凄いハイペースで程イク…風の仲間入りが決まってから一夜明けていた。
いつもの様に凪、鈴仙、エースで修業をしていた。
しばらくの間、趙雲達と旅をしてきたので若干の寂しさはあるのだが……
それでも、修業の激しさに影響することは無く、むしろ勢いが強くなったと実際に見て分かる。
そして、エースは真名を許してくれた風のために見せたい物があるということで早朝の凪と鈴仙の合同修業を見せることにした。
実際、準備運動する凪と鈴仙の他にギャラリーとして風のついでに真桜と沙和も叩き起こした。
その証拠に三人はとても眠そうである。
「なあ兄さん……なんで今日だけ起こすんや?」
「沙和…すごい眠いの~…」
「ぐぅ~…」
凪と鈴仙以外の面子は必死に眠気を我慢している様子。
そんな彼女達に素振りで謝ってから言う。
「悪いな。今日は少し力入れるからよ……間違えて眠ってるお前等を燃やすかもしんなかったからな」
とても良い笑顔で言い切った。
「「………」」
「およ~?」
それを聞いた真桜達は眠そうな表情を一変させ、蒼白にして顔も引き攣る。
何も知らない風は面白い顔をしている二人を見て、これからのことに少し興味を持った様子である。
そして、戦う当の本人はというと……
「「((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル」」
聞いてもいない突然のムチャ振りに恐怖していた。
それを見たエースは元より手加減するつもりだったから、とりあえず二人を安心させる。
「心配すんな。火加減は調整すっから。そんな大技使うつもりもねえしな」
「「…………」」
それを聞いて少しは安心したようだが、それでも不安は拭えない。
普段、能力は使わないという縛りのまま二人同時(時々五人)に相手してもらって一度も良い結果を出せた試しが無い。
それなのに、そんな状況で能力を使うなど最早イジメである。
そして、問題は更に別の所である。
今まで彼女達が見てきたエースの技というと、『陽炎』『火銃』『炎上網』だけである。
正直、そこまでならまだなんとかなると思うだろう。
しかし、彼女達にとってそんな目測を見直させる技をもう一つ知っていた。
『火拳』
鈴仙が初めて見た大技であり、正直、忘れたくても忘れられないインパクトがあった。
百もくだらない賊を一瞬で燃やし尽くすなど、その威力は計り知れない。
しかもその時のが手加減したというのだから、一体どんだけ~…と言いたくなる。
一回、凪達に話したらもれなく全員が顔を引き攣らせていた。
そんなことがあり、エースとは能力を用いての闘いに未知なる恐怖を覚えていたが、まさか今になってやらされるとは悪夢もいい所である。
「そういや、ちゃんとした闘いって初めてだよな?」
「「いやいや、今までので充分なんですが…」」
「よし! 準備はいいか!?」
「ちょっ! 作戦を…!」
急かされるのに焦りながら凪は鈴仙を呼んで作戦会議をする。
「よし、それじゃあ練習通りにいくのね?」
「ああ、好機は一回っきり。外したら終わりだ。上手くやってほしい」
「うん」
少しの会話だけ済ませてエースに向き合う。
それを確認したエースは構えも見せない。
「もういいな?」
「「はい!!」」
「それじゃあ……行くぜ!」
そう言ってエースは体を炎に変えて二人に突っ込む。
「陽炎!!」
突っ込んで来る火の玉を左右に分かれて逃れる。
その途中で二人は考えていた。
(エースさんの陽炎…これは受けきれないけど…)
(攻撃後には必ず隙が生まれる!)
凪と鈴仙の考えは的中し、突進してきたエースは炎化を解く。
それを見計らって二人はエースとの距離を挟み打ちの要領で左右から詰める。
「ふっ!」
「はっ!」
その後、鈴仙は跳び回し蹴りを腹部に、凪はパンチを顔に向ける。
しかし、エースはそれらを涼しい顔で腕でガードする。
受けたエースは口笛をならして呟く。
「こりゃあ効くなぁ~」
「「冗談!」」
二人は掴まれてる手と足を力でふりほどいてまた左右に分かれる。
(なるほど…固まって狙われない様にするためか…)
エースは左右の二人を見て冷静に分析する。
(しかもこいつ等すぐに反撃できるように威力をそれなりに抜いてスピードを重視しているか…)
しかし、スピードを上げても目で追えるからそれも付け焼刃だということが分かる。
スピードを気にしてパワーが散漫しているのがバレバレだ。
(だけど、こいつらも分かってるはずなんだがな……)
だからこそ分からなかった。
二人がそんな凡ミスをするとは思えなかったからだ。
何か作戦があるとは思うのだが、それが何なのかも検討もつかない。
「「はぁっ!」」
「! おっと!」
物思いにふけると一杯喰わされるかもしれない。
そう思ってエースは再び戦闘に集中する。
「……」
「あ、やっぱり固まっとる」
「風ちゃ~ん」
「…はい…」
エース達の修業を初めて目の当たりにした風は口をまん丸にして呆然としている。
結構珍しい光景であり、眺めていたかったが、真桜達としてはエースの警告を聞いた後だったから一応、正気にもどしておいた。
「どや? 驚いたやろ?」
「はい……まさか急にお兄さんが燃えるなんて思わなかったのです……なるほど~、噂は本当でしたか~」
「誰も信じてくれないけど事実なのー」
そう言ってまた三人に目をやる。
「おらぁ!」
「うわ!」
エースの炎の纏った蹴りを凪は必死に避ける。
結局、エースは一人に絞って(もちろん手加減はして)追撃を行う様にした。
もちろん、時々後ろから攻撃してくる鈴仙にも注意は怠らない。
しかし、二人はヒット・アンド・アウェイ戦法でかかって来るため、一網打尽にはできないでいた。
(凪はおれにピッタリついているのに鈴仙は中々こねえ…)
その妙な戦法にエースは頭を悩ませていた。
しかし、それがいけなかったのだろう。
「はぁっ!」
「おわ!!」
凪の蹴りが顔面に迫ってきたので、エースは首を後ろに引いて間一髪で避ける。
「今だ!」
「は?」
その時、凪が声を上げるのと共にエースに影が覆う。
それに釣られて頭上を見ると、鈴仙がエースに人差し指を指していた。
しかもその指先はほのかに光っていた。
「これが…私達の精一杯の攻撃です!! 鈴仙!!」
「うん!……エースさん……これがわたしの新しい力…」
光が一層輝きを放つ。
そして、光は強くなり、やがて銃の弾丸の形を成す。
そして……
「
鈴仙の指先からエースへと光の弾丸が飛ばされた。
「なるほど……凪に気を引かせといて狙い撃ちってわけか……」
エースは自身に飛んでくる光の弾見て笑みを浮かべる。
凪はすぐにその場を離れるのを感じるが、別にどうもしない。
「だけど……なんか怖い感じがしねえのは、まだその技が未熟ってこったな」
エースは拳を握り、炎を纏わせる。
エースは振りかぶり……
「だけど……」
光の弾を殴りつける。
すると、辺りが衝撃によって砂煙に覆われる。
「「やった!」」
二人は合流して互いの拳をぶつけ合う。
それでも煙からは目を離さない。
二人としては、これでエースを倒せたとは毛頭も思っていない。
煙が晴れたらまた追撃を行う。
二人はすぐに突入できる様に構えていた。
しかし……
「火銃!!」
「なっ…うわぁ!!」
「ちょっ…直撃だったのに!」
煙の中から出てくる無数の火の弾丸に驚愕し、二人は突撃した体を無理矢理抑えて回避に徹する。
しかも、場所も悪かった。
凪達が避けた火は真っすぐと飛んでいき……
「ぎゃああああぁぁ!!」
「こっちに飛ばさないでなのー!!」
観客席の方に飛んでいき、真桜と沙和は体をくねらせたりと逃げ回っていた。
「ふむふむ……実に面白いですね~」
「「いつの間にいいいいぃぃぃぃ!!!」」
風は一足先に避難しており、草影からその惨劇を眺めていた。
そして、煙は晴れていき、エースが姿を現す。
「よし、今日は初めておれに一発入れたんだ。これを十分避けたら終わらせてやるよ」
「「そんな無茶なぁぁぁぁぁ!!」」
「「ていうか場所考えてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
エースは弟子の上達を喜びながら愛の火銃を連続で撃ちこんでいく。
それを避ける者、とばっちりを受ける者の声で一日の始まりを告げた。
「あれも『氣』っていうやつか?」
「はい、エース様との修業の合間に鈴仙に指南しておりました」
「これって結構難しいんだよ? 慣れてないと集中しなきゃいけないし」
「いや、それでも鈴仙には相性がいいと思う。鈴仙は私の様な体に氣をとどめる『内氣功型』ではなく、氣を体内から放出する『外氣功型』に特化している」
「? 凪はどっちなんだ? 時々、その氣って奴を飛ばしてるじゃねーか?」
エースは朝飯にかぶりつきながら素朴な疑問をぶつける。
それに対して、ボロボロの凪が答える。
「私は内氣功と外氣功のどっちも特化していませんが、両方共扱えるんです」
「なるほど……バランスタイプか……」
「ばらんす?」
「ああ、力は無いけど両方を使い分けられる万能型…て意味だ」
「万能……それは誇張しすぎです…」
凪、若干照れる。
「わたしは内氣功は使えないけど、外氣功は好きだよ? 指からバンバン出せて、格好いいし…それにこの氣でやってみたいことがあるんだ」
「へぇ…何すんだ?」
すると、鈴仙はエースを光る眼で見つめて熱く語る。
「エースさんの『火銃』ですよ~…両手で目にも止まらぬ速さでバンバン撃ってみたいんだよ~」
「あぁ…だから指先で撃つようにしたのか…」
「「あぁ……ゲフンゲフン!」」
嬉々として話す面々を相手にしていると、二人の咳払いが場を鎮めた。
一体、何事かと思い、音の方向を辿ると、同じくボロボロになった真桜と沙和がいた。
それを見たエース達は少し苦笑するが、二人の目は笑っていなかった。
凪と鈴仙の修業だったのに二人を巻き込んでいたのを知ったのは修業の終わりくらいだった。
それに対して、エース達は罪悪感を抱いていた。
「はよ食って。はよ行くんちゃうの?」
「沙和は早く街に行きたいんだけど」
「「「……はい」」」
不機嫌オーラを垂れ流す二人にエース達も素直に頭を下げる。
そんな珍しい光景を風はいつもの様に目を細めて眺めるだけだった。
朝食は終わり、エース達は次の街へと足を運んでいる最中だった。
凪と鈴仙は真桜と沙和の機嫌取り。
エースは風を背負って荷物を運んでいた。
「おれを馬だと勘違いしてんのか?」
「お兄さんは力持ちですから、この割り振りは妥当だと思いますよ~?」
「…まあ分かってるんだけどよ」
最近、自分の代わりにテキパキ指示する彼女達を見て、若干、威厳を無くしたのではないかと寂しく思ったのだった。
「どうしたのですか? 微妙な顔してますよ?」
「あぁ…やっぱり?」
そんな話をしばらくは続けていたのだが、風は唐突に聞いてきた。
「お兄さん」
「ん?」
「やっぱりお兄さんが天の御遣いだったんですね」
「あぁ…まあ、そうらしいんだけどよ…おれにはそんな自覚もねえしな」
笑いながら言うエースに風は続ける。
「なんで星ちゃん達に内緒を?……と言っても大体想像はつきますよ」
「そっか…そりゃそうか…」
「でも…」
「でも?」
「もう隠さなくてもいい…と思うのですよ」
「へ? なんで?」
エースは目を丸くして風に聞き返す。
今までの凪達の意見とは正反対な答えだったからだ。
それに軍師なら賛成すると思っていたのだけれど…
そんな思いを悟ってか、風は淡々と答える。
「今や天の御遣いの噂はあちこちで大きく…大きくなりすぎてるのです…」
「なりすぎ…?」
「暴政、飢饉に苦しむ皆さんは噂を信じ、縋りつくことで希望を得ているのです。『いつか天の御遣いが助けてくれる』と……」
「……」
「今の状況は噂程度で左右されるくらいに切羽詰まってるのです。ですから、風達もすぐに宿り木を見つけないといけないかもしれません」
何気ない様に言うが、実際は焦っているのだと感じた。
確かに、こうしている間に世の中は変わろうとしている。
そうしたら、管賂探しも困難になる。
それなら、どこかに留まって管賂を待ち伏せるのがいいのではないかと思うようになってきた。
「ほんと、どうするかな…」
「お兄さんは大変ですね~」
「…ていうかおれのことが怖くないのか?」
「ん~……全然ですね~…お兄さんを怖がるのもバカらしいので」
「そっか」
毎回毎回だけど、この世界の住人はどこか元の世界の住人に似てる気がしてきた。
常識に捕らわれない所が特に…
「まあ、そんなことよりもこれからのことを考えましょう~」
「それもそうだな」
考えても仕方ないので、今は今することに専念することにした。
次の村まで後少しだった。
それと同時に……
別れの時も近付いていた……
「こ……これは……」
「何という……」
そこには凄惨な光景が広がっていた。
黄色い軍団が襲いかかろうとしていた。
エース達は村に着いたのはよかったのだが、村人は全員避難をしていた。
エース達は現在、誰もいなくなった村の中にいた。
「…その内、ここになだれ込むな…」
「………こんな所にまで…」
黄巾党に故郷を襲われたことのある鈴仙としてはなんとしても街を守ってやりたかった。
それは鈴仙だけの話ではなく、凪達も自分達ができることを頭の中で模索していた。
「……とりあえず食い止めるしかねーな」
凪達の意志を汲み取ってか、エースも状況を判断する。
その言葉に全員が頷く。
「それではですね…沙和ちゃんはこの街の兵を探してきてください。それにここは陳留の近くですから、もしかしたら曹操さんの兵が来てくれるかもですね~」
「分かったの!」
「真桜ちゃんは街の入り口全てに防衛柵を作ってくれませんか~? 即席の、できる限り頑丈にしてください」
「うへぇ……そりゃ無茶な……けどやったるわ! 生きるか死ぬかの瀬戸際やしな!」
「凪ちゃんと鈴仙ちゃんはここに残っている兵の指揮をお願いしていいですか~?」
「はい!」
「指揮……自信はないけどやってみます!」
「あとの皆さんは村の人達の安全確保をお願いします」
『『『分かりやした!!』』』
流石は軍師志望といったところか、普段のノンビリさは変わらずともテキパキと適切な指示をする。
凪達は素早く風の指示に従う。
そんな一段と頼もしく見える風にエースは笑みを浮かべる。
そして、風はエースにも指示をする。
「お兄さんは真桜ちゃんの手伝いをお願いしていいですか? 風は兵の指揮がしたいので」
「ん~……あいよ。仲間のためだ。それくらいお安い御用だ」
「ふふ…お願いしますね?」
「おう……と、その前に…」
「?」
風の言葉に頷き、エースは沙和の元に向かおうとするが、すぐに風に振り返る。
それに対して風は首を傾げる。
そして、エースは言った。
「やばくなったらすぐにおれの所に逃げてこいよ。おれが守ってやる」
「……」
笑って意外なことを言うエースに風は少し言葉に迷ってしまう。
そして、微笑んで言う。
「ふふ……多分、風は皆さんと違って動けないですから、お兄さんが来てくれますか?」
本人としては本人なりにエースを気遣ってだろう。
外から見た限り、こっちの戦力は残っている兵を集めても黄巾党には及ばない。
多分、苦戦は必須。
他人の気をつかうなどできないだろう。
故に、少し突き放すつもりで返した。
その答えにエースはというと……
「じゃあ、そんときはすぐに来てやる! だからやばくなったら知らせろよ!」
じゃあな! と言ってエースは手を振って真桜の所へと走って行く。
状況が分かってないのか、それとも、この状況を危機とも思ってないのか…と風は思った。
だけど、そういった胆力が風に勇気を与えた。
「やっぱりお兄さんは面白いですね~」
風は呆れと嬉しさの混ざった声色で呟いた。
更に言えば、少しの好奇心も抱いていた。
「これで分かるかもしれません。お兄さんの秘密も、強さも、何もかも…」
この状況下で場違いな感情を抱いたまま、風は沙和の後を追う。
「真桜!」
「兄さん!? どないしたん?」
「風がな、お前の手伝いしろって…」
それを聞いて真桜は早口で言う。
「さよか! それなら柵の材料集めてもらってええか!? 全然足りそうにないんよ!」
「分かった! どんなのがいい!?」
「木材! 石は頑丈やけどどれでは間に合わへんのや!」
「分かった! 待ってろ!」
そう言ってエースは大急ぎで街の真ん中へと向かった。
「これじゃあ足りねえな…」
木材を集め、そこらに置いてあった荷車に店に置いてあった木材や空き家と思われる家を潰して集めた木材を積んでいた。
しかし、エースとしては木材はありすぎて困る様なこともないからもう少し探そうとしていた。
そんな時……
「あ! エースさーん!」
遠くから聞き覚えのある高い声が聞こえてきた。
その方向を向くと、そこから沙和が走り寄って来た。
「沙和か」
「エースさんは何してるの?」
「おれは真桜の手伝いだ。お前はまだ兵を集めてんのか?」
「ううん。兵はもう見つかったから風ちゃんに報告しようと思ってたの」
そう言って後ろを指差すと、その指の先にはおびただしい数の兵らしき者が歩いてきていた。
最初は黄巾党かと思った。
だが、その兵は全員、青い鎧で統一されていたから黄巾党ではないと容易に想像できた。
「こいつらがこの街の兵か?」
エースの問いに沙和は意外にも首を横に振る。
それにはエースも首を傾げる。
ここの兵じゃないならなんでこんな街に?
そう思っていると、その兵の集団の中から一人出てきた。
その足取りはゆっくりとしており、しかし、その言動が存在感を際立たせた。
それと同時にエースは何となく思った。
只者ではない…と。
そして、その影はエースの前で立ち止まった。
「いきなりですまないが、貴殿の名は?」
その人物は青い髪のクールな女性だった。
落ち着いた雰囲気を醸し出す女性に、エースは普通に答える。
「おれはエース。そこの沙…于禁の連れだ。あんたは?」
「私は夏侯淵。この軍の指揮を任された身だ」
間近で見てみると、迫力も伝わってきた。
エースはその女性の実力に感心していると、軍の中からもう一人の影が出てくるのが見えた。
しかも、その影は小さい……小さすぎた。
そう思っていると、その影もエースの前で止まった。
「秋蘭さま。この人誰ですか?」
夏侯淵の服をつまんで聞くのは風くらいの背丈デコの広い少女だった。
「季衣、本人の前で指を差すな。失礼だぞ」
「あ、ごめんなさい」
少女は夏侯淵の注意に従ってエースに謝る。
そんな少女の頭を笑って撫でる。
「はっはっは…んなこと気にしなくていいぜ。それよりお前の名を教えてくんねーか?」
「うん! いいよ!」
そう言うと、少女は素直な笑顔を浮かべて答える。
「僕は許緒っていうんだ!」
「許緒か……おれの名はエースだ。よろしくな」
「えーす…? 兄ちゃんの名前って変わってるね」
「季衣」
夏侯淵は許緒に注意するが、エースはそれを笑って許してやる。
「いいぜ別に。この島でおれの名が変わってるのは事実だしな」
「この島……エースは外来人なのか?」
「まあな、一応そういうことだ」
そんな他愛もない話をしていると、側で聞いていた沙和が口を開いた。
「エースさんも夏侯淵さんもそんな話してる場合じゃないのー。早く風ちゃんの元に急ぐの」
「あ、わりぃ」
「うむ、すまん」
二人は自分達を今まで待っていてくれたことと、状況を忘れかけていたことを沙和に詫び、行動に移る。
「エース…と言ったな。エースもこの戦いを?」
「まあな、仲間が戦うっていうからな」
「そうか……」
夏侯淵はしばらく考えた後、エースの目を見て言う。
「私達と一緒に戦ってくれないか? こっちは指揮する人材が足りていない」
「? 何でお前等も?」
急にやって来て一緒に戦おうなどとは正直、話がウマすぎた。
あまりにタイミングが良すぎる救援にエースは頭を悩ませるが、そこへ沙和が弁明する。
「夏侯淵様は曹操様の将軍って聞いたことがあるから間違いなく味方だと思うのー」
「曹操……そういや、風も言ってたな…」
「うん。だからこの人達は味方だと思うの」
「それもそうか……」
確かに、黄巾党ならここで有無を言わさずに襲いかかってきただろう。
それに、この女性から感じる濃密な雰囲気で妙に納得してしまった。
それに、疑っても事態は好転も何もしない。
仮に、途中で裏切られてもすぐに抑える自信がエースにはあった。
「じゃ、行くか」
「ああ、頼む」
夏侯淵率いる曹操軍はエースと沙和の後を付いて行った。