戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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一度目・深淵の竜宮防衛戦
二度目・デュランダル防衛戦
三度目・?


6

 その日、小日向未来は板場弓美の家に招かれていた。

 "アニメ貸してあげる"という名目での友人同士の遊びであり、安藤創世や寺島詩織も集まって、休日の午前中を四人で過ごしていたのである。

 各々用事があるということで午前中だけで解散したが、本来ならばこの集まりも四人ではなく、五人で集まるはずだった。

 "用事ができちゃった"と予定をキャンセルしてきた響を想い、未来は人知れず溜め息を吐く。

 

(響、今日は一緒に行こうって約束してたのに……)

 

 弓美達もいい友人だが、やはり親友が隣に居ないと、未来は寂しさを感じてしまう。

 家族の次に付き合いの長い二人の親友が、今はどちらも未来の隣には居ない。

 

(でもきっと、響とゼっくんは今、一緒に居る……)

 

 響が怪我をするなどとは思っていない。

 未来はゼファーの性格をよく分かっているからだ。

 だがゼファーが怪我しないとも思っていない。

 未来はゼファーの性格をよく分かっているからだ。

 

「……バカ」

 

 未来はゼファーのことを心配している。響のことを心配している。

 いつでも無事で居て欲しいと思っている。

 だが今は同時に、"恐れ"てもいた。

 

 未来は自分に力が無いことに、ずっと悔しさを感じていた。

 力があれば、せめて何か……何かゼファーのためにできることがあるんじゃないかと、ずっと思っていた。未来は響と違って、ナイトブレイザーの正体を知っていたから。

 だから自分が何も出来ないことに、心のどこかにしこりのようなものをずっと感じていた。

 だから恐れた。

 『もしも』、響が、ゼファーのような力を手に入れていたとしたら……?

 

 いや、それだけではない。

 未来の一番の親友は響で、響の一番の親友は未来だ。

 それは勘違いや思い上がりではなく、ゼファー・響・未来の三人に共通する認識である。

 だが、その関係は永遠を保証されたものなのだろうか?

 立花響と、ゼファー・ウィンチェスターが、『もしも』共通の力を手に入れたなら?

 

 小日向未来は、本当に立花響の一番の友達で居られるのだろうか?

 

「いや、本当にバカなのは、私なのかな……」

 

 小日向未来は恐れている。

 『三人』が『二人と一人』になることを恐れている。

 

「……」

 

 無論、こんなものはただの想像だ。妄想と言い変えてもいい。

 未来も歩きながら(かぶり)を振って、何の根拠もない妄想と恐れを振り払っている。

 だけど振り払っても振り払っても、この不安は消えてくれない。

 

(きっと嫉妬してるんだ……きっと寂しいんだ……私は……)

 

 "もしも、自分だけがあの二人と『同じ』になれなかったら?"。

 

 そう思い、恐れた未来であったが……そんな彼女を押し包むように、盛大な警報が鳴り響く。

 

「っ! この警報、まさか……!?」

 

 小日向未来は、常識的に物事を判断できる少女だ。

 高速道路に近寄るなという警告、鳴り響く警報を耳にして、逃げ道を誤るなんてことはまずありえない。彼女は近くに居た老婆の手を引きながら、彼女らしく避難する。

 警報が鳴っているというのに、見捨てるという選択肢は彼女の中には無かったようだ。

 

「おお、おお、ありがとねぇ……」

 

「困ったときはお互い様ですよ」

 

 避難誘導を行っていた一課の人間に老婆を引き渡し、未来は"異様に落ち着いて避難している周囲の人間"を見る。

 "幾度と無く危機に遭い、そのたびに守られてきた者達"を見る。

 "英雄を信じている彼ら"を見る。

 休日の真っ昼間だというのに、人々はこれ以上ないほどの効率で避難誘導に従っていた。

 

 時が経つたび、何かあるたび、人は変わっていく。

 信じることが最善を選ばせることもある。

 そんな人々を、未来は見ていた。

 

「! あれは……」

 

 そして未来は、ふと今や誰もが離れている高速道路に目をやった。

 国民の誰もが知る脅威の一つ、ゴーレム。未来が目をやったまさにその時、ゴーレムがナイトブレイザーを地に叩き付けるのが彼女の目に映る。

 重い大型車をいくら乗せても壊れない頑丈な高速道路が砕かれ、その下の大地に黒騎士が叩き付けられ、粉塵が舞い上がったのが遠くからでもよく見えた。

 

「―――!」

 

 助けられる、と思ったわけではない。

 役に立てる、と思ったわけではない。

 相も変わらず未来の中には、無力の自覚と無力の悔しさという裏表の感情が在る。

 小日向未来は、自分が無力であることを知っていた。

 

 それでも、じっとしてなんて居られなかった。

 

 その結果自分がどうなるとしても、"もしも"ゼファーが大変なことになっていたら身を呈してでも助け出そうと、そう決めた彼女の覚悟に対する世界の返答は、真実を彼女に伝えることだった。

 そうして、ゼファーと響と未来は、望んでいなかった戦場での顔合わせをしてしまう。

 誰が悪い、というわけでもなく。

 強いて言うなら、運と巡り合わせが悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十九話:三対三、三者三度の防衛戦 6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小日向未来は、隠されていた真実を知ってしまった。

 彼女はゼファーらに保護されるも、二課本部に護送されていく間、一度たりともゼファーや響と言葉を交わすことはなかった。

 戦闘の後始末を別舞台に任せ、未来を連れて部隊は本部に帰投する。

 

 そしてゼファーは、この日に起こった一連のことを説明するために、弦十郎と一対一で対面していた。

 

「またあの子か」

 

「はい、あの子です」

 

 弦十郎も数年前、ゼファーが"誰のためにナイトブレイザーの力を覚醒させたか"を、その時顔を合わせていた少女のことを、ちゃんと覚えていた。

 シンフォギアの装者の個人情報は最高機密であり、翼や響も"親しい友人相手であっても話すな"と厳命されていた。

 だが未来は、装者の正体に匹敵する機密であるナイトブレイザーの正体を知っている。

 だから彼女に限っては、装者の正体を知られることはリスクの増加とイコールにはならない。

 

 なので二課から見れば、小日向未来に立花響の事情が知られたということは、何一つとして痛手になりはしないのだ。

 未来に知られて困るのは、響とゼファーの二人のみ。

 そう、精神的に不安定で居ては困る、戦力の核である二人だけなのだ。

 

「お前は響君を何事も無く日常に戻したかったから、あの子に隠していたんだったか」

 

「……はい」

 

「だがもう、その我儘も通らんだろうな」

 

「はい」

 

 ゼファーは響が戦いから降りる意志を見せたなら、すぐにでも響が以前と同じ日常に帰ることが出来るよう、色々と考えていた。

 未来に対し秘密にしていたのもそうだ。

 響の安全を考えるであろう未来、未来に何か言われても自分を曲げないであろう響が、この件に関して口論でもしてしまったなら、ややこしくなるのは目に見えている。

 それに、未来の心的負担が跳ね上がるであろうことも目に見えていたから。

 

 ゼファーもまた未来の理解者の一人である。

 彼は"傷付くゼファー・ウィンチェスター"を見て未来が心痛め、心配し、無力であることを気にしていることにも感付いていた。

 時間が解決してくれるだろうとは思っていたが、ここで響まで"ゼファーと同じ枠"に入ってしまったらどうなってしまうのだろうか?

 未来の心配は二倍、心労も二倍、気苦労も二倍だ。

 ひとたび二倍になってしまえば、それが時間が解決してくれるもののままで居てくれるのかどうか、ゼファーには確信が持てなかった。

 

 それは響が装者であることを知る前の未来がしていた心配よりも、遙かに大きな心配になると、彼は確信していた。

 そして、今や未来は親友の二人が戦場に立っているということを、知ってしまっている。

 

「ヒビキは戦いから降りない覚悟を見せてくれました。

 ミクは俺とヒビキが秘密にしていたことを知ってしまいました。

 ……本当に覚悟が決まってなかったのは、俺だったんです。

 隠してたのも俺の都合です。俺は、一人の男から預かった娘を……

 ヒビキを、どう尊重してやればいいか、どう守ればいいか、決めきれていなかったんです」

 

「まあ、気楽に決められることじゃあないだろうな」

 

「だから、中途半端な選択を選んでしまって……ミクの顔を曇らせてしまった」

 

 ゼファーはもはやこの程度のことで心を病みはしない。

 ただ過去の選択を悔いて反省し、最善を目指して思い悩むことはある。

 響の成長も、翼の心の問題も、結局彼は正確に読み切れてはいなかったのだ。

 そして今、未来に対し秘密にしたツケを支払わなければならなくなっている。

 

 全ての事柄に対し最善の選択肢を選び取るなど、それこそ神にのみ可能な所業だろうが、それでも彼は反省せずには居られない。

 

「どうする気だ?」

 

「全部話します。ここまで来たら、もう隠す意味がありません」

 

 未来の心労は相当なものになるだろう。

 それでも……それでも、ゼファーは彼女に全てを話さなければならない。

 彼は弦十郎に"任せて欲しい"と言ったから。彼は響の友であり、未来の友だから。

 彼には自分の口から伝えなければならないという責任がある。

 

「分かってもらえると思うか?」

 

「分かってもらうしか、ないです」

 

 そう言って、ゼファーは頭を下げて退室していく。

 ふと、弦十郎は腕を組んで思考する。

 彼が小日向未来に対し秘密にしたのは、本当に彼が口にした理由だけなのだろうか、と。

 ゼファーに隠し事をしている様子はなかった。

 だが弦十郎は、なんとなく彼なりの直感で違和感を感じ取る。

 ゼファー当人の考えと独立し、彼の中で判断を左右しているものがあるとすれば……

 

「……勘か?」

 

 それは、彼の直感しかあるまい。

 ゼファーがもし、"小日向未来には隠した方がいい"と無自覚に直感していたのだとしたら?

 

「だとしたら、もう一波乱あるかもしれんな」

 

 この弦十郎の呟きと懸念は、現実の物となるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュランダル移送から始まった戦いが終わった、その夜のこと。

 未来に与えられた部屋の中で、ゼファーと響と未来は顔を付き合わせていた。

 事情を話し終え、ゼファーは未来に深々と頭を下げる。

 

「―――って、ことなんだ。これが俺達が、未来に話せなかったことだ。黙ってて悪かった」

 

「ごめん、未来。ずっと嘘ついてまで、隠し事してて……」

 

「……」

 

 未来は暗いような、難しそうな表情を浮かべて、視線を落としている。

 響も申し訳無さそうな表情を浮かべていて、まるで親に怒られる前に怯える子供のようだ。

 なまじ素直に怒ってくれた方が分かりやすくていいのだが、未来は心の中の激情を口に出さずに溜め込んで、しかもそれがゼファーや響からも見て取れるほどのものであったため、迂闊に触れられない感情の爆弾のようなものになっていた。

 

 響は隠し事をしていたことを怒られると思い、ゼファーはそれよりも少しだけ、未来の心の中に渦巻いているものに対し正答に近い推測を立てていた。

 響は多少なりと鈍感だ。

 ゼファーは他人の顔色を伺いながら生きていた時期がある。

 だから、というわけではないが。

 

「ヒビキは絶対守る。ヒビキにも、ミクにも約束する。

 だから今は……ヒビキの決断と覚悟を、尊重してやってくれ」

 

「ごめん、未来! もうちょっとだけ、ゼっくんと一緒に頑張らせて!」

 

 ゼファーと響が二人で未来に語りかけている構図に、響の言葉が後押しとなって、未来に『三人』が『二人と一人』になっているかのように見える視界を植え付ける。

 

「出てって」

 

「未来、話を―――」

 

「出てってッ!」

 

 響は気圧されながらも未来に歩み寄ろうとしたが、返って来たのは更に明確で強力な拒絶。

 

「悪いことをしたって思ってるなら、今は、二人共、私の前に顔を見せないで……!」

 

 未来は響も、ゼファーも一緒くたに拒絶した。

 あるいは二人そのものではなく、二人を見るたびに思い出す『何か』を拒絶していた。

 だがヒステリーに近いその拒絶は、ただ単に二人を拒絶しているようにしか見えなくて。

 

「友達の顔して、私の前で並んで居ないでッ!」

 

 二人は叩き出されるように、その部屋を追い出されてしまった。

 

 

 

 

 

 手を後ろに回す響、腕を組むゼファー。

 二人は沈痛な面持ちで、肩を並べて廊下を歩く。

 

「悪い、ヒビキ。俺の失態だ」

 

「ゼっくんは悪くないでしょ。

 未来に心配かけないために黙ってようって思ったのは、私だって同じだし」

 

 二人は未来と仲直りがしたい。

 しかし、今の未来には取り付く島もない。

 翼との確執を乗り越えた途端にこれだ。"私呪われてるかも"と響が呟くのも、今日ばかりは妥当な実情を伴っていた。

 

「それに、未来はゼっくんより私の方に怒ってるだろうしね」

 

「それはないだろ。なんでそう思うんだ?」

 

 言い訳みたいな笑顔を顔に浮かべる響に、ゼファーは怪訝そうな顔をして問い返す。

 

「だってゼっくんは、未来に隠し事もしてないし、嘘もついてないもん」

 

「いや、俺は……」

 

「ゼっくんはその辺、あんまり考えてなさそうだけどね」

 

 ゼファーは『自分は今未来に話せないことを一つ抱えている』と未来本人に言い、頭を下げるというヘンテコなスタンスを取っていた。

 話せないことはあった。だが隠してはいない。

 嘘も付かなかった。"話せないことがある"と言っていただけだった。

 隠し事をしている、と公言して憚らない時点で、それは隠し事であって隠し事ではない。

 

 ゼファーはそこまで意識していないのだろうが、響にはちゃんと分かっている。

 未来が嫌がる『隠し事』という事柄を、彼は彼なりに最大限に避けていたのだと。

 

「ゼっくんは頑張ってるよ。ゼっくんは悪くない」

 

「それを言うならヒビキだって頑張ってるし、ヒビキだって悪くないだろ」

 

「あはは、そうだといーねー」

 

 だが未来に心配をかけないように一から十まで隠そうと嘘をつくのも、言い訳のような笑顔で本心を隠すのも、響の善意ゆえの行動。

 それが間違いであるなどと、誰が言えようか。

 響がいくらゼファーを持ち上げようと、ゼファーは響を肯定するスタンスを崩さない。

 

「でも、やっぱり辛いな……未来にああ言われちゃうのは……」

 

 しかし、ゼファーの肯定は、気落ちする響の心を上向かせることは出来なかったようだ。

 

「友達面するな、だってさ」

 

「ヒビキ、ミクがそういう意図で言ったわけじゃ……」

 

「だとしても、落ち込んじゃうよ、本当に。

 ……未来がどんな意図で言ったかなんて、分かんないし」

 

 "友達であることの否定"。

 その真意がなんであれ、未来の言葉は響の心を深く傷付けていたようだ。

 おそらくは、響が傷付くことなんて望んでいない、未来が想定していなかった形で。

 響が未来の言葉で深く傷付いたということだけで、今の未来が冷静でないということが分かるというのだから、本当にこの二人の絆は強い。

 だからこそ、友達であることの否定というこの傷も深くなってしまったのだろう。

 

 響は落ち込んでいて、それを見るゼファーも痛ましいと言わんばかりの表情を浮かべている。

 だがそんなゼファーの様子と気持ちに気付いたのか、響はハッとして笑顔を作って、強がりながらゼファーを励まそうとする。

 

「へいき、へっちゃら。へいき、へっちゃら!

 大丈夫大丈夫! 私、元気だけが取り柄なんだから、こんなことじゃ挫けないよ!」

 

「ヒビキ……」

 

 だからゼファーは、ヒビキよりずっと上手く笑顔を作って、彼女を励まし返す。

 

「辛くなったら遠慮なく言えよ。俺はいつでも近くに居るから」

 

「うんっ」

 

 未来も響は、その日は家に友達の家に泊まると嘘の連絡をして、二課本部に泊まった。

 当然、ゼファーもだ。

 その思惑は各々違えど、彼らの思考によぎるは同じ。

 

 今のまま、このまま、『三人』でないままで、一人帰るという選択を選びたくなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、朝は来る。

 

(……結局、一度もミクは笑ってくれなかったな)

 

 溜め息を吐きつつ、ゼファーはてきぱきリディアン用務員の業務を片付けていった。

 仕事を全力かつ最速で片付けて、出来た時間をネフシュタンの少女対策や未来の説得に使う、あるいは自分の技を再度鍛え直すために使おうとしているのだろう。

 それはいい。それはいいのだが……手足を最速で動かしつつも、彼の頭の中は未来のことでいっぱいだった。それが恋とかそういうのであれば、いくらか現状はマシだったのだろうが。

 

(ヒビキが俺達の世界に足を踏み入れる……

 ミクとヒビキの仲が俺の選択ミスで険悪になる……

 それだけで、こんなに悩むことになるなんてなあ。

 俺は俺が思ってた以上にあの二人のことが好きで、大切に思ってたのかもしれない……)

 

 友達のことに思い悩みながらも、ゼファーは門と昇降口の間の道の付近の木々を剪定していく。

 すると朝の校舎の窓から生徒の一人、板場弓美が彼に声をかけて来た。

 

「おっはーです!」

 

「おはよう、イタバさん」

 

「やーですねー、弓美でいいですよ弓美で!

 アニメなら男の人は命がけで助けた女子をすぐに下の名前で呼んでも許されるんですよ!」

 

「俺は君のことを少し分かって来た気がするけど、君の言語はいまだによく分からんなあ」

 

 ゼファーが居て響が入って来た世界が戦場の世界、響が少し前まで居て未来が居る世界が平和の世界とするならば、彼女は第三の世界の世界の住人だ。

 その言語はいまだゼファーも理解の範疇にない様子。

 

「それで、何かあったんですか?」

 

「ん? いや別に……どうしてそう思ったんだ?」

 

「元気なさそうに見えたので……

 大丈夫ですか? アニメ見ます?」

 

「すごいな、ここまで文章が繋がっているようで全く繋がってない言葉は初めて聞いたぞ」

 

 ゼファーは適当に誤魔化しつつ、一般人にも気取られてしまうほどに気を抜いていた自分、平和な世界の中で薄れていた仮面を被ろうとする意識、未来と響に関する件で自分が思い悩みすぎていることを自覚し……心の状態を引き締め直す。

 

「ところで、ミクとヒビキはそっちで元気にやってるかな?」

 

 そしてそれとなく、二人と同じクラスの弓美に問うてみた。

 

「あー、成程。心労の原因はあれってわけですね……」

 

「……何かあったのか?」

 

「何かある状態がずっと続いてるというか、何もないというか……

 あれですよあれあれ。口喧嘩しない喧嘩がずっと続いてる、みたいな感じです」

 

 しかしそれとなく聞いたのに一発で特定されてしまうくらいに、今の響と未来の間にある空気は一触即発状態のようだ。

 頬杖をつき、柔らかそうな頬をムニッとさせている弓美の表情も、どことなくげんなりしているように見える。

 

「ユミちゃんの方でどうにかならないかな?」

 

「えー、んー、あいにくあたし口上手い方でもないので……

 えーっと、こういう時アニメならどうするんだっけ……」

 

「ああいや、別にやれって言ってるわけじゃないから気にしないでいいよ」

 

 学校で噂になるのも時間の問題だろう、とゼファーは推測する。

 比較的すみやかにどうにかしなければ、二人の今後の学生生活にてあらぬ噂を立てられてしまう可能性もある。

 遅くとも今夜にはどうにかしなければと、ゼファーは人知れず心に決めた。

 

「仲直り……そうだ! 河原で響と未来を殴り合わせればいいんですよ!」

 

「おう俺が君を理解不能な生物として見る前にやめてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタカタカタ、とキーボードを叩く音がする。

 

「波形照合最終確認終了。

 第十三号聖遺物、『ソロモンの杖』登録完了。コードネームはサクリストS、と」

 

 友里あおいはそうして、二課の作戦発令所での一連の作業を終えた後、ぐっと伸びをした。

 

「お疲れ様です、友里女史」

 

「そちらこそお疲れ様、翼ちゃん。……ね、昔みたいにあおいさんって呼んでくれない?」

 

「これは、けじめですから。

 私もあなた達に守られる子供ではなく、対等の同僚として役に立ちたいのです」

 

「もう、本当に頑固なんだから」

 

 そこに通りがかった翼が立ち寄って、彼女にねぎらいの言葉をかける。

 ふとそこで、翼は自分が疑問に思っていたことを思い出した。

 

「そういえば、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、何かしら?」

 

「ゼファーが"敵が考えなしに喋ってくれて助かった"と言っていたのですが。

 私にはどの発言がそうだったのか分かりませんでした。友里女史ならあるいは、と……」

 

「ああ、それのことなら」

 

 カチカチカチ、とあおいはマウスを操作して音声ファイルの一つを再生する。

 それは昨日の戦いの中で、ゼファーとネフシュタンの少女が交わした会話の一つだった。

 

『……流石に、"グラウスヴァインで再起動"される危険のある完全聖遺物は渡せないな』

 

『―――! へえ、てめえらもただの無能じゃなかったってわけだ。

 もうそこまで調べがついてんのか。あいつもケツに火が点いたってとこかね』

 

 翼がその会話を聞き逃さないようしっかりと聞いているのを見て、あおいは音声ファイルの再生を停止し、翼に向き直る。

 

「ここからは受け売りだけど、この会話から二つのことが判明したみたいね。

 一つはネフシュタンの少女の背後に居る人間の存在。『あいつ』と呼ばれている人間のことね」

 

 ネフシュタンの少女に指示を出しているであろう人間の存在が確認された。

 加え、呼称というものはその人間のこと、及び人間関係を如実に表すものだ。

 例えば「あの子」と呼んでいたなら、その人間の年齢層が分かる。

 例えば「あの人」と呼んでいたなら、その人間と少女の関係性が見えてくる。

 例えば「あの女」と呼んでいたなら、その人間の性別が確定する。

 言葉一つとっても、情報は詰まっているのだ。

 

 無論ネフシュタンの少女がでたらめな情報を撒いているという可能性もあるが、ネフシュタンの少女の分かりやすい性格、直接会って話したゼファーの「あれは嘘じゃない」という推測と判断から、これがでたらめである可能性は極めて低いとされていた。

 

「それと二つ目が、私達とは別種の異端技術の保有。

 核ドラゴン・グラウスヴァインの利用という未知の技術と……

 ……そのエネルギーを別聖遺物の起動に転用できる、異端技術の存在ね」

 

「我々とは別の、異端技術……」

 

 その情報は、グラウスヴァインが敵の手にある限り日本に対する核攻撃のみならず、完全聖遺物を即座に起動可能という、異端技術に関するアドバンテージさえも敵が握っているという事実を知らしめるものだった。

 

 加え、完全聖遺物のエネルギーを自由に変換(コンバート)できる技術の存在も発覚させていた。

 フォニックゲインは基底状態にある完全聖遺物を励起状態に移行させることができるエネルギーではあるが、完全聖遺物のエネルギーはそうではない。

 例えば動いているネフシュタンの鎧が手元にあったとしても、基底状態にあるデュランダルにネフシュタンのエネルギー注いだところで、再起動はしない。

 完全聖遺物は厳密には違うエネルギーで動いている場合が多いからだ。

 

 しかし、グラウスヴァインのエネルギーで完全聖遺物を起動する技術を確立しているとするならば、それは完全聖遺物のエネルギーのコンバート、及びコネクティングにおける技術的ハードルを敵勢力が既に飛び越えているということに他ならない。

 でなければ、グラウスヴァインのエネルギーを利用することなんて出来やしない。

 その仮定が正しいとすれば、敵勢力は非異端技術の兵器と異端技術の聖遺物を組み合わせた大量破壊兵器や、完全聖遺物を複数直結させた大怪獣なんてものだって作れる可能性すらある。

 聖遺物のエネルギー変換と制御。

 聖遺物同士の接合。

 その辺りの技術において、敵勢力は二課のそれを超えているというのが、二課のブレイン達の一致した見解であった。

 

(……翼ちゃんは、内通者がどうとかいう話は伏せておいた方がいい子よね……?)

 

 あおいもまた、聡明な思考から内通者の存在に気付いていた。

 だが愚直に仲間を信じる翼は、仲間を疑う気持ちなど微塵も持ってはいない。

 そして弦十郎はトップとして、現実的な判断を下し続けていた。

 

 今回の件で、二課の研究班の者達は何かしら有用な薬品の開発を思いついたようだった。

 されど弦十郎はその薬品の開発を二課単独で行わず、政府直轄の極秘研究チームのいくつかと連携させ、"一つの研究チームの中の情報だけでは薬品の全容も効果も分からない"ようにした。

 かつ、"一つの研究チームだけではその薬品を作るのに必要なデータが揃わない"ようにした。

 徹底した内通者対策である。

 その分、研究の速度は遅くなったが、機密性は格段に上がったようだ。

 

(司令が完全に信用してるのが、たぶん緒川さんとゼファー君。

 内通者じゃないと確信してるのが、たぶん翼ちゃんと響ちゃん。

 私や了子さん、天戸さんや甲斐名君でさえ容疑者からは外されてないこの現状……)

 

 今や風鳴弦十郎の内通者探しは、大詰めに入っているのだろう。

 でなければ、ここまで二課の空気が悪い現状を放置はしないはずだ。

 疑心暗鬼になって二課が機能しなくなってしまえば、それこそ内通者がその役割を最大限に果たすために手助けをしたも同然になってしまう。

 風鳴弦十郎がそこまで考えなしな人間であるはずがない。

 ならば、疑心暗鬼で組織が機能しなくなる前に、内通者を摘発する自信があるということだ。

 

(……と、いうことは……司令はもう、内通者に見当がついてるってことかしら……?)

 

 あおいは今の二課の空気と弦十郎の対応という少ない情報から、内通者探しがどの段階まで進んでいるかを、いともたやすく読み取っていた。

 

「翼ちゃん、他の映像も見る?」

 

「是非お願いします。戦場(いくさば)では、少ない情報を拾うことも生死に関わりますから」

 

 翼と話しつつ難しい思考を平行して走らせていたあおいだが、そんな思考は翼に対し全く見せずに、今日までのネフシュタンの少女の発言データをあるだけ画面に流し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜になってしまった。

 ゼファーは二課本部にて、『今回見たものを口外することは絶対にしません』という書類を書いているであろう未来がいる場所、彼女が割り当てられた部屋に向かっていた。

 夜が明ける前に決着をつける。

 そう、彼は心に決めていた。

 何が何でも響と未来の友情は守らねばならないと、彼は覚悟も決めていた。

 

(俺が責任を取らないと……)

 

 彼はいざとなれば、未来と二人きりで一晩を過ごすことも辞さない覚悟だ。

 夜明けまで語り合うことも躊躇うまい。

 未来と翼のこじれ方は根本の部分からして異なっている。

 翼は自分が悪いことをうっすら自覚しつつ響を受け入れるのを嫌がっていたが、未来は自分が悪いことを自覚しつつ、納得しようとしてもできていないのが現状なのである。

 彼女に必要なのは納得だ。響の参入に納得したくなかった翼とは違う。

 

 それゆえに、根気よく話すことが選択肢として上がって来る。

 

(ヒビキとミクが次に会った時、二人が仲直り出来るように場を整えるんだ)

 

 今、翼はゼファーの直感が探知したノイズの出現地点に向かって出撃している。

 何故彼女単騎での出撃なのかと言えば、現在の二課には敵勢力に狙われているであろう完全聖遺物がわんさかあり、ここから全戦力を出すわけにはいかなかったからだ。

 無論、狙われているナイトブレイザー、経験不足の響を単騎で出すのも論外。

 必然的に、二課の防衛システムとナイトブレイザーとガングニールを防衛に当て、天羽々斬をノイズ討伐に出す、という選択がなされたというわけだ。

 

 だからゼファーも、今夜は二課本部を離れられない。

 未来を説得する時間は、十二分にあった。

 彼は複雑な二課本部の道筋を通りながら、未来が居る場所に一直線に向かう。

 

「?」

 

 そしてその途中、廊下で談笑する土場と朔也の姿を見た。

 

「ゼファー君も隅に置けないなあ、奏ちゃんとちょっと似てるおっぱいフレンドが居たとか」

 

「髪やスタイルも奏くんを髣髴とさせる娘だったな。

 やはり彼も巨乳党だったのかもしれない。

 しかし藤尭、君は卓越した頭脳があるというのに時々とてつもなくIQ低い単語が出て来るな」

 

「そらゼファー君の性的嗜好は正常ですよ。

 彼は正義の味方と巷では呼ばれていて、おっぱいは正義です。

 つまり彼はおっぱいの味方なんです。当然の帰結ですよ」

 

「帰結? ケツか」

 

「ケツですね」

 

「土場さん、サクヤさん。

 すみません、今物凄く耳を疑うような発言があったんですがもう一度言ってもらえます?」

 

「「げっ」」

 

 男同士特有の超が付くほどふざけたIQフォークボールな会話に、思わずゼファーは突っ込んでしまった。二人も話していた当人が現れたことに声を揃えてげっと叫ぶ。

 

「俺らそういうのじゃないですから。

 てか、女性職員が通るかもしれないのによく廊下でそんな話できますね……」

 

「いや二課の女性職員って、ぶっちゃけ心にチ○コ生えてそうな人ばっかだし……」

 

「私は正直な話、昔死んだ恋人以外の女性に勃たないのだよ」

 

「あ、なんか変だと思ったら酒臭っ!

 二人共、ローテの休憩時間だからって酒飲んでますね!?」

 

 二課の研究班が作った酔い覚ましがあるとはいえ、この余裕。

 これでいて決めるべきところできっちり決めてくれるというのだから、頼りになるのやらならないのやら。

 

「ともかく、二人共部屋に戻って下さい。

 居住区とはいえ、流石に酒飲んで廊下に出てたら減給くらいかねない―――」

 

 だがその瞬間、酔っぱらいの背をゼファーが押そうとした、まさにその瞬間。

 二課の廊下に付けられているスピーカーから、警報とあおいの声が鳴り響いた。

 

『第一種戦闘配置要請! 第一種戦闘配置要請!』

 

 それは、"三度目の防衛戦"の始まりを告げる鐘の音。

 

『二課本部内に侵入者です! 現在位置AAC-99第二収納室!

 ネフシュタン、アースガルズ、ディアブロの反応を確認!』

 

「な……昨日デュランダルの襲撃があったばかりだぞ!?」

 

「二課本部に強襲……!? このタイミングでか!?」

 

「マズいです! 今は翼が居ない!

 というかそれ以上に、敵が侵入した場所が未来が居る場所の近くです!」

 

 アルコールの酔いを意志力で吹き飛ばし、携帯していた酔い止めを飲み始める二人の大人。

 今この瞬間、職員のローテーションなんて考えている余裕はない。

 

『各職員は指定の位置に移動、待機して下さい!』

 

「俺は俺一人でも足止めに向かいます!

 お二人はアルコール抜いてオペレーティングと、響の誘導を!」

 

「分かった!」

「任せてくれ!」

 

 敵が来る。

 "対消滅バリアで地下深くの地面を消滅させ、横穴を掘って来た"敵が来る。

 デュランダルを、ソロモンを、ナイトブレイザーを手に入れるために。

 

『繰り返します! 二課本部内に侵入者です!』

 

 ネフシュタンとゴーレムが、二課の心臓を握り潰しにやって来た。

 

 

 


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