かってる』から」

 

「セレナ……」

 

「―――」

 

 

 そんなナスターシャに向かって、セレナは一歩近付いて、微笑んでみせる。

 その『分かってる』に込められた意味と意思を理解できたのは、この場でマリアただ一人だけだった。マリアはとっさにセレナの手を掴んで引っ張り、抱きしめる。

 行かせない、離さない、誰にも傷付けさせないとばかりに。

 

 

「ダメよ、マム! それで……それでセレナが死んでしまったらどうするの!?」

 

「セレナが……死ぬ!? 先生、マリアさん、どういうことですか!」

 

 

 そんなマリアに、ゼファーが食い付く。

 セレナは戸惑う様子を隠せないようで、ナスターシャは言葉に一瞬詰まってしまった。

 そこに言葉で横から割って入るウェル。

 

 

「セレナ君使っていいなら僕もあっという間に事態を収束させる方法は思いつきますよ。

 ま、貴重な実験サンプルが確実に一つ潰れるでしょうからあまり取りたくない手ですが」

 

「なッ……!」

 

「……」

 

 

 ウェルが口にした『セレナを犠牲を前提にする手段』に、ゼファーは思わずナスターシャとセレナに目をやる。二人が気まずそうに目を逸らしたのを見て、彼はそれが真実であると確信した。

 

 

「却下、却下です! 他の手段はないんですか、ウェル博士!」

 

「あるっちゃありますよ」

 

 

 「セレナの死だけは絶対に認めない」とばかりに声を荒らげるゼファーに、どこか白けた顔で耳の穴を小指でほじりながら応えるウェル。

 その一連の流れに、何故かセレナが一番驚いていた。

 ウェルは近場の机に乗っていたタッチパネルを何度か指で叩くと、大画面のディスプレイに幾つかのウィンドウを映し出した。

 

 

「要するに、エネルギーが尽きれば基底状態に戻るんです。

 エネルギーを制御して無くしてしまうか、尽きるまで待てばいい。

 まあ、セレナ嬢を使うのが嫌ならまず時間を稼ぎましょう」

 

 

 全員が見えるくらいの大画面に、この施設全体の構造が表示される。

 そこにピピピと電子音が何度も続けて鳴り、赤い点が何箇所も表示される。

 注釈のように添えられている『Bomber』の文字が実に暴力的だ。

 どうやら、ウェル博士にはこの研究所を残そうという気は全くないらしい。

 

 

「発破してエネルギーが切れるまで生き埋めにしておけばいーんです。

 聖遺物と研究データ・機材の搬出まで、だいたい30分ほどあれば十分でしょう。

 その時間をなんでもありで稼げれば、それだけで僕らの勝ちって寸法ですよ」

 

 

 なんととんでもないことに、この研究所を爆破してネフィリムを生き埋めにし、そのエネルギーが切れるまで待とうだなんて言い出した。

 確かに一度地下深くに埋めてしまえば、仮にネフィリムが大爆発を起こしたとしても被害は最小限に抑えられる。地表を爆風と熱が広がっていくのではなく、爆風は空に伸びていくだろうし。

 それならば、勝利条件は研究所から大切なものを引き上げるまでの時間を稼ぐだけで済む。

 

 ネフィリムは安定起動しているわけではない。

 出力が安定していない現状ならば、エネルギーが尽きれば元の石像のような基底状態に戻るはずだ。炎が熱を失えば、消えてしまうのと同じように。

 勝利条件、つまり彼らの希望が見えて来た。

 しかしゼファーは、ウェルが見せた希望の裏に隠された犠牲を見逃さない。

 

 

「30分? 人が全員避難するまでなら、どのくらいですか?」

 

「……四時間。いえ、三時間は必要です」

 

「急いで下さい。俺でも三時間ぶっ続けは少しキツいので」

 

「勝利条件を自分から厳しくするとか、君ホント真性マゾですよ」

 

 

 確かに、この施設を瓦礫の山にしてネフィリムを封じ込めれば、ネフィリムがエネルギーを使い果たすまで生き埋めにできるのかもしれない。

 しかし、30分で子供達全員を避難させることは不可能だ。

 ウェルの案は子供達を生き埋めにするという、これ以上なく残酷な前提の上に立っている。

 それはウェルの他人の命への頓着の無さゆえの提案だったのか。

 あるいは、ゼファーの生存確率を上げ負担を減らすための提案だったのか。

 いずれにせよ、勝利条件はこれで明確に厳しくなった。

 だが、仕方ない。

 

 ゼファーが子供達を見捨てる選択を選べるわけがない。

 

 

「……まさか」

 

 

 ウェルに「急いでくれ」と言い、バッグからいつもの愛用のマントを取り出してバッと纏い、目的地までのルートを考え始めるゼファーを見て、マリアが呆然と呟く。

 

 

「行くつもりなの、あなた……!?」

 

「時間を稼げばいいんでしょう?」

 

 

 これは訓練でも模擬戦でも実験でもない。

 実験室の壁に刻まれた破壊の跡からも、ネフィリムの戦闘力は推測できる。

 ネフィリムは現段階すら、ゼファーが戦ってきたどのノイズロボよりも格上だ。

 それを分かった上で、彼は行こうとする。

 命知らず、愚か者、死にたがりのような行動。

 マリアはそこに、彼に初めて会った頃に抱いた印象と、あまりにも違う印象を抱いた。

 

 

「ぶっちゃけ、僕の計算では限界を超えた君なら30分は時間を稼げると思います」

 

 

 ウェルが考えなしのバカを見るような目を、ゼファーに向ける。

 どこか残念そうな気持ちと、これで終わりだろうという失望をにじませて。

 それと相反する、期待と信用を瞳から漏らしつつ。

 

 

「ですが、どう考えても二時間以上は不可能です。君は以前のように負け、死ぬ」

 

「危なくなったら撤退します。無理はしませんよ」

 

 

 絶対に嘘だ。

 彼の「無理はしない」ほど信用出来ないものもない。

 本人に無理するつもりがなかろうと、彼は最終的に絶対に無理をする。

 それを分かっているマリアが、ゼファーの歩き出す先に立ち塞がった。

 

 

「あなたが戦う必要なんてないでしょう? ここは、大人に任せてもいいはずよ」

 

 

 半分は打算であった。

 「あの未来へ至らせないため」という打算。

 半分は優しさであった。

 「この少年を死なせないため」という優しさ。

 いずれにせよ、マリアが見た未来には、瓦礫の中に立つゼファーと横たわるセレナが居た。

 マリアがゼファーの前に立ち塞がるのは、当然だったのかも知れない。

 

 それにこの施設には警備員も居る。こういった有事には動員もできるはずだ。

 ゼファー以外にも戦える人間が居るという彼女の主張は、確かに間違ってはいない。

 だが、それと彼女の主張が通るかどうかという話は別物だ。

 

 

「ウェル博士、俺の代わりに警備員の人達が戦ったら成功率って上がりますか?」

 

「15分持てばいい方なんじゃないですか?

 というか、ウチの警備員は軍人でもなんでもないんですが」

 

 

 直感でなんとなくそうなんじゃないかと判断していたゼファー、理詰めで否定するウェル。

 それも当然。この研究所の警備員は銃を扱える人間ではあっても、訓練を受けた人間ではない。

 せいぜいが非力な研究者や子供を取り押さえるくらいにしか役に立ってはくれないだろう。

 戦場でも研究所でも、常に戦い続けたゼファーに戦闘力では及ぶべくもない。

 少年の自殺のような行動に、話せば話すほど実感できてくる歪みに、行かせたくないという本音に、ついマリアは本心にもない口からのでまかせを言ってしまいそうになる。

 

 

「それに、無理して行かせたらそれこそ無駄死にさせてしまいますよ」

 

「あんな奴らの生死なんて、どうでも……」

 

「マリアさん。俺はここの大人に、死んで欲しいなんて思ったことはない」

 

 

 そう、心にもないことを言ってしまったマリアを、ゼファーがたしなめる。

 

 

「それに、誰かが死んでもいいだなんて、心にも無いこと言わないで下さい」

 

 

 マリアが優しいことも、彼女が本当は誰にだって傷付いて欲しくないと願う人間であることも、ゼファーは知っている。

 ゼファーも誰にも死んで欲しくないと思っているから尚更に。

 それと同様に、マリアも彼のことをよく理解している。

 局所的には調や切歌よりも、セレナにも次ぐほどに。

 

 ただし、それはセレナのような長所への理解ではない。欠点への理解だ。

 

 

「何が、心にもないことよ」

 

 

 だから、彼女は吐き捨てるように言うことができる。

 したくもないことをして、背負いたくないものを背負って、言いたくもない無責任なことを言って、それを実現するために足掻き、その果てに自滅することもありえる少年に。

 マリアは彼の弱さを分かっている。

 けれどほとんど話したこともないから、その強さが分からない。

 ゆえに彼女の目に映るのは、彼の中の大きな歪みだけ。

 

 

「あなた、戦うのが嫌いでしょう?」

 

「―――」

 

「心にもないことをいつも吐いてるのは、あなたの方じゃない」

 

 

 親しい人間のほとんどにバレていたくせに、ゼファー本人だけが分かっていなかった、少年の歪みを彼女は指摘した。

 ゼファーは一瞬呆気に取られて、心底納得したような表情を見せ、自嘲気味に苦笑する。

 ひどく、乾いた笑みだった。

 疲れ果てた男の笑い方だった。

 両手で数えられそうな歳の子供が浮かべる笑みでは、絶対になかった。

 

 

「そう、……ですね。だって戦うってことは……死ぬかもしれないってことなんだから」

 

「だったら!」

 

 

 更に言葉を続けて彼を止めようとするマリアを、ゼファーが手で制する。

 構わず言葉を続けてやろうと口を開きかけるマリアだが、ゼファーが発する無言の圧力に気圧され、たじろいでしまう。

 ナスターシャは時計を見つつ、一区切り突くまで静観している。

 ウェルは顕微鏡を覗く目で二人を見ている。

 そしてセレナは、何かを悟りきったような眼差しを向けていた。

 ゼファーとマリアは、今は事実上一対一で差し向かっている。

 

 

「前に、思ったんです。ここに来てすぐの頃。

 もう戦えないかもってくらい、心が折れてた頃。

 もしこのままずっと、俺が戦えないままだったらどうなるんだろう……って」

 

 

 そしてマリアは、彼の中から自分が引き出してしまったものを見た。

 彼が周囲に見せていた希望と、等量の絶望を。

 いまだ彼の中で、希望と絶望は天秤にて釣り合っているのだという真実を。

 

 

「平穏に、戦いのない未来に、何事もなく幸せになってる自分を想像して……

 吐き気がしました。幸せになる自分に、俺は吐きそうになった。

 気持ち悪すぎて、どの面下げてそんなことしてるんだって、思って」

 

 

 その表情は凄絶。言葉は絶望。眼は昔の彼に戻ったかのように死んでいる。

 

 

「幸せに、なりたくないの……?」

 

「幸せにはなりたいです。でももう、俺は自分が普通の人みたいに幸せになる自分を許せない」

 

 

 守れなかった絶望、失った絶望。

 忘れられない不器用さ。人を大切に思う美徳の裏返し。

 「幸せになれず死んでいった人が居るのに、自分のせいで死んだようなものの人も居るのに、生き残った自分が幸せになっていいはずがない」という気違いじみた思い込み。

 いつまでたっても根本の部分で変われていない愚か者。

 成長が牛歩に過ぎる。しかし、それも仕方のない事だ。

 表面上がどんなに明るくなろうとも、自分を永遠に許せないのが彼の人生だ。

 このバカは、本当に死ななければ治らないのかもしれない。

 

 

「あの時、全部失って心の芯がポッキリ折れて。

 あの時、それでも、調や切歌が涙を流していたのを見て。

 あの時、あの子達のために戦うならと思えば、折れた膝でもまた立ち上がれた」

 

 

 だが、今の彼と、昔の彼は違う。

 今のゼファー・ウィンチェスターは、絶望した程度では膝を付きはしない、

 絶望を抱え、希望を見せ、それでも鉄血の道を行く者である。

 

 

「戦って、それが誰かのためになって、それを嬉しいと思って。

 守って、守れた誰かの笑顔を見て、それを素敵だなって思って。

 こんな俺でも、何かを変えて、誰かに希望を見せられるんだって思って。

 ここでも銃を手放せない自分に気がついて、それで……やっと分かったんです」

 

 

 故にこそ、その意思は凄絶であり、強靭であり、悲惨であった。

 

 

「俺が生きていていいって理由を、俺の命の価値を証明できるのは、戦いの中だけでなんだって」

 

 

 泣き笑いのような顔で、少年はそう言った。

 まともに育てなかった少年兵は、一つの答えに辿り着く。

 欠陥品と呼ばれた子供は、今や破損品になりかけていた。

 誰が死んでも泣けなかった。だからこんなにも無様に成り果てた。

 

 戦えば守れるものがあった。

 死にたくないのに、銃を取らなければ大切なものはどんどん手からこぼれ落ちていった。

 セレナが居た。マリアが居た。切歌が居た。調が居た。ナスターシャが居た。

 ゼファーは戦いという形以外で誰かを救うのであれば、自分以外の誰かの方がいいに決まってるとすら思っている。

 自分にしかできないことをするべき、と汎用的な台詞を吐く人間はよく居る。

 ゼファーにとって自分にしかできないこととは、体から、心から血を流しながら戦い続けることだった。

 

 そうしていないと、彼は自分が生きている意味が分からなかった。

 でないと、自分が生きていていいのだと思えなかった。

 自分が生きていることが許せそうになかった。

 

 

「俺は戦うことしか知らないんです。

 戦って何かを守ってないと、戦わないと生きていられないんです。

 俺は戦いの場で償いながら苦しんで死なないと、誰かの代わりに戦わないと、

 戦わないと守れないものを守らないといけない。でなければ生きている意味がない」

 

 

 生き残ってしまった人間の罪悪感。

 子供特有の視野の狭さ、思い込み、幼少期から継続的に刻まれているトラウマ。

 マリアは開いた口が閉じないほどに気圧されていた。

 それと同時に、哀れだと感じていた。

 彼女が抱いたその感情は、小さな子供に足を引き千切られて歩けなくなり、それでも地面の上を必死に這っている小虫を見た時に抱く感情と、非常に酷似していた。

 もがいているのは分かる。足掻いているのは分かる。

 だが幸せになれるとは、毛の先ほども思えなかった。

 

 

「姉さん」

 

 

 そこで、セレナがマリアに声をかけた。

 マリアが妹に顔を向ければ、そこには少し悲しそうな顔をしたセレナの姿。

 セレナは全てを知っていた、あるいは感づいていた。その上で変えようと足掻いていた。

 マリアはセレナの表情から、ようやくその事実に気付く。

 

 

「『悪くなったら』、どうするの?」

 

 

 そして立て続けにセレナが告げた言葉に、ハッとなって顔を青くした。

 未来を知り行動した場合、必ずしも良くなるという保証はない。

 そこで彼女が口にした『悪くなったら』という言葉の意味を理解できたのは、姉妹だけだ。

 ゼファーが行かないことによって未来が悪化する可能性も、十分にある。

 マリアは焦りからか、ついその可能性を見逃していたようだ。

 

 そして、セレナはマリアとは正反対に、ゼファーを行かせる気らしい。

 それも当然。彼女のスタンスは基本的に、ゼファーの尊重。

 ならば彼女は現段階では少なくとも、全員の生存を目指しているのだろう。

 

 この事件で発生する可能性がある負担を、『人一人を必ず殺す』負担と言い換えてみよう。

 もしもその負担を、二人以上で分担できるならば……

 ネフィリムのエネルギーを、二人以上の人数で削ることができたならば。

 誰も死なずに、全てを終わらせる未来も、掴めるかもしれない。

 

 

「……」

 

 

 マリアはセレナから目を逸らし、押し黙ってしまう。

 ゼファーは頬をかき、そんなマリアに向かって語りかけた。

 

 

「ありがとう、マリアさん」

 

「……なにがよ」

 

「なんというか、俺と話したくないってのが伝わってくるのに、

 何度も俺のことを気遣ってくれたり、俺が分かってないことを指摘してくれたり。

 今も心配してくれたんだ、って伝わりました。

 目に見えるところでも、見えてないところでも、マリアさんには世話になりっぱなしで」

 

「それは……」

 

「あなたは出会った時から一度も、俺に同情しなかった」

 

「……え?」

 

「可哀想だから優しくしようとか、そんな同情からの優しさは一度も感じなかった。

 マリアさんの優しさは、他にどんな気持ちも混ざっていなかった。

 ずっと同じ高さの目線で接してくれた。……だから、ありがとうございます」

 

「―――っ」

 

 

 ゼファーを見る彼を嫌っていない人間の感情に、ほぼ確実に混ざっているものが二つある。

 彼の表面だけを見る子供達や研究者達の、物語から現実に出て来たヒーローを見る目。

 彼の内面を知る一部の人間の、羽をもがれたトンボを見るような哀れみの目。

 セレナ達ですら、後者が少なからず混じってしまっている。

 無論、混じっているというだけで、それより大きな感情はいくらでもあるのだが。

 

 彼の欠点を見て、彼の情けない部分を見て、哀れだとも感じ。

 けれど彼女は、それを優しくする理由には絶対に加えなかった。

 彼女は優しい人間だった。だから時に優しくもした。時に厳しい言葉も投げかけた。

 親しいからでもなく、友達だからでもなく、距離のある隣人として。

 親友でもなんでもなく。ただの優しいマリアがそこに居てくれたことに、彼は感謝した。

 

 そんな感謝をされるような覚えがないマリアは、ただ戸惑い、考え、思案し。

 やがて、彼の中にある、セレナが気付いていた彼の真実に辿り着いた。

 彼は『自分が嫌い』なのだと。だから自分と比べれば、誰だって好きになれるのだと。

 彼は『自分が許せない』のだと。だから自分と比べれば、誰だって許せるのだと。

 自分を永遠に許せない人間は、きっと永遠に他人を許し続けられる。

 自分を好きになれない人間は、その分他人をもっともっと好きになる。

 だから、誰よりも他人に寛容になれる。

 

 マリアは気付いて、納得して、目眩がした。「救えない」とすら、一瞬思ってしまった。

 

 

「行ってくる。俺がダメだったら、その時は」

 

 

 ゼファーはセレナに向き合って、最も頼りにしている彼女に己が信頼を伝える。

 

 

「いってらっしゃい。その時は、任せて」

 

 

 セレナは彼を信じ、彼の信頼を受け取った。

 彼が運命を、未来を変える一石を先んじて投じてくれることを信じて。

 そして微笑んで一言、馬鹿な男に女の強さを見せ付ける。

 

 

「貴方に生きて帰る気がなくても、私が生きて帰らせるから」

 

「……セレナは、本当に凄いな」

 

 

 セレナは、誰よりもゼファーを理解している。

 ゼファーは、誰よりもセレナに理解されていることを分かっている。

 彼女は、彼を変えようとしている。彼も、彼女が変えようとしていることを分かっている。

 彼はまだ根本の部分で変われない。けれど日々に少しづつ、他人の影響を受けてもいる。

 未だ来ていない未来は、まだ何も決まってはいない。

 何も決まってはいないのだ。

 

 「変われ」と言おうが、正論をぶつけようが、情に訴えようが寂しく笑うだけで変われやしない彼を、セレナはどんな時でも見捨てない。

 初めて会った時、白と灰の部屋で、彼を諦めず一ヶ月ずっと語りかけ続けたように。

 ゼファーも、セレナも、他者の未来を絶対に諦めない者達である。

 自らの命を燃やし尽くしてでも、何かを守ろうとする者達である。

 

 

「それじゃ」「また後で」

 

 

 目配せ一つなく、二人は同時に手を上げ、ハイタッチ。

 乾いた音が部屋に響いて、二人揃ってニッと笑う。

 ……妹を取られた気がしたようで、疎外感を感じているお姉ちゃんが少し悔しそうだ。

 

 

「ゼファー、これを」

 

「先生? これは……インカムに、携帯端末?」

 

 

 そこでナスターシャが一歩進み出て、ゼファーに青色のインカムとスマホもどきを手渡した。

 

 

「インカムは監視カメラで施設全域を見渡せる私と、通信が常時繋がっています。

 その端末には無線で施設の構造図、状況をリアルタイムで更新させます。

 更に隔壁等、施設の一部のシステムをそこから遠隔操作できるようになっています。

 持って行きなさい。私も、ここから最大限にバックアップします」

 

「……いいんですか? こんなの預けても」

 

戦場(いくさば)に赴く武士(もののふ)へのささやかな餞別です。

 中層の武器庫も開けておきました。下層に行く前に武器を調達して行きなさい」

 

「ありがとうございます! ……皆で帰って来ます、先生」

 

 

 彼女はここで一番偉い人間だ。

 ゼファーに最大限の後押しをするのも彼女の選択。

 有事には下層の子供達全員を見捨てなければならない時も彼女の選択。

 セレナを死なせる可能性が高いと知りつつ向かわせるとしても、それも彼女の選択。

 全ての責任は自分が取らなければならないと、彼女は考えている。

 汚れ役も、恨まれ役も背負おうとしている。

 

 だからゼファーは、「皆で帰って来る」と言葉を吐いた。

 母のように慕う彼女の負担を、少しでも減らすために。

 

 

「じゃあ僕からはこれを」

 

 

 かくれんぼで「もういいかい」とでも言うかのように軽いノリで、ウェルはゼファーに何か小さなものを投げ渡した。

 反射的にゼファーはキャッチする。

 掴んでから手の平の上でそれを見れば、少し煤けた刃の先のようなものだった。

 槍の先にも、両刃剣の先端にも見える。

 

 

「ウェル博士、これなんですか?」

 

「先週届いた聖遺物ですよ。『聖遺物・ガングニール』。その先端です」

 

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

 

 

 周囲が一斉にぎょっとする。そりゃ当たり前だ。

 

 

「え、いや、ちょ、なんで?」

 

「囮をやるんでしょう? ですが、ただの人間にアレは食いついては来ませんよ。

 飢餓状態のネフィリムは餌となる聖遺物を求める……

 それを持っていれば、ネフィリムはあなたに食いついてくるってわけです」

 

「なるほど……あ、ありがとうございます、ウェル博士」

 

 

 無論、ネフィリムが聖遺物を得て更にエネルギー量を増やすという可能性もある。

 ゼファーに及ぶ危険性も、ネフィリムが求めるものを持っているということで倍率ドンだ。

 リスクも危険も凄まじく上昇するが、これがなければまず前提が成り立たない。

 ゼファーは頭を下げ、ガングニールをポケットにしまった。

 

 

「まだ何もデータを取っていませんので、必ず返しに戻って来てください」

 

「……! はい、必ず!」

 

 

 ウェルの彼らしくもない気まぐれっぽい言葉に、ゼファーはとても嬉しそうに応えた。

 しかし周囲の反応は、それとは正反対で。

 

 

「おいおい、Dr.ウェルは熱でもあるのか……?」

「あの人が未研究の所有してる聖遺物を他人に預けるとか」

「いや待て、そういえばさっきも30分とか言ってリスクを減らしてやろうとしてたような」

「なんてことだ、Dr.ウェルは頭がおかしくなってしまったんだな」

「偽物じゃね?」「偽物か」「何だ偽物か、ビビらせやがって」

 

「君ら僕をなんだと思ってるんですか?」

 

 

 周囲の研究員達を中心に、とても愉快な反応が返って来た。

 ウェルの他者評価がよく分かる。

 たまにいいことをして「実はいいやつなんじゃ」と思われるには、その人物の悪さの度合いが不良やジャイアン程度に収まっていないといけないわけで。

 劇場版の恐竜ハンター並みの悪人である彼では、ネタ混じりに正気を疑われるのがせいぜいである。実際「見直したぜ」みたいな反応は皆無であった。

 

 

「ゼファー」

 

 

 そんな彼に、最後に声をかけるのはマリア。

 迷い、言葉を選び、言いたいことは数あれど、今は彼の背中を押すことを選ぶ。

 今はただ、彼が未来を変える一石を投じてくれることを信じて。

 

 

「戦うことしか知らない……そう言ったわね。でも私は、そういう考え方は嫌いよ」

 

 

 英雄に世界が救われる物語より、世界の皆で英雄を救う物語の方が彼女は好きだ。

 

 

「あなたは戦うことしか知らないんじゃない。戦うことを知っているのよ。

 それはただのスタートライン。あなたは、きっとそこから始められる。

 戦うことも、人の痛みも、他のことも、たくさんのことを知っているあなたに、きっとなれる」

 

 

 皆で助け合える未来を、この少年が救われる未来を、彼女は信じたいと思っている。

 

 

「だから、そんなあなたの未来に繋げるために……生きて、帰って来なさい」

 

 

 勝って来て欲しい、負けないで欲しい、未来を変えて欲しい。

 それらのどの言葉よりも先に、「彼女が生きて帰って来て欲しい」と口にしたのは、偶然でもなければ意図したところでもない。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは、どこまでもそんな人間なのである。

 

 

「はいッ!」

 

 

 強く答え、ゼファーは皆に背を向ける。

 そして自分が戦うべき戦場へと向かって行った。

 百魔獣の王(ラギュ・オ・ラギュラ)が待ち受ける、地の底(アビス)へと。

 危機にさらされる子供達。切歌と調、二人の友を含む多くの子らを救うために。

 

 

「『ここの大人に死んで欲しいなんて思ったことはない』……か」

 

 

 彼が走り去った後の部屋で、ポツリと研究者の一人が呟いた。

 

 

「やるか」

「やりますか」

「しゃーないね」

 

 

 すぐに研究者の大半には退避の指示が出るだろう。

 研究者には命を懸ける義務なんて無いし、研究所の発破の予定すらあるのだ。

 命が惜しければ皆、退避の準備をするはずだ。

 ……だと、いうのに。

 その部屋に居た研究者の誰もが、持ち場を離れていない。

 それどころか自分の仕事を探しながら、一人一人が全力を尽くそうと走り始めてすらいる。

 誰もが逃げる気を見せていない。

 

 

「アナウンス流せ! 状況に合わせて肉声で避難誘導!」

「最下層ネフィリム、冷却材で低下していたエネルギー値が急速上昇!

 推定ジュール先ほどの倍です、あと数分で再起動見込み!」

「ミス・フィーネから返答来ました! すぐにはホットライン繋げないが急ぐとのこと!」

 

 

 彼らは俗に言う、『科学に魂を売った男』が少なくないという集団だ。

 罪悪感を抱きながら自分を誤魔化して今日までやってきた者も居る。

 人体実験を躊躇わなければ科学の発展はもっと進むのに、なんて思っていた者も居る。

 人道だ倫理だって何にもならないものを大切にして、科学の発展の邪魔をする奴らが馬鹿にしか見えなくて、嬉々として昔日のサーフやカルティケヤに手を貸した者も居る。

 人体実験で死ぬ子供の数より、その結果生まれた技術で救われる人間の数の方が多いに決まってるから良い、なんて真顔で言う人間ですら居た。

 

 だから、彼らは自分でも驚いていた。

 周囲の流れに乗ったというのもある。

 それでも彼らは自分の意志でここに残り、少年と共に戦うことを決断したのだから。

 子供達をモルモットのように思い、死んでも何も損害はないんだと思い込み、戸籍もない子供を犠牲にし続けた日々。

 その日々から続く明日に、こうして子供達を生かすための選択をしているという矛盾。

 

 彼らの中の良心がそうさせたのか。

 今日までの日々、ノイズロボに血だらけで立ち向かう少年の背中が、彼らを変えたのか。

 ゼファーが半年近く語りかけ続けた言葉に、彼らが応えたのか。

 直前にウェル博士が見せた歩み寄りが、まだ彼らの心に衝撃を残していたのか。

 貴重な実験サンプルを残したいと考えたのか。

 実験で使い潰すのはよくても、殺されるのは無駄遣いになるから嫌だと考えたのか。

 答えは誰にも分からない。それは、研究者達のそれぞれの胸の中にある。

 

 一つだけ言えることがあるとすれば。

 彼らは皆ゼファーの言葉と選択に呼応し、彼を信じているということだ。

 彼が目指した全員で生き残るという未来を信じ、そこへ向かおうとしているということだ。

 

 

「ナスターシャ主任、指示を!」

 

 

 ナスターシャはそんな彼らに驚かされ、呆気に取られ、目を見開き。

 潤みそうになる瞳を誤魔化し、一瞬でいつもの鋼鉄の表情を取り戻す。

 そして全員に、大きな声でまず喝を入れた。

 

 

「総員、気を引き締めなさい! 今が、我らの真価が問われている時なのだと思うように!」

 

 

 大人が子供の命のために走り回り、汗を流す。

 どこにもである光景。ここには無かった光景。

 ナスターシャがかつて夢見た光景が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリエルにとってその少年は、本当の兄のように慕う相手だった。

 彼女は昔から上手く喋れず、滑舌も悪く、喋る速度も遅かった。

 こらえ性のない子供には、彼女の喋り方は気に障ってしまったのだろう。

 友達は皆無で、姉のベアトリーチェだけが彼女の話し相手だった。

 

 前述の喋り方に加え、彼女は自分の意志をあまり表に出さない性格だった。

 喋る前に自分の意見を引っ込めてしまい、他人の意見に従ってしまう。

 姉のベアトリーチェが幼いこともあって、姉にすらその本心はあまり伝わってはいなかった。

 たった一人の肉親は、唯一の話し相手であり絶対的な味方ではあっても、理解者ではなく。

 物心ついた時から両親が居ないこともあって、それが寂しいという感情なのだと気付くことすらできないままに、彼女は胸の虚を埋められずにいた。

 

 そんな時、彼に出会った。

 始まりは姉に気に入られた彼が無理矢理連れて来られた形で、謝り倒しだったことを彼女は覚えている。自分を安心させようとしている笑顔が、どこか印象的だった。

 彼は子供達で集まっている時でも、マリエルの意見をちゃんと聞き、彼女を蔑ろにしなかった。

 マリエルが言葉に詰まった時は、彼女がちゃんとその気持ちを言葉にするまで待った。

 彼女が自分の気持ちを上手く言葉に出来ない時は、彼から適度に問いかけて、彼女が自分の気持ちを上手く言葉にできるように誘導してくれた。

 マリエルの小さな自己主張の声も、一度たりとも聞き逃しはしなかった。

 彼女にとってその少年は、自分の最大の理解者だったのである。

 

 夕御飯の時に嫌いなものをこっそり食べてくれたことも。

 お菓子をくれたことも、遊びの仲間に入れてくれたことも、擦り傷を手当してくれたことも。

 姉の死の時に、真正面から向き合ってくれたことも。

 頭を優しく撫でてくれて、あったかい気持ちにしてくれたことも。

 全て覚えている。かけがえのない思い出だと、彼女は胸の奥にその記憶をそっとしまっていた。

 

 いつからか、ずっと目で追っていて。

 触れているだけでなんだか嬉しい気持ちになれて、しょっちゅう抱きついて。

 お話したいな、なんて一人の時はいつも思うようになっていて。

 マリエルにとってその少年は、そんな相手だった。

 

 姉のベアトリーチェと妹のマリエルは、この施設唯一の双子である。

 性格は正反対でも、顔は瓜二つで、他人思いな所なども瓜二つだ。

 そして……人の好みも、瓜二つ。

 平凡な世界に彼女が生まれ、その少年と平凡な出会いをし、今と同じように幼少期から面倒を見てもらっていたならば、『おにいちゃんのおよめさんになる』的なベタ極まりない台詞を、一度くらいは聞けたかもしれない。

 

 

「……て」

 

 

 廊下を走っていたマリエルは、爆発音と共に一瞬意識を失った。

 次に目覚めると、体が動かなかった。

 

 

「……けて」

 

 

 けれど、彼女はこういう時にどうすればいいのか知っている。

 呼べばいい。呼べば必ず、助けてくれる。

 ゼファー・ウィンチェスターは、マリエルにとってのヒーローだ。

 あったかい気持ちをくれる。救ってくれる。守ってくれる。

 どんな時でも自分を助けてくれる、最高のヒーロー。

 

 

「……たすけて、ゼファーにいさん……」

 

 

 そして、彼は応えた。

 

 

「マリエルッ!」

 

「……ぁは……うん、やっぱり、きてくれた……」

 

 

 痛くて痛くて、苦しくて苦しくて、なのに体は動かなくて。

 そんなマリエルだが、ゼファーの声が聞こえた途端、安らかな笑みを浮かべる。

 もう痛いのはすぐにさよならなんだと、そう確信できたから。

 マリエルにとって、ゼファーは絶対に自分を救ってくれる、大好きな人だったから。

 

 

「いたい、いたいよ……っだぃ、ょ……!」

 

「……! これ、は……ぁ……ッ、っ……大丈夫だ、マリエル。俺が来たからには、もう大丈夫」

 

「うん……しんじてる」

 

 

 だけど痛くて痛くて、あまりにも辛くて。

 気を紛らわす何かが欲しくて、痛みで濁る少女の思考は、一つの記憶を絞り出す。

 一ヶ月ほど前。

 泣いてしまった子供が居て、慰めようとしたゼファーが居て。

 ゼファーが『子守唄』を歌って、その子供が泣き止んで、泣き疲れて眠って。

 その一連の流れを、ずっと傍でマリエルは見て、聞いていた。

 涙を流すくらい辛い気持ちを癒してくれる、彼の歌を。

 

 

「ね、おうた……うたって……いたいの、わすれたい……」

 

「歌……?」

 

「おねがい、きかせて……わたしは、ここにいるから……」

 

「……」

 

 

 何故かもう、目も見えない。

 マリエルが耳を澄ましていると、やがて歌声が聞こえてきた。

 りんごの歌。

 マリエルは知っている。その歌を歌っている人が、ゼファーは大好きなんだっていうことを。

 大好きな人を取られる気がして、少し警戒してしまったこともある。

 だけどマリエルは、そのゼファーが大好きな少女のことも、好きだったから。

 その歌が、二人分の癒しになってくれたような、そんな感じがした。

 

 

「おにいさん、うた、うまかったんだね……」

 

 

 痛みが安らいでいく、そんな気がした。

 苦しさも、辛さも、遠ざけられていって。

 すぐに戻ってきてしまうかもしれないけれど、それでもどこか嬉しかった。

 やっぱりこのひとはわたしのヒーローなんだ、なんて彼女は思って。

 

 

「―――っ、―――ッ、―――!」

 

 

 歌が一区切り付いた頃、少年が居た方から、堪えるような息や歯の音が聞こえて。

 なんだろう、と少女は思う。

 その音から伝わってくるのは悲しみ、懺悔、そして不器用な優しさ。

 ボーっとしている内に、歌で遠ざけられていた痛みが戻って来たのを感じて、そして。

 

 最後に銃声を耳にして、彼女の短い生涯は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは地下に着き、すぐにネフィリムの元へ向かおうとした。

 ……だがその瞬間、ネフィリムがなんらかの行動を起こしてしまう。

 インカムからの情報によれば、ネフィリムが熱線を吐き、下層の1/30にあたる範囲を丸々吹き飛ばしたらしい。

 ゼファーが少し皆と話していたのが、ここに来て幸いした。

 彼が会話もせずに大至急向かっていれば、熱線を止めることも防ぐこともできないまま、熱戦で階層もろともに吹き飛ばされていただろう。

 しかし遅れたおかげで、ゼファーはこうして生きている。

 早く行っても熱線は防げなかったし、遅く行かなければ生き残れなかった。

 

 だが、ゼファーは思う。

 生き残れたことは……幸運だったのか、と。

 

 

「は、は」

 

 

 ゼファーはマリエルの額に向けていた銃口をどかす。

 額には銃弾一発分の穴が空き、そこから脳症と血が流れ、目は虚ろに開かれたまま。

 その目が恨めしそうにしているように、ゼファーには見えた。

 五歳と少ししか生きていない、そんな小さな女の子の、あまりに無残な最期。

 

 マリエルの腰から下はちぎれ、おそらく崩落した天上の瓦礫の向こう側にある。

 そこからはおびただしい血と内臓が漏れ、誰にだって助からないことがひと目で分かる。

 介錯をしてやらなければ、苦しみが無駄に続いてしまっていた状態だった。

 

 

「俺が守るって、言ったのにな……」

 

 

 それが、ゼファーがマリエルを『殺した』理由だった。

 

 

「俺が殺してりゃ、世話ねえよなぁ……!」

 

 

 拳の腹を壁に叩きつける。

 痛みが、流れる血が、彼の爆発する感情を少しだけ吐き出してくれる。

 それでも、数万分の一程度にしか吐き出せてはいなかった。

 

 

「歌って、それで少しでも救いになればって……!

 バカか俺は! 歌って、それでも死んだら……救いになんかなるわけないだろ……!」

 

 

 彼は歌に救われたこともある。

 だけど、自分の歌は何も救えなかったのだと、途方も無い無力感が彼を襲う。

 それは、死んだマリエル当人にしか分かりようがないというのに。

 

 

「助けてって、マリエルはそう言ってたんだ!

 この子は助けて欲しかったんだ……殺して欲しかったんじゃなくて……!

 俺の名を呼んでた……俺を、最後の最後まで、信じてたんだ……

 名前を呼べば、駆けつけて、救ってくれるって、『希望』を持ってたんだ……!」

 

 

 命なき死体の前で、少年は血が出るほどに強く拳を握り締める。

 救えなかった。守れなかった。約束を破ってしまった。

 現実の荒波に、被った本気の嘘の仮面が剥がれかけてしまう。

 心と膝が折れ、その場に跪いて二度と立ち上がれなくなりそうになる。

 だが、それでも。

 

 

「……ぐ、ッ……! まだだ、まだ、まだ、折るわけにはいかない……!」

 

 

 マリエルだけではない。

 今、ネフィリムの猛威にさらされているのは一人や二人ではないのだ。

 ゼファーが悲しみに膝を折り、自分の心を癒やすために挫けていれば、その俯く一秒ごとに一つの命が奪われてしまっていてもおかしくはない。

 ゼファーはここに戦い、守りに来た。悲しみに来たのではないのだ。

 

 

「悲しむ時間も、苦しんでる時間も無いッ……!

 俺はまだ戦える……そうだろ、戦えるだろ、俺ッ……!」

 

 

 たとえ、100人の内、99人が死んでしまったとしても。

 その99人が、彼の大切な友であったとしても。

 彼はその1人を守るために、戦いの中で膝をついてはいけない。

 1人、大切な人が死んでしまったとしても。

 ゼファーは残り全員の命を守ることを目指し、戦い続けなければならないのだ。

 

 

「贖いは、まだ守れる人を、守れるだけ守ってからでも遅くないッ……!」

 

 

 陽だまりのようなぬくもりも。

 親が向けてくれるような厳しさも、優しさも。

 そして、繋がりも……全部、全部、くれた場所を守るため。

 

 

「ごめん……ごめん、なさい……マリエル……!」

 

 

 笑ってもいいだなんて言われなくてもいい。

 許してもらえなくてもいい。

 そう思い込める。そう自己暗示をかけられる。そうして戦える者の仮面を被る。

 でも、大切な人が一人欠けてしまった世界は、ひどく色褪せたモノクロームにしか見えなくて。

 

 それでも、ゼファーは走る。

 みっともなくても、情けなくても、辛くても、希望を見せた責任を取り続けると。

 かの日に自らの意志で被った仮面に、そう誓ったから。




 教室モノクロームはまだ遠く

_人人 人人_
> デジモン <
 ̄Y^Y^Y^Y ̄
・幼年期(Gで最初に出た時のネフィリム)
 アンチリンカーで弱った装者より多少弱い
・成長期(響の腕喰う直前のネフィリム、当作で現在暴れてる白ネフィリム)
 正規装者より少し強い。イチイバル等相性が悪い聖遺物で戦えば負け確
・完全体(アルビノネフィリム、フロンティア守護端末ネフィリム)
 エクスドライブ無しでは装者が何人居ても勝ち目薄
・究極体(Gラストのあれ。ラギュ・オ・ラギュラ)
 70億絶唱+エクスドライブ六人で勝ちの目が出てくる

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