目を覚ますと、すでに夜の10時を回っていた。で、また頭に馴れない感覚。
「お目覚めですか?」
またですか……。翔鶴がにっこり微笑んでくれる。
「大丈夫ですか?暁ちゃんも反省してましたから許してあげて下さいね」
「や、最初から怒ってないですから…」
まぁ、人がいると思わなかったとはいえ、俺が悪いな。とにかく、起き上がらないとな。
「じゃ、俺風呂入って寝るんで、翔鶴さんも部屋に戻ってて下さい」
「お風呂…?」
何故かそのワードに反応し、顔を赤くする翔鶴さん。風呂にトラウマでもあんのか?まぁいいや。
「じゃ、お疲れっした」
俺はシャワー室へと消えた。
私(翔鶴)はお風呂に入っていく提督を見て、つい今朝のことを思い出してしまった。でも提督はすっかり忘れてるみたいだったなぁ…なんかこのまんまじゃ終われない気がする。でも、それじゃち、痴女みたいだし…。
私の右肩にぽんっとなにかが現れる。悪魔の瑞鶴だ。
「いーじゃん、自分だけ見といて向こうには見られないとか不公平だろ?行っちまえよ翔鶴姉」
そーだよね…でも私も少し恥ずかしいし……。
「待ちなさい!」
天使の瑞鶴だ!
「あの時、湯気でハッキリ見えてなかったでしょう?テストでも見直しは大事ですよ翔鶴姉」
大事ですよじゃないでしょ…あとで瑞鶴にはお小遣いたっぷりあげないとね。
はぁ〜今日は疲れた…精神的にも肉体的にも……。秘書艦システム二日目で早くも音をあげそうだ…。明日は思いっきりサボらせてくれる人がいいなぁ……。
「失礼します……」
「は?」
不意に聞こえた声とドアの開く音。ちろっと見てみると、翔鶴がタオル一枚になって立ってい……、
「ゴボッ!がぼっ!」
「て、提督!?大丈夫ですか!?」
余りの不意打ちに風呂場で溺れてしまった…。じゃなくて!
「な、な、なにしてるんですか!目を瞑ってますから出てって下さい!無理しないでいいですから!秘書艦にそこまでやらすつもりないんで!」
「ち、違います!そ、その…今朝見てしまったので…ふ、不公平かな、と……」
「こんなことでスポーツマンシップに則る必要ないから!世の中、卑怯なやつが勝つんだから!」
「い、いいから目を開けて下さい!」
言われて、薄目を開ける。恥ずかしそうに顔を真っ赤にする翔鶴。
「お、お背中流します…」
「アッハイ……」
言われるがまま、翔鶴の前に座り、背中を洗ってもらった。何故だろう…心の中にもやもやとした物が…。なにも悪くないのに罪悪感が…俺は今日、ここで死ぬのかもしれないな…。
「提督…その、どうですか?」
「気持チイイデス…」
もはやボーッとすることしか出来ない。
「あの、今度は私の背中、お願いします……」
「え?」
俺もやるの?そんな俺の気も知らず、翔鶴は立ち上がって俺の前に座ると、巻いていたタオルを取って…。その瞬間、おれの鼻から赤い液体が噴出し、
そこから、俺の記憶は途切れた。
次の日。昨日の記憶は綺麗さっぱり消えた状態で目を覚ました。まぁ、アレだ。なかったことにしよう。その方が翔鶴にとってもいいと思うし。さて、俺は考えた。秘書艦が来る前に逃げちゃえばいいんじゃないか?そうすれば心置き無くサボれる。
そう思って俺は窓を開ける。いい感じに窓の外には木が生えてるのだ。とはいえ、落ちたら怪我じゃ済まないので、深呼吸。大丈夫、小学生の時とかはもっと危ないことしてたんだから。
と、思ったら、
「提督、少々お話が…」
「げっ」
加賀さんが入ってきた。その瞬間、一番怖い無表情に変わる。
「なにを、してるのですか?」
大丈夫、まだ間に合う。俺は木の枝に向かって飛んだ。
「頭にきました。烈風!」
飛び移ろうとした枝を爆撃された。ってことは、つまり俺の着地するべき場所が消えたってことになる。よって俺は二階から落下した。
目を覚ますと、医務室。横では加賀さんが俺の手を握っている。ちなみに右手は骨折してる。
「目、覚めた?」
「おう…」
「あなたの足はどうなってるんですか?二階から飛び降りて傷一つ付かないなんて」
「小学生の時から二階から飛び降りるのはよくやってたんだよ。それに、その分右手折れちゃったし」
「変わってないのですね…小学生から」
「…悪かったな」
「あの、提督…すみませんでした。脅すだけのつもりだったんです…」
「や、今回は俺が悪いから。気にしないで下さい」
「それで、その…今日は仕事オフでいいから。私と一緒にいてくれないかしら?」
「……か、加賀さんが変だ…偽物だな!ザラブ星人か!って痛たたたたっ!冗談だから頬を引っ張らないで!」
口ではそう言いつつも、俺は不思議でならなかった。加賀になにがあった……。
なにがあったのか、それは提督が落下してすぐのことだ。
「あ、ああ赤城さん!た、大変なことしちゃいました!」
加賀はすぐに赤城の元へ。その普段とはまったく正反対の加賀にほっこりしつつも赤城は言った。
「どうしたんですか加賀さん?」
「て、てて提督を、殺しちゃいました……」
一発で赤城の顔色が変わり、直ぐに殺害現場(仮)へ向かった。だが、完全に気絶している。その提督を加賀が背負って医務室へ。
なんとか提督の命に別状がないことは分かったが、加賀の顔色は優れない。赤城が声を掛けた。
「大丈夫ですよ加賀さん。重巡と軽巡をまとめて投げ飛ばす人ですよ?すぐに目を覚ましますって」
「だといいけれど…」
心なしか、若干目が潤んでる。軽くため息を付くと、赤城は加賀の手を握り、提督の折れてない方の左手に重ねた。
「もう!加賀さんったら提督のこと大好きなんだからぁっ!」
「〜っ!あ、赤城さん!?からかわないで下さい!そもそも私は提督なんて…」
「食事の時なんていっつも提督のことしか話さない癖に」
「そ、それは…愚痴ですよ」
「提督から没収した物は必ず傷一つ付けずにちゃんと返してあげる癖に」
「そ、そりゃ返さないと泥棒ですから」
「秘書艦制度が出来た時から不安な癖に」
「〜〜〜〜っ!赤城さん!」
「認めます?」
「………」
言われてぷいっとそっぽを向く加賀。
「意固地ですね。私、まだ知ってるんですよ?洗濯物の中にあった提督の下着の匂いをほんの一瞬だけ…」
「わぁー!み、認めるからそれ以上言わないで!ていうかなんで知って…」
思わず聞き返す加賀。だが、赤城は説明するつもりはないらしく、はぐらかした。
「ほら、そんなことより、せっかく今日の秘書艦になったんだし、ここに付きっ切りでいてあげたらいいんじゃないですか?」
「つ、つきっきり!?」
「どうせ提督は利き手折っちゃって執務出来ないんですし、いいんじゃないですか?」
「でも、書類は…」
「私や飛龍さんとかに任せて下さい」
「そこまで言うなら…」
「じゃ、頑張って下さいね♪」
「え?ど、どこに…」
「私はお邪魔ですから、仕事もたくさん残ってるし」
「ちょっ!一人にしないで…」
「頑張ってね〜」
そのまま赤城は行ってしまった。