火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

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旅立ちの日

わたしは今、真っ暗な世界にいる。

 

正確には真っ暗になっているのはわたしの瞼が落ちているだけ。

 

突然の輝きに目を閉じ、しばらくはそのままでした。

 

けれど、目が見えなくても分かることがある。

 

第一に、わたしがいる空間がとてつもなく暑い。

 

第二に、周りから焦げ臭い匂いがする。

 

最後に……わたしが最後に見たエースさんの手…

 

触覚、嗅覚、視覚を頼りに得た情報はそれだけだった。

 

特にエースさんの手からの炎はわたしの常識を粉々に砕いた。

 

そんな事を思いながら慣れてきた目を開けると、そこには信じられない風景が広がっていた。

 

通路にはちらほらと火が点いており、全てが文字通り灰となってしまった。

 

数刻前までは黄巾党で埋もれていた通路が…

 

まさか…それもこれも全部エースさんが…?

 

「おーい? 何ボーっとしてんだ?」

 

エースさんは固まっていたわたしの顔の前で手を振って呼びかけてきた。

 

そこでわたしは考えるのを止めてエースさんを見る。

 

そこにはいつもと変わらないエースさんがいた。

 

それを確認したわたしは少し気持ちが落ち着いた。

 

そうだよ。直接エースさんに聞けば済むことじゃない。

 

きっと……いや絶対教えてくれると信じて聞いてみる。

 

「ああああああああああのこここここここれって何が起きやがりやがったんですか!?」

「? 言葉になってねえぞ?」

 

いけないいけない…一回深呼吸して…

 

スー…ハー…スー…ハー…

 

よし…今度こそ…

 

わたしは呼吸を整え、今度こそ落ち着かせる。

 

「ちったぁ落ち着いたか?」

「……はい。ですから今聞きたいことがあるんです」

「……」

 

エースさんは少し困ったように頭を掻いて一言。

 

「…帰りながら話すけどいいか?」

「はい。キリキリ話してもらいます」

「んなコエー顔すんなって」

 

そりゃ怖くなりたくなりますよ。

 

内心で毒づきながら言う。

 

でもまぁ、これで全てが分かるはずだ。

 

 

これからぶっ飛んだ話を聞く事になるだろうけど……

 

 

エースたちは狭く、長い通路を戻っている。

 

通路は焼け焦げ、黒い煙を出している。

 

その中を歩きながらエースは話す。

 

「さて、まずは何が聞きたい?」

 

エースは気軽に聞くが、いざとなると程普は少し怖気づいてしまう。

 

もし、この話を聞けば自分の中の常識が崩れてしまいそうだったから…

 

人というのは未知なる物に対して好奇心を持つのと同時に警戒心と恐怖心を抱くものだ。

 

それは決して悪い事ではなく、むしろ生きるための本能と言っても過言ではない。

 

程普はそんな自分の本能に翻弄されていた。

 

しかし、全てを判断するのは全てを聞いてからだ。

 

そう思った程普は思い切って聞いてみた。

 

「……エースさんの体から出していた火は一体…」

 

オズオズと聞いた最大の謎をエースに投げかける。

 

それに対してエースは……

 

「あれはメラメラの実の能力だ」

 

意外にもあっけらかんと答えた。

 

「へ? めらめらの実って……木の実ですか?」

「まあ木からできるかは別として概ねそれで合ってるぜ?」

 

そう言うエースは人差し指を炎に変えて程普に見せつける。

 

程普はそれを見て驚愕し、目を見開いている。

 

今にも飛び出してきそうな目をそのままに、カタコトで更に聞く。

 

「こ…こ…これって…妖術みたいな物……なんですか?」

「妖術……ていうか呪いって呼ぶ奴もいたな」

「呪い……そんな物がエースさんに…」

「こういう風にしちまう実を悪魔の実って呼んでた」

「悪魔……」

 

言い得て妙だ。

 

程普は落ち着いてきた頭でそう思った。

 

人に異能を植え付ける呪いをかけるのだから。

 

程普はその後も好奇心に任せて聞いてみた。

 

「その悪魔の実ってどこで採れるんですか?」

「さあな。おれは海に浮かんでたのを拾って喰ったからな。どこから来たのか…そもそもどうやってできてるのかも分からねえんだ」

「へぇ~…」

 

程普は不思議と感心してしまった。

 

普通なら呪いを危険視するはずなのだが、妙にそれほど恐怖とかは無かった。

 

それは多分、エースの普段の行いと人柄である。

 

エースは危険を顧みずに村人たちを助けたり、その他にも村の中でも色々と手助けもしてくれた。

 

そして、村人たちと楽しく談笑している時のことを思い出していた。

 

程普はその時のことを思い出していた。

 

よく考えれば、エースさんが怖いなんてとんでもなかった。

 

確かに力や炎には驚いた。

 

けれど、エースとはその力を無闇に行使せずに今まで過ごしてきた。

 

もし、よからぬ人物であったなら村に住みついた時に力を使っていたはずだから。

 

それを思うと、心も軽くなった気がして機嫌も良くなった。

 

「♪~」

「? どうした? 上機嫌になって」

「えへへ…何でもないですよ」

 

頭上に?を浮かべるエースに対して程普は「あっ」と声を出してエースに言う。

 

「それよりも…その力はあまり使わない方がいいと思うんです」

「どういうことだ?」

「ここではエースさんのように火を使う人はあまりいないですから…もし使ったら周りも大騒ぎになって、下手したら妖術師として処刑ってことも…」

「そっか……メンドくせーな…」

 

不満そうに呟くエースを不安に思っていると、やっと出口に辿りついた。

 

外を出てみると、ほんのり明るかった。

 

その明るさは村からの出火などではなく、朝日だった。

 

山から頭だけ出ているお天道様はまるで二人の生還を祝福しているかのようだった。

 

 

「それで……二人だけで賊の元へ乗り込んだという訳か?」

「勝手な行動は困るのだが?」

「……はい」

「すみませんでした」

「すみませんで済むか! 二人だけで1000の賊に挑むなど何を考えている!!」

 

甘寧の辛辣な言葉にエースの礼儀正しい謝罪し、孫権は激怒、程普は縮こまっている。

 

何故こうなっているかと言うと、エースと程普が隠れ家に戻ってくると捕えられていた村人たちがエースたちに押し寄せて帰還を喜んでくれた。

 

それだけだったらまだ良かったのだが、捕らわれていた村人が孫権たちにエースたちのことを話していた。

 

そして、孫権は二人の無謀に激怒し、説教しているという。

 

「でも助かったから良いだろ?」

「お前たちは運が良かったんだ!! 相手が統率も信頼も無い賊だったから助かったんだ!!」

 

エースの力は勿論話せることではない。

 

そこで、程普は次のように話した。

 

エースが人質を救出した直後、程普が助太刀に入って洞窟から逃げた。

 

そして、隠れ家とは反対側の山の中へ逃げ込んでやり過ごした。

 

と言う事にしていたのだが、孫権が放った間諜によると黄巾党が全滅していたのだ。

 

孫権と甘寧は驚愕したが、程普は冷や汗をかき、エースは特に驚きもしてなかった。

 

その意外な結果に孫権は次のように結論付けた。

 

賊の見張りや首領の能力不足を抗議した下っ端に首領は激怒して武力行使に及ぶ。

 

そして内乱が起こり、結果は全滅。

 

簡単に言えば仲間割れによる自爆である。

 

「まったく……これが軍だったら斬首ものだぞ?」

「でも相手も全滅でおれ達も助かったから万々歳といこ…ムグッ!」

「すみません!! 本当にすみませんでした!」

 

呆れる孫権に飄々と口答えするエースの頭を地面に抑えつけて一緒に謝らせる程普。

 

彼女の涙腺は今にも切れそうだ。

 

そんな程普に孫権は溜息を吐く。

 

「……以後、こんなことはしない方がいい。分かったな?」

「孫権さま……はい!!」

 

孫権の優しい注意に程普は満面の笑みを浮かべる。

 

ここで円満に全てが終わった。

 

……かと思ったが……

 

「お待ちください孫権さま」

 

突如、側に控えていた甘寧が孫権に話しかける。

 

「どうした? 甘寧」

「私用ですみません。ですがもう少し時間をくれませんか?」

「? ああ、構わんが」

 

普段、甘寧は望みや無駄口は叩かない。

 

そんな甘寧を知ってる孫権は少し驚きながらも甘寧の頼みを聞く。

 

程普はまだ叱られるのかとビクビクしながら甘寧を見る。

 

「おい、お前」

 

しかし、程普の予想は違った。

 

甘寧は未だに頭を地面に張り付けているエースに声を掛ける。

 

それに対してエースは起き上がって応える。

 

「どうした? おれに何か用か?」

「……聞きたいことがある」

 

甘寧の鋭い目を見たエースは不敵な笑みを浮かべる。

 

「お前は賊共の身ぐるみを剥いで賊の住処へ侵入した……それでいいな」

「ああ、間違っちゃいねえな」

「では村で倒れてる賊はお前がやったとみていいんだな?」

「ああ」

 

そう答えると、甘寧は剣を取り出しながら言う。

 

「今から私と手合わせしろ」

 

唐突に何を言うのですかこの人は……

 

 

と、まあこんな感じで誘われたエースは渋々試合を行うことになってしまった。

 

断ると不審に思われるから一応やることになった。

 

そして、今は程普と稽古をしている広場で準備をしている。

 

エースの近くには程普、その向かい側の甘寧には孫権が付いている。

 

「エースさん。くれぐれも穏便に…」

「分かってるよ。能力は使わねえから」

 

程普とヒソヒソ話していると、そこに来客が来た。

 

「ちょっと…いいか?」

「!…あぁ、孫権さま」

 

急に話しかけられた程普は驚くが、孫権だと知って安堵する。

 

その孫権も気まずそうだった。

 

「その…エースに一言な…」

「おれに何だって?」

 

エースは首を傾げる。

 

「その…甘寧の急な申し出に受けてもらって……すまない……」

 

孫権が謝罪を述べるが、エースはそれに対して気にしない様子で言う。

 

「どうだっていいさ。おれもお前等には世話になったし…何も死ぬ訳じゃねえんだろ?」

「え…えぇ…」

 

エースは満面の笑みを浮かべながら言うと、孫権は少し顔を赤くしながら答える。

 

その横では程普は何気なく見ているつもりだが、どこか焦燥する所もあった。

 

「用意できたぞ」

 

そんな時、甘寧は短く言う。

 

「よし、んじゃあ行ってくるか」

「エースさん。くれぐれも…」

「ああ。分かってるよ」

 

エースは手を振りながら甘寧の元へ向かって行った。

 

 

私はどうしても気になった。

 

賊の住処に単身で乗り込んだ実力を…

 

初めて会った時、私をも震えあがらせた圧力の正体を…

 

奴の人と為りを……

 

もし、悪しき心を持っていると判断すれば刺し違えるつもりで奴を斬らねばならん。

 

昨夜の奴の行動が私の評価に入ってはいるが万が一ということもある。

 

ここまで行くと過保護と思われるだろうが、この荒れ狂う世の中で警戒しすぎるなんてことは無い。

 

むしろこの方が丁度いいと思っている。

 

……とは思うのだが…

 

蓮華さまが奴と話しているのに気付いて止めに行こうとしたのだが…奴の笑い顔を見ると警戒していることに馬鹿らしさを感じてしまう。

 

どうも奴には邪悪さをあまり……全くと言っていいほど感じない。

 

それでも私は確かめなければならない。

 

奴が信用に値するかどうか。

 

「用意できたぞ」

 

体の慣らしを終えて広場の中央に立つと、奴も私の前に歩を進めてきた。

 

「どちらかが一撃を入れるだけだ」

「おれもそれでいいぜ。この後やることがあるんでね」

「減らず口を…」

 

わたしはそれなりに殺気をぶつけているはずなのに平然どころか挑発か……やはり只者では無いな…

 

やはり……見極めなければならん…

 

この男が将来我等とどう相対するか…

 

私は剣を構え、奴の首筋目掛けて一閃する。

 

そこらの賊なら終わる一撃を男は後ろに一歩退いただけで避ける。

 

やはり避けるか…ならこれなら!

 

 

剣を腹部に突き刺す様に鋭い突きを放つ。

 

「ふ…」

 

しかし、その突きさえも避けてあろうことか蹴りを繰り出してきた。

 

「ぐっ!!」

 

甘寧は反射的に剣で防いだが、その力は意外と強くて重い。

 

そのため後方へ飛ばされるまではいかないが、砂煙を上げて何とか堪えた。

 

 

強い! 何て出鱈目な力に機動力だ!!

 

無手の者が剣などの武器を持った者を相手にするには相当の実力を求められるというのに…!

 

 

 

甘寧は驚愕するが、エースにとってはどうという事はなかった。

 

エースは今までに四皇の『赤髪のシャンクス』『白ひげ』、そして『鷹の目』といった猛者のいる世界で生き残ってきたのだ。

 

それに比べれば甘寧との殺し合いですらない試合は子供だましもいい所である。

 

それに加え、エースは子供の頃とはいえ、今や三億の賞金首の『麦わらのルフィ』と一緒に幼少時代を修業につぎ込み、一度も負け無し。

 

しかも若干10歳で街の不良達や野獣、そして本物の海賊を相手にした驚異的な戦闘力を発揮。

 

その際、数百万人に一人しか持たないという『覇王色の覇気』を無意識的とはいえちらつかせた。

 

そんな怪物を相手にする甘寧もまた猛将にして優秀。

 

しかし、それは『この世界』だけでの話だった。

 

甘寧の相手にしては分が悪すぎた。

 

 

 

 

 

 

くっ! 攻撃が当たらない!

 

 

男は私の剣撃を受けるのではなく避けるだけで、空を斬るだけの空ぶりに終わる。

 

しかし、その動作の一つ一つに無駄がない。

 

後転し、跳躍し、体を捻るなどといった普通ではまずしない回避を平然とやってのける。

 

その上攻撃も重く速い! こいつは猿か!!

 

私が内心で毒づいていると、男は顔面に拳が近付いてきた。

 

しまった!

 

私はまた反射的に避けたが、拳が止まった。

 

その後、息をつかせぬままにもう片方の拳で再び私の頭部を狙ってくる。

 

くそ! 誘われた!!

 

一度避けてしまった私の体を動かすのは無理だった。

 

その為、勢いに任せて体を地面に転がして回避。

 

何とか追撃を避け、再び奴を視界に入れようとするがいない。

 

どこだ!?

 

私に別の影が覆いかぶさる。

 

しまっ……!

 

振り向いたが最後……私は自分の獲物を取られてしまった。

 

 

 

 

世界は広い。

井の中の蛙とはよく言ったものだ。

私は勝てなかった。

しかし、嫌な気分では無い。

むしろこの出会いに感謝したい所だ。

 

 

戦いの中で感じ取ったこ奴の人柄。

戦いからその者の心の現れ方が顕著に出る。

私は思った。

こいつは……こいつなら我等の……

 

 

突然、思春の頼みで行われた模擬戦。

 

普段から頼み事をしない腹心の願いはどうしても聞き入れたくてエースに頼んでみた。

 

そうしたらエースは意外にも快く引き受けてくれた。

 

私たちへの礼だそうだ。

 

良心につけこんで闘わせるのに気が引けたけど丸く収まってよかった。

 

思春は殺さないと言ったから大丈夫だろう。

 

そう思って静観することにした。

 

そもそも思春がそこまでして闘う理由が分からなかった。

 

確かにエースが強いことは村人達から聞き、村に転がっていた賊を一人で倒し、単身で住処に乗り込む胆力は大したものだ。

 

そんな人物だからこそ普通なら警戒するのだが、どうも彼からは邪気どころか悪意も感じない。

 

そこまで警戒する必要あるかしら?

 

飄々とはしているが子供っぽい面もある。

 

上手くは言えないが、悪人ではないと勘でそう思った。

 

……私もお姉さまのこと言えないわ…

 

 

そう考えている内にエースと思春の戦いが始まる。

 

最初に仕掛けた思春は首目がけて剣を振る。

 

私はその時、声を上げそうになったけどそれは喉の奥で止まった。

 

エースは思春の鋭い一撃を紙一重で避ける。

 

普通の兵なら一撃で決まる一撃をいとも簡単に回避する。

 

私は息を飲んだ。

 

思春は我が呉を誇る屈強な猛者……その一撃を避けた…

 

そこから私の目は釘付けにされた。

 

縦横無尽に跳躍し、機を見ての反撃。

 

あの思春が押されるなんて……

 

 

その時、私の勘は確信へと変わった。

 

思春にも劣らない実力。

その実力に底を感じられない。

それでいて無邪気で誠実。

正に英雄。

 

 

私は彼と思春の戦いを夢見心地で見ていた。

 

私はこれまで運命というものを知らなかった。

 

だが、それを今日ここで知った気がする。

 

これが人生最初の運命の出会いかもしれない……

 

 

私がそう思っている最中、何かが転がる音で正気に戻り、意識を現実に向ける。

 

そこでは思春が武器を取り上げられ、勝負は決していた。

 

 

 

 

 

「もう満足かい?」

 

エースは武器を取り上げながらそう告げる。

 

代わって甘寧はしばらくは顔を俯かせると、今度は大きく深呼吸する。

 

呼吸を終えると立ち上がってエースと向かい合う。

 

「ああ。私の完敗だ」

 

その割に甘寧の表情は穏やかだった。

 

自分が知らなかった世界、実力。

 

勝負に負けて悔しいという気持ちは確かにある。

 

しかし、エースという人間の出現は甘寧に大きな影響を与えた。

 

それは人としてまだまだ強くなれると解釈した。

 

そして、新たな目標の出現。

 

まさに切磋琢磨の材料として充分すぎる。

 

そんな気持ちを胸に甘寧はエースから獲物を返してもらう。

 

「すごいな。まさか甘寧に勝つなんてな」

 

そこへ見ていた孫権がエース達に労いの言葉をかけに来る。

 

「そうなのか? 確かに並の奴よりは断然強いけど…」

「ああ。甘寧は我が軍きっての猛将だ。誇りに思うべきだ」

 

孫権はエースの実力を称えていると、甘寧は孫権の傍に寄ってきて跪く。

 

「申し訳ありません。この甘興覇。醜態を晒しました」

「いや、思春もよくやった。私が見てきた中で一番の大立ち回りだったぞ」

「敗者に勿体なきお言葉……これから精進いたします!」

「ああ。期待しているぞ?」

「はっ!!」

 

二人が臣下の礼を繰り広げている中、エースはその光景をボンヤリと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

『なあエース。今から家族の契りを交わそうじゃあねえか?』

『家族の……契り?』

『ああ。お前を拾ってもう随分とたつが……お前はおれとじゃれてばっかだったろ?』

『じゃれる……こっちは殺す気だったんだけど…』

『グラグラグラグラ…! おれにとっちゃああんなモンじゃれるくらいにしか見えなかったな!』

『……まあいいか…で? どうすんだ? その契りってのは』

『な~に、ただ盃を交わす。それだけだ』

『ああ~…でもそれはルフィ…いや、弟とやったぞ?』

『ほう…それは何を誓った盃だ?』

『何って……兄弟の…』

『それならおれ達とは家族の盃を交わそうじゃあねえか』

『家族?』

『ああ、この船に乗せた以上、どんな馬鹿でもおれはそいつと契りを結ぶのさ』

『そうしねえとこの海賊団に入れねえよい』

『マルコの言う通りだ。だからエースよぉ…杯を持て』

『ああ。分かった』

『おれ達も杯を持って酒を注げー!!』

『『『おおーーーーーー!!!!!』』』

『毎度毎度騒がしいな…オヤジ…』

『グララララララ…ちげえねぇ…よしお前等ぁ!! 杯は持ったなぁ!?』

『『『おおーーーーー!!!』』』

『今日からポートガス・D・エースをおれの息子…おれ達の家族に迎える!! もし、エースの身に危機が訪れたら全員で立ち向かえ!! そうすればエースも助けてくれる!!』

『『『おおーーーーー!!!』』』

『一人の痛みは家族の痛み!!』

『『『一人の痛みは家族の痛み!!』』』

『今日もまた誓おう!! おれ達家族の絆をまた一つ繋げると!!』

『『『今日もまた誓おう!! おれ達家族の絆をまた一つ繋げると!!』』』

『その胸に刻め!! おれ達の新たな家族…ポートガス・D・エースの名を!!』

『『『いぇーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!』』』

『これからよろしくなーエースゥ!!』

『よっしゃあ! 今から宴だぁ!!』

『『『ひゃっはーーーーーーーーーーーー!!!!!!』』』

『ぷ…くくく…』

『? どうしたエース』

『だってよぉ…さっきからあいつらの顔…ぷ…くくく…わっはははははははは…!!!』

『ふ…グラララララララララ…!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さん? …-スさん」

「……オヤジ…」

「エースさん!!」

「うお!!」

 

突然、目の前で叫ばれたエースは驚いて後ろに飛び退いた。

 

「程普……いきなり耳元で叫ぶなよ…」

「何言ってるんですか…ずっとエースさんに呼びかけてたのに…」

「そ…そうか…?」

 

少しむくれる程普にエースもこれには少し反省した。

 

とは言っても、さっきの孫権と甘寧の様子から昔、家族の契りを交わして笑い合った日のことを思い出していた。

 

かと言ってそんな事言えなかった。

 

そんな事言うものじゃなかったし、言っても過去に戻れる訳じゃなかったから…

 

「エースさん?」

 

エースの憂いを帯びた表情に程普は疑問を抱きつつも話しかけてみる。

 

しかし、そんな声に第三者の声が重なる。

 

「待たせたな」

「あ…いや、いい」

 

甘寧を引き連れた孫権がエースの元にやってくる。

 

しかし、エースのぎこちない様子に孫権も首を捻る。

 

「どうした?」

「いやなに…お前等の主従関係って固いなって…」

「主従……か…」

 

そう言うと、孫権は少し首を横に振って言う。

 

「確かに私は王を目指しているが……私達は思春たちを臣下とは思ってない」

「ほう…じゃあどういう風にお前等は成り立ってんだ?」

「そうだな……少し変わってるけど…笑わないか?」

「ああ。そんなこと笑うものじゃねーしな」

 

それを聞いた孫権は安心し、穏やかな表情で言う。

 

「…家族」

「!!」

 

その答えを聞いた時、エースに衝撃が走った。

 

その繋がりはかつての……

 

「姉さまがね……主従なんて堅苦しくて嫌だって言うから…私も昔からそう聞かされて育ったから…」

 

甘寧を愛しく見つめる孫権には慈愛が溢れていた。

 

部下を道具でも無ければ家臣ではなく、家族として優しく見守る孫権に仲間の面影を見た気がした。

 

しかし、エースはすぐにそんな考えを止める。

 

その後しばらくは穏やかでいて、どことなく喋りづらい雰囲気が流れる。

 

「あ…そうだ…」

 

そんな空気を払拭させるかの様に孫権は思い立ったように話す。

 

「エース。あなたこれからどうするの?」

「おれ?……とりあえず今日ここを発とうと思ってな」

「え!? 今日ですか!?」

 

程普が驚く様子からエース自身で決めたことだと思いながら孫権は話を続ける。

 

「それで、あなた達さえ良ければ我等孫呉の陣営に迎えたいのだけど」

「!!」

「…」

 

孫権のまさかの誘いに程普はビックリで心臓を口から出しそうになる程だった。

 

しかし、エースは無表情で黙っている。

 

「どうかしら?」

 

孫権は少し不安そうに聞いてくる。

 

程普としてはこんな話は一生あるかないかのことだから完全に舞い上がっている。

 

下請けとはいえ国の人間からのスカウトは珍しく、家筋やコネクションで決まる今となっては余程有能でなければ有り得ないことである。

 

元々程普は国に士官し、世直しをするべく己を磨いてきた。

 

相当な上位に着くまで何年かかろうとやり遂げる覚悟だった。

 

そんな大望を胸にしていた時の勧誘は程普にとって金よりも価値があるものだった。

 

程普は二つ返事で話を了承しようとしていた。

 

しかし……

 

「悪いがおれはいい」

 

エースの勧誘を蹴る言葉に程普は言葉を失った。

 

程普だけではなく孫権もそうであり、甘寧に至っては鋭い目でエースを睨む。

 

主の誘いを断ったからなのだろう。

 

「…よかったら…訳を教えてもらえないかしら…」

「訳も何も…おれみてえな荒くれは国なんてモンに関わる気はねえ」

 

全く答えになってない答えに程普はエースの説得をする。

 

「これはすごいことなんですよ!? 国の人直々に勧誘受けるなんて! ですから考え直してください!」

「これだけは譲らねえ。おれは国に従うなんてゴメンだ」

「エ…エースさ~ん…」

 

頑なに拒み続けるエースに程普はほとほと参っていた。

 

孫権としても何とかエースを思い留まらせたかった。

 

そんな中、甘寧は…

 

「し…思春!?」

「エ…エースさん…」

 

エースの首筋に剣を突き立てていた。

 

甘寧の目は更に鋭くなっており、まるで冷たい刃のようだった。

 

「貴様……蓮華さまのお誘いを断るとは……それなりの理由があるのだろうな…」

「…随分と行儀の悪い部下がいたもんだ。どっかの裏切り者みてえにな…」

 

鈴の音と共にゆらゆらと首元にチラつかせているのにエースは全く動揺を見せず、むしろ不敵な笑みを浮かべている。

 

そんなエースに甘寧はより一層強くする。

 

「貴様ぁ…」

「もういい思春! 収めろ!!」

「ですが!!」

 

とうとう内輪揉めに発展しそうな状況に程普はオロオロしていた。

 

そんな中、居心地の悪くなったエースは溜息を洩らす。

 

そんな態度に甘寧の勘忍の緒も切れる。

 

「貴様!! この状況で「おれの友達は国に殺されたんだ」!!」

「「!!」」

 

甘寧の怒号に覆いかぶせたエースの言葉は全員に衝撃を与えた。

 

特に孫権には大きすぎた事実だった。

 

「サボっていう奴がいてな……そいつがお偉いさんの前を横切っただけで……殺された……」

「「「……」」」

「だから…おれは国っていうものはあまり好きじゃねえんだ…」

 

エースの身近で起きた事に三人は何も言えなくなってしまった。

 

この世への絶望もあれば国に対する怨嗟も存在する。

 

腐った宦官の賄賂、汚職、政権争い、重税を課すなどといった問題も多く存在している。

 

そんな中、国を憎んでいる人の可能性を考えることができなかった孫権は自身に叱責した。

 

目の前の人の気持ちを考えずに愚かなことを言ってしまったのかもしれない。

 

自分達の利益を優先させてしまった。

 

これでは周りの腐りきった奴等と変わりない。

 

そう思った孫権はエースに頭を下げた。

 

「れ…蓮華さま!!」

 

孫権の腹心は止めさせようとするが、孫権自身に止められる。

 

「ごめんなさい……私…あなたの気持ちを考えずに自分の利益を優先させてしまった…」

「……」

「蓮華さま…」

「孫権さま…」

 

孫権の誠意の籠った謝罪に皆が聞き入られる。

 

そんな中でも孫権は自身の胸の内を伝える。

 

「だけど分かって欲しいの……私があなた達を誘ったのは私欲のためじゃない。私達の大望を叶えたいから」

「大望?」

「ええ。この世の戦、腐った宦官を無くして皆が住みやすい太平を築くことだ」

「……」

 

エースは熱弁している孫権を見て思った。

 

嘘はついていない。この目は本気だ…と。

 

エースは孫権の目から胸の内に宿す強い意志を感じ取った。

 

それを知った上でエースは答える。

 

「それでもおれはどうしても国に手を貸そうとは思えねえ」

「……そう…」

「だけど……」

「?」

「国じゃなくてお前等『自身』は結構好きだぜ?」

 

エースがいつもの笑みで孫権を見ると、孫権は豆鉄砲を食らった鳩のような表情をする。

 

「え…それって…つまり…」

「国の言う事は聞かねえ。けどお前等の頼みなら別だぜ?」

「それじゃあ…!」

 

孫権が一変して明るい口調で答えを聞こうとした時、エースは手で制す。

 

「ただし、次に会えたらの話だけどな」

「? どういう事だ?」

「さっきも言った通り旅に出ようと思ってな。まだここの事なんて全く知らねえから」

「それでこの大陸を見聞するという訳か…」

「ああ。その最中で運命がおれ達を巡り合わせれば…そん時は条件付きでだ」

「ええ! それで構わないわ!!」

 

孫権は満面の笑みで喜ぶ。

 

しかし、それはエースの気持ちのいい笑いでは無く、見ている人に癒しを与える様な微笑みだった。

 

「それで、あんたはそろそろ剣をどっか置いてくれ。もう試しただろ?」

「……気付いてたのか?」

「あんたからは殺気が感じられなかったからな」

 

そう言われ、甘寧はエースから剣を離してしまう。

 

「ふ……やはり気付かれてたか。もし気付いてなかったら私の接近を許すなど有り得んだろうがな」

「その割には途中でそれも忘れて激怒したろ」

「なっ!!」

 

甘寧は図星を突かれたのか顔を真っ赤にさせる。

 

「あ…あれも全てお前を試すためにだな…!」

「そうかぁ? その割には剣が震えていたような…」

「ふっ!」

「おっと」

 

突如、甘寧はエースに剣を振るうが、エースは跳んで避ける。

 

しかし、甘寧は顔を赤くさせたまま剣を振るい続ける。

 

しかし、その悉くを避けられる。

 

「このっ! ちょこまかと!!」

「おっと。ほいっと」

 

そんな鬼ごっこを程普と孫権は苦笑しながら見物していた。

 

結局、甘寧が力尽きるまで続いた。

 

 

 

こうして、エースは言った通り、村を出て旅に出ている。

 

もう村も豆粒にしか見えない程遠ざかっている。

 

さっきまで村人たちに揉みくちゃにされてたのも、いつかは良い思い出になるかもしれない。

 

村の方にはまだ孫権と甘寧もおり、村に護衛を付ける手続きを行うために後三日は残るようだ。

 

急な見送りの時も来てくれたのだから、本当に良い奴等だったな~…とエースは思っていた。

 

が、しかし……

 

「……本当にいいんだな?」

「はい。今回の件で改めて実感したんです。今の世の中を…」

「そうか…」

 

程普まで一緒に付いて来ることになった。

 

なんでも、世の中を見なければ今の世の中を知ることができないからだとか…

 

そこで、エースと一緒に行けば丁度いいのでは…ということだ。

 

「だけど…わざわざおれと一緒じゃなくてもいいんじゃねえか?」

「それはそうですが…まだまだエースさんから教わりたいことがたくさんあります…何より…」

「?」

「エースさんが能力を当たり構わず使うことが心配なんですよ!!」

「そんなに信用できないか? おれ」

 

程普の辛口批評に若干落ち込む。

 

程普はそんなエースをスルーしてある事を思い出す。

 

「そういえば、わたしの真名はもう教えましたっけ?」

 

しかし、エースにはそんなこと分からない。

 

「真名? なんだそれ」

「真名を知らないって……やっぱり何もかもがエースさんとは違う世界なんですね…」

 

感心した様に呟き、程普は「コホン」と言って答える。

 

「真名とはですね、その人の本質を表す本名であり、親しい者以外は知っていても呼んではならない神聖な名前なんです。もし、許されてないのに呼んだらどんな相手でも首を切られても文句は言えないんですよ」

「うは~コエー。そういや孫権も甘寧も別の名前で呼び合ってたしな…危うく呼ぶとこだったぜ」

「やっぱり付いてきて正解でしたよ」

 

笑うエースをジト目で見るも、すぐに本題に入る。

 

「それでですね、今からわたしの真名を授けようと思うんですが…」

「お! 許してくれんのか!? ありがとよ!!」

 

さっきの話を聞いたのにも関わらず、尻込みもせずに喜ぶ。

 

「(クス)…ええ。こちらもお世話になりましたから」

 

程普は子供のように喜ぶエースに微笑ましさを感じながら告げる。

 

「わたしの真名は鈴仙と申します。これからは鈴仙と呼んでくださいね♪」

「ああ。おれの名に真名なんてねえ。だからいつも通りエースでいいぜ」

「はい!」

 

 

 

こうして心を許し合った二人は新たな冒険に向けて歩を進める。

 

そこから始まる何かを求めて…

 

そこから始まる絆を求めて…

 

 

 

 

 

今、伝説が動き出した。

 

本来有り得なかった物語が始まった。


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