修羅に生きる   作:てんぞー

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鼠のお使い Ⅳ

「―――お疲れ様。今回は実に良い仕事をしてくれたね、大満足だヨ」

 

 迷宮区から脱出して拠点である街へと戻ってくる。行きと違って帰りは遥かに楽になっているのは、脱出手段だけであれば迷宮区内に用意されているからだ。どこにでもある、というわけではない。だが迷宮区には一方通行の脱出専用の転移地点が設置されていたりする。その為、数時間かけて迷宮区の一番奥へ到達しても、帰りは一瞬で終わったりする。その為、今回の調査目的は見事果たされ、帰りは素早く拠点へと戻ってくることができた。

 

 相変わらずプレイヤーが一人も存在しない、NPCだけの街。その酒場を貸し切っているような状態で、アルゴが椅子の一つに座りながら言う。その表情は珍しく満足げな表情で、そして楽しげなものだった。

 

「今回の調査のおかげで第一層のデータの取得が九割以上完了した。おかげで前々から作ろうと思っていた第一層の攻略本を作成することができそうだヨ。これがアレばまず間違いなくアインクラッドは今まで以上に活気づいて、動いてくるプレイヤーが増えてくる。そこにさりげなくオイラの名前―――」

 

「と、俺の名前」

 

「……を差し込んでおけば、知名度に名声が一気に稼げるからね。この第一層における活動の安全性がデータやそこのガチ勢のスカウト技能解説によって確保でいるんだヨ。まず間違いなく死亡率を抑えられるし、それを通して有名になる事で客を増やせる」

 

「そして俺はオレンジという汚名をグリーンに戻るまでの間に拭う事ができる。最低限顔と名前、そして功績が一致するぐらいに有名になりゃあ俺が重犯罪を犯してオレンジになったわけじゃなくて、仕方がなくて最終手段として犯罪者になってしまった善人として認識されるわけだ!!」

 

「これは笑いが止まらないヨ」

 

「はーっはっはっはっはっは―――!!」

 

 ワインボトルを片手に、アルゴと揃って高笑いを上げる。これでお互いの目標に大きく近づいたのだ。ギブ・アンド・テイク、ビジネスライクな付き合いをアルゴとはしているが、しかしこうやって互いに通じる大きな旨みが存在するとなると、純粋に喜ばずにはいられない。装備を後でメンテナンスに出すとして、今は純粋にこの瞬間を喜ぼう。そう思ってワインを飲み始めたところで、

 

 ユウキが此方を見ている事に気付く。しかも若干、呆れた様な視線で。

 

「どうしたユウキちゃん。もしかして酒が欲しいのか? 未成年は駄目だなぁ……って言いたいとこだけどここにゃあ法がないから別に俺は飲む事を気にしないぞ。不味く感じるかもしれないけどなぁ、それが大人の味ってもんよ!」

 

「いや、そうじゃないよ。データを取得したのはいいけど、まだボスの攻略法とか、パーティーの編成とかそういう重要な部分が―――」

 

 ユウキの続けようとした言葉を片手で止めて、小さく笑いながら答える。

 

「―――ボスの攻略法なら完成した」

 

「えっ」

 

 ぶちゃけた話、ソロだから≪イルファング≫を倒すことは不可能だったのだ。そしてデータが揃ってしまった今、あとは人数をどうにかすればそれで攻略でいてしまうと、そう確信してしまう出来事が、前回の戦闘中に理解してしまった。だから、≪イルファング≫の評価は間違いなく”雑魚”の領域に自分の中で落ちている。なので対策もクソももはやない。が、それをそのままユウキに伝えてしまうのは非常に詰まらない。

 

「今回の戦闘をしっかり見ていれば≪イルファング・ザ・コボルトロード≫を絶対にぶち殺す方法が解る筈だから、ユウキちゃんは今回の戦闘を思い出してその方法を考え付こう。ちなみに普通に隊列組んでローテーション回してとかそういう発想は全部却下な。普通すぎる戦術だし効率クソ悪いから。なんだよローテーション組んで攻撃を受けたり反撃するって。全体的に消耗していくだけじゃねーかそれ」

 

「それ、言っちゃ駄目だよ。普通の相手なら本当に有効な戦術だから。それに基本の基本だからすべての面から見ても優秀なのは認めてる筈だヨ」

 

 そう言われると否定できないので困る。だからとりあえずは酒を飲みながら真剣に頭を悩ませるユウキの姿を見て、そして心の中で小さく溜息を吐いておく。現在の自分の状況ではなく、アインクラッド全体の事を考えるとあんまり良い状況とは言えない。アルゴが自分の出来る範囲でそれを良くしようとしているのは良く理解しているつもりだ。最低限第一層だけでもいいからプレイヤーの動きを活性化させようとしているのだ、アルゴは。

 

 攻略本が完成されたらそれを無料配布し、第一層での活動の安全性を生み出すことにより、プレイヤーが精神的に死ぬ事を、荒む事を防ぐ。

 

 こういう閉鎖的な状況で一番恐ろしいのはなによりもモラルの崩壊だからだ。

 

「まぁ、真面目な話をするとこうやってダンジョンアタックして偵察するにも割と早い段階で限界が来るだろうな。だからその前に大規模な組織を作成しておく必要があるな……理想的なのはファンタジーモノのお話に出てくる様なギルド的アレ。冒険者へ仕事の斡旋や仲介をする大きな組織が欲しい。いや、割と真面目に。受付の人間をレベルの低い戦闘の出来ない連中にさせれば街で腐らせてるだけじゃなくて仕事に従事させる事ができるからなぁ……」

 

 少なくとも腐ってるだけじゃなくて仕事をさせれば、

 

「精神的につけ入れられる隙を潰せるんだよなぁ、やっぱり人間ってどう足掻いても”働いている”姿が健全だから最低限なんでもいいから使命感か仕事を与える事でアイデンティティを確保できるんだよ」

 

「現状、動き回っているプレイヤーが少なすぎて理想論で終わるけどネ。最低限始めるのに人員が千人は欲しいネ、アインクラッドにいるプレイヤーの数を考慮したら」

 

「まぁ、理想だけどシステムの構築さえできれば安全に仕事の依頼やプレイヤー同志の交流、新聞等の産業の発達にも貢献ができるからアインクラッド全体に法と産業の光を与えることができそうなんだけどなぁ、やっぱ理想か。まぁ、誰かを引っ張る様なタイプでもないし適当にアイデアだけを誰かに渡して、やらせてみっか」

 

 ワインを飲み終わり、ワインボトルを放り投げて捨てる。店の端からガシャン、とボトルの割れる音が響くがそれに文句を言うようなプレイヤーもNPCもここには全く存在しない。ほぼゴーストタウンである為に取れる特権のようなものだ。が、さて、いい加減ユウキに関して考えるべきなのかもしれない。まだ考えて、唸っているユウキの方へと視線を向け、少々微笑ましいその光景に笑みを零す。つくづく世も末だと思う。自分のような特殊な背景でもない子供が剣を握らなきゃいけない世の中など、まず間違いなく間違っているのだろう。

 

「ロリ―――」

 

「言わせねぇよ。それに他人に優しくするのは当たり前の話だろ」

 

「そうか? こんな状況じゃ相手に優しくできるのは難しいとおもうけどナ」

 

「こんな状況だからこそ隣人に優しくするべきなんだろう。”優しくしなきゃ優しくされる資格はねぇ”って名言が世の中にはあるからな。他人に気を使ってもらいたいならまず他人に気の使える人間になれって話だよ。第一余裕のあるやつが率先しねぇとこういうのは全く動きもしないのさ。それは今、俺とお前で体現してるから良く解ることだろ?」

 

「オイラは君程優しい訳ではないけどネ。やっぱりどうしても打算が入るヨ」

 

「俺も決して打算がない訳じゃねぇさ。ユウキにしたって反射神経と素質に関しては超一級だ。今から鍛えておきゃあパートナーとしちゃあ十分すぎる程の人材になる。そうすれば俺も戦闘が安定して死亡率が一気に減るしな」

 

 既にユウキの実力に関しては軽くだが把握している。迷宮区での戦闘を何度か、ユウキに任せたのだ。その時にどんなふうに動くか、どんなふうに考えるか、スタイルは等と色々と把握している。その結果として、個人的な感想だがユウキは非常に優秀だと言える。決して実力が抜きんでている、とか驚く程強い、とかそういう意味ではない。アルゴへと言った通りにユウキは素質を持っている。

 

 一つ目、それは恐ろしいほどの反射神経。

 

 相手が動き出すのと同時にその動き反応できるという素質。見切り等の技能に必要される読みの技術は多くが予測と経験、そして反射神経に任せる部分が大きい。経験を積めば積むほど、相手が動いてから対応することができるのがもっとスムーズに、そして確実になる。だが理想は相手が動きに入る瞬間に対策を始める事だ。もしくはその前に。そして反射神経はコンマ一秒の差を分ける為には必要な素質だ。それをユウキは恐ろしく高いレベルで持っている。現状は経験も基礎も基本もなってないから無駄になっているだけだ。

 

 それに、ユウキの目は見たことがある。

 

 絶望を知って、それでいても絶対に諦めない目だ。

 

 絶望を理解しても前に進むやつは必ず強くなる―――それは経験からくる言葉だ。心を支える支柱が折れたとしても、それでも前へと進む不屈の精神の持ち主は絶対に折れる事を知らない。何故なら折れた事を経験した以上、もう折れる理由がないからだ。そこからはあとは這いずっても前へと進むだけの作業なのだ。だから止まらない、止められない怪物が生まれてくる。

 

 自分の知っている人物でそう言う素質を持っているのは―――キリトぐらいだろう。

 

 コペルの件で軽く心が折れそうに見えていたが、あれから確実に立ち直れたのであれば、そこから育ってくれるだろう。ただ、ユウキの目に映る絶望の色はどうも死に近いものを感じる。まぁ、それ自体は良い。重要なのはユウキが予想外の逸材である事だ。時間をかけて自分が知った事をユウキへと教える事ができれば、

 

 ―――このSAOに限り、自分を超える最強の戦士を生み出すことができるかもしれない―――

 

「それはまた、随分と面白いことになりそうだなぁ……くくく……」

 

「こらこら、顔が悪くなってるぞ」

 

 いかんいかん、と頬を軽く叩いて何時も通りの表情を取り戻す。しかし、存外”愉しみ”を見つけられたことだし、デスゲーム化したSAOは自分が予想していたよりも遥かに楽しいことになりそうだった。こういっては不謹慎かもしれないが、デスゲーム化して良かった、と思っている。多くの人間が間違いなく死ぬ事に対して良かったというのはまさしく屑の考えなのかもしれないが、っそんな事人をあっさり殺せて今更って話だ。

 

 そもそも一般的な倫理観に関しては”理解”はしていても”ハズレて”いるのだ。そういう風に育て上げられたツケだ。そして自分はまた、そういう風な者を育て上げようとしているが―――と、そこで大事な事を思い出した。視線をユウキの方へと向けて、唸っているユウキに声をかける。

 

「おーい、ユウキちゃん」

 

「うーん……ん? どうしたの師匠」

 

「いや、割と気が変わったから最初は一つ二つ技教えるだけで終わりにしようかと思ってたけど、興味があるならそのまま俺の持てる全てを教えようと思うんだけど、ユウキちゃんそこらへん興味ない? 俺と固定で行動したりする必要が出てくるけどそうなると」

 

「んー、問題ないかな。じゃあこれから本当に師匠かぁ……よろしく!」

 

 いえーい、とユウキが手を上げてくるので手を叩きあう。その様子をアルゴが呆れと共に見ているが、気にしない。ユウキが答えが早かったのも彼女自身に思うことがあるのかもしれない。そのまま握手を始めるユウキの事を軽く無視しながら考え、それを呟く。

 

「……迷宮区にプレイヤーが視線を向け始めるのが今月末……ぐらいか? プレイヤーのレベルの上がり方や狩場への移動を見ると大体それぐらいだよな。となるとそれが≪イルファング≫の攻略戦になると考えて……それまでにレイドパーティーを組みそうなやつに少しでも顔を覚えてもらうか」

 

「情報がほしいなら売るヨ」

 

「容赦ねぇのな、お前」

 

 ユウキの軽い了承の件についてはまた今度考えるとして、現状できるのはアルゴが”攻略本”を完成させることを待つ事だ。それさえ完成すれば少しは顔を出しやすくなって、動き回るのもできる。それまでは、

 

「うっし、レベル上げと修行しに行くかニュービーよ!」

 

「あいあいさー師匠!」

 

「帰ってきたばかりなのに元気だね、君らは」

 

 SAOのシステムにはゲーム的疲労度は存在するが、肉体的疲労は存在しない。つまりは精神的な損耗が発生しない限りはステータスの下降だけが連戦を妨げる要素となるのだ。そう考えると連戦のペナルティがかなり温い。それに自分はともかく、ユウキも精神的にはかなり強固なものを持っているのは目を見れば解る。

 

 つまりまだまだ余裕、

 

 最初はどれだけ持つか、徹底的に精神的に追い詰めて確かめなくてはならない。

 

「再び迷宮区へ……!」

 

「師匠! 師匠! なんか師匠を見てたら悪寒を感じたんだけど!!」

 

「師匠はね、自分の限界に挑戦する事が大好きだから背負える死亡フラグを全部背負ってるから死の気配がする素敵なナイスガイなんだよ」

 

「帰る!」

 

「いざ、迷宮区へ……!」

 

 嫌がるユウキの腰を掴んで持ち上げると、それを肩に担いで酒場の外へと出て行く。生き残る為に全力を出すのであれば、決して悪い事ではないと自分に言い訳し、

 

 ―――月末にあるであろう≪イルファング・ザ・コボルトロード≫の攻略に向けて、準備を始める。




 つまりはGGOとALOもHFも全部SAOにぶち込んであるって事だよ! ホロウエリアの”実験場”って設定説明を見るとこれ、物凄い万能すぎて趣味的な部分を投入するのに最適な便利設定だなぁ、と思う。ところでボスの倒し方は解ったかな。

 23歳男性が12~13歳の少女を暗い場所へ連れ去る事案が発生。

 次回、漸く一層の終わりを始められそう

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