火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

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スペードの名残

私塾からの一件から数日が経った。

 

エース達は現在、都に向かいながらそれぞれの身の振り方を模索中。

 

それにより、大体の進路は決まっていた。

 

趙雲は北方の公孫賛の客将となるべく、戯志才達と共に後二日で別れる予定である。

 

それでも、趙雲達が来てからはとても充実していた。

 

 

 

 

「いやはや…精が出るな」

 

趙雲はエース達から聞いていた早朝訓練の見物をしていた。

 

「そりゃそうだろ。おれも強くなりてえからな」

「なるほど、毎日これを?」

「ああ、こればかりは時間をかけねえと」

「もらった!」

「隙あり!!」

 

趙雲は腰かけて模擬戦中のエースに話かけ、エースはそれに答えている。

 

その瞬間、凪は背後からパンチ、鈴仙も前からパンチ……と見せかけて足払いを仕掛ける。

 

しかし、エースは鈴仙の足払いをジャンプで避けながら…

 

「隙なんかどこにある?」

 

体を反転させながら後ろ回し蹴りの要領で凪のパンチを弾く。

 

「くっ! まだ…」

「遅い!」

「なっ! うわ!!」

 

凪が追撃をしようと片方の腕を振り上げるが、その前に着地したエースが素早く凪に足払い。

 

足払いで勢い良く転んだ凪の次は鈴仙。

 

「もっと体の回転を速くしろ! 隙だらけだ!」

「え!? キャッ!」

 

エースは鈴仙のブレザーを掴んで背負い投げの要領で投げる。

 

「ぐっ!」

 

背中を強打した鈴仙が苦しげな声を上げる。

 

「よしっ! 今日はここまでだ!」

「「あ……ありがとうございました~…」

 

エースは笑顔を浮かべながら二人を助け起こす。

 

一方、コテンパンにされた二人は体力も尽きかけてフラフラである。

 

しかし、まだ二人は良い方である。

 

本当の問題はすぐ近くで倒れていた。

 

「「……」」

「エースよ。この二人、魂が抜けかけてるのだが?」

「大丈夫大丈夫(笑)。いつもこんな感じだ」

「はは…厳しいな」

 

エースの屈託の無い笑顔に趙雲も釣られて笑ってしまう。

 

そんなやり取りをしばらく続けた後、趙雲は槍を構えた。

 

「よし、今度は私だ」

「そっか…じゃあ早くやろうぜ」

 

趙雲と向き合ってエースは人差し指でチョイチョイと挑発する。

 

趙雲はそれに介さずに自分の間合いを保つ。

 

両者の間に静寂が流れる……

 

そして、静寂は破られる。

 

「……趙子龍……いざ参る!!」

 

号令と共に、勢いよくエースに槍を放つ。

 

エースは冷静に首だけを動かして紙一重でかわす。

 

しかし、それだけでは趙雲の追撃は止まらない。

 

「まだまだ!」

「うお!!」

 

趙雲は体制を立て直すでもなく、そのまま高速の突きを連続で放つ。

 

エースはそれを跳んだり、体を捻ったりと不規則な動きで避けていく。

 

趙雲は闘ったことの無いタイプ、強い戦闘力を持つエースを相手に仕留めきれずにいた。

 

「ふっ! いつまで猫被ってるつもりですかな!! 早く本気を!!」

「ちぃ!!(どうする!? ここで能力使う訳にゃあいかねえし…)」

 

エースは未だに自分のことを趙雲には知らせていない。

 

と言っても、エースは教えてもいいと思ったのだが、いきなりそんな人間離れした能力のことを慣れてない人に教えると色々と面倒なことが起きる。

 

能力については相手が真名を教えてくれるくらいになってからの方がいいとのこと。

 

それにより、エースは趙雲の様な猛者を純粋な体術で対処しなければならないのだ。

 

「ハイハイハイハイーー!!」

「…随分と骨の折れる注文をしてくれたな……あいつ等…」

 

自分を心配してくれる相手に毒づき、エースは拳を改めて固める。

 

趙雲はそれを見て、遂に本気を出すのかと意気込み、力を溜めるために突きを止めて距離を取る。

 

(……まぁ…できねえことはねえ……試してみるか…)

 

エースは深呼吸をして頭の中をクリーンにした。

 

要はリラックスしている。

 

「?」

 

力を入れたと思ったら今度は力を抜いて精神統一。

 

そんなエースの行動を趙雲は理解できなかった。

 

(…諦めた?……いや、一瞬とはいえ力を溜めた……思わず力んだのか…?)

 

趙雲は距離を保ちながら思慮する。

 

久しぶりに出会った能力未知数の強敵。

 

そういった者と出会ってきたこと自体は珍しいことではないが、目の前の男からは今までにない何かを感じていた。

 

(エースの性格からして臆することは有り得ない……だとしたら、やはり力んだのか……だとしたら一体何を……)

 

正体不明の強敵を相手に、いつも自身の武に誇りを抱く趙雲でさえもエースに突っ込んで行くことをためらわせた。

 

(力んだとしたら何かをしようとしたはず……駄目だ…分からん…)

 

趙雲の額に汗が滲む。

 

槍を握る手にも汗が染みだし、胸の鼓動も早くなっていくのを感じる。

 

そんな膠着状態が続いていると、エースは深く深呼吸を始めた。

 

「! はぁぁぁぁ!!」

 

その一瞬の“動”を一つの隙だと見なした趙雲は自分の出せるハイスピードをリミッターを外して突っ込む。

 

気分が高揚している趙雲の意識も身体能力も興奮状態に陥っており、いつも以上の力を発揮させている。

 

今の趙雲の動きを見切れる者はどれくらいいるだろう。

 

休みを取っている凪達にも趙雲の姿がブレてしか見えてなかった。

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

趙雲は神速と誇っても当然な突きをエースに放つ。

 

……しかし、その突きは静かに、アッサリと避けられた。

 

「まだまだぁ!」

 

避けられると予測していた趙雲はすぐに槍を止め、エースに叩きつける……

 

しかし…ここで趙雲の斜め上をいく事態が起こった。

 

「…突きからの薙ぎ払いと見せかけて右わき腹に突き」

 

エースが呟く。

 

「……え?」

 

微かに聞こえたエースの言葉に、彼女にしては珍しい間の抜けた声をあげてしまった。

 

既にモーションに入っていた動作は自分で止められる訳も無く、横一閃のフェイントからエースの右わき腹への突きを繰り出していた。

 

趙雲は咄嗟にそのコンビネーションを考えていた。

 

いつもより強くなった自分が考え得る最高の一手だと……

 

しかし、一つだけ予想とは違っていた。

 

それは……

 

「最後は……惜しかったな」

 

槍の切っ先は空を斬り、自分の腕をエースが掴んでいた。

 

そこからはもう勝負は決していた。

 

趙雲は全てを悟り、全身から力を抜いて一言。

 

「惜しかったなどと……嫌みにしか聞こえんがな…」

「へへ…そいつぁ悪いな」

 

趙雲は皮肉るが、対するエースも不敵に笑って返す。

 

しかし、趙雲の表情には悲壮感などなく、スカッとした爽快感が現れていた。

 

その様子が見て取れたエースは不敵な男の笑みから一変し、ニカッと笑って子供の様な笑顔を浮かべる。

 

「よし、メシにしようぜ」

「……ふふ…、そうするか」

 

こうしてまた、新たな一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

朝のトレーニングを終えたエース達は自分達が寝ていた場所へと戻ってきた。

 

その姿を起きたばかりの戯志才と程イクはエース達を見つけて挨拶する。

 

「エース殿に星殿も、皆さんおはようございます」

「おはようございま~す」

「風、二度寝はしないように」

 

眠そうな相方を注意する戯志才にエースと趙雲は嬉々として近付く。

 

「相変わらずだな、程イクは」

「はぁ…見てるこっちも眠くなりそうです。あ、そういえば…」

 

苦笑する戯志才だが、彼女も気付いたことがあった。

 

「楽進殿達は? 一緒に行ったはずですけど…」

「そう言えばそうですね~…」

 

程イクも一緒になって探していると、趙雲は何事も無いかのように後ろを振り向いて顎で指す。

 

戯志才達がそこを覗くと……

 

「「「「……」」」」

 

息絶え絶えになって地面に倒れている。

 

「……ま…まぁ、いつものことですね…」

「はは…でも、こいつらも最初の頃よりはマシだぜ?」

 

他愛のない雑談を交わしながらあらかじめ用意しておいた朝食にありつく。

 

「私達も行くぞ」

「「「「は…は~い……」」」」

 

趙雲は四人の死人を引っ張っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ危ないですね」

「ですね~…」

 

朝飯を食べた直後の戯志才と程イクは悩まされていた。

 

今後の旅の路銀に…

 

「え? この前のエースさんが稼いだ懸賞金はどうしたんですか?」

「それが……それと私達の元々蓄えていたのを合わせても…」

 

戯志才の言葉に全員が苦しい表情を浮かべる。

 

その中でも程イクと戯志才の雰囲気は一段と暗かった。

 

「最近、エース殿の捕える賊の懸賞金も少なくなっている……しかも食材、日常品の値段高騰……そろそろですね…」

「はい~…早めに身を固めないとなりませんね~」

「? 身を固めるって?」

 

二人が言っていることにエースは疑問を持ち、他の皆も首を傾げる。

 

聞きたそうにしていると、戯志才達は説明を始める。

 

「村にとって賊の出現はとても脅威なことなのは知ってますよね?」

「ええ、賊がいつ進行してもおかしくないですもんね?」

「そうです。そんな賊の懸賞を街は下げてる…下げざるを得ない所まできてるのです」

 

そこまで言われて大体理解できた。

 

単純な言い方で言えば不況なのだ。

 

「ですが、さらに商品の価値の高騰ですね~……黄巾党によって商人が襲われて品物が碌に街に届かず、限られた品物で商売しなければなくなり、値段を上げるしかないのです」

「ですが、そんなことしたら買えない人が……」

「はい、楽進ちゃんの言う通り、お金が無い人はその場しのぎの仕事で毎日を生きていくか、餓死するか、はたまた生きるために黄巾党になるといった三通りがありますね~」

 

賊の存在だけで多大な被害が広がる。

 

それによって世間にインフレが起こる。

 

だが、貨幣の価値は変わらず、変わったのは商品の価値であるのだから、これは大問題なのである。

 

そういった流れで黄巾党が増えているのが、この大陸の現状なのだ。

 

それを悟った面々に軍師二人が答える。

 

「ですから、一刻も早い打開策を立案し、施行させなければならないのです」

 

戯志才の一言に沙和を始め、エースまでも感心した。

 

やはり軍師見習いといっても実際にその実力の一角を見せられると感心する。

 

「ですが、誰でもいいと言う話ではないのです。時間は今でも経っているのですから、早めに有力な諸侯を見つけて取り入れてもらうのが一番の近道なのですよ~」

 

その一言に全員が納得し、自分の道を考えさせられる。

 

自分はこれから何がしたいのか…これからどんなことになっていくのか…などといった思考が頭をよぎる。

 

エースはもうやることは決めていたから考えてはいなかった。

 

しかし、他の面子にとってはそれは死活問題であった。

 

というのも、エース以外の皆はこの世界の地で生まれ、育ったのだから当然である。

 

「「「「「「「……」」」」」」」

「……」

 

急に静かになってしまった雰囲気にエースは自分の思っていることを言う。

 

「まぁ……なんだ……今悩んでも仕方ねえだろ? 今は探すべき奴を探すのが先決。考えるのは後、違うか?」

 

その一言に全員はエースを見、やがてフッと笑ってしまう。

 

「そう…ですね…少し早計でしたね…」

「ふむ……これもこの時代に対する焦燥か……」

 

戯志才と趙雲は自分達の早とちりをエースに指摘され、少し恥ずかしそうに苦笑する。

 

それに続いて周りも自分の早とちりに気付き、一緒に苦笑する。

 

そんな状況を見てエースは状況維持のために一つ案を出す。

 

「よし、じゃあすべきことが決まったってことで、これからの食料を買っちまおうぜ」

「…食料……ですか?」

「あぁ、このまま金をチマチマと節約するより一気に買っちまおうぜ」

「うーん…そうすると結構荷物が増えて重くなるんちゃう?」

「いや、案外それはいいと思いますよ~?」

「え? 本当?」

 

エース自身も咄嗟に言ったことだったが、その案に意外にも程イクが賛成する。

 

「ここから先、治安も悪くなってくると思うので、部外者である私達が他の村に入るのが難しくなりそうですからね~。しばらくは買い物できなくなってしまう可能性も出てくるかと…」

「なるほど…それじゃあ荷物の心配だけを考えれば…やっぱりここで一気に買った方がいいってことですね?」

「程普ちゃん正解です。と言っても、商品の高騰もありますので、荷物量は心配無いかと…」

 

程イクの言葉に戯志才も頷く。

 

それを確認したエースは急に立ち上がる。

 

急に立ち上がったエースに皆は、どうしたのかと思いながら視線を追う。

 

すると、そこには良い笑顔のエースがいた。

 

「んじゃ、おれが行ってもいいか?」

「……」

 

すっごい、本っ当~~~~に良い笑顔でキラキラ輝いているエースがそこにいた。

 

エース達はこの二日間あまり人とは会わず、時々出くわす山賊くらいにしか会っていない。

 

そのため、エースも態度にも口にも出さないが、心の底では少し参っていた。

 

好奇心旺盛な彼にとって退屈はまさに敵である。

 

そんな中、やっと見つけた街。

 

上手い食べ物、見た事も無い食べ物などといったまだ見ぬ楽しみが一気に湧いてきた。

 

あまり滞在しないことは承知の上だが……

 

とにかく、エースは一刻も早く山という環境から出たいだけなのだ。

 

それを知ってか知らずか、凪がオズオズと釘を刺しておく。

 

「あの…エース様…何も遊びに行く訳じゃないんですが…」

「分かってるよ。ほんの少し気晴らしにいくだけだ」

「かぁ…分かってるならいいのですが……」

 

とは言ってもどこか心配そうな凪。それは凪だけではなく、鈴仙達もそうであった。

 

普段はしっかりしていて頼りにはなるのだが、今のエースを見てると、我が子を初めてのお使いに出す母親の心境を味わっていた。とても極端な例だが…

 

「それならば風が付いてくのですよ~」

 

そこへ、目を細めた程イクが挙手し、エースの同行を願い出た。

 

「程イクさんもですか?」

「はい~。お兄さんを一人で行かせるのに心配してるのは皆さん共通のことですし~」

「おいおい。なんでおれに行かすのが不安なんだよ?」

「皆さんはお兄さんに危険が来ないか心配なのですよ~」

「……」

 

程イクの一言にエースは納得できない。

 

しかし、その一言は華麗にスルーされてしまう。

 

何だか腑に落ちないエースだったが、あまり気にしないことにした。

 

また、程イクの同行に全員が納得し、後の者はエースの買い物の間に身支度を整える用意をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「街まではどれくらいなんだ?」

「そうですね~…風の記憶が正しければあともう少しですね~…」

 

現在、エースと程イクは街に向かうために山を下りている。

 

エース達は先を急いでいるため、街に寄ることはルート上で考えれば無いのだけれど。

 

「それにしても、結構遠いな。街は……見えてきたけど豆粒ぐれえだな」

「ですね~…ふぅ…」

 

程イクは僅かに小さな溜息を吐く。

 

エースはそれに敏に反応する。

 

「どうした? 疲れたか?」

「いえいえ、ただ、あんなに小さな街を見てちょっと辟易しただけですから」

「ああ、そういうことか」

 

確かにちっさい軍師の卵にとって山を下りることは結構体力を使うしな……

 

登山家にとって一番辛いのは登りよりも下りることだって聞くし…

 

そう思ったエースは程イクの前に来て…

 

「ほれ」

 

一言だけ言ってしゃがみこむ。

 

「…どうしましたか~?」

「なに、お前疲れたのかと思ってな」

 

普通に答えるエースに程イクは相変わらず目を細めて答える。

 

「お気持ちは嬉しいのですが、そうするとお兄さんが疲れるのでは?」

「な訳ねえだろ」

 

鼻を鳴らしながら答えるエースに程イクは少しからかってやろうと思ったのか、ニヤニヤと笑って返す。

 

「そうですか~、お兄さんは風の温もりを感じたいのですか~?」

「…はい?」

 

程イクの含み笑いにエースは首を傾げる。

 

「確かにお兄さんは男ですから、女の子に惹かれるのは当然といえば当然ですね~…」

「……」

「それにしてもお兄さんも結構物好きですね~」

「……?」

「自分で認めてしまうのもちょっと複雑なんですが、風は結構子供っぽいと言われてしまうのですよ~」

「そりゃ…まぁ…ご愁傷様」

「……お兄さんは風の言いたいこと理解してますか?」

 

からかってるつもりの程イクだったが、エースの素っ気ない反応を見てるにつれて程イクは自分の言葉が通じてるか心配になった。

 

聞かれたエースはしばらく顎を手でつまみ、首を傾げて一言。

 

「まあ、おめえが小さいのは個性だってことだ」

「……」

 

やっぱり伝わってなかった。

 

それどころか強烈なカウンターを喰らった気分だった。

 

「そりゃ小さいからってそのまま体力が左右されることもあるけどよ、これから鍛えたりすれば何とかなるって」

「……」

 

しかも全然見当違いだった。

 

程イクは溜息を洩らすのを見て、エースは首を傾げる。

 

やがて程イクも諦めてエースの背中にしがみつく。

 

「お、その気になったか」

「……お兄さんには邪心も、欲も何も無いということが分かったので、安心しただけです」

 

エースは頭に疑問符を浮かべながらも、とりあえず山を再び下ろうとした

 

その時……

 

「おい……兄ちゃん達……」

 

突然、知らない声が聞こえた。

 

エース達は山を下りようとした足を止め、声の方向を向いてみると一人、身をやつした男が包丁を持って佇んでいた。

 

「悪いが……金目の物を置いていきな」

 

包丁をチラつかせて警告に似た脅迫を試みるが、当然の様にエースはそれを一蹴する。

 

「悪いな…おれ達も金は必要なんでな」

「……そうか」

 

エースの答えに男が小さく呟くと、周りからゾロゾロと大人数で同じ様な風貌の男達が出てきた。

 

髪はボサボサ、衣服はボロボロの一団がエースの周りを囲んでいた。

 

「もう一度言う兄ちゃん……金を置いて行きな」

 

男は最終警告と言わんばかりに包丁をエースに向ける。

 

周りの男達も包丁を手に取る。

 

それに動揺することもなく、エースは男から目を離さない様にしながら背中にしがみつく程イクに耳打ちする。

 

「しっかりしがみついてろ」

「…(コク)」

 

程イクは少し動揺していまうが、すぐに取り繕って頷く。

 

それを確認し、程イクの捕まる手が強くなったのを感触で確かめると…

 

「おい」

「?」

「おれから目を離すなよ?」

 

そう言った瞬間、エースは男の方へ走り、一気に距離を詰めて男の懐に入った。

 

「…!」

 

咄嗟のことで反応できていない男にエースは一言。

 

「おせえ」

 

エースは男の鳩尾にパンチをかまして悶絶させる。

 

「…は……ぁ…」

「「この…!」」

 

エースが男が崩れるのを見て振り向くと、二人の男が襲いかかってきた。

 

しかし、エースは驚異的な跳躍で男達の攻撃をかわす。

 

「「!!」」

 

かわされた男達は勢いお殺せずに前のめりになる。

 

そして、エースは二人の男の頭に両足を乗せて着地する。

 

すると、前のめりになっていた男達は顔から地面に叩きつけられる訳で…

 

「「べふ…!」」

 

男二人も変な声を上げて倒れる。

 

「くそっ!」

 

もう一人の男がエースの背後から包丁を突きたててくる。

 

背中には程イクがしがみついてるのを思い、エースはマズいと思った。

 

背中の程イクの衣服を掴んで一言叫んだ。

 

「わりい! 程イク!!」

「え?…ひゃう!!」

 

一瞬、何を言ってるのかと思ったら、急に無理矢理引きはがされて上に放り投げられた。

 

程イクが上空に飛ばされた直後、男の包丁がエースの上着を貫いた。

 

しかし、それは上着だけだった。

 

「おいおい、おれの仲間まで巻き込むなよ」

「なっ!?」

 

瞬時に上着を脱いだエースは上着を力任せに引っ張って包丁を奪い取る。

 

「ふっ」

「があ!」

 

短い呼吸と共にエースの回し蹴りが男の顔に当たり、男が崩れる。

 

「おっと」

「……!」

 

それと同時に投げた程イクを両手デキャッチすると、程イクは少し声が漏れた。

 

「くっ…!」

 

他の男達もエースに襲いかかろうとするも……

 

「止めときな」

『『『!!!』』』

 

エースの睨みと警告によって全員の動きが止まる。

 

男達全員が動けなくなったのと先程倒した四人も起きるのを確認すると、エースは告げる。

 

「これ以上の闘いはお互いにとって何の得もねえ。ここは引いておきな」

『『『……』』』

 

エースは程イクを下ろし、上着で奪った包丁を拾ってしばらく観察する。

 

エースは一見すれば隙だらけだというのに男達は攻めようともしない。

 

動けない。

 

男達はエースの実力の一端を目にしただけで戦意はほとんど喪失してしまっていた。

 

「なるほどな…」

 

何か呟いた後、包丁の観察を終えたエースは男達の方に視線を向ける。

 

「お前等……山賊になったばかりだろ?」

『『『!!!』』』

 

エースの指摘に男達がざわめく。

 

その反応から、エースの言っていることが真実だということが分かる。

 

「さっきの闘いもまるでなっちゃいねえ。動きも中途半端で注意力も散漫だし。何より武器も包丁ってのもおかしなもんだぜ」

 

エースが確かめる様に淡々と話していく。

 

そして、その反応を観察して推測を確信に変える。

 

「なるほど~、この人達もこの時代の被害者なのですね~」

 

先程から成り行きを見ていた程イクが会話に入ってくる。

 

それに、彼女は確認しておきたいことがあった。

 

「それで、お兄さんはこの人達をどうするのですか?」

「どうするって?」

「この人達はどんな理由があれ、山賊になったのですからこれから向かう街の人に突き出すことも可能でしょうね~」

 

程イクの言葉を聞いた時、男達の体が震え、目から光が消えていた。

 

ただ自分達が生きていきたいだけなのに…

 

生きる方法が思いつかなかった故に追い剥ぎになった。

 

ただ、普通に生きていきたいだけだったのに……

 

国に捕まれば、斬首は免れない。

 

まだ、死にたくない……

 

男達はそれしか考えられなくなっていた。

 

もはや、正気を保ってるのがやっとの男達の前で、エースは少しばかり考えた。

 

腕を組んでから「よし」と声を上げた。

 

エースが悩んだ時間はたったの10秒くらい。

 

しかし、男達にとってその10秒は自分達の一生を決める濃密で悠久な時間に思えた。

 

そして、エースは告げた。

 

「ここから登る道、見えるか?」

 

何か見当違いな話題を……

 

『『『………』』』

「道、見えるのか見えねえのかどっちだ?」

「あ…あぁ……あの道だろ?」

 

訳も分からない話題に困惑していた男達の一人が我を思い出してエースの指した道を指差す。

 

「そうだ、そこを登っていけば五人、おれの知り合いがいるから。そこで待ってろ」

「あ……あの……」

「大丈夫だ。そいつらも全員お前等より強いけどよ、エースの紹介とでも言っておけば大丈夫」

「いや、そういうことじゃなくて…」

 

マイペースに話すエースに男達が苦戦しているが、エースもお構いなしに話していく。

 

「お前等は食いモンとかあんのか? 他の奴等も」

「えっと……とりあえず俺達全員分の…一日分が……」

「よし、だったらそれ全部持っておれの知り合いと合流しておれ達の帰りを待ってろ。いいな?」

「いや…何を…」

「んじゃ、行こうぜ程イク」

「分かったのです~」

 

勝手に話を進めたエースは呆然とする男達を置いて山を下って行った。

 

 

 

 

「お兄さん」

「ん?」

「一ついいですか?」

「何を?」

 

しばらくまた程イクをおぶって山を下りていると、背中越しで程イクが問いかけてきた。

 

「お兄さんは……最近噂の“灼熱の御遣い”なのですか?」

 

それを聞いたエースは少し表情が歪んだ。

 

「……背中のドクロを見たのか?」

「はい~。上着を脱いだ時にチラッと…」

「う~ん…そうか…」

 

エースはまたしても鈴仙達との約束を破ってしまったことにバツが悪そうに頭を掻く。

 

それに対して程イクは話を続ける。

 

「案外アッサリと認めるんですね~」

「まあ…お前に今更隠してもしょうがねえしな…」

「左様ですか。何で黙っていたんですか?」

「ああ、それは鈴仙達が黙ってた方がいいって……」

「そですか」

「それと一つ頼んでいいか?」

「はい?」

 

エースは険しい道を軽快に跳び越えながら程イクに言う。

 

「ちょっとな、趙雲達にも黙っててほしいんだ。これ以上、鈴仙達との約束は破りたくねえ」

「あらら……そうですか……」

 

程イクはしばらく考え、何かを閃いた。

 

「それなら……風からもお願いがあるので聞いていただければお力になりますよ?」

「……はは…お前は悪魔か?」

「いえいえ、軍師見習いですよ」

「そうかよ……」

 

エースは弱みを握られ、できる決断は『はい』か『イエス』のどっちかしかなかった。

 

「分かったよ……とりあえず言ってみろ」

「ふふ……それではですね~……」

 

うなだれたエースに満足したのか程イクは口元に手を置いて笑いながら要求を一つ押し付けた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは…意外と安かったな」

「そうですね~。この辺境の街にはまだ不況も浸透してなかったですし…運が良かったですね~」

「まったくだ。これであいつ等の小言を聞かされずに済むぜ」

 

笑いながら言うエースだったが、ここで程イクに聞いてみる。

 

「ていうか……さっきの要求で聞きてえことがあるんだけどいいか?」

「はい? なんでしょうか?」

「いや、なんていうか……あんなのでいいのか?」

「はい。風はあれ以上もあれ以下のことは望んではないので」

「ふぅん……まあいいけどな」

 

そんな話をしている間に道の向こうから兎の耳がピョコっと現れた。

 

「お、兎か?」

「いいえ、あれは程普ちゃんですよ」

 

ヤンワリとしたツッコミに「あ、そっか」と笑いを上げて速度を上げる。

 

「おーい! 待ったかー!!」

 

エースはできるだけ大きい声を上げて凪達に呼びかける。

 

その呼びかけに気付いた面々はエース達に視線を向ける。

 

「「「「「……」」」」」

 

呼ばれた面々も何だか微妙な面持ちである。

 

それもそのはず、凪達の近くには見知らぬ男達が居座っていたのだから。

 

男達を見つけたエースはさわやかに手を振る。

 

「お前等も早かったな。ほれ見ろ。あの街は何か安かったからこんなに買えたぜ?」

「あの街が都から離れていたのが幸いしたのです~」

「は…はぁ……」

「よーし! んじゃ飯だ!」

「あ……もうですか?」

 

ここでエースは鈴仙達に向き合う。

 

「今日はこいつ等の分も頼むわ」

「「「「「はぁっ!?」」」」」

 

エースが男達に指差すと、凪達はもちろん、男達も驚愕した。

 

何言ってんだこの人!? こんな時代にそんな、他人を気遣う余裕なんてないだろう!!

 

皆がそう思ったに違いない。

 

「いや、エース殿…聞きたいことが色々とあるので始めに聞いておきます……この人達は一体……」

「拾った」

「いや、そんな捨て犬みたいな……」

 

どこまでいってもマイペースなエースの話からは要領を得ることができないらしく、全員が程イクにアイコンタクトを送る。

 

それに対して程イクはというと……

 

「ぐぅ~…」

「「「「「「……」」」」」」

 

逃げた。

 

とりあえずは男達の正体は保留にしておくとして…

 

「おぉー! お前等も食料結構あんじゃねーか!?」

「へ…へい…」

「……どうなってるのー?」

「「「「さぁ…」」」」

 

本当に訳が分からない。

 

なんか釈然としない気持ちのまま、昼食をとることになった。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど…要するに、お前等は元・国の兵だったんだな?」

「へい…兵とは言っても伝令兵や衛生兵とかなんで…」

「なるほど…落ち延びた兵か…」

 

現在はエース達と男達…元軍人と飯を突いていた。

 

その間に色んな情報を聞き出していた。

 

その最中に男達がエース達を襲ったと聞いた時、戦闘態勢に入った趙雲達を止めたのは記憶に新しい。

 

そんな訳で、警戒の薄れる食事にまで場を誘導したエースの判断は最良だったといえる。

 

そして、少し場が落ち着いている所で趙雲は本題に入る。

 

「それで、エースはこの者達をどうする気なのだ?」

 

趙雲がエースの真意に踏みこむ発言に全員の意識がエースに向く。

 

それと同時に空気がトゲトゲしくなったのだが、エースはそんなこと気にせずに飯を頬張っていく。

 

気にしないどころかかとんでもないことを言いだした。

 

「どうするっておめえ……こいつ等仲間にしようと思ってな」

 

ブーーーーーーーーーーー!!!

 

程イク、趙雲、戯志才以外の全員が口に含んでた物を吐き出した。

 

「うわ! きたねっ!! 何してんだお前等!」

「ゲホッ! ゴホッ!……それはこっちの台詞なんだけど…」

 

鈴仙他、三人組もむせる中、エースは飛んできた食べカスを拭きながら淡々と答える。

 

「そりゃおめえ、そろそろおれ達だけでの旅も限界がきてるし、こっからは人手も多い方が便利かと思ってよ」

「たしかにそれも一理はありますが……」

「にしても…全部で20人くらいやで? 食事代とかどないすんの?」

「まぁ…おれが何とかするさ」

「何とかって……」

 

気楽に答えるエースに真桜も他の皆も頭を抱える。

 

今でも結構危なめなのに、更に人が増えていくのも問題である。

 

しかし、そう言ったところで退く様なエースではない。

 

どうやって説得するか。

 

そんな解決法も見つからないことに頭を悩ませてると……

 

「あの~…」

 

置いてけぼりになっていた男の一人がエースに遠慮がちに聞いてくる。

 

それに反応してエース達は男に視線を向ける。

 

その視線に一瞬たじろぐも、すぐに立て直して問う。

 

「話を聞く限りじゃそこの兄ちゃんが俺達の身柄を……預けるみたいな…」

「その通りだけど、何か問題でも?」

「いや、その前に一つ聞いていいすか?」

「あ?」

 

エースが耳を傾けるのを確認すると、男は確かめる様に聞いてきた。

 

最初はその質問に目を丸くしたエースだったが、すぐにそれは笑顔になる。

 

「そんな深い理由はねえよ。さっき言った様に少しお前等に手伝ってもらいてえことがあるのも本当だ。それ以外の理由としたら………」

「?」

 

エースは少し考え、伝える言葉を選んで話す。

 

「おれとお前等は似たモン同士だからだな」

「俺達と……兄ちゃんが?」

「ああ」

 

エースは食べ終わった食器を片づけながら続ける。

 

「世間から見捨てられ、路頭に迷ってる所なんかが特にな…」

『『『……』』』

「だから分かるもんもある」

『『『?』』』

「お前等……仲間が欲しいんだよな?」

『『『!!』』』

 

優しい笑みを浮かべて言われた言葉に男達は体をビクッと震わせる。

 

それを見たエースはそのまま続ける。

 

「何となくだけどよ、お前等を見てたら昔を思い出しちまってよ……」

『『『……』』』

「傷の舐め合いって取られるかもしれねえけどよ、そういう奴見ると他人には思えなくてよ」

「に…兄ちゃん…」

 

エースの言葉に男達は涙目になっている。

 

今まで国のために働いてきたのに、金が無くなってきたら真っ先に切り捨てられた。

 

別の働き手を探してもその場しのぎにしかならない。

 

最近では賞金稼ぎくらいしかちゃんとした金も入らない。

 

しかし、戦闘不向き30人集まった所で賊には勝てない。

 

まさに、八方塞がりであった。

 

しかし、そんな自分達に温かい声をかけてくれた。

 

「どうする? ここで別れるか、おれに付いて来て一緒に闘うか、決めるのはお前達の自由だ」

 

それを聞いた時、男は決めた。

 

自分達はまだ人だ。

 

誰からも見向きもされない小石なんかじゃない…

 

何も考えない獣になりたくない!

 

「…兄ちゃん」

「…」

 

何も言わないエースの前で男はひざまづいて土下座をする。

 

それに倣って他の男達も同じ様に頭を下げる。

 

それは男全員が同じ決意をしたと表していた。

 

「…俺達は一度は命を諦め、生きるためには何でもやると心に決めた…つもりだった」

「……」

「だけど、俺達は兄ちゃんの言葉に揺さ振られる弱い半端者の集まりだ」

「だろうな」

 

エースは確かに男達を半端者だということを否定しなかった。

 

されど軽蔑もせず

 

男達は男達なりに生きる道を見つけたこその山賊行為。

 

無責任に答えれば仕方のないこと。

 

だが、それが本人の望んだ道かと言えば話は別である。

 

本人が納得しなければ、いずれなにもかもが狂う。

 

エースとしては自分の同類がそんな末路を辿るのは極力避けたいとも思っていた。

 

「だけど、もし…もし許されるなら…あんたの下につきてえ…」

 

そんなエースが男達を見捨てるだろうか?

 

「…ふ」

 

エースが…仲間を見捨てるだろうか?

 

「お前等……」

 

ゆっくりと男達の前にまで歩み寄って言う。

 

「これからは強くなってもらうからな」

 

そう言って荷物をまとめるエースの背中を男達はしっかりと目に焼き付ける。

 

そして、男達は心の中で一礼する。

 

千以上の意味を込めて……

 

そんな光景を今まで凪達は不思議な光景を見ているようだった。

 

上に立つ者として恥じぬ器量。

 

人を惹きつける魅力。

 

圧倒的な力を以て敵を抑える力とは別の強さ。

 

その時……

 

「!!」

 

程イクの頭の中に不思議なヴィジョンが浮かんできた。

 

それはどこかで見た光景。

 

しかし、はっきりとは覚えていない霧の様だった。

 

ただ、顔も分からない誰かが燃えて、太陽となる光景。

 

覚えてるのはこれだけだが、なぜ今思い出したのか。

 

「皆を照らす日輪……ですか……」

 

この時、程イクの心が何かと共鳴し、これからの彼女の運命を決めるターニングポイントになるとは誰も予想できないことだったのは言うまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

この後、エースは新しく加わった部下の世話を自分がするということで、いつも料理を作ってくれる鈴仙やその他の皆に頭を下げて許してもらった。

 

今まで旅をしてきて中で一番我情けないと思った時だったという。

 

そして、そのおかげでその晩は断食を余儀なくされた……

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

別れの日がやってきた……

 

「もう行っちまうのか」

「あぁ…お主達と別れるのはとても名残惜しいが、ここは私の信念を優先させてもらう」

「私もです。エース殿との旅は………まぁ…刺激的でした…」

「あぁ、それはもう忘れてくれ。ぶり返す度に鈴仙がうるさくて……」

 

言った後、エースは慌てて自分の口を塞ぐが、時すでに遅し。

 

腕を組んだ鈴仙が後ろで般若の形相でエースに凄んでいた。

 

「わたしが……何ですか…?」

「いや……ははは……」

 

顔を引き攣らせるエースに鈴仙は表情を一変させ、頬を膨らませてそっぽを向く。

 

「いいよ別に、どうせわたしは口うるさいですよーだ」

「んなことねえって…お前がいておれもこいつ等も助かったんだからよ」

『『『はい! 程普の姐さん!』』』

 

そう言ってエースは後方で控えている勧誘した仲間の男達を指差す。

 

それに合わせて男達は全員で頭を下げる。

 

エースが勧誘してから数日の間にすっかり長年連れ添った様な雰囲気と風貌を醸し出しているのは触れないでほしい。

 

そんなエースと男達を見て少し頬が緩む。

 

しかし、そんな様子を悟られない様に聞いてみる。

 

「じゃあ……わたしがいないと……困るんだね?」

 

少し手をモジモジさせて聞いた言葉にエースは間髪入れずに答える。

 

「それはもう困る!! これからもいてくれれば助かるからこの通り!!」

 

必死に手を合わせての懇願に鈴仙は少し顔を赤くさせながら腕を組む。

 

「そ…それなら、ず……ずっと傍にいてあげないことも……ない…よ…?///」

 

少し途切れ途切れの台詞にエースは頭を上げて鈴仙の肩に手を置く。

 

「そうかそうか! そう言ってくれるとおれも嬉しいぜ!!」

 

笑顔のエースを見て、鈴仙は今の所はそれで良しと思い、今度は眩しい笑顔と共に答える。

 

「よかった」

 

エースもそれを見て満面の笑みを浮かべる。

 

その様子を見ていた男達は色々と思ったことがあった。

 

「……程普の姐さんってやっぱりアニキのこと……」

「好きなんだろうなぁ……」

「あぁ……やっぱりか…何か程普の姐さん…普段も可愛くて良い人なのにアニキを前にすると恥ずかしがったりと更に可愛くなるからなぁ…」

「いいなぁ……あんな人に想ってもらえるなんて……」

「しかしなぁ……それに“本気で”気付かないアニキはどうかと……」

「それに……程普の姐さんだけでなく……」

 

男達は凪を見る。

 

すると、そこには複雑そうな表情の凪がエースを見つめていた。

 

『『『……(とりあえず頑張れとしか言えません…姐さん達……)』』』

 

ちなみに、エースの部下達はエースをアニキ、凪達を○○姐さんと呼ぶようになっていた。

 

そして、凪と鈴仙がエースに………ということも二人の態度からして丸分かりである。

 

もちろん、エースの恋愛経験の弱さも……

 

「おやおや、私達と別れる間際に随分と妬ける物を見せてくれるな」

「エ…エース殿と程普殿、そして楽進殿が三人で…ぐほぉ!」

 

趙雲は状況がややこしくなる前に、戯志才に軽い手刀を喰らわせた。

 

そんな光景を見たエースは趙雲の言葉の意味が分かっておらずに首を捻る。

 

鈴仙と凪は危うく戯志才の妄想の主人公にされる直前だったということで顔の色が普段の赤よりも濃い赤になっている。

 

その他の人は全員苦笑している。

 

「…エース」

「ん?」

 

趙雲は崩れかけた戯志才を脇に抱え、エースに向き直る。

 

「たった数日だったが本当に楽しかった。お主と会えたことで自分の未熟さを知り、また強くなれそうだ」

「そうか……そいつは何よりだな」

「お前さえ良ければ私と一緒に来ないか? お前にならいざという時に安心して背中を預けられる」

 

エースもこの数日をしみじみと思い出し、感慨深くなるも、やっぱり答えは変わらなかった。

 

「おれはいいや。おれにはおれの、お前達にはお前達の道があるからな」

「……そうか…見事にフラれてしまったな」

 

そう言うが、趙雲の笑みは消えない。

 

再び趙雲はエースに伝える。

 

「エース」

「何だ?」

「次に会う時は……味方であることを願っているぞ…」

 

不敵に笑って握手を求めてくる趙雲に、当然ながらエースも不敵な笑みで返す。

 

「おれもだ」

 

そう言って握手を二人で交わす。

 

二人の握手はすぐに終わった。

 

しかし、二人の表情はスカッと爽やかだった。

 

まるで別れを感じさせないほど…また再会することが分かっているかの様に…

 

短い時間で多くの言葉以上の何かを語りあった二人にもはや言葉などいらなかった。

 

「戯志才と程イクも、お前達も気を付けてな」

「は…はい…エース殿も……おげん…きで…」

「稟ちゃん。しばらくお腹をさすってはどうでしょうか?」

「そう…ですね…」

 

戯志才は程イクの忠告に従ってお腹をさすっている間、趙雲は凪達とも挨拶をしたらしく、荷物を持っていた。

 

それに続いて戯志才も凪達と慌てて別れの挨拶を交わす。

 

そんなこんなでやっと一段落がついた。

 

「それでは…」

「またいずれ……」

「お元気で~……」

 

こうして趙雲達は己の道のためにエースと別れる。

 

出会いがあれば別れもある。

 

されど、別れもあれば出会いもいつか再び……

 

互いにそう信じて別れた。

 

次に会う時を心待ちにして……

 

エース達の珍道中は続く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったな」

「うん。行ったね」

「行きましたね」

「中々面白い人達やったな」

「本当なの~」

 

趙雲達が地平線で見えなくなるまで見送った後、エース達も自分の旅を続ける。

 

 

 

 

 

だが……

 

その前に……

 

「…今一つ気になることがある気がするんだが…」

「……奇遇だね…」

「私達もそうなんです……」

 

エース達には気がかりが一つあった。

 

それは……

 

「……ぐぅ~」

「「「「「「なぜ?」」」」」」

 

皆のすぐ隣で寝る居眠り不思議少女のことだった。

 

「程イク。おーい」

「おぉぅ!? 女の子をそんな強引に起こすなんて…お兄さんもお好きですね~」

 

エースは寝ている程イクを起こし、冗談はスルーして聞きたいことだけ聞く。

 

「お前……趙雲達と行かなくていいのか?」

「ん~……もっと冗談らしい冗談じゃないと伝わらないのですか~?」

「??」

 

なんか噛み合ってない会話にエースに頭を捻るので、凪達が話に加わることにした。

 

なぜここにいるのか、戯志才達との旅の途中ではなかったのか、など色々と聞きたかった。

 

「あの…程イクちゃんは趙雲さんと行かないのですか?」

「あ~…そんなことでしたか~」

「そんなことって…」

「でも、これでいいのですよ~。稟ちゃんには前もって言ってありますので」

「え~っと……つまり程イクちゃんは元から沙和達についてくるつもりだったのー?」

 

沙和の疑問に程イクは曖昧に答える。

 

「まぁ~……最初から決めてた訳ではなくてですね~。風がこの旅の途中で少し興味をそそられる物がありまして~。それを間近で見たくなりまして」

「興味?」

 

訳が分からないといった凪達だったが、すぐにその謎は氷解した。

 

「よいしょ」

「お?」

「「……」」

「「あぁ…」」

 

程イクは何事もない様にエースの背中におぶさる。

 

エースはその真意が分かってないようだったが、後の四人は……何かを悟ったという感じだった。

 

その中でも凪と鈴仙の視線がきついのは気のせいであってほしい。

 

部下達は二人の姐から醸し出されるオーラにビビって近寄る所か泣くしかなかった。

 

「つまりお前はおれ達と来るってことか?」

 

そんな異次元空間の様な空間の中でエースは空気を読み切れず、不用意に核心をついた。

 

「はい~。なんだかお兄さんに付いて行けば色々と面白そうでしたし、お供させていただこうかと思っているのですよ~」

「「は?」」

「そっか。お前が決めたならそれで構わねえよ?」

「「はぁっ!?」」

「それじゃあ、これから風の真名を許すのですよ。これからは風と呼んでください」

「分かった! よろしくな風!!」

 

空気ブレイカーの名は伊達じゃない。

 

二人のマイペースは着々と事態を一転、二転と変えていく。

 

周りの人も事態に追いつけていない。

 

そして、誰も止めないまま二人の話は終わり、衝撃が今頃になって襲う。

 

「という訳で、風も今日から仲間になったからよろしくしてやれよ?」

「よろしくお願いします~」

「「はあああああああぁぁぁ!?」」

 

まだまだ彼女達の受難は続きそうだ。


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