戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 五章が天羽奏の死から始まり、天羽奏の死がきっかけで壊れてしまったものの話なら、その話の締めを飾るのに相応しいのは……


第二十七話:だから笑って

 天羽奏には、たった一人残された家族……血の繋がった妹が居た。

 名を、天羽愛歌(あもう あいか)という。

 妹の宿命か、姉と比べられることも多く、姉のおさがりも多く、人気者な姉に劣等感を感じることもあったが、「まあそれはそれこれはこれ」とほぼ気にせず、姉が大好きな少女であった。

 姉との関係は、仲の良い親友と仲の良い姉妹の中間、といった塩梅。

 父に、母に、奏に、愛歌。

 四人は幸せに暮らしていた。

 

 その日々のことを、愛歌は夢に見る。

 

「んじゃ、ここまでだな。コケんなよ、愛歌」

 

「あのね、いつまでも姉さんに手を引かれる私じゃないんだから!」

 

 まだ両親が居た頃の、姉と一緒に登下校した日々を、愛歌は夢の中で思い返す。

 あの頃は幸せだった。

 そう思いながら、夢の場面が移り変わるのを感じ取る。

 

「姉さん、それ、どういうこと……?」

 

「何度も言わせんな」

 

 場面は変わって、両親が居た頃の幸せな記憶から、両親が死んだ後、復讐に囚われた奏が愛歌を捨てて復讐に走ったあの日の光景が映し出された。

 

「あたし達は親戚の家に引き取られる、って話になってるが。

 あたしは行かない。お前一人で行くんだ。ここでお別れってことになる」

 

 この日この時この会話が、天羽愛歌と天羽奏が顔を合わせた最後の時間となった。

 

「あたし達は親戚の家に引き取られる、って話になってるが。

 あたしは行かない。お前一人で行くんだ。ここでお別れってことになる」

 

 この日の別れを最後に、奏は愛歌の前から姿を消した。

 親戚に引き取られる愛歌とは別の道、復讐の道を行くために。

 

「あたしを、一人にするの……?」

 

「そうだ」

 

「もうたった二人だけの、血の繋がった家族なんだよ……?」

 

「そうだな」

 

「あたし、姉さんだけはずっとそばに居てくれるって、信じてて……」

 

「そうか」

 

「……ッ!」

 

 天羽愛歌は後悔し続ける。

 両親を目の前で殺されても、奏のように復讐に走らなかった愛歌の心は、姉よりもほんの少しだけ強く、歪みにくく曲がりにくい精神で出来ていた。

 その心で、彼女はずっと後悔し続ける。

 

 "あの日姉さんをもっと強く引き止めていれば"、と。

 

「なんで、なんで分かってくれないのよ! なんで分からないのよ! 姉さんのバカぁッ!」

 

 そこで、夢は終わった。

 

「……ぁ……っ! はぁ……はぁっ……!」

 

 自室のベッドで体を起こし、愛歌は悔いを悪夢という形で発散していた。

 

「……姉さん」

 

 彼女の物語は、オーバーナイトブレイザーとの戦いより、はるか前の時間から始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十七話:だから笑って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天羽奏は復讐を選んだ。

 天羽愛歌は、そも戦い傷つけ合うということそのものを嫌悪した。

 結果二人の道は分かたれ、愛歌はなんでもない日常を送ることになる。

 ノイズも、シンフォギアもない、山も谷も平和な毎日を。

 

「……」

 

 奏は両親の死という人生の谷を越え、二課という場所で多くの人生の山を与えられた。

 だが愛歌の人生に、大きな山は訪れていなかった。

 せいぜいが平地。人生の谷というマイナスを、ゼロに近付ける程度のもの。

 にもかかわらず、この少女は奏と同じくらいに両親を愛していたという前提で、奏よりも遥かに早く、奏のような出会いも無しに両親の死の痛みを乗り越えていた。

 

 愛歌は世間の中で一般的に『強い人』と呼ばれる者達がそうであるように、ただ自分の中で物事の整理を付けて、時間の経過で心を癒やしただけ。

 愛歌を引き取った親戚の夫婦はとても良い人で、金銭面でも快く支えてくれたものの、優しさゆえに愛歌に踏み込まないところがあり、愛歌は感謝していたものの、それだけだった。

 事件をニュースで知った周囲の同情の視線、興味本位の視線をサラッと流し、学校というコミュニティを上手く乗りこなすことで、あっという間に昔のままの学校生活を取り戻したのである。

 

 中学に上がると同時に親戚の家の近くの中学校に進学し、愛歌は今日もそれなりに上手くやりながら、心にポッカリと穴が空いたような感覚を抱え、窓の外を見ながら溜息をつく。

 心の安定性、という一点で天羽愛歌は稀代の傑物であった。

 ゼファーが「風鳴弦十郎と同類の戦闘の天才」と称した天羽奏の妹である、という肩書きに恥じないほどに。

 胸の中に残り続ける喪失感も、彼女の心に微々たる影響しか与えまい。

 

 頑なな分いざという時に砕けやすい翼のメンタルが石、全てを受け止め微塵も揺らがない完成された弦十郎のメンタルが大海、何度折れようが曲がろうが壊れようが鍛え直し前より強くなる、そんなゼファーのメンタルを鋼とするならば。

 愛歌のメンタルは、大山とでも形容するのが相応しい。

 

「ああ」

 

 それでも、寂しいものは寂しい。

 彼女も年頃の少女なのだ。葬式の時は泣いたものだし、奏に捨てられた時はまた泣いた。

 心が強いことと、心が何も感じないことは同一ではない。

 両親が目の前で殺され、姉は倒す方法が無いと言われているその下手人を殺すため、復讐鬼となって自分を捨てて行った。

 引き取ってくれた親戚は、気を遣って過度には踏み込んで来ない。

 笑えないくらいに、彼女は一人ぼっちだった。

 

「こういうの、本当にあるんだね」

 

 言ってしまえば、そういった極端な心の強さが"あの子の寂しさを埋めてあげよう"と周囲に全く思わせないことが、原因と言えば原因なのだが。

 

「世界が色あせてる」

 

 今日も愛歌は、セピアの世界を平然と生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな褪色の青春は、唐突に終わりを告げた。

 

「ね、姉さん!?」

 

『わりーな、突然電話かけちまって』

 

 突然の電話。その時、奏の理解者であった愛歌の衝撃はいかばかりであっただろうか。

 天羽奏は一度飛び出せば最後まで道を曲げない投げ槍のような女であった。

 なので、愛歌は姉が連絡を入れてくるのはノイズを皆殺しにした後以外にありえない、と思っていた。同時にノイズを倒せるわけがないとも思っていたので、生きている内に姉と再会することはもう無いだろうと、半ば諦めてすらいた。

 なのにこの展開。

 天羽奏の唯一無二の肉親として、愛歌が不審に思わないはずがない。

 

「何かあったの? というか、何かなければ電話かけてくる気なかったよね」

 

『……敵わねえなあ、やっぱ分かるか?』

 

「姉さんのそういう正直なとこ、嫌いじゃないよ」

 

『色々とお節介な奴らが居てさ。……声、聞きたくなったんだ』

 

 色々あったんだよ、と奏は言う。

 色々あったんだ、と愛歌も言う。

 翼との大喧嘩、ガングニールのシンフォギアの入手、ゼファーとの触れ合い、リディアンへの入学、大人との繋がり、同級生との友情、戦友との共闘、風鳴弦十郎への恋。

 本当に、本当に色々あったのだ。

 

 奏が実の妹にも予測されなかったような行動を取ったということは、多くの人との触れ合い、幾多の人生経験を経て、奏が変わったということでもある。

 

 誰だって、時が経てば変わらずには居られない。

 奏と愛歌が別れたあの日、奏は中学生、愛歌は小学生だった。

 だが今日に至り、奏は高校生、愛歌は中学生となっている。

 この時、オーバーナイトブレイザーの襲撃から数えて二年前。

 愛歌はまだこの時は、変わり果てた、と言っていいくらいに変わった奏の変化を、心から嬉しく思っていた。

 後に変化を受け入れたことを後悔し、あの時止めていればと思うようになるが、それでもこの時は、姉の変化と成長を喜んでいたのだ。

 

「頭一回下げるなら、その、あの時のこと許してあげるから、帰って来てもいいけど」

 

 そして愛歌は嬉しく思うと同時に、もしかしてこのまま帰って来るんじゃないかと、そんな淡い希望を持って。

 

『いや、まだ帰れない。まだやることが残ってるからさ』

 

 即座に否定され、電話越しには見えない顔をしかめた。

 

「やることっていうのは、その……」

 

『いや、復讐じゃない。それはもう終わったんだ』

 

「……!」

 

『機密がどうのってことで話せないんだ、悪いな。でもいつかは話すから、勘弁してくれ』

 

 そこからは、他愛もない話をした。

 なんでもない日常の話。

 別れてから今日まで、二人が過ごしてきた日々の断片の話。

 奏にとっても愛歌にとっても、それは久方ぶりの家族との安らぐ会話であった。

 ノイズにあの日、奪われていたものの一つであった。

 

『へへっ、でも、愛歌がまだあたしの帰る場所で居てくれたのは、正直嬉しいな』

 

「……姉さんが頭下げるまではまだ許してないんだけど」

 

 それからというもの、奏は本当に時々、妹に電話をかけるようになった。

 話すことは二課の機密保持規則があるために穴が空いたような話が多かったが、それでも愛歌からすれば姉が元気でやっているという知らせは嬉しいもので、たいそう安心していたらしい。

 

 そうやって話している内に、奏がアーティストデビューして、日本でも指折りの人気ユニットとして活動する頃になると、電話でもそのことを話すことが増えてきた。

 愛歌は姉が将来の進路に歌手の道を考えていたことを覚えていたので、ノイズのせいで折れたと思っていた姉の夢が叶ったことを、本当に心の底から祝福していた。

 そしてツヴァイウィングの話となれば、当然風鳴翼という奏の親友の話になり、転じてもう一人の親友・ゼファーの話となるのは当然で。

 妹である愛歌ほどの理解度があれば、姉の奏に特に大きな変化を与えたのがその二人であることなど、特に聞くまでもなく瞭然たることであった。

 

「いい友達が出来た系?」

 

『いい友達が出来た系だな』

 

 会ってみたい、と思いつつも、しばらく会えないだろうなあと愛歌は思う。

 会おうとするなら姉の奏の紹介を間に挟むのが一番なのだろうが、その姉当人が顔を見せに来ないというこの現状。

 愛歌は奏の友達にも会いたかったが、それ以上に姉に会いたかった。

 

『あたしが居なくて寂しい思いはしてないか?』

 

「ううん。友達のために頑張ってる姉さんは、昔から嫌いじゃないから」

 

『……ん、それもそうだけど、ダチのためだけに頑張ってるんじゃないんだ』

 

 しかし、それを口に出して駄々をこねるほど彼女は軟弱なメンタルはしていない。

 逆に言えばこういうところで駄々こねないから寂しい思いをしている、ということでもあるが。

 父と違い、母と違い、生きてるんだから焦らなくても会えるはず……という、両親の死と姉の生存の対比があるゆえに生まれた彼女の心の中の慢心が、彼女の焦りを抑えてしまっていた。

 

『この歌で救える人が居るって、知っちゃったからな』

 

 姉は"人が死なない全ての日常が奇跡と知り"。

 妹は"人が死ぬことが日常などあってはならないと心に定めていた"。

 両親の死が二人の心に知らしめたものは、皮肉なほどに食い違う。

 それがそっくりそのまま、この二人が人生の中で選ぶ選択肢を決める要素となっていた。

 

『あたしはこの歌を誰かのために届け続ける。

 この歌を届けることで助けられる誰かが居るからね。

 そしてそうやって助けていけば、その人はあたしの歌をずっと覚えていてくれる』

 

 人に歌を聞いてもらうってのは存外気持ちが良いものだと、奏は言う。

 誰かの中に自分の歌が残るというのも悪くはないものだと、奏は言う。

 

『誰かの記憶に残る、って最高だろ?』

 

 奏はそれをアーティストとしての仕事のことだと受け取れるように言い、愛歌は奏の思惑通りそれがアーティスト活動のことだと勘違いし、シンフォギアのことに気付きはしなかった。

 この時言った言葉を、天羽奏は最後の最後まで実践し続けることになる。

 死した両親を自分の中に残した奏は誰よりも強く在り、彼女は最後の戦いをもって多くの人間の胸の中に、自分が存在した証を強烈に刻み付けていた。

 

『次に大きな仕事があるんだ。そいつを終わらせたら、一回顔見せに帰るわ』

 

「うん、待ってる」

 

 そして通話が切れた後、愛歌は腕を組んで考え込む。

 復讐鬼となった姉の未来を心配していたのも今は昔。愛歌も今となっては姉より自分の方の将来が心配なくらいである。

 姉がアーティストとして成功しているのを見て、そこで『他人の記憶に残る』という目指す目標と目的意識をもって頑張っているのを聞いて、愛歌もまた刺激を受けていた。

 

(あたしは、姉さんみたいに将来のことを考えたこと無かったな)

 

 愛歌はその日、ただぼんやりと興味を持っていただけの、医師になるための道を学ぶ中学生を対象とした講習会のパンフレットを引っ張り出して、一つの決意を定める。

 次に姉と会った時、胸を張って会うために。自分はこういう将来を行こうと思ってるんだと、姉にそう言って、「凄いな」と褒めてもらいたかった。

 頭を撫でてもらいたかった。

 愛歌がぼんやりと望んでいたことは、その程度のことで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが愛する姉との最後の会話になってしまったということが、ある意味、愛歌の人生で最大の悲劇だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、最後まで愛歌と奏が直接顔を会わせることはなかった。

 言葉は交わせど、顔は合わさず。

 愛歌が密かに楽しみにしていた、自分の伸びた背を姉に褒めてもらうという未来予想図も、ついぞ来ることはなかったのだ。

 

 ライブ会場の惨劇は姉妹が劇的な再会をするその日が来る前に、奏の命を奪ってしまった。

 

「……姉さん……」

 

 英美と流知雄が、幼馴染の計斗を失った時、彼女らの心を打ちのめしたものと同じものが、今愛歌の目の前にある。

 右も左も黒黒黒、そんな葬式。

 空っぽの棺。

 死体すらも残らなかったという現実。

 本当に悲しんでいる人と、悲しんだふりをしている人が一緒くたに混ざり合って、"悲しんでいる様子を周りに見せないと"という強迫観念が作る、葬送の空気。

 両親の葬式に続いて二度目。

 愛歌は、これがたまらなく嫌いだった。

 

「……っ!」

 

 奏の棺の前で愛歌は、この世界にひとりぼっちになってしまったことを、実感した。

 

「ね、え……さ……っ……!」

 

 肉親を失った普通の人の百倍泣いた。

 肉親を失った普通の人の百倍悲しんだ。

 だから彼女は、ただ一人残った肉親の死を、普通の人の数倍悲しみつつも、その悲しみを数日で完全に吹っ切った。

 人並み外れた濃度で悲しみ、人並み外れた速度で立ち直る。

 それが人らしさと心の強さを併せ持つ、彼女なりの死に対する向き合い方だった。

 

「……泣いてなんかいられない」

 

 泣いて、泣いて、泣いて、泣き終えて。

 立ち上がった彼女は、姉の痕跡を追って歩き出した。

 姉の死、姉が何かしていた隠し事、姉の死に関する報道、それぞれに感じた小さな違和感の正体を確かめるため、彼女は頭と足を徹底して動かした。

 

 両親の死の後、姉がどういう行動を取り何の目的でどこに行っていたのか。

 ツヴァイウィングはどこを拠点に活動していたのか。

 天羽奏が在籍していたリディアンとはどういう場所なのか。

 足りない知能、足りない情報、足りない経験を執念と根性で埋め、愛歌はあっという間に"姉が所属していた集団の本部らしき場所"を特定していた。

 何の手がかりもなく『絶対たる力』を探し始めた奏と違い、姉という手がかりがあったとはいえ、奏が二課を見つけるまでの期間の数分の一という、驚きの短期間での特定であった。

 

(リディアン高等科……ここの、地下? 怪しい)

 

 そうして今、愛歌は二課本部の目と鼻の先にまで辿り着いていた。

 彼女は姉を失った悲しみとその未練を紛らわすため、こんなことをしているのだろうか?

 否、断じて否だ。

 天羽愛歌は己が弱さを理由には動かない。

 彼女が動いた理由は、ただひとつ。

 

「姉さんの死が誰かのせいであるのなら、その落とし前は必ず付けさせる」

 

 "一度こう決めたら中々止まらない"という姉に似た性情に、鋼の覚悟が加わった天羽愛歌の行動力は、常人には真似できない域にあるそれであった。

 

 

 

 

 

 天羽愛歌は、運動が姉ほど得意ではない。

 彼女は翼の一つ年下だが、筋肉は翼の半分ほどもなく、よって体格が翼よりも幾分細い。

 かつ身長も翼より10cm以上小さく、それでいて同年代が羨む女性らしい体型をしていた。

 童顔、小柄、細身、女性らしい体つき、静の雰囲気、体ではなく心にある強さ。

 RPGのヒロインビジュアル的に姉妹を比較して表現するならば、奏は女戦士的な方向で最上位の美少女であり、愛歌は女魔法使い的な方向で最上位の美少女だった。

 髪質は奏のそれに近いが、綺麗に切り揃えた上でポニーテールに纏めているなど、最低限形を整えて髪を伸ばしっぱなしにしていた奏と比較すると、違いがよく分かるようになっている。

 

(さて、どこに行けばいいんだろう……)

 

 そんな愛歌だ、二課への潜入の方法も限られてしまう。

 各種訓練を受ける前から、二課の存在を知るために男50人を30分もかけず打ち倒し、数kmの長さのあるエレベーターシャフトを壁の出っ張りと凹みに手をかけつつ、時に休憩しつつ、降り切る奏のような身体能力は愛歌には無い。

 奏のような獣じみた勘の良さも無い。

 『人間では突破できない前提のセキュリティ』を当時素人だった奏は突破したが、愛歌にはそれを突破できる要素が何一つとして存在しなかった。

 

(エレベーター……ありがちな構造だとここらへんに隠しパネルが……あ、あった)

 

 愛歌はまだ誰にも気付かれていないと思っていたが、その姿は二課の監視カメラにバッチリ捉えられていた。

 エレベーターが途方もない深さを降り、最下層でその扉を開いた時。

 彼女は扉の向こうに少年が立っているのを見た。

 

(……!)

 

 愛歌は素人らしからぬ覚悟の決まった思考にて、"気絶させなければ"と思考した。

 ここで足を止めるわけにはいかない。

 姉の死に何らかの陰謀ときな臭い気配を感じた愛歌はその真実を知り、『落とし前をつけさせるべき誰かが居るのかどうか』を明らかにするまで、邪魔されるわけには行かないのだ。

 その一瞬で"他人を殴って気絶させよう"と常人の枠に無い思考を組み立てられる時点で、この少女の精神性は本当に凄まじかった。

 

 が、少女が拳を振るった少年が、愛歌と比較して一般人よりであるだなんて保証はなく。

 

「……え?」

 

 とても静かに、柔らかく、優しく、愛歌は床に転がされていた

 痛覚どころか触覚にすらほとんど何も感じない、そんな技で転ばされたのだと彼女が気付くまでにたっぷり数秒。

 その数秒で、愛歌は自分の額に銃が突き付けられていることも認識した。

 

「俺がこれを撃てば死ぬのは分かるな?

 今この瞬間からお前が余計なことをすれば、俺は『念の為に』引き金を引く」

 

 本気だ、と愛歌はその言葉が真実であると確信した。

 目が本気だ。言葉が本気だ。雰囲気が本気だ。

 額に銃を触れさせず、相手が暴れても銃口を弾かれないようにしているあたりが、こうして人に銃口を突きつけることに手慣れた人種なのだと愛歌に知らしめる。

 

 そこで初めて、愛歌は自分が相対していた人間の容姿を確認する余裕ができた。

 青い目に、少し焼けた色合いの肌、黒い髪、赤いマフラー、日本人とは違う顔つき。

 外国人の、もしかしたら自分と同年代かもしれない少年。

 銃がひどく馴染んでいるその容姿は、褒めるべきなのか褒めるべきでないのか。

 

「お前が大人しくしてるなら撃たない。暴れるなら撃つ」

 

 その目に、言葉に、雰囲気に。

 愛歌は何故か、途方も無い共感と、敵意の薄さを感じる。

 銃を向けられているというのに、全く身の危険を感じない。

 そこに感じる違和感が大きすぎて、愛歌は恐れを感じる前に戸惑ってしまう。

 

「イエスかノーで答えろ。大人しくしててくれるな?」

 

 これがゼファー・ウィンチェスターと、天羽愛歌のファーストコンタクト。

 

「……イエス」

 

 二人の出会いは、戦いにもならない制圧から始まった。

 

「……姉妹揃ってこれかよ。俺はなんでこう……」

 

「! 姉さんのこと、知って―――!」

 

「話すから黙って連行されてくれ。暴れたり逃げたり余計なこと喋ったら撃つからそのつもりで」

 

「……う」

 

 銃は脅しで済ませて撃たないのが一番だと思うゼファーと、銃を危険だと思う理性と危機感を持たない心の不一致に戸惑う愛歌は、司令室へと歩いて行った。

 

 

 




遅れに遅れましたが前から言っていた忙しい時期に入りました。更新速度は微妙になるデス

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