エースは走った。虎牢関に仲間を置いて。
急に言われた言葉に誰もが耳を疑った。
洛陽襲撃
大陸の主要軍が虎牢関に集まっている中、洛陽への進行は不可能だった。
部下から詳しく聞いてみると、急に街中から白装束の大群が襲ってきたらしい。
幸いにも月の周辺の兵で持ち堪えてはいるが、白装束が次々と湧いて出てきているらしく、徐々に押されているとのこと。
そこで伝令を送ったとのこと。
後で詠も駆けつける様だが、それまでエースは待つ気にはなれない。
エースのはらわたは煮えくり返っていた。
エースはあちこちで煙を上げる洛陽を駆ける。
戦前とあって、民は一人も見当たらない。
エースにとっては好都合であったため、そのまま崩れた瓦礫を跳び越えて行くと数人の人影が現れた。
その衣服は白に統一されていた。
「異能を宿した悪め!! 今こそ正義の鉄槌を下さん!!」
「悪は滅びるべきなのだ!!」
そう言って凶器を手に取って襲いかかる。
そんな時、エースは不敵に笑う。
「懐かしいねぇ……海賊の時を思い出すぜ……」
世間からは邪魔もの扱いされ、蔑まれた時と同じ周りの目。
死んでからは打って変わってやることもなかったから旅をしていただけだったのに、いつの間にか正義の味方。
そんな見方に慣れずになんだか戸惑っていた近頃。
エースは思い出した。
不敵な笑みを浮かべてエースは叫ぶ。
「海賊が悪なのは昔からの常識だぁ!!」
エースは両手に炎を纏わせて敵に突っ込む。
「陽炎!!」
洛陽の街に巨大で強大な火柱が上がった。
―――交代だ!! 今の内に飯は食っておけ!!
―――第三陣も一緒に抑えろ!!
城の一室では怒号が飛び交う。
月はそこの玉座に座って不安そうに表情を歪ませる。
どうしてこんなことになったのか……
そもそも、敵がこんな近くに潜んでいたなんて……
月はそんなことを考えていると、一人の伝令が月の前に膝をついてくる。
「伝令!! 敵が城門を突破したとのこと!! 今すぐにこの部屋を閉ざします!!」
「そうですか……その前にこの城の者全員もこの部屋に集めてください」
「はっ!」
月の指示で兵士は分担して城の中を駆ける。
今頃、城の門で兵達が頑張って踏ん張っているだろうが、それも時間の問題だ。
間もなく思い出の詰まった中庭にまで押し寄せてくるだろう。
そう思うと胸が苦しくなる。
楽しくて優しい仲間達と育んだ思い出の場所が侵されていく。
「董卓様! 城の住人の避難終わりました!!」
「!…ありがとうございます。これよりここで敵を当たって時間を稼いでください!」
『『『応っ!!』』』
月は自分を頼りにする臣下を前にして涙を堪え、指示を出す。
上に立つ者として臣下を護る義務を果たさなければならない。
(…エースさん……)
月は無意識にエースの笑顔を思い出す。
この苦難を乗り越える勇気をもらうため…今一番会いたい人を思い浮かべる。
「蛍火……火達磨!」
エースの放つ炎が白装束を包んでいく。
断末魔を上げる暇さえ与えない。
「くそ……こいつ等どっかから生えてんのか? 全然減りもしねえ…」
晴れた爆煙の隙間から白装束の大群が映る。
「火拳!!」
間髪入れずに特大の炎の拳を撃ち込む。
炎は白装束を家屋ごと焼き払い、エースの前方だけを灰に変える。
「とりあえず今は急がせてもらうぜ」
さっきの火拳で全滅させたなどとは思ってないエースは反転させてある場所を目指す。
「えっと…確かここを曲がって…」
「天誅っ!」
「受けねえよ」
「ぐはっ!」
曲がり角に隠れていた敵の不意打ちを難無くかわしてお返しに顔面を殴る。倒れた敵を跳び越えて突き進む。しばらく進んで、目当ての家が見えてきた。
「あった!」
エースはホっとしながらまだ無傷の一軒の家にたどり着く。家の中を覗き込むと動物の鳴き声が飛び出してくる。
家の中から跳び出した犬がエースに向かって来ては足元に組み付いて尻尾を振る。その犬は首に赤い布を巻いていた。
エースは犬を抱きかかえてワシャワシャ撫で回す。
「はは…大丈夫そうだな……セキト」
「ぷ…おいおい…今はじゃれてる場合じゃねえよ」
そうは言っているが、顔を舐められるエースは笑いながらセキトと呼ばれる犬を離す。
そしてセキトの声に応じてか、家の中からたくさんの動物が出てきてはエースにじゃれるように群がってくる。
「おい、今はそんな場合じゃねえって…」
エースもそれにたじろぐが、群がってきた動物達を押しのけ、安心した表情を動物たちに向ける。
「…これだけ元気がありゃ大丈夫だな…」
押しのけても群がる動物の力にエースも苦笑。
そもそも、この動物達がいた家は恋の自宅であり、動物達は怪我、捨てられたなどの理由で恋が世話していた“家族”である。
これを聞いたエースは自分の“家族”の定義から離れた家族にギャップを感じたものの、守るべき家族がいることに少し羨ましくなった。
そんな動物達が自分になついた時は素直に嬉しかった。
動物にしろ、頼られることが嬉しいと思っていた。
自分が『存在してもいい』と、第三者から認められた気がするから。
「おれはまた行かなきゃなんねえ。セキト、ここはお前に任せるぞ?」
―――ワウ!!
「よし、いい返事だ」
エースは自分の問いに自身ありげに吠えるセキトに口を吊り上げる。
(こいつが人間だったら大物になってんなこりゃ)
そう考えながらセキトを下ろすと、セキトは他の動物に呼び掛けてエースから離す。
離れた動物達はセキトを中心に家に入るのを確認するとエースは両手を家に向ける。
「炎上網!!」
そう叫ぶと、家の周りから炎が現れる。
やがて、その炎は大きさを増して家を覆い隠す様に包みこむ。いわば、炎の防御壁である。
「これでここはしばらく大丈夫だな……あとは……」
エースは火の手が上がり始めている月の城を見渡す。
「あそこまでどうやって邪魔もなく行くか……だな」
エースは少し考える。
(こんな時、マルコの能力が羨ましいな)
だが、ここで頭を振って考えを否定する。もうここにかつての仲間はいない。今は自分の力だけが頼りなのだと。
「だめだ、無い物ねだりしても始まらねえ。とりあえず近道でも……」
近道……その一言でエースは何かを思いつき、閃いた。
近道がない……無い物を願っても仕方ない…
ならどうする?
―――簡単なことだ……
「そうか!!」
なんでこんな簡単なことを今まで思いつかなかったのだろうか。
「道がねえなら作るしかねえだろ!!」
エースは不敵に笑って炎の渦を展開させた。
月達の篭る部屋は不安と恐怖に満ちていた。
部屋に攻めてきた白装束が扉を叩く音が響く。
その音に待女達が身体を震わせる。
部屋には月の親衛隊も含めて僅か数十人。
この様子だと門前の兵もやられたと考えて間違いない。
扉を破られたら太刀打ちどころか時間稼ぎも怪しいだろう。
(誰か…)
月は両手を胸の前で握る。
しかし、膠着も長く続く訳がなかった。
『『『!!』』』
扉がこじ開けられ、敵がなだれ込む。
月は驚愕するが、すぐに指示を送る。
「迎え撃ってください! それ以外の人は私と共に後方へ下がってください!」
月の指示に兵士は白装束の前に立ち塞がり、待女は逃げる様に下がる。
「悪を擁護する罪深い罪人達よ、正義の鉄槌を喰らうがいい!」
敵の一人がそう言うと、一斉に襲い掛かってくる。
それに対抗する様に兵士も武器を振りかぶって突っ込む。
ぶつかり合った時に互いの武器から火花が散る。
大声を上げて威嚇する者もいれば罵る者もいる。
そこにあるのは、ただの狂気だけだった。
待女同士で抱き合って涙を流すのに対し、月は毅然とした態度で玉座から離れない。
自分が逃げれば自分を頼っている部下も不安にさせてしまう。
だからこそ月は逃げるわけにはいかなかった。
怖い気持ちを抑えて月は拳の震えを抑える。
しかし、状況は劣勢に追い込まれていた。
最初の均衡も溢れ出る白装束に破られ、兵士は倒れ、残りの数少ない兵士は待女と君主の月を護る様に立ち塞がって武器を向けるが、ジリジリと追い詰められていく。
「観念しろ! 悪は栄えない!」
白装束の一人がそう叫んで武器を構えると、白装束の全軍が凶器を手にする。
それに悲鳴を上げる待女を見た月は玉座から立ち上がる。
「あなた方の目的は私なのでしょう? この方達にはなにも怨みは無いはず…」
月は歩をゆっくりと進ませ、白装束の眼前に立つ。
兵士は武器を向けられて動けずにいる。
「ですから、私の首は差し上げます。ですからこの人達だけは……」
懇願する様な月に一番大柄な白装束は少し考えて言った。
「いいだろう」
その言葉に月はホっとしながらもどこか悲しげだった。
(これで……いいんだよね?)
諦めの月に白装束が武器を構える。
巨大で鋭利な刃物が月に牙を向けている。
「ご覚悟召されよ」
白装束の感情の無い声が部屋に響き、凶器が振り下ろされた。
月にはそれがスローモーションで見える。
避けようと思えば避けられそうな凶刃も避けようとはしない。
それどころか避けようとは思わなかった。
(きっと……大丈夫……)
それは諦めか……または希望なのか……それは月にも分からなかった。
そして……
―――炎戒……
運命の女神は……
―――火柱……
月に微笑んだ。
「摩天楼!!」
「なっ!…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
誰かの声が聞こえたと思った刹那、白装束が炎に包まれる。
月も兵士も待女も白装束も驚愕する。
月の前には白装束を飲みこんだ火が大破した壁から外へと繋がっている。
壁を突き抜けて白装束を飲みこんだ時間差はコンマ一秒。
その炎がどれだけ速かったのかが分かる。
「おれの仲間に手ぇ出す奴は……」
外から聞き慣れた声が聞こえる。
月が一番聞きたかったその声を……
「あれは…!?」
外を見ていた白装束が声を上げて指を差す。
それを追って外を見ると、そこには地上まで続く細長い炎の上を走っているエースが見えた。
「これは……炎の道か!?」
「いかん! 早く切り落とせ!!」
一人がそれに気付くと、別のが武器を構えて叫ぶ。
それに賛同した白装束は一緒に武器を構えて炎に武器を振るう。
しかし、どれだけ攻撃しても炎は消えない。
切っても貫いても殴ってもそれは全て無駄に終わる。
そして、遂にエースが壁から屋敷に入ると、エースは高く跳躍する。
それを目で追う全員の視線を受けながら着地すると、月を包みこむ様に抱いてその場から離れる。
「発火!!」
『『『ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』』』
エースの掛け声と共に炎の道が爆発を起こす。
炎を攻撃していた白装束を大量に呑みこむ高熱の息吹はある程度まで広がって風と共に消え去る。
兵士を追い詰めていた白装束もエースに警戒を向ける。
それでも、エースからは動揺も気持ちの揺れも見られない。
それどころか帽子の隙間から鋭い眼光で目の前の“敵”を射抜き、白装束もその一睨みで動けず、膠着状態になる。
そんな中でエースが口を開く。
「お前等……」
この白装束はとんでもない禁忌……タブーを犯した。
「おれの仲間に手ぇ出すなら……覚悟決めろよ?」
邪教集団は洛陽の太陽を怒らせた。