火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

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冷静になれ! 華雄、無謀の突撃

「さあ来い。すぐに地獄に叩き落としてやる」

「「その前にお前を叩き落とすぞ。この猪が」」

「先がおもいやられますね~」

 

自慢の斧を携えた華雄に霞と鈴仙が諫め、風は一人ごちる。

 

「なんだと!? 貴様等やる気が無いのか!?」

「アホか!! やる気があるから出ないんや!! 何度も今回は籠城戦やって言ってるやろが!!」

「さっき詠さんも言ってましたけど…忘れたんですね……」

「違う! 戦の前に精神統一していたんだ!!」

「…ぐぅ~」

「風があまりの呆れに寝てもうたで」

「ていうか、聞いてなかったんですね…」

「なお、悪いわ」

 

これには風までもが呆れて現実逃避。そんな華雄に二人も呆れる。

 

「やっぱエース達も連れてきて正解やった……熱くなったこいつの相手はムッチャ疲れるで……」

「心中お察しします……」

「ありがとなぁ…華雄、お前もエースを見習い」

「暇だな~…」

 

そう言って霞が指を差すと、そこにはうつぶせで寝ている。

 

「エース!! 貴様も気合いが足りんぞ!!」

「でもよぉ…詠も言ってたしな~…出なくていいだろ」

「なんだと!? ここまで愚弄されて悔しくないのか!?」

 

そう言うと、エースは起き上がって華雄を見つめる。

 

「部下を危険な目に会わせてまで守りたい名声なんて始めから持っちゃいねえんだよ」

「う……」

「俺たちはこれでもテッペンだからな。俺たちの行動一つで部下の命を左右する。それくらいは肝に銘じておけよ」

「うぐぐ……」

 

エースから醸し出される威圧感に華雄は何も言えなくなる。それを見て、再び寝転がり、霞たちは安堵に一呼吸おく。

 

こうして、全員は再び、城門前の状況の成り行きを見守る。

 

 

 

 

「いつまでそうやって籠っているつもりだ! 腰ぬけ共!!」

 

シ水関前では劉備軍の将軍である関羽が罵声を浴びせ始めた。

 

華雄の自身の武に対する誇りは過度の驕り高ぶりが特徴的であり、それは周知の事実。

 

「戦わずして勝とうなどと思っているのか!? 笑止千万!!」

 

関羽は特定の人物に挑発していた。

 

「華雄!! 貴様は口先だけか!? それならばそのまま臆病に籠るも良し!! 違うというなら我等と矛を交えてみよ!!」

 

シ水関の誰か一人でも引きずり出せれば門も開き、守りが消える。

そして、その標的を華雄にしたことは反董卓連合軍にとって最も最良の手だった。

 

 

 

 

 

 

それの後のシ水関では…

 

「離せ!! 霞!! 鈴仙!! 奴等を叩き斬る!!」

「アカンって!! それに乗ったら敵の思う壺やで!!」

「我々の武を愚弄しているのだぞ!? 悔しくないのか!!」

「悔しいのは分かりますけど、今は抑えて…! て言うか華雄さんしか挑発されないってどういう……」

「だが…!! しかし…!!」

「これが最善の策なんです!!」

「くっ……」

 

事態は徐々に深刻化していき、仲間割れまで始まった。

こんな状況を見た兵達は少しずつ不安になってきた。

 

「ありゃ~…マズイですね~」

「ふ~ん…そう…」

「「少しは手伝えよテメー等!!」」

 

三角座りする風とあぐらをかくエースに二人が突っ込む。

少しは体を張っている身にもなってほしい。

 

手伝ってほしいと聞いたエースは立ちあがって華雄に近付く。

 

「お兄さん?」

 

風は急に立ち上がったエースに疑問符が浮かぶ。

 

何も言わずに華雄の背後へ歩む。

 

「エース?」

 

それに気付いた霞がそう言うと、華雄と鈴仙もエースの方に向く。

 

「華雄……」

「何だ…まさかお前まで…」

 

そこまで言った時だった。

 

「おりゃ」

「がっ…!」

 

エースは華雄の頭をグーで殴る。

華雄の頭は城壁にめり込み、壁を陥没させた。

 

「何してんの!?」

 

霞は思わず標準語で叫んだ。

それでもエースは顔色一つ変えずに手の埃を払うかのように互いの手をぶつけ合う。

 

「聞かせたくなきゃ聞けなくすりゃいいと思ってよ」

「「「……」」」

 

サラっと考えたことをここまで忠実にできるエースに皆は顔を引き攣らせる。

仮にも仲間なんだから…

 

そう思いながら城壁から見下ろすエースを見ていると、エースの様子が変わった。

 

「おい、なんか新しい姉ちゃんが出てきたぞ?」

「え? どんな人?」

「あれ」

 

エースが指差して言うと、一人のふくよかな女性が出てきた。

その近くの『孫』の字を見て霞がおもむろに嫌な顔をする。

 

「げ……まさか孫策かいな…」

「孫策……何か誰かに似てんな…」

「不味いんですか?」

 

桃色の髪を見て頭を捻るエースだが、その脇で鈴仙は霞に聞くと気絶している華雄を見て答える。

 

「ああ、華雄は孫策の母である孫堅に一度負けてるんや」

「うわ、何か嫌な予感が」

 

そんなことを話していると下から孫策と思われる罵声が聞こえてきた。

 

「わが母、江東の虎と謳われた孫堅が娘、孫伯符が来てやったぞ!! 我が母に敗れた憐れな華雄将軍!!」

 

そこからは華雄に対してのみの罵声を送ってくる。

 

鈴仙と風は周りの華雄の『猪』の評価に少し同情してしまった。だけど、その猛獣も今はおねんね中。

 

「…エースさんの暴挙が吉になったね…」

「そのようやね。罵声が本人が聞いてなきゃ意味が無…」

 

霞が得意気に華雄を見てみると…

 

 

 

「全軍抜刀!! 我等を虚仮にする愚か者どもを根絶やしにするぞぉ!!」

「「起きてたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

華雄の無駄なタフネスが凶を呼び寄せてしまった。

壁を陥没させるほどの衝撃を受けた頭には傷も何も無く、本人も絶好調だった。

 

これには霞も鈴仙も驚愕を隠しきれなかった。

華雄は既に準備を整え、部下も誘導していた。

 

「アカン! 止めんか華雄!」

「門だけは絶対開かないでくださーい!!」

「私は兎の様にブルブル震えるつんもりは無い!!」

「な…! 私は関係無いでしょ!?」

「落ち付けって! 鈴仙も冷静さを失ってどないすんのや!!」

 

このままでは仲間内で瓦解しかねない。

それも含めて霞が抑えることは到底不可能だった。

 

「全軍続けぇぇぇぇ!!」

『『『応っ!!』』』

「わーーっ! なに言うてんねんお前等!!」

 

霞の必死の願いも届かず、華雄隊は門をこじ開けた。それを見た面子は焦躁感に襲われる。

 

「ダメですって! 戻って…!」

「突撃ぃぃ!」

 

鈴仙の説得にも耳を貸さずに華雄は隊を引き連れて門を出る。

 

「ありゃー…相当マズいですねー…」

「アカン! 華雄が落とされたらここも陥落するで!」

「霞さんは華雄さんを助けてあげてくださいね?」

「言わずもがな!! 誰かおる!」

 

風の指摘に頷く霞は兵を呼ぶ。

そこへ一人の兵がやってくる。

 

「今からウチ等の隊も討って出る! 今すぐ準備しい!」

「兵の撤退は風と鈴仙ちゃんが努めますね~」

「おう!」

「そんじゃあおれは華雄を連れ戻すか?」

「頼む!! ウチは劉備隊を抑える!」

「よしきた!」

 

霞は先鋒の劉備隊の撃破、エースは華雄の救出、風と鈴仙は虎牢関への撤退及び、エース隊率いる、『スペード隊』の準備を済まそうとする。

 

「霞さん! エースさん! ご武運を!」

「なのですよ」

「おおきに! 門を開けろ!!」

 

鈴仙と風の激励に霞は笑って返し、門を開けさせる。

それと同時に霞は腹の底から声を上げて高々と言う。

 

「全軍!! ウチ等を舐めくさるボケ共に一泡吹かせ!! 突撃ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

『『『うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』』』

 

霞は指揮の上がった兵達を連れて戦場に繰り出す。

 

「さて……おれも問題児を回収するか…」

 

視線の先でたなびく紅の『孫』と漆黒の『華』の旗を一瞥し、エースは城門から飛び降りた。

 

 

 

 

「押せ押せぇ!! このまま押し切れぇ!!」

 

華雄は馬の上で自慢の戦斧を振り回し、敵をなぎ倒しながら戟を飛ばす。

周りには赤で統一された孫策軍の兵士がひしめいていた。

 

「華雄将軍!! ダメです!! 敵の勢いが強すぎます!!」

「くそっ! 油断した!!」

 

部下の報告を聞いた華雄は自分の失態に悪態を吐きながら群がる敵兵を斬り伏せる。

 

ここは敵軍の真っただ中であり、援軍も期待できない。

 

そんな中、一人の声が聞こえてきた。

 

「お命頂戴」

「!!」

 

背後から静かで、底冷えのする声が聞こえると華雄は馬から飛び降りた。

 

「ぐはっ!」

 

地面に叩きつけられて全身を打撲するが、馬の首が胴体から切り離されたのを見ると、まだマシな方だった。

 

転がる勢いは止まり、顔を上げるとそこには鋭い眼をした小覇王がいた。

 

「貴様は孫策!!」

「あら、案外あっけないわね」

「なんだと!?」

 

その言葉に華雄は激昂するが、孫策はどこ吹く風か動じない。

 

「だってそうでしょ? こんな口八丁に引き寄せられて門を開けて突っ込んできて今にも負けそうなんだもの。あっけないとしか言い様がないわよ」

「ちっ! 抜かせ小娘…痛っ!」

「?」

 

急に足を押さえて痛がる華雄を見て孫策はどうしたのかと思っていると、疑問はすぐに解けた。

 

「あぁ~……さっきの落馬で足を挫いたのね…」

「うるさい!! 私はまだ…ぐぅ!」

 

無理矢理立ち上がろうにも紫に変色し、腫れた足が本人の意志についていけない。これはもう勝負アリだった。

 

孫策は溜息を吐いて華雄に近付く。

 

「はぁ~……御遣い君と戦う前の準備運動のつもりだったのに……これじゃあつまんないわね…」

「小娘がいっぱしの口を…!」

「そういうのは勝ってから言うのね……でも…これで終わり」

 

孫策は剣を構えて向かってくるというのに体が動かない。

全く動けないこともないが、地に這いずるのは武人の誇りとして許さない。

 

(……ここまでか…)

 

華雄の諦めと、孫策の剣の輝きが重なり合った。

 

 

 

その時だった。

 

「華雄!!」

「「!!」」

 

突如として大きい声が聞こえ、孫策と華雄は声の元を追う。

 

すると、そこには戦の中心人物がいた。

 

「エース!!」

「よぉ…」

 

エースは表情を変えずに華雄に手を振って応える。

 

「なんでこんなとこに!?」

「そりゃあオメエ…手の焼く仲間を回収にきたんだよ」

「う……」

 

明らかに自分のことだったので、何も言えなくなってしまった。エースはそんな華雄を守るかの様に孫策の前に立ち塞がる。

 

「わりいな。こんな奴だけどおれの仲間だ。このまま見逃してもらうぜ」

 

そして、孫策はエースから醸し出される威圧感を感じ取って聞いてみた。

 

「……あなたが御遣い君?」

「御遣いというより、協力者だな」

 

不敵に笑って答えるところを見ると、孫策は聞いてみた。

 

「そう……まあいいや。早速だけどちょっといいかしら?」

「ん? 何だ?」

「おい! 慣れ合うな!!」

 

孫策の雰囲気が少し柔らかくなったのを感じて孫策の話題に乗る。

 

「ありがと。ねえ思春!」

「はい」

「い…いつの間に…!」

 

華雄は突然現れた甘寧に驚く。対称的にエースは別の意味で驚愕していた。

 

「あれ? お前……甘寧か…?」

「見て分からんか?」

「やった! 大当たり~!」

「……こんなとこで会うなんてなぁ………」

 

エースは以前に出会った甘寧との思わぬ再会に驚き、孫策はエースが目当ての人物だと知って大手を振って大喜び。

 

そして、そのまま剣を抜く。

 

「あれ? やんのか?」

「当然! そのためにここまでやってきたんだから!!」

「私はお前を捕縛するための補佐だ」

 

甘寧がそう言うと、孫策は不機嫌な顔を甘寧に向ける。

 

「や~よ思春。私は一対一でやりたいの~」

「で、ですが…御身になにかあっては……」

「殺るか殺られるかの勝負が面白いんじゃな~い。戦わせてよ」

「しかし……」

 

決闘の許可を貰おうと説得する孫策に甘寧が狼狽する。

そんな漫才みたいなことをしていると、エースはポケットに手を突っ込んで言う。

 

「話してるとこ悪いんだけどよ……」

 

エースの言葉に全員の視線がエースに向けられる。

そして……エースはニカって笑って言った。

 

「おれとの勝負……また今度な!」

 

そう言うと、エースはポケットから一つの小さい黒い玉を取り出して地面に叩きつける。

叩きつけられた玉からは黒い煙が出てきた。

 

「うわ! ちょっとなに!?」

「けほっ! こほっ! 煙幕か……」

「うそ!? 何も見えない!!」

 

黒い煙に四苦八苦している傍で、エースは同じくむせていた華雄を抱えて引き返す。

 

「お前の隊はもう退散させたからな。後はお前だけだから心配すんな」

「……」

 

走りながら話すエースの言葉に華雄は煙を少し吸い込んで喋れずとも、頷いて肯定と感謝の意を示す。

エースはそれを華雄に笑顔を浮かべる。

 

「逃げんなー!」

 

真桜印の煙幕丸の煙の方向から聞こえる孫策の軽めの呪詛を無視して、そのまま虎牢関へ猛ダッシュで突き進むエースであった。

 

 

 

こうして、華雄隊が開けた門から敵がなだれ込み、シ水関の戦いは連合軍の勝利に終わった。

 

だが、次はそう簡単に敗れはしない。

 

なぜなら、虎牢関では飛将軍呂布と火拳のエースが待ち構える。次の戦いこそが本当の正念場だということは目に見えていた。


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