戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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三期はノイズリストラってどういうことだキバヤシ!


3

「まず最初に一つ言っておきたい。

 次の出撃は誰もが分かっている通り、かなり厳しい戦いになるだろう」

 

 

 荒くれ者、子供、老人、腐った目をした者。

 数十人の注目と視線を集めた上での、ビリー・エヴァンスの演説は見事なものだ。

 緊張も見られないし言葉に淀みもない。口から紡がれる言葉の節々から力強さと頼もしさがにじみ出ており、一流アーティストの楽曲に近い人を惹き付ける力がある。

 「この人に付いて行けば生き残れる」。そう思わせる在り方こそが彼が英雄たる所以。

 数十人の内の一人としてビリーの言葉に心地よさげに耳を傾けているゼファーも、そう思っている一人だった。

 

 

「この場にいる全員で帰ってくることはまず不可能だ。

 そのことを胸に刻み、生きて帰るため君達を殺そうとする敵を殺す覚悟を決めて欲しい」

 

 

 帰って来れない奴が出ることなど、今更だ。

 全員で生きて帰って来れるなどという幻想を抱いている者は、この場に誰一人として居ない。

 きっとビリー自身ですら、抱いていない理想だろう。

 

 

「それでも僕は君達を、誰よりも多く生かしてこの場所に帰らせてみせる。約束しよう。

 だから守るのが難しくても、皆にここで約束して欲しいんだ。ここへ帰ると」

 

 

 自暴自棄になる、逃げ回る、狂乱して仲間を撃つ、それらをしないことを誓わせる。

 帰らせるという約束と帰るという約束。

 約束が頭の中にチラついている内は、誰もが生き残る上での最善策を選べるはずだ。

 すなわち、ビリーとバーソロミューの指示に忠実で在れる。これだけで生存率はグンと上がるだろう。

 

 

「次の戦場を越えて、生き残ろう! 絶対に、絶対にだッ!」

 

 

 男達が銃を掲げて雄々しく吠える。

 『絶対に、絶対』。ビリー・エヴァンスが戦場でよく口にする口癖だ。

 世の中に絶対なんてことはない。それでも、それでも……絶対という言葉を使って、人を鼓舞しなければならない時がある。

 そんな時、彼はこの言葉を口にして仲間達の背中を押すのだ。

 強い言葉は強く心に響き、その奥に燃える誰の胸の中にでもある炎を膨れ上がらせる。

 それは輝かしく、美しく、脆くも熱く強い熱。人はそれを『勇気』と呼ぶ。

 どこかの誰かの中にある勇気を引き出す才覚が、ビリーには生まれつき備わっていた。

 

 

「お疲れさんじゃ、ビリー」

 

「後はお任せします、ブラウディアさん」

 

「うむ、任された」

 

 

 続いて小隊長のビリーの鼓舞から引き継いだ中隊長のバーソロミューが、作戦の概要を説明しつつ各人に確認していく。

 作戦自体は昨日の時点で浸透させてはいたものの、まあ念のためというやつだ。ど忘れしている奴が一人居るだけで大惨事になりかねない。

 説明の最中茶々も入れてこないほど真面目に話を聞いてくれる荒くれ者共を見て、先にビリーに話をさせて正解だったと、初老の中隊長は確信する。

 

 災害からの救助は要救助者が暴れると救助する方も危険であるというが、正規の訓練を受けていない部隊でもそれに似た現象は起こりうる。

 ビリーとバーソロミューがいくら仲間を守ろうと努力しようとも、他の全員がパニックになってしまえば全滅確定であるし、他の全員が全滅すれば残りのノイズ全員が群がって二人もあえなく炭とされてしまうだろう。

 ノイズとの戦闘は戦力になる人数がイコールでノイズの目標の数であり、戦力が減れば減るほど一人あたりに向けられるノイズの数が増えていくという悪循環がある。

 これによりノイズとの戦闘で兵を生き残らせるのは至難の業だが、兵が生き残っていれば生き残っているほど戦闘が楽になるという奇妙な現象が発生する。

 通常の戦場というのは自分の戦力の減少と相手の戦力の減少を天秤にかけて策を練るものだが、極論対ノイズ戦に限っては自軍の戦力の減少だけを考えた方が楽になる。

 ノイズ戦を幾度と無くくぐり抜けた隊長格にとっては、それは半ば常識だった。……無論、その人に学があるという前提で。

 

 

「――で、あるからして、ここに――」

 

 

 無論、ゼファーもそういった事情を知ってはいるがあまり考えることはない。

 尊敬し信頼する二人の指示に従うのが一番生き残る確率が高いのだと少年は知っていたし、考えていたし、信じていた。

 真面目に話を聞き、指示されたことを徹底し、アクシデントには過去に教わったことを参考に自分で考えて対応する。

 戦いに必勝法は無いが、これで生き残ってきたという実績のある戦い方というものはある。

 駒に徹すること、それが少年の貫いてきた戦い方だ。

 

 

「――市街地の中心の場合――郊外なら――森林であればむしろ戦う必要すらないのじゃが――」

 

 

 バーソロミューの言葉を一字一句聞き逃さないように頭の中に叩き込みながら、ゼファーは自分と同じ目的で集った周りの人間を見渡す。

 あくびをしながら聞き流しているジェイナス、そんなジェイナスにしなだれかかっている娼婦のアイシャ、小物だが何をするか分からないラダマンテュス兄弟etc……

 死ぬかもしれない、と少年は常にも増して思う。

 寄せ集めの中に少年視点で頼りになる奴が一人も居ないのに、どうしろというのだろうか。

 

 

(今日は、朝から西風が一度も吹いてないな……)

 

 

 胸中の不安を吹き飛ばしてくれる西風が待ち遠しいのに、吹いてはくれない。

 ゼファー・ウィンチェスターの膨れ上がる胸中の不安が形になったかのように、空には西風ではなく暗雲が立ち込め始めていた。

 青空も無く、西風も無く。そしてこのタイミングで人を集めたビリーの直感の正しさを裏付けるように、予想より早いノイズ出現の報が響いて届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話:5th Vanguard 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーにとって街とは二種類ある。

 自分達のような人種が住む街、そしてそれ以外の二種だ。

 ゼファーの住む居住区はこの国でもワーストを競うほどなので、実質『それ以外』とは少年にとっての都会を意味する。

 ジェイナス曰くゼファーの住処は「廃墟の方がマシかもしれない街」にあるのだそうで。……ゼファーの感性は例えるなら、何でもかんでも都会扱いする田舎者のようなものだろう。

 今回ノイズが出現したのは、そういうゼファーにとって都会に見える街、そしてこの国の標準的な街の一つ。

 フィフス・ヴァンガードにそれなりに近いその町の端に、ノイズが出現したらしい。

 部隊は各員、四台しかない車に無理矢理付けた荷台にぎゅうぎゅう詰めにされて戦場へと向かう。戦闘になれば荷台を切り離し人を散開させ、車は車で運用される手筈になっている。

 

 

「……」

 

 

 死にたくないという願いしか持てない、けれど持ちたいと思う少年は、死地に向かう中でも平然としたものだ。

 「死ぬかもしれない」という恐怖の片鱗すら見えない。それは少年の願いを知っていれば、どこか違和感を抱く姿だった。

 死にたくないのだろうに、死にたくないように見えない。

 その理由に気付いているバーソロミューは、ありったけの罪悪感を飲み干して、ゼファーの向かい側に座って語りかけてきた。

 

 

「おう、今日も平然としとるの。ゼファー」

 

「バーさんもいつも通り飄々としてるけど」

 

「カッカッカ、ワシの方はお前さんと違って年の功じゃわい」

 

 

 ノイズの出現地点が街のど真ん中なら全滅必至のゲリラ戦、郊外に引き寄せられるなら多少有利な機動戦、人が周囲に全く居ない場所なら車で引き回して逃げ回る。

 そこからさらに細分化するが、まあ彼らの作戦は大体そういった感じだ。

 今回はかなり有利な郊外戦に引き込める自信がバーソロミューにはある。

 車でノイズを引き回しつつ、密集していない建物を利用しての攻撃も出来る。人数が絶望的に少ないという一点を除けば、最高と言ってもいい。

 何か失敗でもしなければゼファーはいつもの通りに生き残るはず……そう思っても、心配してしまう。

 祖父が孫に過保護になるように、何度出撃を重ねてもバーソロミューが出撃前にゼファーを心配して話しかけることは無くなりそうにない。

 ゼファーもそれを鬱陶しがることはなく、むしろ表情は少し緩んでいるくらいだ。内心は結構嬉しいのかもしれない。

 

 

「いつもの配置の確認? ちゃんと覚えてるから大丈夫」

 

「ノイズの種類にもよるが……油断せず、状況が悪くなったら逃げを第一にの」

 

「バーさんが居るし、何よりビリーさん居るし。あんまり心配してないよ」

 

「お前さんあいつへの信頼がハンパないのぉ。分からんでもないが……」

 

「……バーさんはあの人のことあんまり好きじゃないのか?」

 

「個人的には好ましいと思っとるが、複雑にも思っとる。

 ジェイナスと似たような理由というのが気に入らんが」

 

「?」

 

「お前さんが大人になって、いい人を見つけて、子供ができたら……いつか分かるかもしれんの」

 

 

 頭の上に?を浮かべるゼファーを尻目に、初老の中隊長はプラプラと手を振りながら自分の席へと戻って行った。

 何の話だろう、と思いつつも大人になったら分かるのならそれでいいかな、と納得する少年。

 色恋も知らない身では、果てしなく遠い未来のことになりそうだ。

 

 

(大丈夫だ、あんなでもバーさんはたぶんこの世界で誰よりも多くノイズと戦ってきた人だから)

 

 

 有事には頼りになる、と、思考を戦闘に切り替える。

 連絡にあったノイズの総数はかなり多い。それに怖気づいたのか、ビリーが演説をした時よりも士気は確実に落ちている。

 自覚はないが、ゼファーも少し弱気になっているようだ。

 隣でうとうとしている頼りないジェイナスの顔を見て呆れ、頼りになる二人の事を思い出して自分を奮い立たせている。

 

 

(それに)

 

 

 あの人と一緒なら負けるわけがないと、自分に言い聞かせている。

 

 

(俺達には、英雄が居る)

 

 

 それが処刑台に向かって誰かの背を押す行為であると、終ぞ自覚しないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズにはいくつも種類があるが、その全ての種類と特性は知られていないと言われている。

 ノイズ自体の発生率がそこまで高くないこと、ノイズの出現及び消失も突発的で計測が難しいこと、そしてノイズに関わる人間が死にやすいことがその理由によく挙げられる。

 防犯カメラに残された「人間がノイズに炭にされ殺されている映像」が、一番ノイズの研究に役だっているという始末だ。

 ならばビリー達はどうなのかというと、実は先進国の研究者達と同格かそれ以上に詳しいとまで言われている。

 彼らは前線でノイズの行動・習性・性質を目に焼き付けている。

 焼き付けたそばから死んでいくのも日常であったが、生き残った人間は新入りに目にしたノイズの対処法を教え伝えていく。

 こうして最初はただ虐殺されるだけだった対ノイズ戦闘も、少しづつ、少しづつマシになっていったのだ。

 ゼファーも部屋に現在二冊目の対ノイズ用ノートを置いており、ビリーやバーソロミューから聞いた話を逐一書き込んで保管している。

 

 ゼファーのノートの中でノイズの分類は形状・攻撃・対処の三種で再度分類され、纏められていた。

 

 まずは形状。

 これはノイズがどういう形をしているかであり、ノイズは同じ形をしていれば全て同じルーチンを元に行動している。

 小型であればカエル型、人型、鳥型など。中型であれば……といった形。

 次に攻撃。

 これはノイズがどういう攻撃をしてくるかであり、生き死にに直結する重要事項だ。

 ゆったりと移動してくる通常型、これは走れば逃げられる。

 回転したり螺旋状になったり触手を出したりする変形型。特に螺旋状に変形してからの特攻は、死亡例が最も多い最大限の警戒対象である。

 体液を吐き出したり体の一部を切り離したり弾丸型ノイズを発射する遠距離型。当然飛び道具に当たっても炭化、即死という脅威の中の脅威だ。

 その他にも撃破困難で自壊もしにくい踏みつぶしに来る大型、ゼファーも見たことのない数百数千のノイズを投下する空母型等。

 最後に対処。

 走れば逃げられるのか、車で逃げれば逃げ切れるのか、速過ぎるからその場で左右に跳んで攻撃をかわすのか。

 相手の速度でまず対処法が変わる。

 サブマシンガンで倒せる身体の強度なのか、それでも大口径の機関銃が無ければ倒せないのか。

 ノイズの身体の強度でまた変わる。

 ノイズの形状が何型か、ノイズの攻撃が何型か、そしてそのノイズの機動力と耐久力はいかほどか。

 それを全て勘定に入れて考えるのが、対処である。

 

 ゼファーはノートに自分が書き込んだ内容を一つ一つ思い出し、受験生が数学の公式をそうするように、自然に思考に浮かんでくるように頭に染み込ませていく。

 人から話を聞き、ノートに纏め、時間の許す限り読み返し、実践する。

 それだけだ。ゼファー・ウィンチェスターが戦場で生き残るために使える武器があるとすれば、それしかない。

 

 

『ノイズ見えました! 車両αに引きつけられて……到着まであと大体五分位と予想!』

 

 

 通信機からの声に大体かい、とツッコミもせずに息を吸う。

 いつもの通りに安全な場所を求めて作戦ガン無視で姿を消したジェイナスを確認し、大きく吸った息をため息として吐く。

 どうせ安全な場所からちまちまと銃を撃ってるに違いない。その内姿を見せるだろうと、気を引き締め直す。

 荒野にポツンと立っている十数個の建物の密集地、その端に立てられている建物の四階の一室でゼファーは息を殺している。

 ノイズが通りかかったらサッシごと外しておいた窓の穴から一斉射撃。

 その後は指示された通りに動き、ノイズ達の時間経過による自壊まで生き残ればいい。

 いつもの通りに戦い、いつもの様に生き残る。嫌な予感は意図して無視する。

 青空は暗雲に覆われて、西風は吹かない。暗く広がる荒野だけが不気味に視界に広がっている。

 手のひらの汗をズボンで拭い、ゼファーはカチャリと銃を持ち直す。

 集中する。

 ノイズが来たら、隠れるのをやめて身体を窓から出し、撃つ。それ以外の思考を切り捨てる。

 脳の機能を全て注いで、ようやくゼファーは一人前の戦士として戦える。

 

 

「―――!」

 

 

 集中のし過ぎで、耳に付けた無線機からの指示の中身が聞こえなかった。

 だが、声が聞こえた事実を聞き逃していないならば十分。

 

 

「くたばれ」

 

 

 流れるように窓の穴から身を乗り出し、銃を乱射する。

 乱射と言ってもその狙いは正確だ。身を乗り出し、ノイズを視認し、囮となっていた車両αに飛びかかろうとしていたノイズ三体の頭上にありったけの銃弾を注ぎ込む。

 数階分上の位置から重力に沿って斜め下に降り注ぐ鉄の雨は、ヤワな戦車すら食い破る。

 撃破は一体に留まったものの、残り二体は車両からの応戦によって結果的に撃破されたようだ。

 ノイズの攻撃の際は、最大のピンチでもあるが最大のチャンス。その時だけしか攻撃が通らないからこそ、その時だけ倒せるのだ。

 囮の車両は、こういった時にも有効性を発揮する。

 車に乗った人間に触れよう、惜しい逃げられた、少しだけ届かない、撃たれた。

 そうやって引き撃ちされるノイズは、人間サイドに唯一無二の勝機を見せてくれる。

 目の前に人参を吊り下げられた馬のように、目の前の人間に手を伸ばしては隙を突かれていた。

 

 マガジン一つを撃ち尽くしたゼファーは素早くマガジンを取り替え、一度戦場を見回す。

 すると自分の居る建物の入り口に入っていくノイズの一団が見える。

 思考は一瞬。ゼファーはそのノイズ達とは別の空に浮かぶノイズに向かって、銃を発射した。

 これもまた正確な射撃で数体の鳥型ノイズに命中するも、無情にも銃弾はすり抜けていく。

 ノイズが世界に存在する割合を自在に変化させられる位相差障壁は絶対だ。攻撃の際のカウンタータイミング以外では、どんなに正確な射撃だろうと無効である。

 むしろ空のノイズ達がゼファーに気付き、攻撃しようと姿勢を変える結果を招く。

 

 

「……」

 

 

 ゼファーは慌てず騒がず先に外し壊した窓のサッシを窓を外した後の穴の(ふち)に引っ掛け、そこにロープを結び付けた。

 背後のドアの向こうからずるずると何かを引きずるような音が聞こえる。

 空の鳥型がゼファーに狙いをつけて螺旋状に変形した。

 空と部屋の外、撃退不可の挟み撃ち。

 絶体絶命……しかし、少年はどこ吹く風でタイミングを図る。

 

 

(もう少し、もう少し……よし、今!)

 

 

 ゼファーは穴の縁に足をかけ、ロープを片手に飛び降りる!

 ロープの端はベルトに括りつけられている。階段を登りドアから飛び出たノイズの一団も、空から飛んで来たノイズ達も、落下速度を利用して回避する少年には届かない。

 そしてロープを掴みながら壁に足を付け速度を適度に殺しつつ、飛んで来た飛行型ノイズ達が建物に激突する直前に発砲。

 逃げたゼファーに追撃するため螺旋状の変形をやめて、元の鳥型に戻り速度を殺そうとしていたノイズ達は、攻撃の直後だったからか銃弾をモロに食らう。

 そして速度を殺せぬままに、壁に各々激突した。

 

 

「……これで死んでないって言うんだから、やってられねえ」

 

 

 残りのマガジンの弾を全部吐き出させても、残念ながら落下しながら下から真上に撃つのでは当然狙いは甘くなってしまっていた。

 そも、銃の照準器は重力を考慮し水平に打つ場合の指標となるものなのだから仕方ない。

 ゼファーの銃が放った銃弾はやたらと頑丈な鳥型ノイズに各一発ずつ命中し、ダメージは与えたものの撃破には至らない。

地面まで3mといった所まで降下した段階で、ゼファーはロープを手持ちのケーブルニッパーで切断、猫のような身軽さで着地する。

 振り向かず、迷うこともなく、ゼファーは近くの建物の一つを選択しそこへと踊り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって最前線。

 

 ゼファーがそうしているように、多くの人間にとってノイズとは小細工を最大限に駆使してようやく拮抗できる敵である。

 絶対の矛、炭素化。絶対の盾、位相差障壁。

 この二つが在る限り、ノイズは永遠に人間の絶対的な天敵種である。

 ……しかし、それは本当に絶対なのだろうか? 例外は存在しないのか?

 例えば――

 

 

「決して諦めるな! 絶対に、絶対だッ!」

 

 

 ――こうして声を上げながら、無双する一人の英雄は、どうなのだろうか?

 

 

「風向きは変わる! 総員、為すべきことを為して生き残れッ!」

 

 

 鼓舞の声を上げるため、足を止めたビリー・エヴァンスの下へとノイズが殺到する。

 50を超えるその数。しかしビリーは360°全ての方向から殺到するノイズの群れを慌てず視認し、その隙間へと跳び抜ける。

 空に開いたノイズの群れの中の人一人分の穴。地面から五メートルほど離れた地点にあるその穴を、まるでライオンの火の輪くぐりの如き跳躍でくぐり抜けた。

 普通の人間であればせいぜい2メートルしか跳べないであろう跳躍、しかしこの男が全力を出せば100メートル超の跳躍も難しくはないと断言できる。

 ノイズがあまりの速さにビリーを見失い、キョロキョロと隊列を乱したのが運の尽き。

 ビリーが背中よりその手に持ち替えるは『機関砲』。

 機関銃ではない、機関砲だ。

 

 機関砲とは戦車や戦闘機に取り付けられる、人間が撃つどころか持てるかどうかすら怪しいシロモノである。

 ガンダムの耳周りに付いているようなアレだ。

 つまり数十メートルサイズの人型兵器を破壊できる、間違っても人には持てすらしない重火器。

 そしてビリーは通信機片手に、機関砲を片手でノイズに向けて撃ち放った。

 

 

「2班3班の指揮を中隊長に!

 こっちは交戦に入った、指揮を予定通りブラウディアさんに一本化!」

 

 

 包囲からの脱出跳躍から機関砲発射まで2~3秒。

 ノイズが自分を炭化させんと緩めた位相差障壁がそのままであることを一瞬で見抜き、仲間に指示を出しつつ片手一斉掃射。集団の中の小型と中型のノイズが片っ端から吹き飛ばされるも、七割程度のノイズは倒せていない。

 人間離れしたビリーの絶技も、それに完璧に対応してみせるノイズも、人間が抗える域を超えている超常の存在であることはこれを見ればバカでも分かる。

 再度、ノイズはビリーへと襲いかかる。

 今度は突撃のタイミングを個々でズラし、位相差障壁を発動させている囮と発動させていない本命を混合させた複合攻撃だ。

 一体でも触れればいい。それだけで脆い人間は即死する。そんな、人々が災害と呼ぶ存在にあるまじき打算と戦術。

 しかしながら、ビリー・エヴァンスには届かない。

 

 

「―――」

 

 

 ノイズの身体が軋む音か、鳴き声か。兎にも角にもその音がスタートの合図。

 ビリーの足元の地面が小さくクレーター状に凹み、その姿が消失。地面を踏み砕くほどの力を込めての高速走行だ。

 しかし今度は完全に不意を突けなかったからか、ビリーから見て右に回り込む際に、敵左翼側のノイズ達に反応されてしまう。

 構わないと、ビリーは割り切った。

 左翼側のノイズごと固まっているノイズに機関砲を掃射。そのまま左翼側のノイズ越しに右翼側のノイズを狙う。

 左翼側のノイズが邪魔でビリーが見えていない右翼側のノイズは一瞬反応が遅れ、その一部が機関砲の餌食となる。膨大な火力は一直線にその暴力を見せつけた。

 しかし立ち位置を利用した完全な奇襲ですら、片翼側の一部を抉るだけに終わっていた。

 策も、絶対的であるはずの暴力も、人の域を超えた技巧も、人類の天敵たるノイズの持つ無敵の盾を貫けない。人類とノイズの力関係が、英雄の力をもってしても揺らぎそうで揺らがない。

 

 

(やってらんないね)

 

 

 地斜め前下の地面に向かって蹴りを入れ爆砕。

 ビリーは蹴撃一つで、ノイズを飲み込むように小規模な土石流を発生させる。

 ノイズ達が飲まれていくが、これが時間稼ぎ以上の効果を得られないことはビリー自身が一番良く理解していた。

 そして敵ノイズ達の頭上を跳び越えるように跳躍、鳥型ノイズの群れに向けて下向きに機関砲を撃ちその反動で高度を維持。

 機関砲の反動で飛行するという意味の分からない絶技をもってノイズの密集地帯を離脱、再度バク宙気味に数十メートル後方に跳躍して仲間の車の助手席に着地した。

 後部座席に座る比較的新入りな男はビリーの戦いを見て開いた口が塞がらないようだ。

 しかし運転席に座っている男は見慣れているのか特に動揺もせず、車を発進させる。

 

 

「やれやれ、本当にノイズは怖い」

 

「天下のビリー・エヴァンスが怖いもんに俺らが勝てるわけ無いでしょうに」

 

「勝つんじゃない、逃げるのさ……さて」

 

 

 運転席の男の軽口を聞き流しつつ、ビリーは無線で現状確認。

 現状は最初に思っていた以上に上手く行っている。まだ序盤だが死者三人。ビリーは自分の予想では、もっと死んでいるだろうと思っていた。

 半分生きて帰れれば奇跡だというのが彼の予想である。

 ビリーの予想は的確だ。ノイズ出現の日付ですら当てる彼の予想が覆される時は、大体一人の少年が頑張ってくれている時である。

 

 

「あの子がよく頑張ってくれてるみたいだ」

 

「あのガキですかい? あっしはよく知らんのですが、役に立つんですかねえ」

 

「立つさ。今日もずっと安全な場所を探すだけでなく、

 ギリギリまでノイズを引きつけてから逃げることで僕達の負担を減らしてくれている」

 

「へぇ、あのガキが……勇気ありますねえ」

 

「そうだね。彼の中にはまだ芽も出ていない、小さな勇気の種がある」

 

(僕と、違って)

 

 

 ビリー・エヴァンスはその力の大きさゆえに、一番ノイズが集まっている場所で戦うべきであるし、本人もそう思っている。

 それが最大多数を生かすための最善策であり、彼の望んだ役回りだった。

 常人であれば顔を曇らせる、あるいは歪ませる。

 それがごく普通の人間の感覚だ。力があるがために押し付けられた責任に、死の危険に、辟易した表情を自然と浮かべる。

 

 しかし、彼は笑っていた。

 仲間を勇気づける作った笑みではない。それは心からの笑顔だった。

 車を走らせ、死地へと喜んで向かう彼の笑顔は、生の苦しみから解放される寸前の自殺志願者の笑みそのものだった。

 その笑顔の理由を、意味を、知る者はこの世にはもうほとんど居ない。

 

 

「その種が萌芽するまで彼が生きられるかどうか……いや、生き残るだろうね」

 

「英雄様がそこまで断言するとは、そいつもアンタのご同類ですかい?」

 

「いや、全然。ただね……」

 

 

 少年の事を手慰みに話す英雄の笑みの意味を、前を向いている運転手の男も後部座席の新人も気付けない。英雄という名に覆われた違和感を疑わない。

 その強さを、人格を、導かれる勝利を疑わない。

 ノイズを歯牙にも掛けない圧倒的な強さは、間違いなく他者が彼個人を見る目を曇らせていた。

 そんな己を自嘲しながら、英雄は今も戦っているであろう弟のような少年を思う。

 

 

「君、勘のいい人間ってどう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビリー達が向かうノイズの密集地帯近く、建物の中をゼファーが走る。

 やがて辿り着く分かれ道。右……いや、左。

 直感の判断に身を委ね、ゼファーは全速力で走るままに左へと曲がる。

 直角に曲がったせいで多少速度は落ちたものの、すぐ後ろまで迫っていたノイズと右の道から突っ込んできたノイズが衝突し、少し余裕ができた。

 そのまま壁の崩れた部分から走り幅跳びの要領で跳躍、向かいの建物の窓枠へとへばりつく。

 ぜーはーぜーはーと切れる息を整える余裕も無く、落ちてたまるかとばかりに必死に這い上がり建物の中へ。そこでようやく四つん這いになって息を整えることが許された。

 

 

「ぜー、ぜー、はぁーゲホッゲホッ! がふっ、っ、はひゅー……ふー……」

 

 

 水筒の口を開けて口を付けようとして、背筋に走る悪寒。

 遮二無二横へと跳ぶと、一瞬後に窓の穴から螺旋状に変形した鳥型ノイズが弾丸のように飛び込んで来て、先程までゼファーが居た場所を貫いた。

 

 

「ああ、もう、帰りたいッ!」

 

 

 すかさず発砲。この距離なら外しようがなく、かつこのタイミングなら間違いなく当たる。

 至近距離でアサルトライフルの弾丸一ダースをプレゼントされたノイズは横方向に派手に吹っ飛び、壁に叩きつけられ、そのまま炭素の塊となって崩れ落ちた。

 

 

「あーあ、水筒までついでとばかりに潰していっちゃって……」

 

 

 この場に居るのも危険かな、と判断し駆け出す。

 少年が部屋から出て階段を降り始めた途端、向かいのビルから同じように飛び移ってきてなだれ込んで来るノイズ達。

 冗談じゃない、と口にしながら転がり落ちるように駆け下りて行く少年の姿は、いささかシュールですらあった。

 建物から出てすぐさま建物と建物の隙間の路地裏へと滑り込み、ようやくゼファーは一息つけた模様。汗だくなのに水筒はなく、乾いた喉のお陰でノイズぶっ殺すという気持ちは更に加速した。

 

 

「ふぃー……」

 

 

 一つ。戦闘における直感というものは、大体が反復作業と視覚に由来する。

 すなわち目が何を見たら体をどう動かすか、という瞬間的な判断で正答を出すということ。

 危険なものを思考ではなく反射で理解する眼力と言ってもいい。

 一つ。女の勘、傭兵の勘、直感にはそういったフレーズが存在する。

 それは積み重ねてきた経験が生む、理にそぐわない正答を出す力のこと。

 どういう人生を生きてきたかによって変化する、知識由来の直感のことだ。

 そして最後に一つ。

 世間一般で知られる直感というものは、主に理屈で説明できない第六感であると言われる。

 これは完璧に生まれつきの才能に依存する、正答率を1%から2%にするような微々たる力、特異な感性のこと。

 直感にも様々なものがあり、どんな人間にも大なり小なりそれは備わっている。

 じゃんけんで何の理屈も知らないままに直感で出した手で連戦連勝する人間が時々居るが、そういう人間こそ直感力が優れていると言えるだろう。

 

 目、経験、感性。

 ゼファーは前述の三つの直感力を複合させ、人並み外れた直感を持っている。

 

 

「……移動するか」

 

 

 それは異能と言うほどのものではない。

 単に生まれつき勘の鋭かった人間が、幼少期から『そういう場所』で育った結果、環境に適応して生き残るために最善の機能を成長させてきただけの話。

 だから生き残った。歴戦の初老の男のように、英雄と呼ばれる男のように。

 この地で子供がノイズと戦い、生き残っているのに何の取り柄も無ければそれこそファンタジーだ。力もなく、技術もなく、ただ生き汚く足掻き続けるための死を回避するための勘がある。

 人間が戦いポンポン死ぬ地に人間を次々と放り込んでいけば、当然最後には『こういう人間』が残っていくのだろう。まるで蟲毒のように。

 勘の良さで生き残れたと言うべきか、生き残れてしまったと言うべきかは分からない。

 

 

「……」

 

 

 耳に届く砂の擦れる音、おそらくノイズ。

 銃声は無し。つまり現状誰も交戦はしていない。しかし、『居る』だろうと判断。

 ゼファーは地面に指で線を描いて射線を計算し、一呼吸。覚悟を決め飛び出した。

 飛び出したゼファーは直感が告げたそのままに、ノイズ二体の背後を取った。

 振り向き、背後のゼファーを視認し跳びかかってこようとする人型ノイズ達。

 片方にのみ狙いを定め、連射。先行して接近していたノイズの腹にありったけの弾丸を叩き込み炭の塊へと還す。

 しかしもう片方の接近を許してしまう。

 マガジンは空、銃口も向けられていない、避けられもしないタイミング。

 ゼファーの首筋に人型ノイズの手が、触れ――

 

 

「この、馬鹿野郎がッ!」

 

 

 ――る前に、横合いから放たれた鉛のシャワーに飲み込まれる。

 あと十五センチほどで少年の命を刈り取れたであろうノイズは横方向に吹っ飛ばされ、もんどり打って倒れて炭素塊へと還って消える。

 物陰から叫びながら飛び出したジェイナスによる奇襲。

 否、奇襲は偶然だ。ゼファーがノイズとジェイナスの位置を把握して、そうなるよう仕向けただけの話。事前の打ち合わせなどは一切無い。

 ジェイナスはさぞ肝が冷えただろう。

 

 

「あ、居た居た」

 

「居た居た……じゃねーよ! てめえは死にてえのか!」

 

「配置とかノイズの場所とかの話は通信で逐一確認してたから。

 安全な場所を探してウロウロしてるジェイナスなら、この辺に居ると思ってた。

 それで近くにノイズが居たなら、目も離してないだろうって思ってさ」

 

「俺が居たとして、ノイズの位置を把握してたとして、あの場面で出るなんて保障ねえだろ!

 あ? なんだ? いつもの勘か?」

 

「いや、ジェイナスなら援護してくれるって信じてた。勘とか抜きでさ」

 

「……」

 

「集合しろって指示出てるけど、行く?」

 

「行かねえ、あんな前向きな自殺志願者の英雄様の指示なんて聞けるかよ」

 

「自殺志願……?」

 

「お前にゃ、今のままじゃ一生分かんねえだろうさ……ほらさっさと行け、死ぬなよ」

 

「ん、ジェイナスもな」

 

 

 ジェイナス・ヴァスケスは卑怯者だ。

 誰もが命を賭して戦う中、平気で逃げ回って戦わない。

 そして戦いが終われば口八丁手八丁で誤魔化し、自分がさも仕方なく戦えなかったかのように言い繕う。嫌いな人間はとことん彼を嫌うだろう。

 だからこそ生き残る。彼は生き残るための手段を選ばない。

 勘の良さで紙一重の生を勝ち取るのがゼファーなら、そもそも危険な場所に近づかないのが彼。

 だが、ゼファーは知っている。

 卑怯者であっても、それが彼の全てではないと。

 卑怯なだけの人間は仲間のピンチに援護をしない。「死ぬな」なんて言わない。

 一番ではなくても、ゼファーはそれなりにジェイナスに好感を持っている。

 

 

「あ、水筒持ってない? 喉乾いて死にそう」

 

「ハッ、ガキはミルクの方がいいんじゃないのか? ママのおっぱいが恋しいだろ?」

 

「ミルクとか生まれてこの方飲んだ事も無いから……あるのか? ないのか?」

 

「俺の水筒の中にはウィスキーしか入ってねえんだぜ?」

 

「……お前さぁ」

 

「酒でも飲んでなきゃ繊細な俺はこんなとこで正気で居られないんだってーの」

 

 

 ……好感は、持っている。

 しかし直して欲しいなぁという部分も数え切れず。

 これでビリーと同年代の大人なのだというのだから世も末だ。

 フィフス・ヴァンガードはまんま世紀末な世界なので世も末とは言い得て妙かもしれないが。

 こんなんだから銃の腕がそれなりにあるのに、尊敬されないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビリーは規格外の強さ、ゼファーは勘の良さ、ジェイナスは卑怯さ。

 ならばビリーやゼファーと同じくこの激戦区で五年以上生き残っているバーソロミューは、何を武器にしてノイズとの戦いを生き残って来れたのだろうか?

 

 

「足を止めるな! 五分後に車で全員拾って離脱する!」

 

 

 バーソロミューは、人の使い方が異様に巧い。

 戦略単位でも、戦術単位でも、個人の戦闘の仕方に対しての指摘ですらそうだ。

 今も車を使ってノイズの注意を散らし、陣形を自在に組み替えノイズを翻弄している。

 攻撃ではなく人間に食らいついていくノイズの性質を利用し、逃げの一手のみを駆使してノイズを巧みに分断・再合流させている。

 一斉にかかられる数が多すぎるとノイズは対処しきれない。しかし、広範囲にバラっと散られても、それはそれで対処できない。

 建物の間の路地に引き込んでの線の射撃、囮の車に引っ付こうと人参を目の前にぶら下げられた馬のようになったノイズに斜め二方向から交差集中砲火、常に動き回らせて攻撃回避。

 集団の強みを最大限に活かしつつ、死者と疲労で空いた穴を逐一指示して埋めていく。

 ノイズは何故か、建物を透過できるにも関わらずしない事が多い。

 銃弾を撃たれてから透過するなんて馬鹿げたことを時々するくせに、狭い路地を全員で進んでぎゅうぎゅう詰めになったり、わざわざ階段を登って建物の中を進んで行ったりする。

 理由は分からない。しかし、災害とも害獣とも思えないような行動様式だ。

 バーソロミューはその奇妙な行動パターンを長い時間と犠牲者を代価にデータを集め、分析・研究し、一定の法則性を見出した。

 それはボードゲームで対戦相手の過去の試合を研究するようなものだ。

 完全に予測もできないし、やらないよりやった方がマシという程度のものだが、指標にはなる。

 

 

「起爆じゃ」

 

「いーえっさー」

 

 

 部下に指示を出し、建物の中にノイズを引き込んだ後爆破。

 崩落する建物と、潰されるノイズ達。味方の中から歓声が上がるも、瓦礫の下からほぼ無傷のノイズ達が瓦礫を透過しつつ這い出してくるとピタッと止まる。

 

 

「怯むな! 三割は減っておる! 予定変更せず車で退散じゃッ!」

 

「「「応ッ!」」」

 

 

 嘘である。よくは見ていないが、目算で一割から二割しか減っていない。

 罠臭さを消して、短時間で巧妙な罠を仕掛け、四人の仲間を犠牲にしての作戦が完璧な形で決まってた上での戦果がこれだ。バーソロミューは歯噛みする。

 あまりにも卑怯だ。戦術で完全に上を行ったとしても、駒一つ一つに差がありすぎる。

 それでも、バーソロミューが指揮しているからこそ戦えているのだ。

 人を使う力、という一点がずば抜けているバーソロミュー。老獪な彼の戦術と一団となった人間の連携の力を持ってしても、ノイズとの差は埋めがたい。

 

 

「ブラウディアさん!」

 

「……ビリー!」

 

 

 いい加減限界が来始めた戦況を同行しようと思案するバーソロミューが乗る車、その車に並走するように近づいて来た車にはビリーが乗っていた。

 一番働いているはずなのに一番疲れていなさそうに見えるのは流石に英雄といった所か。

 この男が一人居るだけで、絶望的な戦いの中でも勝機が見えてくる。

 バーソロミューは疲労の溜まった老骨に、今一度と鞭を打つ。

 

 

「働いてもらうぞ、英雄殿」

 

「ええ、お任せを。

 うちの小隊が特殊とはいえ、あまり単独行動を続けるのも示しがつきませんしね」

 

「……お主らは誰と組ませても結果的に単独行動になるんじゃ、仕方なかろう」

 

 

 単独で運用するのが最善のビリー、逃げるジェイナス、一人だけしぶとく生き残るゼファー。

 ならば一箇所に最初から集めておこう、そんな問題児小隊。

 苦笑しながら、ビリーは機関砲を両手で構えて車の後方に撃つ。

 身体を操作し反動を消す、消力(シャオリー)と呼ばれる技法を駆使した絶技だ。

 反動が車を揺らし、運転手が男臭い悲鳴を上げた。離れた後方でノイズが次々に炭へと還る。

 ノイズの位相差障壁の原理と脅威は、「この世界に己が何%存在するかを任意に決められる」という一点に集約される。

 この世に10%しか存在しないノイズには、銃も1/10のダメージしか与えることはできないのだ。

 ならば、十倍の威力の銃を用いたらどうなるのだろうか?

 一例を挙げる。コルトガバメントという拳銃と、ブローニングM2という重機関銃の一発あたりの威力の差は約40倍だそうだ。

 無論、拳銃の弾で倒せない肉体強度を持つノイズがこの世界に10%しか存在していない場合、十倍の威力の銃を用いたとしても倒すことはできないだろう。

 しかしそうでないノイズも多い。脆いノイズ、柔らかいノイズも確かに存在するのだ。

 そして彼が手にしている武器は十倍や二十倍といったケチな威力ではない。

 戦車の装甲を食い破り、戦闘機を地上から撃墜する。そういう火力を吐き出すバケモノだ。

 ノイズの足を遅らせるための牽制射撃ではあったが、何体か0%ではなく数%~十数%にしたままだった個体が居たらしく、弾丸にその身を食い破られる。

 その姿に、強さに、疲労困憊で絶望を顔に浮かべていた者達が勇気付けられる。

 「この人が居れば生き残れるかもしれない」。そんな希望が広がり始め、誰もがその瞳に光を取り戻し始めていた。

 

 

「助かる」

 

「いえいえ。では僕はノイズの数を減らしつつ、ゼファー君達と合流するということで」

 

「もうノイズの最初の出現からそれなりに時間が経った……自壊開始まで、そうあるまい」

 

「ええ、もうひと頑張りです」

 

「おうとも」

 

 

 ヒュン、と車上からビリーの姿が消える。

 かと思えば車と並んで並走を始めており、助走をつけてから一気に跳躍。

 一歩が百メートルのスキップとしか言い様がない跳躍の連続を成し、車を置いてけぼりに先行していった。

 

 

「……もうアイツ一人でええんじゃないかな」




ゆ゛る゛さ゛ん゛

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